それは、白衣の女だった。
街灯の少ない暗い夜道を、女は歩いている。
少し暑いぐらいだが、夜風はある。“上着”を着ていること自体は何ら、不思議ではない。
しかし、女性は他に、誰一人として居なかった。
道端に座り込み、何かを売る者。全身の刺青を曝け出し、ダンスに興じる者。
近寄り難い空気を纏った者が大半で、一般人と呼べる者は皆無。
ここは、“そういう場所”だった。
「よぉ、オネエさん。クスリ、やらねぇかい?」
道すがら、いきなりドレッドヘアの男が話し掛けて来た。
「クスリ、ね。興味ある・・・わ」
「そいつぁ、良い。“こっち”、来なよ」
男はそう言って、明らかに怪しげな路地を指す。
「・・・・・。良い、わ」
「へへっ。話が早くて助かる」
首肯した女を連れ、男は路地へと進んで行く。
「クスリは、これだ」
男は、懐から『小瓶(アンプル)』を取り出した。
「・・・お、っと」
女が受け取ろうとした瞬間、男は小瓶をスッと手元に戻した。
「金が、先だぜ」
男は右手の小瓶を放さないまま、左手を開いて差し出す。
「持って、いない・・・わ」
「あ? 何だって」
ニヤ付いた笑みを浮かべていた男の表情が、一気に曇る。
「オイオイ、オイオイオイ。クスリを買おうってのに、金を持ってねぇだと?」
男は仰々しく、オーバーなアクションで女を問い詰める。
「それは、何か? ここが『貧民窟(スラム)』だからって、恵んで貰おうって魂胆か?」
「本当に持っていない・・・だけよ」
合法か違法か、は兎も角として。
明らかな『売人』と思しき男に付いて行きながら、金銭の所持を否定。
「そういやぁ、見たところ。鞄も持ってねぇな」
引っ手繰りなどの強盗が日常茶飯事なスラムにおいて、敢えて鞄を持たない者は居る。
「ひょっとして、アレか。現金は持ってません、ってことか?」
今の時代、現金を持ち歩かずとも、決済する方法は幾らでもある。
尤も、こういった治安の悪い場所では、多少でも見せ金は持ち歩くべきなのだが。
「じゃあ、良いぜ。スマホ、出しな。持ってんだろ?」
「スマートフォンも、持っていない・・・わ」
「あぁ!? そんな訳ぁねぇだろうが、よっ」
男は、女の同意も得ず。いきなり、胸元をムンズと掴んだ。
「お、お前・・・。この“白衣”の下、まさか素肌か・・・?」
男はてっきり、女が着ている白衣の胸ポケットか。もしくは、その下に着ている衣服か。
少なくとも、何処かのポケットにスマホぐらいは持っているだろうと思った。
「しかし・・・良いモノ、持ってんじゃねぇか」
想定していなかった、柔肉の感触。
男は欲望に任せ、ズブゥッと指を沈み込ませる。
「あ・・・ぁ、ん」
「お、良い声で鳴くじゃねぇか」
暗い路地の奥・・・の更に、奥。
いわゆる、LGBTであったり。コンプライアンスであったり。
そういった、道徳的な何か、ではなく。
至極、真っ当に。正面から、犯罪。
このまま発展すれば間違いなく強姦まで行くであろう、行為。
「へへっ。思った通り、だ。“こういう時”の、俺の勘は当たるんだよな」
「何の・・・こと」
白衣の女は、その豊満な胸を揉みしだかれながらも、抵抗する素振りはない。
「お前、“未経験”だろ?」
「・・・・・」
女は、答えない。
「こんな“ナリ”してて、よ。反応が初心(うぶ)過ぎるぜ」
「“ナリ”っていうのは、服装の・・・事? それとも・・・」
女は両手を広げ、自身の“身体の大きさ”を誇示するように男を見下ろす。
「“この国”じゃあ、お前ぐらいデカい奴は幾らでも居るぜ?」
男は、少なくとも小柄ではない。
この、『自由』をモットーとする国であっても、大きい部類だろう。
「この辺でも、ストリートバスケやってりゃ大きい奴に当たる事も珍しくねぇ」
男は、自分より大きい相手とマッチアップすることは日常茶飯事という。
「でも、私は女・・・よ。怖くはない・・・の?」
「あぁん? 高々、ガタイが良い程度でビビる程、俺は弱くねぇぜ」
現に、男は目の前の大女に臆せず、変わらず胸を揉んでいる。
「“今の状態”でも、『7フィート』を超えてしまったから心配した・・・けど。杞憂だった・・・わ」
「そうかい。じゃあ、支払は“こっち”で良いんだな?」
男は相変わらず右手で女の胸を揉み続けながら、白衣の前ボタンを左手で掴んだ。
「そう、ね。丁度良い【実験】だし、好きにして良い・・・わ」
「~♪」
男は、女から同意を得られたと思い。
どうせやるなら、と両手でボタンを外して行く。
「お、ほぉっ。こいつぁ、凄ぇや・・・」
ボタンが一つ、一つと外されて行く度に、たわわな乳房がダプンッと解放されて行く。
『プレイメイト』でも早々拝めないようなメロン大の爆乳が、窮屈そうにチューブトップブラに収まっていた。
「しかし、こんなブツが良く収まっていたな」
明らかに、体積が増えている・・・ような気がする。
「・・・ん」
更に白衣を掘り進んで行くと、陰になっていたお腹が露わになり。
「何だ、これ・・・っ」
肌着を何も身に着けていない、巣のままの腹部。
そこには、レンガ塀を思い起こさせるような、六つの腹筋が深い谷間を形成していた。
「くそっ。白衣の下、一体どうなってやがんだっ」
女体への欲望より、違和感への恐怖が勝ったのか。
男は、一気に全てのボタンを外し、白衣の全面を強引に広げた。
「う、っそだろ・・・」
研究者然とした佇まいに不釣り合いな、赤いショーツ。
・・・に、男は反応した訳ではない。
腹筋は有れどキュッと縊れたウェストからは想像できないような、太い下半身。
勿論、ただ太いのではなく、大腿四頭筋により膨らんだ太腿。
下肢も、ココナッツがそのままくっ付いたかのような腓腹筋(カーフ)の膨らみ。
「お前、レスラーか何かか・・・?」
「失礼、ね。私はただの研究者・・・よ」
男は、そんな訳があるか、と内心思った。
そんな、“巨大な筋肉を搭載した身体”を持った研究者が居て堪るか、と。
ムク・・・。
「・・・ぁ、ん」
「・・・?」
女が突然、艶めかしい声を上げる。
ムク、ムクク。
「ぅ、く・・・」
嬌声半分、呻き半分と言った所だろうか。
ミチ、ミチチッ。
「・・・っ!?」
男は今、目の前で起きている事が、直ぐに理解出来なかった。
人間の身体が、膨らんでいるのだ。
『パンプアップ』とは違い。どちらかと言えば、『バルクアップ』が正しい、のだが。
空気を入れた風船とは全く別の、中身の詰まった筋肉が大きくなって行く。
異様なのは、それが今、リアルタイムで起きている、ということ。
モリ、モリリ・・・ッ。
「・・・う、ぅん」
「お前、腕が・・・」
両肩と両腕は、未だ白衣の覆われたままだったのが。
肩の三角筋が膨らんだかと思った矢先。
それに呼応するように、上腕二頭筋がバスケットボールを思わせる大きさに肥大化した。
ビリッ、ビリリリィッ!!
「はぁ、はぁ・・・っ」
それはまるで、蛹から孵った蝶、のようでもあった。
精々、『7フィート』“程度”だった筈の、大柄な女が。
今や、『8フィート』は有ろうかという巨女へと変貌していた。
「つい、やってしまった・・・わ。アナタがいけないの、よ。白衣を脱がす・・・から」
「お前。『シー●ルク』か何か、なのか・・・」
男はつい先日、配信ドラマで観たスーパーヒロインの名を挙げた。
「そんな“イイモノ”じゃない・・・わ。どちらかというと、東洋の神秘かしら・・・ね」
女が着ていた白衣には針が仕込んであり、経穴を刺激することで『筋肉収縮』を行っていた。
ただ、『ツボ』の話をした所で、男は伝わらないだろう。
「これが私の本当の身体・・・よ。でも、そんな変わってない・・・でしょ」
「ば、馬鹿言うなっ!」
『8フィート』、推定で『240cm』。
幾ら本場のバスケットボールリーグでも、ここまでの高身長な選手は居ない。
「お前みたいな筋肉モンスターな巨女、居て堪るかっ」
「そう。まあ、良い・・・わ」
「じゃあ、“代金”は支払ったし、クスリを貰おう・・・かしら」
「何、言ってやがる。金がねぇんなら、とっととどっか行きやがれ」
男は、女の胸を揉むだけ揉んでおいて、帰れと言い放つ。
「・・・そう。仕方ないわ・・・ね」
「わかったら、帰れ。二度と来るんじゃねぇぞ」
男はシッシッ、と手をヒラヒラさせて追い払うポーズ。
「クスリが貰えないなら“予定通り”、もう一つの【実験】をやらせて貰う・・・わ」
「あ? 何を言って・・・」
女は、男の左上腕をおもむろに掴むと、一呼吸で“手を閉じた”。
ボギャッ。
「う、ぎゃあぁぁっ!?」
白衣の女の手が如何に大きくとも、男の二の腕は片手で掴み切れる程に細くはない。
むしろ、充分に逞しい腕だと言える。・・・いや、言えた。
「これで、どう・・・かしら」
女が右手を開くと、男の左上腕はか細い小枝のようになっていた。
「お、おまっ・・・え! な、何のつもり・・・だっ!?」
「そう、ね。“理由は何でも良い”んだ・・・けれど」
それはまるで、男に突然襲い掛かった事自体は目的ではない、と言っているようで。
「そう、ね。胸を揉みしだかれた仕返し、って所・・・かしら」
「このクソアマァッ! 舐めた真似してると、タダじゃ済まねぇぞっ!?」
男も伊達に、スラムの裏路地でクスリの売人をやっている訳ではない。
売上の上前を撥ねようとして来る、同業者とやりあったことは何度もある。
「“コイツ”を喰らわせれば、どんな奴でも直ぐに黙る」
“この国”での防衛手段と言えば誰もが思い付く、『道具』。
「・・・っ!」
女はそれを見て、つい目を大きく見開く。
「何だ、その反応は・・・っ」
男は、銃口を突き付けられて尚、ビビるどころか。
目を爛々と輝かせる人間を初めて、見た。
「お前。まさか、俺が撃たねぇとでも思ってんのか?」
“この国”において、撃つ前に警告する人間は居ない。
警官ですら、稀である。危機を感じれば、即座に発砲。
そうしなければ、逆に撃たれて死ぬのは自分自身なのだ。
「あの世で、後悔しな」
男は何故、直ぐに発砲しなかったのか。
その違和感を覚えながらも、直ぐに持ち直し発砲。
パンパンッ!
という銃声が路地に響き渡る。
尤も、この裏路地では銃声など日常茶飯事で、誰も反応しない。
「何で、倒れない・・・」
パンパンッ!
男は、更に二発。女の腹に撃ち込んだ。
「お前、本当にバケモンなのか!?」
男は、今度こそと女の額に銃口を向ける。
「あ、ら。流石に、“そこ”はダメ・・・よ」
「・・・っ!?」
男が引き鉄を引くより早く、女は銃身をクイッと折り曲げてしまった。
それも、たった二本の指で、だ。
「帰り際に襲われても面倒だし、“こっち”も・・・ね」
女は、男右肩に右手を置き、左手で男の上腕を掴むと。
一気に、男の腕を下に引いた。
メリメリメリ・・・ブチィッ!!
「う、ぎゃがぁああぁっ!!!」
何と、男の右腕が肩口から完全に“捥げて”しまった。
「あ、れ・・・?」
女としても、それは想定外だったようで。
しまった、という反応。
「ひょっとして、これ・・・は。アドレナリンなの・・・かしら」
女は、軽く肩を外すだけのつもりだった。
しかし、つい力が入り過ぎてしまい。
男の右腕を引き千切ってしまったの。
「今日は、思った以上に有意義な結果だった・・・わね」
クスリの売人という、裏家業の悪人とはいえ。
男一人の腕を捥いでおきながら、女はそれを放置して結果の考察に興じていた。
【護身サプリVer.2】によって、肥大化した身体。
それが、こういった治安が最悪な場所で、どういう結果を齎すか。
そして、こういった場所だからこそ試せる、銃撃への耐久性の有無。
事前の計算では問題ない、という測定値ではあったものの。
それがもし、計算違いだったら。もしくは、想定外の何かがあったら。
ひょっとしたら、ここで斃れていたのは女自身だったかも、知れない。
それでも、女にとっては死ぬ恐怖よりも、【実験】するという研究者としての欲が上回った。
「【実験】に協力してくれたお礼に、その“クスリ”は貰わないでおくわ・・・ね」
せめてもの手向けに、と男の商売道具のクスリはそのままにしておいた。
無くなった右腕の痕からの大量出血で、男の意識は既に無い。
こんな修羅場でさえ、誰一人として助けに出て来るでもなく。
警察に通報するでもない。そんな、この裏路地も。
白衣の女にとっては、貴重な【実験場】でしかなかったのだった。