私は月明かりを見上げるように、ジャージ姿で立ち尽くしていた。
夜の公園、その奥にある森の中。
「流石に、やり過ぎた・・・」
周りには、横たわる数人の男たち。
泡を吹いている者、痙攣している者。ピクリともしない者も。
「・・・よねぇ」
私は脳内で、走馬灯のように今までの人生を振り返っていた。
実は、こういった形で絡まれるのは一度や二度では無かった。
穏便に済まそうとしても、相手が許してくれず。
私自身の『恵体』が、有り余るパワーを発揮してしまい・・・。
――高校の頃。
「ねぇ、ちょっと。何、アタシの彼氏に色目使ってんのよ?」
「え、いえ。私、そんな・・・」
今思い返しても、完全に濡れ衣だった。
当時、既にメートル超えしていた私のおっぱい(Eカップ)は、衆目の的で。
同級生男子どころか、上級生の先輩にまで広まってしまい。
体育や水泳の授業だけでなく、昼休みに至るまで。
何かに付け、誰かしら見に来る始末だった。
その観衆の内の一人に、この先輩女子の彼氏が居た・・・らしい。
「私は、その。先輩たちとは、会った事もないですし・・・」
「お、おい。そうだせ、俺は別に・・・」
そう言い淀みながら、チラチラと私の胸を見ている。
男は知らないみたいだけど、女って胸元への視線は直ぐにわかるのよね。
「ちょっと! ドコ見て言ってんのよ!?」
ほら、言わんこっちゃない。火に油を注いじゃった。
「アタシに舐めた真似してくれたらどうなるか、わからせてあげる」
この先輩女子、どうやらヤンキー系だったらしく。
彼氏とは別に、数人の子分らしき男たちを連れて来ていた。
「おい、お前。何する気・・・」
「アンタは黙ってて」
高校生にして、既に尻に敷かれているようで。
大元の原因の、彼氏が黙ってしまう。
「アンタの目の前で、コイツをボロボロにしてやるのよ」
「おい! 何も、そこまでしなくても・・・」
先輩女子がキッ、と睨むと。またしても、彼氏はシュンと沈黙。
どうやら、彼氏の前で私をどうにかしてしまえば。
今後は、浮気(的な行動)をしなくなる、という算段らしい。
「おい、お前ら。言った通り、わかってるわね?」
「はい、姐さん。顔以外は、好きにさせて貰いますよ」
どうやら、大昔の不良漫画で流行った『ボディにしな』って奴らしい。
顔の傷は目立つから、服の下の身体部分なら好きに痛め付けて良い。
という加害者目線の、極めて身勝手な考え方。
「え、うそ。何で、私がそんな・・・。や、やめて・・・」
当然ながら、その時の私に今みたいな余裕がある筈もなく。
まだ“か弱い女子(のつもり)”だったので、恐怖で震えていた。
「へっ、へっ・・・」
ステレオタイプな、如何にもワルそうな男が私に近付く。
「おらぁっ」
「きゃっ」
ドムッ!と男の右フックが私の腹部に見舞われる。
「そらぁっ!」
「きゃあ」
更に、もう一発。男は女の子のお腹を、躊躇せず何発も殴った。
「くそっ。何で、倒れないんだ?」
腹を殴って、弱らせてから襲う。
というのが、コイツの常套手段らしかった。
「ちょっと! やめて、って言ってるじゃ・・・」
「おい、何を・・・っ」
何度も殴って来る男の腕が怖くて、私は根源を断とうと男の右手首を掴み。
「ないですかっ!」
ムギュリッ! ベギィッ!!
「ぐぎゃあぁぁっ!?」
小学生の時点で、体育教師の手を握り潰した私の握力は。
高校生に成長した分、更に強くなっていたのは疑いようもなく。
ただ単に握り締めただけで、男の手首の骨は意図も簡単に粉砕された。
「この野郎。何しやがったっ!?」
仲間がやられたことに火が付いたのか、別の男が殴り掛かろうと向かって来る。
「いやっ。来ないでぇ~っ!」
複数人の男に囲まれた経験のない私は、余りの恐怖に目を瞑ってしまい。
そのまま、“手首を掴んだ男”を思い切り振り回した。
「うぉっ!?」「ぶぎゃっ!!」
鈍器がわりになった男は、振り回され。何度も、何度も振り回され。
「いやぁ~! いやぁ~っ!」
高校生男子が宙を舞い飛ぶ、文字通りの人間台風。
「ぎゃっ」「うが」「きゃあっ」
先輩女子やその彼氏も含め、その場の全員を薙ぎ倒すまで、それは止まらなかった。
「・・・あ、あれ」
私が目を開けた時には、呻きながら地面に転がる上級生たち。
手首を掴んだままの男は既にグッタリしていて。
私が腕を掴んだままなので、倒れるに倒れられないで居た。
「きゃあっ」
良く知らない男を握ったままなのが怖くなり、その辺にポイッと投げ捨てた。
――その後。
何度か、お礼参りをされたけど。
来る度、来る度。“キツく”やり返して居たら。
いつの間にか、裏番長と畏(おそ)れ、敬われるようになり。
知る人ぞ知る、みたいな感じ一目置かれてしまった。
金属バットを折り曲げた、とか。
大型バイクを持ち上げた、とか。
車のドアを素手で引き剥がした、とか。
ボンネットを殴ったらタイヤが吹っ飛んだ、とか。
根も葉もない噂を流される始末。
まあ、大半は本当にヤッちゃった事なんだけども・・・。
「お嬢さん、何かお困りですかな」
「・・・っ!?」
突然、背後から声を掛けられ、ギョッとして振り返る。
「おお、っと。背後から、失礼致しました」
男と思しき黒影は、仰々しくお辞儀をした。
「あの、いつからそこに・・・」
「いえ、少し前に通り掛かりまして、ね。物音がしたものですから」
一体、いつから見られていたんだろうか。
「見ていたところ、正当防衛とお見受けしますが」
「いや、まあ・・・はい」
どう見ても、過剰防衛なのに。黒い姿の男は、そうフォローしてくれた。
「もし、何でしたら。私が“処置”しておきましょうか?」
「え、でも・・・」
突然現れた、良く知らない人は。何故か、そんな提案をして来る。
「恥かしながら、当方。この手の“荒事”に慣れていまして」
どう見ても、死屍累々な状況で。男は、そう言い切った。
「でも、どうして私にそんなことを。だって、私・・・」
パッと思い付くのは、お金目当て。単純な治療費だけでも、幾ら掛かるやら。
そこに手間賃を上乗せされたら、貯金のない私に払える訳がない。
「いえ、お金目当てではありません」
男は、私が考えている事など、お見通しと言わんばかり。
「・・・そうですね。強いて言えば、勧誘の一環でしょうか」
「勧誘・・・?」
益々、雲行きが怪しくなって来た。
「私、“こういう者”でして」
私は、恐る恐る男が差し出した名刺を受け取る。
「人材派遣・・・」
『人材派遣』と『職業斡旋』を主な業務としている会社、らしかった。
「でも、私。スキルなんて、無くて・・・。何も出来ないです」
今日付けで、無職にジョブチェンジしたばかり。いや、リタイヤ(退職)か。
「何を仰る。貴女、素晴らしい“モノ”をお持ちではないですか」
黒い男は仰々しく両手を広げて、そう言った。
相貌(ルックス)は、自己評価としては『中の中』な認識。
確かに【おっぱい】は大きいので、“夜のお店”ならやれなくもないけど。
「何か、誤解をされているようで・・・」
“女を売る”商売も否定はしないが今、勧めようとしているのは別。
男は、そう言い切った。
「自覚がない、というよりは。敢えて、気付かない振りをしてるのですかな」
「何を言って・・・」
いや、今の返答は、我ながら嘘な自覚はあった。
「貴女。一部始終、全ての行動において、“冷静”で居らっしゃる」
「そんなこと、は・・・」
・・・ある。
“これだけ”の事を、相手にしておいて。
我を忘れていたかと言えば、そんなことは“全く無く”。
「私が言った“モノ”とは何も、筋力を指してだけの話ではありません」
勿論、要素としては非常に重要ですが、と補足しつつ。
「“やって良い”から、と言って。誰もが“やれる”とは限らないのです」
例えば、傷害や殺人が罪に問われない、として。
相手がどうなるか慮(おもんばか)る事なく、力を振るえる人間だという事。
「そうですね。今日会ったばかりでいきなり・・・、というのもわかります」
私の戸惑いを見抜いてか、男は妥協案を提示して来た。
「もし少しでも、興味があれば。名刺の連絡先まで、ご連絡下さい」
「考えて、みます・・・」
私はそう、話すに留めた。
【肉の日】の今日、一日。
余りにも、色々とあり過ぎて。
帰って寝たい欲に駆られ、足早に帰宅したのだった。