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欲しかった靴が買えて、機嫌がよかった。
今日は夜通しゲームをするぞと気合十分の友人とまっくらの道を歩く。冷たい空気が頬を刺し、逃げこむようにアパートのボロい階段を上った先、ひとりの男が佇んでいた。
「だれ?」
「知らね」
近づく足音にはっとしたように顔を上げ、俺と友人の姿を認めた男が、小走りで駆けてきた。
「昨日、なんで連絡くれなかったんだ」
不機嫌そうに目を細める男。一歩後ろの友人を見やるが、彼は首を傾げるだけだった。
「もしかして気づかなかった?」
男の視線はまっすぐおれに突き刺さる。
「ほんとそういうとこあるよな」
はあ、と男はこれ見よがしの溜息を吐いた。
「もう慣れたけど」
「……あの」
「今更言いわけなんて聞かないぞ」
「いや、そうじゃなくて、おれに用事かなにか」
あるんですかと聞くと、
「元気な顔を見にきただけ」
最近お前風邪気味だったから心配してたんだ、とマフラーにうずもれながら小さく笑う。
「じゃ、それだけだから」
すっとおれと友人の隣を通り、
「またな」
颯爽と去ってく男に、友人が「なんだ」と笑って立ち尽くすおれの肩を叩いた。
「知ってんじゃねえか」
「いいや、知らない」
「なに言ってんの」
だれだ、アイツ。
「おそい」
「……ごめん」
「何時間も待った」
一週間後、凍えそうな雪が降るなかでも男はおれの部屋の前に立っていた。
「別にいいけどさ」
もぞもぞと鞄を漁りだした男は、少しして一枚のDVDを取り出した。
「はい、これ」
「なに」
「前、見たいって言ってた映画」
「……あ」
しばらく前から気になってはいたが、課題に追われ、忘れかけていたパッケージが差し出される。
「はやく受けとれって、寒い」
寒いなら待たなければいいのに、とは言えずにDVDを受け取った。
「ていうか机の上にあった本、今日が返却期限だったぞ」
「え、うそっ」
「おれが返しておいてやったけど、今度から忘れずに自分で返せよ」
こうこくと頷くおれに満足いったのか、
「それじゃまた」
彼はあっさりと背を向けた。
三十九度を超える熱だなんて小学生ぶりだ。
どうにか病院に行き自宅まで帰ってこられたものの、ぐるりとした目眩に襲われ玄関先で意識を失い、目が覚めたときにはベッドの中だった。
「大丈夫?」
明るすぎる照明をバックに覗き込んできたのは、知らないはずの男だ。
「……」
「喋れない?」
「……」
「うわっ、ほっぺ熱い!」
冷たい手が気持ちよくて、つい擦り寄ってから、これはさすがにだめなんじゃないかと気づく。
「もう一度熱計っておくか」
「……けいたい」
「は? 携帯? こんなときにいじっても体悪くするだけだって」
「いいから」
お願い、と掠れた声で頼むと、呆れたような目を向けながらも枕の横に置いてくれた。警察って何番だったっけ。119?それは消防だ。118?911?だめだ、あたまが回んね。あつい。ねむい。
「おい、寝る前に薬飲めって」
ペットボトルを片手に持った男に頬をぺちぺちと叩かれる。
「ほら、風邪薬」
「……」
「あ、それとも何か食べる?」
「……」
「食べられないか?」
「……食べる」
俺の乱れた髪をくしゃりと撫で上げ「すぐ持ってくるな」と彼は微笑んだ。
味の薄い粥を食べ終え薬を飲み、またもまどろんできたところに声をかけられた。
「それじゃ、俺はもう行くからな。何かあったら電話しろよ」
お前の番号なんて知らん。と思って手に取った携帯の電話帳には、知らぬ間にひとりの名前が増えていた。
「じゃあ、また明日」
どうにでもなれ。