■ 軟体怪盗リィンツリーの番外編です。彼女が元気に怪盗活動をやっていた頃の一幕って感じなので、特に本編を読む必要はありません。
■ 彼女が軟体を活かした侵入を試みているお話です。想像力を働かせてお愉しみください0w0クワッ
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怪盗リィンツリーは、科学全盛の時代に突如として現れた、怪盗なる存在である。
ひと昔前のアナログな防衛手段を講じるような時代ならばともかく、監視カメラやセンサーの監視網がいたるところに張り巡らされ、そうでなくとも科学的な手法を持って侵入してくる者を見破ることは容易い。
そんな時代に、怪盗などという存在は時代遅れであり、普通ならば怪盗行為など成立しようがない――その常識を、リィンツリーは打ち破った。
聳え立つ三メートルもの壁を、リィンツリーの体はまるで普通の道を走るかの如く駆け上がり、塀の上まで到達する。
塀の上には有刺鉄線が張られていたが、リィンツリーはその棘に触れることなく、するりとその塀を乗り越えてしまった。
その動きはまるで猫が障害物をすり抜けるかの如くスムーズで、まさに流体のような動きといえる。
(ふふ……っ、さて、行きましょうか)
くつくつ、と喉を鳴らすように笑った彼女は、塀の内側へとその体を滑り落としていく。
塀の途中で一瞬その体が止まる。まるで重力を無視したかのような動きで壁を蹴ると、高跳びの選手の如く体を逸らし、回転しながら建物の屋根にしなやかに着地した。
立派な瓦葺の屋根だというのに、彼女が降り立った瞬間も物音は全くせず、目の前で見ていたとしてもそれが実在しているとは思えなかっただろう。
塀から屋敷に達するまでの地面には、感圧式のセンサーが敷かれており、人間の重みがかかれば即座に警報が鳴り響いていた。彼女はそれを事前の調査で知り得ており、上手く回避したのである。
屋根の上でリィンツリーはその体を伸ばし、不敵に笑って、唇を舌で湿らせた。
きらりと輝く金色と銀色のオッドアイの瞳はまさに猫の如き輝きを有しており、彼女が黒猫怪盗と呼ばれる所以を示している。
その名の由来ともなっている彼女の黒髪は肩に届く程度の長さで、癖のないまっすぐな髪質をしていた。その髪は彼女が軽く頭を振ると優雅に広がり、夜の月の光を反射して美しく風に靡く。
彼女の体を綴んでいるのは、その体の動きを一切邪魔しない、ぴっちりと体に張り付くラバースーツであった。獣のように引き締まった体をことさらに強調してしまうタイプの服装であり、顔立ちから感じられる年若さとは裏腹の色香も感じさせるものだ。
なお、リィンツリーが衣装として身に着けているものはそのラバースーツ以外には、猫耳カチューシャと尻尾飾り、鈴のついた首輪、そして顔の上半分を隠すドミノマスクと呼ばれる仮面がある。
それは、いかがわしい店でありそうなコスチュームであると言えたが――リィンツリーの健康的なしなやかさと身軽さも相成って、そう的外れな印象は感じられなかった。
そんな彼女は、今日、その屋敷に怪盗として、忍び込みに来たのだ。
ほとんどの人間が通れないであろう、小さな格子状の窓のガラスを音もなく切断した彼女は、その辛うじて頭だけが通りそうな穴に体を差し込んでいく。
「んっ……」
右腕を通しつつ、ゴキゴキと彼女の体の関節から音が響いたかと思えば、その肩の関節が外れて、体を限界まで細くしてその穴を潜り抜けていく。
猫は頭さえ通ればどんな狭い場所も通り抜けるというが、彼女もまた、猫と同様にかなり細い隙間でも容易に抜けてしまうことが出来るのであった。
窓の中に体を滑り込ませると、その先でゴキゴキと関節を元に戻していき、あっさり元の姿に戻る。
忍び足で動くリィンツリーの動きは早い。屋敷には至るところに監視カメラが設置されていたが、リィンツリーは遠隔操作でそのカメラの映像に干渉することが出来ていた。
指定した一瞬だけ、映像の記録が止まり、その瞬間の映像を流し続ける仕掛けだ。その瞬間にリィンツリーはその場所を一気に駆け抜けることで、監視カメラに姿を記録されることなく、カメラが仕掛けられた場所を易々と突破して見せる。
そして目的の部屋にやって来たリィンツリーは、その部屋の扉を開けにかかる。電子ロックがかかっており、少しでも手順を間違えれば警報が鳴り響いていただろうが、リィンツリーは素早く必要なパスコードを打ち込み、鍵を開いた。
開いた扉のわずかな隙間から体を滑り込ませ、音もなく扉を閉める。
(ふぅ……あとは……)
そこはいわゆる物置部屋であり、荷物が多く積まれていた。
その中に、お目当ての調度品があることを見たリィンツリーは、不敵に笑う。仕込みはすでに済ませてあったのだ。
次の日。
リィンツリーから予告状を受け取った悪徳商人は、警察を呼んで警備体制を強化していた。
屋敷内部のセキュリティは盤石として――実際には警察に見られたら困る物が多いためだが――屋敷を取り囲むように警察官を配置し、リィンツリーを近づけさせず、逃がしもしない策略だ。
すでにリィンツリーは屋敷の中にいることなど、商人には知りようもないことだった。
彼が雇っている私設の警備員が、物置部屋に足を踏み入れる。
「それにしてもマジで来るのかねぇ、リィンツリー」
「そりゃ来るだろ。いままで予告状を出したところに現れなかったことはないってんだから」
「しかし、リィンツリーから予告状が送られたってことは……ボスってやっぱり……」
「おいおい、不用意なことをいうなよ。うちはクリーンで誠実な取引をしてる……って建前なんだからな」
「お前も似たようなこと言ってんじゃん」
「……ま、予告にビクビクするくらいなら、手に入れたお宝のお披露目会なんてやめちまえばいいのにな……虚栄心って怖いねぇ」
「全くだ……っと、こいつだな。お披露目会の会場に置くオブジェってのは」
「会場をギラギラに飾り付けるってのも、趣味がいいというかなんというか……」
「どうした?」
「ん、いや……このオブジェの台座ってなんか身を隠せそうじゃね?」
「おいおい。何言ってんだよ。その台座には機械が詰め込まれてるんだ。蓋を開ければわかるだろ。人が入るスペースなんてねえよ」
「でもほら、一応……」
用心深い警備員は、そう言ってそのオブジェの台座部分の蓋を開いた。
その中はもう一人の警備員が言った通り、びっしりと機械が詰め込まれており、リィンツリーが身を潜めていられるような空間はわずかにも存在していなかった。
「……ま、さすがに無理だよな」
「当日に外から忍び込んでくるんじゃく、会場に最初からいるってのは鉄板だけどよ……そんな簡単に見つかるような怪盗なんて、怪盗じゃないって」
「じゃあ、もしかしてオブジェの方に……?」
「もっとないだろ。こんな龍がとぐろを巻いているようなオブジェの中に入ってたら、そいつはもう人間じゃなくて軟体生物だろ」
「……確かに、台座に隠れてるより、もっとありえねえわな」
「無駄口はこれくらいにして、さっさと運ぶぞ」
「了解」
警備員たちはそう声を掛け合うと、その曲がりくねった龍のオブジェを二人がかりで会場に運び始める。
そして、その会話を聞いていた当の本人であるリィンツリーは――その龍のオブジェの中にいた。
(……バレてるのかと思って、少し焦りました)
ほっと胸を撫で下す、こともできなかったが彼女は内心そう息を吐いていた。
彼女は現在、空間の限られた龍のオブジェの中に体を出来る限り細くして身を潜めていた。
警備員たちがそう感じた通り、その中に普通の人間が忍び込むのはとても不可能であった。
リィンツリーはその体の特異なまでの軟体性を活かし、その普通は決して入れないであろう小さな空間の中に自身の体を押し込んでいた。
両手を揃えた状態でまっすぐ上に伸ばし、全身を一本の棒のようにしつつ、くねくねと歪曲したオブジェの形に合わせて、体の曲げ具合も合わせていた。
(……ん……っ、あと三時間くらい、でしょうか。早く時間になって欲しいものです)
そう内心で呟く彼女は、狭い空間の中で微かに体を揺すり動かす。
体を覆うボディスーツは、程よい摩擦をこすれ合うオブジェの内壁との間で起こし、程よい刺激を与えてくる。
その刺激に少し顔を顰めながらも、リィンツリーはその姿勢のまま耐え続ける。
怪盗は表に見えるところでは優雅に、堂々とした立ち振る舞いで、見る者に夢を与える存在でなければならないとリィンツリーは考えていた。
ゆえに機を伺って怪盗行為を成り立たせるため、そんな場所にも身を潜めているのであった。
リィンツリー入り―のオブジェは会場に運ばれ、その一角に配置されて時を待つ。
狭苦しいオブジェの中で息を潜めつつ、リィンツリーはまだまだ余裕があった。
(……これくらいなら、別に問題はありませんね……いままでで一番きつかったのは……やはり、あの時、でしょうか)
お披露目会が始まるまではまだ時間がある。
リィンツリーは時がくれば飛び出す心と体の準備をしながら、過去を思い返すのだった。
つづく