こんにちは、読者の皆様!
ついにこの日がやってきましたね!
この作品のあとがきを書く日が!
わああああ!! パチ!パチ!パチ!パチ!
この瞬間を迎えた私は、なんというか、
一種の解放感?
あるいは、別の形で物語を展開していたらどうだったのかという未練?
読者の皆様にもっと面白くて、もっとエロくて刺激的な物語を届けられなかったのではないかという自責の念?
そんな様々な感情が入り混じっています。
それでも割合で言えば解放感のほうが大きく、
一方で、ここまで走り切った自分自身を褒めてあげたいとも思います。
この作品を通して得たものは非常に多く、これから様々な作品を創作していくうえで大きな財産になるはずですから!
さて、それではより詳しい私の感想やあとがきは、
Q&A形式で進めながらお話ししていこうと思います。
実は、読者の皆様からの質問が、私が話したかった多くのことを引き出してくれているんです。
素晴らしい質問を本当にありがとうございます。
それでは、前置きはこのくらいにして、
Q&Aに移りましょう。
完結後、主人公夫婦の日常はどのように展開されていくのでしょうか?
また、それに関する外伝が出る可能性はありますか?
はい!すでに外伝として企画しています!
その後の物語をすべて読者の皆様の想像に委ねてしまうには、まだ解き明かされていない疑問が残っていますからね。
その中でも、多くの方がベラ(チョン・ハユン)の妊娠の有無について気にされていましたが、
まずは誤解を招いてしまった演出について、先に触れておこうと思います。
このシーンのせいで、多くの読者の方々から
「チョン・ハユンはすでに組織の人間の子どもを産んだのではないか?」という質問をいただきましたが、違います!
これは司祭のナレーションに加えて、
自然と浮かび上がったジヌの想像イメージです。
また、下のシーンもやや誤解を招いてしまいましたが、
それは、司祭が混血の子どもの写真をジヌに手渡すシーンです。
しかし、これは実は司祭のでっち上げであり、ハユンとはまったく関係のない子どもです。
当時、司祭はハユンがジヌの子どもを産んだという事実を、太上教母を通じて聞かされており、まさに切羽詰まった状況でした。
何としてでもジヌにハユンを諦めさせなければ、ハユンがしでかした狂気じみた行動を、せめてもの形で収拾することができなかったからです。
しかし、ジヌはすでに過去の自分を乗り越えていました。
むしろジヌは、その子どもの写真に絶望するどころか、老獪な態度で切り返します。
それに対し、司祭は――
司祭は平静を失い、思わず感情的に暴走してしまいます。
そしてその瞬間、ジヌは大まかな状況を察するのです。
「……ああ、組織内で何か問題が起きているんだな。
俺はただ耐えていればいい。」
と。
……だからこそ!
チョン・ハユンが産んだ唯一の子どもは、いまだにジヌの子どもです!
ただし、太上教母との約束により、
別の男の子どもを妊娠しなければならない状況にあります!
今後公開される外伝では、その点について描いていく予定です。
つまり、組織の中で誰の子どもを妊娠するのか、
もし誰かを選ぶとしたら、なぜその人物なのか、
ジヌはそれをどう受け止めるのか、
そしてハユンはどのように自らの運命をジヌとすり合わせていくのか――
それらすべてを外伝で描いていくつもりです。
ある意味では、これはNTR、あるいはNTLの延長線上にある物語とも言えるでしょう。
とはいえ、主人公夫婦の後日談をこのような重いテーマだけで終わらせるつもりはありません。
これほどまでの試練を乗り越えながらも、
ハユンとの愛を守り続けるには、確かな理由があるのです。
つまり、どれほど外的要因によって揺さぶられようとも、
ジヌとハユンは最終的に互いの存在によって、より深い幸福を感じるのです。
数多くの試練の果てに手にした幸福がどれほど尊いものなのか――
それを語ってこそ、この作品の結末は初めて意味を持つのだと思っています。
そのため、主人公夫婦がいちゃいちゃと過ごす純愛パートについても、
しっかりとした短編として描いていく予定です。
では、バッドエンドルートは出ないのでしょうか?
実はこの部分については、かなり悩みました。
私の解釈では、ハユンは何があってもジヌを手放さないんです。
彼女がジヌを手放す唯一の道は、ジヌ自身が彼女を諦めることだけです。
しかし、そのジヌさえもハユンに強く惹かれているため、互いに相手を手放すという状況は、よほどのことがない限り起こりません。
そのため、二人のバッドエンドがあるとすれば、最終的にはハユンの死という形になります。
これを簡単に物語として表すと、
8-2話では、
ベラはついにジヌへの執着と所有欲に囚われ、何の策もないままカイラの本拠地へと乗り込みます。
カイラの脅迫に屈したジヌ(セラ)から暴言を浴びせられ、精神が崩壊してしまいます。
そしてついに、
カイラに屈してしまい、
教母候補としての地位を完全に失います。
これにより、大母(現・太上教母)は商品価値を失ったベラの処刑を命じ、
ハユンは死を迎えます。
ジヌが自分を憎んでいるというあの暴言が本心ではなかったことを知り、最後に微笑みながら――
そしてカイラは教母に即位し、
その報酬としてジヌを会社の先輩に引き渡します。
なぜなら、会社の先輩はキングストンの右腕にとって非常に有益な情報を提供しており、
その情報をもとにベラを崩壊させる計画を立てることができたからです。
こうしてジヌは魂を完全に砕かれたまま会社の先輩のもとへ渡され、
どんなことをされても一切反応を示さない彼に、先輩はこう言います。
「お前、贖罪しなきゃいけないんじゃないか?
お前のせいで、愛していた女が死んだんだろ。」
「……」
「俺を愛してみろ。
お前の男としての部分を完全に殺して、
俺みたいな奴を愛しながら、お前自身を完全に壊すんだ。」
「どうだ? 気に入っただろ?
俺がお前を完全に壊してやる。」
「……♥」
こうしてジヌは、自らを破壊するような調教を受け入れていきます。
到底、自分自身を許すことができないがゆえに、
嫌悪していた対象に愛情を捧げるという、矛盾した存在になっていくのです。
やがてジヌは、自分への憎悪と嫌悪だけを残した存在へと堕ち、
ハユンが愛していた「ジヌ」という人格は完全に抹消され、
精神も肉体も別の存在へと生まれ変わります。
――「セラ」という人格を持つ存在へと。
セラは、ハユンのあらゆる行動や話し方を模倣する存在であり、
かつて愛した恋人の姿をなぞりながら、先輩の醜い欲望を受け止め続けます。
ハユンとの幸せだった記憶や思い出は、
今や彼にとっては呪いとして残ってしまっているのです。
しかし会社の先輩は、セラの内面が腐っていくことにも気づかないまま、
自分に献身的な愛情を捧げるセラを、心から愛するようになります。
彼女を通して、過去の傷や抑圧された欲望を癒すことができたからです。
こうしてセラとの未来を本気で夢見るようになった先輩は、
彼女にプロポーズすることを決意し――
片手には花束を、ポケットにはダイヤの指輪を忍ばせ、
アパートの玄関のドアを勢いよく開けます。
しかし、そこにいたのは――
自分の頭に銃口を向けている、セラが待っていました。
まだ衝撃が収まらないうちに、セラは最後の言葉を残します。
「ハユン……あの場所で、ずっと寂しかったよね?
私、これで……罰は十分受けたかな?」
「セ、セラ! その銃を今すぐ――」
「愛してる。」
――パンッ!
こうして、セラは先輩にとっての“呪い”として残り、物語は幕を閉じます。
うーん……ご覧の通り、かなり陰鬱で暗い内容ですよね。
だからこそ、バッドエンドについては本当にたくさん悩みました。
こうした陰惨な展開ではなく、トレビとハユンが本当の意味で結ばれ、ジヌが二人のサブとして育てられ、三人で仲良く暮らすようなバージョンも考えたことはありましたが、キャラクターの性質上どうしても成立しないと判断し、断念せざるを得ませんでした。
ジヌでなければ、ハユンは結局幸せになれない人物であり、
たとえトレビの策略に完全に乗せられてジヌを手放したとしても、その執着と恋しさに耐えきれず、自ら破滅してしまう人だからです。
だからこそ、彼女が幸せになれる唯一の未来は、現在のエンディングしかないのです。
偶然受けた父からの電話をきっかけに、母の執着の原点に気づき、
それによってジヌへの執着を手放し、奇跡的に教母メリナを乗り越える――そんな奇跡のエンディングです。
とにかく、結論としては――
バッドエンドは出るのか、出ないのか?
正直、今でも悩んでいます。
ジヌが自分を手放し、先輩に調教されていく過程は確かに破滅的な刺激を持っていますが、結末があまりにも暗すぎるため、feminization・sissyジャンルとしての文法に沿っているのか疑問もあります。
さらに、feminizationを好まない読者の方も多いため、判断は簡単ではありません。
それでも、feminization・sissyを軸にしたバッドエンド短編を望む読者の方が十分に多いのであれば、制作してみようと思います。
ぜひ、個別メッセージやコメントでご意見をお聞かせください!
二人はどのような夫婦生活を送ることになるのでしょうか?
はぁ……先ほどの内容はかなり重かったですよね?
ここで少し、話題を切り替えてみましょう。
では、二人はこれからどのような夫婦生活を送ることになるのでしょうか?
この点については、多くの読者の方々が直接的に、あるいは間接的に不安を示してくださいました。
やはりジヌとハユンは、一般的な家庭とは言えませんからね。
しかし、驚くことに――二人は幸せです!
なぜそれが可能なのか、
二人の内面を少し覗いてみましょうか。
まずは、ジヌの内面から見ていきましょう。
ジヌは組織での生活にうまく適応できているのでしょうか?
妻に比べて地位もカリスマ性も劣る彼が、家庭の柱となることはできるのでしょうか?
結論から言うと――はい。ジヌは組織に非常によく適応しています。
そもそも彼は、外見・性格・能力――そのどれをとっても不足のない、完璧なスペックを持った男だからです。
ただし、彼に一つだけ弱点があるとすれば、
それは父親の不在による欠乏です。
彼の父親は、マッチョな魅力を兼ね備えた有能な男でしたが、女性関係がだらしなく、家庭的でもありませんでした。
それでも幼いジヌは、父親のことが本当に好きでした。
そのため、母親のお金を盗もうとして引き出しを漁っていたときに見つけた離婚届は、彼にとって大きな衝撃となり、
そこから彼の「いい子症候群」が始まるのです。
両親の離婚を止めるために、彼はそれまでの悪童的な一面をすべて捨て、善良な姿を演じ始めました。
しかし結局、父は家庭を去り、その傷はジヌの心にしこりとなって残りました。
「自分が十分にいい子じゃなかったからだ。」
幼いジヌはそうして自分を責め、問題の原因を自分自身に向けるようになります。憧れていた父を否定したくはなく、父に認められさえすれば、再び戻ってきてくれるかもしれないという可能性を手放したくなかったのです。
そうしてジヌは、内面の欠落をまったく解消できないまま成長していきます。ただ父への恨みと、「模範的な人間でいなければならない」という強迫観念だけを抱えたまま。
その結果、彼は常に自分の欲望を抑え込むようになります。他人に模範的な姿を見せて認められたときにのみ、ようやく安らぎを感じられるようになったのです。
残念なことに、ジヌはそんな自分の習慣的な優しさすら、「弱者に優しくすることで優越感を得ようとする選民思想」程度に解釈してしまいます。
欲望のままに行動しないことで、自己認識が歪み、ねじれてしまったのです。
しかしだからこそ、ジヌはハユンに強く惹かれるようになります。
うーん……少し俗っぽい言い方をすると、ハユンは自分の好き勝手に行動するタイプなんです。
ジヌは自分が他人の模範でいなければならないため、言動に常に慎重ですが、ハユンはまったく違います。
自分がこの世で一番可愛くて、どうあっても人は自分を好きになると信じているので、「信頼できる相手」の前では、自分の欲望のままに振る舞います。
むしろハユンは、母親の執着や周囲からの関心や求愛に、うんざりしている状態なんです。
とにかくジヌは、そんなハユンの奔放な姿に完全に惹き込まれます。
「自分が何をしても、結局みんな私を好きになる」――そんなふうに主張しているかのようなハユンの精神世界は、ジヌにとっては到底想像もできない、ある種の超越した自我なんです。
ですが一方で、非常に皮肉なことに、
ハユンのその絶対的な自信は、ジヌの父親とどこか似ています。
ジヌの父もまた魅力にあふれた人物で、多くの女性を惹きつけてきました。
だからこそ、ハユンの盲目的で献身的な愛は、失われていたジヌの「本来の姿」を再び引き上げる力となったのです。
もちろん、そんなハユンでさえも、母親からの継続的な抑圧や周囲の悪意によって、ジヌに完璧さを求めるようになり、その結果、ジヌはついに……
じゃじゃん。自らの男性性を手放し、それに興奮するシッシーへと堕ちてしまったわけです。
……とはいえ、これはあくまでジヌが自分の欠乏を克服できなかった場合の姿であり、
現在は状況がまったく異なります。
「あなたがどんな姿であっても、私は必ずあなたを愛する理由を見つけるわ。」
今のジヌは、何があっても変わることのないハユンの愛を確かに受け取った状態です。
父の姿を重ねていた彼女に認められたことで、長年抱えてきた欠乏から解放されたのです。
こうしてジヌは扉を開けて外へ踏み出し、
ついに自分自身の本当の姿を取り戻すのです。
いわゆる**「アルファメイル」ならぬ、
「知らんけどメンタル」**。
世の中が押し付けてくる不条理な基準や秩序に対して、
「俺の知ったことか?」と切り返せる人間になったのです。
まさにこの人物のもとで働くことになります。
組織の中核幹部の一人、リャン・チェンの配下です。
彼は組織の流動性(資金の流れ)を管理する機関のトップであり、
主な業務はマネーロンダリング、賄賂の手配、リストラクチャリング、M&Aなどです。
要するに、組織の犯罪資金を“きれいに見せかけて増やす”仕事をしているわけです。
だからこそ、ジヌがこの人物のもとに入ったことには大きな意味があります。
資金の流れを扱うということは、組織の血管を握るのとほぼ同じであり、
資金源を押さえていれば、さまざまな場面で影響力を発揮できるからです。
もちろん、資金の最終的な所有者はあくまで、
ローズの姓を授けられた太上教母(マリカ・ローズ)と大母(ベラ・ローズ)です。
とはいえ、何が起こるかは分かりません。
多少なりとも資金に触れ、くすねた小銭でどんな火種を生むか――
ジヌのように細やかで慎重な人物であれば、
この資金をどう使えばベラに利益をもたらすかを、誰よりもよく理解しているはずです。
さて、次はハユンの内面について見ていきましょう。
ハユンは、先ほど紹介したジヌと多くの点で対照的な存在です。
ジヌを「統制・秩序・善」に例えるとすれば、
ハユンは「情熱・混沌・破壊」に例えることができます。
なぜなら、彼女は常に統制や抑圧から抜け出そうとする存在だったからです。
その代表的な例として、母親との関係が挙げられます。
ハユンの母親は極度の貧困の中で育ち、富に対する強い欠乏を抱えていました。
そして若き実業家であったハユンの父と結婚し、自力で成功を収めます。
しかし、経済危機によって会社が倒産の危機に陥ると、
自らの身体を差し出すことで会社を立て直したのです。
しかしその結果、彼女は嘲笑と蔑視の中で心を深く傷つけられ、
その怨念はさらに強い富への執着へとつながっていきます。
ハユンの父親もまた、
自分の妻が「成功のために妻を差し出す夫」よりも、「経済的に失敗した夫」をより強く嫌悪していることを知っていたため、
彼女が身体を売りに行くことを見て見ぬふりをしていました。
その屈辱的な過去が一気に噴き出したのが、
酒に酔った勢いでハユンに電話をかけた、あの日だったのです。
だからこそ、彼らが築き上げた富と名声は、彼らにとってすべてとなりました。
自尊心も羞恥心も売り払って積み上げた黄金の塔だったからこそ、
必ずその頂へと登らなければならなかったのです。
そして彼らは、ついにある地点へと到達することに成功します。
少なくとも、もはや軽々しく嘲笑や蔑視を受けることのない位置にまでは辿り着いたのです。
そのため、ハユンの母は誇らしげでした。
もうこの社交界で自分を見下す者はいないし、
もう少し上に行けば、自分を辱めた会長の一族と肩を並べることさえできそうだったからです。
特に彼女は、最近耳に入ってくる噂に心を躍らせていました。
「ねえ、〇〇物産の御曹司が奥様の娘さんに完全に夢中なんですって」
「もういい加減、受け入れてあげたらどう? あのプライドの高かったソ・ジヒョクが、ハユンの前ではすっかり腰抜けらしいわよ」
名のある家の息子たちが、ハユンに列をなしているというのです。
ハユンの母は、そんな未来を思い描きます。
「もし〇〇物産の息子と家を結べば、私の立場はどこまで上がるかしら?」
「うまくいけば、あの目障りだった会長夫人の嫁さえ跪かせられるかもしれないわね?」
しかし、人生が思い通りに進むはずもありません。
幼い頃はあれほど素直だった娘が、遅れて反抗期でも来たのか、
どこの大学生の青年でなければ絶対に嫌だと言って、まったく言うことを聞かなくなってしまったのです。
ハユンの母には理解できません。
幸せはすぐ目の前にあるのに。
ただ手を伸ばして掴めばいいだけなのに。
もう誰にも見下されることはなく、欲しいものはすべて手に入るのに。
それなのに、あんな平凡な大学生なんかを望むというの?
子に勝てる親はいないと言うように、
結局ハユンの母は、未熟な娘の結婚を認めるしかありませんでしたが――
それでも、その婿がどうしても気に入りません。
あの整った顔ひとつで娘を連れ去ったあの男が、どうにも憎いのです。
〇〇物産のジノが、結局自分より下だと思っていた家と結婚するという話を聞き、怒りがこみ上げます。
「あんな取るに足らない家が、私の立場を脅かしたらどうするの?」
「あのときハユンがジノと結婚していれば……!!」
……まあ、結局は同床異夢です。
貧しさを知らずに育ったハユンは両親を理解できず、
成功による自由を奪われたことのない両親もまた、ハユンを理解することができません。
このように互いを理解できないのであれば、
一度くらい親の選択に運命を委ねてみたらどうだったのでしょうか?
もしハユンが〇〇物産の御曹司と結婚し、大企業の嫁になっていたとしたら、彼女は幸せになれたのでしょうか?
――いいえ、決してそんなことはありません。
ハユンは基本的に論理的・理性的なタイプではありませんが、
直感は非常に鋭いのです。
自分に害を及ぼしうる危険要素に対して、
誰よりも敏感に察知する力を持っています。
女性としての魅力が現れ始めた頃から、
欲望の対象として見られてきたからです。
そういう意味で、ハユンは本能的に理解していました。
母親は最終的に、自分の人生そのものを飲み込んでしまう存在だということを。
たとえその悲劇の原動力が、自分に向けられた愛だったとしても、
ハユンはその愛に激しく抗いました。
その愛が「欲望の道具」として機能していることを、
心の奥底で感じ取っていたからです。
だからこそ、ジヌとの最初の出会いはとても不思議なものでした。
この思いがけない優しさを見せる男からは、
いかなる意図も、欲望も感じられなかったのです。
ただ、言葉では説明できない、どこか寂しげな義務感だけが伝わってきました。
その後、ハユンがジヌに抱いた好奇心は想像力へと変わり、
その想像力はやがてロマン的な妄想へと発展していきます。
両親が彼女を抑圧すればするほど、彼に対する意味はますます大きくなっていきました。
そしてついに、長い浪人生活の末に進学した大学で、
あれほど探し続けていたジヌが、まるで自分を待っていたかのようにそこにいたのです。
ジヌという存在が、彼女の中に絶対的に刻み込まれた瞬間でした。
このように、ハユンにとってジヌとは「絶対的な人生の正解」なのです。
大学で彼を見つけたその瞬間に、すでに答えは決まっており、
自分がそう感じた以上、それは絶対に正しく、正しくあるべきで、そして正しくしていくのです。
それこそが、ハユンという人間の本質です。
非常に純粋でありながら、ある意味では非常に暴力的な在り方でもあります。
その独善的な側面は母親と大差ありませんが、彼女にはジヌがいるのです。
欲望の化身である彼女でさえ、ジヌによっては制御されうるのです。
彼女はジヌのルールの中で生きたいと願っているのですから。
もちろん、トレビとハユンの関係は非常に矛盾しています。
自分を欲望の道具にしようとする意図には極めて敏感に反応するハユンですが、
トレビはあからさまにハユンを成功の道具として利用しようとしていました。
どんな男が策略を巡らせても決してなびかなかったハユンが、
トレビには身体も心もすべてを差し出してしまったのです。
それは一体、なぜ可能だったのでしょうか?
答えは意外とシンプルです。
トレビが単純に、セックスがめちゃくちゃ上手かったということです。
その快楽があまりにも強烈で、彼女自身がそれを正当化してしまうほどだったのです。
自分が「正解」だと信じたものに何としてでも意味を与え、所有しようとするハユンの性質からすれば、
トレビが与える快楽を「愛」として解釈し、自分のものにしようとするのは、非常に矛盾していながらも、いかにも彼女らしい在り方でもあります。
そうして、彼が与える快楽への執着は限りなく膨れ上がり、
彼女はブラックローズとなり、そして――Z
望んだ通りに、トレビを“喰らい尽くします”。
やがて彼が決して自分から逃れられないよう、メリナとして弱みを握り、支配しようとします。
しかし、もしハユンがトレビと本当の意味で結ばれていたとしたら、彼女は幸せになれたのでしょうか?
――いいえ。結局は不幸になっていたはずです。
彼への愛は純粋な感情から生まれたものというより、
執着や現実からの逃避に近いものだと、心の奥底では理解していたからです。
そのため、トレビを完全に手に入れられない間は彼への欲望が激しく燃え上がる一方で、
いざ完全に手に入れてしまえば、すぐに消えてしまう――
それこそが、トレビへの愛の本質なのです。
さらに、トレビの内面は深く空虚で、まるで廃墟のようなものであり、
誰かが寄りかかれるような存在ではありません。
それを直感的に理解していたハユンは、トレビへの愛を正当化しながらも、
絶えず苦しみ続けます。
その愛が、本当に自分を救ってくれるものなのか――と。
第8-1話では、
ジヌに由来する“意味の化身”と、トレビに由来する“快楽の化身”が対決し、
快楽の化身が敗れ、意味の化身が勝利します。
つまり、ハユンの直感は再び、自らを救う方法を自分自身で見抜いたのです。
このようにハユンは、*「非言語的感覚」*が非常に鋭い人物です。
私たちは、ある対象に対して「なんとなくヤバい」「違和感がある」と感じるとき、
それを明確な言葉で説明できないことが多いものです。
視線のわずかな揺れ、話し方のズレ、文脈に合わない沈黙――
そうした数多くの手がかりが、意識の表面に浮かび上がる前に、一つの感覚として統合されるからです。
そうして言語化されないままの情報は整理されることなく、
ただ「なんか変だ」という直感として現れます。
そしてハユンは、まさにこの段階――
言語に還元される以前の感覚を捉えることに長けた人物なのです。
だからこそ、瞬間ごとの呼吸や判断、感覚が重要となる
人と人との非言語的コミュニケーションにおいて、非常に優れています。
簡単に言えば、相手を容易に魅了してしまうのです。
もちろん彼女は自分の直感を強く信じているため、
時には判断を過信してしまう一面もあります。
そのせいでうっかりミスをしたり、ジヌに叱られたり、
賭けに出てはいつも負け、論理的な彼の言葉にむくれてしまうこともあります。
それでも、自分の運命を左右するような決定的な場面では、
彼女の直感は確かな力を発揮するのです。
……うーん、気づけば解説がかなり長くなってしまいましたね。
ここで、素早く“教母となったハユンの日常”を整理してみましょう。
さて、それでは先ほど説明したハユンの特性は、どのような職業と相性が良いのでしょうか?
それは――芸能人です。
実際、ハユンは組織における“アイドル”的な存在でもあります。
彼女は定期的に舞台に立ち、ダンスを披露したり、演劇に出演したりしています。
特に、組織の根幹である初代教母「マリ・ローズ」の生涯を描いた演劇、
*「The Legacy」*は組織内でも最も重要な行事の一つであり、
その主役を務めているのが、まさにハユンなのです。
さらにハユンは、心理カウンセリングも行っています。
1日に1人ずつ選ばれた人物を面談し、
その悩みや感情を丁寧に掘り下げ、共感することで心理的依存を形成していきます。
これは単なる慰めにとどまらず、
組織内における自身の影響力をより強固にしていくプロセスでもあります。
このように、初期の教母は政治的な動きには一切関与せず、
“基盤づくり”に専念します。
実際に権力を行使し、資金を動かす役割は、すべて太上教母が担っているのです。
つまり、教母の真の全盛期は、その座を退き太上教母となる時期にあり、
それまでは組織の構成員から愛され、自らの手足となる人材を選び育てる段階を経るのです。
そしてこの“基盤づくり”において重要な役割を担うのが、夫であるジヌです。
さて、キャラクターについての詳細なレビューは一通りできたようですね。
それでは、テンポよくQ&Aを進めていきましょう!
ヒロインが次の教母を育てた後、主人公と一緒に普通の生活へ戻ることはできますか?
はい!もちろんです!
ハユンが次の教母を育てる頃には、すでに彼女は組織の実権を握る頂点の存在となっています。
誰も彼女に手出しすることはできず、その時には現・太上教母である彼女の師でさえ、ベラをどうすることもできません。
ヒロインは現在、組織の構成員たちと性的関係を持っているのでしょうか?
それとも主人公とだけ関係を持っているのでしょうか?
また、組織の意向によって他の人物の子どもを妊娠した後でも、主人公との間に子どもZを持つことは可能なのでしょうか?
基本的には、ハユンは他の男と関係を持とうとはしません。
ただし、必要に応じてやむを得ず関係を持つことはあります。
ハユンが力を得るためには、権力の手段としてそうした関係を利用せざるを得ないからです。
そして、ジヌの子どもをもう一度身ごもることについては、リスクがあまりにも大きいため、基本的には試みないでしょう。
ジヌの子どもは、組織の立場からすれば“托卵”とほとんど変わらない存在だからです。
私の理解では、主人公が組織に入った後、
ヒロインは組織の人間の子どもをもう一人産まなければならないとのこZとですが、
その子はトレビの子なのでしょうか?
それについては、今後の外伝で描いていく予定です!
ただ、はっきり言えることが一つあります。
ハユンはジヌの妻である以上、彼の意思に従うということです。
更新速度や分量を増やすことはできますか?
本編の制作が大変なのは理解していますが、制作中に生成されたイラスト
(ボツカット、アート画像など)を途中で公開してもらうことはできますか?
一か月待つのが本当に辛いです。
『優しい妻』の後は、制作スタイルを変えてみようと思っています。
短編中心で制作し、
思いついた性的なアイデアを素早く消化していく形ですね。
もちろん、没頭してしまえばまた分量が増えるかもしれませんが……
できるだけ頻繁にお会いできるよう努力してみます。
今後の作品は独立した世界観ですか?
それとも同じ世界観ですか?
今後のコンテンツは新しいストーリーですか、それとも日常の共有ですか?
『優しい妻』と同じ世界観を共有する場合は、別途表記する予定です。
ただ、基本的には独立した世界観の作品が続いていくと思います。
あれだけ黒人が主人公を苦しめたのに、
最後に主人公が彼を受け入れるのが理解できません。
あれだけ黒人がヒロインを騙したのに、
ヒロインが彼を許すのも理解できません。
トレビは根本的に厭世的な人間です。
幼少期、父親からの虐待と母親からの遺棄の中で育った彼は、
結局、誰のことも信じられなくなってしまいました。
彼が信じているのは、金と自分の能力だけです。
しかし、死を目前にしたその瞬間、
トレビはようやく自分の本質に気づきます。
彼の厭世観は、世界を見抜いていたからではなく、
二度と傷つきたくないという恐れから生まれたものだったのです。
金を集め、力を蓄えてきた理由もまた同じでした。
結局のところ、彼は愛されたかったのです。
彼の心の最も深い場所には、
身体を売って生計を立てていた母親が、
より大きな力と金を持った自分を見れば、いつか戻ってきてくれるかもしれない――
そんな、見捨てられた子どもの願いが残っていたのです。
ですが彼は、目的のためには手段を選ばなかった。
その結果、自分が愛されることのない存在だと悟り、絶望します。
ベラが自分を殺すと確信したのです。
しかし、その決定的な瞬間、
ベラは自らの救済のためにトレビを生かしました。
その経験が、トレビを別人へと変えたのです。
彼はこれまでの思考や価値観を捨て、
心から贖罪するようになりました。
ともあれ、ベラにとってトレビは、もはや危険要素ではありません。
もう彼はベラを欲望の対象として見ておらず、
むしろ崇拝の対象として見ています。
そのため、制裁を加えようと思えばいつでも加えられましたが、
彼女にはトレビがどうしても必要でした。
組織に入ったばかりの若い神父である彼女が、
太上教母に対抗してジヌを取り戻すには、
トレビの能力と協力が必要だったからです。
ですから、トレビを罰しなかった理由に答えるなら、
彼が必要だったからです。
ジヌを取り戻した後も、トレビはかなり有用な道具ですし、
しかも彼は組織の象徴でもあります。
組織の構成員たちは、
ハユンに救われて生まれ変わったトレビの物語をとても好んでいるのです。
つまり、政治的・機能的な必要性から、
トレビを生かしておくしかないのです。
もちろん、ハユンとトレビの関係を
ここまで単純に説明してしまうには、
まだもっと複雑で繊細な感情の機微が残っています。
それについては今後の後日談で扱う予定ですので、
もう少しだけお待ちいただければ幸いです。
では、ハユンがトレビを“道具として”許したとして、
ジヌはどうして彼を受け入れることができたのでしょうか?
それは、司祭の存在があったからです。
以前、司祭はジヌにこんな問いを投げかけました。
「あなたは、仇の子を愛する彼女を受け入れられますか?」
ジヌはハユンを待つ間、
何度も何度も同じ問いを自分に投げかけ、
そしてついに、その問いに答える理由を見つけました。
「まあ、そういうこともあるだろ」
――これです。
「二人目、三人目、四人目は俺の子にすればいいさ。
一杯やろうぜ(笑)」
ずいぶん締まりのない、拍子抜けするような答えに見えるかもしれません。
ですが、長い煩悶と苦しみの末に見つけた、
ジヌなりの答えがまさにこれなのです。
つまり、人生をあまり深刻に捉えすぎないということですね。
GIF(動く画像)形式で制作する予定はありますか?
いつも計画自体はあります。
ただ、勉強もしなければいけませんし、設定もしなければなりません。
なので、なかなか手が伸びないんですよね……ㅠㅠ
いつか日を決めて本格的に環境を整えようとは思っているのですが、
今まであまりにも忙しくて、なかなかそこまで手が回りませんでした。
もう少し余裕ができたら、挑戦してみようと思います。
他のブラックローズのストーリーを作る可能性はありますか?
うーん……現時点ではありません。
NTLや他ジャンルも制作する予定はありますか?
既存作品のパロディも考えていますか?
私はいろいろなジャンルが好きです。
正直、純愛も本気でやってみたいですし、
調教もの、NTLもの、男の娘もの、既存作品のパロディもやってみたいです。
少年漫画と成人向けを組み合わせた、
独特な作品も連載してみたいですね。
いつも欲望だけは溢れているのですが、
時間と体力の限界のせいで、想像するだけに留まっています。
ASMRコンテンツの予定はありますか?
ずっと心の中にはあるのですが、
ASMRを作るにはシンクロした動画が必要じゃないですか?
そうなるとGIFを作らなければいけないし、映像編集もしなければいけないし、
音声に合わせてテキストも適切に表示させなければいけないし……
とにかく手間がかかります。
そうすると、今予定が詰まっている漫画を制作できなくなってしまいますよね。
生産性がものすごく向上するなら別ですが、
今のところは保留中です。
外伝をもう一度やるとしたら、短編ですか? 追加シリーズですか?
追加で出す予定です!
前回はちょっとあっさり終わりすぎましたからね!
全3編完結くらいで考えていて、
だんだんハードになっていく予定です。
ハユンと教母の関係はどういうものですか?
基本的には師匠と弟子ですが、
情を分かち合う関係でもあります。
教母という孤独な立場を本当に理解できるのは、
先代教母と次代教母だけですからね。
しかも太上教母は、ハユンをとても可愛がっています。
若くて生命力にあふれたハユンに、強く惹かれているのです。
ですから実際には、
ベラが太上教母を喰ったのではなく、
太上教母のほうがハユンを欲しているのです。
次の作品は長編ですか? 短編ですか?
3話前後の短編を予定しています!
キャラクターのリクエストを受けて制作する予定はありますか?
あります!
ただ、現在候補として考えている原作IPキャラクターは、
1. 葬送のフリーレン ― フリーレン、フェルン
2. チェンソーマン ― レゼ
3. League of Legends ― ポップスター・カイ=サ
です。
『優しい妻』を見ていて、NTRSというジャンルを思い出しました。
典型的なNTRSではないですが、核の部分にはNTRSっぽさがあります。
先生はNTRSというジャンルについてどう思いますか?
今後、NTRS作品を作る予定はありますか?
実は、NTRSというジャンルを初めて知りました。
ありがたいことに、
「純愛のためのNTR」だと説明していただいたんですよね。
うーん……このジャンルについては、そうですね。
この作品を純愛で締めくくったので、
今後しばらくは破滅的な堕落もの、あるいはNTRものを連載してみる予定です。
今回は、ただひたすら救いのないNTRが見たいです。
あの日USBに入っていたような、漫画版MTRみたいなものが見たいです。
『あの日、私のUSBに入っていたもの』の再連載予定はありますか?
もちろんです!
これからは*『あの日、私のUSBに入っていたもの』*がメインとなり、
全3編のシリーズ作品として連載される予定です!
この作品は、ただひたすらドーパミンだけが詰まった、
破滅的なNTRシリーズになる予定ですので、ぜひご期待ください!
どうしてこんなにエロい作品が作れるのか知りたいです。
ネタはどう思いつくのでしょうか。
『優しい妻』に出てくるエロくて下品なシーンは、どうやって構想しているのか気になりまZす。
正直、私自身もよく分かりません。
ただ没入していると、いつの間にか自然に浮かんでくるんです。
ただ、一つだけ確実に意識しているのは、
キャラクター固有の個性と、その対比です。
たとえば、香水が好きだった女が、
嫌悪していた男のパンツの匂いを嗅ぎながら自慰する、とか。
普段は見下していて、
女にモテるはずがないと思っていた近所の友達が、
初恋の姉に交配プレスをしている、とか。
今回の作品のように、
自分にだけ従順で、自分だけを見ていた妻が、
奴隷の刺青を刻まれたまま黒人の娼婦へと堕ちていく、とか……。
まず破滅的な対比を思い描き、
そのあとで作品を作っているように思います。
作品の“エロさ”というのは、
固有の個性を持ったキャラクターが両極端へと向かっていく過程を、
どれだけ説得力をもって見せられるかによって高まっていく気がします。
過程に十分な説得力があれば、読者は没入できますからね。
NTR、堕落、フェムドムを中心に作っていらっしゃるようですが、
作品を構想する時に最も大事にしていることは何でしょうか?
NTR作品の中でも特にすごく刺さったので気になりました。
先ほど説明した通り、対比です。
ただし、完全に別人のような姿ではいけなくて、
純粋だった過去の痕跡が残っていなければ、
その対比はよりドラマチックにならないと思っています。
人物たちが堕落する前と、堕落した後
(ハユンやカイラのブラックローズ化)で、
読者にどんな感情を抱いてほしかったのか、
あるいは先生が制作時に意図した演出や考えも気になります。
この作品の場合は、切なさでした。
初恋の記憶、思い出、二度と取り戻せない大切な瞬間たち。
けれど、それでもなお自分への愛着が残っていて関係は続いている。
しかし身体も心もすでに他の誰かに渡ってしまっていて、
変わってしまった彼女を見ては後悔し、また後悔する。
それなのに、彼女に調教される背徳の快楽から抜け出せず、
その切なさからどうしても逃れられない――
そういう悪循環を演出したかったのです。
『優しい妻』だけでなく、他のNTR作品も含めての質問ですが、
作品を作るときに影響を受けた本や作品が気になります。
また、こうしたエロい題材を得る助けになった資料や書籍も知りたいです。
多すぎて全部は書ききれませんね。
『オトメドリ』という作品以降、
数多くのNTR作品から影響を受けたと思います。
今はかなり遠い場所へ行ってしまわれましたが、
武田弘光先生の作品が本当に好きでしたし、
はるはる堂先生のねっとりした調教も、
pink joe先生の悪魔的なナレーションも、
とても大きな影響を受けました。
ほかにもたくさんありますが、
今すぐ思い浮かぶのはこのあたりですね。
NTR、堕落、フェムドム作品を主に作るとき、
キャラクターデザインはどうしているのか気になります。
ハユンというキャラクターが、堕落前後で本当によくできていたのでお聞きしたいです。
正直に申し上げると、即興的でした。
もちろん、それが私だけの完全なオリジナルというよりは、
どこかで見たものが内面化されていて、必要な瞬間に出てきたのだと思います。
ただ、具体的に何だったのかは覚えていません。
先生個人として考えるNTR(L)の核心とは何だと思いますか?
NTRジャンルは普段なかなか気軽に語れない題材でもあるので、
こうして作品を作る立場としてのお話を聞いてみたいです。
うーん……いろいろ考えさせられる質問ですね。
一方で、とても嬉しい質問でもあります。
NTRジャンルを創作する人間として、
このジャンルの核心が何なのか、
自分なりに考えたことが何度もありましたから。
うーん、
“考察”なんて言うと少し大げさでしょうか。
変態的な趣味くらいにしておきましょう。
ともあれ、このジャンルの核心は……
正直、一言で断定して答えるのは難しいです。
今やNTRというジャンルそのものが、
あまりにも多様なスペクトラムを持つジャンルになってしまったので……。
このジャンルに入ったきっかけでさえ、人それぞれですからね。
だからこそ、私ができる答え方にも
いくつかの層があると思っています。
もっと根源的な層に降りて、
「なぜ人間は遊戯的快楽の中に背徳感を求めるのか?」
という問いを投げることもできますし、
ごく浅く、単なるジャンル文法として説明することもできます。
今回は時間もありましたし、
これ以上長くなりすぎると大変なので、
かなり浅めに、軽く触れる程度でいこうと思います。
さて、まず最初に。
夫あるいは彼氏の比重がほとんどないネトラレ作品は、
真のネトラレ作品ではありません!!
それはただのチーティングもの、あるいは調教ものに近いです!
守るべき貞操を持った女が、
ネトリ男の与える快楽に陥落し、
最終的には「旦那なんて捨てます!」とゲーム終了を宣言すること――
そこが核心だからです。
次のジャンルとしては、
夫(彼氏)の比重はある程度あるけれど、
その内面描写が最小限に抑えられている作品があります。
「ぁぁ……! ダメ……!」
「そ、そんなはずが……!」
「お、俺の妻がああああ!! ダメえええええっ!!」
この程度で終わる作品ですね。
こういうタイプの作品は、
韓国のバラエティ番組に近い感覚だと思っています。
映像の中ではネトリ男が妻に挿入していて、
夫のリアクションを引き出す。
するとゲスト席に座った夫は、
最大限に絶望するリアクションをして、その対比を強化する――
そんな構図です。
一方で、夫の内面描写の比重が大きくなればなるほど、
ネトラレの本質に近づいていくと私は思います。
夫(彼氏)の比重が小さい時、
読者は第三者として夫と妻を観察しています。
ですが夫(彼氏)の比重が大きくなると、
読者と夫(彼氏)は同化しやすくなるのです。
つまり、
*「愛する恋人を奪われる体験」*を
より生々しく味わえるようになるわけです。
では、私たちはなぜ、
愛する恋人を奪われることに没入したくなるのでしょうか?
まず一つは、安全だからです。
これはあくまで作品であって、
実際の自分の恋人が奪われるわけではありません。
作中のかわいそうな主人公を通して、
代理体験をしているだけです。
もちろん、共感能力の高い方は
血を吐くようなダメージを受けて、
こういう異常性癖者たちを罵りながら純愛ものへ逃げていくこともあります。
でも、ここにいる皆さんは違いますよね?
ふむ……。
ここにいる皆さんは、そうした精神ダメージにもある程度慣れていると仮定して、
もう少し踏み込んでみましょう。
さらに一段下の層へ降りてみます。
私たちはダメージにもある程度鍛えられているし、
これはただの“仮想的な代理体験”だということも理解しています。
だからこそ、私たちが求めるのは強烈な刺激です。
まるで遊園地のアトラクションが危険だと分かっていても、
安全装置がある限り、そのぶんより大きな刺激を得られるように、
夫の視点にもっと深く没入したくなるのです。
そのほうが、より強い刺激を感じられるからですね。
一言で言えば、
恐怖に慣れた遊具の中級者が、
さらに上級のコースを求めるような感覚に近いです。
このとき、
妻が完全に奪われるネトラレ型の結末を望む読者と、
妻とまだつながったまま、遊戯としてのcuckoldingを楽しむ
ネトラセ型の結末を望む読者に分かれます。
ネトラセの場合、私は比較的シンプルな刺激追求型だと見ています。
単に変わっていく妻の姿から
スリリングな背徳感を味わいたいだけで、
完全に関係が断たれることまでは望まない。
あくまで刺激追求で終わるのです。
だからこそ、
妻や恋人を完全に奪われる*“ネトラレ”の結末*からこそ、
より根源的な欲望を扱えるのではないかと思っています。
いくら「仮想世界」という安全装置があるとはいえ、
十分に没入した状態でなお
“妻を奪われること”を望むのは、
やはり一般的ではありませんから。
うーん……簡単に断定することはできませんが、
私は“ネトラレ”を好む読者の方々ほど、
男性性に対するエゴが強いのではないかと考えています。
あるいは、
自分自身の男性像に比べて、
求める女性像への期待があまりにも高すぎるのかもしれません。
つまり、
自分が理想とする男性像から遠ければ遠いほど、
自分が望む女性像を勝ち取れないこともよく分かっている。
だからこそ、いっそ仮想体験を通じて、
手に入れられない女性像を“奪われる”経験をしたくなるのです。
実らない恋ほど苦しいものはありませんからね。
もちろん、実際の自分のプライドや男性性が
本当に壊されたわけではないので、
これもまた安全装置として機能しています。
私たちはただ、
仮想世界の代理人を通じて代理体験をしただけなのです。
ただし、
この“男性性の破壊”に没入し始めると、
ネトマゾへ移行しやすくなり、
さらにネトマゾの中でももっと強い刺激を求めるようになると、
sissyやfeminizationジャンルへ進んでいくのではないかと思います。
最後に。
わあ……書いているうちに、
2万字を超えてしまいましたね。
ほとんどWeb小説4話分の分量です。
朝から書いていたのですが……
それでも時間が足りなくなるとは思いませんでした。
それだけ、自分のすべてを吐き出して
解放されたい気持ちがあったのかもしれません。
実は、一週間くらいしっかり休みたいんです。
終盤に来てかなり無理をしてしまったし、
もう本当に自分の身体をいたわるべき時だと思うので。
うーん……
すごくありきたりな言葉になってしまいますが、
結局残るのはこの一言だと思います。
読者の皆様のおかげで、ここまで来ることができました。
もちろん、
私がそんなに大それた作品を残したわけではありません。
でも、この作品は私にとって意味のある作品なんです。
だ・か・ら・こ・そ!!!!!!!
これからは、気軽に読めて、めちゃくちゃエロい作品で戻ってきます!!!!!!!!!!
エロの、
エロによる、
エロのための、
脳破壊マゾ敗北エンドへ行ってしまえっ!!!!
どうかご期待ください。
それでは、このへんで締めくくらせていただきます。
一週間だけしっかり休んで、
その後のスケジュール告知とともにまた戻ってきます。
ありがとうございました!