【依頼内容】
・黄ヶ虎事務所メンバーでの日常回
【本編】
「黄ヶ虎ってさ、よく陰陽師は予防と予知が専門って言うけど、占い得意なのか?」
とある日の昼下がり、興味本位で声をかけられた探偵事務所の主は口をへの字に曲げた。
立派になった事務所にも職員が増えてから少しして、ワニも龍もなじんできた。助手であるサメ、瑠璃島も性行為から解放される時間が増えた結果、雑談がてらに気になっていたことを投げかけたようだ。
「一応な。どうしても証拠が欲しい時には頼ることもある」
「ああ、今までは持ち前の頭脳だけで解決できてたからいらなかったのか。なるほどなあ」
「そう言われると、煽ってるようにしか聞こえねえんだが」
「根性ひねくれすぎだろ。俺は素直に褒めてんだよ!」
まっすぐすぎるサメとは対照的な虎は、書類をまとめる手を止めてため息を吐く。どうやればあの純粋さでこの社会を生きてこれたのか、名探偵にもわからない謎の一つだ。
そんな瑠璃島はラウンド髭が目立つ雄臭い顔に笑みを浮かべたままで、気分を害した様子もない。慣れによって会話テンポが共有されてきたこともあり、そのまま話を続けていく。
「でも実際、お前が占いしてるところを見たことねえんだよな。身固みてえな結界なら見たことあるけどよ」
「滅多にやらねえからな。ちょっと先がわかったからって、だからなんだって話だろ」
「ちょっと先って、未来のことか。朝のニュースでやってるやつとは違うんだな」
「天文観測が必要って点では一緒かもしれねえな。おれらの占術は式盤を使い、地と天によって得られた文字の重なりを読む。……まっ、ただの古臭い呪いだ。当たるも八卦当たらぬも八卦、結局やってるのはジンクスを作ってるってだけだな」
「こいつ、説明がめんどくさくなりやがったな……」
「占事略決も読めない奴に何を言ったところでな」
「あんなのわかるわけねえって……」
以前黄ヶ虎の使う陰陽道に興味を持ったサメが尋ねたところ、いくつかの書物がデータで渡されたことがある。当然今まで縁のなかったサメが読めるわけもなく、なんとなくすごいという理解に収まっていた。
ことあるごとに占い屋をするか探偵をするかしか能がないと自称する黄ヶ虎は、むっちりとした体で清潔なシャツを膨らませている。鍛えた体に脂肪を纏っており、サスペンダーを押し上げる下乳の間に卑猥なデルタを作っていた。
加えて、眉間のしわが標準装備された虎の相貌は、少なくとも占いが得意とは到底思えない。この顔で占いをしようかと迫られれば、誰であれ事件の匂いを感じることだろう。
だが、その根が善人であることをサメは知っている。まめで綺麗好きな名探偵は本人が思っている以上に外聞がいい。だから瑠璃島もいちいち目くじらを立てることなく、助手として付き合えていた。
「黄ヶ虎様」
控えめな声で事務所に入ってきたのは、執事服を来たワニの男だった。
明らかに平均を軽々と超える背丈に、土管を思わせるほど鍛えて膨らんだ四肢。山脈のような肩幅から足先に至るまでフォーマルな服で身を固めた湖刃田が、恭しく頭を下げる。
「乱交室にラグビー部の方々がいらっしゃいました。薄濱様が一人では無理だとおっしゃっておりまして、救援を要請しております」
「だとよ瑠璃島。行ってこい」
「お前、人を犬みてえによお……!」
「実際それがお前の仕事だろ。ほら、書類寄こせ。こっちはおれが片付けておく」
ちんぽとしての優先順位は瑠璃島と薄濱が高く、執事であり来客なども担当する湖刃田が後となっている。黄ヶ虎が出てくるのは最後ではあるが、例外として主と仰ぐ塚爪や熱烈に希望する尾切や居抜などには相手をすることが多かった。
不満げな瑠璃島だが、事件もない今できることは限られている。人のためならどんなことでも厭わないまっすぐな男は、それでも誰かのために部屋を出ていった。
「ふう……」
「お疲れのようですね。コーヒーでもお淹れしましょうか?」
「頼む。『協会』との連携が取れるようになったのはいいが、仕事が増えてきたもんだ」
「『筋肉嗜好会』(マッスルフィリア)の噂も広がりつつありますし、警察としても対処に頭を悩ませているのでしょう」
雄を雌に変えて金を稼ぐ悪徳集団に内心で唾を吐きつつ、黄ヶ虎は書類から顔を上げる。湖刃田は執事を自認するだけあり、家事全般を高水準でこなしてくれた。瑠璃島には任せられない雑務も、彼になら安心して任せられる。
だが、湖刃田も被害者であり、精神を捻じ曲げられた存在だ。その献身を受けるのに罪悪感があり、素直に受け入れてはならないと黄ヶ虎は考えていた。
「手伝ってくれるのはありがたいが、こんな職場はいつでも辞めていいからな」
「いえ、私は誰かに奉仕することを天職にしていただいた肉便器です。ここで働くことこそ、私の幸せでございます」
「……そーいうとこだっての」
本来なら犯してほしいはずだが、湖刃田は奉仕精神によっておねだりが少ない。それどころかちんぽとして働くのも厭わず、黄ヶ虎たちの役に立とうとしている。
すでに今の状態が湖刃田であり、無理に戻そうとするのは精神に変調をきたす恐れすらあった。
「だからまあ、気長に付き合うしかねえな」
結局いつもと変わらぬ結論を導き出した虎の前に、薫り高いコーヒーが置かれた。
「どうぞ」
「助かる」
「書類が多いようですが、何か手伝えることはございませんか?」
「あー……これは警察から来た事件内容を呪術絡みかどうかの危険度で振り分けててな、おれの仕事だ。明日に『協会』から担当が結果を聞きに来るから、急いでやらねえと。んで、瑠璃島がさっきまでやってたのはあいつの報告書で、途中監査もおれの仕事……なんだよなあ」
「かしこまりました。差し出がましい真似をして、申し訳ございませんでした」
「謝るなよ。今日は来客の予定もねえからもう休んでも……」
なんて言ったところでワニが休むわけがないと知っている。湖刃田の表情は常に温和な仮面であり、ワニ特有のいかつさを調和するすべに関しては事務所で一番だろう。何を命じてもこの表情が崩れることはなく、むしろ喜んで声を弾ませる始末だ。
黄ヶ虎は褐色の水面を憮然とした鼻息で揺らし、尻尾をくねらせた。
「仕事が欲しいなら瑠璃島を手伝ってやってくれ。これから他の奴らも来ちまったら順番待ちになっちまうからな」
「かしこまりました」
恭しく頭を下げてから退出するワニを見送って、黄ヶ虎は書類に向き直る。
最近は『筋肉嗜好会』からちょっかいをかけられることもなく、平和に過ごせている。黄ヶ虎としては、このまま自分のあずかり知らないところで解決してくれないかと、切に願っていた。
「『協会』もようやく本腰を入れ始めたが……遅すぎるんだよなあ。多分何人か抱きこまれてんだろうな。そこら辺のあぶり出しも、そろそろやらねえとか……」
あれだけの規模になるまで『協会』が気付かなかったのも、内部での隠ぺいがあったからに違いない。すでに『筋肉嗜好会』のおもちゃにされている黄ヶ虎は、辟易としながらもやるべきことを脳内でリストアップしていく。
「ってことは、実家に帰らなきゃならねえのかよ……はあ、めんどくせえな。でも『協会』を相手取るなら、後ろ盾は合った方が良い……ってなるとだ」
そもそも『筋肉嗜好会』対策本部のアドバイザーになったことで、『協会』でも活躍を知られている。実家の耳にも当然入っていることだろう。
黄ヶ虎は引き出しから小さな紙を出し、そこにいくつか文章を書きこむ。
さらに鳥の形に折ってから窓に投げ捨てると、まるで生を吹き込まれたかのように飛び立っていった。
「……たく、スマホで連絡すりゃいいのに、いつまでこんな古典的な手にこだわるんだか」
めんどくさそうなつぶやきは、誰の耳にも入ることはなかった。
****
「……は? これから占い屋を開く? 正気か、黄ヶ虎?」
サメがあんぐり口を開くのもしょうがないことだろう。口にした本人すら何を言っているのかわからないのだから。
「ほう、これまた異なことを言う。どういう風の吹き回しだ?」
驚いたのは黄色い龍も同じではあるが、対応は優雅だ。着流しにスカジャンを纏った巨躯は事務所に設置された自分の席に座ったまま、コーヒーを口に含んでいる。
黄金の鱗に黒いたてがみを持つ薄濱は、鍛え上げた筋肉も相まってただものではない風格を漂わせる武人だ。瑠璃島の研いだ刀のような肉体と双璧を為すほどに勇ましく、所作の一つ一つが洗練されている。
最初こそ、黄ヶ虎より年上の龍がこの淫靡な事務所に慣れるのか不安だったが、薄濱は大抵のことをそつなくこなし、瑠璃島に負けない精力で雄たちをさばいていた。離婚したばかりではあるが、この様子では結婚時は相当我慢していたのだろうと探偵があたりを付けるくらいこの龍は猛々しい。
虎はワニからサーブされたケーキをやけくそ気味に頬張ってからコーヒーで流し込み、恨みがましい目を二人に向けた。
「どうもこうもねえ。実家からの課題だよ。当主に謁見したかったら、腕がなまってないことを証明しろだと」
これ見よがしに和紙を振ってからサメに投げつける。それは寸分たがわぬ軌道で瑠璃島の机に着地し、達筆で書かれた文章をさらけ出す。
現代警察だったサメが解読に時間をかけている間に、横から覗き込んだ薄濱が面白そうに口元を歪める。代々武士の家系であり現在まで続く道場を運営していた龍にすれば、読めない文字ではない。
「かかっ、さすがは黄家か。実家に帰るにも一筋縄ではいかんとは」
「言い回しがわかんねえけど、変わった家だな。でもなんでそれで占い屋なんだ?」
「ちょうど明日、『協会』から人が来る予定だからな。そこに実家から人を追加で付けるんだと。そいつに指示されたものを占って審査するらしい」
「はあ……? なんだそりゃ」
「知らねえよ。おれは家を継がねえってのに、なんでこんな馬鹿らしいことをしなきゃなんねえんだ。なので、今から練習がてらに占ってやる。牛頭らにも声をかけておいたから、今日はこれに専念させてもらうぞ」
その口ぶりから、黄ヶ虎が普段占いをしていないことは誰からも明白だった。
この真面目な虎が今日の業務を全部投げ出すくらいだ。その重大さをサメはすぐに理解すると同時に、いたわりの心が湧いてきた。
「聞くのもなんだが……実家と仲が悪いのか?」
「そんなことはねえ。年末年始は毎年帰ってる。第一、今の当主はおれの兄貴だからな。試練なんざ課す意味がねえ。どうせ探偵なんてやってるおれへの当てつけだろ。お前はちゃんと陰陽道を極めているのかってな」
「なんとっ!」
虎の投げやりな発言に驚いたのは意外にも龍だった。珍しく尻尾を直立させる薄濱に、サメも驚きの視線を送る。
「黄家の者とはわかっておったが、まさか直系とは。かっかっかっ、ならば行われる卜占もそこらの者とは一線を画す。息子も呼びたいくらいだ。わしのことより、あちらの方が気になるからな」
「息子想いも結構だが、そんな時間はねえ」
虎は整理された机の上に様々な道具を並べてから、全員を一瞥する。
「まずは六壬式(りくじんしき)だろ、それから太一式(たいいつしき)と雷公式(らいこうしき)くらいは触れといた方がいいな……ちっ、なんでこんな無駄に技法が多いんだ。大体、占いなんてもう全部易占で良いじゃねえか……」
連綿と続く歴史に文句を言いながらも手は止まらず、それぞれの法式に沿った準備が整っていく。整理整頓をこまめにする黄ヶ虎は汚い机を好まない。そばに控えていたワニに声をかけて整理を頼む。
「湖刃田、悪いが手伝ってくれ。こっちから、太一式、六壬式、雷公式で使う道具だ。おれが言ったものをすぐ机に準備できるよう、管理できるか?」
「かしこまりました。すぐさまカートを準備いたしますので、少々お待ちください」
仕事を命じられて、生き生きしたワニがカートに片付けていく。何もなくても仕事を探す湖刃田だが、やはり命じられると最も嬉しそうな顔をする。
「まずは瑠璃島、来い」
「おれもか? でもおれはあんまり占いには興味ねえぞ。こういうのは自分で切り開くって決めてるんだ」
「所長命令だ」
「職権乱用がすぎるだろうがよ! 大体、占うって何にだよ」
「この先を少し見る。それが一番わかりやすいだろ。お前には悩みなんてなさそうだしな」
「最近は雇用主が横柄で困ってるんだが?」
「とっとと転職しろって出たぞ」
「まだ占ってもねえだろうが!」
いつものやり取りをしながら、サメを目の前に呼んだ黄ヶ虎は湖刃田から式盤を受け取る。それは文字が書き込まれた板に丸い板を付けたもので、瑠璃島には何に使うのかさっぱりわからないものだった。
それから虎は傍に置いたスマホを操作していくつかのデータを読み取っていくが、ふと思いついてその指を止める。
「……待てよ、本家から来るってことは天球儀や渾天儀を使うべきか? んなの最近滅多に使わねえから埃かぶってるぞ……」
「天球儀? やっぱ占いって言うからには、星を見るんだな」
「かかっ、式占とは式盤によって天と地の重なりを見て、天からの啓示を解読するというものだ。陰陽師にとっては基本だな。占う上で、天体は最も大事な要素の一つだ」
頭を悩ませる虎に変わって、ある程度の知識がある龍が解説してくれる。
だが、それを聞いたところで、瑠璃島にとってはそういうものかという感想から抜けることはなく、虎が式盤を回して唸る様をただぼーっと眺めるだけだった。
「なんか……もっと派手なもんを勝手に想像してたな」
「絵面は地味極まりないだろ。陰陽師といえば現代は脚色されたものが多いが、もともと暦や天体観測などが仕事の文官だったのだ」
「はーそういうもんなのか。言われてみると、身固とかも確かに地味だったしな」
改めて黄ヶ虎に視線を移すと、虎は大きな体を机に近づけて丸い板を回転させながら考え込んでいる。式盤も大きいのだろうが、シャツに包まれた体と比べるとおもちゃのようにしか見えないのも地味さに拍車をかけていた。
「むろん、それだけではないがな。時代が流れるとやれ穢れ対策だ、呪術だと、求められることが増えていった」
「それ、今もそうだろ。仕事がどんどん割り振られるのは、陰陽師も社会人も変わらねえんだな」
「おかげで陰陽道は様々なものを取り込んで、占い以外にも有用とはなったがな」
薄濱の話は瑠璃島にもわかりやすく、面白いものだった。黄ヶ虎はそこらへんを丁寧に説明するのを好まないため、今までこのサメは雰囲気で付き合っていた。
もっと教えてほしいと瑠璃島は思っていたが、聞いてほしくないオーラを出しているため聞きそびれている。この探偵は人のことはすぐ暴いてしまうのに、自分のことになると途端に秘密主義になるのだ。
ややあって、考えをまとめた虎がもう一度スマホを手に取った。
「いやいい、星の動きなんざスマホで見るのが一番確実なんだ、要は結果が良けりゃいいんだ。知ったことか」
一日で詰め込むにも限度がある。黄ヶ虎はそう割り切ると、改めて液晶から必要なデータを読み取っていく。
そうして式盤を回していく姿は、やっぱり地味だなとサメは内心でつぶやいた。
「……つまり、見たい星は……ここか、はあ、まあ瑠璃島だしなあ」
「なんだよ。そんなため息交じりに言われたら気になるじゃねえか」
「困難を自力で切り開き、決して衰えることのない一等星。つまり、頑張りゃ何とかなるから頑張れってことだ」
「変わんねえじゃねえか」
「正直お前に対して別の結果が出てたら、おれは今すぐ廃業してるよ」
「その方が探偵に戻ってくれるから、おれとしちゃ助かるぞ」
「……言ってろ。後は男難の相が出てるのも、いつも通りか。修羅場作成常習犯だしな」
「知らねえ話なんだが?!」
神霊まがいになる前から男にもてていた瑠璃島だが、女房役の宮影が気付かれることなくすべて収めていたため、いまだに明るみに放っていなかった。だからこそ被害が拡大しているし、いまだに牛頭あたりと激しい攻防を繰り広げているのだが、虎は我関せずを貫くことに決めている。
「修羅場って……たまに言われるんだよな。署にいた頃も、なんかすげえ真面目な顔で修羅場作るのは止めろってきたしな。でもなあ、今まで告白とかされたことねえぞ」
「……そうか、ならこれから気を付けろ」
だから、そう言うだけに留めた。
警察官時代は宮影という防波堤がいたことを踏まえて、昔から表在化しなかっただけで牽制は合ったのだと、探偵は想像している。
大学時代は空手の大会で何度も優勝しているうえに、本人の肉体美は異性同性問わず魅了するほどに仕上がっているのだ。そしてこの明るさがあれば、もてないというのは嘘だろう。
似たようなことを薄濱も考えていたのか、呆れ半分で顎下をさすっていた。
「ここまで鈍感だと報われんなあ……」
「『筋肉嗜好会』に巻き込まれるまでは童貞だったしな。本当にこの手の話に興味がないんだろ」
「ある種、博愛を体現しようと思えばこうなるのだろうな。眩いばかりだ」
「まったくな、宮影が付いているくらいでちょうどいい」
露払いという意味でも、あのシャチは有能だ。だが、虎は横目で龍を見ると、着流しの隙間からのぞく分厚い胸板の艶が魅力を醸し出していた。
「ここで盛ってるやつらの何人かは、すでにお気に入りがいるが……」
圧倒的男性性の化身である瑠璃島だけではなく、落ち着いて紳士然とした薄濱も人気が高い。受けのレベルの高さを指摘されることが多い事務所だが、その実攻め手も相当なものだったりする。
「まあ、お前はそこんとこ心配ねえよな。誰かに入れ込むタイプにゃ見えねえ」
「かかっ、頼りにしてもらって何より。今更再婚なんぞ、考えてはおらんからな。だが先のことはわからんぞ?」
「それは未来のお前と相談してくれ。ここには人肌だけはたくさんある。適当に温まっていけばいいさ」
道場を息子に受け継がせ、今はセックス三昧の日々を送っている薄濱だ。それでも日課の鍛錬は継続しており、筋肉のキレはボディビルダーの頂点だった塚爪も認めるほど。
甘党のくせになぜこの体を維持できているのか、むっちりとした名探偵は本気で知りたいと思っていた。
恨みがましい目をしている黄ヶ虎の手前で、サメは何の憂いもないような眩い笑みを浮かべて胸を張る。頼りがいを煮詰めたような態度は虎との落差を際立たせ、龍は思わず笑いを喉でかみ殺す。
「そうだな、おれでよければ話くらいはなんでも聞くから、いつでも相談してくれ。同じ事務所の仲間になったんだ、お前のことも良く知りてえ」
「お前こそ、男難の問題が出ればわしらに相談するといい。微力ながら力になるぞ」
「男難っていっても、こんな仕事してりゃいつかは出るだろうしなあ……そんときゃ自業自得と割り切って、できるだけ誠意を見せるさ。今のおれは仕事が恋人、お前らとやらなきゃならねえことが山積みだからな!」
そういうところだぞ、と二人は思ったが口には出さない。誰もが告白しても玉砕することをわかっているがゆえに、水面下での戦いが熾烈を極めていくのだ。
「んで、おれの占いは終わりか?」
当たり障りのない結果をもらったサメは肩透かしを食らったような気になったが、いつも以上に眉間のしわを深める黄ヶ虎にこれ以上言葉を続けるのは躊躇われた。
考えているのは男難への対処のなさに頭を抱えているだけではある。この無自覚たらしには、何をしても無駄だと虎は知っている。
だから探偵は話題を逸らそうと、険しい顔のまま吐き捨てた。
「占いなんてもんは、結局解釈の問題だ。天の意を読み取るのが人である以上、そこに絶対はねえ」
「そりゃそうだけどさ、薄濱が期待をあおるもんだから、もっとすげえもんだと思っちまった」
「地味で悪かったな。……まあ、おれ自身あんま好きじゃねえんだ。他人の運命にあーだこーだ口出しするのはな。とはいえ、せっかく付き合ってもらったんだ、もうちょい詳しく教えてやるよ」
「いや、それがお前の矜持なら気にしねえよ。あれだけ占いが専門とか言っときながら、なんで今までしてくれなかったのかわかったしな」
相手が嫌がることは絶対にやらない男、それが瑠璃島だ。あっさりと引き下がる姿には虎の方が鼻白むほどだったが、瑠璃島という男の性格を考えれば当然かと、気を取り直すことにした。
「瑠璃島」
だけど、それでも伝えなくてはいけないことがある。
「全員救いたいとあがき続けろ。決して折れるな。それだけは覚えておけ」
「おう。言われなくてもな。おれには名探偵黄ヶ虎李光がついてんだ」
お節介を自覚しながらも声をかけ、虎は押し黙る。
見たくないものまで見えてしまう。だから彼は占いが嫌いだった。
「じゃあ次は……湖刃田、何か占いたいことはあるか?」
「わたくしですか?」
予想外だったのか、ワニは問われてから少しの間沈黙する。命令などには迅速だが、自分のことを考えるのは不得手な性分がわかりやすく出た対応だ。
「そうですね……では、僭越ながら、黄ヶ虎様がわたくしをいつまで召し抱えてくださるのか、占っていただけますでしょうか」
「あー……」
式盤を動かす手を止めて、虎はワニを視界に入れるために顔を上げる。その表情には陰りひとつなく、自らの運命をすべて受け入れているかのようだった。
「わたくしはこの職場を気に入っております。ですが、わたくしは『筋肉嗜好会』に躾けられた雌オナホ。その所有権は流動的であり、わたくし自身も様々な主にお仕えしてきました。ですので、黄ヶ虎様がわたくしを置いてくださる期間を占っていただければと……」
「んなの、占うまでもねえだろ」
ひねくれ者はわざとらしく頬杖をついて、口を曲げながら言葉を遮った。式盤から手を放し、言葉通りの意味を体現するために。
「好きなだけいろ。お前が飽きるまで、転職したくなるまで。お前は有能で助かってんだ、セックスしかできねえ魚類と違ってな」
「なんでそこでおれを引き合いに出すんだよ!」
「だからお前の勝手にすりゃいい。でもまあ、ひとつ言わせてもらうとするなら……」
むすっとしたまま、表情に合わないことを口にする。
黄ヶ虎李光はそういう男だから。
「確かにうちはそこまで給料は高くねえが、格安で同じフロアの部屋を借りれるし、探偵ってのは結構ルーズで休みにも融通が利く。なかなかいい職場だと思ってる」
「存じております。黄ヶ虎様が良い主だということも」
「だから当分はここにいりゃいい。お前のやりたいことが見つかるまで、適当に過ごしてろ。どうせお前のことだ、適当にしてても働きすぎるだろうしな」
「ありがとうございます。この身に余る光栄です」
今の湖刃田に自分で決めろというのは難しい。だからある程度の提案をするのは、本当にただの善意だ。サメのにやついた笑みに青筋は立つが、黄ヶ虎は無視を貫いた。
「そもそも、お前の雇用費はあのゲームで瑠璃島からもらってんだ。気にすることなんて何一つねえんだよ」
「湖刃田にはわしもお世話になっているから、いてくれると助かるぞ」
そっと助け舟を出した龍にワニは仮面のような微笑を返す。だが言いたいことは虎もわかっていたため、好きに言わせることにした。
「離婚してから家事を覚えようとしとるんだが、なかなかうまくいかんくてな。息子の嫁に聞くのも憚られるし、困っておったんだ」
最近コーヒーがまともに淹れられるようになった瑠璃島と、家事全般が壊滅的な薄濱は、実は黄ヶ虎からキッチンに立ち入り禁止を言い渡されている。
すべてが雑な瑠璃島とは違い、薄濱は覚えようとしているのだが人の世界は彼にとって脆すぎる。力配分を間違えては食器を割る光景を見て、前妻がどうしてキッチンに入れなかったのか探偵はすぐ理解した。
だが抜け目ない龍が慣れるのも時間の問題であり、実際湖刃田という教師を得たことで家事技能は着実に向上している。今は覚えたての家事が楽しいと、湖刃田と一緒に事務所を掃除する光景が日常になっていた。
「だな、湖刃田がいてくれるとコーヒーが美味いしな。それに飯も作ってくれるし、逆にいてくれねえと困るぞ」
「お前らは湖刃田を頼りすぎだ。飯くらい自分で作れ」
黄ヶ虎のジト目にサメと龍はすぐさま顔をそむける。家事苦手同盟にとって、湖刃田はまさに救いだった。
瑠璃島以外の三人が住んでいるのは同じフロアにある宿泊エリアであり、そこはマンションというよりかはホテルのような構造になっている。そのため生活スペースの垣根があいまいで、さらには食堂もあるため、いつの間にか湖刃田の担当になっていた。
「金は塚爪が出してくれるからいいが、食いすぎたら給料からは引いておくからな」
「かかっ、それであの味が食べられるならわしは文句などないとも。塚爪も湖刃田の栄養管理技能を高く評価しておるしな」
「それに黄ヶ虎が手伝ってくれた時の料理も好きだぜ。前からたまにカレーとか作ってくれたけど、うまいんだよな」
「はあ、料理なんて化学みたいなものなんだから、適切な分量と時間と手順があれば誰でも似たような味が作れるってのに……お前らときたら……」
湖刃田だけに任せるのも忍びないと、たまに黄ヶ虎もキッチンに立っている。真面目な虎はきちんとエプロンを着けるので、その清楚な姿に情欲をそそられる者は案外多かった。
「皆様、ありがとうございます。これからも誠心誠意お仕えさせていただきます」
ワニは丁寧に頭を下げて感謝を表した。仕草だけはいつも通り機械じみていたが、微笑の口角がいつもよりほんの少し高いことは探偵だけが気付いただろう。
これで二人が終わったと、薄濱が自然と前に進む。虎もわかっていたのか行動は早く、またも式盤の操作に戻っていた。
「かかっ、まさか黄家の者に占ってもらえるとは。長生きはしてみるもんだな」
「だからそこまで歳いってねえだろうが。じゃあお前も少し先のことを……」
「いや、わしが知りたいのは一つだけ。『筋肉嗜好会』に奪われた我が家門の至宝、式神天空の所在よ」
「は、はああぁ?!?!」
黄ヶ虎の驚き方は尋常ではなかった。大体のことは見通し、シニカルな笑みを浮かべているひねくれものにあるまじき驚愕だ。目を見開いてひげを伸ばし、事務所内に響き渡るほどの大声を上げている。
信じられないことを聞いたのだと、瑠璃島にもわかる。この名探偵がこれほどの反応を見せるのだ、それが何なのか俄然興味がわいた。
「し、式神天空って、あれか、安倍晴明が一条戻橋に隠した十二神将の一柱。『協会』ですら半分しか封印できてねえ、そのうちの一体とか、まじで言ってるのか?」
「左様。陰陽寮が解体される折に、我が祖先が一柱譲り受けたのだ。『協会』ができた頃には、うちはもうただの武家家門で調査もなかった。だが、祖先はこれを家宝とし、ずっと隠しておった」
「しかもよりによって最も卑しいとされる凶将天空……それを『筋肉嗜好会』に取られたとか、シャレにならねえぞ……天空は干支で戌に対応し、戌とは天狗を差すこともある。あのゲームはそういうことかよ……」
虎の指先が机を叩く速度が上がり、重いため息が止まらない。薄濱の発言は陰陽師である黄ヶ虎にとって看過できるものではなく、自然と目がきつくなっていた。
「この事を『協会』は?」
「知らんはずだ。まだ誰にも言うてないからな。だが、もう隠しきれるものでもあるまい」
「そうしてくれ。これがわかれば『協会』もなりふり構わなくなる。まあお前は事情聴取を受けるだろうが……ああ、だから今か。明日来るもんな」
薄濱にとって祖先からの秘宝を詳らかにするには抵抗があっただろう。だが自分の代で秘密を終わりにする覚悟を決め、その責任をすべて背負うつもりでいた。
「たくっ、しょうがねえな」
それがわかってしまうのは探偵の苦悩だろう。占いなど勘を取り戻すための手慰みにすぎないはずだったのに、本気を出そうと決めたのだから。
「ちょっと待ってろ、道具を取ってくる」
一度家に戻った黄ヶ虎の手には渾天儀――アーミラリ天球儀とも呼ばれる天体の軌道を模した球体があった。
「黄ヶ虎、なんだそれ?」
「これが渾天儀、簡単にいや星の軌道で作られた球体だ」
「でもさっきは星の動きなんてスマホで良いって言ってなかったか?」
「まあ、簡単な占いならな」
虎の手が球体を上に放ると、それはふわりと浮遊した。
「占いなんてもんは様々な流派がある。どうすれば天運をより読めるのか、昔から考えられてきてんだ」
シャツにサスペンダーを決めた社会人と渾天儀の組み合わせはちぐはぐで、サメには何のなじみもない。だが、黄ヶ虎の手つきは慣れきっていて、浮いた球体をくるくると回して星を読んでいく。
「これは大昔の天動説に基づいて作られた渾天儀だ。科学的には否定されたが、ここには神秘が宿っている。こんなご時世に式盤なんてもんを使うのもそう。おれらは科学と神秘のはざまを、いかにうまく揺蕩うかで天の意思を読む」
片手で式盤を操作する黄ヶ虎の顔から表情が消える。それは以前牛頭に渡す符を作った時と同じであり、薄く開いた眼はどこも見ていないようで、何もかもを見通すような静謐な光を湛えていた。
手つきに迷いはなく、指先は式盤をためらいなく回す。天球は何度も薄く瞬きながら回転し、語り掛けているようだ。
張り詰めた空気が虎の本気をうかがわせ、先ほど地味だと言った瑠璃島は間違いだったと痛感せざるを得なかった。あれは全く本気ではなかったのだ。ただ手順を確認する意味でしかなく、読みすぎないようセーブした結果だった。
「……ふう」
誰も口をはさむことができない間は長く感じられたが、黄ヶ虎の吐息によって時間はまた動き出す。
「なるほどな、クソな話だ」
そして超然としていた雰囲気が消えれば、そこにいるのは可愛げのない顔をした虎が一人。その声音を聞けば、あまりいい結果ではないだろうと容易に想像がつく。
案の定、腕組しながら漏れた言葉には不機嫌が煮詰まっていた。
「方角が隠ぺいされてやがる。おれが本気で読んでも見えねえとなると、天空を使役できるくらいの術者はいると確定していい。あれは攪乱を得意とする式だからな、おれの占い程度にゃ引っかかるわけがねえ」
「黄ヶ虎でもわからねえなら、手の施しようがねえのか……」
「お前のおれに対する信頼の高さには毎度驚くが、方角がわからねえなら運勢を占えばいい。待ち人に会えるかどうかも、占いの範疇だ」
「それで、どうなった?」
「時が来ればおのずと会えるだろう、だと。どうせまた下らねえショーに使うつもりなんだろうな。喜べ薄濱、お前の待ち人は胡坐かいてりゃ向こうから来てくれるとさ」
ぞんざいな言い草だが慰めの意味が多分に含まれている。龍は当然それに気づいており、少しだけ胸の内が軽くなった気がした。
「かかっ、それならここで待たせてもらうさ。武術の腕でも磨きながら。ここは瑠璃島といい、鍛錬の相手には困らんからな」
「そうしてくれ、おれは争いごとが苦手だから、肉盾は多い方が良い」
「黄ヶ虎もわしが鍛えてやってもいいぞ。その愛らしい肉感も嫌いではないが、痩せたいと言っておっただろう?」
「誰が愛らしいだ、急にへつらってんじゃねえ。探偵として荒事に備えて最低限は鍛えてるが、お前らと競えるほどおれは強くねえよ。痩せるのは……まあ、興味ねえことはねえが……」
湖刃田の料理によってむちむち度が上がっているのは気付いている。今はまだガチムチでごまかせるが、この調子だと腹が出てしまうと危惧していた。
どうして同じものを食べているにも関わらず、自分だけこんなに脂肪がついてしまうのか。黄ヶ虎は遺伝を憎んでしょうがなかった。
道場を守護する家系だ、警察官になるため空手を習ってきた瑠璃島と競えるほどこの龍は強い。下のジムにある運動スペースでは、たまにこの二人が嬉々として戦っているのを見ることができるだろう。
「だがな、あれだけ盛った後によくやるもんだ……」
「セックスと運動は違うだろ」サメが当然のように。「それに運動したかったらおれもいくらでも付き合うぜ。宮影とか薄濱ばかり相手にしてると、手加減の練習にならねえんだ」
黄ヶ虎から見て、瑠璃島の体力は無尽蔵だ。前までは神霊まがいになったことで精力が膨大になったと解釈していたが、薄濱が付き合うようになって見方を改める必要が出てきた。単純にこの二人の肉体が強いだけなのだ。
いくら鍛えたとはいえ、やはり本職には勝てない。黄ヶ虎は静かにそう判断した。
会話が途切れると、周囲にはコーヒーの香りだけが漂っていく。特大の爆弾を落とされた黄ヶ虎だが、すでに落ち着きを取り戻して式盤を片付けていた。
「さて、これでこいつらの占いは終わったが、牛頭らが遅いな……手ひどく犯しすぎて戻ってこれねえのか?」
「そんなにしたつもりはねえんだが……」
「先ほどわたくしが様子を見に行ったところ、ラグビー部の皆さまは全員寝ておられました。おそらく運動後のセックスで体力を使い切ったのかと」
「そういや、大会が近いとは言ってたな……じゃあ寝かせてやるか。終電前には起きるだろ」
頭をかきながらサメが座り直したが、ふと気になってワニに問う。
「いや、いつ見に行ったんだ?」
「先ほど黄ヶ虎様が渾天儀を持ってくるまでの間に、このフロアの部屋は一通り確認いたしました。滞在中の皆さまに過不足なくお過ごしいただくのが、執事としての務めですから」
「あー確かに一緒に出てたな。薄濱をなだめるのに必死でそこまで気が回ってなかった」
「ほう、なだめるとな、声などかけられた記憶はないが?」
「お前は他人からの声掛けを必要としてねえけど、こういうのは一人にしとくと駄目だろ。誰かが傍にいるってのが、一番いいと思ってな」
「かかっ、人が欲するものを本能で掴むか。想像以上の人たらしだ」
離婚したばかりで環境も変わった薄濱だ、本人は決して弱音を吐かないだろうが、黄ヶ虎もそれとなく気を使っている。だから龍は家の恥ともいえる話を黄ヶ虎たちの前で出来たのだろう。
虎は道具を机にしまってから立ち上がり、胸に食い込むサスペンダーをずらす。脂肪が少し増えたことで、胸がでかくなったのが最近の悩みだ。
「なら占い屋は閉店だな。んで、体力を使い果たしたあいつらが起きたら、家の食材は根こそぎ消える。湖刃田、買い物頼めるか?」
「かしこまりました。今乱交部屋にいる人数と他の方々の予定は把握しております。必要な食材を買いに行きましょう」
「その間に書類を片付けておくか。おれも手伝うから、とにかく量を作るぞ」
『協会』から依頼されている被害者たちの経過観察と改善の手助けには、食事の世話など含まれているわけがない。
それでも黄ヶ虎は『協会』から金をもらっているという理由で世話を焼き続けている。その分利益が減ることになるのだが、おくびにも出さない。
以前瑠璃島が嬉しそうに指摘したら、自分の食事を作るついでだとぶっきらぼうな答えが返ってきた。どこまでいっても、黄ヶ虎は素直ではないのだ。
「だったらおれも……」
「それならわしも……」
「お前らは絶対厨房に来るんじゃねえ。これから他の奴らが来るようなことがあれば、全力で抱きつぶして食堂がパンクしねえように時間を稼げ。いいな?」
「「はい……」」
夜になれば仕事から帰ってきた塚爪や尾切が、黄ヶ虎相手にちんぽをねだるだろう。被害者たちがこれ以上いつかせないために瑠璃島をここに住まわせていないのだが、最近ではあまり意味がないような気がしていた。
こうして食事の世話をしながら何を考えてるんだかと、黄ヶ虎は自嘲する。
そろそろ瑠璃島の引っ越しを打診してもいいかもしれない。あのサメなら喜んで乗ってくれるだろう。
頭の中で何度もそろばんをはじきながら、表情だけは不機嫌そうに尻尾を揺らした。
【依頼内容】
・事務所での日常業務
・薄濱×瑠璃島×黄ヶ虎の3P
【本編】
あれからラグビー部にビルダーたちが合流し、怒涛の勢いで日は跨いだ。
それでも黄ヶ虎探偵事務所の面々に疲れは見えず、雄々しい体に体力はまだ有り余っているようだった。
今日は乱交部屋を休みだと告知しているため、誰の邪魔も入らない。
準備を万全にして、彼らは来賓を出迎える。立派な応接間は客を迎え入れるのに十分だ。それが横幅の大きな雄二人だろうとも、悠々と収容できていた。
「こんにちは。『協会』から来ました、魚心(うおごころ)です」
「お久しぶりです、李光坊ちゃま。惟宗(これむね)が参りました」
一人は宮影と同じシャチの男性、もう一人はレッサーパンダの男性だった。
シャチは宮影とは違い脂肪が多めの体形で、どちらかというと黄ヶ虎に近い。だが、虎よりも丸みが強く、肉厚という印象を受ける。
ノースリーブのタンクトップからは瑞々しい山脈がしっかりと隆起して、たくましさを宿していた。痴女丈の短パンはスリット持ちの特権かもしれないが、明らかに屈強な男性がしていい恰好ではない。
大きめのリュックサックを背負った格好は若々しい印象を与え、実際この中で一番年下だろうと探偵は概算している。
対してレッサーパンダの男性は丸々とした腹が特徴的で、袴の帯に張りの良いドームを建築していた。まるで相撲取りのような見た目だが、声音は深い水のように落ち着いている。三つ編みにしてまとめた後ろ髪が肩甲骨まで垂れており、白いリボンも編み込まれて褐色の毛皮に彩りをそえる。
薄濱より年上ではあるが種族柄の顔に加えて糸目でもあるため、かなり若々しく映るだろう。さらに出張った腹と相まって醸される途方もない包容力が、年齢の予測を難しくしていた。
「ご足労いただき感謝する。悪いが惟宗、こっちの用事が終わるまで少し待ってくれるか?」
「ああ、大丈夫だよ。今回の訪問は黄家とも情報共有するから。だからもともと惟宗さんは『協会』にいたからね」
「そうなのか、つまりおれが警察から分類分けするよう言われた呪術絡みの事件を担当するのは……」
「私です。正確には私をリーダーにした部署を『協会』内で新たに作りました。主に『筋肉嗜好会』絡みの事件を調査する部署です」
レッサーパンダが丁寧にお辞儀をする。部屋に来てからの所作は恭しいが隙が無く、武道をたしなんでいるサメと龍はすぐにただものではないことを悟っている。
「なあ黄ヶ虎、知り合いみてえだが、おれらに紹介はしてくれねえのか?」
「……はあ」心底嫌でしょうがないというため息。「こいつは惟宗 是只(これむね これただ)、ずっと前からうちにいる……まあ、おれの先生ってところだ」
「李光坊ちゃんに陰陽道の基礎を教えておりました。坊ちゃんは昔から本当に優秀で頭もよく、探偵として警察と『協会』の橋渡しをされているとは、誇らしい気持ちでいっぱいです」
糸目のレッサーパンダは朗らかに笑う。子の成長を喜ぶ保護者のような面持ちに、黄ヶ虎のため息がさらに重くなった。それでも惟宗の上品な仕草は様になっていて、周りの空気が透き通っているかのような錯覚を覚えるほどだった。
「黄ヶ虎の先生か、こいつの小さい頃の話とか気になるよな」
「仕事の邪魔するようなら叩き出してもいいんだぞ」
牙をむいて唸る姿には本気がにじみ出ている。
過去話でも聞こうものなら拳で返す。サメだけではなく、他のメンツも全員即座に理解した。
「この魚類は放っておいて、とにかく座ってくれ。これが最近の事件を分類したものだ」
所長である黄ヶ虎の向かいに、客二人が座る。執事であるワニは当然として、サメと龍も後ろに控えて話を聞くことにしたようだ。すぐさま湖刃田がお茶を準備し、話を聞く体勢が整う。
それを確認してから書類の束をテーブルに置くと、手に取ったのは惟宗だった。糸目でわかりづらいが、確認している間だけ視線が真面目であり、あっという間に全部に目を通した。
「分類だけでなく簡単な考察まで、文句のつけようがありません。警察の方から聞いたところ、あまり時間もなかったと思うのですが、さすが坊ちゃんでございます」
「おーすごい、さすがの知識量だね。これなら課題の方もすぐなんとかするかもなあ」
魚心がさらりと言った課題という言葉に、虎の耳がピクリと反応を示した。
書類を片付けたシャチが笑みを消せば、ここからが本題だと全員背筋を正す。
「それじゃあさっそく話を進めようか。今ここにいるのが、事務所のメンバーってことで良いんだよね」
「ああ、今の事務所はおれら四人で回している」
「わかったよ。簡単に事のあらましを説明すると、もともとこれは黄ヶ虎さんに頼もうと思っていた依頼だったんだけど、惟宗さんがどうせなら課題にしようってことで決まったやつだね」
「『協会』からおれに? なんでまた、自分で何とかしろよ」
「それはまあ『筋肉嗜好会』絡みの呪物だから、適任といえば黄ヶ虎さんだってみんな口をそろえて言うんだ」
「はあぁぁ……またかよ……」
今日一番のため息を漏らし、顔を手で覆う。『筋肉嗜好会』対策アドバイザーになった今は妥当な道理ではあるが、毎回まともな中身ではないためできれば遭遇したくなかった。
「で、今回はどんな代物だ」
「中身についての考察は終わってる。コトリバコを模した呪物で、『協会』ではコダネバコって呼んでるよ」
「……ぜってえクソみてえなもんじゃねえか」
名前を聞いただけで反吐が出そうになった虎だが、後ろで聞いていたサメはぴんと来ていないようだ。こういう時気にせず口を挟める胆力を持っている瑠璃島は、虎の後ろ頭に問うた。
「コトリバコ……ってなんだ?」
「怪談に出てくる呪物だよ。サルの手より歴史が浅い、ただの怪談。簡単に言うと、箱を置いた家の女子どもが全員死ぬってやつだ」
「あっさり言うが結構えげつねえな……女子ども限定なのか」
「子取り箱だからな。それで、今回はそれを改変したやつだそうだ。前回のサルのちんぽしかり、あいつらはわかりやすいものを仕立てるのが好きなんだよ」
「かかっ、誰も知らない呪術を使ったところで、観客の盛り上がりに欠けよう? あれの目的はあくまでエンターテインメントだからな」
「マジで性格悪いよな……」
「本当にな」
事務所メンツが話している間に、シャチはいくつものお札が張られた木箱を机に置いていた。
それは一見すると細工が施された見目のいい小箱だが、いくつもある札から禍々しさがにじみ出ている。瑠璃島は本能的に一歩後ずさるが、尻尾で自分の尻を叩いて振り切るように足の位置を直した。
「これがそのコダネバコだよ。今は封印してるから大丈夫なんだけど、万が一呪いが漏れたら全員淫乱ホモになるから気を付けてね」
「まーたそういう改変かよ。でも、封印されてるならなんで持ってきたんだよ」
「それについてはいきさつから話した方がいいかな……っと」
リュックから紙を取り出して、魚心は読み始めた。
「えーっと、これが見つかったのは『筋肉嗜好会』がゲームに使った会場からだね。『協会』と警察が乗り込んだ時には終わった後みたいで、その場で大乱交が起きてたみたい。被害者たちから話を聞いたところ、数人が売られたって証言が出てる。何人かは観客の誰かに買われたんだろうね。
「そのゲームのメインが、このコダネバコ。見つけた時に『協会』の術者が封印してくれたから被害はなかったよ。それで持ち帰って、中身を確認したところ……
「ちんぽが入ってたんだ。それも八本も!
「あ、中身の確認はX線検査でしたよ。さすがに開けられないからね。
「それからこの箱がコトリバコの改変だって判明して、君の所に持ってきたんだ」
話を終えると同時に、読んでいた紙を向かいの虎に渡す。どうやら後ろで聞いている人のために、わざわざかいつまんで教えてくれたらしい。
「なるほど、ハッカイか。まあ子どもの死体を入れるよりかはましだな」
「原典ってそうなのか?」サメが気になったところを遠慮なく尋ねた。
「ああ、元のコトリバコは箱の中に雌の動物の血と、子どもの死体の一部を入れるんだ。それで、何人入れたかで呪いの強さが変わる。八は一番危険とされていて術者にも悪影響が出る可能性があるとも言われてる。あいつらはそこまで模したんだろ」
「ちんぽってことは、多分前の人狗の呪術だよな」
「おそらくな。外科手術するよりそっちの方が安全で戻せる可能性も高い。『協会』で人狗の呪術に造形深い奴は用意したのか?」
「さあ?」シャチは人懐っこい顔で首を傾げる。「おれは『協会』所属だけど、バイトだから詳しくは知らないんだよね。今回選ばれたのは元からホモセックス好きの淫乱で、コダネバコの効果が薄いからってだけだし」
「まあ、魚心だもんな……」
虎はあっさり聞き流したが、『協会』という呪術を管理する組織にバイトがいるなど、サメにとっては初耳だった。驚きが取り繕えない素直なサメに、シャチの緩い表情が向けられる。
「おれの本業は大学生だよ。都会に出たんだから『協会』の仕事を体験してこいって、父さんから言われて……というか話も勝手に通されてさ。まあどのみちバイトは探さないとだったし、いいんだけど」
「なので、もともと補佐として私が付く予定でした。李光坊ちゃんの顔も見たかったですので、二つ返事でお受けいたしました。それにしても、ずいぶん立派になられて……」
ムチムチな虎を矯めつ眇めつして、レッサーパンダは懐から取り出したハンカチを目に当て始めた。黄ヶ虎はまたか、と小さくつぶやいてから視線を下げ、木箱を調べることにしたようだ。
「こうして恰幅も育てば前当主である御父上に瓜二つではありませんか。李光坊ちゃんは本当に幼いころから才気煥発で、先生をしていた時も何度舌を巻いたことか……これは将来必ずや立派な術者になると、私だけではなく誰もがそう思っておりました。ううぅ、その慧眼は正しかったのです、今の李光坊ちゃんはまさに光輝燦然でございます……」
「黄ヶ虎……」控えめなサメの声。「お前、よくあれを前に無視して調べ物ができるな」
「いつものことだからな。お前らも気にするな、いずれ泣き止む」
「容赦ねえ……」
立派な体格をした袴のレッサーパンダがすすり泣く光景は圧が強い。しかも泣いている相手にめっぽう弱いサメが黄ヶ虎と同じ反応をできるはずもなく、尻尾をおろおろとせわしなく動かしていた。
湖刃田がそっとティッシュを前に置くなど気を利かせている間に、虎はある程度木箱を調べ終わっていた。眉間のしわを深めるのは、面倒事を前にしたいつもの仕草だ。
「かなり厳重な封印だな。しかもこの符、封印したのはお前だろ惟宗」
「左様でございます。符の術式だけで私を特定なさるとは、やはり李光坊ちゃんの才能はとどまることを知らず……」
「感極まるのもほどほどにして、質問に答えてくれ。それで、おれは何をすればいいんだ? お前でも十分対処可能な案件を放り投げるんだ、ただこれを処分するだけじゃねえんだろ」
「もちろんです。李光坊ちゃんの才能に疑いはありませんが、磨くことを怠れば曇るのは必然。此度はこの呪具を用いて、坊ちゃんの腕前をテストさせていただきましょう」
涙をぬぐったレッサーパンダは柔らかな顔のまま指を鳴らす。
すると箱に張られていたお札の一枚が、焼け落ちて消えた。
「……はぁ?! お前何してんだ!」
「少しだけ、封印を弱めました。符は全部で八枚、残りは七枚です。これから毎日、一枚ずつ封印がはがれていきます。もちろん、ご自分で封印をしてもかまいません。ですがその場合、中にある一物が持ち主の下に戻ることは、永遠に無くなってしまうことでしょう」
「つまり、占いの課題ってのは……」
「はい、『中にある一物の持ち主を探すこと』です。呪いの力に負けず、全員を当ててください。そうすれば私が当主様への謁見の口添えをいたしましょう」
「しかもお前、ご丁寧に占い阻害の術もかけてあるな。なるほど、札が外れると占いはしやすくなるが、その代わり呪いが強まっていくってわけだ」
「素早いご理解、感服いたします」
「ちなみに、全部札が落ちた場合は?」
「その場合は試験に不合格となります。坊ちゃんには本家にお戻りいただいて、また勉強し直していただきます」
「上等だ」
黄ヶ虎が攻撃的な笑みで牙をむくが、惟宗は動じない。だが、その後ろではサメが慌てて口をはさんできた。ソファの背もたれに手を置いて身を乗り出し、しきりに箱と虎を見比べる。
「おい、封印が解けたけど、これ大丈夫なのかよ!」
「この程度なら問題ねえ。そもそも神霊まがいのお前は受け付けねえし、薄濱らには服に身固で結界を張ってある。それに、もしこれを食らったところで変わらねえだろ、エロ魚類が」
「言い方ってもんがあるだろうがよお前ぇ!」
身近な人を守るために、黄ヶ虎は彼らの服や装飾品に結界の術を織り込んでいる。薄濱のスカジャンしかり、湖刃田の執事服、さらには宮影のスーツなどだ。
この試験をしたかったから、先ほど魚心が彼らを事務所のメンバーかと確認したのだろう。一般人が被害に遭わないよう確認の合図だった。
それでも二人を心配そうに見るのは瑠璃島の性分だ。相手が『協会』所属の術者だとわかっていても、気を使わずにはいられない。
「おれもこれ食らったところで性癖変わらないからさ。それにこの程度の呪いなら防げるし、帰って禊すれば後遺症もでないよ」
「私はこれを封じた者ですから。未封印の全開状態でも、ある程度持ちこたえることも可能です」
「ならいいんだけどよ……」
「あ、それと黄ヶ虎さんに聞きたいことがあったんだ。どこか使ってない場所ない? 部屋とか片隅とか、どこでもいいんだけどさ」
「何をするつもりだ?」
シャチはリュックから注連縄などを取り出して答えてみせた。
「箱の置き場を作ろうと思って。さすがに『筋肉嗜好会』の被害者たちがさらなる被害に遭うのは『協会』としても看過できないから、呪いが広がらないよう場所は整えるよ」
「そうしてくれると助かる。おれも結界は張れるが、魚心に頼めるならその方が良い。湖刃田、おれの部屋の近くにある場所で、使ってない部屋を整えてもらっていいか?」
「かしこまりました。すぐに手配いたします」
「じゃあおれも着いていこうかな。神楽とかしないといけないし」
「ああ、ちょっと待ってくれ。実はこっちから話さねえといけないことがあるんだ。湖刃田はそれで先に行かせた」
話の先を察したのか、今まで黙っていた薄濱が名乗り出てから頭を下げる。
先祖代々武人であり護衛として重宝されてきた家系故に、口を挟まずに立っているのも慣れたものだったのだろう。その佇まいは惟宗にも劣らぬほど凛としており、サメが素直に感嘆した。
「黄ヶ虎、ここから先はわしに話させてほしい。我が家門の話だからな」
「……そうか、わかった」
薄濱は家門の宝が式神天空であること、それが『筋肉嗜好会』に奪われた話を行った。
予想外の内容に魚心だけでなく惟宗も口をあんぐりと開けてしまい、昨日の黄ヶ虎の反応と合わせて瑠璃島にも事の重大さが理解できるほどだった。
「うわあ……それ本当に? だとしたら、かなりまずいね……」
「使役されれば被害は甚大になることでしょう。これは『協会』から通達をするべきかと。事と次第によってはそちらの幸水様にご助力を仰ぐことも視野に入れましょう」
「そうだよねえ。一応おれの方から家に連絡しとくよ」
「私もご当主に一筆したためましょう。前向きに考えれば、十二神将の一柱が見つかったのですから、この機になんとしても取り戻せばいいのです」
そう言いながら薄濱に向けて微笑みかけるのは人の好さゆえだろう。龍は一礼して謝意を示し、毅然と顔を上げた。
「良ければ家の蔵を調べてもらっても構わない。我が薄濱の家は陰陽寮の者との交流についても日記などが残されている。今までは天空を秘するために口外せずにいたが、こうなればその禁など何の意味もなすまい」
「それはいいね、他の十二神将を探す上で手がかりになるかも」
「では私の方でも黄家から文章を管理している司書を派遣しましょう。こちらのものと照らし合わせれば信ぴょう性が得られるはずです」
式神についての話がまとまった時、タイミングよく湖刃田が戻り部屋の準備ができたことを告げる。魚心はカップのお茶を一息に飲み干してから、リュックを手に立ち上がった。
「ともあれ、まずは目先のコダネバコだね。この場所の経緯は聞いてるから、ついでに全部大祓しちゃおうか。変な穢れがあったら面倒だしさ」
「頼む。だが、本職にそこまでさせるのにさすがに無賃は悪いな」
「ああ大丈夫。そこらへんは前もって惟宗さんからもらってるから」
「正確には、試験を課すことを決めたご当主が、ですが。李光坊ちゃんの現状を考えれば、コダネバコを置いておくことのリスクは無視できませんしね」
三人とも『協会』所属とあって話が早い。だが、瑠璃島からすれば全容がつかめないどこか、何の話をしているかの片鱗も見えてこないのだ。
本来なら黄ヶ虎が解説してくれるのだが、あいにく来客中のため後ろにまで注意を回す余裕がない。そこで、隣に立っていた薄濱が小さな声で補足してくれた。
「話を聞いているに、そこの魚心は神職なのだろう。陰陽道と神道はまた毛色が違う。陰陽道も穢れの払いは可能だが、神による加護を願うなら神道に軍配が上がるだろうな」
「はあ、そういうもんか……おれはこういうの全くわかんねえんだよな」
「構わんよ。必要なら黄ヶ虎が教えてくれる。お前がすべき役回りに、このような知識など不要なのだとわしも思う」
「ならいいけど……そうだな、適材適所ってことで納得するさ」
瑠璃島は今まで呪術に巻き込まれることはあっても、術者同士の会話を聞く機会はなかった。惟宗のような人が派遣されているのは、それだけ『筋肉嗜好会』の被害を無視できなくなってきたということだろう。
その被害を止めるための旗頭として黄ヶ虎がいて、自分がいる。サメはやる気を燃やし、筋肉をパンプアップさせた。
それから時間は少し進み、誰も使っていない部屋にコダネバコが置かれることとなった。札を七枚張り付けた小箱は本能的な忌避感を与える不吉な存在で、瑠璃島以外の人らは入らないようにと黄ヶ虎が警告をしている。
課題を課されて一日目、事務所は特に変わりない様子だった。
魚心が神楽や祝詞を終えた時にはすでに周囲は暗くなっていた。コダネバコを置く部屋だけでなく、下のジムフロアと合わせて大祓を行ったことで、瑠璃島たちの気分も晴れやかなものになっていた。
重労働だったが、シャチ曰く、かなりいい稼ぎになったようで、これでたくさんデートができると帰る足取りはかなり弾んでいた。
「……以上が今日ここで起きたことだ。あの部屋を勝手に立ち入り禁止にして悪いが、一週間だけ辛抱してくれ」
夜に仕事から戻ってきた大鷲の男性、塚爪に虎は報告する。塚爪はジムフロアと居住フロアの持ち主であり、誰よりも大きな体をもつ筋肉の巨人だ。昔にボディビルで一世を風靡した猛者だが、今は黄ヶ虎を誰よりも慕い、下僕を自認する雌マンコでもある。
「わかりました。今は引っ越し希望もいないのですから、ご主人様のお好きになさってくれて構いません」
「悪いな、最近お前の家を私物化しすぎている」
「いえ、どのみちわしは仕事であまり家にいませんし、この居住フロアも秋雨様がいなくなってからすっかり寂しくなっていましたから、今は人が増えてわしも嬉しいです」
塚爪は特注のシャツに胸筋を浮き上がらせるほどの巨躯だが、態度は殊勝だ。鋭い目もほころび、人が増えることを心底喜んでいるのがわかる。
黄ヶ虎たちが来るまでこの広いフロアを一人で使っていた塚爪からすると、今のにぎやかさは心身を癒してくれるありがたいものでしかない。しかも自分の本性を隠す必要もないとくれば、断る道理もなかった。
すでに勤務時間も終わっているため、事務所には虎とワシの二人だけ。いつもは乱交待ちの雄がいるのだが来客対応で断りを入れていたため、珍しくフロアは静かだった。
こういう報告は応接室でやると毎回言っているのだが、ワシは以前の主である秋雨が使っていたこの事務室を気に入っているらしく、座った虎の前で立ったまま嬉しそうに話を聞いている。昔したプレイを思い出して昂るのだろうが、黄ヶ虎の趣味ではないのでいつか辞めたいと思っていた。
「それで、瑠璃島の話だが。今コダネバコを置いてある部屋、終わってから念のため払いをするが、あそこには瑠璃島を住まわせたい。あいつなら何も問題ないからな。本人も住みたいと言っている」
「これでまた賑やかになります。いいことです」
毎回礼儀として黄ヶ虎は塚爪に伺いを立てるが、ワシは悩むことなく頷くことが多い。フロアの管理も湖刃田や黄ヶ虎が担当してくれたことで負担も減っているため、お金だけが入ってきている状態だった。
湖刃田に至ってはジムフロアの管理もいつの間にか行っており、器具や床は常に清潔が保たれ、塚爪も感心するほどだ。
おかげでここにいる間だけは総排出腔を濡らす雌として、または乱交に来た雄たちを鍛えるトレーナーとしていることができていた。
「……それでもまだ部屋の半分も埋まってねえのは、さすがに広すぎると思うがな。しかもスイートみたいな内装してるしよ」
「秋雨様は人を呼ぶのがお好きでしたから、いろんな部屋を取り揃えてありますよ。もし全部埋まっても、その上の階を使えばいいのです。改修工事が必要にはなりますが、ご主人様が望むなら可能です」
「いらんいらん。おれのためにそんな無駄な金を使うな。大体このビルのフロアを買うとかそんなポンと出していい金額じゃねえだろ……ただでさえ高層階なんだぞここ」
窓の外にある夜景に目を向けると、似たようなビル群が立ち並んでいる。だがそのフロアはオフィスなどに使われており、ジムや乱交とは無縁の堅苦しい世界だ。少なくとも十階以上にわざわざジムを作る必要性はなど、黄ヶ虎にはわからない。
下層にはコンビニや飲食店がある利便性もいいビルのワンフロアの値段は、黄ヶ虎の頭脳をもってしても推理できない金額だろう。
だが、大鷲ははち切れんばかりに膨らんだ胸を張って、自信満々に言い切った。
「問題ありません。このビルはわしのものですから。そもそも秋雨様の夢はこのビルすべてをスケベで埋めることだと、生前語っておりました」
「エロのスケールがでけえよ……これだから『筋肉嗜好会』の会員はよぉ……」
もしまだ塚爪の前の主が存命だったら、どれだけのフロアがエロのために使われることになったのだろうか。現状それに近しいことになっていると気付いた黄ヶ虎はいい気がしなかったが、ワシが嬉しそうなので口を挟まずにおいた。
「懐かしい話です。会員たちで雄を持ち寄ってこのビルを楽園にしようと、それはもう嬉しそうに話しておりました。ご自身がもうお歳を召していたため、雄を眺めることが何よりの楽しみでしたからね」
「歳とったら煩悩は消しとけよ……あいつを捕まえられなかったのは警察の落ち度だな……」
「ああ、そういえば今乱交部屋に使っているあそこで、わしも良くショーを披露したものです。思い出したらおマンコがうずいてしまいました♡ご主人様、良ければイベントデーとしてそういうのをやりませんか?」
「やりたきゃ勝手にやれ。ただの乱交だけじゃあいつらも飽きるだろうから、止めはしねえよ」
「はい♡尾切も呼んで盛大に盛りましょう♡わしもご主人様のおちんぽをたくさん慰めたいです♡」
スラックスに包まれた太い脚をもじもじと動かすのは濡れている証拠だろう。淫乱な割れ目はすぐに汁を出すため、尿漏れパッドを仕込んでいるくらいだ。
「ただ、一週間はコダネバコにかかりきりになる予定だ。依頼も薄濱たちを中心に回す。お前なら呪われたところであまり変わらんだろうが、一応気を付けてくれ」
「はい、今のわしにはどうでも良いことですが、昔はちんぽがなくて悩んだものです。雄の象徴がないというのは、それだけで自信が持てなくなりますから」
「……そうだな、お前には被害者の気持ちがわかるだろう」
「だからどうか、そのちんぽを返してあげてください。ご主人様なら、それが可能だと信じております」
塚爪が黄ヶ虎を支援するのは、主だからというだけではない。
彼もまた、自分のような被害者を増やすことを望んでいないからだ。そのことを虎は良く知っていた。
「それであの……ご主人様♡」
だが、どれだけ良識を持っていたところで、体をむしばむ情欲には逆らえない。
もう話はいいだろうと打って変わって、筋肉の巨人から出たとは思えないほど、甘い甘い声が虎の耳朶をくすぐる。
その意味するところを捕まえあぐねるような黄ヶ虎ではない。むすっとした顔のまま指を曲げて誘えば、大鷲が机に乗り上げてくちばしを近づける。
精悍な顔はすでに蕩け、ネクタイを緩めて外面を脱ぎ払う。羽毛に包まれた筋肉からは汗の匂いがあまりしなかった。運動後にシャワーを浴びたのだろう。虎の指が触れると、かすかな湿り気が感じられた。
「今日は他の人も来ないと聞いております。どうか、わしを一晩お使いいただいてもよろしいでしょうか♡」
「最近相手できなかったからな、どういうプレイがいい?」
「とにかく多く精液を注がれたいですぅ♡わしの雌マンコをご主人様の種で孕ませてください♡」
続いてベルトに手をかけると、落ちたスラックスから真っ赤なビルパンが現れる。塚爪が机に乗って膝立ちになると、虎の真正面に膨らみのないパンツが差し出された。
脱がせてほしいという意図を察し、黄色い指が布地を引っ張った。すると中でマンコからあふれた汁が糸を引き、雌の色香がむわりと鼻を殴りつける。
「今日だけだぞ」虎の声音に変わりはなく。「明日から忙しいからな。おれの部屋に行くぞ」
「はい♡」
新たな主の温情に胸を高鳴らせ、ワシは破顔した。これからベッドでたくさん愛してもらえると思えば、マンコの汁が増える一方だ。忙しい毎日も、これがあるから戦える。
そして夜が明けるまで、二人はまぐわい続けた。
汗と汁まみれのまま一塊になって朝を迎えた黄ヶ虎は、塚爪と共にシャワーを浴びるのだった。
家主から許可をもらったことで憂いは消えた。二日目から黄ヶ虎は占いに没頭するためコダネバコのある部屋にいた。
「ちっ、惟宗のやつ、相当強く阻害の術式をかけやがったな。だがまあ、いけないことはないか……」
誰も使っていない部屋は豪華なホテルそのもので、いくつもの区分に分けられている。セックス用にあつらえてあるため無駄に広い風呂場はガラス張りだったりするのだが、全体で見れば贅沢すぎる作りだ。
それは家具も同じで、大きなベッドの上には木箱が鎮座している。二枚目の符はすでに端が燃え始めており、呪いが少し強まったのを肌で感じる。結界を万全に施したにも関わらず、穢れにひげの先がむず痒くなっていた。
「さすがにハッカイとなるとやばいな……全部解かれたらどうなるのか考えたくもねえ」
部屋には呪いの拡散を防ぐ結界を張っているが、完全体のコダネバコが解き放たれたらどうなるのかわからない。できる限り早めに解決すべきであり、黄ヶ虎は様々な道具を持ちこんでテストに臨んでいる。
式盤を操作してはメモを取り、地図を睨みながら天の意思を解読する。渾天儀は止まることなく軌道を回し、星の巡りを示し続けていた。
「黄ヶ虎」ノックしてからサメが部屋にやってきた。「お前が言ってた奴を調査したら当たりだったぞ。今は『協会』に引き渡して、検査してもらってる」
「そうか、ならまずはこれで一人だな。読みやすい奴がいてくれて助かった」
「天運だったか、こういうのは日ごろの行いも大事なんだな」
「天の意思ってのは様々な巡り合わせだ。祖先の霊だったり、その時の運だったりな。だから日ごろの行いってのも案外馬鹿にできねえんだ」
瑠璃島は一物を取られた被害者の情報をメモに持っている。黄ヶ虎がそれを手に取れば、そこに張られた写真には見覚えしかなかった。
「関楽々々 徒片(せきららら あだかた)……あの時天狗のゲームにいた奴か。結局取られてたんだな」
「みたいだな、おれもびっくりしたぜ。お前に言われた場所で示された風体の奴はあの赤トカゲしかいなかったからな。声をかけてみたら案の定、あの後盗られた物と引き換えに自分のちんぽを渡したらしい」
「それで、結局何を盗られてたんだ?」
「ああ、それは前から聞いてたぞ。確かペットの犬だったはずだ。胸糞悪い誘拐だよ」
「だからわざわざ声をかけたわけか。薄濱が持っていた式神とは違って、手元に置いておいても意味なんてねえからな」
となればやはり、あのゲームは犬と連想付けるものを盗られた被害者たちの集まりだったのだ。だが今はどうでも良いことだと、黄ヶ虎は式盤に向き直る。
その背中には明らかな焦燥が見て取れるため、サメが頬をかきながら口を開く。
「早く見つけたいのはそうなんだが、何もこんな部屋でやらなくてもいいんじゃねえか? 呪いのせいでまたにゃんにゃんしちまったら、お前落ち込むだろ」
「くそみたいな心配どうも。だが、呪いの拡散を防ぐ結界ってことは、結界の外からする占いの精度も落ちるんだよ。ただでさえ惟宗が阻害の術を張ってるのに、これ以上難易度を上げるのは得策じゃねえ」
「だから焦ってるわけか。日が経つにつれて、呪いは強まっていくもんな」
「そういうことだ。今のうちにできるだけ数を減らしておく必要がある。多分これは……」
そこまで言いかけて、虎は口を閉じる。名探偵によくある仕草だったため、サメは肩をすくめてやれやれと首を振った。
前回のサルのちんぽ事件でのこともあり、瑠璃島は気になったら即聞くようにしている。助手としてできるだけ役に立ちたい一心は黄ヶ虎にも理解できるため、反応は悪くなかった。
「まーたそうやって黙る。これはただのテストじゃねえってか?」
「おそらく。惟宗がこんな簡単なテストを出して満足するわけがねえんだ。被害者を見つけるだけなら、期限内に全部終わらせられる。符さえはがれれば簡単な問題だ。いくら呪いが強くなろうと、防ぎながら占えばいい。最悪呪われても、ホモになるとかおれらに被害が少ない呪いだしな」
「あの人そんなスパルタなのか? 当主に言われたからしょうがなくしてるって可能性もあるだろ。お前と兄貴を会わせたいとかさ」
「はっ、あいつがそんな殊勝な奴かよ。これ幸いとおれのことを鍛えようとしてるに決まってる。実際、このコダネバコだってそのために作り直してるしな」
「そうか……はあ?! 作り直してるって、あの人がか?!」
聞き捨てならないことを耳にしたサメは驚愕を張り付けて箱に顔を向ける。この禍々しい物体をわざわざ作り直したなど、瑠璃島には到底信じられなかった。
「何度も言ってんだろ、あの『筋肉嗜好会』は危ないものに手を出さねえって。そしてコトリバコにおいて、ハッカイは術者でさえ危険にさらされる代物だ。わざわざ作るわけがねえ。惟宗はハッカイでさえ制御できる自信があったんだ、実際あいつならできるだろうしな」
「そう言われればそうだな……でも所詮模した物なんだし、違うって可能性もあるだろ」
「そもそもだ、前提としてこれはテストなんだよ。だから、占いで得られる結果は日付以内に確認できる場所になきゃいけねえ。急に地球の裏側が結果に出ても困るだろ」
ほとんど封印されているコダネバコの呪いなど、神霊まがいの瑠璃島にとって恐れるに足らない。平然とした顔で頭をひねり、黄ヶ虎の話を反芻しているようだ。
「でも関楽々々は惟宗のことなんて知らない感じだったぞ。それどころか『筋肉嗜好会』に取られたって証言してる」
「返してないだけだろ。もともと箱に入ってたんだ」
「それは否定できねえけどさ……じゃあ、このコダネバコは偽物ってことか?」
「そうだ。魚心が言った通りに見つかったのは事実だろうが、惟宗はもう全部終わらせてんだよ。箱の解体も、被害者へのちんぽの返還も。でも、おれへの試験が持ち上がったから、わざわざ作り直した……にしては手が込んでる。多分、おれが実家に帰るとか言わなくても、なんやかんや理由をつけてやらせてただろうな」
『協会』からのメッセンジャーにバイトの魚心を使ったのも、内情を良く知らないからだと黄ヶ虎は見ている。人狗の呪術についても把握していなかったことから、惟宗が作り直したことも知らないだろう。
「証拠はあるのかよ。このままだと惟宗が言われたい放題だぞ」
「二人目の占い結果だ」
忌々しそうに渡した紙には様々な文字と、その解読結果が書かれている。
そこから導き出された名前を見て、瑠璃島もさすがに口角がひきつった。なぜならそれは見覚えのある名前だったからだ。
「宮影かよ……」
「これで証明できたってことで良いよな。コダネバコは惟宗からのテストでしかねえってことがよ」
憮然とした顔で謎を解く虎に、サメからかける言葉はもうなかった。
****
「もうおれにたどり着いたんだ。さすが黄ヶ虎さん」
魚心より角ばった体を持つシャチは、問い詰められればあっけらかんと認めた。
住居フロアに住んでいる宮影は警察官であり、『協会』との橋渡し役をしている。アドバイザーである黄ヶ虎からの招集も業務内だからと、話があると言われた途端に帰ってきた。
そんなシャチは威圧感のある雄々しい体を声音で中和しながら、のほほんとした態度だ。拍手をしてもおかしくない緩い雰囲気に、虎の額に青筋が生まれた。
「はあ、もう確認するのも馬鹿らしいが、お前はちんぽを惟宗に渡した。そうだな?」
「そうだよ。この前『協会』との仕事をしている時に提案されたんだ。黄ヶ虎さんを鍛えたいから、一物を貸してくれないかって」
「んなの了承するなよ……」
事務所の机に顔をつっぷして脱力するが、笑い声が降ってくるだけ。
宮影にとって黄ヶ虎の苦労など日常であり、打診された時からこの虎が大変な目に遭うだろうことは想像に難くなかった。それでものんきな態度は信頼の裏返しで、わざとらしく肩をすくめてみせた。
「仕方ないだろう。おれは『協会』のご機嫌取りが仕事なんだから。それに黄家が派遣した『筋肉嗜好会』対策のトップなんだから、おれみたいな末端が断れるわけないじゃないか」
「表向きはどうでも良いんだよ。どうせお前のことだ、交換条件くらいは飲ませたんだろ」
宮影という男は根回しを得意としており、交渉事に関しては黄ヶ虎も認めるほどの腕前だ。瑠璃島とのコンビを解消してから本領を発揮し、出世街道をひた走る男でもある。
そんな男が何も手にしていないなど思えないと詰め寄れば、これもあっさり認めて口角を上げた。
「それはもちろん。『筋肉嗜好会』と関係ない事件のいくつかに対して協力を取り付けたよ。普通の事件に対して『協会』はあまり積極的に力を貸してくれないけど、これで未解決事件に対しての一手にできるね」
「それで手柄を増やそうってわけか。よくやるもんだ。今の『協会』は権威から一歩引いてるってのに、お前が引っ張り出してきやがった」
「おれ自身が被害者っていうのがやっぱり利いてるよ。この調子で、警察と『協会』の間が縮まると良いんだけどね」
「科学を推し進めるための踏み台とされてきたおれたちだ。オカルトだと一蹴して蔑んだ時代が作った溝は、そう簡単に埋まらねえだろうな」
「でも君は探偵をしている、そうだろう?」
「……おれのことはどうでも良いんだよ。惟宗から何か言われなかったか?」
ここに呼び出したのは宮影からヒントを得るためだ。そして、シャチは当然そう聞かれるだろうとわかっており、出てくる言葉もよどみないものだった。
「そうだね、『宮影さんからヒントを得ようとすることは、占いでの調査を諦めたということでしょうか? 李光坊ちゃん、諦めるにはまだ早いですよ。坊ちゃんの腕前ならまだ卜占でヒントを得ることは可能なはずです。惟宗は応援しておりますよ』だって」
「やかましいわっ!」
「あはは、掌の上だねえ。ただ、あの人はなかなか食えないよ。君の進捗に合わせてゲームコントロールしてる感じがあるね」
「この様子じゃ、おれがコダネバコのからくりに気付くのも把握されてるな。そりゃ宮影の一物を使ったのがバレたらそうだろうとも……」
「おれとしても、黄ヶ虎さんが本家に戻られると困るんで、何とか突破してほしいところだけど……あいにくこれ以上のことは知らないんだ」
「そんな簡単に突破させてはくれねえってか。わかってはいたことだがな」
だが、これではっきりしたと黄ヶ虎は思考する。惟宗は虎に近しい面々でコダネバコを作ったのだ。
占い結果を書いた紙にいくつかの走り書きを足し、乱雑にまとめた。天の意を解釈するには様々な側面から見る必要がある。あらゆる可能性を確かめるために探偵の頭脳は回転し、解釈の妥当性を探っていく。
「……明日もう一度式盤を回す必要がありそうだな。急に呼び出して悪かった、もう帰ってくれていいぞ」
「そんなつれないこと言わないでくれよ。おれと黄ヶ虎さんの仲じゃないか」
筋肉質な黒は机を回り、黄色の体を後ろから椅子ごと抱きしめる。優しく這わせた手はサスペンダーの下に潜り込み、むっちりしたおっぱいを揉み解す。
黒く大きな手でも掴み切れない肉がシャツを押し出し、乳首の突起も鮮明に浮かび上がる。微弱な快楽を浴びて虎の耳が小刻みに動くものの、それでも表情を変えずに吐き捨てた。
「なんの真似だよ」
「いやなに、せっかくちんぽがなくて二穴を使える状態なんだから、堪能したくてね♡この前尾切さんがやってたのを見て、実はちょっと羨ましかったんだよ♡」
「おれじゃなくてもいいだろうが。乱交部屋に行けば瑠璃島も薄濱もいる。そこで盛ってこい」
「いいじゃないか、おれは黄ヶ虎さんのことも好きなんだからさ♡今ならおれのシャチマンコ、使い放題だよ♡」
呼び出した以上、こうなることも黄ヶ虎は覚悟していた。仕方ないとため息で感情を表現して、シャツの胸倉を引っ張った。
噛みつくようなキスも慣れたもので、すぐに舌を絡ませる淫靡なものへと変わる。唾液を飲み干してから口を離せば、か細い糸が瞬く間に途切れて消えた。
「んで、今日は手荒にされてえのか、甘やかされてえのか、どっちだ?」
「両方かな♡」
「わがままな奴だ。どこでする?」
「どこでもいいさ。君が昂る方で。おれはこう見えて献身的なんだ、特に好きな人相手にはね」
「それは疑っちゃいねえよ」
瑠璃島に対しての扱いを鑑みれば、宮影が身内に甘いのは明白だ。
甘い雰囲気とは無縁だが、二人の間には確かな信頼がある。黄ヶ虎はこれ以上しゃべられるとむず痒いと言わんばかりに、また口づけで音を消した。
宮影を抱きつぶして翌日、つまりテストを課されてから三日目、事務所は通常通りに運営されている。
お札は残り六枚。占い阻害の術も薄くなったはずで、黄ヶ虎も残りは割り出せると思っていたのだが。
「……ちぃ、どうなってやがるんだ」
事務所の定位置で、虎は頭を掻きむしっていた。黄色い毛皮がはらはらと落ちることも構わず、いら立ちを露わにメモ用紙に解釈を書き連ねている。
書いては塗りつぶしの繰り返しは、答えのない迷路に囚われている証左でもあった。
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