『がんばって!なっちゃん!!節分でやってみよう!』
ホワイトボードに黒字で大きく企画名が書かれている。その傍らで一号は指示棒を片手に立ち、
「・・・・っという企画の趣旨なんですが・・・」と緊張した面持ちで、恐る恐るとソファーにふんぞり返って座るなつの反応を窺った。
一号が企画の説明をしている間、なつは口を挟むことなく黙って話を聞いていた。そして――――
「意味不明!」
っとバッサリと企画を一蹴した。
「節分って旧年の厄を払って、新たに始まる一年の幸運を願う行事だよね? そんな伝統ある行事をエロにかこつけていいわけ? だいたい何をするの? 豆撒いて踊るわけ?」
なつは論破するべく矢継ぎ早にクエスチョンを連発する。だが一号は落ち着き払って、
「だから今説明した通り、どうせまくなら色気を振りまこうってことですよ。そもそも鬼に豆を投げつけて外に追い出すなんて、考えてみればずいぶん野蛮な行為ではないですか? 中には悪い鬼だけではなく、良い鬼もいるはずです」
真摯な眼差しでなつを見つめながら説得にかかる。
「お、おう。それはそうだが、この場合は比喩としての鬼だろ?」
「そういう意識の低さが悲劇を生むんです。なっちゃんは童話「泣いた赤鬼」を知っていますか?」
「ああ、むかし読んだことがある」
「人間と仲良くなりたい赤鬼のために、友人の青鬼が悪役をかって出るんです。自分が村で暴れるから、君が僕を成敗してくれと。そしてその甲斐あって、赤鬼は人間たちと仲良くなることができましたが、その代わりに親友の青鬼を失ってしまう。人間たちに悪い鬼だと思われている自分と一緒にいては、赤鬼まで悪い鬼だと思われてしまうからと彼の元を去るのです!あんな悲劇を繰り返してはならない!もっと鬼に歩み寄りましょう!」
身振り手振りを加えて熱弁する一号の勢いに押され、なつは神妙な気持ちになる。童話は子供向けに書かれているゆえに、ストレートに情感を誘発させる。特に『泣いた赤鬼』のような悲劇はひとしおに読者に訴えかけてくるものがあるのだ。
(珍しくまともな話をしているな)となつは思っていたが、
「だからどうせまくなら色気を振りまいて鬼を悩殺しちゃえ!ということで、この衣装を身に着けて色々ヤリましょう!」
早々に常識的な文脈は崩壊した。
「真面目に聞いていた私がバカだった!論理が飛躍したな!桶屋もビックリの理論だぞ!んで案の定水着なわけな!」
なつは一号から渡されたトラ柄のマイクロビキニをしげしげと眺める。上下とも黒と黄色のツートンカラーで某アニメの鬼娘を彷彿させるデザインになっていた。そして彼女のプロポーションを考えれば、ぎりぎりであろう布地面積。
「サイズが着る前から合ってないってわかるよ・・・」
「なっちゃんが着ればどんな水着も相対的に小さくなりますからね」
「なら余計に小さいやつを買ってきちゃダメだろうが!」
「まぁまぁ、そのギリギリ感がいいんですよ。それでですね、部屋に鬼が隠れていると仮定して、演じてもらいたいんです」
なつは滔々と進む話に諦念を抱いた。彼女の今までの経験からいって、何だかんだの押し問答の末に結局はやる羽目になってしまうことは確定であった。後で何発かの鉄拳を食らわせてやろうと決意して話の続きを聞く。
「部屋に隠れている鬼を意識して、お色気を振りまくわけです。アングル的には覗き見風にしたいので、我々が室内に潜んで撮影を行いましょう!場所はそうだなぁ・・・・なっちゃんのお部屋でなんてどうです?」
「いやいや、まてまてまて・・・」
「じゃあ、みんなに召集かけてくるんで、よろしくお願いします! うおおおおお!興奮してきたぞおぉ♪」
「おいィィ!ちょっとはこっちの話もきけええええ!!」
意気盛んに走り去る一号の背中に、なつの絶叫がむなしく追いすがった。
「そんで家に帰ってきたわけだけど、あいつらまだ来てないよな・・・ん?」
鍵を錠前に差し込み一捻りする。それで扉は開錠するはずだ。だがロックがかかっている。ドアノブを何度か回すも、結果は変わらず。もう一度カギを差し込み、再度ドアを回すと今度はあっさりと開いた。
「おかしいな・・・私カギかけ忘れたか?・・・いや違うな」
なつは三和土に入った瞬間に強烈な違和感を感じた。室内の空気の乱れが何者かの痕跡を残していた。
(あいつらもう来てやがるな・・・人の家に無断侵入しやがってからに・・・)
わざと足音を高く立ててリビングに向かう。辺りを睥睨して気配を探った。一通り点検した後にトイレと浴室を調べるが誰もいない。
(こちら側にはこれ以上隠れられそうな場所はないから、寝室の方が怪しい)
なつはリビングと続き部屋になっている寝室への襖を勢いよくあけた。ドンっと襖が開く音が室内に響き渡る。人が隠れられそうな場所は限られており、ベットの下が不在と見てとると、早々にクローゼットに当たりをつけた。
「おい!」
脅かすように一声を放つと、ガタッ――――答える様に中から物音がした。なつの視線がクローゼットにくぎ付けになる。
(はは~ん、その中だな。にしても単独できたのか?他の場所には誰もいなかったし、まぁ、ワンルームマンションにこぞって来られても迷惑なだけだしな)
なつは手にした生殺与奪権をどう行使するか考える。
(よし、獲物は追い詰めた。勝手に人の部屋に入りやがってからに、許すまじ!でもさて、ここからどうすればいいわけ? 勢いよく開けて叱りつける? いやでも趣旨は鬼を誘惑しておびき出すことだから、接触しちゃダメなのか・・・)
なつは自分一人で進行していかなければいけない雰囲気に戸惑いつつ、企画を進める。
(ええい、ままよ!)
なつは勢いよく服を脱ぎ捨て、服の下に予め着込んでいた虎柄ビキニ姿になる。バスト103、ウエスト60、ヒップ93のダイナマイトボディが勢いよく現れた。Kカップを内に押し包んでいるのは明らかにサイズの選定を間違えたもので、ピンと中央で繋ぎ目の紐が張っている。その姿は決壊寸前の防波堤を見る者に想起させるデンジャービューだ。
(とりあえず鬼といえば、え~と目隠し鬼とかか? )
「鬼さんこちら♪手の鳴るほうへ♪」
手を打ち鳴らして拍子をとる。肩を揺らしてリズムをとる度におっぱいがぶるん!ぶるん!と荒ぶり波たつ。ゴクリと生唾を飲み込む音がクローゼットからなつの耳に届いた。
(ふふ♪反応しとるな。お次はグラビアっぽくポーズを・・・・)
両手を頭の後ろで組み、勢いをつけて乳房を前に突き出す。
「うっふ~ん」
ぶるる~~~ん!!ビックリ箱から飛び出すように爆乳がまろび踊る。ガタン―――先程より大きい音がクローゼットからレスポンスした。
「あらあら鬼さん♪ 我慢していないで出てらっしゃい♪」
乳の弾んだ時間はほんのわずかであったが、その数秒間だけうっかり頭頂部が表に出てしまったとはつゆ知らず、なつはしたり顔で微笑する。
「お次はパリコレの見よう見真似だけど・・・」
なつは腰に手を当て、身体をくねらせるように動かしながら前後をモデル風に行き来する。クローゼットの目前まで歩むと、ターンし、離れて五メートルほど進む。食い込み満点のTバックの尻肉を誘うように左右に振り乱すその艶めかしいウォーキングを計三回繰り返した後に、最初の位置で両手を両腰に添えて身体を斜めにし、決めポーズをとった。
「どうだ!?」
・・・・・・・・・沈黙。
(ぐぬぬ、反応がないな・・・ならば・・・)
なつはベッドサイドに歩み寄るとコンポにCDをセットした。激しいクラブミュージックが室内に流れ始める。
「これならどうよ!」
なつは音楽に合わせて踊り始めた。ダイナミックに躍動する女体が悩殺せしめんと躍動する。
「ほ~れほれ♪サービスだ♪」
踊りながらトップスを取り、それをクローゼットに投げつけた。そしてショーガールがチップを恵んでくれたお客に愛想を振りまくようにウインクをした。
(やべ、段階を飛ばしすぎたか? このまま反応がなかったらさらに過激なことをしなくちゃならなくなるな・・・)
なつは自分の顔が火照っているのを感じる。ダンスをした影響もあるし、いい加減このような一人相撲をすることに気恥ずかしさを感じ始めてきていたのだ。
「ねぇ、聞いてるの!? さっさと我慢しないででてきなさいよ!」
なつは限界に達し「ええい!」と言って、クローゼットを思いっきり開け放った。
「・・・・・」
「・・・・・」
「ど、どうも・・・」
「お前誰だああああ!?」
なつはクローゼットから出てきた謎の男に思いっきり蹴りを入れた。見事に股間に命中し、男は「うっ!」という呻きの後、倒れた。
「なっちゃ~ん、来ましたよ~」
玄関から聞きなれた一号たちの声が届く。なつは何が起こったのか理解できず、「きゃあああああ!」とトップレス姿で玄関にかけていった。
後日。
「まさか泥棒がいたなんてすごい偶然ですね」
「ほんととんだ災難だったよ!」
折しも企画の日になつの部屋に空き巣が忍び込んでいたのだった。家主に見つからぬよう、慌ててクローゼットの中に隠れこんだのだという。
「でも何事もなくてよかったですよ。しかしその間いったい何があったんです?なっちゃんはおっぱい丸出しだったし、泥棒は股間を押さえて床で伸びてるし・・・」
「な、なんもねぇよ!」
「その泥棒なんですけど、今後は悔い改めてまっとうになると言っているらしいですよ。いったいどんな色気を振りまいたんですか?」
「・・・・・・」
「週刊誌がきわめて興味深い事件だと、取材の電話がありましたが」
「絶対やだ!ふん!」
後に出所した空き巣のインタビュー記事が雑誌に掲載された。『男の人生を狂わせるほどの魅力的な女』とのリード文が紙面に記されていたという。