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属性ガチャ

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人生はガチャだ。俺が塾通いする横で塾に一切行かず家庭教師も通信教育も抜きに学校の授業だけで俺よりいい学校に行ったやつがいれば、どれだけ頑張っても追いつけない圧倒的な才能の差をスイミングスクールで見せつけてきたやつもいた。そしてそいつは中学でもっとすごいやつに遭遇して自信を失ったと聞いた。

遺伝子ガチャ、親ガチャ、国ガチャ、町ガチャ、教師ガチャ……。生まれることが決定したその瞬間から、皆が何回もガチャを回す。その結果で人生の到達点は大体決まってしまう。乗り越えられない壁が、覆せないハンデがある。この世は不公平で、不平等だ。俺のように男なのに身長が140代という悲惨なチビも生まれてくる。

「よう、翼」

「おう」

勇一の挨拶に、俺は気の抜けた返事を返した。こいつは小学校から高校まで同じ学校に通ってきた幼馴染だが、俺とは違って身長が高い。毎年毎年よくもまあそんなに伸びるもんだなと驚く。幼稚園の頃までは同じだった目線も、今やいちいち見上げなければ届かない。俺が身長コンプレックスを育んだのは間違いなくコイツの存在がある。いいやつなのだが、俺はコイツが嫌いだった。最も、仲が悪いわけではない。頻繁に話すし遊びにも行く。でも、嫌いだった。

人生は生まれで決まるというと大抵の人間は顔をしかめる。努力もせずに何を言うか、と。だがこの三十センチ定規以上の差が努力でどう埋まるってんだ? 誰か答えてみろよ。俺に何かスポーツの才能が与えられていたとて、この一点で全てオジャンだろう? 違うか? 宇宙飛行士になれるのか?

高校受験を終えてから、俺はすっかり勉強が手につかなくなってしまった。隣の勇一が女にモテだすのを下から眺めていると全てが馬鹿馬鹿しくなってくる。俺はコイツより勉強ができる。体格差が出来るまでは体育の球技も俺の方が上だった。でも、そんな僅かな違いなど今や何の力も発揮しない。思春期を迎えてから女子に男扱いされた覚えがない。

アホらしい。俺がどこでどんな努力をしようが、クラスの馬鹿どもよりいい扱いを受けることはあり得ないのだと悟った瞬間、俺は一切のやる気を失ってしまった。

そんなわけで、もうすぐ期末試験が始まろうとしているのに、俺は勉強する気が起きなかった。高校最初の夏休みも、どーせ碌な思い出なんか作れやしない。せめて何か一芸の才を与えられていればここまで卑屈にならずに済んだかもしれないが、俺は美術とか音楽とかからきしダメな、芸術ガチャを外した人間だった。どうにもならん。

勇一からの勉強会の誘いを断り、一人家に帰っていたある日。俺は知らない店が開いているのを見つけた。同時に、激しい違和感を抱いた。ここにこんな店あったか?

毎日通っているはずなのに、全く記憶にない。ここはずっとブロック塀で……なんだ? 何かがおかしい。まるでここだけ、一軒分の空間がねじ込まれたみたいだ。VRでだまし絵を見ているような奇妙な感覚だった。

ドアのない開けた路面店。看板には「属性ガチャ~あなたの人生変えられます」と書かれている。何だそれは。見ると、ガチャガチャが奥に数台鎮座している。ガチャガチャの店か? 最近流行ってるのか。しかし……それにしては種類が少ない。

何となく気になって中に入っていった。ガチャガチャの隣に両替機が一台設置されている。ガチャガチャは中央の一台しか稼働しておらず、残りは全部空っぽのようだ。一回300円。絵や写真がなく、文字だけで説明されている変な機種だった。ランダムで新たな属性をゲットと書かれているが、何のことだかよくわからん。

店員はいない。奥に部屋もなければ階段もない。寂しい空間にガチャガチャと両替機が置いてあるだけ。何なんだこりゃ。怪しいし立ち去るべき……かもしれないが、俺の視線はずっとガチャガチャに固定され外せなかった。理屈を超えた重力を感じる。回してみたい。一回だけ。

(まあ……300円だしな)

ネタにはなるか。そう考えて、俺は百円玉三枚を投入口に入れて、ハンドルを回した。

名前の通り、ガチャっと音がして中のカプセルが一つ降りてきた。真っ黒なプラスチックの球体は、中に何が入っているのかわからない。

テープもなければツメもなく、今にも外れそうなほど緩いカプセル。軽く手で握りなおしただけで、パカッとカプセルは開いてしまった。

(あ)

と思った瞬間、カプセルの中からピンク色の閃光が放たれ、俺は反射的に目をつむった。その刹那、ガクッと体全体が揺れた。

「わっ」

俺はバランスを崩してその場に崩れ落ちたが、すぐに持ち直した。ゆっくりと立ち上がると、少し眩暈がした。今のは何だよ一体。ひょっとしてそういう悪戯グッズか。失明とかしたらどうすんだ、悪質な……。

目を開けると、またもや違和感に襲われた。壁だ。ガチャガチャが……下にある。視線を下ろすと、俺は何故かガチャガチャがさっきより小さく見えた。手に持っている割れたカプセルも一回り小さくなったような……。

おずおずとカプセルの中を覗く。その中には「身長A-」とだけ書かれた紙が一枚入っているだけだった。

(身長エーマイナス……?)

さっきの光は? 何が光ったんだ? この紙……ただの紙だよな。安っぽい、酷い紙質だ。

だが、そんなことは急速にどうでもよくなってきた。心臓がバクンバクンと鼓動している。すでに俺の体は気づいている、いや……そうなっている。さっきから感じる違和感の正体を、この紙に書かれた文言が説明してくれているとしたら……!

店から出て道路に飛び出すと、いつも見慣れているはずの景色が全く違って見えた。……低い。視点が違う。いつもより高いところが見えるし、下の地面が遠い。

興奮しながら周囲を見渡した。どこを見ても、いつもと違う。変わったのは世界ではない。俺が……俺の視点が、高くなっている!?

まさか……いや、そんなことはありえない。物理的に……生物的に……。

振り返って店の看板を眺めた。属性ガチャ……身長。

確かめたい。一刻も早く。

俺は急いでその場を立ち去り、家にすっ飛んで帰った。心なしかいつもより足が速い気がした。

「う……おおおーっ! やったぁーっ!」

俺は家の中で思わず雄たけびを上げた。妄想でも錯覚でもなかった。俺の身長が伸びていたのだ。驚くことに、175センチに。三十センチ以上伸びた。瞬時に。一晩すら経ずに。そして、身体に痛みも違和感もない。最初からこの身長だったかのように、全てが自然だった。制服すらサイズが適合されている。

こんな……こんなことがあっていいのか? 夢じゃないよな? 何度も自分を痛めつけてみたが、どうやら夢じゃないらしい。現実に……俺の……身長が! 伸びた! 人並み……いや平均以上に!

原因も理由も考えられるのは当然、一つ。あのガチャガチャだ。カプセルから出てきた身長A-の意味が今ならわかる。

(すげえ……すげえよ!)

属性ガチャ……本当に人生変わっちまった。何だってできそうだ。俺は歌いだしたい気分だった。こんな高揚と無敵感を感じるのは生まれて初めてだ。今ならミュージカル映画の主人公になれる。

ただ問題なのは、いきなりどチビだったやつの身長が伸びたら不自然すぎるということ……。病院に連れていかれたりしたらあのガチャのことを言わないといけないだろう。でも……いいのか? 言っても。あれ、今更だが相当色々な意味でヤバいやつ、公にしてはいけないものだったのでは……?

だが、その心配は杞憂だった。両親ともに何事も無かったかのように応対し、俺の身長に何も突っ込まなかった。マジか。現実書き換えられてんじゃん。それとも不自然すぎて触れにくいだけ……か?

翌朝、高校の誰もが俺の身長に突っ込まなかった時にようやく、俺は心の底から安堵すると共に、受験以来燻り続けていたやる気がメラメラと燃え上がるのを感じた。俺は無敵だ。何でもできる。もう、視界に入らず男カウントされないどチビじゃない。

「よう勇一!」

「よう。なんか元気だな」

目線が近い。見上げなくてもいい。まだあいつの方がちょっと上ではあるが、もうコンプには感じなかった。それどころか、俺は果てしのない優越感すら抱いていた。「男」になったからだ。女子の視線が違う。物理的にも、社会的にも。

しかし、試験前日なのに勉強していないという現実は、俺の高揚感を適度に突っつき、ヒビを入れた。まずいな。斜に構えてふさぎ込んでいる場合じゃなかった。何で俺は背が低いぐらいのことであんなに厭世的になっていたのか。僅か一日の間に、俺はすっかり屈辱の日々のリアルな感覚を忘却しつつあった。同時に、持てる者の余裕というやつを実感させられ、人生はガチャで決まるという思いをさらに強くした。富めるやつが富んでいくわけだな。

しかし結局、あのガチャは何だったんだろうか。魔法か何かとしか思えないが……。ものすごい低確率なガチャに成功し、不思議な空間に迷い込んだのだろうか。或いは神様か何かが、本来生まれる時に回すガチャをもう一回回させてくれたのだろうか。真相など知りようもないが、俺は絶対に間違いなくとんでもない幸運に巡り合えたのだろう。……あとで「回収」されたり、対価を要求されたりしないよな? ちょっと怖くなってきた。いや平気だ。だってもう対価は払ってある。300円。

(……やっす!)

冷静に考えたらすごい額だな。300円で魔法のガチャが引けるなんて。こりゃもう本当に神様の思し召しだな。

てっきりあの店はもう存在しないのだろうと思って帰りに寄ってみると、普通にあった。あれ? 朝はなかったような……気のせいか? 身長のことで頭一杯で見過ごしたかもしれん。

もう一度入ってみたが、特に消えたりもせず、普通に昨日と同じだった。ガチャガチャの中にはまだたくさんのカプセルが残っている。

突然冷や汗が流れた。俺は何度も後ろを振り返り、誰も来ていないことを確認した。300円ならまだまだ回せる。目の前にあるんだ。もしかしたらラストチャンスかも。本物だと知った今、引かないという選択肢はありえない。

別に悪いことじゃないはずなのだが、相当の後ろめたさがあった。いいのか? 本当に引いていいのか? 大丈夫か? 一人一回のやつだったりしないか?

……不公平じゃないか? 俺だけ魔法のガチャを回せるなんて。普通、こんなもの回せないはずなのに。

(それは、そいつの運が悪かっただけだろ?)

魔法のガチャに遭遇できなかったやつの自己責任じゃないか? ここにあるんだから、ここに来りゃよかっただけだろ。俺は……別に不正してるわけじゃない。

俺は百円玉三枚を投入し、再びガチャを回した。ガコッとカプセルが落ちてくる。開けると閃光。

(んっ……)

目を開けると、特に何も変わったようには感じなかった。カプセルの中の紙には「数学B+」とだけ書かれている。

(これは……数学の才能、か……?)

鞄から教科書を取り出し、パラパラと眺めた。目から鱗が落ちるとはこういうことだろう。書いてあること全てがスッと頭の中に入ってきて、理解できた。すげえ。さっきまでの俺が何がわからなかったのかわからねえ。

でも、BってAの下だよな? それで教科書全部わかるのか……。Aだったらどうなってたんだ? 大学の数学が楽勝なレベル?

これなら明日のテスト……数学はいただきだ。俺はもっとガチャを回そうと思ったが、手持ちがなかった。くそ。こんな時に……。なんで補充しなかった俺。

急いで家に帰って小遣いを補充し魔法ガチャの店を訪れたが、そこにはブロック塀があるだけだった。

(う……マジか)

死ぬほど落胆したが、まあこんなもんだろうという諦めもつく。身長伸びただけで一生もんの大当たりさ。でも……一度知ってしまった以上、もし手持ちがあったらもっと引けたという後悔も一生抱き続けるんだろうな、と俺は思った。

ガチャで数学の才能を補填されたおかげで、期末試験は言うほど悪くなかった。何故か物理もデキるようになっていたので、そこまで酷いことにはならなさそうだ。そして、真面目に勉強したのに俺に負けるやつのことを思うと、ちょっと胸が痛んだ。なんか悪いことしたみたいだ……。いやしてない。俺は才能を発揮しただけなんだから。俺だけが後ろめたく思うのはおかしい。だったら生まれつき数学できるやつだって罪悪感を持つのが筋だろ?

二日目に歴史の試験を受けている間、俺は思った。あのガチャ、本当に俺だけが使えたのか? 人類80億人の中で俺一人? それは流石に不自然だ。てことはもしかしたら、他にも……? この町に、俺のほかにもあのガチャに気づいて引いたやつがいるかも……。だとしても、最初からそうだった感じになるから俺には他人のガチャ結果はわからんが。いや、あそこに開くのは俺だけの話で、他の人には他の場所に開くのかもしれない。とすれば……世間の天才と呼ばれる人々は、ひょっとしたらあのガチャに遭遇できた人たちなのかもしれない。このテストに出てくる歴史の成功者たちも。いや、それはないか。でもいずれにせよ、生まれる時のガチャに勝った連中なんだから結果的には一緒だと言えるかもしれない。

次にガチャ店が開いたのは夏休みの初日だった。コンビニへ行く途中、ふと気になって立ち寄ると……あった。

(えっ? マジ!?)

驚いた。てっきり、二度と巡り合えない系かと。

幸いコンビニに行くところだったから財布はある。アイスは諦めて全額属性ガチャに突っ込むか。俺は意気揚々と両替し、鼻歌を歌いながらガチャを回した。黒いカプセルからピンク色の光が瞬き、身体がガクッと崩れた。

(んっ?)

既視感。この感覚は前にも。また体が変わるタイプのガチャを引いたのか?

目を開けると、見慣れた景色が飛び込んできた。低い目線。地面が近い。

(うっそだろ……)

カプセルの中には、恐ろしい文字が書かれていた。身長D-。

「あああああ嘘だあぁぁ!」

俺はリアルに叫んでしまった。そんな……そんな、せっかく身長が……人並み以上に……なったのに。全部パア!? ガチャ一回で!?

(ていうかこのガチャ、悪いのもでるのかよ!?)

初めて知ったぞそんなん。聞いてねえ。最初から書いとけ!

くそ……しかしこうなっては引き下がれない。元々限界まで引くつもりだったが、最低でももう一度それなりの身長を引くまでは。

追加で300円入れてハンドルに手をかけた瞬間、頭の中で「もっと悪い結果がでたらどうするんだ?」と冷静な俺が呟いた。初回二回は運が良かっただけで、このガチャは思ったよりも危険だぞ、と。数学の出来る俺が囁く。

(……嫌だ。チビには戻りたくない)

俺はハンドルを回した。心臓がかつてない勢いで鼓動する。緊張と吐き気。頼む頼む頼む、いいの出ろ。B以上……!

黒いカプセルを開けて閃光を受けると、全身に気持ち悪いぐにょりとした感覚が走った。まるで一瞬、全身がグネグネにされたような……。

(今のはいった……ん?)

カプセルを覗くと、紙にはたった一文字が刻まれていた。絶望的な漢字が。

「女……?」

カプセルを手から落とし、その手で俺は自分の胸を掴んだ。柔らかいムニョリとした感覚を手と胸から感じる。

「あ……そんな」

口をついて出た弱弱しい声は、記憶にある俺の声じゃなかった。可愛らしい女の子の声。

股間に手を伸ばすと、そこには十六年を共にした相棒がついていなかった。ない。何もついてない。どこにもない。

半袖から覗く腕も柔らかそうに瑞々しい肌に張り替わっている。俺は絶望した。俺は……俺の体は、女に変わっていたのだ!

(え……ちょ、嘘だ、どうし……あああ!?)

頭がパニックを起こし、俺は立ち眩みを覚えた。嘘だろ。そんなガチャもあるのかよ。聞いてない。聞いてないって……。嫌だ。戻せ。元に戻せよ。クソが! 詐欺ガチャ! 金返せ!

俺は泣きわめいて悪魔のガチャガチャを叩いたが、女になって弱った俺の細い腕ではどうにもならなかった。というか壊したら本当に本当にお終いだ。女として生きるのが確定してしまう……落ち着け。取り戻せばいいだけだ。もう一度ガチャを引いて、「男」を当てればいいだけ。

(お……お願いします神様、男に戻してください)

天に祈りながら俺は再び300円を投じた。身長でなくてもいい。男に戻れれば……頼む。

黒いカプセルを開き閃光に耐え、恐る恐る紙を見る。「金髪」……アホか! いらねえ!

もう一度。突然頭が重くなり、重心が崩れた。紙には「長髪」。ふざけんな! 魔法のガチャ使ってやることかよ! 自然にできるやつはガチャ内容に入れんな!

三……五度目の正直。「料理A-」くそ! 今欲しいのはそれじゃねえ! 六回目。「将棋C」どうでもいい! 七回目「メイド」……メイド!?

軍資金が尽きた。最悪……最悪だ。コンビニでアイス買うだけだったから現金は二千円ちょっとしか。電子……は対応してねえ。くそ。一旦家に帰らないと。

店を出る際、俺は道路と店の境界線を越えるのを躊躇した。いいのか? この状態で店を出て。またこの店に入れるかわからねえのに。そしたら俺は……一生女のままかも……それも、金髪の。冗談じゃねえ!

誰か通りかかるのを待って金を借りるか? それが一番確実か。でも借りられるか? いや……女になっているのを逆に利用してやれば……ウェッ、無理だ。ちょっと想像したら気持ち悪く……。

「翼? 大丈夫か?」

「ん? ああ、だいじょう……」

頭を抱えて蹲っていた俺に、不意に耳慣れた声で話しかけてきたのは……勇一だった。俺は反射的に顔をあげてそいつの顔を見た瞬間、頭の中が一瞬グルングルンと脳みそシェイクされたような、酔いにも似た症状を覚えたが、それは一瞬でなくなった。

「……ぶです、勇一様」

俺は静かに立ち上がり、背筋を伸ばして勇一様を見上げた。背、高けえなあ……。さっきまで俺も近かったのに……。

「コンビニ行ったんじゃなかったっけ?」

なんで知ってんだコイツ、と思いながら俺は直立したまま答えた。

「ここのガチャを引きたくなりまして……」

(ん?)

ここで俺はようやく、自分の受け答えがおかしいことに気づいた。同時に、何故かやたらと姿勢を正していることにも。

(あれ……? なんだ俺、どうなって……?)

「へー、こんなとこにガチャガチャあったのか」

勇一様が店の中に入ってきた時、俺は本来の用事を思い出した。

「あっ……そうでした、勇一様、お願いがあるのですが……?」

(は? え? 今……俺、なんて?)

こいつのこと、様って呼んだ? 俺の勘違い……か? ていうかなんか全体的に……おかしい。何かが。

「あ、ガチャガチャしたいの?」

「はいっ」

俺はアニメの女みたいな可愛い声で返事した。やばい。身体が動かせない。姿勢を正したまま、楽な姿勢に移行できない。俺は自分が今女になっていることと、最後に引いたガチャの内容を思い出し、絶望した。「メイド」……確かそう書いていたような。

(もしかして……俺は……)

「俺一回回していい?」

「ダメですっ、私にやらせてくださいっ」

(こいつの……勇一様の……)

「はいはい」

まるで幼い妹に付き合っているかのような調子で、勇一様は俺に百円玉三枚を渡してくれた。

(……メイドになってるのかぁーっ!?)

さ、最悪……最悪だ。友達の……それも小学校以来の幼馴染の前でオカマぶりっ子してるだけでも死ぬほどきついのに、まさか……まさか、こいつのメイドに……なってるなんて……っ!

(で、でも、どうしてだ……)

受け取った300円で再度ガチャを回しながら、俺は考えた。ただメイドとしか書かれていなかったのに、なんでよりにもよってコイツの……。あ、もしかしてメイド属性を付与されてから最初に会った、見たからか?

……え、だとしたら俺、知らないうちに飛んでもなくヤバいガチャ引かされてたのか!? もしキモイおっさんとかが通りかかっていたら……ゾッとする。いや、コイツでよかった。よくはない。……ていうかガチャ結果如何によっては俺一生こいつのメイドになるのか!? と思うと足が震える。え? どうすんの? こっから本当に元に戻れるのか俺?

カプセルが出た。恐る恐る開封すると、閃光の後出てきた紙には、こう書かれていた。「恋する乙女」。

(ヤバい)

「メイド」と同じ挙動だとすると、最初に見た人間に俺は……俺は……。

「何々? 何出た?」

「『恋する乙女』です」

(あっ)

メイドとして答えさせられてしまった俺は、横から覗き込んできた勇一様の顔を見てしまった。心臓がドキドキし始め、わた……俺は、勇一様の顔に見惚れてしまった。そういえばコイツ、結構顔もいいんだな……女子にモテるわけ……いや、おい、落ち着け俺。Be cool……。

しかしすべては手遅れだった。紙入ってるだけ? と怪訝そうにしている勇一様に、わ……俺は頬を染めながら固まっていた。近い近い近いです勇一様。うー、それ以上近づかな……くな! やめろ! 俺! 俺に戻れ!

「も……もう一回……」

私はあまりにも恥ずかしいお願いをもう一度しなければならなかった。勇一様にお金を無心するだなんてはしたな……じゃなくて、メイド失格……でもなくて。

「でももう残ってなくね?」

「え?」

横からガチャガチャ本体を覗き込んだ勇一様の一言で、私は硬直してしまった。嘘……ですよね?

「あ、一個だけあるわ。よく見たら」

「一個……だけ……?」

中のカプセルが何個残っているかなんて、考えてなかった。魔法のガチャなんだからてっきりソシャゲみたいに無限なんだと無意識に思い込んでいたことに気づく。でも……一回? あと一個? てことは……中身が何であれ……私は……俺は……。

(一つしか元に戻せないってことですかーっ!?)

ということは……もし「男」を引けても私は勇一様のメイドのままで、恋……ホモメイドになるのか!? そっ……れだったらいっそのこと女のまま……いやそれは……。ていうかメイドとか恋する乙女って何引いたら無かったことになるんだ?

「引きたいです……あと一回分貸してください……帰ったらお返ししますから」

震える声で私は請願した。もう後に引けない。一生女のまま、しかも勇一様に恋しながらメイドだなんて嫌だ……何か一つだけでも……。

「ま、いいけど」

「ありがとうございます、勇一様っ」

最後のガチャ。百円玉を投入する手が震えた。何を引いても結局……もう大勢は覆らない。どうしてこんなことになってしまったのでしょう……。最初から自分に満足していればよかったのでしょうか……それとも、身長が伸びた時点でスッパリ止めていれば……。

ガチャっと音がして、最後のカプセルが落ちてきた。はーっはーっと息を震わせ、私は天を仰ぎながらカプセルを開いた。

ピンク色の閃光が一瞬瞬いて消えた。身体に異変は……感じなかった。私は……男に戻れなかったらしい。一生……女の……まま……。

目を開いてカプセルの中を見ると、こう書かれていた。「家事A+」。終わった。これで私はお終い。最後にメイドとしての技量を底上げなんて、まるであざ笑われているようなガチャ結果。酷い。……これじゃまるで、最初からこうなる運命だったみたい……。

ガックリ項垂れる私の肩を、勇一様が励ますように軽く叩いた。

「まあ、ガチャなんてこんなもんだって」

「ううう……」

「ガチャ切れたし、そろそろ帰ろうぜ」

「はい……」

私は勇一様の後をついて店を出た。私の人生を破壊してしまった憎らしいお店を……。「属性ガチャ~あなたの人生変えられます」だなんて、酷い。結局私は低身長のまま、しかも女に変えられた挙句勇一様のメイドにされて、その勇一様に……。

(あれ?)

私は自分の家とは違う方向に向かっていることに気づいた。この道は……勇一様の家にいく道……。しかし、訊くのが怖い。訊いたら確定させてしまう。私は勇一様の話に相槌を打ちながら、ジッと彼についていくことしかできなかった。

「おかえりー」

「ただいま戻りました、おば様」

私は勇一様のお母さまに一礼してから谷崎家の玄関に上がった。勇一様が脱ぎ捨てた靴を揃えてから。やっぱり、予感は的中した。私は……谷崎家のメイドってことで世界の辻褄が合わさってるみたい。

昔からよく遊びに来ていたから勝手はわかっているけど、それでも当然のようによその家……だったはずの家のクローゼットを開けてメイド服に着替えた時はショックだった。な、なんで私がメイド服なんか……勇一様の家で……最悪。

腰まで伸びている金髪をポニーテールに結ってから、私はいそいそと谷崎家の家事を再開……いや、行いだした。身体が言うことをきかない。

(ほ、本当に……私、このまま……メイドに……嘘)

ガチャが切れてしまった今、もう二度とこの属性は除去できない。絶望的だった。あまりにも。

畳んだ服を持って二階へ上がると、勇一様とすれ違った。彼は私を見るなりにこやかに微笑んだ。

心臓がドキッと跳ねて、私は頬を赤くしてしまった。勇一様の顔を直視できず、思わず目を逸らしてしまった。ううっ、嫌われなかったかな。

(って、なんでそんなこと考えてるんですか私は!)

自分は男であいつはただの友人だと自分に言い聞かせつつも、今日から勇一様と日中ご一緒できるんだという喜びと嬉しさがこみ上げてくるのを誤魔化すことはできなかった。メイドになれてよか……よくない……いい。

(うーっ、どうしたらいいんですか、私はー!?)

テキパキと家事をこなしながら、私は自分の人生のガチャ結果を嘆いた。悪い方向にも、いい方向にも。

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POSTEDMay 8, 2024
ARCHIVEDJun 10, 2026