「ただいまー」
僕は外出から、やっと帰宅した。
「・・・ふぅ」
玄関に座り込み、一息付く。
「流石に、【9XL】なんて有る訳が無いよなぁ・・・」
主だった用向きとしては、芽衣子の外行きの衣装探しだったんだけど・・・。
やはり、『吊るし』では良い物は見付からず終いだった。
「あれ、芽衣子?」
いつもなら、僕が外から帰宅すれば必ず出迎えてくれるんだけど。
一向に、姿を現す気配がない。
ズゥンッ!!
「・・・っ!?」
すると突然、何か途轍もなく重い物を置いたかのような、振動。
「ひょっとして、芽衣子?」
僕は慌てて、振動が起こったと思われる方に向かう。
ウチの家は、裏手の方が道が広いこともあって、裏口側に車庫がある。
裏口と直結しているから出入りは困らないんだけど。
「でも、何で車庫に・・・」
ウチで運転免許を持っているのは、両親と僕だけ。
とは言え、僕自身もペーパードライバーで滅多に運転しない。
「そういや、芽衣子って免許持ってたっけ・・・」
僕は恐る恐る、裏口のドアを開ける。
「あら、ご主人様。もう、お帰りになっていたんですね」
芽衣子は、『お迎え出来ず、すみません』と頭を下げた。
「いや、それは良いんだけど・・・」
車庫のシャッターが全開になっていて、敷地的には外に芽衣子が立っていた。
Tシャツとスカートを身に纏っているので、格好的には問題ないんだけど。
通販の一発目で届いた【10XL】のTシャツと、無骨なスカートで。
実際、年頃の女子に着せるのは申し訳なく思う。
「こんな所で、どうしたの?」
芽衣子のメイド仕事は、ハウスキーパーがメイン。
それはあくまで、母屋の中だけの話。
小さいとはいえ庭の手入れや、車庫の掃除は本来なら業務範囲外の筈。
「あ、いえ。その・・・」
「まーた、ウチの両親か・・・」
どうやら、またしてもウチの両親が芽衣子に直接、仕事を振ったらしい。
いや、まあ雇用主なんだから、何もおかしい事はないんだけど。
「経過報告していたら、『車庫の掃除をお願いしたい』という話になってしまって」
経過報告というのは勿論、『神のプロテイン』の効果について、だろう。
「そんなの、断っても良かったのに」
「いえ、ご主人様にも衣服の件などでご迷惑をお掛けしていますし」
破いてしまったメイド服等の衣装代やら、何やら。
それの補償も含めた特別ボーナスと、海外製の特大サイズな服を諸々。
芽衣子としては破格の取引だったようで、二つ返事でOKしたらしい。
「・・・ふぅむ。まあ、芽衣子が良いなら問題ないんだけど」
「すみません」
僕としては、ウチの両親に無理強いされてないか、心配だったけど。
「あ、いや。別に芽衣子を責めている訳じゃないんだ」
雇い主と芽衣子の間で取り交わした契約なら、僕が口を出すべきでもない。
「・・・・・ん。てか、“どうやった”の?」
「・・・?」
僕の“違和感”に対し、当の芽衣子はキョトンとした表情。
「芽衣子って、免許は持ってなかったよね?」
「はい」
この点については、僕の記憶は正しかった模様。
今、この家で自動車を運転出来るのは、僕のみ。
自家用車は、当然ながら両親の持ち物なんだけれども。
色々な車歴を経て、最終的にワンボックスカーに落ち着いた。
言い訳をするなら、僕がペーパードライバーなのはそれにも一因している。
只でさえ普段から乗り慣れないのに、ワンボックスカーなんて扱い辛くて乗る気になれないのだ。
「“それ”、どうやって出したの?」
そのワンボックスカーは今、車庫の外に完全に出ている。
いや、正確には“出されている”というべき、か。
ウチの家は別に、坂の上に在ったりはしない。
なので、サイドブレーキを引き忘れて勝手に車が動く、なんて事態も起こり得ない。
「ご主人様をお待ちしようかとも思ったのですが」
最初は、僕の帰りを待とうとしていたらしい。
「あー。今日は遅くなるかも、って伝えてあったね・・・」
芽衣子の着られる服を探したい事もあってか、普段よりは遅い帰宅になった。
「折角、ご主人様が私の服を探して下さっているのに、じっとしてられなくて」
家事や炊事の準備を全て、終えてしまって。
手持ち無沙汰になるぐらいなら自分でやっちゃおう、となった・・・らしい。
「『キー』は・・・あ、有った」
車のキーは、専用の棚の引き出しに元のまま入っている。
そもそも、車のドアが開いた形跡も、ない。
「ひょっとして・・・」
「はい♪」
芽衣子は、誇らし気に肩の高さで右腕を折り曲げる。
相変わらず、凄まじいばかりの隆起を見せる、芽衣子の力瘤。
モリモリッ・・・モゴォッ!
通販で届いて多分、そんなには着ていないであろう、【10XL】のTシャツ。
袖口がどれだけ広かろうが、『125cm』もの超絶剛腕を収める事は・・・。
ミチ・・・ミチチ、ピリィッ。
「・・・あ」
・・・出来なかったようだ。
『180cm(Kカップ)』という、超爆乳ですら収めてしまえたTシャツですら。
袖口に限って言えば、どんなに余裕を持った縫製でも『100cm』ぐらい迄が関の山らしい。
「す、すみません~」
僕に買って貰ったTシャツを速攻で破いてしまったせいか。
真理奈は涙目になっている。
「あ、気にしないで。どうせ、部屋着のつもりで買ったんだし」
未だ、成長の余地を残す芽衣子の筋肉の事は一先ず、置くとして。
「じゃあ、やっぱり・・・」
「出来なければ、直ぐにヤメようと思ったんですが・・・」
“出来ちゃった”訳、か・・・。
携帯で検索した限りだと、ウチのワンボックスカーは『1850kg』ぐらいの車重らしく。
芽衣子は、“それ”を人力で動かした、ってことになる。
「でも、具体的には、どうやったの?」
昭和のテレビショーとかだと、力自慢がトレーラーを引っ張る、なんてのはあった。
バンパーに頑丈なロープを繋いで、それを身体に巻き付けて。
全身の力を以ってして、数メートルぐらいの距離を引っ張る。
そう。
あくまで、引っ張るのが精々、精一杯。
「“こう”。いつもの、感じです」
芽衣子は、ワンボックスカーの横っ腹の下に両手を差し入れ。
そのまま、事も無げにスッと立ち上がる。
グアァァッ!
「・・・っ!?」
僕の目の前で、巨大なワンボックスカーが宙空に浮いた。
ロープやら、ジャッキやら。人類の叡智たる道具類は、一切使わず。
己の膂力のみで、芽衣子はワンボックスカーを持ち上げた。
「そういや、“いつもの”って・・・」
いつも、って。そもそも、何を指して言ったんだろうか。
以前、確かに軽トラを持ち上げたことはあったけど・・・。
ワンボックスカーなんて、軽トラの倍以上は重い筈。
「服を破いてからは通えてないんですけど・・・」
そう言えば、そうだった。
芽衣子は既に、『プラチナジム』で『900kg』超えのバーベルを持ち上げるんだった。
しかも、あくまでジム内での最大ウェイトであって。芽衣子自身の限界重量ではなく。
『バーベルカール』という反復運動を、その超高重量で以って、片手で行うのだ。
「重く、なかったの?」
「重かったです」
そりゃ、そうだろう。
「丁度良い感じの、重さでした♪」
「は、はは・・・」
マジ、か。
五人以上の人間を載せて運ぶ、巨大な鉄の箱を。
芽衣子は持ち上げ。歩いて運んだ、ってことになる。
いや、今まさに、目の前で“それ”を披露してくれた訳なんだけど。
「でも、何でまた、車庫の掃除なんて言い出したんだろう」
まさか、芽衣子の筋トレ用のウェイト替わりにしようって事なんだろうか。
「いえ、言伝を預かっていまして・・・」
「え、僕に?」
ウチの両親、息子への指示すら芽衣子を通すようになっていないか?
「『いい加減、偶には運転しろ』とのことです・・・」
「あー、うん。まあ、ね・・・」
実は、前々から僕自身も言われていたことだった。
僕が暖簾に腕押しなので、芽衣子を伝手に再度、通牒したらしい。
家具であれ、機械であれ。使わない物はどうしても、劣化が早くなる。
細かな機微の変化に気付かず、壊れる兆候を見逃すからだ。
「だから、運転を手伝ってあげて欲しい、と頼まれました」
「へ? 手伝うって・・・」
現に、芽衣子は運転免許を持っていない。
かといって、免許なしで運転出来るほど、ウチの敷地は広くないし。
「『車庫入れ』させてみたらわかる、と書いてらっしゃいました」
「車庫入れ・・・何で、また。そりゃ、得意じゃないけど」
ペーパードライバーに車庫入れは確かに、ハードルが高いけども。
「そこまで言うなら、まあ・・・」
車庫を久々に開けた、折角の機会ではある。
「じゃあ、やってみるよ。少し離れて見てて」
「はい♪」
芽衣子は嬉しそうに僕にキーを手渡し、離れた位置に立った。
「ふぅ、久々だな。オートマで助かった」
運転免許はマニュアルで取得してはいる。だけど今更、マニュアル車なんて運転出来ない。
「ご主人様、頑張って下さいー」
外から、芽衣子の応援の声が聞こえる。
僕は手を振って応える余裕を見せつつ、少しずつ車をバックさせて行く。
「いつ以来だろう。車検の時が最後だから・・・」
只でさえ不慣れなのに。油断からか、つい考え事をしてしまう。
ガクッンッ!
「う、おぉっ!?」
運転席が縦に揺れ、車が止まってしまう。
「あ、あれ・・・」
どんなにアクセルを踏んでも、駆動輪が回る音がするだけ。
前にも後ろにも、一向に動く気配がない。
「何だ、ろ。何で・・・」
「どうしました?」
運転席から降りた僕に、芽衣子が駆け寄って来る。
「・・・あ」
フラグを立てたつもりはなかったんだけど、初手からやってしまった。
車庫前の側道の脇に、雨水用の側溝があるんだけど。
何故かはわからないけど、そこの蓋が何ブロック分が外れていて。
「う、っそ・・・マジか」
物の見事に奇麗に、左後輪がピッタリと嵌っていた。
いわゆる、『脱輪』という奴だ。落輪、とも言う。
「大丈夫ですか?」
芽衣子が、心配そうに僕の顔を見る。
「僕は、大丈夫なんだけど・・・」
僕自身、身体に怪我はない。車庫入れで、速度自体が出てなかったことも幸い。
「うーん。ちょいと、やってみるか」
ギャリリリ。グギャリリリッ!
「何か、凄い音してますね」
「うーん。ダメ、か・・・」
どうやっても、車体が平行に戻る気配がない。
「これ、嵌ってしまってるんですか?」
「うん、そうなんだ」
空転してる訳ではなさそうだけど、側溝の幅とタイヤがピッタリなのか。
「じゃあ、私の出番ですね♪」
芽衣子は、両手でパンッと柏手を打って。
今度は僕に、離れた位置に居るようお願いして来た。
「まさか」
そう。そのまさか、だった。
「んっ、しょ」
芽衣子は屈み込むと、車体の下に両手を差し入れ。
少しだけグッと力むと直ぐ様、スッと立ち上がった。
まるで、何事も無かったかのようだけど。
その両手には、巨大な車体が載っている。
まるで、最初の車庫出しの映像が、逆再生されたかのように。
『1850kg』のワンボックスカーは、元あった位置に戻されたのだった。
「あー、脱輪を直すだけで良かったんだけど・・・」
「あ、すみませんっ!」
芽衣子はつい、やってしまったとばかりに頭を下げた。
「あ、いや。こちらこそ、ごめん。僕の失敗をフォローしてくれたのに」
まさか、久々の車庫入れでいきなり脱輪をやってしまうとは思わなかった。
「まさか。いや、そんな筈は・・・」
ウチの両親、もしかして・・・。
“ここまで”を想定して、芽衣子に手伝いを頼んだのだろうか。
「芽衣子。今度、時間作るから」
「はい?」
「車庫入れの練習、付き合ってくれない?」
「はい! いつでも、お手伝い致します」
芽衣子の外出着が揃ったら、二人でお出掛けなんてのも良いな。
と、僕は内心、そう思った。