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「……いいですね、これ」
「でしょ?」
「…………っ」
某日、駅前のロリータ専門ブティック『Dolores Dolls』にて。わたしたちはオリさんに連れられて、閉店直後あるものを見学しに来ていた。
それが、これ。……マネキンだ。
「すごい……確かに、よく見たら入ってますね。でも、それがパッと見じゃわからないくらい止めてあるのも、ストッパーじゃ止めきれないはずの細かな動きもほとんどないのも、すごい」
「うわ……これ憧れちゃいますね、あたしもやりたい。けどサイズがない……」
「アナちゃんはどうしても、器具を作らないとだからね……」
このマネキン、当然ながらただのマネキンではない。中に人が入っているのだ。
アナがよく完全拘束テストのときに来ているインナースーツを改良したものを着た上から、肌色の全身タイツを重ねてマネキンの素体を作る。さらにそこへ以前ミアが使ったという、球体関節デザインの関節拘束具で姿勢を固定しながら外からは動かせるように。その上から改めてディスプレイする服を着せて完成だ。
中の人はフロアスタッフと兼任で、常に2~3人が店内中央に加えて外向きの展示になっているらしい。なんとも挑戦的だが……店長の趣味なのだとか。
「もともと店長さんとは知り合いで、器具の開発と卸しは請け負ってたんだ。ただこないだ改めて会って、すごく素質のある子が入ったから見に来ないかって誘ってもらったの」
「それが、これですか」
「そ、これ」
「……!」
少しだけ震えた。オリさんとアナに立て続けに「これ」呼ばわりされたのが効いたらしい。こんなことを好んでやっている子がマゾの気を持っていないわけがないし無理もないけど、アナもだんだんサドが板についてきたものだ。
そんな有望な新人マネキンだが、なんだか不思議だ。ほとんど完璧なマネキンとして入っているだけなのに、いやらしい目で見なくても普通のマネキンよりも魅力的に見えるのだから。それは人間マネキンそのものが持つ力なのか、それとも中の子達が上手なのか……。
「それで……オリさん。こんなの見せて、ハイ終わりってわけじゃないですよね? 今度はなに企んでるんですか?」
「ミカも言うようになってきたよねぇ。……実はね、ここの発想を借りてウチの直営店でちょっとした企画をやろうと思ってるの」
「企画……? というか、ミスト・スランバーに直営店なんてあったんですね」
「けっこうあるよ。市内のを含めて、全国に5ヶ所」
底空市は日本有数の政令指定都市の隣にある街だから、その都市との境目付近にあるのだとか。わたしも行ったことはないが、存在を聞いてはいた。
しかし、このマネキンを見た上で企画、それもミスト・スランバーの直営店でとなると……だいたいどんなことをやるのかは、想像がついてくるかもしれない。
そして企画は通ったようで、後日。
「今回は配信はしないよ。動画を編集してサイトに出すけど」
「別にそれ慰めにならないですよ」
「そもそもわたしたち、一般の方の前に見せるのは初めてなのですが」
それなりに賑わっている直営店のバックヤードにて。道具の用意までは整えたわたしたちは、これから準備を始めるところ。
直営店でやるということは、一般客と同じ空間に出るということ。わたしたちにその経験はなかったから、配信とはまた違ったものとして身構えておかないといけない。
ただ、それをいざ始めようというとき。フロアと繋がる扉のほうから、ぎい、と音がした。
「みなさん、始めるんですね……!」
「ああ、コムギちゃんか。うん、ちょうど始めるところだよ」
入ってきたのは、女の子……というにはすごく特異的で、しかしわたしたちにとっては見慣れた格好の子だった。
「しかし、凄いですねここ。看板犬までいるだなんて」
「看板娘の代わりにヒトイヌを雇おうだなんて、よく考えたよ。先に思いつかなかったのが悔しい」
「あ、いえ。じつは、言い出したのはわたしなんですっ」
この店に二匹勤めているという看板ヒトイヌの片割れ、コムギちゃんだ。わたしたちがこれから始めることがとても気になるようで、興奮に満ちた視線を向けてくる。
……まずは看板ヒトイヌとはなんだという話だが、お店……というよりは旅館などによくいる看板犬を、ヒトイヌが担うものらしい。店内をヒトイヌ拘束で自由に闊歩して、その姿を見てもらってイメージを伝えたり、簡単な接客をして癒したりするのだとか。
これはわたしから見てもありそうでなかったもので、珍しく発想力で先を越されたご主人様は本当に悔しそうだった。……が、コムギちゃんは凄いことを言い出した。
「わたしと同じく看板犬のモカは同じシェアハウスなんですけど、普段からけっこうヒトイヌとして暮らしてて……このお店のことを知って、ここならヒトイヌのまま働けるんじゃないかって応募したんです!」
「……世の中にはすごい子がいるものだね」
「まさか年下にこんな変態がいるだなんて……」
「えへ、それほどでも」
さらっと流されたが、とんでもないことを言っている。シェアハウス自体がヒトイヌの入居をさせていて、日常からヒトイヌをしていて、しかもアルバイトの希望条件に「ヒトイヌで働けること」というふつうならおよそ満たせないものを打ち出したのか。しかも二匹も。おまけに年下、つまり大学一年生に。
それで実際に見つかって働けているのも、都合よくそんな凄まじい家とミスト・スランバーが遠くない場所にあるのも信じがたいことだった。その上この看板犬のどちらかがいる日は売上がいいというのだから、世の中わからないものである。
そんなコムギちゃん、さすがに身バレをある程度防ぐためか完全装備だった。全身黒のラバースーツの上から革のヒトイヌ拘束具をがっちり着けて、さらにボディハーネスと犬の頭の形の全頭マスク。耳と尻尾もしっかりつけて、とてもよく慣れた様子で歩いている。それと印象的なのは、「看板犬 コムギ」と書かれて首輪から提げた名前プレート。
どうやら休憩時間は多めに取られているようで、専用の休憩場所らしき区画で体を休めはじめた。胴体をちょうど乗せて効率よくヒトイヌを休息させられるデザインの、喩えるなら両方凸の乾電池のような形のソファだ。外部の家具メーカーも巻き込んだ、本物の犬用として開発中の試作品であるらしい。
「あ、わたしのことはお構いなく……ん、いえ、よければ休憩のあいだ、見てていいですか?」
「もちろん。展示品としての予行演習にもなるし、二人もいいよね?」
「……そんな言い方されたら、断れないです」
「わたしも構いませんよ。一応先輩みたいなものですし、見せつけてあげないと」
外には見せないのがもったいないくらい可愛らしいコムギちゃんがソファに沈む姿を見ていたら、逆にこちらのことも見られることになった。ミカは少し消極的だが、渡りに船だろう。視線があればわたしたちはより興奮できるのだから。
というわけで、それぞれメイクアップ開始だ。
それぞれ別の商品をつけてマネキンをすることになっているけど、共通するものもある。
「二人とも、着れた?」
「はい。……マスクとかじゃなくて頭まで覆うの、なんか別の屈辱感ありますね……」
「マネキンっぽさ出てきたでしょ?」
「これ、今度また使いたいです」
まずはラバースーツ。今回はラバーマネキンとしてやるから、インナースーツではなくラバースーツを着てそのままだ。肌タイなどは着用しないし、普段のスーツと違う点もある。セパレートのラバーマスクではなく、スーツが頭まであるのだ。
それぞれ背中にジッパーがあるけど、このラバースーツ自体が商品だからそこを疑われる心配はない。今回着るのは鼻の呼吸孔のほかに目元に視界確保の小さな穴があるタイプだけど、鼻にしかない完全ラバードールモデルもある。
そしてコルセット。これはスーツそのままだとさすがに呼吸によるお腹の動きが隠せないということで、それを隠すためのものだ。代わりに締めつけられて苦しくはなるけど、それは必要経費であり被虐になる。
「わ。もうこの時点で、すごい絵面ですねぇ」
「コムギちゃん、鏡見る?」
「? 犬しか映りませんよ?」
「この子もしかして感覚麻痺してる……?」
まだ軽口を叩く余裕がある。このモデルが初めてだというだけで、私たちにとってラバードールくらいなら珍しいというほどでもない。
というわけで、次。まずはわたしから。
「着けるもの自体はそこまで凄いのじゃないよ。あくまで充分買われそうな商品だから」
「んっ……そう、みたいですね」
アームバインダーを嵌める。特に捻ったところはなく、よくある背中側での三角型。ただし見本として見栄えがよくなるよう、少しきつめに締め上げる。
普段からやっているおかげで体は柔らかいほうとはいえ、拘束感に酔えるくらいには厳しめだ。引き絞られた肩から押し出されて胸を張る姿勢になり、あまり大きくない胸が強調されてしまう。
移動式の台座に上がって、同じシリーズのレッグバインダー。両脚を揃えて入れ、これも引き絞って固定する袋だ。全く脚が開かなくなれば膝は曲げて、膝立ちで待機。
それから後ろに支えとなる器具を置いて、アームバインダーの先端を持たれてしまう。それを引っ張られれば、わたしはなすすべなく仰け反らされた。
「……よし、カナはこれで完成。ちゃんと体重は掛けられるようになってるから、楽にしていいよ」
「はい……」
その先端をレッグバインダーのほうの先端とベルトで繋がれてしまえば、思い切り胸を張った膝立ちで身動きのとれないオブジェが完成した。
背中が支えのパーツで安定しているから見た目より長持ちしそうだ。なかなかやらない姿勢ということもあって、突き出したような形で見せつけている胸と鼠径部を意識してしまう。
「次はミカだね」
「は、ふ……はいっ、お願いします」
公平を期すためか、ミカの作成もわざわざわたしに見せながら行われた。まずはコルセットを少しきつめに締めて、ミカの魅力でもあるなかなかのサイズの胸を強調する。
それから用意されたのは、一つの支えと二つの拘束具。数と支えの形は同じだけど、向こうは拘束具も金属製の棒状だ。
金属製の首輪の左右に二の腕とほぼ同じ長さの棒がそれぞれ伸びて、その先端に同じく金属の手枷がついている道具。確か、ヨークと呼ばれるものだ。これを装着されると、腕を横に向けてから真上に曲げる無防備な姿勢を強要されてしまう。姿勢的な辛さはないものの、どうやら重さがあるようで動くとふらつきというかブレが見える。
その格好で台座に座らされると、背中を支えに預けさせてM字開脚。恥ずかしそうに閉じかける膝を無理やり開かされて、ヨークと似た形状ながらより長い棒に足首も拘束されてしまった。こちらは珍しいというほどではないスプリットバーだけど、鎖ではなく棒と金属枷が直接繋がっているから可動域がない。マネキンの振りをするのだから、ない方がいいのだけど。
「ミカもできたよ。辛くはない?」
「大丈夫です……はふ」
「お股、前に突き出しちゃって恥ずかしいね?」
「うぅ……」
アナは煽るようなことを言ってくるが、これは無視するしかない。とにかく力を抜いて、拘束に身を任せて動かないようにするのだ。
あのブティックと違って関節パーツなどがないから動けばバレるし、そもそも今回はバレさせるためのことをされている。わたしたちは必死に抗った上で、どちらかがお客様の前で人間だと知られてしまうのがそもそもの役目だった。
せっかくだからと休憩終わりに先導してくれることになったコムギちゃんに続いて、わたしたちが乗った台車がフロアに運び込まれる。小さな車輪から届く振動がモノ扱いを実感させてきて、前方にはぺたぺたと四つ足で歩くコムギちゃんのお尻が見える。やはり挿入されている様子の尻尾が人目を引くように振られて、たまにやる程度のわたしたちとは比べ物にならないようなヒトイヌへの慣れが見て取れた。
先にわたしが壁の近くに配置されて止まるが、コムギちゃんはまだ止まらずに向こうへ。今度はすぐ後ろにミカを引き連れてぐるりと半周すると、ミカがわたしと反対側に設置された。それぞれ店内がよく見える位置に置きつつお互いがよく見えるようにして、さらに位置を離してどちらが先にバレたかわかりやすくする狙いだろう。
「コムギちゃん、これは?」
「新しいマネキンです! ディスプレイとして臨場感と魅力をよりよく見せるために、マネキンにラバースーツを着せて使ってるんです」
「へえ……」
さっそく近くにいたお客様が寄ってきた。わたしを正面からじっと眺めては、一周してこちらに戻ってきていたコムギちゃんに聞いてくる。わたしは前面は拘束具よりもラバースーツの体が占めているから、形がはっきり出た胸や股をじっくり見られるとそれだけで恥ずかしい。……一応、わたしたちはそういう恥の感覚は失っていない。
それにしても、同じ人未満として店にいるコムギちゃんにただのマネキンとして扱われるのは思いのほかクるものがある。それを店頭という生きた場でされるのは、視線はあっても画面越しである普段とは全く違う感覚だ。
お客様がえっちな目を向けてくるのがよくわかる。あくまでマネキンだから下卑たものではないのはいいのだが、代わりにまさにモノを見る視線だから屈辱はひとしおだった。わたしは、きっと向こうのミカも、いつもの遊びでポゼッションプレイをしたときのご主人様やシノ様が向けてくるモノを見る目は、その実「モノになった女を見る目」だったことを知った。
「それにしては拘束具が前じゃないような……」
「これを使えば、こんな恥ずかしい形にできちゃいますよ、という使用例だって店長がいってました」
「なるほど。確かに、ここの紐の長さなんかは変えられるしな」
それにしてもコムギちゃん、日常的にヒトイヌだという常軌を逸したマゾエピソードの割にはツボを押さえてくる。多頭飼いだとは言っていたから、お互いを煽り合う慣れでもあるのだろうか。
マネキンの商品ディスプレイに見せかけた中身への辱めという部分をうまく隠しつつ、姿勢が恥ずかしいこと自体は積極的に肯定してくる。しかも拘束具をしっかり主体に話しているから、気になったお客様はわたしが把握できない後ろからも回り込んで見てくると。
マネキンの役目からすれば当然なのだが、いざ後ろから見られてみればそちらも恥ずかしかった。引き絞られた背中とお尻をしっかり見られるというのはともかく、自分を引き立て役にした拘束具のほうをまじまじと見られるのは楽だと思っていたのにそんなことはない。一般への展示プレイというのはわたしも初めてだったのだけど、これはもはやどこをどう見られても恥ずかしい。自分が展示品であると自覚した時点で、もう責めとして成立していた。
そして当然、マネキンの振りをバレないようにするのも簡単ではなかった。アームバインダーとレッグバインダーを繋ぐ紐は目立たない位置の代わりに動くとわかりやすいから、特に後ろにお客様がいるときは指先ひとつ動かせない。もうぎちぎちに拘束されているはずなのに、その意識が上からもう一段拘束してくる。
それに何より、いくらコルセットがあるとはいえ、あまり目に見えてお腹を収縮させたらその時点でバレてしまう。つまりこんなに辱められて興奮しているのに、深呼吸で落ち着くことすらできないのだ。その上ガラスケースに入れられているわけでもないから音も立てられず、それは短い呼吸を多く繰り返すこともできないということになる。あまり大きくない呼吸を静かに続けていないと、すぐにでもわかってしまうくらい厳しい。
これはたぶん、向こうのミカも同じなのだろう。呼吸については姿勢で見えやすさの差はあれど同じだろうし、向こうはアームバインダーのような袋に覆われていない手足の指も不意に動かさないよう気をつけないといけない。ヨークも安定はしていないから揺れてはいけない。
形は違えどどちらも長時間もたせるように作られていないから、勝負の結果に文句は言えない。わかりきっている限界の前に我慢比べをして、負けた方はお仕置き。しかもお仕置きなんてされたいくらいのマゾ同士なのに、勝負だから避けようと努める。それもまた調教であり我慢比べだった。
それでも自分たちでさえ意外な粘りでしばらく耐えていたわたしたちだが、均衡は意外な人物の手で崩された。
「あ、いらっしゃいませ!」
「…………え? えっと、なにこれ……?」
「ああ、ごめんね。この子、初心者なものだから」
「なるほど! わたしはコムギ、ここの看板犬です! この、ヒトイヌという拘束具で、お客様をご案内したりご覧いただくのが役目です」
慣れた様子の女性と、初心者だというわたしたちと同じくらいの女の子。ヒトイヌを初めて見るようで、コムギちゃんが紹介するのを熱心に聞いている。さすがに独特の形態に困惑を隠せないようだけど、しばらく触れ合って撫でたりしていると慣れてきたようだ。……いや、慣れてきたというよりは押し切られたという方が正しそうだが。
その子は見覚えもなく、初心者でいきなりここに連れてこられた少し可哀想な子と思った程度だったのだが……問題はそれを連れてきたほうにあった。あの人は見覚えがあるのだ。
「へえ、お客様、あのお店の! いいお店だなとは思ってたんです!」
「うん、そうなんだ。こっちの蘭ちゃんもうちのスタッフで……あ、コムギちゃん。これの着用感、コムギちゃんで試して見ていいかな」
「はい、どうぞ! ……んぁぐ、むぐ、ぅ……」
「こ、こんなに気軽に着けるんですね……」
「ここの看板犬は会員の間では話題になり始めてるんだ。……そうそう、うちの店は実はね……」
「むぐぁっ!? んぅぅ、んーっ!?」
「まあ、そうだよね……驚くよね」
「これ、秘密ね。店の外で知ってる人は少ないから」
「ん、んっ!」
コムギちゃんはあのヒトイヌ姿で試せるものに限って、店の商品を試させてくれる。わたしたちと大差ないドMのようで何をされても喜ぶから、時にはスーツの股間を開かない範囲でなら鞭や電マすら試用するとか。
猿轡を噛まされてその姿や声の塞がれ方を試されながら、何かを囁かれて素で驚くコムギちゃん。興奮気味に見上げて後ろ脚で立ち上がろうとし、前半身をぴょんぴょんと上げてアピール。それから秘密と言われて必死に頷いている。
……あの人、先日見に行ったゴスロリブティックの店長さんだ。十中八九、教えたのはマネキンの中に人がいる事実だろう。それを反射的に聞き返されないための道具としてうまく猿轡を使って、その呻き声の質を聞いた周りのお客様が目を光らせた。あれ、どうやら宣伝になったらしい。
そして着いてきている蘭ちゃんとやらはスタッフだという。わたしたちが行ったときには見かけなかった顔だったが……わたしたちもいい加減、ご主人様がたの考えることはわかる。きっとあの子、わたしたちが見たあのマネキンの子だ。
というか、そうでなくともマネキンになっていることはほぼ間違いない。なにしろあのお店、ホールスタッフはみんな交替でマネキンになっているらしいから。あんなに純朴そうな顔をして、マネキンとして展示されて苦痛になっていないのだ。
「えっと、これは……?」
「それはアナルフックです! そっち側をお尻に入れて、こう、紐かなにかに繋いで……ぐいっと」
「……上級者向けだってことはわかりました」
「ここは総本山といってもいい場所だからね、上級者向けのものも多いよ。会員サイトには使った動画もあったはずだけど、規約で会員外には見せることもできないんだよね」
「…………試しに入ってみようかな」
完全に姿勢を固定されて、生き物としての個性も徹底的に消されて、商品を魅せるための土台として展示される。そんな扱いを嫌がらず、むしろ積極的にやりたがる。涼しい顔をしている蘭さんだが、言うまでもなく変態なのだ。
……わたしたちのように。
完全に姿勢を固定されて、生き物としての個性も徹底的に消されて、商品を魅せるための土台として展示される。あのお店から着想を得たプレイなのだから当然だが、これはまさに今わたしたちがされていることだ。
少なくとも日常的にそれをしている子と、その場を一から作った人を前にすると、その自覚が強まってしまう。これ以上興奮したら隠しきれなくなりそうなのに。
「それで、さっきから気になってたんですけど……これは? すごい格好ですけど」
「新しい試みとして今日から展示している、ディスプレイ用のラバーマネキンです! このヨーク……腕の拘束具、今日だけでご注文が3件もあったんですよ!」
「おお……いいね、これ。ウチもたくさんマネキンを置いてるけど、いろいろ参考になるよ。それに、もしかしたら…………」
やがてフロアの端っこに辿り着いた二人は、初めてである蘭さんについておくことにしたコムギちゃんの案内を受けながらラバーマネキンのもとへ。向こう側でミカを囲んで観察している。
あの格好で初心者の子にじっくり、それも普段からマネキンになっている子に見られるのはただ鑑賞されるだけでない恥ずかしさがあるはずだ。ミカも鈍くないから、そこまではわかっているはず。
そしてわたしはここで、この後起こることをほぼ完璧に予感して、
「……いえ、店長。これ、ほんとに人間ですよ」
「え?」
「ほら、よく見てください。握った指先がちょっと動いてます。それに、じっくり見たらお腹も動いてる」
「…………ほんとだ」
「……っ、ぅ」
先に向こうに行ってしまったことを、本気で残念に思った。
わたしたちの擬態は完璧ではない。もともと本気で疑ってかかればバレてしまうくらいには不完全な形で作られていて、しかもそれがもう数十分は続いているのだ。集中も保っていられない中で、マネキンになる感覚をこれ以上なく知っている子に見られてしまえば、見破られないほうが無理だ。
現に蘭さんはわたしたちが隠しきれないことを自覚していた二箇所をしっかり言い当ててみせた。これには他のお客様も驚いたように視線を集めて、人間マネキンを毎日見てはいる店長さんもすぐに気づく。それで敗北が確定したミカが動いたことで、恥ずかしい格好で飾られたままのラバードールが人垣に囲まれた。
「すごい、ほんとに当てちゃうなんて!」
「……ということは、もしかして」
「え、店長? って、まさか!」
「…………」
「…………こっちもだ。ほら、ここの紐、よく見ると動いてる」
「ほんとですね……!?」
「……っ、はっ、はっ……!」
たぶん事前に全て、当てられそうな人を送り込んだということまで聞かされていたことを飲み込んだらしき様子のコムギちゃんをその場に置いて、今度は店長さんがヒトイヌでは追いつけない小走りでこっちに。一応わたしも最後まで全力でマネキンを演じたが、見事に見抜かれてしまった。
ミカと同様に囲まれたわたしはもう限界で、拘束と支柱に身を任せて動き出してしまう。興奮を全く隠せないまま身をくねらせてしまって、鼠径部を突き出した姿勢のままアームバインダーを鳴らしてさらに注目を集めた。見てもらえるのが気持ちよくて仕方なかったのだ。
「はい、ゲーム終了ー! 検証、『直営店にマネキンとして人間を置いたらどのくらいバレずに済むのか』、結果は43分25秒でした!」
「そして勝負はミカの負けね。準備ができ次第ミカのお仕置きに移りますので、皆様しばしお待ちください」
と、そこで出てきたご主人様とシノ様がネタバラシ。これが企画であり勝負だったこと、中身が会員にはわかるわたしたちだったこと、これからお仕置きを行うことを明かして、わたしたちの乗った台車を回収に来た。……かと思いきや、写真撮影は待たれた。マネキンの時点から撮影を禁止していないから仕方ないし、わたしたちも不思議なほど興奮しかしていないし、人相なんてわかったものではないから気にすることはないが。
そこで店長さんと蘭さんも経緯を理解したようだったけど、こと店長さんはものすごく嬉しそうだった。蘭さんのほうは顔を赤くしていたから、やはりあのときのマネキンで間違いなさそうだ。直接知ってもない初心者が、わたしたちのやることがわかった段階で反応するのは不自然だから。
そして見抜いたお客様という体で、バックヤードに運ばれるわたしたちと一緒に連れてこられた。やはりご主人様は性格が悪い、わたしと話させるつもりなのだろうから。
「……ご主人様。呼びましたね?」
「もともと知り合ってて、しかも店長さんがウチのサイトの大ファンだっていうから、せっかくだと思って。だけど、『面白いものが見られる』とまでしか言ってないからね。見抜いたのは自力だよ」
勝った方、つまりお仕置きを受けない方であるわたしは、拘束を解かれただけでラバー人形のままにされた。実はこれ、うなじの隠しジッパーの取っ手を取り外されてしまっているから自力では脱げない。
てっきりこのままの格好でお仕置きを見守ることになると思っていたのだが、どうやら違うらしい。ご主人様はどちらを見ればいいかわからない様子の二人の前で、ちょうどミカから外したところのヨークをわたしのもとへ持ってきた。
「これ、気になってたでしょ。つけたげる」
「ん……ありがとうございます」
「けっこう重さがあるから、気をつけて恥ずかしくなってね」
ミカばかり珍しい拘束具を使ってもらっていたことがずるかったということになったらしい。確かに気になってはいたし、どちらかというとお仕置きそのものがずるいから、さも任意とばかりのご褒美扱いだったが大人しく受け取っておくことに。
首に取り付けて奴隷に相応しい重さを吊るされた後、その左右にそれぞれ手首を捕らわれる。まるで降伏するように手を挙げたまま動かせなくなったばかりか、構造からわかりやすい拘束具はこうして単体になると晒し者としての側面が強く出た。首のところにリード紐までつけられれば、わたしはもう引き回されるしかない。
「……すごい、ですね。こんなのをそんなに気軽に」
「慣れてるからね。この子たちはいつでも、こんなコトされたら興奮しちゃう」
「そう、ですね……正直なところ、何もなく終わりじゃなくて嬉しいです」
「へぇー……こうしてみるとすごくマネキンっぽいし、私たちがやってることとも連なってるのかなぁ……」
「そうだね。個人差はあると思うけど、みんな素質はあると思うよ。マネキンのまま固められて平気な時点で、拘束フェチなところは多かれ少なかれあるはずだし」
ほぼ間違いなくこのままフロアを連れ回されるであろう格好を、やはりあのときのマネキンだったもいう蘭さんにまじまじと見られてしまう。わたしがいいとは言ったのだが、さすがに恥ずかしい。
ただ、その蘭さんはどうやら自分の中にあるはずのマゾの素質、その手前の拘束フェチを前向きに受け止めているようだ。とても興味ありげにあれこれ聞いてくるものだから、ご主人様はもう目を輝かせている。
「蘭ちゃん、それならちょっと試してみる? せっかくの機会だし、店にある拘束具なら貸せると思うよ」
「本当ですか? それなら、ちょっと試してみちゃおうかな……えっと、さっきまでカナさんがつけてたのとか」
「へえ、アームバインダーにいくんだ。チャレンジャーだね?」
テンションが上がってきたご主人様に即座に捕まって、蘭さんが貸し出された露出控えめのボンデージにアームバインダーを合わせたあたりで、どうやらお仕置きの準備が整ったらしい。顔を赤らめて心地よさそうに革を鳴らしている蘭さんのアームバインダーを見ながら、リードに引っ立てられてわたしもフロアへ戻ることになった。ここからのわたしは脇役だが、それでも気分は惨めな家畜か咎人だ。
ヨークの重さに少しだけ上体が揺れる様もばっちり鑑賞されながら、後ろからお仕置き展示が運ばれてくるのを見届ける。当然ながら、その恥ずかしさはわたしのものとは比較にならない。
「こちら、お仕置きの敗北バキュームベッドです。振れさえしなければ問題ございませんので、皆様どうぞたくさん鑑賞してあげてください」
「…………うぅ」
どうやらお仕置きはバキュームベッドだったらしい。真っ黒で光は全く通さないものの、とても薄い生地でできているのか普段使っているものよりもずいぶん体の形がよく出ている。ここまでくっきり乳首や割れ目が写し出されてしまっていれば、囚われている本人にも感覚があってわかるだろう。
顔や色合いは徹底的に剥奪されて無個性にされながら、女としての特徴でもある恥ずかしいところの形は下手をすると裸のときよりも見せつけている。おまけにひくついているところまで丸わかりだ。羨ましい。
それだけではない。わざと左右対称ではない整っていない形で圧縮されて、より無様さと敗北感を強調されている。ダンジョンのトラップに不意にかかってしまった、とか、そのようなイメージが垣間見える。それでいて口元は空気が入りにくく長持ちするマウスピース型の呼吸孔になっているのが、コレは自分からこのポーズで固められたのだと示すのだ。
そしてそれを、豪勢に飾りを入れた額縁に収められてしまっていた。極めつけにはその額縁の下、作品名を入れるようなところに『敗北ラバーマネキン・ミカ』の文字。
「すごい……」
「それでは皆様、こちらの絵画と……見事勝利して引き回しのご褒美を手にしたラバーマネキンを、どうぞご堪能ください」
「んっ……ぅっ!?」
「こんな格好で晒し者にされるの、カナにとってはご褒美でしょ。ほら、楽しんでね?」
「んぅ!? あ、カナさんが飼い主様ってことですね! えへへ、たくさんお散歩しましょっ!」
そうしてミカは展示品と化したのだが……それだけではなかった。少し期待していた通り、わたしのことももっと辱めてくれるらしい。
まずはわたしのヨークの首元に、何やら小さなプレートを吊り下げられた。わたしには見えないが、おそらく名札だろう。『勝利ラバーマネキン・カナ』とでも書いてありそうだ。
そしてわたしのリードを、コムギちゃんの首輪に繋げられてしまった。一見するとわたしが犬の飼い主のように見えなくもないが、これはお互いが離れられず連れ回し合うことになってしまう凶悪な仕組みだ。コムギちゃんは飼い主付きの散歩を実感させられて、わたしは看板犬として精力的に動くコムギちゃんにひたすら連れ回されて晒され続ける。
他のお客様がたに話しかけられて試着の輪を広げはじめた蘭さんを尻目に、わたしはとても嬉しそうなコムギちゃんにさっそく引っ張られた。目指すは入口付近の、ちょうどはいってきたばかりのお客様。
そうしてこの日は店舗史上最高の売上を記録することとなった。だがこれを聞いたコムギちゃんの相方がひどく嫉妬して、その子の日に合わせてもう一度わたしたちが飾られるイベントが発生することになるとは、まだ誰も思っていなかった。