「――という感じで、真理奈から聞きました」
「ふふっ。待ってたわ」
僕たちは折りを見て、二人で『研究所』を訪れた。
「こんにちはー」
「はぁい」
真理奈は通い慣れてるせいか、星さんとツーカーのやり取りをしている。
何だろう、何処か疎外感を感じるんだけど・・・。
「聞きたい事は一杯あるんですが・・・」
「何でも聞いて?」
白衣越しでもわかる筋肉モリモリな身体で、大きく手を広げる星さん。
研究職という理知的な印象とは裏腹に、大型の猛獣を思わせる巨体。
「何で、この『研究所』に“薬物中毒患者”が居たんですか」
「あら。いきなり、ブッ込んで来るわね・・・」
星さん的に予想外の質問だったらしく、心底驚いた様子。
この『国立特殊生命科学研究所』は、あくまで『研究所』の筈。
決して、病院では無い。病人が居る事自体、おかしいのだ。
「【超人計画】を、営利目的で利用しようとする“者たち”が居るの」
ここで言う【超人計画】は、この『研究所』で掲げられたモノに限った話ではなく。
“人間を肉体的に進化させる”研究の、総称での一般名詞的な意味合い。
星さんのようなスーパーウーマンや、真理奈のようなスーパーガールを。
もし、人為的に作り出せる技術があれば、それはもう引く手数多(あまた)だろう。
自前で作り出した人材を派遣しても良いし、ノウハウを売り捌いても良い。
そこから生み出される利益は、莫大なモノになる。
「じゃあ、あの男が服用していた“薬物”は・・・」
「そうよ。【超人計画】の産物か、もしくはその亜種よ」
裏社会では、【SP(スーパーパワー)】という、名前そのままな薬物が出回っていて。
大半が覚醒剤や麻薬を改造した粗悪品で、大した効果が出ないものの。
稀に、あの男のように驚異的な筋力増強の効果を得た者が現れる。
【SP】の大元は、街のチンピラや半グレ程度に製作出来るような代物ではなく。
必然的に、大きな資金力を持った“者たち”が、組織立って動いている事になり。
「確かに、海辺の一件みたいな相手が街に溢れたら怖いですね」
星さんや真理奈なら、まだしも。
僕や、あのナンパ男たちでは到底、太刀打ち出来ないのは証明済み。
「まあ、それもあるにはあるんだけど・・・」
何処か含みのある、星さんの返答。
「いわゆる、“反社”とかなら問題ないんだけどねぇ」
俗に言う、『ヤ●ザ』や『マフィア』。
お金が最終目的な組織なら何れは手を退く、とのこと。
他の違法薬物に比べて多幸感が少ないにも関わらず、コストは非常に高く。
とてもじゃないが、大量生産に向かないらしい。
“違法薬物として”は、広まらない。
そうなのであれば何故、広まっているのか。
「まさか・・・」
「多分、“想像している通り”で当たりよ」
普通では広まらない物が、広まっている。
なら、答えは一つ。“広めている者が居る”のだ。
軍隊を保持する“とある国家”が、【超人兵士】を作りたいと考えた。
自国で人体実験を行い、もし発覚でもすれば国際社会から非難を浴びるのは必至。
只でさえ不安な国際情勢において、他国の介入を許すような要因は作りたくない。
「言っておくけど、“ウチ”は大丈夫よ」
“ウチ”が何処を、何処までを指すかは言う迄もないとして。
自国でやれないような“人体実験”を、他国でやる。
傍(はた)迷惑な話だが、有り得なくはないと思ってしまう。
「例え話で良いんだけど、私や紅世さんに勝てる?」
「それって・・・僕が、ってことですか?」
そうよ、と星さんは言った。
冗談めかしているが、表情は余り柔らかくないように感じる。
「小指一本、動かせないと思います」
「ふふっ♪ まあ、そうね」
真面目な空気を感じたので、僕としては真剣に回答したんだけど。
星さん的にはツボに嵌ったのか、その綺麗な顔から笑みが零れる。
「じゃ・・・あ、格闘家が相手だったら?」
「え、それは・・・」
星さん対格闘家。もしくは、真理奈対格闘家。
つい先日、真理奈の部屋で観せられた映像が脳裏を過ぎる。
「ひょっとしたら、小指ぐらいは動かせるかも・・・」
ヘビー級のボクサーが拳を壊す覚悟で殴ったとしても、無傷だろう。
武道の達人が何らか技を以ってすれば、何か起こせるかも・・・程度。
「じゃあ、お巡りさんなら?」
「それって、普通の警官が、ってことですか?」
これは、何かの思考実験なのだろうか。
警察官はイコール武道家が多いとはいえ、結果は変わらない筈。
拳銃の使用許可が出ていれば、或いは・・・。
「どうかしら?」
「あ、いや・・・」
拳銃どころか、スナイパーライフルでヘッドショットしたとして。
果たして、星さんや真理奈にどれ程のダメージがあるだろうか。
「熊とかが、相手なら?」
しばしば、世間を騒がせている猛獣、熊。
猟銃の達人か、複数人の警官が拳銃を構えて、やっと対等。
「無傷だと思います」
人間の身体ぐらい、軽く薙いだ程度で破壊してしまう熊であっても。
この二人が相手なら、手も足も出ずに退散してしまうだろう。
「警察組織・・・いえ、特殊部隊が相手なら?」
完全武装した人間の集団が、相手。
垂直跳びで、一般的な家屋なら簡単に跳び越える事が出来。
自動車並みの高速で疾走する脚力。
鉄球を投げれば、新幹線並みの速度で投擲が出来。
数百キロの鉄塊を持ち上げ、破壊する腕力。
更には、至近距離で徹甲弾を喰らっても、ビクともしない頑強な肉体。
「数分、足止めするぐらいなら・・・」
僕には、そう答えるのが精一杯だった。
「健ちゃん、どうしたの?」
「ちょっと、怖い想像をしちゃって」
僕はいつの間にか、冷や汗を掻いていたらしく。
真理奈が、心配そうに僕の顔を覗き込んでいた。
星さんや真理奈が、もし“その気”になれば。
果たして誰が、“それ”に対抗する事が出来るのだろうか。
「もしかして、真理奈に試した実験って・・・」
「そう、よ」
星さんは、神妙な面持ちで首肯した。
「もし、紅世さんが・・・そうね。何らかの理由で、暴れたりしたら?」
「いや、そんな事は・・・」
ない、と思いたい。だけど、即答は出来なかった。
実際、海岸の一件もある。
何かの拍子でキレてしまって・・・とか。絶対にない、とも言い切れない。
「後は・・・むしろ、“こっち”の理由が本題なんだけど」
星さんは、僕たちに正対する。
「私たち級(クラス)の誰か、それこそ同等以上の力を有する――」
そこまで話して、星さんはグッと言葉を飲み込んだ。
“持つ”ではなく、“有する”という言葉使い。それだけで、類推出来てしまう。
【超人計画】×国家権力=超人部隊
『スー●ーマン』や『ハ●ク』みたいな、超人たちが徒党を組んで攻め込んで来る。
考えただけで、ゾッとする。
もしくは、存在を秘匿した暗殺部隊として、要人や敵国のトップを暗殺。
そんな事も、容易に可能になる。
今のご時世、核爆弾を投下して一発決着、みたいな戦争は起きない。
只でさえ、核爆弾は「非人道兵器」として条約で禁止されている。
武力衝突のメインは未だ、地上戦なのだ。
下手をすれば戦車以上の戦力が、人間サイズで稼働。
白兵戦を無双し、敵の指揮官や重要拠点を殲滅する。
「じゃあ、“本題”っていうのは・・・」
【SP】によって強化された勢力に、真理奈が対応出来るかどうか。
映像で観た実験は、その為のテストだったのだ。
「“私たち”をどう『運用』・・・いえ、違うわね」
『運用』や『有する』という単語から連想されるのは、軍事利用。
「私や紅世さんが今後、どう『活動』して行くかは説明が必要だと思うの」
これまでの真理奈の“やらかし”が一切、明るみになっていないのは。
少なくとも、公的機関のレベルで報道規制が掛かっているということ。
「残念だけど将来、スポーツ方面に進むことは出来ないわ」
陸上競技や水泳で、前人未到の超が付く世界記録を樹立。
重量挙げなんて、それこそ得意中の得意。
「特に、興味ないので・・・」
当の真理奈は、至ってサバサバした返答。
「本当に、良いの?」
「う~ん。別に・・・」
真理奈も、ボクシングや、野球のストラックアウトぐらいは経験している。
その上での、判断。
「むしろ、どっちかというとやりたくない」
そもそも、今までも普通に体育の授業は受けていた。
でも、授業で誰かを怪我させたという話は聞いたことがない。
「だって、加減しなくちゃいけないから」
僕たちは元々がインドア派、ではあるけれど。
真理奈にとって、普通の人と相対するスポーツ競技は忌諱(きい)する対象になっていた。
もし格闘技でもやれば、小指一本で相手を圧倒出来てしまう。
少しでも力加減を誤れば、あっという間に死亡事故。
「そんな事より、思いっ切り身体を動かしたい」
「そんな事、って・・・」
高校生にして、将来の道筋の一つが絶たれた・・・筈なんだけど。
当の本人は、全く意に介していないようだった。
「それについては、何処かで機会を用意するわ」
「やったー♪」
また、あの“モノリス”とかが用意されるのだろうか。
「じゃあ、契約成立って事で良いのかしら」
「はい!」
星さんに対し、真理奈は今日一番の元気さで返事。
「契約、って?」
「アルバイト、することになったの」
「正確には、私の研究助手だけれど、ね」
僕の疑問に説明不足な真理奈を補助する形で、星さんが回答。
「勿論、バイト代も出るわよ」
「わーい」
いつの間に、スーパーガールとスーパーウーマンの間で取り交わしたのか。
真理奈は、『国立特殊生命科学研究所』・・・長ったらしいので、今後は『研究所』呼びするけど。
この『研究所』でアルバイトすることになった。
「・・・・・」
只のアルバイトで済む筈が、無い。
僕には何故か、その確信があった。