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平塚先生の機嫌がいい。どのくらい機嫌がいいかというというと遅刻の説教を受けているはずなのに目の前の平塚先生はニヤニヤを気持ち悪い笑みを浮かべている。
もう一つ、違和感がある。匂いである。
「先生、タバコやめたんすか?」
「ん? ああ、タバコか。彼に匂いがつくのが嫌だと言ったのだよ。お腹の子供のためにもよくないしな」
一瞬理解ができなかったが、論理的に導ける帰結は一つしかない。先生も俺の敵だということだ。
「結婚したんですか? いつのまに」
精一杯祝福したつもりであったが、なぜか平塚先生は言い淀んだ。
「まあ、そうだな。結婚は、追い追いだ」
不思議な物言いである。ああ、そうか。先方の親が結婚に難色を示していて、デキ婚で説得しようとしているのか。
「でも、教師が結婚してないのに妊娠ってよくないんじゃないですか? PTAとか。籍くらい入れちゃったらいいじゃないですか」
学生の分際で生意気なことを言っている自覚はある。でも、なんだかんだお世話になっている。お世話になっている? 平塚先生の幸せのために後押しをするくらいしてもいいじゃないか。別に、先生が結婚したら説教が減るかもとか思っているわけではない。先生に貰い手が現れたのは素直に祝福するべきことだ。
「そうだな、私もそう思うんだが。彼が、妊娠したら奥さんと離婚して結婚してくれると約束してくれたし、私はそれは信じようと思う」
整理しよう。平塚先生は結婚の約束をしている。しかし、相手は既婚者である。
「それ、騙されてませんか?」
むしろ開き直っていて騙していないまである。
「比企ヶ谷、いくら生徒と教師とはいえ言っていいことと悪いことがあるぞ。彼の悪口は許さない。お前にはわからんだろうがな、私にはわかる。彼の本気ピストンには愛がこもっていた。避妊なしの中出しセックスこそ男の甲斐性というものだ」
「はあ……」
なんて声を掛ければいいのかわからず曖昧な返事になってしまった。
「比企谷、セックスはいいぞ〜。セックスをすると人間としてのレベルが上がるからな」
高校教師が生徒にセックスを勧めるのはどうかと思うが、先生が騙されているなら止める必要がある。
「どんなふうに出会ったんですか? ほら、俺も専業主夫志望としてそういう出会いには興味がありまして」
「そうか、そうか。いいだろう。私と彼の馴れ初めを聞かせてやろうじゃないか。彼との出会は先週末のことだった。
私が駅前のバーで飲んでいると、1人の男性が隣に座る。なんだろうなと思っていると、一杯のカクテルを差し出された。鮮やかな青色のカクテルだった」
気分よく出会いの経緯を話す平塚先生に対して俺はといえば、そういえば市販の睡眠薬は水に溶かすと青色になるって聞いたことあるなと思いながら聞いていた。
「聞いているのか? 比企ヶ谷。まあ、若い女性が1人で飲んでいれば奢りの一つもあるだろうなと思ってありがたくカクテルを飲んだ」
そして平塚先生が黙った。
「飲んで、どうしたんですか?」
普通ならお酒を奢ってもらってそこから会話が弾んでと続くはずである。
「記憶がないんだ」
「……は?」
「目が覚めたら、私はホテルで全裸で彼と繋がっていた。つまりセックスということだな。酔っていて記憶がないのは非常に残念だが、私が身体を許したということは情熱的な求愛を受けたに違いない」
ほぼ決まりである。平塚先生は薬を飲まされてレイプされた。問題は平塚先生本人がそのことをレイプと認識していない可能性が高いことである。
「それで、そのあとどうしたんですか? 平塚先生には悪いですけど、騙されてるんじゃないですか?」
どう伝えるべきか悩み、結局先を促すことにした。
「まあ、そうだな。私もその可能性は考えた。だがな、彼のセックスはその……、上手かったんだ。処女だった私の気持ちいいところを容赦なくついてきて。気づけば結婚の約束をしていた。部屋の合鍵もあげたし、中出しもしたし、これはもう結婚していると言ってもいいのではないだろうか? そうだよな、比企ヶ谷」
いや、俺にそんなこと聞かれても。しかし、不安げながらも平塚先生の顔は恋する乙女の顔だった。
「まあ、きっかけはどうであれ性的関係から生まれる恋とかもあるんじゃないですか? 俺は知りませんけど」
「そうだろうな、まともな恋愛すら経験していない比企ヶ谷に大人の恋愛などわかるはずもない。知ってるか、比企ヶ谷。大人のデートはラブホテル現地集合なんだぞ! そのままセックスをしてラブホテルで解散するんだ。すごいだろ」
なんだろう。この絶対騙されてるという確信は。居た堪れなくなった俺は話題を逸らすことにした。
「その、彼氏さんの写真とかないんすか?」
「破廉恥だぞ!」
なぜか顔を真っ赤にして怒られた。俺が詳しくないだけで彼氏の写真を見せるのは破廉恥なことなのか? クラスの真ん中で女子どもがよく見せ合っている気がするがあれは同性だからアリなのか?
「すまない、比企ヶ谷。私も見せびらかしたいのは山々なんだが、その。彼との写真がハメ撮りしかないんだ……。違うんだ、比企ヶ谷。ハメ撮りは彼の趣味なんだ」
この後ハメ撮りが彼氏の趣味で自分は付き合っただけという言い訳を並べながらハメ撮りの良さを語るという墓穴を掘りまくっていた平塚先生だが、ここは武士の情けで記憶から消しておこうと思う。
平塚先生の言い訳を遮ったのは平塚先生の携帯電話だった。特別な着信音だったのか、平塚先生はワンコールで電話に飛びつくとゾッとするほどの甘え声で電話に出た。
「はい♡ 静です♡」
「はい、今日も中出しできる日です♡」
「いつものホテルに15分後ですか♡ もちろんです♡」
短いやり取りが終わった後の電話を頬を紅潮させたまま握り締めていた平塚先生であったが、慌ただしく荷物をまとめると俺のことなど最初からいなかったかのように無視して職員室を飛び出して行った。