「昔の事考えてたら何か、気が滅入って来た・・・」
『賃貸マンション』の自室で一人、半裸な格好で晩酌。
ホロ酔いで思い起こされるのは、自分が喪女へと至る道程。
「何か、気分転換しないと・・・」
とは言え、直ぐに思い付くような趣味もなく。
「そうだ。『筋トレ』って、どうなんだろ」
『筋トレ』未経験なのに、筋肉隆々という特異点な私だけど。
敢えてやってみる事で何かわかるかも、と思ってみたり。
例えば、ダンベルやバーベルに代表されるウェイト。
普通、それらを扱う事で今の自身にどれだけ筋力があるか、わかる。
体力測定なんて、高校の時にやったのが最後。
そんな今の自分に、どれだけの筋力があるのか。
わかる範囲でも、確認しておくのは悪くない筈。
「とはいえ、ダンベルなんて無いしなぁ」
『筋トレ』器具なんて気の利いた物は、ウチには存在しない。
「腕立て伏せでも、良っか」
『筋トレ』で他に思い付くのは、『腕立て伏せ』か『腹筋』あたり。
「折角だし、無職次いでにやってみますか」
何が折角なのかは、私にも良くわからないけれども。
思い立ったが吉日、ということで。
「えー、っと」
狭い部屋に身体を動かすスペースを作るとなると、テーブルが邪魔。
部屋の隅に退けようと、テーブルの端を持ち。
「ん、っしょ・・・」
両手で持ち上げるべく、腰を上げると・・・。
ベギィッ!
「・・・あ」
・・・やっちゃった。ヤッてしまった。
食卓として使っている、木製のローテーブル。
かなり頑丈な造りで、重さも『15kg』ぐらいはあった筈。
「あ~あ・・・」
お気に入りのテーブルが、『∧字型』に二つ折りになっている。
つい、油断してしまった。
テーブルは頑丈だ、という認識そのものは間違っていない。
だけど、それはあくまで一般的な腕力であればの話。
私の怪力の前では、分厚い木の板であっても、か細い小枝レベル。
“力を入れない”ように、意識しないとダメだった。
「ん、っと。こう、持って・・・と」
私は、中指と親指で摘み上げるように、テーブルを持ち上げ。
恐る恐る、部屋の壁にスッと立て掛けた。
『15kg』程度の重さであれば、私にとっては空き缶と大差ないのだ。
「気に付けないと、なぁ・・・」
このままだと、ドンドンと家具が無くなって行く。
――目覚まし時計の場合。
独り暮らしを始めたばかりの、社会人一年目の頃。
朝寝坊しないように、と目覚まし時計を買った。
次の日の、朝。
ピピピッ、ピピピッ。ピピピッ、ピピピッ!
指定した時間通りに、けたたましくアラームが鳴り響く。
「ん、んぅ~~、んっ!」
と、ボタンを押してアラームを止めた・・・つもりだった。
目が覚めた時。確かに、私の右手は目覚まし時計を置いてた所にあった。
「あ、あれ・・・?」
しかし、目覚まし時計は何処にも見当たらない。
「・・・あ」
いつの間にか握っていた右手を開くと、粉々になった機械部品がパラパラと・・・。
「え、うそ・・・」
どうやら私は、寝ぼけ眼(まなこ)で時計を掴み。
そのままグシャッ、と握り潰してしまった・・・らしい。
完全に寝惚けていたのか、ヤッた記憶は全くない。
――スマホの場合。
スマホについても、同様で。
寝惚けた状態で、『SNS』でもチェックしようと握って・・・バギャッ!
――大型ベッドの場合。
両親から就職祝いで買って貰った大型ベッドは、一年と持たなかった。
これまた、寝惚けていて。普通に『大の字』で寝ていれば良かったのに。
その時は偶々、寝返りを打って『俯せ』になってしまい。
「ふが、ぐが・・・」
顔が枕に埋まって、息苦しくなり。
布団の中で散々、藻掻いた挙句。
「んが・・・が?」
何を思ったか、事態の改善を試みようとベッドの両端を掴み。
メキ、メキキ・・・。
「ん、んぐ・・・ぐ」
自分の身体より二回りは大きなベッドを、私は思い切り抱き締めてしまって。
ベキベキ、ベギッ! バギャギャッ!! バゴォッ、ガガッ!!!
「ん、んぁ・・・?」
両腕が“ベッドの背面”に回り切ったところで、私は目を覚ました。
「うぇ? うぇぇっ!?」
平面だった筈のベッドが、起きたら『∧字型』の山なりになっていた。
私の超腕力は、ベッド全体を圧し折っただけでは収まらず。
強固な上腕二頭筋でベッドを左右から削り、砂時計のように変形させていた。
時計やスマホは、超握力で握り潰し。
大型ベッドは、超腕力で抱き潰した。
大型ベッドが無くなって、スペースが空いたから、と。
テーブルを置いたら、今度はそれすらも圧し折ってしまった。
「・・・ま、今は良いや」
ヤッちゃったものは、仕方ない。
「気を取り直して、と」
私は俯せになり、床に両手を付く。
「この体勢から、上げれば良いんだっけ?」
私自身の『筋トレ』知識なんて、この程度のレベル。
「ん、っしょ」
先ずは、一回。
「・・・。んっしょ」
続けて、速度を上げてもう一回。
「・・・・・。ん、っしょ。ん、っしょ」
今度は連続で二回、三回。
「・・・・・。こんなの、何の運動になるんだろ・・・」
筋肉隆々な体型をしている以上、体重が“それなり”な自覚はある。
乙女として細かい数値は把握したくないので、ここ数年測っていないんだけど。
「ん、っしょ。ん、っしょ」
何キロあるかは不明だけど、私の筋肉ボディを押し上げるのに力は要らなかった。
何度でも、上がる。どんだけ繰り返しても、一向に疲れる気配もない。
「じゃ、あ・・・っと」
調子に乗って、私は右手一本で身体を支え。
そのまま床に、自慢の『Gカップ』を圧し付けては離して、を繰り返した。
「これは、どうかな」
これ以上は無理かな、と思いつつ。
ついには、“右親指一本”で身体を支えてみた。
「あれ、行ける・・・」
“右親指一本”腕立て伏せ、という荒技にも関わらず。
私は何十回と、床と身体を往復させた。左親指に変えても、結果は変わらず。
「・・・ふぅ」
しかし、身体は反応しているのか、何処か上気していて。
汗がツゥッと額を伝って落ちて来たので、それを拭おうと左手を上げた瞬間。
ビリッ、ビリリッ!
「う、そ・・・」
私は、単に左腕を曲げただけ、である。
それなのに、無事だった筈のワイシャツの左袖は、ビリビリに破け。
隆起した上腕二頭筋の塊が、袖の中からコンニチワしていた。
「何だろ。身体全体が何か、火照ってる感じ」
後から知ったけど、いわゆる『パンプアップ』という状態だった・・・らしい。
筋力が強過ぎて、私自身の感覚として負荷を認識出来ていないだけで。
超筋力の源である筋繊維は、ちゃんと負荷を受け、体内物質を巡らせていたのだ。
「何か、お腹・・・空いた」
私の脳は、負荷を掛けた分、ちゃんと補給しろと仰せだった。
「そうだ。こんな時は、お肉を一杯食べよう」
今日は確か、【肉の日】。
ガッツリ、肉を食べたい。そんな気分。
体型が出ないダボッとしたブカブカのジャージ姿に着替え、私は街に繰り出した。