「噂は聞いてたけどこれは中々ね……」
私は思わず声に出した。悪徳領主の不正を暴いてほしいと依頼を受けてやってきた街は、「妖精」で溢れていたからだ。妖精を象った街灯、噴水、そしてこのダンスホール。広間には妖精の大きな絵が何枚も飾られ、階段前には妖精三体の石像「妖精三姉妹の像」がデンと鎮座している。等身大の迫力ある像で、まるで生きているかのような精緻な彫り。領主は妖精好きというのは本当らしい。しかも、幾人もの女に妖精のコスプレをさせて侍らせている。ホールを通過していった彼の周りには、背中から羽根を生やしたワンピースを着た女性が何人も取り巻いていた。うーん……。すごい趣味だ。何というか、気持ち悪い。
「……ま、まあでも接近するのは簡単そうですね」
マホが言った。彼女の言う通りだろう。これまでも彼女と二人で色々な悪事を暴いてきた。毎回骨を折るのはキーマンへの接近なのだが……今回は簡単な潜入が出来そうだ。
「ユーミでーすっ、今日からよろしくお願いしまーす」
「マホです……」
悪徳領主行きつけの店に、私たち二人は新人として入り込んだ。実に可愛らしく恥ずかしい妖精の衣装を着て……。スカートをフリルで縁取ったワンピースからは透明感のある羽根が生えている。大きなリボンも髪につけ、だいぶ年齢にそぐわない格好だが……我慢するしかない。これまでも調査のためにこういう店に入ったことはあるが、単純にエッチな格好とはまた違った種類の恥ずかしさがあった。体格の小さいマホはまだ似合ってるが、私はどうにもこう……。
「だ、大丈夫ですよユーミさん。綺麗ですから」
「ありがと……」
マホのフォローを受けつつ、私たちは羞恥心を抑えてターゲットの来店を待った。新人入店の報は目ざとく抑えているらしく、割とすぐに姿を現した。
「あほーっ、ユーミちゃんか。可愛いねええ」
「えへへ、ありがとうございます」
私もマホもすぐに気に入られ、驚くほどすっぽり距離を縮められた。妖精の格好してりゃなんでもいいんじゃないか、このおっさん。私とマホは結構対照的な容姿なのに、誉め言葉同じだし。
それから数日で私はダンスパーティーに連れて行ってもらえることになった。マホも別の客からお誘いされたので、これ幸いと私たちは受けた。不正の関係者たちもやってくるはずだ。こいつの交友関係をもっと深く探らねば。
「残念だったな、ん?」
「くっ……」
私は魔術での攻撃を受けたお腹を押さえながら戦闘態勢を取り繕った。ダンスパーティーには以前争ったことのある男が用心棒としてやってきており、私たちは正体を見破られてしまったのだ。
(迂闊……)
始めてきた地方の街だからそうそう顔見知り、それも敵と遭遇することはないと思っていたが……甘く見すぎたか。相手が妖精フェチのおっさんという実に手ごたえのない相手だったことも油断に拍車をかけていたのだろう。
もう潜入は無理だ。こうなったら戦うしかない。切り替えたその時だった。
「ユーミさん……! お腹が!」
「!?」
敵を警戒しつつチラッと自分の腹に視線を落とすと、そこでは恐ろしい光景が広がっていた。灰色に染まりつつある私の腹。可愛らしい妖精のワンピースを巻き込み、無機質で冷たい石への置換が進みつつあったのだ。
(これはっ……!?)
石化魔法。さっきの攻撃で……。気づいた瞬間、急に体が重くなった。胸と腰の間が動かなくなっていき、思うような身のこなしができない。
「ふふふ……」
やばい。このままではすぐ全身石になって……捕らわれるか殺されてしまう。逃げないと……。私とマホは瞬時に目くらましを行い、ダンスホールから逃げ出した。
「ど……どうします!?」
「ここは一旦逃げるしかないわ」
すぐダンスホールの建物からは逃げ出せる。そう思っていたのだが……。急激に重くなり、可動域が狭まりつつある体が、私の行く手を阻んだ。急激に走るスピードが遅くなっていく。逃げられない……。解呪が先か……。
「マホ、石化を……」
その時だった。
「ああっ!」
マホの叫び声。バチっと音が鳴り、マホが吹っ飛んだ。振り返ると敵の追手が杖を向けているのが見える。隠し持っていた投擲武器で即座に片付けたが、マホは致命的な一撃を受けていた。
「マホ!」
「うう……ああ」
マホは少女趣味なワンピースをヒラヒラさせながら何とか立ち上がった。が……その体の中心部分で、私と同じ灰色の染色が始まっていた。同じ石化攻撃を受けてしまったらしい。しかも、私の質問を待たず彼女は絶望的な一言を告げた。今の装備ではこの石化は解呪できない……と。
「なっ……!?」
私は思わず自分の腹を手で擦った。カチカチに固まった石材と化した自分の胴体を。ツルツルした冷たい石の感触だけがそこにあり、滑らかなワンピースの手触りはもうそこにない。これが……すぐに全身に広がる。私たちは……石にされてしまう。
「と……とにかく行くぞ。すぐ追手が来る……」
建物の入り口の広間にたどり着いたものの、すでに石化は上は胸元、下は腰近くまで達していた。身体が重く走れない。身もよじれないので歩くことすらスムーズにはいかない。逃げられないことは明白だった。石化したまま捕まったら、何も抵抗することができない。身動きの取れない体でただ殺されるか酷い目に遭うのを待つことしか。それは……それだけは……。
定期的に背後に攻撃したり煙幕を張ったりしながら、私たちはおぼつかない足取りで入り口に向かって歩を進めた。が……もはや無駄な努力であることは明白だった。もうすぐ腰が石化してしまう。そうしたらもう一歩も進めない。全身石化すれば抵抗も意思表示もできなくなり、何もかもが終わりだ。
チラッと横目で壁に備え付けられた鏡を見た。胴体が灰色に染まった妖精のコスプレをした女性二人が映っている。私は自分が改めて恥ずかしい格好をしていることと、この格好のまま石化してしまうことに気づかされ、屈辱に顔が歪んだ。見た目なんか気にしている場合ではないのに……人間、追い詰められると優先順位も狂ってくるらしい。
(ん……?)
その時、鏡越しに似た格好をした三人の女性の姿が目にとまった。いや、女性ではない。彫刻……単なる石像だ。領主の趣味の一環でここに飾られているであろう石像。今日ここに来た際にも、それ以前の街の偵察でも見たっけ。可愛らしい妖精三人を彫ったすごい出来の像。台座のプレートには「妖精三姉妹の像」と記されている。中央に一体、その両隣に二体。姉妹同士は密着しておらず、少し隙間が空いている。その像に使われている石材は、今まさに私たちが変えられているツルツルしたムラのない灰色の石とそっくりに見えた。
一瞬、私の頭にとんでもないアイデアが浮かんだ。ここから逃れる方法……。石化しながらもやつらの追跡を免れるかもしれない隠れ場所が……ある、かも……。
(いやいや、まさか)
そんなアホな隠れ方、ありえない。絶対バレるし、何よりバレたら恥ずかしすぎる……どこまでも醜聞が広がるかもしれない。ありえない……。再び入り口に顔を向けたその時。
「あの……」
マホがおずおずと提案した。私がさっき脳内ですぐ却下したその案を、彼女は言葉にしてしまった。
「あの妖精の像に紛れるのは……どうでしょうか? 絶対逃げられませんし、石化したらどこに隠れても絶対見つかっちゃうと思います。それならいっそ……」
(嘘だろ……)
私は天井を仰いでから引き笑いしつつ、再度マホの顔を見た。うっ、本気だ……。マジかよ。でも確かに……もうすぐ逃げることはできなくなる。隠れる場所もない。たとえどこに隠れたって等身大の石の塊、それが二体となれば流石にすぐ見つかるだろう。だったら、いっそ……いやでも……ええ……。
わずかな魔力で進行を抑え込んでいた石化も、もう腰に到達する。そうしたらもう一歩も歩けない。抵抗もできなくなり捕まる……それならいっそ……。いやでも流石に馬鹿な試み過ぎる……でもでも何もしないで殺されるよりは何かをした上での方が後悔は少ないかもしれない……。
私は相当迷ったが、マホが台座に向かって歩き出したので仕方なく追従した。もう方向を変える時間は残らない。賽は投げられてしまった。私は最後の煙幕と爆弾を奥に放り投げ、マホと共に妖精三姉妹の台座へ向かった。
中央の妖精と両隣の妖精の間に、一人分よりちょっと狭いぐらいのスペースが空いている。私たちは何の気なしにそこに登った。やや狭いので体を斜めにして、私たちは自分たちと似たフリフリワンピースを身に着けた妖精の像の間に挟まった。
ちょうどそれぐらいで石化がとうとう腰まで飲み込み始めてしまい、私たちは石像に挟まれ斜め前を向いた姿勢のまま、遂に後戻りできなくなった。二人で目を合わせた瞬間、いたたまれなさと、とんでもないアホな選択肢を選んでしまったのではという後悔で無性に気まずかった。
「え、で、で、どうするの? 本当にこのまま……ここで石になるの?」
石化されるのを逆手に取り石像に化けるということは、即ち石像の振りをするということ。この笑顔で可愛くポーズを決めている三姉妹たちに違和感なく溶け込まなければ無意味。それってつまり……。
「も、もうそれよりないじゃないですか……」
顔を赤く染めながら、マホは苦笑いしながらぎこちなく手を動かした。あ、やっぱりそうなるよねえ……なるよなあ!?
小柄なマホはまだマシで、長身の私は……うう、きっつい……。しかしこうなってはもうやるしかなかった。私とマホは恐ろしく気まずいやらかし空気の中、作り笑いを浮かべつつ、妖精らしい可愛いポーズを……取らざるを得なかった。
(ううう……バレたらマジでこれ……恥とかいうレベルじゃ……)
バレないでほしい……絶対に。
(潜入……これは潜入調査みたいなもの……嘘の笑顔なんてこれまで何度も作ってきたじゃない……)
自分にそう言い聞かせて、私は満面の笑みを何とか練り上げた。マホもだ。そして、私はスカートの裾を軽くつまみ、マホはピースサインを作って横向きに顔に当てた。こんなもんか? あとは……石になる、だけ……。
マホとアイコンタクトをとり、私たちはいよいよ……僅かな魔力で抑え込んでいた石化の進行を解放した。瞬間、急速に灰色の塗りつぶしが広がっていく。身体がピクリとも言わない固い何かに変質していく。あっという間に肩まで石化し、私はポーズを変えられなくなった。
(ああ、あああ)
後悔ももう遅い。何が嫌かって、ただでさえ恥ずい妖精のコスプレに加えて、石像らしくポーズと笑顔を決めるのを自分の意志でやらされたってとこ……。まるで自ら喜んで妖精の石像になったみたいに見えてしまうだろうところが……悔しかった。
あっという間に手の先まで石化が進行し、足先ももう動かない。首元までガチガチの硬化が及び、ちょうど煙幕に人影が濃くなってきたところで……私はデカいリボンで結った髪の先まで完全に石になってしまった。
(やっちゃったっ……!)
私は妖精三姉妹の像に挟まる、新たな妖精の石像となってしまったのだった。背丈が低い分、マホは私より早く石の塊となってしまった。
(マホ……聞こえる? 大丈夫?)
(はいっ……大丈夫です)
指一本動かせなくされた状態で身も隠せずにいるのは果たして大丈夫と言ってよいものだろうか。不安だ。
煙幕から追手が広間に姿を現した。
(来た!)
正念場だ。ここを誤魔化せるかどうか……バレれば何もかもお終い。殺されるだけでは済まない。世紀の恥をかくことになるだろう。だって潜入に必須だったとはいえ妖精のコスプレしたまま笑顔で可愛く固まっているだなんて、お笑いだ。しかも、ご丁寧に自ら妖精の石像の中に加わって。
(ば……バレませんようにバレないで……)
あとはもう祈ることしかできない。なにせ、私の身体はもうピクリともしない均質な石の塊でしかないのだから。声を出すことも動くこともできはしない。両隣の本物の石像ともはや何も変わるところはない。
(ううう……)
追手たちは我先にと玄関へ突っ走っていく。石像に見向きもせず。……ま、そりゃ逃げたと思うよね、普通ね。まさか広間の石像に混じってるなんて思わないか……。でも三体のはずだった石像が五体になってたら流石に気づくんじゃ……見た目もまんまだし……。
やがて、私たちの正体を看過し石化の呪いをかけたあの男と、悪徳領主が姿を見せた。今頃全身石化しているはずだからすぐ見つかる、遠くには決して逃げられませんよと得意気に領主に手柄をアピールしている。……悔しい。いつか絶対にこのお返しはしてやる。同時にこの状況で見つかったら本当に惨めさで死ねるなとも。
石の中に溶けたはずの心臓をドキドキさせながら成り行きを見守っていたが、意外にもこっちに注目しない……。雇われだし、広間の石像なんてあまり覚えちゃいないのかな。しかし領主は……自分の石像が増えていたら気づくのでは。と思ったが、特に気づかない。まあ、私とマホの誉め言葉一緒だったし、妖精の像であるという点が大事なのであって、中身は興味がないというか見ていなかったりするのだろうか……ひょっとして。
それでも、流石に違和感はあったらしく、何度もこっちを見ては首をかしげていた。まずい……。妖精の像がちょうど二体増えてる、そして敵には石化の呪いをかけておいたという情報が合わされば真実はすぐだ……。
逃げたいけど逃げられない。私たちはもう二度と自分の意志でこの台座を降りることは叶わない。笑顔で可愛く佇んでいることしか許されない。
しかし、領主はピンとこなかったらしく用心棒にも「石像が増えている」と伝えなかった。馬鹿なのかそれとも……。部下にもそれなりに違和感を抱いた者は見受けられたが、誰も何も言い出さなかった。まあ、部下たちはダンスホールなんてそうそう来ないだろうし、その入り口に飾られてる石像なんてまるで意識してなかったろう。元から五体だったかもと思うのも不自然では……。
(不自然ですよお。「妖精三姉妹の像」なんですからねえ)
マホが突っ込んだ。
(や……やばぁ!)
失念していた。確かにそうだ。この石像の名前は妖精三姉妹の像であり、それは足元のプレートにハッキリ記されている……。
(だ、誰も……誰も気づきませんように……!)
しかし、笑顔でキッチリポーズをとっていたのが功を奏したのか、奇跡的に誰一人私たちを調べようとはしなかった。まさか妖精の石像の中に紛れているだなんて思いもしないらしい。用心棒も外へ追跡を送るばかりで、広間の石像は調べない。ダンスホールのどこかに隠れてるかもと部下が進言した際はヒヤッとしたが、結局全員「隠れている不自然な像」を探そうとするばかりで、堂々と台座の上で可愛く鎮座している妖精の像には意識を向けなかった。木を隠すなら森の中というけど、そんなにわからないもんかな……。
(ほ……ほらっ、上手くいきそうじゃないですか)
マホは自分のアイデアが成功しそうで嬉しそうだ。確かに……この流れなら逃げ切れるかもしれない。しかし油断は禁物だ……。まあ、私たちが油断しようが警戒しようが、もう一切関係ないのだけど……だって、今の私たちは髪の毛一本揺れることのない石像に過ぎないのだから。
奴らが逃げられたと結論付けて捜索を打ち切り、ホールがすっかり静まり返った深夜。私たちはひとまず助かったことに安堵し、お互いを労った。
(ああ良かった。無事に助かりましたね)
(助か……ううん?)
本心に反し笑顔を浮かべて可愛らしい妖精の石像と化してしまってからずっと、私もマホもここを動いていない。動けていない。明日からも。石化が解けない限り、私たちはここで妖精の石像に挟まれていることしかできない。これは……これは、本当に無事なんだろうか。助かったと言えるんだろうか。
(で……これからどうするの?)
(え……)
マホはしばらく黙った後、
(ど、どうしましょう……)
とピースサインを顔あてて微笑んだまま言った。どうにもならない。石化が解けない限り、ここから一歩も動けない。私たちはそのことにようやく気づかされた。恐ろしい事態に陥っていることにも。
(んっ……くっ)
手足を動かそうと試みたが、無理だった。動かすという行為自体が封じられている。ガチガチに固まった石の身体では、やはり指一本動かせない。助けも呼べない。なにせうめき声一つ漏らせないのだから。
(ユーミさあん……どうしましょう)
(だ……だから嫌だったのよっ、こんな……)
(で、でもこうしなかったら絶対見つかってましたよ……)
(くうう……)
いつの間にか二体増えた広間の石像は決して動き出すことなく、静かに夜は更けていった。
(だっ、誰か助けてくださーい!)
(気づいてくれ! 誰か!)
翌日からは一転、私たちはバレてくれバレてくれと願い続けるようになった。このままでは一生石像のまま、可愛い妖精の姉妹の仲間入りだということに気づかされたからだ。しかし、「妖精の格好をしている」「石化の呪いをかけた」という情報を持っていてなお気づかなかった時点で、答えは出てしまっていた。
目の前を通り過ぎていく人間、誰一人私たちが人間だとは気づかない。精緻な妖精の彫刻に感嘆するだけだ。まさか五体のうち二体だけが人間だなんて想像もできないだろう。私たちだって、三体の像を見て(このうち一体は人間かも?)なんて考えもしなかった。
「ほー、素晴らしい彫刻ですなあ」
(違う! 私は彫刻じゃない! 彫刻なのは……隣の三体だけなのっ)
大きなリボンと羽根の生えたフリフリワンピ、笑顔で可愛く固まった私たちは、完全に三姉妹の中に違和感なく溶け込んでしまっていたのだ。だからこそ追跡を逃れることができたのだが、今はそれが私たちを地獄に縛り付ける枷となってしまっていた。
(誰かぁ、気づいて)
(助けてくださいっ!)
稀に妖精三姉妹の像というタイトルなのに五体いることに疑問を持つ者もいたが、後から増やしたのだろうと合点するだけで、よもや増やし方が人間を石化させた、それも自ら妖精の格好をしてポーズとって……などとは夢にも思わない。必死に心の中で呼びかけ続けたが、パーティーを組んでいない人間には決してその声が届くことはなかった。
(わ、私たち……まさか本当に、このまま妖精さんの石像のお仲間になっちゃうんでしょうか)
(まさか……そんなこと……!)
時間が経てばたつほど、私たちは自分たちが一生石像のまま、しかもあろうことか妖精のコスプレ姿で妖精の像の一部となるなどというアホくさい運命を避けられないことを痛感させられる。石化して死んでしまう冒険者などよくある話であるが……。「石化した自分」にすらなれないのが心底惨めで屈辱だった。
(私たちは……違う……妖精じゃない……彫刻の姉妹なんかじゃ……ない)
まさかこれ以上悪化することなどあるまいと思っていたのに、事態は更に悪化した。ある日、いよいよ一人の人間が指摘した。妖精三姉妹の像なのに五体あるのはおかしい、と。
(そ……そうっ、そうなのよっ)
(その通りです! おかしいですよね!)
一縷の望みを抱いたのも束の間、すぐに絶望に叩き落とされた。じゃあプレートを作り直そう、という話になったからだ。「妖精五姉妹の像」に。
(ち、違います。タイトルが間違っているわけじゃなくて……)
(人間なんです、二体は……二人は……)
だが、彼らの言う通り今の私たちは無力な石像に過ぎない。抗議することも嫌がっているというそぶりを見せることすらできず、変わらぬ笑顔で全てを受け入れるしかなかった。
後日、新造されたプレートが運び込まれてきた時、私たちは心の中で絶叫した。お願い、名前を変えないで。気づいてもらえるかもしれない唯一のとっかかりが、可能性が……奪われる。そして……名実ともに、私たちが真に石像であることが、この妖精の彫刻たちの姉妹であることを確定させられてしまう。本当の意味で「石像」にされてしまう……!
「……これで、よし!」
(ダメーっ!)
抗うことも逃げ出すこともできないまま、新たなプレートが足元の台座に備えられてしまった。「妖精五姉妹の像」が……。やられた。とうとう、これで、私たちは……妖精の石像に存在を塗り替えられてしまった。この題名を見て妖精の石像が五体笑顔で並んでいれば、おかしなところは何も……ない。
仕事を終えて帰っていく男たちに、私たちは最後の呼びかけを行った。
(違います……私たちは妖精じゃない。石像でもない。この彫刻たちの姉妹でも……ないの……)
(人間……なんです……助けて……ください……どうか……)
ダンスホールの入り口広間に飾られた可愛らしい妖精姉妹の像は、笑顔で彼らを見送った。