「初めまして、リバースメイドロボ27号、カリンです。よろしくお願いします」
初期設定を終えた彼女はスカートの裾を軽くつまんで頭を下げた。至近距離で見るメイドロボは思ったよりも迫力と生々しい存在感があって、私はちょっと戸惑いを覚えた。これで家事が楽になるというワクワク半分、知らない女の人と同居生活するんだというオロオロ半分。使ってれば慣れてくるんだろうか。少なくとも今はまだ単なる家電ですよと割り切れる気はしない。見た目は人間そのものなんだもの。生きた細胞で造られた生体ロボットなんだから当然といえば当然だろうけど。事実、基本的には人間と変わらないのだ。ただ脳ではなくナノマシン制御のAIで動き、身体は特殊なコーティングで汚れず年も取らず、マネキンみたいにテカテカしているという点を除き。
「じゃあ、早速だけど掃除とかやってみてくれる?」
私はカリンにお願いした。これが初使用。
「かしこまりました」
彼女は一礼してからいそいそと歩き出し、掃除機を取りに行った。家電が家電使ってる……と私はちょっと笑いたくなった。でもこうやって道具も活用してしっかり人間と遜色ない仕事をしてくれることに価値がある。初めての家なのに順調に手際よく掃除を進める彼女をソファから眺め、私は特に不良とかもなさそうなことに安堵した。評判悪いしねえ、リバース型。でもこれなら大丈夫そう。
リバース型というのは、今年発売された生体メイドロボの新機種だ。新機種といっても性能が上がったりしたわけじゃなく、余計ないらない機能がついて高くなっただけの代物。遊びの要素を取り入れたとか何とかいう話だけど、どう考えてもいらない機能だ。でも早々に値下がりしていたので興味本位で通常のではなくリバースを選んでしまった。まあ話のネタにはなってくれそう。
リビングの掃除を終えた彼女に、ソファの前に立つよう指示。そして私は早速新機能とやらを試してみることにした。
「カリン。『リバース』」
「かしこまりました」
彼女の身体が発光し、数秒の後光が収まった。どこが「反転」したのか観察しようと構えていたが、すぐに答えはわかってしまった。ちょっとガックリ。彼女は金髪のサイドテールなのだが、それが左右逆になっている。
「髪変わった?」
「はい」
「……」
(くっだらね~!)
事前に多数のレビューでわかっていたこととはいえ、私はあまりのくだらなさに呆れてしまった。何で日本の家電は要らない方向に進んでいくんだろう。
「ああ……そう。じゃ、寝室もお願いね」
「かしこまりました」
左右逆転したサイドテールを揺らしながら、彼女は寝室に向かった。本当に髪型が変わった、それも左右反転しただけなんてコメントに困る。うーん、普通のメイドロボでもよかったかな……。余計な出費しちゃったか。でもガチャ外しただけかもしれないし……。私は必死に自分の選択を正当化しながら、またソファから彼女の掃除を眺め続けた。
リバースとは、一日一回だけ使える彼女の新機能。メイドロボの「何か」が反転するらしい。メイドロボに人格を見出さず愛着も持たない人が多い中、もっと交友の機械を増やし親しみを持ってもらいたかったとインタビューでは書かれていたけど……。世間話とかできるようにした方が良かったんじゃない? でもまあそれだと人権ラインに乗るからダメって言ってたなあ。
しかしメイドロボとしての働き自体は文句なかったので、はたいた大枚には十分な価値があったと納得することはできた。一応。
夜に充電用の台座に上り、両脚を閉じて直立する彼女は異様なオーラを放った。リビングで女性がマネキンみたいに固まっているのはちょっと怖いかも。慣れるのかなあ。まあ冷蔵庫置いてるのと変わんないのか……な。
翌朝。洗濯物やっておくよう言いつけて私は出社した。帰ったら二度目のリバースをやれる。どうせまたくだらない内容に決まっているのに、不思議と楽しみでいつもより仕事が苦にならなかった。
「おかえりなさいませ、芽衣様」
それに帰ると待ってくれている人がいるというのも嬉しい。心が暖まる。人じゃないけど。……結婚したいなあ。
彼女の作った晩御飯は美味しかった。ロボットなのに温もりを感じる。レストランとかで出る料理じゃないし、スーパーの総菜でもない。家庭料理ってやつ? 特に指定はしていなかったけど、家庭の雰囲気に合わせてくれるようだ。まあつまり、私は庶民認定されたってことか。メイドロボに。……間違っちゃいないけど。
「ごちそうさま」
「お下げいたします」
食べた後の片付けもやってくれる。便利。メイドロボ買って良かった。マジでなんでもやってくれるじゃん。便利になったなあ世の中。でも人間みたいな存在の彼女が何も食べずに突っ立ている横で自分一人だけご飯を食べるのは後ろめたい空気があって、ちょっと落ち着かなかった。これも慣れかなあ。
「カリン。『リバース』」
片付けを終えた彼女に、私は一日一回の呪文を唱えた。昨日と同様、彼女の体が光り、数秒で反転が終わった。
「……手と脚だ」
「はい」
今日の変化もわかりやすい。手袋とニーソの色が左右入れ替わっている。彼女はリバース型という名にデザインを合わせているのか、元々左右でカラーリングをわけている。右手には肘まである白い長手袋をはめているが、左には黒い長手袋をしていた。そして、右脚は黒ニーソ、左は白ニーソだ。今日のリバースでそれが入れ替わり、右手が黒左手が白、右脚が白左が黒となった。
うーん、しかし……意味のない機能じゃないかな、やっぱり。一日一回ちょっとしたお遊びがあるってだけ……かあ。もっと役に立つ機能をつけてほしかった、やっぱり。
その後、日々の中でメイドロボがいる生活にも徐々に慣れていった。リビングで白い台座の上に直立する女がいても気にならなくなってきたし、彼女を立たせておいて自分だけご飯食べるのも当たり前で特に何も感じない。私は人間で彼女の所有者であり、彼女はただのロボットなんだから。
普通のメイドロボを買っていたら、このまま日常風景に溶け込んでいったかもしれない。しかし開発者の想定通り……かはわからないけど、一日一回の「リバース」のおかげで、私は軽い話し相手というか遊び相手みたいな感覚を失わなかった。
「リバース」
「かしこまりました」
一週間二週間、一か月二か月と経てば、流石に当たりを引く日もあった。当たりというのは役に立つという意味ではなく、面白いという意味だけど。逆立ちで動くようになったり、口調が反抗的になったり。家事に支障の出る「反転」は止めろと言えば止めるので、あまり困りもしない。
そんなある日、いつものようにリバースを指示した時だった。
「リバース」
「かしこまりました」
カリンは突然私を両腕で強く抱きしめた。いつものように光って髪や衣服が変わるか、或いは変な姿勢を取りだすものだと思っていた私は虚を突かれ、反応できなかった。人とは思えない力強さで、全く振りほどけない。彼女の胸にピッタリと密着させられ、身動きがとれなくなった。
「んっ!? んんっ!?」
すごい力で胸に顔を埋められ、命令も出せない。もがく間もなく、カッと強い光が放たれ、私は反射的に目を閉じた。
(わっ!?)
瞼の外が真っ白になってから数秒後、まるで石像に抱かれているかのような固い包囲網が解かれ、カリンは私を手放した。思わず後ろに倒れ、目をパチパチさせながら私はカリンを見上げた。
「ちょ……と、何すん……」
閃光の影響が薄れ目が慣れたその時、すごい光景が目に飛び込んできた。カリンは直立したまま静かに私を見下ろしている。しかし、一瞬彼女がカリンだとわからず困惑した。何故なら……彼女は私の服を着ていたからだ!
「へっ……!?」
あの樹脂と布の中間みたいなメイド服や手袋をしていない。人間用の純粋な服、私の着ていた服。彼女はまるで人間にみえた。
「な……何それ?」
立ち上がりながら彼女に訊くと、
「リバースです」
といつもの機械的な口調で答える。
「あ? ああ……そう」
驚いた。そういうのもあるんだ。私に抱き着いたのは……服のコピーをするため? でも事前に何も言わずあんな力で抱きしめてくるなんて危なすぎるよ。一歩踏み出したその時、脚の違和感に気づく。とっても心地よい肌触り。脚が何かにピッチリと包まれている。私の肌に張り付く何か。その感覚は注意すると腕にも、身体全体にも広がっていた。
「え……」
リバース。反転。つまり……。
「うそぉーっ!?」
私はメイドロボのコスプレをさせられていた。ついさっきまでカリンが着ていた衣装が私を包み込んでいる。フリルで縁取られたスカートの短いメイド服。腰には大きな白いリボンがくっつき、両脚は白黒のニーソをはかされている。右手は肘まで覆いつくす白手袋に封じられ、左手は黒い手袋に。そのどれもが、まるで肌に張り付くかのようにピタっと密着していて、隙間がない。まるで体に印刷されてしまっているかのような圧迫感。でも、不思議と心地よい。これまでに着たどんな衣類よりも滑らかな触り心地で、少し体を動かすたびに癖になりそうな気持よさがあった。
(んもー……)
こんなサプライズは望んでなかったよ。服の取り換えっ子なんて。メイドロボと。
落ち着きを取り戻してから、私はちょっと非日常的な背徳感に酔った。ちょっとドキドキするかも。スカートの裾をつまんでみると、ゴムのような弾力があった。が、感触は布だ。不思議ぃ。メイドロボの服なんて普通着るもんじゃないし。皮膚に張り付いているのに動いても突っ張らないのが驚き。私が束の間のコスプレを楽しんでいる間に、カリンは私の服を着たまま充電台の上に戻っていた。ちょっとギョッとする光景。メイドロボの服ではなく、人間用の服を着た生体ロボット。それは人に見えた。それも私の服だから、私は自分が充電台の上に立っているところを幻視してしまい、少しブルっと体が震える。
「カリン」
「はい」
呼びかけると台から下りて私の前にやってきた。服を戻してというと、驚きの返答があった。
「できません。メイドロボの服は着脱できない仕様になっております」
「え?」
今着てるの、私の服じゃない。ていうか今脱いだじゃん。
「今着てるの、私の服でしょ? 脱いで、返しなさい」
「できません。メイドロボの服は着脱できない仕様になっております」
うーん、所詮はロボットか。
「わかった。もういい」
埒があかないことを察して話を切り上げ、私は自分の手袋を外そうとした。が、外れない。全面が肌としっかりくっつき、一部の隙間も生じない。手袋と肌の間に指を入れることができないし、引っ張っても肌ごと引っ張るばかり。
(あ、あれ……?)
ピッタリくっついているのは感覚でわかっていたけど、脱ごうとしても脱げないほどだとは思わなかった。ニーソを脱ごうとしたが、同じく無理。胴体を覆うメイド服でさえ、ピッタリとジャストフィットしたまま一ミリもずらせない。
(う……嘘でしょ、どうなってんの?)
スカートをたくし上げると、私の股間に下着はなかった。レオタード状のメイド服が第二の皮膚のごとく私の股間を塗りつぶしている。
(うえぇ!?)
何がどうなってるの。脱げない……どうしよう。
「ちょっとカリン、これ脱がしてよ!」
「できません。メイドロボの服は着脱できない仕様になっております」
「はっ……? いや、貴方じゃなくて、私の……」
何度繰り返しても同じだった。もーふざけないでよ。一体なんでこんな目に……。
私はネットでリバースメイドロボについて調べてみた。私と同じように衣服が「リバース」したという情報は出てこない。えぇー……わけがわからない。でも、このままメイドロボの服が脱げなかったらヤバいことになる。お風呂入れないし、トイレも……。でもでも。病院行ったり製造元に連絡とったりしても……こ、この格好で応対するのかと思うと想像するだけで恥ずかしい。メイドロボのコスプレ……それも、手袋とニーソが左右で色違いというトンチキな姿で。
(あっ……そうだ)
そもそもの原因は衣類の反転じゃん! ならもう一度……。
「カリン。リバース!」
「リバース機能は一日一回となっております」
そ、そんなぁ……。
次のリバースで元通りかもしれない。ここで焦って製造元に連絡とかしても、かかないでいい恥をかくことになるかもしれない。この格好を人目に晒した挙句、「あ、次のリバースで直りますよ」とか言われたらもう……。
明日リバースを試してみて、それからでいいかな……。うん。私は諦めてメイドロボの姿をしたまま今日は寝ることにした。お風呂に入らず寝るのは気持ち悪いし、私の服を着たカリンを充電台に立たせているのも何だかバツが悪かったけど……。仕方ない。
(はぁ……明日も会社あるのに)
そうだ。会社どうしよう。まさかこんな格好で行くわけにもいかない。腰のデカリボンさえなければ上着で何とか覆い隠すことも物理的に不可能ではなかったろうけど……。
混乱と不安が頭を渦巻く中、私はテカテカの衣類を全身に糊付けしたまま目を閉じた。
翌朝。
「カリン。リバース!」
寝て起きてもメイド服は脱げていなかったし、脱げなかった。夢でもなかった。私はすぐにリバース機能を使った。これで戻らなかったら……製造元に連絡。
「はい」
カリンの姿が光った。でも、私に抱き着きはしなかった。ひょっとしてダメだった……? 光が収まり恐る恐る目を開けると、そこには私が立っていた。
(へっ……?)
一瞬、鏡を見ているのかと思った。が、目の前にあるのは鏡ではない。まごうことなき私のメイド、カリン……のはず。でも、今や彼女がメイドロボだったことを示すのは肌のテカリだけだった。今の彼女は私の服を着て、そして……私と同じ髪型、黒い髪に変化していたのだ!
「髪……髪」
あんぐりと口を開け、私は馬鹿みたいに決まったワードを繰り返すことしかできなかった。
「はい」
はいって何? 今日のリバースは髪……の、反転……? まさか!
私は急いで洗面所に走った。鏡に映る私の姿は、まるでカリンそのもの……金髪のサイドテールをした、メイドさんが映っていたのだ!
会社に休みの連絡を入れた後、私は絶望的な気持ちでベッドに倒れ込んだ。うう……最悪。なんでこんなことに……。これじゃまるで私がメイドロボで、カリンが……私、みたい……。
でも、事ここに至っても、病院とか製造元とか行く気が中々おきない。だってこんな格好じゃ……。まだ、人目につく前に何とかなる方法があるんじゃないかと思いたくなってしまう。
昼にもならないうちに、呼び鈴が鳴った。私はカリンに応対を頼み、直後それを翻した。今の彼女を出すのは不味いと思ってしまったのだ。メイドロボの服は脱げないことになっているはずで、普通の服を着ているのはヤバい改造をしていると勘繰られても仕方ない。一つの不安と焦りに支配され、私は自分がメイドロボの服を着ていることはうっかり頭から抜け落ちてしまった。
「はーい」
気づいた時にはもう手遅れ。ドアの前には会社の同僚が。そして私は、アニメみたいに鮮やかな金髪……いや黄色の髪で長いサイドテールを作った顔で、全身をメイドロボ特有の独特な質感の衣服で覆ったまま、人前に出てしまった。
(あ……)
顔が青ざめる。終わった……。変態だと思われた。魔改造してまでメイドロボの服を脱がせたうえ、それを自分で着てるヤバい女だと……。よりにもよって会社の人に……。
時間を止められたかのように固まった私の前で、同僚は不思議と一切の動揺を見せなかった。逆に私が動揺した。休んだ同僚が突然メイド服、それもロボ用の衣服で、髪を金髪に染めて出迎えた異様な瞬間のはずなのに。
「藤原さん、いる?」
「……」
私は全てを理解した。私は……メイドロボだと思われている、ということに。
「……い」
運命の岐路に立っていた。私は……ずる休みしてメイドロボごっこしてる女、しかも金髪ミニスカ……という人間だと思われるのがどうしても嫌だった。誤魔化したい。なかったことにしたい。切り抜けたい。ここから消えたい。手段は一つ――。
「……いらっしゃいます」
私はメイドロボのフリをした。バレたらもっと恥ずかしいのに……いやでも、しょうがない。私はすぐに背を向け、なるべく顔を見られないよう努めた。同時に、日ごろから顔を突き合わせているはずの同僚が私の顔を見ても私だと気づかなかったことに内心苛立った。確かに……こんな金髪に染めて、テカテカしたメイドロボの服着てたらぱっと見メイドロボだと思っちゃうかもしれないけどさあ……。
リビングに同僚を案内すると、ちょうどカリンが洗濯物を運んでいるところだった。私は早歩きで彼女に近づき耳打ちした。
「ご、ごめん……私のフリして、バレないように」
「かしこまりました」
小声でそう言ったカリンは、突然今まで見たことないような生き生きとした表情を作り出し、機械的じゃないブレのある歩き方で同僚に近づいた。
「どうもすみません、わざわざ」
その声は私そっくりだった。抑揚といい話し方といい、まるで私の生き写し。正直驚いてしまう。この二か月の間に、私という人間をすっかり学習していたらしい。
そして、顔が元々私と似ていたことに初めて気がついた。アニメみたいな色合いの金髪のせいで、印象がそっちに引っ張られていたんだ……。
同僚も、メイド服を着た金髪の人型存在と、人間用の服を着た黒髪の人間を前に、迷うことなく騙された。彼女はカリンと私が入れ替わってることにまるで気づかないまま、風邪の心配をしている。病気などないロボット相手に。
見ているのが辛かった。同僚が私と人間の区別がつかない……つまり、私がどれだけ周りにちゃんと認識されていなかったかを何よりも雄弁に物語る光景に見えたからだ。コミュニケーションはちゃんと取っていたし、飲みとかの付き合いにも行ってるし、一緒に遊んだことだってあるのに……ショックだった。それに、こんな格好で同僚の視界に入っているのも辛いので、私はカリンが運んでいた洗濯物を受け取り、リビングから去った。無性に悲しくて腹立たしくて、泣き出したかった。
無心で洗濯機の前に立っていると、いつの間にか家の中が静かになっていることに気づく。あれ? 二人は?
リビングに戻ると誰もいない。嫌な予感がして玄関に行くと……靴がなかった。私の靴が。残っているのは、メイドロボ用のペタンコな靴だけだった。
(え……ちょっと待って、嘘でしょ)
まさか……まさかまさか、カリン……私として一緒に会社に行っちゃった!?
私は頭を抱えてうずくまった。全身から嫌な汗が流れては、自動修復機能を持つメイドロボの衣装がそれを吸収し綺麗にしてしまう様子を身体中の皮膚から感じ取る。二重に気持ち悪かった。流れ出たはずの嫌な汗が何事もなかったかのように消失していき、皮膚も服も一切の汚れを持たない……。本当にメイドロボの身体みたいなサイクルが、私の皮膚上で行われている。そして、メイドロボを自分と偽って会社へやったことがバレたら……お終いだ。
(ああう……ううぅ……どうし、どうしよう……)
私のスマホを持って行ってしまったらしく、連絡が取れない。この体で外に出たくもない。八方塞がり。この状況を何とかする唯一の方法は……可能性は……。彼女がバレないことを祈るばかりだった。いやでも……流石に不可能だよねえ……。ああ……。
私は天井を仰ぎ見てから、再びその場で丸まった。
死刑判決を待つ被告人のような恐怖の八時間。人生で一番長い日だったかもしれない。何度も、思い切ってもう打ち明けてごめんなさいしようと思ったものの、連絡がないなら、誰も来ないならワンチャンバレてないんじゃない? と希望的観測とバイアスをかけて私は会社に連絡を入れなかった。ああー神様、お願い神様。奇跡を起こして。
奇跡は起こった。カリンは誰にもバレることなくこの任務をやり遂げて帰還した。彼女はいつの間にか私の部屋着ではなくスーツ姿で、肌以外は本当に人間みたいだった。その肌も、狭い室内だからこそテカリが誇張されている印象で、あまり気にならなかった。髪と服装というのがどれほど人間の印象に影響するかを思い知ると同時に、であれば今の自分はメイドロボに見えるのかと思い至り、またショック……。
「ほ、本当に……本当にバレなかったの?」
「はい」
「うそ……」
スマホを取り上げて調べてみたけど、確かに何もない。メイドロボを出社させたことを問い詰めるメールもメッセージも電話も、何も。私はこの日初めて安堵した。でも……疑念すら持たれなかったってこと? 私、どんだけ興味持たれてなかったの? 空気? いやそんなはずは……。
とにかく乗り越えた。と一安心してしまった私は、それ以上頭を動かす気力が残っていなかった。結局メイド服が脱げないままなので、何も解決していないことに翌朝まで気づかなかった。
「リバース!」
「はい」
朝、慌てて叫ぶとさらに事態は悪化した。また抱き着いてくれたので成功だと思ったら……。メイドロボにはみんな太腿に製造番号がある。緑色に光るナノマシンの刺青だ。これは一度刻印したら二度と除去できないとされている。その製造番号が……。
「ええーっ! うそーっ! なんで―っ!?」
彼女の太腿から私に移ってしまったのだ。両手でたくし上げたフリル付きのスカートの下に、私の太腿に……さっきまでカリンに刻み付けられていたはずの数字が彫られている。触れてみると、本当に皮膚に刻印されていた。シールとかじゃない。信じられない。なんでこんなことが……。カリンの太腿は綺麗な肌色一色で、何事もなかったかのように綺麗だった。除去できないはずのナノマシンの刺青。のはずなのに……。ありえない。物理的に、システム的に。でも現実に移されている。どうしよう……。
ネットで調べると、やはりメイドロボの製造番号は絶対消せないし変更できないという情報ばかり出てくる。私は恐怖で血の気が引いた。どどどどうしよう。私の太腿からこの番号が二度と消えなかったら……わ、私……残りの人生ずっとメイドロボ扱いなんてこと……ないよね?
そうじゃなくたって、もうまともな仕事就けるか怪しいし、結婚も……。私は恥を忍んで、製造元に連絡を取った。土曜に来てくれるということなので、ほっと一安心。でも……それまではどうしよう。あんまり会社を休むのも……。
私はカリンを出社させてしまった。一日バレなかったなら、きっと大丈夫……。そう願って。そしてその間、私は自宅で家事。……なんか、本当に私がメイドロボでカリンが人間みたいになっちゃった。再度スカートをたくし上げ、自らの太腿に刻まれた番号を眺める。今の私を見たら、どんな人もメイドロボだと思っちゃうだろうな……。
土曜までの一週間をやり過ごす中で、私は不思議なことに気づいた。そういえばあれから一度もトイレに行ってない。お風呂にも入っていない。なのに、身体からは嫌な臭いもしないし、ベタつきもしない。尿意も便意も催さない……。
洗面所で私は自分の股間をまさぐった。レオタード型のメイド服によってピシッと封じられた私の股間。やはり肌と服の間に空間は生じず、一ミリもずらせない。この状態でトイレ行きたくなったら本当に大惨事のはずだけど、その惨事は一向に訪れる気配がない。何か病気かな……。そりゃこんな変な服やら製造番号やら移されてんだもん、身体もおかしくなるよ。
腕の匂いをクンクン嗅いでいる時、私は気がついた。手袋とメイド服の狭間にある上腕が、テカテカとした光沢を放っていることに。
(え?)
それはまるでカリンの……メイドロボの肌のように。よくよく見たら、血管も見えず、毛の一本もなくなっている。
(うそっ……まさか)
急いでスカートをたくし上げ、太腿を確認。製造番号に気を取られていたけど、周りの肌がおかしい。綺麗だ。綺麗すぎる。まるでマネキンみたいにツルッツル。
鏡で自分の顔を見ると、なんと顔ですらその変化に飲み込まれてしまっていた。画像修正をかけたみたいに美しい、肌色一色の顔面が洗面所の明かりを照り返し、非人間的な輝きを放っている。
(な……なんで? うそ、こんな……)
もう番号移されてからは「リバース」やってないのに……何でカリンの皮膚を移されているの?
慌ててカリンを確認、しかし彼女の顔は私と同じだった。移され……たわけじゃなさそう。じゃ、じゃあ……私の一方的な変化……?
脱げないスカートをギュッと握りしめた時、思い出した。そういえばメイドロボの服には自動修復機能があるんだっけ……。ということはまさか……!
(わ、私……メイドロボとして「修復」されているってこと!?)
恐ろしい推測だった。ただメイド服を着せられただけじゃなく、物理的に体全体をメイドロボに改造されつつあるんじゃないか、だなんて……。ありえない。そんなこと嘘だ。でも……もしそうだとしたら、皮膚の件は勿論、トイレに行きたくならない理由も、それで無事な理由も……説明がついちゃう。
(や、やだ……これ以上は嫌)
お願い、早く来てよ。土曜までまだ三日もあるじゃない。その間に私……もっともっとメイドロボになっちゃうよ!
最悪の推測はどうやら的中していたらしく、三日の間に事態はますます悪化した。私は段々自分の身体を思う通りに動かせなくなってきたのだ。まるでメイドロボみたいに直線的に歩き、あろうことかカリンにお辞儀しだす始末。
「おはようございます。朝食の用意ができております」
(何でよっ、どうして私がっ)
自分のメイドロボ相手に頭を下げて、まるでメイドロボみたいに仕えるだなんて。こんなことやりたくないはずなのに、身体が勝手に動いちゃう。カリンが藤原芽衣として出社するのを見届けた後、私の身体は勝手に掃除や洗濯を開始する。これまでは仕方なく私が渋々やっていた行動だけど、今は違う。明らかに体が独りでにやっている。止めたくても止められない。私は私の行動を映画でも観るかのように内部から鑑賞していることしかできなかった。
金曜日に至っては、とうとう体が勝手に……買い物に出かけてしまった。
(ダメッ、お願い、それだけはやめて!)
脳内で叫びながら全力で手足を止めようともがいたものの、メイドロボとしての任務が見えざる力に優先させられ、私は……金髪に髪を染めて、ミニスカメイド服に身を包んだまま自宅の近所を練り歩かされる羽目になった。
(嘘よー! こんなの……絶対に……ああっ……)
顔から火が出るというのはこのことを言うのだろうと身をもって思い知った。本当に顔面から炎を吐けそうだ。しかし今や表情すら思い通りにならず、私はにこやかな表情を顔面に張り付けたまま、メイドロボコスプレイヤーとして近くのスーパーに行かされた。周囲の視線に心を焼かれながら、私は太物の製造番号が見えそうな短いフリフリスカートを翻し、必要な買い出しを終えるまで家に帰ることができなかった。
地獄のような一週間を耐え抜き、ついに迎えた土曜日。私は充電台の上に直立していた。スカートの前で両手を重ね、両脚を揃えてまっすぐ前を見る待機姿勢。これまでずっとカリンがやっていた、そして部屋のインテリアとなっていたあのポーズだった。それを自分がやらされる屈辱に打ち震えながら、私は救世主の到来を今か今かと待ちわびた。
呼び鈴が鳴った。
(来た!)
カリンが私に出迎えるよう指示した。私は静かに
「かしこまりました」
と返答し、玄関へ。うぅっ、なんでメイドロボに顎で使われなくちゃいけないわけ!? あとで見てなさい……!
「あ、どうも~」
若い男性は製造元の会社から来た人で、所属と名前を名乗ってから私を見て言った。
「藤原さんはいらっしゃいますか?」
「はい。ご案内します」(えっ!?)
てっきり私を元に戻してくれるんだとばかり思っていた私は、彼が私をメイドロボ扱いしたことに驚いた。ちゃんと事情は説明したはずなのに……。
彼を連れてリビングに戻った私は、彼に充電台に立つよう促され、言う通り台座に戻らされた。身体が動かせない……。私が藤原で、そこにいる黒髪こそがメイドロボ、カリンなんですと説明したいけど、喋ることができない……。私は黙って二人の会話を聞いていることしか許されなかった。
「リバースのバグですね、すぐ直りますよ」
彼は私の充電台に彼が持ってきたタブレット端末を有線接続した。これからアップデートを行いますと、私ではなくカリンに説明しながら。
(待って! 私を元に戻すんでしょ!?)
「これでもう変なリバースは起こらなくなりますから」
「ありがとうございます、安心しました~」
(ちょっとぉ!?)
変なリバースって……服の交換や製造番号の移動のこと……だよね!? それが二度と起こらなくなる……。つまり私は……もう元に戻れなくなるってこと!? このまま固定されちゃうの!?
(バカっバカ! 違う! 私はメイドロボじゃないの! 固定させないで!)
このまま勘違いされたままアプデされてしまったらお終いだ。必死に台座から下りようと努めるも、やはり体が動いてくれない。両脚を閉じてまっすぐ背筋を伸ばしたまま、一歩も踏み出せない。
(うーっ、うーっ!)
「いやあ、どうも変な改造OSが一部で出回ったらしくて……」
「そうなんですか」
(やめてぇー、ちょっとー!)
「あ、これで完了です。お疲れ様でした」
(えっ、嘘!?)
あっさりと全てが終わった。何の抵抗も意思表示もままならぬまま、コードが引き抜かれる。私の身体からは二度とこのメイド服や製造番号が移動することはなくなってしまった。私は今この瞬間を持って、正真正銘のリバースメイドロボ27号、カリンであることを定義づけられてしまったのだ。
「カリン、見送り」
カリンは私に向かって笑顔でそう言った。
「はい」
私はようやく台座から下りれたが、もう後の祭りだった。とんでもないことをしでかしてくれた男を自ら見送り、そして……。
「ありがとうございました」
(バカあああっ!)
スカートの裾を持ち上げながら、お礼を言わされてしまった。自らを完全なメイドロボに作り替えた男に、そのことを感謝させられたのだ。
「いえいえ、どうも。それじゃ、失礼しましたー」
(待って、待って、嘘でしょ、ああああ!)
男は玄関から姿を消して、ドアが閉じた。望みは絶たれた。失意の中、私は元通り台座の上に戻された。かつてはカリンがやっていたインテリアと化す待機を、今日からは私がこなすことになるのだ。明日も。そしてそのまた明日も、永遠に……。
(い……いやあああ!)
「リバース」
「うわ、眩し。……なんか変わった?」
「髪型です」
「あ、ホントだ。アハハ地味~。普通のメイドロボでよくない?」
「そんなことありませんよ。当たりの時は当たりでしたから」
「へー。当たりって?」
「秘密です」
「えー、なにそれ教えてよー。……藤原さんなんか最近変わったよねー、彼氏とかできた?」
「いいえ。でも……いいことありましたからっ」