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疲れた。
そのワードだけが頭の中をぐるぐると回っていた。ツイッターに流れてくる全国各地の同志達の楽しげな様子をぼんやりと俯瞰するような気持ちで眺めつつ目に入ってくる時刻表示は『20:10』。
就業規則上は定時を過ぎたタイミングで休憩時間なり入れて良いと書いてあったが、タテマエで仕事はできない。波濤の様に次々と手もとに流れ込んでくる仕事を片付けきるまで机に縛り付けられて、気がつけばもうこんな時間だった。このタイムライン上の彼彼女は皆仕事を終わり、飯を食い、のんびりとキーボードなり画面を叩いているのだろうと思うと、胃の下のあたりがムカムカしてくる。ムカムカしてくるのだが、胃のあたりに意識を向けるとふと思う。
頭の中の 疲れた の横に 腹が減った も並ぶ。
そうだ、腹が減った。これからまた帰り道をトボトボと歩いて誰も居ない部屋に入り途中で買ったコンビニ飯を食うのかと思うと気が滅入る。これはいかん、と決心する。この胃のムカムカも、ストレスであり解消すればこの当たり散らして堪らないムカムカも消えるに違いない。
そうと決まれば、と決意に押されてギラギラしている自覚のある双眸であたりを見回すとすぐさまソレが目に入った。
『らぁめん』
これだ。
夜、疲れたところにラーメン。家で一人さもしく食べるカップ麺とは違う。威勢の良い声と雰囲気の中で一心不乱に食べる熱い麺はさぞうまいだろう。 妄想で、より腹が減る。 疲れてザリザリと地面を削る足取りで、生者を求むゾンビの如く明かりの中に突き進んでいく。
『ラッシャイ!!』
想像の通りの掛け声。大きな開放型のダイニングにはもうもうと湯気が立ち込め、そこにはまさしくラーメン店員という風貌の若々しくエネルギッシュな青年達が忙しなく立ち回っていた。
メニューらしきものは見当たらない。となると、と視線を出入り口の横へと覗き込めば広めにとった通路の入り口に置かれた券売機が明かりの中でもなお眩くさあ頼めと輝いてた。
さて、ここまで思い返すようにその時見ていたもの、事を事細かにさも理性的であるかのように文字に起こしてはいるものの、文頭に書き記してある通り、私の頭の中には既に「疲れた」と「腹が減った」の2ワードしか入っていない。 もっと言えば、「つかれた」と「ハラヘッタ」レベルのそれこそゾンビ程度の知性しか持ち合わせていなかった。
そんな私がラーメンの券売機の前に立ってあーだこーだと考えるような思考力など到底存在せず、千円札を2度流し込み、とにもかくにも『おすすめ』と書かれているポップのついたボタンを押す。 それから、ラーメンを頼むという幸福のボタンを押した結果微かに戻ってきた知性がサイドメニューを吟味しだす。
餃子、ビール、餃子+ビール。コーン、バター、
そしてその下段に目が移って『大盛り』と書かれた文字を見て、「ハラヘッタ」に犯された蛮族程度の知性はとりあえずボタンを押した。
「大盛りのラーメン」注文が出来上がった。
夜遅くに食う、もつけていい。
しかし、初入店した店舗のラーメンの量は多いか少ないか適量か判別がつかない。すると、コレ以上の冒険は危ないのではないか――と、理性ではなく過去の経験を元にした本能が指を鈍らせた。 やれるとこまでやってしまえ、という悪魔のささやきを耳にしながら、ぐり。とおつりの返却レバーを回す。
『お好みは!』
疑問符な筈なのに感嘆符に聞こえる問に、麺柔めだけ伝えて適当な席――カウンターに座る。ぎし、と微かに沈み込む椅子に足腰に溜まっていた疲れがどろりと落ちるようでかばんを足元に降ろして机に倒れ込まない程度に体重をかける。
と、ここで。
思考が死んだ。
「つかれた」と「ハラヘッタ」が解放を目前にピークに来ていた。ノロノロと習性のように取り出したスマホでタイムラインを眺めるが、まるで頭に入ってこない。情報を惰性でただ眺める。時折流れてくる美麗イラストや性癖を突くイラストに反射でいいねボタンを押しながら、その時を待つ。
(ごちそうさまでした。)
遂に、というべきか。若干の徒労感すら覚えながらスープだけが残った器を見つめる。
今度こそ、もう入らない。
というか、出る。出そう。 ベルトを緩めてるのにお腹はパンパンで、これで満員電車に乗ったら社会的に私は死ぬだろう。
時刻は21時手前になっていた。
帰ったら風呂に入って……そのまま寝る時間になるだろう。
(ま、いいか……。)
けれど、それをまあいいかの精神で流せるだけの満足感があった。 限界までお腹いっぱい食べる(本当の本当に限界である必要はない)のは心の健康に良い。『ありゃぁとしたー(ありがとうございました)』の声を背に浴びながら店を出る。
緩めたベルトを隠すようにコートを羽織り直して家路に戻る。
(……そう言えばダイエットしようって考えてたんだった。)
また明日だな。と思考を切り替えて、私はスマホを取り出した。
(『初入店のラーメン屋で大盛りはマジで止めたほうが良い。私みたいに死ぬから』……っと)
end