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どこの世界においてもあきらめざるを得ない真実ではあるけれど、天才というのは空気を読まず、いつだって人を巻き込むことに躊躇がない。
私の周囲にいる天才にだって、その法則はきっちりとあてはまっていて。
「ほら、秋ちゃん、ここに立って!」
「……今度はいったい何を始めようっていうのよ」
何やら容器らしきもの……しいて言えば子供用のプールに近いところに立たされた私は、訝しむような目で友人……瑞樹を見やった。いつものことでありながら、説明の一つさえないこの事態には、頭を抱えるほかにない。
私、瑞樹と秋は、同じ研究所で働いている友人だ。
だから、瑞樹の天才っぷり、優秀さは、私のほうも身をもって知っているわけだが……知っているからと言って、いざこういう事態に直面してしまえば、少々の知識などあってないようなものである。
実際目のまえにある複雑な機械を当たり前のように操っていた瑞樹は、よし、と、何の説明もないまま、一人勝手に納得して。私のほうに笑顔を向ける。
「はい、準備できた。それじゃあ、はじめるよー」
「ちょっと待ちなさい」
「……ふぇ?」
ちょいちょい、と手招きのジェスチャーをすると、瑞樹がこちらにすたすたと歩いてくる。大人とは思えないほど能天気なそれは、まるでどうして自分が呼ばれたのかさえ分かっちゃいないようだ。
「えっと、どうしたの秋ちゃん」
「……どうしたのじゃないわよ。どうしたのって聞きたいのはこっちなのよ。朝早くから呼び出したかと思えば、いきなりこんなところに立たされて……」
思えば、朝ご飯も食べていない。変なテンションになっていた瑞樹から、早朝にかかってきた電話が来て、そのまま吸い寄せられるように引っ張り出されただけだ。
寝不足は間違いないし、メイクだって決まっていないし。というか夜明け前だったし。そんな時間に電話をかけるなというか……ああもう、言いたいことが多すぎる。
挙句の果てに、この瑞樹は、私の態度をまるで理解した様子もなく、斜め上の理解を見せて。
「あ、立ってるの辛かった? だったら座っててくれても」
「そういうことを言ってるんじゃないわよ!」
「ひいっ!」
思わず怒鳴りつけると、びっくりした様子の瑞樹が、両耳に手を当ててしゃがみこみ、防御姿勢をとっている。子供か。馬鹿と天才は紙一重なのだろうか。
私はゆっくりとしゃがんで目線を合わせ、強引に瑞樹の両手を耳から引っぺがすと、
「で? いったい何だってのよ。何かの実験?」
「だから、そうだってば」
何がだからなんだろうか。何の説明も受けていないというのに。
「もう……あんたは頭はいいのに説明をすっぽかすのが難点よね……」
「うん、天才だからね」
「……そうね」
あっけらかんと言い放つ瑞樹。だが、こればっかりはおとなしく同調したほうが自分のためだ。
瑞樹にとって天才という言葉は誉め言葉でも何でもなく、普通に自分の性質を表しているようなもの。自信過剰なわけでもなく、普通に天才と表現されるべき人間なのだ。だから今回も、その天才っぷりを遺憾なく発揮して、何かとんでもないことをやるのだという確信がある。
……天才というステータスを言い訳にするのはいかがなものかとは思うけど。
「あなたは天才でも、私は凡才なの。説明をしてくれないとわからないの」
「えっ、秋ちゃん勉強すごく頑張ってて偉いと思うけど?」
「いいから! 今から何をするつもりなのか、洗いざらい教えなさい!」
ああもう。この子がいると全く話が進まない。
私はストレスを必死に抑えつつ、瑞樹に説明を求める。
彼女の方はというと、最初は私の表情に怯えていたのか、しどろもどろになったり、逃亡を図りそうだったけれど、最終的にはあきらめたのか、ちょこんと座って。
「機械はもう作動したから、あとはこのまま待つだけだよ。待ってれば終わるの。だから大丈夫」
「……大丈夫って言われても安心できないわ。何の機械よ」
「え、だから……」
そして、瑞樹は、さも当たり前といわんばかりの顔を作って、たった一言。
「秋ちゃんを、液体状に……スライムに変身させる道具だよ?」
「……は?」
その、事前説明なく行われたえげつない実験に、私はあんぐりと、大きく口を開けたのだった。