「まさか、こんな形で再会することになるなんてね」
立場、状況が違うからか。丁寧語ではない、砕けた口調。
「それは、その。こちらも同じと言いますか」
顔も声も、確かに『プラチナジム』でお世話になった保志さんだった。
以前、見せて貰った『ICカード』は名札として首から下げられている。
「やっぱり、偽名だったんですか」
『星 玲子』という名札を見て、そう問い掛ける。
ジムで『カード』を見せられた時から、気になっていた。
「ああ! 勘違いさせてしまったわね。“こっち”が別名なの」
「別・・・名?」
『プラチナジム』の『保志 玲子』が、戸籍上での氏名で。
『国立特殊生命科学研究所』の『星 玲子』が、別名。
「源氏名とか、コードネームって感じかな?」
映画やドラマの、スパイとか刑事モノなイメージだろうか。
「違和感あるけど、そういう“規約”なの」
“規約”、か。何処かで聞いた単語、だ。
「今回の件は、そうね。先ずは、ごめんなさい」
星さんは椅子から立ち上がり、深々と頭を下げた。
「完全に、こちらの不手際よ」
台風による停電で、施設の機能が一時的にシャットダウンしてしまい。
“保護”していた『薬物中毒患者』が、その隙に脱走してしまった。
甚平や作務衣に見えた服装は、いわゆる『病院服』だったのだ。
「あの男は、どうなったんですか」
「今は収容して、厳重に拘束しているわ」
しかし、拘束するまでもなく。
真理奈によって、再起不能に近い状態だったらしい。
「貴方が目を覚ますまで、大変だったのよ」
「あ、はは・・・すみません」
今度は、真理奈が頭を下げる。
事の顛末は、目が覚めてから聞かされた。
目潰しが功を奏したのか、男の拳は僕の顎を掠めたに留めたものの。
それでも、脳を揺らすには充分な威力で、脳震盪で昏倒したのだった。
それにキレた真理奈が男をボコボコにした、までは良かった。
「だって、健ちゃんが目を覚まさなくて・・・」
真理奈は、大きな身体を極限まで小さくして、シュンとしている。
“ここ”に連れて来られた後、僕が目を覚まさないことに気付き。
再び我を失い、男をブン殴る為に探して回ろうと、大騒ぎ。
「隔壁をこじ開けたり、扉をぶち抜いたり。凄かったわ」
一メートルはある分厚い防火・耐衝撃の隔壁を、腕力だけでこじ開け。
厚みのある鉄製の扉をこれまた、腕力だけでブチ抜いてしまった。
「でも、それなら星さんだって・・・」
星さんはスーツ用のブラウスの上に、白衣を纏っていた。
丈だけ見れば、かなり大きな寸法なのが見て取れるんだけど。
その大きな白衣の肩口や袖は、明らかな筋肉の隆起でパンパンに張っていた。
「そう、かしら?」
星さんは嬉しそうに、右腕を折り曲げると。
モゴゴ!と凄まじく大きな、スイカ並の特大の力瘤が盛り上がる。
「まだまだ、若い子には負けてないかしらね♪」
身体を褒められて嬉しいのは、トレーニーのサガだろうか。
『プラチナジム』勤務が本業だと頷ける、生粋のトレーニー。
ミチミチ・・・ピリッ!
「・・・あ、しまった」
目算で、『1m』超えと思われる力瘤が白衣の袖を引き裂いた。
「あぁ~、あ。忘れてたわ・・・」
星さんは慌てて、白衣を脱ぐ。
中のブラウスは袖だけでなく、肩口の布地も裂け目が出来ていた。
「緊急事態だったから、“元サイズ”に戻ってたんだった」
「元、サイズ・・・?」
そう言えば、ずっと気になってたんだけど。
“今の星さん”って何処か、以前と比べて大きく見える。
最初は、気のせいかとも思ったんだけど・・・。
「【腕輪】の機能で、普段は筋肉に負荷を掛けているの」
「・・・っ!?」
突然、僕と真理奈の間でしか出ないような、単語が出て来た。
単語そのものは一般名詞で、特別なものではないんだけど。
今、この場で出る単語としては、文脈としておかしい。
「だって、あなた達も付けてるでしょ? “これ”」
星さんはリストバンドを外し、手首に嵌っている【腕輪】を見せてくれた。
「それ・・・」
「多分だけど、紅世さんが着けている物と“同じモノ”よ」
全く同じデザインではないが、見た目の方向性というか、意匠というか。
例えるなら、同じデザイナーが作成したアクセサリーのような感じだろうか。
「紅世さん。貴女は昔、【何か】に“あった”んじゃない?」
“会った”なのか。それとも、“遭った”なのか。
「我々はそれを、【アンノウン】と呼んでいるわ」
そのままの直訳だと、不明・未知。もしくは、知られていない。
「【アンノウン】は、生命かどうかすら不明なの」
地球外に起源を持つと想定される、【何か】。
能動的に活動しているが、生物どころか生命かどうかも不明。
ただし、知的な存在であることは確定的、だという。
「限定的かつ一方的ではあるけど、我々に接触した【痕跡】があるの」
その【痕跡】を頼りに、こちら側から接触を試みるも、成功例は皆無。
気まぐれなのか、何らかの意図ないし規則があるのか。
もしくは、一連の接触は全て自動機械によるもの、という見方もある。
「自動機械・・・」
極限まで発達した人工知能があって。それを、宇宙船に搭載すれば。
宇宙規模のドローンの出来上がり、って訳だ。
「私。12歳ぐらいの頃から三年ぐらい、記憶がないの」
星さんはポツポツと、自分語りを始める。
「それって、つまり・・・」
「テレビショー風に言えば、【アブダクション】されたって所かしら」
『アブダクション』という単語は本来、逆行推論を指す言葉。
しかし、大昔のテレビ番組では、【UFOによる誘拐】を指してそう言った。
今、この場に居るということは。
【アンノウン】に誘拐されたが、無事に解放されたということなのかな。
「その【アンノウン】を調査するのが、星さんの仕事なんですか?」
「うーん。“そういうの”は、【エリア51】とかに任せれば良いかなぁ」
星さんとしては心底、興味がないのか。普段喋りのゆるーい回答。
【エリア51】って、某合衆国の空軍施設だったっけか。
「まさ、か・・・」
ここまで色々と散らばった、点のような情報が。
やっと、線になって繋がって来そうな感じがする。
「紅世さんに“起きた事”と同じか、近い事をされたんだと思うわ」
記憶に明らかな、三年間の空白があるのに。
【アンノウン】としての痕跡は殆ど、残っておらず。
「身体の何処かが機械化でもされていれば、実感も沸くんだろうけど」
遺伝子に、何かを施した【痕跡】らしきモノがあるものの。
研究者や専門機関でどれだけ検査しても、“人間”であることは否定出来ず。
「僕たちの場合は・・・」
僕は状況が状況なので、掻い摘んで説明した。
「・・・なるほど。私とは違うパターンね」
遺伝子に多少の【痕跡】は残るものの、身体そのものに『傷跡』は一切ない。
『誘拐【アブダクション】』は、されたが。
『身体切断【キャトルミューティレーション】』は、されていない。
・・・という保証も、確証もなく。
「貴方と一緒に、紅世さんにも精密検査は受けて貰ったわ」
その結果は、やはりというか。紛うことなく、“人間”という判定。
因みに、僕は脳震盪で昏倒していたので、病人的な意味での精密検査。
「だって、おかしいでしょ?」
星さんはブラウスのまま、再び力瘤を盛り上げる。
モゴ・・・ビリッ、ビリリィッ!!
破け次いでとばかりに、ブラウスの袖が完全に吹き飛んでしまった。
「アラサー女子の二の腕が、『104cm』よ?」
そう言って、『星さん(27)』は苦笑した。
直径30cm級の大玉スイカが、だいたい外周95cm程。
それより一回り以上も大きい、超極太な上腕。
「研究者としては、有り得ないの」
星さんはズバリ、そう言い切った。
力瘤の世界記録は、『65cm』らしい。勿論、男性だ。
女性については、記録がない。尤も、もしあれば話題になる筈。
「トレーニーとしては、夢がある数値だと思うけれど」
『力瘤』という言葉がある通り、昔から人間は筋肉を力の象徴として来た。
それが発展して、『ボディビル』という競技が生まれた。
「もし、私が“コンテスト”に出場したら薬物を疑われるでしょうね」
ボディビルコンテストにおいて、薬物の使用は黙認されていることが多い。
筋力を競う、パワーリフティングやストロングマンなども容認傾向にある。
「まあ、誰もが【チート】だと思うわね」
ステロイド剤などでドーピングを行った競技者を、遥かに上回る筋量。
星さんの圧倒的な筋肉は、参加者全ての度肝を抜くだろう。
そして、それはきっと、真理奈でも同様。
『超絶筋肉ボディの弱冠、16歳の女子高生!』
『バスケットボール大の、73cmの力瘤!』
みたいなニュース記事が、ネットに出回るのが目に見える。
「まあ、実際に出場することは出来ないんだけど」
揶揄されることを嫌って出場しない、ではなく。
“規約”で出場することを許されない、という意味で。
「でも、その代わり。ネットで晒される心配もない」
それは恐らく、報道管制や情報規制での、意味合い。
『筋肉モリモリ過ぎる、美人トレーニー!』
『スイカ大の、104cmの力瘤!』
今ままで、こんなネット記事は目にしたことがない。
星さん程の筋肉ボディなら、話題になっていてもおかしくない。
でも、そうはなっていない。
「そう、か。“国立”・・・」
「ふふ♪ そういうこと」
星さんは、妖しく笑う。
『人間』を、肉体的な意味で進化させようという研究は昔からあるそうで。
オリンピック等の、国家間の威信を賭けた世界規模な催しだけではなく。
最強の兵隊を動員した、最強の軍隊。要人の警護、もしくは暗殺。
国家間のパワーバランスを優位に操作する為の、手札。
「【アンノウン】からすれば、我々なんて対話するに値しないのでしょうね」
人類が誕生して、二十万年。未だに、同類で小競り合いを繰り返す種族。
そんな種は、宇宙全体で見て辺境の未開惑星の原生物、程度。
“それ”を、興味本位で採取して持ち帰ったり。
“それ”相手に事故を起こしたので、チョチョイと後始末したり。
遺伝子を弄ることなんて、土弄りをするぐらいの感覚なのかな。
「でも、こうも考えられるの」
真理奈も星さんも、“人間”であることは変わりない。
「私や紅世さんは、“時計の針が少し進んだ”だけなんじゃないかって」
現在の地球上の科学技術では到達出来ていないだけで、まだまだ先があり。
【アンノウン】の気まぐれで、その【先への扉】が開いてしまった。
「ベンチプレスも、昔は『500kg』が限界だと言われてたのよね」
長年、人間の限界重量は、『500kg』とされて来た。
しかし、その記録は近年、『508kg』に更新された。
人間は日々、進化している。
しかし、その速度を上げたいと思う者が世の中には大勢、居る。
「私がやっているのは、“そういう研究”よ」
【アンノウン】が気まぐれで残した【痕跡】を辿り、解析して。
人間が肉体的に進化出来る方法を模索する、研究。
「内々では、【超人計画】と呼んでるわ」
中二病みたいで恥ずかしい、と自虐の笑みを浮かべた。
正式名称は、『人類を超越した種族への発展および進化を促進する計画』。
長ったらしいので、そう呼ぶ人は誰も居ないらしい。
スーパーマンやスーパーガールに代表される、超人ヒーロー。
そういった超越的な存在に、人類を近付けることが出来るかも知れないのだ。
「私個人としては、【アンノウン】は知的生命体だと思ってるの」
そうでなければ今、私はここに居ない。とまで言い切った。
星さんを、地球に還したり。真理奈を、治療したり。
“倫理観”のようなものが無ければ、取らない行動。
“規約”という単語も、【意思】によって決定されたもの。
「この【腕輪】も単に既製品を渡しただけ、みたいな感じがするのよね」
事後処理およびアフターフォロー、の目的はあったかも知れないが。
明らかな物品としての、【痕跡】。隠す気すら、無い。
「どうせ、解析出来ないでしょ。もしくは、解析出来るかお手並み拝見」
星さんは、誰かの口調を真似て言った。
そういう風に煽られている、と捉える人が居るらしい。
恐らく、【痕跡】を“一切残さない”ように事を進める【超技術】はあるが。
敢えて、【痕跡】を残しているのは、それを使う必要性が無いから。
「そこまで話したということは・・・」
「あら。察しが良い子は、お姉さん嫌いじゃないわ」
アラサー女子と自虐しつつも、自身を『お姉さん』と称した星さん。
何処か、年齢に対する“抵抗”を感じる。
「是非、協力をお願いしたいと思っているの」
要請ではなく、お願い。そう言って、再び星さんは頭を下げた。
「私はもう、“頭打ち”なのよ」
25歳を超えた辺りから、発育的な意味での成長が止まり。
筋力トレーニングの効果も如実に落ちた、とのこと。
しかし、それが加齢による年齢的な限界なのか。
人間としての肉体的な限界なのか、判断が付かず。
藁にも縋る思いで、色々な所に網を張り。
やっと見付けた、新たな被験対象。
「半分ぐらい趣味で、ウェブサイトを運営したりもしてるのよ」
口コミや、ネット記事。オカルト的な噂ですら調査して。
情報収集する為に、ウェブサイトまで立ち上げたらしい。
「ウェブサイト・・・」
「ん、どしたの?」
真理奈は、何でもないと首を振った。心当たりでも、あるのかな。
「真理奈は、どうしたい?」
「星さんみたいな、カッコイイ女性になれるならやりたい」
ありがと、と星さんは照れ臭そうに微笑む。
「特典も、あるわ。特に、“これ”の使い方とか」
星さんは、手首に嵌る【腕輪】を示した。
「そうね。先ずは・・・」
そう言って、何故か星さんはボロボロの白衣を着込む。
「『活動服』を【展開】してちょうだい」
『わかりました』
聞き慣れた機械音声が、【腕輪】から聞こえて来たと思った瞬間。
バシュッという、人体に布を打ち付けるような音がして。
「どう、かしら」
一瞬の内。一秒も経っていないのに、星さんは競泳水着になっていた。
「あ、あれ?」
「いつの間に・・・」
真理奈も僕も、面食らった。
スーパーマンみたいに、早着替えした・・・ようには見えなかった。
「・・・あ」
僕は、海での事を思い出していた。
「貴重品の【圧縮】・・・」
「何だ。知ってたの」
星さんは詰まんなーい、と口を尖らせる。
「【腕輪】所有者の物品を予め登録しておくと、【圧縮】と【展開】が出来るの」
【腕輪】所有者には、所有者が認めた関係者も含んで良くて。
容量も限定的とは言うものの、かなりの余裕があるらしかった。
「更に、というか。むしろ、こっちの方が凄いんだけど・・・」
星さんは再び、【腕輪】に着替える前の服装を指定。
「「・・・っ!?」」
ブラウスとタイトスカートに、上から白衣を纏った姿は変わらない。
しかし、破れた筈の袖の生地が何事も無かったかのように、【復元】していた。
「ほんとに、謎技術なのよねぇ」
この【自動修復】機能は、解析して活用しようと試みるも。
未だに、一切の解析が進んでいないらしい。
「この【圧縮機能】を所有者に使うと、“こうなる”の」
見る見る内に、星さんの全身が少しだけ。しかし、確かに“縮んだ”。
「元の身長は『189cm』なんだけど、今は『180cm』ぐらいかな」
星さんの身体は、身長だけでなく筋肉のボリュームも抑えられていた。
『プラチナジム』で何度も見た、星さんと出会った時の体形そのものだった。
「“これ”、全身への負荷が凄くて。筋トレに活用してるの」
いわゆる、筋力養成ギプスといったところだろうか。
ということは、『プラチナジム』では普段、縛りがある状態で作業していたことになる。
「何か、凄い・・・ですね」
身体を縮める程の負荷を受けた状態で、真理奈用のウェイトを軽々と扱う星女史。
“頭打ち”という表現は、相応しくないように思える。
「折角だから・・・」
星さんは再度、元の『189cm』になって。
更に、一度だけ着て見せた競泳水着の姿になった。
「もっと凄い所、お姉さん見せちゃう♪」
そう言って、星さんは不敵に笑った。