「そっ……そんなにするんですか……」
「当たり前だろう、等身大だぞ等身大」
私は青ざめた顔で体の芯を揺らしながら立ち尽くしていた。吐きそうだった。早朝からやってしまった。店内に飾ってあった等身大のフィギュアを、うっかりぶつけて床に倒してしまったのだ。哀れ「彼女」は足首がポッキリ折れた上、肘も割れて顔面に無数の傷がついてしまった。やってしまった瞬間は、まるで時間が止まったようだった。頭の中が真っ白になって、その場から動けず、胸の奥がギュルギュルと締まっていくのを感じた。
店長に叱られた私は、弁償を迫られた。その額は思ったよりずっと高くて、フリーターの私にはとうてい耐えられる出費じゃない。辞めたら払わなくていい……なんてことにはならないだろうな。どうしよう。もうすぐ二十歳なのに泣きそう。
私が弁償できないと悟ったのか、店長は別の提案を出した。それは……これからしばらく「彼女」の代理として店内を飾る等身大フィギュアとなること。
「えっ……えええーっ!?」
冗談かと思ったけど、店長は本気らしかった。コスプレしてあの場にずっと立っていろと。そ、それは流石に……無理というか……セクハラパワハラなんじゃないですか。でも自分のせいなので何も言えなかった。
「そ、そんなの……すぐ問題に……なるんじゃ」
というのが精一杯。コスプレした店員が店内でパントマイム(?)してたら話題になって……ていうか恥ずかしすぎる。二度と表歩けないよ。
「ん? ならアレ塗ればいいだろ」
「あれ……?」
倉庫の中から、古びたダンボール箱が多数搬出された。薄汚れてちょっと臭う。日の光を浴びたのは数年ぶりだろうことがハッキリわかる、古い商品の詰め合わせだった。太陽じゃなくて部屋の照明だけど。
中に入っていたのはフィギュアクリームと書かれた金属製の容器。開封されてないので新品だけど、何となく古ぼけて見えた。店長曰く、売れ残って廃棄予定だった期限切れのクリームらしい。これを肌に塗れと。
「い、いやでもこれ……人に塗るやつじゃないですよね!?」
あんまり詳しくないけど、これは確か……その名の通り、フィギュアに塗って使うやつだったはず。そんなものを肌に……それも恐らく全身に塗りたくるなんて絶対ヤダ。どんな悪影響があるかわからないし、その上期限切れとか。
「へーきだろ。多分。指で塗る人も多いらしいから」
「多分って……」
「じゃ、塗らずに立つか、弁償しろ」
「……」
私に選択肢はなかった。お金払えないし、痛いコスプレ店員としてネットの玩具になるよりは……弁償せずにフィギュアに化けてやり過ごす、に賭けるしかない。これであの額を踏み倒せるのなら……。
(立ってるだけ、立ってるだけ……)
私は自分を必死に落ち着かせながら、とうとう店長の提案を受けてしまった。
私が今バイトしているこの店は、ゲームとかアニメのグッズとかカードとか売ってる、そういうお店だ。商品には当然フィギュアもいっぱい。その棚の前に大きなスペースをとって飾られていたのが、私が壊してしまった魔法少女の等身大フィギュア。フリフリのピンク色のコスチュームを身に纏い、長いピンクのポニーテールを垂らしていた。等身大だけあって迫力と存在感は店の中でも一際強く、ちょいちょいネットでも写真を見ることがある。
そしてこのフィギュアクリームというのは、フィギュアに塗ることで艶を出したり色合いをよくしたりする効力がある……らしい。配合されているナノマシンが汚れを分解したり折れた箇所を修復したりもするので、気軽にフィギュアに触れるようになるというのがウリの一つだった。それなりに売れたらしいけど店長は仕入れ過ぎたようで、こうして期限切れの物が倉庫で大量に眠っていたというわけだ。そういう商品だから、これを塗ればおそらくフィギュアっぽい見た目にはなるだろう。特殊メイクみたいなものと思えばいいのかな……。スマホで調べたところ、人の肌に触れても大丈夫らしいけど、それって指先とかにちょっと触れる程度を想定してるよね。全身に塗ったら流石に何か悪影響あったりするんじゃないかな……怖い。でも今更逃げられない。逃げても弁償だし。
意を決してクリームを開封した後、私はある問題点に気づいた。これを全身に、それも人間の体全体に塗るのはそれだけで一日がかりの作業になってしまいそうだと。ていうか背中とかはどうしよう。髪はどうするの? うーん。
店長に相談して風呂を借りた。クリームをお湯に溶かしてそこに浸かる。店長は死ぬほど嫌な顔をしたけど、言い出した手前断れなかったようだ。ちょっと仕返しできた気がしてスッとした。私が壊したせいだけど。
お風呂にはったお湯にクリームをドバドバ入れてかき混ぜる。やがてちょっと粘り気のある肌色の湯が完成した。まるで人を溶かしたみたいで不気味。ここに浸かるの……?
服を全て脱ぎ全裸になって、私はクリームの湯に足を入れた。心臓が高鳴る。本当に大丈夫だろうか。こんなものに入って。でももう後に引けない。私は肌色の湯船に下半身を沈めた。身体にまとわりつくような感じがする。まるでこの湯が私を捕らえているみたいで、ブルっとする。静かに膝を曲げて腰を落とし、上半身も浸す。ヌルっとした感触が胸を、腕を、背中に張り付く。まるで意志を持っているかの如く、私の肌に何かが張り付いてくる。ナノマシンの力なのだろうか……。欠けた箇所とかを自動で修復するんだっけ。
息を吸って顔もつける。髪も一緒に沈める。死ぬほど迷ったけど髪だけ普通だったら流石にフィギュアとしておかしくなるだろうと考え、髪も浸けることにした。案の定、滅茶苦茶ベタベタして気持ち悪い。やめときゃよかったかな……。
水中から顔を出し、止めていた息を再開すると、顔面にちょっとつっぱるような感触があった。パックした時みたいに、薄っすら何かが張り付いている感じ……。クリームだろうか。
湯から上がると、意外にも既に綺麗に仕上がってしまっていた。塗り斑なく、綺麗に私の肌がマネキンのように塗りつぶされていた。張り付いてくるあの感覚は嘘じゃなく、実際にそうだったようだ。じゃ、このままでいーか。私はお風呂から上がった。鏡を見ると、そこには等身大のフィギュアが映っていた。
(わぁ)
思わず感嘆。ここまでとは思わなかった。肌色一色のテカテカ艶々した肌が、足先から額まで広がっている。まるで画像修正しすぎた人か、CGモデルみたいで不気味でもある。それが生きて動いているのだから尚更だ。
でも……これなら人間が馬鹿やってるとは思われないだろう。でも……バレたらそれ以上に馬鹿にされるな……と思った。
着替えとして、コスプレ衣装が用意されていた。こちらはバケツでクリームに浸してあり、どう見ても布に見えない、樹脂製の塊と化していた。しかし手に持ってみると普通に服だったので、意外とすんなり着ることができた。身体も樹脂服も樹脂なら、とても自然なフィギュアに見えることだろう。見た目だけだけど。
数分もしないうちに、ピンク色の魔法少女のコスプレをした私が鏡の前に立っていた。顔がかぁっと熱くなるけど、上から全面クリームで覆っているせいか、鏡の前の私は赤面していない。
(こ……これで人前に……ていうか店で……フィギュアのフリするの?)
想像するだけでも恥ずかしすぎる仕打ち。でも……これで弁償しなくて済むなら。
仕上げに、店長がクリームで私の髪を造形した。長いポニーテールになるように。そしてピンク色に染め上げ、私の変身は完了した。長いピンクの髪とフリフリの魔法少女衣装を着た上、全身をフィギュアっぽい質感と色になる特殊メイクを施した私。もし人間だってバレたら……相当のど変態だと思われそう。もはや自分のために全力でフィギュアを演じなければならなかった。
開店の直前、私はまだ誰もいない店内を魔法少女姿で歩き、自分の展示場所へ向かった。「日常」にカテゴライズされてる見知った場所で変な格好するのって思った以上にキツイなあ……。しかもフィギュアのフリして展示されるだなんて。
嘆いてもしょうがない。自分で蒔いた種だ。私は白い円形の台座の上に立ち、ポーズをとった。店長でスマホの写真を私に店ながら細かい指導をしてくる。恥ずかしいしウザいし悔しい。脚を少し開いて立ち、右手を腰に当てて、左手で横ピースを頬に当てる。最後にニコっと笑う。ここで初めて、表情も維持しないといけないことに気づいた。いやいや、それは流石に無理だって!
と思ったら、店長がスプレー缶を手に戻ってきた。クリームの強度を上げる効果があるらしい。店長は私の返事も聞かずにスプレーを私の顔に吹き付けた。
(だ……大丈夫なんですかそれ?)
クリーム塗ってるから直接皮膚に触れないとはいえ、絶対人体に吹き付けることは想定してないでしょ。本当に大丈夫かな……。その後店長はポニテが靡いているような形状になるよう手で整えながらスプレーで固めていった。まあそこはいいとして……。その後、何故か全身にも吹き付けていった。健康に良くなさそうだからできればやめて欲しかったなあ。
頑張って笑顔とポーズを維持し続けていると開店時間が来たらしく、お客さんは入ってきた。
(き……きた!)
バレませんようにバレませんように。私は必死に祈りながら、パントマイムを続けた。動かない。動いちゃダメ。バレたら一生モノの恥……或いは末代まで。幸い、まさか店内のフィギュアが人とすり替わっているだなんて誰も想像もしてないのか、特に何事もなく時は過ぎていった。この店に何回も来てる人にとっては等身大魔法少女フィギュアも見慣れた光景だろうしね。
問題は……初めて、或いは久しぶりに来た人たち。
「おー」「やばっ」
(ひっ)
私に……いや、等身大フィギュアに反応する人が来た。ジロジロ見てくる。スマホを向け撮影してくる。
(やめて、撮らないで!)
抗議したいけど止められない。魔法少女のコスプレってだけでも恥ずいのに、フィギュアに化けて店内に飾られてるとかヤバすぎる……今更ながら後悔してきた。こんな痴態の写真をどこかに上げられるなんて、最悪。もっとも……私だとは、人間だとはバレないはず……だけど。鏡に映っていた私の顔は、どうみても人間の顔には見えなかったし。
(私はフィギュア、私はフィギュア……)
そう自分に暗示をかけながら、私は頑張ってその場に立ち続けた。意識するとかえって動きそうになってしまう。表情をずっと固定しているのも辛い。これを……閉店まで!?
(む、無理ぃ……)
一時間もしないうちに精神的に辛くなってきた。やっぱ無理だよ、パントマイマーじゃないのにこんなこと……。
流石に限界が着て、ヒクヒクしていた表情筋を崩しそうになった時。
(……?)
ついに顔面の筋肉から力を抜いてしまった時。表情が崩れなかった。私はニッコリ笑ったままだ。顔が……動かない。笑顔で固まってる。
(まさか)
開店直前に店長がかけたスプレー。あれが効果を発揮しだしたんだろうか。心当たりはそれしかない。
(よ……良かった)
これなら大丈夫。きっとバレない。恐る恐る顔から全ての力を抜いたけど、表情は崩れない。安心と同時に緊張が一気にほぐれて、今度は手足の位置を崩しそうになってしまった。
(やばっ!)
しかも目の前をお客さんが通り過ぎているタイミング。手が下がったりしたら間違いなく……バレる。
しかし、顔面と同じく、手足もほとんど動かなかった。ポーズをとったまま固定されている。
(おお……)
思わず感心しちゃった。これなら楽だ。顔面と異なり手足は完全に力を抜くと流石に崩れそうだったけど、一時間二時間と経つと、完全に力を抜いても重力に負けなくなっていた。カチンコチンだ。
(はぁっ……よかった)
どうやら一安心かもね。あとはずっと……立ってるだけか。
何もせずボーっと立っていると、普通に店員してるより楽かもと思えてきた。視線感じると死ぬほど恥ずかしいけどね。
(バレないもんだなー……)
魔法少女のコスプレをして店内にフィギュアとして飾られる。信じられないような代打が成功しつつあることに、私は羞恥とは異なる感情も覚えた。誰か一人ぐらい気づきませんかー? 人間ですよー? 生きた人間が、私が飾られてるのに皆ただのフィギュアだと、樹脂の塊としか思ってない。そう思うと、なんか悔しい。まあ、バレたらダメなんだけど……。
いつの間にか昼が過ぎ、午後になり、夕方になる。私は朝から一歩も動くことなく魔法少女フィギュアのパントマイムを続けていた。スプレーで固めてくれたおかげで思ったよりかなり楽。正直……明日からもこれでいいかも、という気さえしてくる。だって楽だし。恥ずかしいけど、すっごい楽。
閉店後、お客さんが誰もいなくなったのを見計らい、私は台座から下りた。降りようとすると、かなり力が必要だった。うぐぐ……手足が硬いよう。
店長の労いを受けたあと、私は服を脱ごうとした。ピンクのフリフリ衣装。でも脱げなかった。身体にくっついてる……というか、同化してしまっていた。驚くことに、服と肌の境界線がない。切れ目なく連続した樹脂みたいになってる。クリームがくっついたんだ。
(店長~。何とかしてください)
表情筋は手足ほど強くないためか、私の顔は笑顔のまま固定で、喋ることもできない。店長はそんな私を笑った。腹立つ。そして、明日からも続けろと言われる。
(ええーっ!?)
今日だけとは言われてないけど……けど。そして、毎朝セットするの怠いから当分そのままで、と言い残し帰ってしまった。抗議しようにも私は笑顔のままで喋れないし、全身も硬度が増しててスローモーションみたいな動きしかできないので、止められなかった。
(そんなー……)
今日、どうやって家に帰ればいいんですか。こんな格好で……。無理だね。うん。
仕方ないので、私はスタッフルームのソファに横になった。身体の力を抜くと、また脚をピンと伸ばされ、右手を腰に、左手で横ピースを作るあのポーズに戻されてしまった。
(あう……)
誰もいないのに、ものすごくいたたまれない。キッツい……。明日からずっとこれ? 家に帰れないのは困るなあ。仕事終わったのに上手く動けないのも……。でも確かに毎朝特殊メイクするのは面倒だし、止めるなら弁償だろうし……。
なし崩し的に、私は等身大フィギュア勤務というわけのわからなすぎる状況を受け入れた。
翌朝、流石に全身の違和感で早くに目が覚めた。薄いけど決して折れない固い膜で包まれた奇妙な状態。変な感じ。笑顔でポーズとったまま横になって寝るのも初めて。
店長が来ると叱られた。運ぶの大変だからちゃんと立ってろって。
(な、なんで……まだ開店前だしいいじゃん……)
そこで、昨日全員休んでいた他の店員もやって来て言った。
「フィギュアにンなこと言っても無理っすよ」
(は?)
冗談ではなく、本心から私をフィギュアだと思っての発言だった。流石に怒った……けど、私は可愛く微笑み、左手をほっぺに横ピースで当てたまま意思表示することができない。
(私は花咲だよ! フィギュアじゃないよ!)
彼と目が合った。そこで、自分が改めて魔法少女のコスプレをしていること、ずっとポーズとったままソファで横になっているという異常な姿でいることを思い出し、耳まで赤くなるような気がした。でも、クリームに阻まれてその赤みが外へ表現されることはない。
(あっ……いや、私は……)
知人にこのふざけた状況を……髪をピンクに染めてコスプレしたまま、フィギュアのフリをして店内に飾られたという冷静に考えたら恥辱すぎる事実を……知られたくないという気持ちが急激に強まった。知られたくない。恥ずかしい。死ぬ。
私は自分で台座に行くのを断念した。このままただのフィギュアだと思ってほしい。みんなには。
店長は私の心を知ってか知らずか、本物のフィギュアは花咲にぶっ壊されたので代わりをやらせてる……という説明はしなかった。彼に私を所定の位置に運ぶよう指示。
「ええ~マジかよ~」
(ご……ごめんね、私の意地のために……)
本当は自力でいけるのに運んでもらうのがかなり申し訳なかった。バレたらますますいたたまれないよ、こりゃ……。
「おっも。俺だけじゃ無理だわ」
(んなっ……!?)
カチンとくきたが、私は笑顔を崩せない。何を言われても黙ってニコニコ受け入れるしかない。これはちょっともどかしかった。その後、二人がかりでマネキンのように運ばれて立たされた時は、本当にモノ扱いされているようで流石に屈辱感があった。
昨日と同じように台座に立たされた私は、等身大の魔法少女フィギュアとしての二日目を迎えた。今日は店員がいる……。知り合いがいる中でコスプレしてフィギュアごっこしてるのはだいぶ気恥ずかしい。しかも運ばせちゃったし……。
今日は昨日と違って時間を長く感じた。ただ立っているだけ、それも表情やポーズを意識して維持しなくていいのは楽だけど、単なる樹脂の塊だと思われるのは癪だ。家にも帰りたいし、今日終わったら流石に……全部明かしちゃおうかな。
閉店後、店員が私の前を通り過ぎようとしたその時。私は動いて見せようとした。どうせだからちょっと驚かせちゃおう、と。
(わっ! ……あれ?)
勢いよく手足を伸ばしてビックリさせるつもりが……動けなかった。彼は何も起きなかった台座の前を通り過ぎ、視界から消えた。
(あ、あれ……おかしいな)
硬くなってるから動かしにくいのは確かなんだけど、昨日は普通に動こうと思えば動けたはず。力を入れれば……。
(んっ……んんっ)
私は頑張って手足に力を入れた。定められたポーズから崩そうと。でも……ダメだった。どれだけ力を込めてもがいても、右手は腰に当てたまま、左手横ピースを頬に当てたままピクリとも動かせない。
(うそ。なんで……?)
淡々と閉店後の業務が進められ終わっていく店内の光景に焦りながら、私は必死にこの台座から動き出そうと努めた。しかし、足もカチッと固まったまま動かせない。一歩も……歩けない。この台座からピンクのブーツを離すことが……できない。
(ちょ、ちょっと……嘘でしょ)
一日経ってスプレーの硬化がもっと進んだの? それとも同じポーズを取り続けたことがクリーム的に何かまずかったんだろうか? 理由はわからないけど、ハッキリしていることは私は自分の意志で動き出すことができなくってしまったということ。
(だ、誰か……助けて。動けなくなっちゃった)
助けを呼ぶこともできない。表情は昨日からずっと笑顔を凍結されたまま、口も開かないのだから。視線さえも動かせないことに今気づく。ただ黙ってポーズを取り続けていることしかできない。これじゃあまるで、本当に……。
(フィギュアみたいじゃない! やだぁ!)
店員が去っていく。照明が消える。店内が暗闇に静まり返る。店長も帰っちゃったの!? 私を置いて!? ひ、ひどい……。私の事知ってるの店長だけなんだから、あの人が助けてくれなかったらどうしようもない。
いくら高い備品を壊したからって、何でこんなひどい仕打ちを……と思ったけど、店長は私が動けなくなったことを知らないんだ。昨日は終わった後ぎこちなくても動けていたから……。ま、まずい。もしも店長が「花咲は自らの意志で動いていない」と勘違いしていたら……。
(私、動かないんじゃなくて……動けないんですっ)
真っ暗な店内に、私の心の声を聞き届ける人は誰もいなかった。
三日目も、四日目も、私は一歩も動き出すことなく、所定の位置で可愛く立っていることしかできなかった。いくら何でもおかしいって店長は思わないの!? どれだけ憤っても、彼が助けに来ることはなかった。危惧通り、何か問題があれば自分から言ってくるだろうと思われているのだろう。そして他の店員たちは私を単なるフィギュアだと思っているから当然助けてくれない……。頭や腕の上の埃を払ってくれるだけだ。
(私だよ! 花咲だよ! 気づいて、お願い! 助けて!)
店員が軽く埃を払う際に頭の中で叫んだが、こんなにも近く短い距離なのに、その叫びは届かなかった。薄いクリームの鎧は、私のあらゆる意思表示を拒絶し封じ続けた。
一週間後。まだ、私は人間に戻れていなかった。心の底から、本当に後悔した。こんな馬鹿げた提案に乗るんじゃなかった。普通に弁償していれば……或いはクリームを塗っていなければすぐにバレて、軽い笑い話で済んだのかも……。全身にクリームを塗ってフィギュアに見えるようにしてしまったせいで、お客さんも店員も、誰一人私が生きているって、人間だって気づかない。
それでも、流石にいつかは店長が助けてくれるだろうとは思っていたものの……一日また一日と時が経つにつれて、その淡い希望も着実に摩耗していく。ひょっとして店長は私のことを忘れているんじゃ。もしくは、本人が何も言わない限りは等身大フィギュアをやらせておくつもり……なぜならその方が店長としては都合がいいから。
一か月。私はすっかり、本物の等身大フィギュアと化していた。一歩も動かず、一ミリも動かないお店の飾り。その実績を一か月も重ねてしまった。そして明日からも……。
追い詰められるとますます嫌な想像をしてしまう。ひょっとするとあの店長、最初からこのつもりで私を……私を文字通りの意味で代わりのフィギュアにするために……。最初から動けなくなる。本当にフィギュアになっちゃうってわかった上でこうしたのかも……?
(だったら……だったらまずい)
悪い想像が当たっていたら、店長は二度と私を解放してくれないってことだ。私はフリフリのコスチュームを着たピンク髪の等身大魔法少女フィギュアとして生きていかなければならなくなってしまう。そんなの嫌だ。人間に、人間に戻して……。百歩譲ってもしもフィギュアにならなければならないんだとしても……こんな格好、いやだぁ……。
私の想像が外れていることを祈り、いつか店長が元に戻してくれることを願いながら、私は今日もこの店内を可愛い笑顔で彩るお仕事をし続けることしか許されなかった。