(ああ……そうか)
もう行かないでいいんだ。寝る直前、私は目覚まし時計をオフにした。解放感はなかった。ただ、もういいんだ、終わったんだという静かな安堵。少しおいて後悔。
どうしてもっと早く辞めなかったんだろう。社会のために絶対必要な仕事でも会社でもなかったのに。今思うとわからない。ただ、降られた仕事全部、愚直に真面目にこなし続けた。それが普通というか良い事というかあるべきだと何となく思い込んでた。周りがそうだったから。学生時代もそうだったな。私は先生の言うことをよく聞くいい子だった。真面目に生きた褒美が過労で肉体と精神を壊して退職だというのなら、もう生きたくない。同じことが繰り返し反芻する。さっさと辞めとけばよかった。あんな会社のためにここまで心身壊すことなかったのに。退職って選択肢がなかった。学校を退学するという選択肢がなかったのと同じ感覚で、私の中に存在しなかった。周りの人が次々辞め出したことでようやく、私の中にその選択肢が追加された。……思えば結局周りに流され続けているだけかもしれない。先生が勉強しろと言って周り皆が勉強してたら私もなんか勉強する。上司がこれが普通だと言って周り皆ブラック労働してたら私も……そうしてた。皆が退職し出したら私も流れに乗った。
(……はあ)
暗い部屋のベッドの中で、不意に涙がこぼれた。もう行かなくていいんだ。良かった……。でもこれからどうしよう。転職先ないんだよね。辞めていいんだって思えた瞬間、全てが無理になってもうなりふり構わず退職してしまった。でも……また同じような会社に行くのは嫌だ。
(……働きたくないなあ)
頭の中でそう願った。働かなくても生きていける体になりたい。せめて過労で壊れる前に戻してほしい。我儘だろうか。はぁ……。
翌朝。神様がいるのなら、私の願いは届けられたらしい。目が覚めると、私は人形になっていた。
(……え?)
やけに高い天井。広すぎるベッド。事態を受け入れるのに一時間はかかったろうか。目覚ましが鳴ってないのにいつもの時間で起きてしまった悲嘆は瞬時に消え失せて、私はとてつもなく拡大された自室を見回した。デカい。広い。布団がメチャクチャ細かく観察できる。汚いなあ、と思ってしまった。落ちた髪が人の髪とは思えない太さと長さだし、シーツは網目が見えるよ。
ベッドから床までが高い。体感2階ぐらいの高さがある。巨人の世界に転移でもしたのかと疑いたくなる光景だった。でもこの巨人の部屋は、間違いなく私の部屋をそのまま拡大したものに見える。
(どういうこと?)
体が軽いことにも気づいた。昨日までの、鉛でも入ってそうなあの気怠さがすっかり消えている。小学生のころのような気分。退職の解放感がようやくやってきた……というわけではなかった。手の平を見ると、そこに血は通っていなかった。何もない。皴も、産毛も、赤みも、何一つ。フィギュアのように均質な、一色で塗りつぶされた肌が私の手から腕、そして胸を覆っている。視線を胸に落とした時やっと、自分が裸なのに気づいた。パジャマはどこかに消えている。
(え? ……え?)
ベッドからえいっと飛び降り、私は床に落としていたスマホに走った。デカい。私が小さくなったのは間違いないみたい。……信じられないけど。ていうかあり得る?
ただ、何度スマホを叩いても操作ができない。コツコツと、何か硬い物が当たるような音がするだけだ。何なの? 私、どうなっちゃったの? 誰か教えてよ!
前述の通り、起床から一時間ほどで私は自分が人形になっていると結論を下した。うっすら窓に映った私の姿は、とても人間の姿ではなかったからだ。未知の病気で縮んでしまったのではない。人形に……フィギュアになってしまったらしい。ツルツルテカテカした樹脂みたいな質感の肌。アニメのようにデフォルメされた顔。そしてこの身長。……25センチくらいだろうか? 目測だけど。
何より大きいのは、体が簡略化されていること。髪と眉以外の体毛が見つからない。すっかり綺麗になっている。なりすぎだ。まるで補正かけたみたいな皮膚。そして、胸には乳首がない。股間もない。なーんもない。マネキンか着せ替え人形のように、のっぺり平坦とした滑らかな肌があるだけ。私の体にはもはや隠すべきものがなかった。
そして、いつの間にか髪が背中まで伸びているし、だいぶボリューミーだった。それも毛の集合体ではなくなっている。彫刻かフィギュアのように、一塊のパーツに見える。でも、手を通すとサラサラ分かれてスルッと通った。変な感じ。
(……はあ)
何が何だかわからない。自分がフィギュアになっているのはわかった。でも、どうして? 病気? 魔法? 転生? 人間がフィギュアになるなんて絶対ありえない。それも、一晩でなんて。変な病気でも起きてるのかな……。スマホが使えないから世情がよくわからない。でもテレビを点けた感じ、世界は平常運転のようだった。人間が人形になるとか小さくなるとかってニュースは気配もない。そんなことを本気で主張したらカウンセリングを提案されるだろう。世界は普通だった。私が異常だ。
不安が胸を渦巻く。これからどうしよう。元に戻れるのかな。こんな体で生きていける? 見世物や実験台にされるかも。いい未来像は思い描けない……。でもなぜか、不思議と安心しつつあった。こんな体じゃもうどこにも行けない。働けない。働かなくて……いい。
そういえば昨日寝る時、そんなことを願ったかもしれない。
(……よかった)
もう無理しなくていいんだ。それを天に認めてもらえたかのような気がして、徐々に緊張がほぐれていく。ゆっくりしろということなのかもしれない。
(寝よ)
私は頑張ってベッドに戻り、もうひと眠りした。ひょっとしたら夢だったかもしれないし。寝て起きたら人形になることがあるのなら、もう一回寝れば人間に戻るかも。
(あー……)
昼過ぎに私は二度寝から起きた。世界は広い。広がったままだ。体も肌色一色で塗りつぶされたまま。夢じゃなかったかあ……。
朝抜いたし何か食べようかな、と思ったものの、冷蔵庫を開けられない。上の方に上って開けて……そっからこの25センチの身体で持ち出し……無理だ。
この体じゃ買い物にも行けないし……弱ったな。ウーバー? でも結局運べないし……ていうか絶対食べきれない。しばらく悩んだものの、まだお腹も空いていないので昼食も後にすることにした。しょうがない。それよりは病院とか行った方がいいかも。でも、この体じゃなあ。スマホ使えないし。
こうして何をすることもできないまま時間だけが過ぎていき、あっという間に三日経った。寝ても覚めても人間に戻れない代わりに、色々な発見があった。お腹が空かない。三日間飲み食いしてないのに、ずっと元気だ。トイレにも行っていない。多分、行かなくていいっぽい。……行ったところで出す穴ないけど。
(え、すごい。ほんとにこれ、働かなくていいじゃん)
体も心身壊した人間時代より健康な感触だし、このままでもいいんでは? という思いが日増しに強まる。本当に働かなくてもいいなら最高かもしれない。ていうかこの体じゃそもそも働きようもないし。でも、流石に怖くもなってくる。本当に大丈夫なんだろうか、私。病院とか研究機関とか行った方が……。でも、信じてもらえるかなあ。人間ですって。朝起きたらこうなってましたって。まあ、生きて動いてるところ見てもらえれば最終的には信じてもらえるかなあ?
三日目にして、私は病院に行ってみる決意をした。スマホが使えないので救急車やタクシーは呼べない。呼んでも人形は多分乗せてくれない……。自力で行くしかない。でも怖いなあ。こんな小さい体で、車なしで病院行けるだろうか。途中で誰かに踏まれたり蹴られたりしたら死んじゃうかも。ていうか誰かに拾われて玩具にされちゃったり……。
小人の身体で巨人界を行くのも危険だけど、それに加えて服の問題がある。私は全裸だ。流石に裸で外には出たくない。でも、文字通り着ていく服がない。人形用の服をネットで買おうにも、スマホが反応しないから……。散々悩んだ末、ハンカチを体に巻いてテープで留めた。
(わ、私……本当にこんな格好で外に出るの?)
あまりにも惨めで頼りない自分の出で立ちに動揺する。しかも周りは自分の数倍ある巨人だらけなのに。色々な意味で危険すぎる。
いや、でも。このまま引きこもっててもいずれは限界がくるし……。極論、ハンカチがはだけても私の身体にもう見られて困るものないし……。自分にそう言い聞かせて、私はついに玄関の外へ、数倍に拡大された世界へ一歩を踏み出した。瞬間、「普通」に戻るための一歩は、私が世界の異物になったことを思い知る一歩となった。何もかもが、デカい。目線が低い。普通見えないような細かいところが嫌でもよく見える。廊下、階段、エレベーター、全てが私の使用を想定していない巨大サイズ。私は異端だ。もう、この世界は私が生きることを想定していない。私はそれを本能で思い知らされた。
部屋が二階でまだよかった。必死に階段を下りながらそう考えていると、ズシンズシンと地面が響く。誰かが階段を上ってくる。踊り場の脇に避難したその時だった。
(……っ!?)
突如、体が硬直して動けなくなった。まるで時間を止められてしまったかのように、全身が固まって指一本動かせなくなり、床に転がった。
(体が……)
動こうとしたものの、無理だった。動こうとする行為自体が止められている。力を込める、動く指令を出すということさえできない。さっきまで私の体が動いていたことが信じられない。私の全身は骨も関節もない、均質な石の塊であるかのようだった。動くための機構が体内に存在していないとしか思えない感覚。
巨大な足が目の前を通り過ぎていく。一瞬止まって私を見る視線を感じたが、私は顔を上げられず、目線さえ固定されているのでハッキリとはわからない。
(あっ……た、助けてください! 体が急に……動かなくなって)
声も出せない。私はおばさんの足が視界から消えていくのを黙って見送ることしかできなかった。おばさんが去ってしばらくすると、急に体が解凍された。自由に動けるようになったのだ。今度はさっきと逆転し、動けなかったことが信じられない。
(一体……なに? どうして……)
わからない。どうして急に動けなくなったんだろう。貧血……とかじゃない。全身がガチガチに固まったあの感触。病気じゃない。なにか……この体になにか、変な機能があるんだ。人間の身体だったら汗が流れ出ていただろう。私は病院に行く決意を新たに、頑張って階段を下りた。
その後、アパートの敷地から出て少し行くまでの道のりで、何度も体が硬直した。この見た目で動けなくなった私は、道行く人々にはただのフィギュアにしか見えなかっただろう。実際、手に取って拾われたこともあった。怖かった。巨人の手に捕まれ空中にいる状況だけでも死ぬほど恐怖なのに、全身が芯から皮膚まで固まって微動だにできないんだもん。幸い、その場に戻してもらえたけど、本当に焦った。
そして何度も繰り返す硬直の正体……というか発生条件を何となく悟った。気配……視線。どうやら私は人に見られると体が硬直して動けなくなってしまうらしい。つまり、本物の人形になってしまうのだ。
(う……嘘でしょ)
知らなかった。ずっと一人で引きこもってたから。これじゃ……病院に行くなんて絶対無理。ていうか、診察が不可能だよ。だって見られたら物言わぬお人形にされちゃうんだもん。ただの人形だと思われてお終いだ。会話もできないから誰かに自分が生きていること、人間だと伝えることすら至難の業だろう。
(か、帰ろう)
外にいるのはまずい。一旦家に戻ろう。そう思って踵を返したその時だった。また全身が硬直し、私は道端の人形にされてしまった。
(動けない……)
足。制服のズボン。大きな手が私を掴み上げる。若い男の子だった。高校生だろうか。
(は、はなしてぇ~)
心の中の嘆願も空しく、最悪のルートに転がり込んだ。彼は私を観察したのち、自身の鞄に入れてしまったのだ。
(ま、待って~! 私、人形じゃないの~!)
そう叫びたくても、身体は全く動かない。筋肉の筋一本も動かせないまま、私は鞄のファスナーが閉じていくのを内部から見守った。
少ししたら体が自由になったので、私は急ぎコンタクトをとろうと叫んだ。いや、叫ぼうとした。でも、口は静かにパクパク開閉するだけで、音がしない。
(あれ?)
今は固まっていないのに。鞄のおかげで視線がないから。私は自分が人形じゃないことを説明しようと何度も声を張り上げ……ようと努めたが、結局私の喉は一切動いてくれなかった。どうしてだろう。今は自由で……いや。
(私……喋れないんだ)
三日間、引きこもってたから気づけなかった。硬直関係なしに、私は最初から喋れなかったらしい……。
揺れる不安定な宙づりの檻から出される瞬間、また動けなくなってしまった。どうやらここはあの子の家らしい。どうしよう。お持ち帰りされちゃった。絶対私を人形だと思ってるよね。何とか誤解を……。
(ひゃあっ!?)
粗雑なハンカチの一張羅をはぎ取られた私は、惜しむことなくその裸体を見知らぬ男子高校生にさらした。しかし私の手足はピクリとも動かせないまま、どこを隠すこともできず、恥じらいの反応さえ見せることができない。
(やっやめて! 見ないで!)
と心の中で叫ぶだけ。しかし私の裸体を見ても彼は特に反応を示さず、表情を変えないまま洗面所に運び、水洗いを開始した。
(ってちょっと! 何するの! きゃあーっ)
私が高校生すら反応させない正真正銘の人形と化している事実、冷たい水の滝に受け身もとれないまま全身打たれる拷問、私は心と体を同時にしっかりと痛めつけられたあと、丁寧にタオルで吹かれてから彼の部屋の隅っこに置かれた。
(ううぅ……もうやだぁ)
高校生にまるで玩具みたいに全身をタオルで拭かれてしまった。しかも裸のまま放置って。で、彼は私の裸に一切興味示さないし……ひどい。逃げることも抗議の声を上げることもできないまま、私は乾くのをじっと待たされることしかできなかった。
視線は外れているものの、同じ部屋……近い距離に人がいるせいか、硬直が解除されない。乾いた私は次に、よくわからない塗料で長くなっていた髪を余すところなく水色に塗り替えられてしまった。
(やだっ、やめて!)
二十半ばでこんな色! しかもまるでアニメみたいな色合い……。こ、これじゃますます人形っぽくなる。そしてこれも乾くのを待たされてから、私は白と水色を基調にしたフリフリのドレスを着せられた。勿論私は動けないので、彼に……お着替えされてしまった。うう……高校生の男の子に裸から服を着せられるなんて……。しかもこんなフリフリ。
その後、私は人形の隣に飾られた。床に置かれていたから気づかなかったけど、彼はドール趣味らしく、可愛らしいピンク髪のお人形が机上に飾られていた。ピンクの甘ロリ衣装でとてもかわいい。私はその隣に並べて置かれ、手足をいじられて可愛いポーズをとらされてしまった。
(えーっ、ちょ、ちょっと待ってー!)
冗談じゃない。私は人形じゃないよ! こんな格好にされて人形と一緒に飾られたら、もうどっからどう見てもただのお人形じゃん! しかもフリフリ衣装同士、これじゃ公開処刑だよ。最悪……。
私の体に血が通っていれば、隣の子のドレスに負けないピンク色に顔が染まっていただろう。でも私は静かに可愛らしくお人形にされていることしかできなかった。
自由を取り戻したのは深夜。彼が寝てしまってからだった。
(や、やっと動ける……)
ホント最悪。病院行こうとしてこんなことになるとは思わなかった。人に見られたらしばらく動けなくなるなんて、そんな必要ある? どうしてこんなことに……。人形だから? 人形が動くのはおかしい?
私は隣でいつまでも可愛らしく微笑んでいるピンクの子を眺めた。同じぐらいの背丈……。ベッドで寝ている彼には私がこのドールのお仲間に見えたのかと思うと恥ずかしくなってくる。裸も見られたし。全年齢ボディだけど。
しかし、困ってしまった。今のうちに逃げるべきなのかもしれないけど、ここがどこだかわからない。この体で自宅に戻るのは正直……難しい気がする。しかも、人に見られると動けなくなる障害もある。この子よりもっと酷い人に拾われたり、あるいは動けない時に踏みつぶされたり車に轢かれたりしたら……。今回の誘拐劇が、すっかり私から勇気を拭い去ってしまった。怖い。ダメ。外に出たくない。
(う~ん)
いっぱい悩んで、私は逃げないことに決めた。少なくともこの子は私を一応その……丁寧に扱ってくれたし。明日へし折られたりゴミに出されるってことはないでしょ……多分。
私はふんわり広がったスカートの裾を掴んだ。年甲斐もなく恥ずかしいけど……ハンカチよりはずっと。
(いや……でも)
横目でピンクの子を見る。こ、この子の隣は勘弁してほしいかも……。
翌朝。何時かもわからない時に、私は目を覚ました。部屋に誰もいない。静かだ。動ける。
(今のうちに何とかできないのかなあ)
机上に座り込んだまま、私はしばらくボーっとしていた。そして、後ろにパソコンがあることに気づく。そうだ。パソコンならスマホと違って私の身体でも操作できるはず。しかし電源を入れるとパスワードを要求されたので、断念した。
(はぁ)
どうしようかなあ……。何とか私が人間だと伝えて誤解を解かないといけないんだけど……。この体じゃ文字を書くのも結構辛い。でもやるしかないか。
彼のノートを引っ張り出してボールペンを全身で持った時、部屋のドアが開いて私は動けなくなった。
(だっ誰?)
ドアに背を向けてるからわからない……けど、掃除機のすごい音が聞こえてきた。母親だろう。人形が増えていることは特に問題じゃないらしく、母親は床を綺麗にすると私に一切気を払わず部屋を出ていった。少しして動けるようになると、私は懸命にノートに文字を書いた。
その日の晩、帰ってきた高校生が私のメッセージを読んだ。メッチャ私を見てくる。半信半疑な顔。そして彼はノートをもって部屋を出ていった。両親にこれを書いたか、誰か訪ねてきたか訊いているのだろう。きっと。
私のメッセージを多分信じてくれたのは、ここに来てから三日後のことだった。彼は私に話しかけてくることはなかったが、メモ用紙に「わかった」「今後はこれ使って」と書いて私の目の前でピラピラさせた後、何事もなかったかのように私を飾り立てて、人形の隣に飾った。
(助けないんかい!)
と思わず突っ込んでしまった。……いや、人形になった人間を助ける方法なんか知ってるわけないか。病院に動けない私を持ち込んでもこの子が頭を診察されるだけだろうし。
(……あれぇ?)
人間だと伝えれば、何かが変わると……どうにかなるような気がしていたけど、見当はずれだった。物理的に私は25センチのお人形であり、人前で動けないのだから、人の目にも人形なのだ。私を家に帰さなかったり勝手に着替えさせたりしても、私から訴えられるというようなことはない。
(こ、このまま? 私……この子のお人形になっちゃうの?)
想定外の成り行きに私は困惑したけど、フリフリ衣装のままおしとやかにしていることしか許されなかった。
こうして、私は男子高校生のお人形としての人生……人形生をスタートする羽目になってしまった。私自身、家に帰してと強く訴えれば帰してもらえたかもしれないものの、ここにいた方がずっといいという事実が私を押しとどめる。家に帰っても一人だし、人形の身体が元に戻るわけでもない。何もすることないのは変わらない。その点、ここにいたら私は……可愛がってもらえる。ハンカチをテープで留めた服とも呼べないものに頼らなくてもいい。可愛い服を着せてもらえる。……可愛すぎるけど。それに……。仲間もいる。一緒に飾られているピンクの子。巨人しかいない世界の中で、自分と同じ目線を持つ彼女は私の中でちょっとした癒しになりつつあった。安心してしまう。自分はこの世界に一人じゃないと。いや、生きてないただの人形なんだけど。でも、今の自分の身体と似ているんだもん。家がすっかり留守の時、私は洗面台に行って自分の姿を見ることがある。可愛いと思ってしまった。水色の髪と水色のフリフリ衣装は私の趣味じゃないし年齢的にもキャラ的にもキツイと思うんだけど、それは人間だったらの話だ。樹脂みたいな質感の肌と、デフォルメされた顔を持つ今の私なら。
(悪くは……ない、かも)
毛先をつまみながら、私はそう感じた。
ピンクの子の隣に座り込んで足をブラブラさせながら、私は考えた。私は流されやすいというか……周囲に合わせすぎかもしれない。子供の頃からそうだった。先生が勉強しろって言って勉強するのが正しい空気なら勉強するし、ブラック労働するのが普通って空気だったらやってしまう。そして今は……。また横目で彼女を見る。ピンクの子が立派にお人形をやっているせいだ。私と同じ姿で、似た系統の服を着ている子がピクリともせず可愛くしているせいで、何となく私もそうしないといけないような、そうするのが普通のような……気になっているのかもしれない。
それに日中は割と自由にしていてもいいはずだけど、隣の子が動かないから何となく私も動きづらい。一人だけあっちこっちブラブラしていると何となく決まりが悪いのだ。自分だけズルしているような気分になってくる。
(そ、そんなわけないでしょ)
自分は人間で、生きている。隣の子は生きてない。ただのお人形だ。それに私が気を遣う必要なんて一切ない。はずなんだけど……。「人間」はもう今の私にとって、本能的に同じ種族だと思えない。デカさが数倍あるし、見られると動けないし……。私の体にないものばっかりだし。血管とか、毛とか、一色じゃない皮膚の色とか……。
(で、でも……私は人形じゃない……)
段々自由な時も動かなくなっていく自分にそう言い聞かせつつも、私は日々の経過と共に人形でいるという「普通」に身を侵されていった。