「それって、見学したいってこと?」
「もうっ。何で、そうなるのよ」
ミイコさんは腰に手を当て、プンプンッと怒り顔。
勿論、怒った“振り”なんだけど。
ミイコさんの肉体は、腰に手を当てただけで筋肉が一回り大きくなり。
それはもう『ラットスプレッド』という、筋肉を誇示するポーズにしかならない。
「私、本当はプロレスがやりたかったの」
「やりたいからって、そう簡単には・・・」
生粋のプロレスファンな、ミイコさんではあるけれど。
やる方に回りたい、っていうのは初耳。
「私、強くなったと思うの」
俺の体重より重いウェイトを、ミイコさんは片手で挙げてしまう。
「いや、それは・・・」
否定、出来なかった。
現に今、俺はミイコさんに小手先で弄ばれた。
鍛え上げたレスラーの肉体を以ってしても、片腕すら動かせなかったのだ。
ミイコさんは学生時代、体育は苦手で成績も悪くて。
スポーツに打ち込む事もなく、運動とは無縁な生活だったらしい。
今でこそ、フィジカルモンスターである事は全く疑いようがないが。
もっと早い段階で気付いていれば、パワー系種目でオリンピックなんて未来も有り得ただろう。
「うーん・・・」
筋肉によって齎(もたら)される筋力に、マグレや偶然はない。
これは、俺の持論だ。
改めて、冷静に振り返れば。
対峙した時の威圧感は、ミイコさんの肉体が本物である事を如実に物語っていた。
「・・・ねえ。だめ?」
ミイコさんが俺の肩に手を置いて、懇願する。
メキ・・・ッ。
「ん、ぎ・・・」
俺の肩、三角筋が軋む。
ミイコさん的には下から縋(すが)り付き、見上げているイメージなんだろうか。
だけど、肩越しに掛かる圧力は凄まじく。
メギメギッ。
「んぐっ」
俺は、その圧力に耐えきれず、ガクッと片膝を着く。
このまま、身体をグシャッと折り畳まれてしまいそうな予感さえ、する。
メギョッ、グギョギョッ。
「し、しかしっ・・・だな」
ヤバい。どんどん、身体の軋みが酷くなって行く。
このままだと、本当に身体を縦に潰されてしまう。
「じゃあ、もっかいやる?」
「え」
まさかの、延長戦の提案。
「何回でも、良いよ」
それは、つまり。
何度やっても、ミイコさんは俺に勝つと言っているのだ。
俺を舐めていたり、侮っている感じはしない。
己の実力を把握し、何度も対戦した経験を踏まえた上での判断。
ミイコさんがその気なら、『レバー相撲』なんて間怠(まどろ)っこしい事をやらずとも。
素直に、腕相撲をやれば良かったのだ。
百回やっても恐らく、俺が百敗しただろう。
腕一本、折る覚悟で挑んでも瞬殺されるのがオチ。
俺を怪我させずに済ませるのが難しい、と思ったのかも知れない。
「それとも、“こっち”?」
「え!?」
ミイコさんは、俺を押し倒して。
俺の右手を、その豊満なおっぱいに圧し付けた。
むにゅ、ずぶぶぅ。
「う、ぉ・・・っ」
俺は、何も話せなくなってしまう。
「っ!?」
更に、ミイコさんの可愛らしい唇が、俺の口を塞ぐ。
要求の限界値を、奉仕することで競り上げようと言うのだ。
そんなハニートラップに、この俺が・・・
――。
俺が・・・
―――。
俺、は・・・・・
――――。
チュン、チュン。
朝、になっていた。
俺は抵抗むなしく抱き抱えられ、半ば強引に寝室へと強制連行され。
そして、朝を迎えた。
「どう、だったかしら?」
「おっぱい」
「ふふ♪」
「・・・あ、いや」
力比べだけでなく、夜の生活でも完全にされるがまま、だった。
「じゃあ、お願いね♪」
「あ、ああ・・・」
キングサイズのベッドで、ミイコさんの巨乳に顔を埋めながら。
俺は、そう答えるしかなかった。
―――。
「と、いう訳でして」
「がっ、はははははっ!」
居酒屋に、大きな笑い声が響き渡る。
個室席なのに、隣まで届きそうな大声。
普通な間取りの一般的な居酒屋は軒並み、出禁になった。
ウチの団体は酒癖が悪い者も多く、追い出されては次の店、の繰り返し。
「虎雄が深刻な顔して飲みに誘うから、何かと思えば・・・」
がははは、と又しても大声で笑われてしまった。
「しゃ、社長。もう、その辺で・・・」
俺は、社長を連れて飲み屋に来ていた。
目的は勿論、ミイコさんの“お願い”について。
とはいえ、素面で言えるような内容ではなく。
まして、ウチの団体の皆が居る前で言える訳もなく。
「相変わらず、尻に敷かれてんなぁ」
プロレスラーみたいな男稼業は、女房の尻に敷かれてナンボ、が口癖。
昭和から連綿と続く、生粋のプロレス人な社長。
「まあ、無理ですよね。はは」
酔いの席とはいえ、一度でも話を通せば任務は完了。
“達成”はしていないが、その辺は上手く誤魔化そう。
「面白ぇじゃねぇか」
「・・・え」
社長から、まさかの返答。
「虎雄。俺はな、お前さんの実力は買ってんだ」
俺を見い出し育ててくれたのは、この目の前の社長だ。
現役時代の実力も、それはもう半端なかった。
「そんなお前の脚を折ったばかりか、勝負しても無敗・・・だっけ?」
「こ、ここ数年の話ですよっ」
それに勝負とは言っても、夫婦間のレクリエーション的なモノ。
いわゆる、プロレスの一試合と同列にされるのは困る。
「馬鹿言っちゃいけねぇ。試合や練習で今まで、お前の脚を折った奴が居たか?」
「・・・・・」
ウチは基本的に、“ブック”はやらない。
“真剣(ガチ)”を謳っている以上は、常に全力でやり合う。
「関節を痛めた事なら、何度もありますが」
だからこそ、試合だけでなく練習でも怪我が絶えない。
今の世情に合っていないとも言えるが、そこはウチの方針なので致し方なし。
「でも、お前さんがやられたのは大腿骨だろ。しかも、粉砕骨折」
関節技で骨を折った選手は、今までに何人も居る。
しかし大抵、普通にポッキリ行くか、酷い場合だと複雑骨折。
粉砕骨折は、強い圧力が掛かった時でないと、起きないものなのだ。
「お前の嫁さん・・・何、だっけか。そう、『クラッシャー・ミイコ』」
「クラッシャーは、余計です・・・」
この社長、過去に一度だけだが、ウチのミイコさんには会っている。
実際、ウチらの結婚式の仲人が、この社長だった。
「パワーで売ってるお前を、そこまで遣り込めるんだ。改めて、見てみたいぜ」
そういや、当たり前だが新婚当時の体型しか知らないのか。
“今のミイコさん”を見たら、驚くだろうなぁ・・・。
「兎に角、一度ぐらいは連れて来いよ」
「マジ、ですか」
それは勿論、ウチの団体の練習場に、ということだ。
「ウチの練習場、女人禁制だったりは・・・」
「そういうのは、特に無いねぇ。だって、ウチは相撲部屋じゃねーからな」
そりゃあ、そうだ。
――翌日。
「おう、虎雄。“アレ”、いつでも良いからな」
「あ、はい・・・」
あの後、しこたま飲ませたのに、社長は完全に覚えていた。
これで、俺の逃げ道は完全に封鎖されてしまった。