「風よ」
アガッ!
「火よ」
ピギィー!!
「水よ」
グエェー!!!
「…この辺りの魔物は倒し切ったかしら……あら? まだ残りが居たみたいね。土よ」
ギャース!!!!
魔法を操り、魔物を狩る彼女は、誰がどう見たって魔法使いであろう。
そんな彼女が使っている魔法は、“火・水・風・土” といったシンプルで原始的な、最初に覚える基礎的な魔法の類である。
そうにもかかわらず、たった一発で魔物を葬り去るこの威力。
それだけで彼女が熟練した魔法使いだとわかる。
彼女の名はフロレンス、世界を旅する偉大な魔法使いだ。
あるところでは盗賊から村を解放し、またあるところでは疫病から国を救った。
そんなフロレンスが先日たどり着いたのがここ、カミルの町である。
有名な彼女は、どこへ行っても頼みごとをされる。
それは旅をしているフロレンスにとってもありがたいことである。
…と言うのも、解決する報酬として宿を提供してもらえたりするからだ。
“魔物退治” それがこの町での依頼だった。
よくある内容であるし、フロレンスにとって朝飯前である。
だからこそフロレンスは今回も簡単に、“基礎的な魔法だけを使って” こなしてしまった。
「…ここまでしてもだめか……明日はもう少し調整して……」
“基礎的な魔法だけを使って” と言ったが、フロレンスがそれしか “使わない” のには理由がある。
その程度の魔法で十分だと思っての事ではない。
そう、決して相手を舐めているのでは無く…まぁ実際は舐めているのだが……それはさておき、今のフロレンスは基礎的な魔法しか “使えない” のだ。
“使わない” のでは無く、“使えない” 。
このふたつに大きな違いがあることは理解できるだろう。
しかし何故、フロレンスがそれしか使えないかは理解のしようが無いはずだ。
これは一種の呪いとでも言えば良いだろうか。
フロレンスにかかっている呪い。
それは “破滅を望む” 呪い。
それも “自らの破滅を” である。
ただしこの呪いは誰かにかけられたのでは無い。
そのため解呪とは無縁……否、解呪不可能なのだ。
フロレンス自身から生まれ、己に課したものであり、“本当の” 呪いでは無いのだから……。
「それにしても数だけは多いのね。そろそろ日暮れだし、今日はこの辺にしましょうか」
フロレンスの借家は町外れにある。
なぜ町外れにあるかと言うと、借家は寝床と工房を兼ねており、工房を構えるためには広い空間が必要だからだ。
借家に戻ったフロレンスは、汗を流して食事を取った。
その後、工房に籠ると明日に向けての準備を始めた。
「この “魔宝石” まで使うことになるなんて」
“魔宝石” 、それは宝石のように綺麗な見た目をした魔法の石だ。
自然の鉱石であり、色々な魔法が封じ込まれている。
宝石を身につけるように、アクセサリーみたいに身につけるのが一般的で、簡易的な魔法を発動させることが出来る。
そのため火をつけたり、周りを照らしたり、軽い傷を治したりといった日常使いが “主” である。
珍しい魔法が封じ込まれた魔宝石も存在すると聞くが、高価で取引されているほか、コレクターも存在するため滅多に出回ることはない。
そんな魔法石だが、実は人工的に作る方法が存在する。
しかし、普通であればその方法を取る者は居ない。
何故なら人工魔宝石を作るには、その性質の通り “素材となる宝石に魔法を封印する” 必要があるからである。
そして封印した魔法は当然、その人工魔宝石を用いてでしか使えなくなる。
さらに人工魔宝石が壊れても、その魔法は元の持ち主に戻りはせず永遠に失われる。
そもそも普通に魔法を使えるのなら、魔宝石を使う必要など無いのだ。
魔宝石を使うのは、それを用いてでしかその魔法を使えない者。
わざわざ魔宝石を身につけるなどという手間を取ることをしないのだ。
さて、人工魔宝石のことについて知った今なら、フロレンスが基礎的な魔法だけしか使えなかったのも理解できるだろうか。
そう彼女は、自らが覚えた全ての魔法を “魔宝石に変えてしまった” のだ。
とは言え、魔宝石さえ身につけていれば魔法は使えるので、問題が無いと言えば無いのである。
それでもフロレンスはこの状況を楽しむため、先に使っていた4つの魔宝石を除いてはこの借家に置いて出ていたのだが……。
そんな借家にある魔宝石の中から今、フロレンスが手に取ったのは “モノの性質を変える” 魔法が封じられた魔宝石。
「ものづくりに役立つ魔法だけど、これを使えば “私の体も” 好きに変えることができる……」
硬いモノを柔らかくしたり、易燃性のモノを難燃性に変えたりと、モノの加工をしやすしたり、耐久性を上げたりするのに使われる魔法だ。
性質とは、言い換えればこの世界でのモノのあり方である。
このチートのような魔法は、ユニーク魔法とも呼ばれるもので同じ魔法は存在しない。
まさかこんな魔法を人に使うなど誰が考えるのか……フロレンスが考えた。
「創造」
フロレンスがそう唱えると魔法が発動する。
頭の中で想像したモノが創造される。
「(…私の耐性は魔力量に比例する……
…私は魔法を使う度に感度が上がる性質を得る……
…私はイク度に、その程度に応じて魔力を放出する……)」
日中、魔物退治をして回っていたのだから、この辺りに居る魔物の数をフロレンスは知っている。
今日倒した数は全体のおよそ半数にも及んでいない。
魔法使いであるフロレンスが魔物を倒すのに、魔法は欠かせないものだ。
強力な魔法を使って一掃すれば回数も少なく抑えられるし、実際フロレンスにはそれだけの実力がある。
しかし、フロレンスの使う魔法は基礎的な魔法のみ。
一撃の威力こそあれど、数に対しては数を打たなければいけない。
これだけ、されどこれ以上の縛りは無いのかも知れなかった。
「ふふふ、これで明日が楽しみだわ」
ーーーーー
「火よ…あっ/// 風よ……あんっ/// 土よ………あ〜〜っ/// ……はぁ/// ……はぁ///」
次の日、魔物退治の疲労ではなく、別の意味で息をあげているフロレンス。
案の定、フロレンスはイッていた。
「これで50体目、水よ……ん〜〜〜〜っ///」
フロレンスはもう、魔法を一つ使うだけでイッてしまうほどに出来上がっている。
「…これ以上はさすがに……」
“自らの破滅を望む” ……それ即ち、“破滅願望” であるが、破滅願望とは一筋縄ではいかない複雑さを孕んでいる。
どうやって破滅するかを考えたり、破滅した後を想像したり、終いには破滅するまでの過程や破滅しそうな状況を楽しんだりするものだが、問題は “破滅することが出来るのは一度きり” だと言うことだ。
破滅してしまえば最後、もう破滅願望を楽しむことは出来ない。
だからこそ破滅願望とは常に “早く破滅したいけど、まだ破滅したくない” というジレンマと戦っているのである。
「…でもここで負けたら……魔物たちに飽きるまで犯されて、ゴミのように捨てられる?……もしくは巣まで連れてかれて一生孕み袋になんて……はぁ/// はぁ/// んんっ/// 考えただけでイッちゃった……って、まずいかも周りを囲まれてる……」
これはフロレンス自身が招いた状況であり、自業自得だと言える。
それに、フロレンスの状態を魔物が気にするはずもない。
もし何か思うことがあるとしても、それは人間のメスが弱っている程度だろうし、よくわからないけれど好都合だなぐらいの話だ。
「…私がここで負けたら……」
フロレンスは再び思考する。
「町の人が困ってしまう」
もっともらしい理由を考え、フロレンスはジレンマを解消する。
自分では無く、他人のために。
「 “まだ” 破滅するわけにはいかない」
音などを聞きつけ魔物は集まってくるため、時間を掛ければ掛けるほど状況は悪くなる。
フロレンス自身の体もあまり長くは保たない。
借家に戻れば、魔宝石を使って感度などどうにでも治せるし、1日休めば魔力量も回復できる。
周囲の魔物さえ倒し切れれば、希望はあるのだ。
「火よ、水よ、風よ、土よ…………っっっっっっ/////////」
制圧をはかるために、一気に魔法を放つ。
イッてしまって攻撃の手が止まないようその前に連続して……。
その結果、フロレンスの周囲に魔物は居なくなったが、同時に押し寄せる快楽の波にフロレンスは盛大にイキ果てた。
「…こんな事になるなら、他の魔宝石も持ってくるべきだったわ……」
そんな愚痴を今になって言っても仕方がない。
それにもし、こうなるとわかっていても…いやわかっていたらむしろ、フロレンスは何をしでかしたか想像もつかない。
「…町までは……無理そうね……気を失う前にどこか身を隠せる場所はを探さないと……」
かろうじて意識を保ったフロレンスだったが、このまま町まで戻る体力は残されていない。
また魔物に囲まれる前に少しでもここを離れて、休める場所を探す必要に迫られるのだった。
ーーーーー
「昨日のうちに広い範囲を探索しておいてよかった。町とは少し方向が違うけど、この辺りまで来れば魔物も居ないはず」
依頼された魔物退治がどの程度の規模のものかを確認するため、フロレンスは初日のうちに周辺地域のマッピングを済ませていたのだ。
「感度が上がっているとは言え、明日になれば体の方も落ち着くだろうし……外で休むのに、防御魔法や探知魔法が無い状態なのは心寂しいものがあるけれど……考えたってどうすることも出来ないし、今は寝て少しでも早く回復するしか無いわね……すぅ…すぅ…zzz」
相当消耗していたようで、木にもたれかかった瞬間フロレンスは眠りに落ちていた。
………ガサッ…ガサガサッ……パリンッ…パリンッ……
「( “何か” が割れる音が聞こえる)」
…パリンッ…パリンッ……
「(…どこから?……近い??……もしかして、隣???)」
そう理解したときには、全てが終わっていた。
「ア、起キタ、カ」
「!?(え、魔物?? でも今、人の言葉を使った??)」
フロレンスの目の前には、人型で人語を話す生物が居る。
それだけ聞けば “人間” だと思うに違いない。
しかしその姿を見て、“魔物” だとフロレンスは思った。
なぜなら、筋骨隆々の巨体は3mの高さを誇り、肌は青い色をしていたからだ。
「(いや、考えるより先にするべきことが…)火よ………あれっ???」
するべきこと、それは魔物を倒すこと。
フロレンスは咄嗟に魔法を唱える。
その声は確かに発せられていた。
しかし何も起こらない。
「…魔宝石が、ない……まさか!!」
そうしてフロレンスは気がついた。
魔物の足元に散らばる色とりどりの破片を、先ほど聞こえた音の正体を……。
「オ前ノ、魔宝石ナラ、壊シタ……ニシテモ、オ前ノ、体、面白イ、ナ」
「(完璧では無いけれど、やっぱり人の言葉を話している。それもただ発音しているのでは無く、意味を理解して。他にも気になることを言っていた……はっきり “面白い” と。もしかして昨日かけた魔法……私の性質を見抜いているの??)」
“特異な能力を持っている” 変異種の魔物が存在していることは知られている。
フロレンスも、過去に何度か出会ったことがある。
しかしそれらは総じて、通常の個体より強いといったもので、能力の大半は己の強化なのだ。
単純な力以外の能力。
未知との遭遇。
絶望。
……そして、興奮。
「あはっ♡♡ あははは♡♡♡」
きっと私はここで終わる。
だけど、この魔物相手になら満足だ。
弱い魔物にに負けるのを妄想したこともある。
でもやっぱり、“わざと負けるのは違う” という思いが、少なからず私に中にあった。
しかしこれは “完全な敗北” 。
以前の、魔法を覚えていた私の事を万全であるとするならば、今の私は違うのだろう。
これは “万全を” どう考えるかなのだ。
フロレンスが、魔法を魔宝石にしてしまった今現在。
万全は存在しないのか。
否、その瞬間においての最大限が万全であるなら、魔宝石を全て身につけていれば万全であると言えよう。
では、この場におけるフロレンスの万全とは。
すでに分かっている通り、基礎的な魔法を封じた魔宝石以外の魔宝石は全て借家に置いて来ている。
それでいて、持ってきた4つの魔宝石は目の前で粉々になっている。
魔法使いであるフロレンスが、一切の魔法を使えない状態で取れる行動は逃げること……いや、それこそ万全の状態の魔物相手にフロレンスが走って逃げることは、実行したとて成功しないだろう。
つまり、フロレンスがいま出来る最大限……それは “敗北” である。
全ての手を尽くした上での敗北。
それは “自分の都合で破滅しにいく” のは無く、“相手の都合で破滅させられる” という事。
これこそがフロレンスの望む “理想の破滅” 。
「オ前、強イ、カ?」
「え、どうしてそんな事を??」
この魔物が変異種だということを加味しても、魔物が相手の力量をはかるなど聞いたことが無かった。
魔物とは、ただ欲望そのままに行動をするのだとフロレンスは思っていた。
だからこそ、相手が魔物だと言うのに質問を質問で返してしまったのだ。
「強イ、ヤツ、トテモ、便利」
「…便利だなんて……」
「便利、ナラ、俺ノ、雌ニ、シテヤル」
「…人に向かって便利だなんて……まるでモノように……」
「ナンダ? 嫌ナノ、カ?」
「嬉しいっ♡♡♡ 嬉しいですっ♡♡♡ 好きに使ってくださいっ♡♡♡」
「デモ、強イ、ヤツ、トテモ、危険。従順ニ、サセル、必要、アル」
「…どうやって??」
「ソレ、トッテモ、簡単。人間ノ、雌、ワカラセルノ、一番」
「…わからせる……それは素敵な考えですねっ♡♡♡ でも、もっと簡単な方法がありますよ♡♡♡」
「ソレハ、ナンダ?」
フロレンスは、魔宝石について話した。
魔宝石を使えば、“誰であっても” 魔法を使えることを。
そして、借家に大量の魔宝石があることを。
「ヨコ、セ」
「もちろんですっ♡♡♡」
フロレンスは魔物とともに借家へと向かう。
もし借家が町外れでは無く、町の中心だったなら、何か理由をつけてフロレンスだけで向かえたかも知れない。
もしこのタイミングで、一瞬でも魔物と離れることが出来たなら、フロレンスの未来は変わっていたかも知れない。
「これで全てです♡♡♡」
しかし、その “もし” が起きることは無かった。
フロレンスは、山のように積まれた魔宝石を魔物に差し出した。
「多過ギル、ナ」
次の瞬間、目の前の魔宝石の山から一握り掴むとそのままバリバリと砕いた。
手の隙間から砂のようになった魔宝石が落ちていく。
この魔宝石は、元はと言えばフロレンスの努力の結晶である。
今の一握りでフロレンスの何年が失われたのか。
どの魔法が封じられた魔宝石か分からないけれど、フロレンスほどの魔法使いが覚えた魔法を封じ込めた人工魔宝石なら、一つ売っただけで一生暮らすことも出来るかも知れない。
そんな価値すら知らないし、もし知っていても気にする様子は無く、魔物はただ量を減らす為だけに魔宝石を握り潰していく。
バリバリ、バリバリ……
そんな様子を目の当たりにして、さすがのフロレンスも怒りや悲しみを覚えているのだろうか。
「あっ♡♡♡」
そんなことは無さそうである。
人工魔宝石は、言わばフロレンスそのもの。
それが一瞬のうちに塵と化した。
にも関わらず、フロレンスは興奮していた。
バリバリ、バリバリ……
「あんっ♡♡♡ あんっ♡♡♡」
まるで魔宝石が壊されるたびに、自分自身も壊されているかのように声を上げる。
一歩、また一歩と壊され “破滅” に向かう。
バリバリ、バリバリ……
魔宝石の数も残り少なくなってきた頃、一つだけ光を放つ魔宝石が現れる。
「コレ、ハ、何ダ?」
これはフロレンスが、この魔物に敗北した元凶とも言える魔宝石。
“モノの性質を変える” 創造の魔宝石だった。
「…それは……」
フロレンスが答える。
魔物は笑う。
「滑稽、ダナ」
それから魔物はその魔宝石をフロレンスの方に投げて言った。
「ソレ、返シテ、ヤル。好キニ、使エ」
最後の好機が訪れた。
この魔宝石さえあれば、フロレンスが昨日変えた自身の性質を元に戻すことだって可能だし、肉体の性質を変えることで他に魔法を用いなくとも目の前の魔物を倒せるほどに体を強化することも可能だろう。
さらには魔物の性質を変えることだって……。
「創造……っ/////」
静寂な時間が流れ、フロレンスは創造を終えた。
ーーーーー
あれからフロレンスは魔物と常に繋がっている。
魔物は魔宝石をアクセサリーとして身につけるのと同様に、フロレンスを自らのち〇こケースにように嵌めていた。
この魔物とずっと一緒にいる為に、あの日フロレンスは自身の性質を “魔力タンク” として変えたのだ。
この魔物はあまり魔力を持っていなかった。
そこで自身の魔力を、いやフロレンス自身を魔力タンクとして差し出した。
魔力は、互いが “何かしらで” 繋がっていれば魔力タンクであるフロレンスから供給される。
反対に、魔物から供給される精液はフロレンスが取り込むことで魔力に変換される。
他にいくらでも方法はあった。
ただ単純に魔物の性質を変え魔力を持たせることだって可能だったはずだ。
しかし、そういう風にフロレンスは性質を変えたのだ。
これより先に進む必要はない。
これより前に戻る必要もない。
パリンッ
創造の魔宝石は、もうこの世に存在しない。