「何、この映像・・・」
「さぁ・・・」
当事者である筈の真理奈本人が、まさかの初見発言。
紅世宅の居間にある大型液晶テレビは今、モニタ替わりになっていて。
【腕輪】の【超技術】で、『研究所』での出来事が映し出されている。
広い空間の真ん中に、大きな円筒形の物体が置かれている。
材質は革製らしく、砂袋(サンドバッグ)のように見える。
てっきり、真理奈が出て来てパンチ力の測定でもするのかと思いきや。
ボクシンググローブを嵌めた、スキンヘッドのボクサーが現れた。
『コレ、本気デ殴ッテ良インダナ?』
ボクサーは筋骨隆々で、かなり大柄な男。体重は、恐らく100kg超え。
一番重い階級の、スーパーヘビー級だろうか。
『耐久実験ですので、全力でお願いします』
スピーカーから、研究員と思しき声でアナウンスが入る。
「なるほど」
僕は一人、合点がいった。
真理奈が使用するに値する代物なのかどうか、事前に確認しようって所か。
『ジャ、行クゼ。フッ!』
ドズンッ、と見た目も打撃音も重いパンチが炸裂。
『計測値で750kg、良いパンチです。どんどん、行って下さい』
『アァ、任セナ』
ジャブにフック。ストレートに、アッパー。
『フンッ、ハッ! ガァッ!』
ドムッ! ドゴンッ! ボガァッ!
太い腕から繰り出されるパンチはどれも、凄まじい計測値を弾き出した。
一方のサンドバッグは作りが頑丈なのか、倒れる気配はない。
『ハァッ、ハァッ、ハァッ・・・』
三分を超え、数分間は打ち続けたボクサーはようやく止まった。
試合ではないのでスタミナ配分を無視した為か、息は絶え絶え。
『ナァ、オイ。“コレ”ッテ、モシカシテ・・・』
『一切の詮索は不要です。契約書にも、そう記載している筈です』
契約に厳格な土地の出身なのか、ボクサーは黙ってしまう。
『ア・・・アァ、ソウダナ。今日ノコトハ、ワスレルヨ』
そう言い残すと、肩を落としてボクサーは去って行った。
もしかすると、“他言無用”という条項もあったのだろうか。
次に入って来たのは、黒帯を着けた空手家の男だった。
『突きよりも、蹴りメインでお願いします』
「ああ、わかった」
押忍、と気合を入れると、空手家は直ぐに打ち始める。
「せいっ! はっ!」
突きと蹴りの応酬。指示通り、やや蹴りが多めといった感じ。
「やぁっ、てやぁっ!」
ボクサーと違い、裸拳なこともあってか。
“痛さ”の面では、こちらが上に見える。
「せいっやぁっ!」
渾身の蹴りは何と、1.2トンを計測した。
その後も、キックボクサーや、総合格闘家など。
技では、飛び膝蹴りや胴廻し蹴りなどが高威力を計測した。
「・・・ん? ちょっと、待って」
サンドバッグの寸法は、高さが2mちょい。
直径というか横幅は、1m少しあるぐらい。
その道のプロと思われる格闘技者たちと比べて、“一回り大きい”程度。
サンドバッグの重量も、比重もどうなってるかは不明だけど。
何で、“一度も倒れなかった”んだろう。
部屋の天井はかなり高く、上から吊り下げてはいない。
また、床から支柱が立っていて、支えているようにも見えない。
「あー、思い出した!」
「これ、知ってるの?」
真理奈は、何かに気付いた様子。
「うん。だって“これ”、“私”だもん」
「・・・え」
僕は最初、何を言ってるか理解出来なかった。
「見てて」
サンドバッグ以外、誰も居なくなった実験室に数人の職員が入って来て。
何と、サンドバッグにハサミを入れて、裂いて行った。
「っ!?」
中から出て来たのは、イヤホンをした真理奈だった。
「ほら、ね」
「え、じゃあ、ずっと・・・」
時間にして、二時間近く。真理奈はプロの打撃を貰い続けた事になる。
「音楽聴きながら、立ってるだけで良いって言われた」
「いや、それって・・・」
未成年の女の子に対して、やって良い実験じゃない気がする。
「ちゃんと事前に、“異変を感じたら言って”って言われてたよ」
「そんな・・・」
歯医者さんで良くある、『痛かったら言って』みたいに言われても・・・。
「うーん。でも、実験内容も事前に説明されてた気がするし・・・」
「え、そうなの?」
真理奈いわく、無線イヤホンを使うのが生まれて初めてで。
そっちばっかり気になって、事前説明をほとんど聞き流していたらしい。
実験の説明責任が果たされていたかどうかは一先ず、置いておくとして。
「おかしいとは、思わなかったの?」
「うーん、別に・・・。何か、“ポコポコ”動くなぁとは思ったけど」
“外革”の厚さは、ハサミで簡単に切り裂けるぐらいだった。
真理奈に衝撃が届いていなかったとは、考え難い。
「その“ポコポコ”って、身体には当たってたの?」
「うん。中は狭かったし、全部当たってたと思う」
サンドバッグの上側に空気穴は開いているものの、中は真っ暗で。
耳には、イヤホンから流れる大音量の音楽。
実際、真理奈の【活動服】に装着されていた計測装置は大半が破損。
衝撃を計測する装置が壊れるのだから、相応の力が掛かっていたことになる。
サンドバックは果たして、“どちら”を守る為のモノだったのだろうか。
身体そのものを武器とするスペシャリストたちが、入れ替わり立ち代わり。
その武器を全力で行使して尚、真理奈は全く意に介さなかった。
もし仮に、面と向かって相対していたとして。
視覚的な恐怖感から、つい反撃してしまったら・・・。
「知らない方が良い事も、あるのかな・・・」
僕は、全く無関係の男たちの心情を慮った。
続いて、画面がパッと切り替わる。
「あ、これは覚えてる」
「何、これ・・・」
先程と同じと思われる実験空間の真ん中に、今度は直方体が置かれている。
サイズ感はサンドバックと同じぐらいだけど、光沢があるので金属製だろうか。
『縦横1m、高さ2m。重さ500kgの貴女専用のサンドバッグです』
それってもう、“サンド”バッグとは言わないのでは・・・。
まあ、“サンドバッグ”自体が一般名詞で通るので、意味はわかるけど。
『お好きなように、ストレス解消して下さい』
「好きにして良いんですか? やったー」
筋肉ボディを弾ませながら、真理奈は“鋼鉄体”に取り付き。
「どっせーいっ」
むんず、と掴むといきなりブン投げてしまった。
ドッゴォォンンンッ!!!
『500kg』の超重量体は床にクレーターを作り、角が欠けてしまう。
『投げ飛ばしたりするのは、施設が壊れるので控えて下さい』
『えー。“お好きなように”って言ったのに・・・』
アナウンスに叱られた真理奈は、シュンとしてしまう。
『500kg』もの超重量を投げ飛ばすな、という注意もアレだけど。
その注意を実際に喰らってしまう少女キングコング、真理奈。
『はーい・・・わかりましたぁ』
真理奈は、角が欠けた“鋼鉄体”軽々と持ち上げ、元の位置に戻す。
『じゃあ、気を取り直して・・・んっ』
気合を籠めて右拳を握り、一気に殴り付ける。
ドゴォンッ!
『やぁっ』
ゴガンッ!!
『えいっ』
今度は、蹴りを放つ。
ズガンッッ!!!
「真理奈。これ、素手に素足だよね?」
「ん? そ、だよ」
真理奈は、何故そんな事を聞くんだろう、な反応。
どう見てもグローブは嵌めてないし、靴も履いていない。
いわゆる、徒手空拳でどんどん、鋼鉄を変形させて行く。
「これ、痛くないの?」
「うん、全然」
真理奈は、平然とそう言ってのけた。
恐らくは人間一人分プラスアルファの体積を想定した、特大サイズの鋼鉄体。
その硬い筈の胴体に、拳大のクレーターが増えて行く。
『えぃやっ』
可愛らしい掛け声とは裏腹な、真理奈の剛脚による横蹴り。
『500kg』の鉄塊の脇腹に、メートル超えの太腿が横から減り込むと。
グニャリ。
と丁度、“腰”の辺りで“中折れ”したかのように二つ折りになってしまう。
『これだと低いから殴り難いなぁ。・・・なら』
真理奈は少しだけ屈むと、『∩字』になった鋼鉄体を抱き抱え。
『んっ・・・』
“厚さ”的には2m分はある筈の鋼鉄を、構わず抱き締める。
メリ・・・メギョッ、グゴッ!
『・・・んぅ』
鋼鉄の塊はベアハッグに負け、徐々に厚みを失って行く。
ギュ、グゴゴゴッ。
『ふぅ』
物の数秒で、真理奈の両腕は完全に閉じてしまった。
「・・・・・」
僕は今まさに、僕を抱いている真理奈の腕を見る。
力を加減されていて尚、僕には微動だに出来ない剛腕。
これがもし、何かの拍子で間違って閉じられれば。
僕の胴体は、記録映像の鋼鉄体と同じ運命を辿るだろう。
鋼鉄の肉体、なんて表現をすることはあるけれど。
真理奈は文字通り、鋼鉄以上の超肉体。
「銃弾にも耐えられそう・・・なんて」
「えー、どうだろう・・・ね」
鋼鉄だから銃弾にも、なんて安易な発言に対し。
真理奈は何処か、微妙な反応。
また、画面がパッと切り替わる。
「今度は、真理奈だけ?」
「うん。そう、だね」
今まで何かしら置かれていた部屋の中心に、真理奈が立っている。
「でも、この格好・・・」
身に纏っているのは、今も身に着けている競泳水着タイプの【活動服】。
しかし、頭部はフェイスシールドのような物を被っている。
キュラ、キュラ、キュラ・・・
「何、これ」
部屋の扉から、大きな機械が“自走”しながら入って来る。
「『実験用砲台』って言うんだって。自走砲を小型化した特別製らしいけど」
真理奈は、そう解説した。
「砲台って、そんな簡単に言うけど・・・」
ミリタリーマニアじゃないけど、聞いた事ぐらいはある。
自走砲とは、つまりは戦車の小型版のような物で。
幾ら、その自走砲を更に小型化したとはいえ、砲台に間違いなく。
これは自動火器であり、紛うことのない“兵器”だということ。
「真理奈。これからやるのって・・・うぎぃ」
僕の脇腹を抑える真理奈の力瘤が数ミリ、モコッと盛り上がる。
でも、たったそれだけで肋骨に圧力が掛かり、ミシッと軋む。
「健ちゃん、“これから”じゃないよ。もう、“済んだ事”」
【腕輪】がモニタに投映しているのは、あくまで記録映像。
これから起こる話ではなく、既に終わった過去の映像。
「心配してくれるのは、嬉しいんだけどね」
真理奈に諭され、僕は仕方なくモニタに視線を戻す。
ボディアーマー(防御鎧)を着込んだ所員が、慎重に準備して行く。
かなり厳重に管理されていた弾丸を設置すると、部屋から出て行った。
『くれぐれも、今の位置から動かないで下さい』
『はい、わかりました』
砲塔の口径は小さく見えるが、砲台と真理奈の距離は三メートルほど。
『では、始めます』
パン、パン、パンッ!
パン、パン、バンッ。
映画やドラマで聞いた事がある、乾いた銃声。
『どうですか』
『何とも、ないです』
【活動服】のお腹あたりに、薄く黒ずんだ汚れが見える。
砲台は、数発の弾丸を的確に、真理奈のお腹目掛けて命中させていた。
「これ、ペイント弾とかじゃないんだよね?」
「うん。今のは、拳銃と同じ弾丸らしいよ」
真理奈のお腹に着弾したと思しき弾丸が、床に転がっている。
弾頭がグニャッと潰れていて、言葉通り金属製であることを示している。
『では、二段階目に入ります』
『【活動服】を簡易版に切り替えて』
アナウンスを受け、真理奈が【腕輪】に指示。
すると、【活動服】がいつの間にか、セパレートタイプに変化していた。
「これ、タンキニって言うんだって」
ビキニ水着のトップスがタンクトップ型なのを、『タンキニ』と総称するらしい。
タンクトップとビキニを合体させて、『タンキニ』という訳だ。
「え、でも。これって・・・」
当たり前だけど、タンクトップとビキニを合わせても、ワンピースにはならない。
競泳水着タイプだった通常版と比べて、布面積が減っている。
夏の海辺で着る水着とは、違う。
実験とは言え、銃火器を前にして布面積を減らす意味が何処にあるのか。
「健ちゃん。まあ、見てて」
僕がツッコミを入れるより早く、真理奈の制止が入る。
『では、行きます』
パン、パン、パンッ。パン、パン、バンッ。
『どうですか』
『ん-、何とも・・・ないです?』
真理奈は、小首を傾げている。
カラン、カラカランッ。
大きく弾き返された鉛玉が、床に乾いた音を立てる。
「これ、何で疑問形なの」
「えー、だって・・・」
真理奈のバストサイズは、『141cm』の『Iカップ』。
乳房を半球と捉えるなら、真理奈の胸はハンドボール級なのだ。
「鏡がないと、お腹が見えないんだもの」
巨乳あるあるらしいのだが、豊満な胸を持つ女性は自前でお腹が見えない。
「いや、でも。拳銃の弾だよ?」
「うーん。イメージとしては、お菓子の“食べカス”かなぁ」
何と驚くことに、真理奈は銃弾をお菓子の“食べカス”と表現。
スナック菓子をポリポリと食べて、パラパラと食べカスが落ちる。
その食べカスが身体に付着した時の感触に近い、と言っているのだ。
一般的な人間であれば、どれだけ腹筋を鍛え上げようと。
拳銃でお腹を撃たれたら、普通に風穴が開く。
『次は、事前に指定した通りにお願いします』
『はーい』
所員から指示を受けた真理奈は、肩の高さで右腕を折り曲げ。
モゴォッ、と大玉スイカな力瘤を盛り上げる。
「これは、何してるの」
「“次の”は、お腹だと危険だからって言われた」
お腹でもし何か不測の事態があれば、内臓を損傷してしまう。
勿論、直ぐに動けるよう医療班が常駐しているらしいが、万が一がある。
最初の銃弾でそうしなかったのは、事前の耐久力チェックで問題ないとの判断。
この後の“弾丸”も計算上は問題ないが、万が一の確率が少し上がるとのこと。
『では、行きます』
パァンッ!という爆発にも似た炸裂音。
今までの連射ではなく、単発だが高威力を思わせる衝撃。
ゴンッ、という硬い物同士がブツかった鈍い音が辺りに響く。
発射した瞬間は全くわからず、いきなり真理奈の上腕に弾丸が当たり。
そのまま空中高く打ち上げられた、ように僕には見えた。
『どうですか』
『何か、ゴムで押された感じです』
勿論、ゴム弾ではないのは、明白だった。
床には、弾頭が潰れていて尚、細長い弾丸が転がっている。
『では、次で最後です』
『はぁい』
バァンッ!!という、今まで一番大きな発射音。
『痛っ』
ゴンッ、という着弾音は変わらずだが、初めて真理奈が痛みを訴えた。
『大丈夫ですか?』
『えー、っと。大丈夫、です』
真理奈の上腕には、“赤痣”が出来ていた。
痣、つまりは内出血。
「これ、痛かったんだよ」
そうは言うものの、僕をガッチリ固定する両腕に傷跡は見当たらない。
真理奈が言う通り、本当に“済んだ事”なんだろう・・・。
「何の弾丸だったの?」
「えーっと、最初が拳銃の弾丸でしょ」
真理奈が、右手の指を折りながら数え始める。
「その次が、“ライフル弾”でぇ。最後が、“徹甲弾”だって」
「ライフル弾? 徹甲弾!?」
後から調べてわかった事だけど。
ライフル弾は、拳銃の弾丸の二倍。徹甲弾については、四倍の威力があるらしい。
「いや、でも・・・徹甲弾って」
アーマーピアッシング。鎧通し。
装甲を貫通させる事に重きを置いた、特殊弾頭。
「それ、ホントに“痛い”だけで済んだの?」
弾丸を設置していた所員が着ていた、ボディアーマー。
徹甲弾は、そのボディアーマーすら貫くという。
「うん。ぶっとい注射器で突かれた、みたいな感触だった」
対人用の弾丸では、最早まともに傷が付かないってことなのか・・・。
「でも、何でこんな危険な実験・・・」
幾ら、真理奈が超肉体の持ち主でも、女子高生にやって良い実験じゃない。
「それについては今度、星さんが説明してくれるって」
実験については元々、星さんから特に口止めされていなかったらしい。