※排尿シーン有り。苦手な方はご注意ください。
「ねえ佐久間くん、この数学の応用問題、どうやって解くの?」
「ああ、ここは公式をこう当てはめて、こっちの項を先に処理するんだよ」
「うわあ、すごい! 助かった、ありがとう! 佐久間くんって本当に頭いいよね。それに教え方も優しいし。……でも、真剣な顔してると、なんだか子犬みたいで可愛い!」
「ちょ、やめてよ。頭撫でるなってば」
「あはは、ごめんごめん。でも本当に女の子みたいに肌も綺麗だし、背も私と同じくらいだから、つい親近感湧いちゃってさ」
昨日の放課後の他愛もないやり取りが、まどろみの中で不意に蘇ってきた。クラスメイトの女子に頭を無造作に撫でられ、すっかりペットかマスコットのような扱いを受けていた自分の姿。
ボクは男だ。頼りにされるのは素直に嬉しいけれど、そのあとに必ずと言っていいほどついてくる「可愛い」という評価には、いつも酷くもどかしい感情を抱いている。
もっと背が高くて、肩幅があって、低い声で……誰もが「かっこいい」と見上げるような、屈強で男らしい男になりたい。力強い体躯で、周囲を力強く引っ張っていくような存在に。ボクの細い黒髪綺麗な肌も、なよっとした線の細い体つきも、決して自分が望んだものではない。
けれど、その一方で、ボクの心の奥底には、誰にも言えない、そして自分自身でも認めたくないもう一つの澱みがあった。
休日、街を歩いているとき。ショーウィンドウに飾られた、フリルがあしらわれた可愛らしいワンピースや、ふわりと広がるパステルカラーのスカート、華奢なリボン。それらを横目で見ながら、ボクは無意識のうちに「あれを着てみたい」と想像してしまう自分に気づくことがあった。男らしくなりたいと強く願い、筋肉質な体に憧れながらも、心のどこかで、自分に向けられる「可愛い」という言葉を甘んじて受け入れ、いっそそちら側に身を委ねてしまいたいという、完全に相反する欲望があった。
ちゅん、ちゅん、と遠くでスズメの鳴く声が聞こえる。
まぶたの裏に差し込む朝日の眩しさを感じながら、ボクは身体に違和感を覚えた。
……重い。
体が、鉛のように重かった。いや、体全体というより、特定の部位――特に胸のあたりと、下半身に、これまで生きてきて一度も経験したことのないようなズッシリとした巨大な質量を感じる。
ボクは顔にかかった前髪を払いのけようとした。
「……え?」
指先に触れたのは、いつもよりずっと長く、そしてしっとりとした髪だった。ボクは耳が出るくらいに短く切り揃えていたはずだ。しかし、今ボクの指に絡みつくのは、肩のあたりまで伸びた、滑らかで豊かな黒髪のボブヘアーだった。
一瞬、奇妙な夢の中にいるのかと思った。しかし、指先に伝わる髪の感触はあまりにも生々しく、現実の冷たさを伴っていた。
そして、下半身の強烈な違和感は、寝返りを打とうと足に力を入れた瞬間に、決定的な異常としてボクの脳髄を激しく殴りつけた。
布団の中で足を動かそうとする。右足と、左足。いつものように動かす。だが、その二つの足の「間」に、もう一つ、全く別の独立した巨大な質量が存在し、シーツと重々しく擦れ合っているのを感じたのだ。
何かが足の間に挟まっているというようなチャチな感覚ではない。ボクの神経が、脊髄が、その「質量」と直接繋がっている。右足を動かせば右足が動く。左足を動かせば左足が動く。そして、もう一つ、その間にある「何か」を動かそうと念じると、それは確かに筋肉を力強く収縮させ、ボクの意志に完璧に従って動いたのだ。
「なんだ、これ……」
乾いた声が出た。自分の声が、以前よりも少し高く、鈴を転がすような艶を帯びた響きになっていることすら、この時のボクには気づく余裕がなかった。
ボクはどうにか腕の力だけで上半身を起こすと同時に、胸元にあるはずのない二つの巨大な膨らみが、ボヨン、と重力に従って大きく揺れた。
見慣れた寝巻きのTシャツの胸元が、ありえないほどに前方に突き出している。
そして、下半身。
ボクはいつも、Tシャツの下にゆったりとしたパジャマのズボンを履いて寝ていたはずだ。しかし、今ボクの下半身は異様にスースーとしていた。
ボクは震える手で、布団を勢いよく剥ぎ取った。
「…………ッ!!」
声にならない悲鳴が、喉の奥で完全に凍りついた。
ボクの視界に飛び込んできたのは、見慣れた自分の真っ直ぐで細い二本の脚ではなかった。
ベッドの上に無防備に投げ出されていたのは、三本の脚だった。
パニックで呼吸が浅くなる。ボクは狂ったように自分の体を触り始めた。
Tシャツをめくり上げる。白く滑らかな、陶器のような肌。そこには、二つの巨大な乳房が、はち切れんばかりの豊満な曲線を描いて鎮座していた。柔らかく、ボクの両手を使っても到底収まりきらないほどの圧倒的なボリューム。先端には、薄いピンク色をした可愛らしい突起が上を向いている。
さらに視線を下に向ける。平らだったはずの腹部は、女性特有の柔らかな丸みと脂肪を帯びており、そして……ボクは自分の目を疑った。
臍(へそ)が、横並びに二つあるのだ。
まるで、二つの胴体を無理やり一つに繋ぎ合わせたかのように、腹部の中心線を挟んで、左右対称に二つの窪みがぽっかりと口を開けている。
そして、その下。
Tシャツの下に穿いていたのは、パジャマのズボンではなく、極端に横幅が広く、真ん中の足を通すための巨大な穴が中央にぽっかりと空いた、特殊な形状のショーツだった。
その脚の付け根……股間。
ボクは震える手を伸ばし、ショーツの布地の上からそこを探った。
股間が、二つある。
右足と真ん中の足の間。そして、左足と真ん中の足の間。それぞれに、独立した股間が存在している。
ボクは半狂乱になりながら、その奇妙な形状のショーツを太ももの途中まで下ろした。
そこに現れたのは、生物学の常識を完全に破壊する、狂気とエロティシズムが入り混じった光景だった。
二つの股間。その両方に、女性としての柔らかな秘裂が、艶かしく存在していた。そして、その秘裂の上部、本来クリトリスがあるであろう場所に、男のソレが、それぞれ猛々しく自己主張をするように上を向いて鎮座していたのだ。左右の股間に一つずつ、計二本。
しかも三本の足、これもどのように動かせば立つことができるのか、全く見当がつかない。
右足に力を入れ、次に真ん中の足の筋肉を意識し、そして左足を踏み出す。何とかかんとか、ボクは部屋の隅にある姿見の前へと辿り着いた。
鏡の中に立っていたのは、ボクであってボクではない、見知らぬ美少女だった。
艶やかな黒髪のボブヘアーが、肩口で柔らかく揺れている。顔の造作は確かにボクの面影を残しているものの、女っぽさ、色気を兼ね備えた顔立ちに変化していた。低身長なのは変わらないが、それに不釣り合いなほどの豊満な胸。そしてその下に広がる、非現実的な造形。
くびれたウエスト。横並びの二つの臍。広い骨盤と、そこから伸びる三本の太もも。二つの股間に存在する、二本ずつの男性器と女性器。
「なんだよ、これ……」
絶望と混乱で頭が割れそうだった。どうしてこんなことになったのかわからない。
しかし、恐怖と同時に、ボクの心臓は激しい鼓動を打っていた。
鏡に映るその姿は、確かに異形だ。しかし、同時に、抗いがたいほどの強烈な「メス」の匂いを放っていたのだ。男としてのボクの視覚が、目の前にいる自分の身体を「極上の女」として認識し、見惚れてしまっている。滑らかな白い肌、柔らかな胸の谷間、三本の脚が作り出す複雑で淫靡な股間の影。
自分の身体なのに、見ているだけで下腹部に熱が集まってくるのを感じる。二本の肉の棒が、ボクの意志とは無関係に、微かにピクッと脈打った。
「ヒカルー! いつまで寝てるの! 遅刻するわよ!」
突然、バンッと勢いよく部屋のドアが開いた。
「あっ……!」
ボクは咄嗟に手で胸と股間を隠そうとした。しかし、二つの手で、二つの胸と二つの股間を隠しきれるわけがない。こんな異形の姿を親に見られたら、間違いなく悲鳴を上げられ、救急車か警察か、あるいは研究機関に連絡される。
終わった。ボクの人生は終わった。
そう覚悟して、目をギュッと瞑った。
「全く、ショーツ半脱ぎで自分の身体見て何やってるのよ、もう。早く着替えなさい。朝ごはん冷めちゃうわよ」
……え?
恐る恐る目を開けると、母さんは呆れたような顔で腕組みをして立っていた。ボクの三本の足を見ても、二つの臍を見ても、二つの股間を見ても、全く驚く様子がない。まるで、それが「当たり前の日常」であるかのように、洗濯物のカゴを片手に持ちながら、ボクに早く着替えるように急かしているのだ。
「母さん……ボクの体、これ……」
「何寝ぼけてるの。あんたが着替えるの遅いのは三本足だから仕方ないにしても、ちょっとは急ぐ努力をしなさいよね。ほら、早く制服着て降りてきなさい」
母さんはそれだけ言うと、バタンとドアを閉めて出て行ってしまった。
ボクは呆然と立ち尽くした。
どういうことだ? 母さんの目はおかしくなってしまったのか? いや、あれは本当に「いつも通り」の態度だった。ということは、この狂った世界では、ボクが生まれつきこういう身体であるという歴史に、根本から改変されてしまっているということなのか?
パニック状態の中でも、生理現象は待ってくれない。尿意を感じたボクは三本の足を不器用に動かしながら、どうにか部屋を出て、トイレへと向かった。廊下を歩くたびに、三つの足裏がフローリングを叩く奇妙なリズムが響く。
トイレのドアを開け、便座を前にして、ボクは致命的な問題に直面した。
横幅の広い骨盤と、その下にある二つの独立した股間。一般的なサイズの便器の開口部では、どう考えても二つの股間を同時に収めることなど物理的に不可能だ。
こうなれば片方ずつ用を足すしかない。ボクはまず右側の股間から処理することにした。便座の右側に右足を、左側に真ん中の足を置き、便器を跨ぐようにして腰を下ろす。左足は便器の外側、何もない空間に大きく投げ出される形になる。しかし、これでなんとか右側の股間だけは便器の開口部の上に位置づけることができた。
深呼吸をして、尿道括約筋を緩めようとする。
しかし、ここでもまた難しい。なんとなく感覚で、男性側と、女性側その「両方」に尿道が通っていることが分かる。しかも、右側の股間だけでなく、今便器の外にある左側の股間にもだ。
意識しなければ尿は全てから出てしまう。もし何も考えずに力を抜けば、左側の股間からも放尿してしまい大惨事になってしまう。
ボクは必死に意識を集中させた。左側の股間をきつく締め上げ、右側の股間だけを解放するように、慎重に、右側だけ力を抜いた瞬間。
右側の股間にある両方から同時に生温かい液体が激しく放たれた。
ジョロジョロジョロ……という、二つの水流が混ざり合う複雑な音が便器の中に響き渡る。
男としての排尿の解放感と、女としての排尿の感覚が、右の股間だけで同時に発生しているのだ。背筋にゾクゾクッとした強烈な快感が走り、ボクは思わず自分でも聞いたことのないような甘く高い吐息を漏らしてしまった。
終わった後、トイレットペーパーで拭き取る。男のモノと女の穴、両方を丁寧に拭く作業は、自分の手で触れているというのにビクッと体が跳ねてしまうほど過敏で、酷く背徳的だった。
だが、まだ終わりではない。左側の膀胱には、強烈な尿意が手付かずのまま残っているのだ。
ボクは一度立ち上がり、今度は左側の股間が便器の上に来るように身体の位置を大きくずらした。左足を便器の左側に、真ん中の足を右側に置き、今度は右足を外側に投げ出す。三本の足を複雑に交差させる動きに戸惑いながらも、なんとか姿勢を作る。
再び意識を集中させ、今度は左側の股間だけを解放する。
先程と同じように、左側の両方から同時に放尿される。二度目の快感と解放感に身体を震わせながら、両方の股間を拭き終え、ボクはどうにかこの身体での初めての排泄を終えることができた。
部屋に戻り、クローゼットを開ける。
そこには、ボクの記憶にある男子の制服であるスラックスはなかった。代わりに並んでいたのは、見慣れない形状の衣服の数々。
その中から、制服を取り出す。スカートは大きな骨盤と三本の足をすっぽりと覆い隠すことができるように、プリーツが大量に取られ、横幅が広い特殊な形状をしていた。
頭からブラウスを被り、胸の谷間を強調するようにリボンを結び、そのスカートに足を通す。
鏡の前に立つと、そこには少し不格好ながらも、制服を着こなした「女子生徒」がいた。
スカートの下では、三本の足がそれぞれ窮屈そうに存在を主張している。
右足を出し、真ん中の足を出し、左足を出す。
頭の中で手順を反芻しながら、部屋の中を行ったり来たりする。意識を集中させなければ、どの筋肉を動かせばいいのか分からず、すぐに足がもつれて転びそうになる。どうにかこうにか、ゆっくりであれば前進できるようになった。
スカートの裾が、三本の足の動きに合わせて複雑に揺れ動く。その布擦れの音を聞きながら、ボクは階段を降りるという次の試練に向けて、深く息を吐き出した。手すりにしがみつきながら、一段一段、三本の足を順番に下ろしていく。
ダイニングルームに降りると、朝食のトーストと目玉焼きの匂いが漂っていた。
「遅いわよ! 早く食べちゃいなさい」
母さんがコーヒーを飲みながら言う。父さんは新聞から目を離さずに「おはよう、ヒカル」とだけ言った。
やはり、誰もボクのこの姿を不思議に思っていない。異常なのは、前の世界の記憶を持っているボクの頭の中だけなのか。
ボクは無言で席に座り、トーストを口に運んだ。味など全くしなかった。
歯を磨き、洗面台の鏡で自分の顔を見る。どう見ても美少女だ。男のボクが、これからこの顔で、この体で、皆の前に出る。
玄関に向かい、靴を履く。下駄箱には、同じデザインのローファーが三足一組で並んでいた。右足用、真ん中の足用、左足用。それぞれに足を通し、踵を鳴らす。
ボクは玄関のドアノブに手をかけた。