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重犯罪者に共通する特定の遺伝子が発見されたのは、たしか15年ほど前だっただろうか。
年々増加する若年層の重大犯罪を防止することを目的に、特定犯罪遺伝子を持つ者を拘束。1年間の矯正教育を施して犯罪の芽を摘むための法律が、10年前に施行された。
特定犯罪遺伝子保有者矯正教育法、略して特矯法に基づき、成人年齢に達すると遺伝子検査が行なわれる。
その結果、特定犯罪遺伝子を保有していることが判明すれば、実際に犯罪を犯しているか否かにかかわらず、即時に拘束され、矯正収容所に送られる。
そうして矯正教育を受けた者は、10年間で累計数万人に及ぶとされている。
もちろん、私もその検査を受けた。
ふたり組の女性捜査官が私の元を訪れたのは、検査からひと月ほどが経った頃。
「あなたが特定犯罪遺伝子の保有者であると判明しました」
「そ、そんな……信じられません」
感情のこもらない声で告げられ、言い返したのは、私がこれまで犯罪とは無縁に生きてきたからである。
だが、抗議は聞き入れられなかった。
「特定犯罪遺伝子を保有していれば、犯罪歴とは関係なく、拘束対象となります」
女性捜査官のひとりが有無を言わさぬ口調で告げると、私の名前が書かれた拘束令状を見せた。
「特矯法に基づき、あなたを拘束します」
そして、そう宣言すると、背後に回り込んでいたもうひとりが、私の腰のあたりになにか硬いもの――あとから考えたら、おそらくスタンガン――を押し当てた。
バチバチッ!
高圧電流がスパークする音が聞こえ。
「うッ!?」
押し当てられた場所に強い衝撃を感じた直後、私は意識を失った。
そして、目覚めたのが今である。
目を開けると、床も、壁も、天井も、薄いグレーの狭い空間。いずれも若干のクッション性があり、転倒したりぶつかっても、怪我をしにくい構造になっているようだ。正面の壁に四角く切れめがあるのは、そこが出入り口の扉になっているのだろうか。
「こ、ここは……」
これまでの経緯からして、特定犯罪遺伝子を持つ者が送られる、矯正収容所の独房に違いない。
「わ、私は……」
黒い革製の拘束衣を着せられて、壁にもたれかかった体勢で、厳重に後手拘束されている。
縛《いまし》めの身をモゾモゾと蠢かせ、拘束具合を確かめるために視線を落とし、私は目を剥いた。
黒革の拘束衣の胸に、収容者番号。
ト203。
特矯法に基づき矯正収容された収容者は、保有する特定犯罪遺伝子の危険度によって、イロハニホヘト7段階に分類される。
そのなかでト級はもっとも危険な特定犯罪遺伝子保有者とされ、1年間の収容期間を通して、通常の収容者に対する懲罰に匹敵する措置が施される。
「このきつい拘束は……」
充分に懲罰たりえる。
「つ、つまり……」
全身をギチギチに締めつけ、抵抗を完全に封じる拘束衣を着せられたまま、この狭い独房に閉じ込められて、私は1年間を過ごさなければならない。
そうと察して、愕然とする。
だが、その考えすら甘いものだったと、私はすぐに思い知らされた。
正面の扉が、音もなく開く。
そこから、厳《いかめ》しい制服に身を包んだ女性が入ってきた。
「新収容者ト203……看守の源田《げんだ》だ。これから1年間、おまえの矯正教育を担当する」
眉ひとつ動かさず冷淡に告げると、源田看守が手にしていた鞭を、私の脚に押し当てた。
直後、バチッと電撃。
「ひぎぁあッ!?」
拘束衣のぶ厚い革ごしでも衝撃的な電撃に悲鳴をあげると、源田看守の冷酷な声。
「電気鞭の威力はわかったな? わずかでも反抗的な態度を示すとこれが使われること、よく憶えておけ」
そう告げて私を震えあがらせて、源田看守が拘束衣と同色の革製装具を取り出した。
革製のマスクの内側に金属製の筒が取りつけられた装具が、顔前にかざされる。
「口を開けろ」
この装具は猿轡、いや口枷なのだろう。おそらく、内側の筒が口に挿入されるのだ。
そうと察するが、電気鞭の恐怖から、逆らうことはできなかった。
「あう……」
開いた口に、金属製の筒が押し込まれる。
「あ、あ……」
舌を下顎側に押しつけ、口腔内を占拠しながら、筒が侵入してくる。
「あ、が……」
筒が取りつけられたマスクの革が顔に触れると同時に、なにかが歯をガッチリ捕らえた。
それで、歯にあたる位置にマウスピースが設えられていたのだと知ったところで、頭の後ろでベルトが締められる。
まず、耳の上を通るベルト。続いて、耳の下側。
2本のベルトをきつく締め込まれ、口枷の筒を吐き出せなくなった。
それから源田看守が取り出したのは、丸い蓋のような金属製の土台に、柔らかいシリコーンゴム製の長い棒が取りつけられた装具。
その長い棒の先端が、口枷の筒に近づけられる。
そこに挿入するつもりなのだ。
「あぁ(いや)……」
言葉にならない声で拒絶しようとしたが、電気鞭が恐ろしくて、それ以上のことはできなかった。
「素直でよろしい。まぁ、素直にしたからといって、いいことはなにもないのだかな」
それは、間違いのないことだろう。
素直に従ったとしても、喉奥に到達するであろうシリコーンゴムの棒が、口中にねじ込まれるのだから。
とはいえ逆らえば、電気鞭の罰を受けたうえで、同じ目に遭わされる。
素直に従ってもいいことは起きないが、少なくとも最悪の事態だけは回避できる。
早々にここでのルールを思い知らされながら、口中にシリコーンゴム棒を挿入される。
「あ、ぉ……」
棒の先端が、喉奥に触れ、えずきそうになったところで、カチリと金属どうしが噛み合う音。
それで、喉奥に到達するシリコーンゴムの棒が、まったく動かなくなった。
もう、不用意に動けない。
もともと蠢く程度の自由しかなかったが、少しでも動けば喉奥を突かれそうで、身じろぎすらできない。
そんな私の前に、厚いパットがついた丸い革の板を、ベルトでつないだ装具がかざされた。
「とりあえず、これが最後の装具……目隠しだ」
源田看守の言葉の直後、パットつきの板で両目を覆われた。
なにも見えない。厚いパットが肌との隙間を塞ぎ、光すら差し込まない。
後頭部でベルトを締めて目隠しを固定。私から視界を完全に奪って、源田看守が声をかける。
「矯正教育の第一段階として、まずは厳重拘束に慣れてもらう」
その言葉を最後に、源田看守の声は聞こえなくなった。
ぶ厚い革の拘束衣できつく厳しく拘束され、身体の自由はない。
先が閉じた拘束衣の袖に閉じ込められた手で触れられるのは、素材たる黒革のみ。
舌が接するのは、口中ねじ込まれた金属製の筒だけ。
ともすれば喉奥を突こうとするシリコーンゴムの棒のせいで、うめき声すら発する気になれない。
視界は真の闇に閉ざされ、なにも見えない。
耳は塞がれていないものの、もともと無音の独房で聞こえるのは、私自身の息遣いだけ。
いっさいの自由を奪われ、五感すべてを支配された状態で、じっとしているしかない。
つらい。苦しい。
私はなんら罪を犯していないのに、理不尽すぎる。
だが、どうすることもできない。
助けを求めることはできないし、その相手も今はもういない。
仮にできたとしても、私が救われることはない。
この先1年間、こうして拘束されて過ごさなくてはならない。
いや、違う。
源田看守は言った。
『矯正教育の第一段階として、厳重拘束に慣れてもらう』
つまり、このきつく厳しい拘束は、矯正教育の第一段階にすぎないのだ。
厳重拘束に馴らされたあとは、さらに苛烈な矯正教育の第二段階、第三段階が待っているに違いない。
それが、なにかはわからない。どれほどの過酷な措置なのか、想像すらできない。
だが、私を待ち受ける過酷な運命からは、けっして逃れられない。
そう覚悟しながら――。
いや、それも違う。
私は覚悟したわけではない。ただ望みを奪われ、そうするしかないと諦め、絶望して運命を受け入れただけだ。
そうして私は、第二段階の矯正教育も受け入れるのだろう。そのあとは、第三段階の矯正教育も甘んじて受けるに違いない。
無表情で、冷酷極まりない源田看守にされるがままで。
(了)