戦いはすぐに乱戦の模様を呈しました。
こちら側が隊列を整える間もなく、大量の魔物が襲ってきます。
私たちは散り散りの状態で、分断されたまま戦うことを強いられました。
「はあっ……はあっ……! このっ……!」
四方八方、至る所から魔物が襲いかかってきます。
しかも、ピピさんが言っていた通り、無秩序な動きではありません。
一匹ずつではなく三匹ほどが束になって、連携を取りながら襲ってきます。
今も正面から粗末な武装をした蟻の兵隊が、その横に重武装の蟷螂が、そして空中からは自爆特攻してくる蠅が襲いかかって来ます。
もちろん、その三種だけではありません。
隙を見せれば、周りにいる他の魔物たちも飛びかかってきます。
わたくしは間合いに入った魔物を片っ端からなで切りにしていますが、それでも数が違いすぎました。
そう長く持ちそうにありません。
「ピピさん! 何とか隊列を立て直さないといけませんわ!」
「今やってるけどすぐには無理! 郊外はおとりか。連中の真の狙いはこの街道だった!」
ピピさんの言葉を裏付けるように、魔物の数は指数関数的に数を増しています。
「わたくしはどうすれば!? 指示を!」
「ひとまず少しでも浸透を食い止めて! きついだろうけど、出来るだけ粘って!」
「分かりましたわ!」
とは言え、どうしたものでしょう。
「アレアちゃん!」
「なんですの! 今少し手が離せないのですが!」
「レレちゃんを!」
「――! そうでしたわ!」
わたくしはポケットから「彼女」を掴むと、足下に落としました。
彼女はふるふると一度身を震わせてから、わたくしを見ました。
「レレ、回復は任せます!」
「うゆ!」
レレは治癒魔法の使えるスライムです。
近くで回復を任せられれば、かなり安全に戦うことができます。
これでしばらく、体力の心配はありません。
「リリィ様、シモーヌ!」
「無事です!」
「アタシは遠距離からちくちく削るわ! 無理もしない!」
「リリィもシモーヌちゃんに援護を貰いつつ削ります! アレアちゃんは!?」
「ちょっと大技をかましますから、少し離れていてくださいまし」
「分かりました!」
リリィ様たちの気配が離れるのを確認してから、わたくしは押し寄せる魔物の波をひたと見つめました。
「魔物とて命には変わりありませんが、殺し合いをお望みとあらば是非もないですわよ?」
剣を正眼に構え、一旦、足腰にタメを作ると、次の瞬間、わたくしは弓矢のように突進しました。
「強襲剣舞――!」
突進しながら舞うように剣撃が乱れ飛ぶと、わたくしの進路上にいた魔物たちは次々と切り飛ばされていきました。
強襲剣舞――数ヶ月前に武闘大会でメイと戦った際に使った技です。
あの時はメイのスリープミストを散らしながら間合いを詰めるために使いましたが、本来の使い方は今回のように一対多数の切り合いで相手を圧倒するものです。
斬撃を纏って突進する攻防一体のこの技は、今の状況に上手くハマると思いました。
ところが――。
「数が……多すぎますわ……!」
多くの相手を切り伏せる強襲剣舞を以てしても、魔物の大波はとどまることを知りません。
かなりの数の魔物を切り伏せましたが、斬った側から新しい魔物が湧き、わたくしの突進はやがて勢いを失いました。
「くっ……突出しすぎましたわ……!」
単身で魔物の群れの中に飛び込んだ形になってしまい、わたくしは孤立してしまったのです。
もう一度、強襲剣舞で元の位置まで下がろうとするも、次から次へと襲い来る魔物たちが、突進技のタメを作ることを許しません。
「なら……!」
わたくしは足を止めると、その場で腰を落とし、間合いを強く意識しました。
イメージするのは絶対の結界。
領域の内と外を隔てる剣の絶界です。
「――斬撃領域」
四方八方、縦横無尽。
魔物の群れの中に円状に切り取られたそれは、 間合いに入ってきたものを全て切って捨てる絶対の結界です。
「……しばらくはこれで持たせられるとして、でも……」
斬撃領域は守りの技。
これでわたくし一人が凌げても、人類側の戦線が崩壊しては何の意味もありません。
「ピピさんたちは……もう少しかかるでしょうか……」
結界を維持しながら辺りを窺いますが、見えるものは魔物の群れだけ。
視界を覆うほどに密集した魔物たちは、死兵となって結界を壊さんと突っ込んできます。
気配を探ると人が隊列を成そうとしているようですが、なんだか人の動きがおかしいです。
味方の隊列再建が、人流の逆流に遭って阻害されているように見えました。
まるで、人が人を邪魔しているような――。
「このままじゃじり貧ですわ……!」
剣は強力な武器ですが、魔法に比べると効果範囲が狭いという欠点があります。
こういう物量戦や乱戦の戦局を傾けるには、どうしても個の剣技では限界があります。
「何か……何か方法は……」
レレの治癒魔法もいつまでも持つものではありません。
このままではいずれわたくしも力尽き、そうなれば数を減らす要素がなくなり、戦線の崩壊は必死です。
「せめて無色による身体能力増強があれば――!」
そんなないものねだりすら思い浮かぶほど、わたくしは追い詰められていました。
心がすり減り、体力も削られ、徐々に四肢から力が失われていきます。
これ以上は持たない、何度も身体が悲鳴を上げました。
ですがそんな中、意識だけははっきりと明晰を保っていました。
まるで苦戦が研ぎ澄ますように、磨かれていく心。
次に何をどうするべきか、どこを斬れば相手に最も致命打を与えられるかが、意識せずとも浮かんできます。
まるで自分が戦闘に最適化されていくような不思議な感覚がありました。
(何かが……掴めそうな気がしますわ)
剣士としてのわたくしの成長は、長らく止まったままです。
剣神の称号を手にし、有無の太刀を編み出して以降、わたくしはあまり成長を遂げられていません。
ですが今、絶体絶命の状況下で、わたくしは何かが見えそうな気がして――。
その時、戦場に響き渡る音がありました。
それと同時、広範囲にわたって魔物が倒れ伏します。
見ると、そのどれもが眠りに落ちているようでした。
「間に合ったぁ……」
「ピピさんと、ロレッタさん……?」
「待たせたね、アレアちゃん。ここからはピピと私たちに任せて」
ピピさんはバイオリンのようなものを構えていました。
そう言えば、クレアお母様に聞いたことがあります。
ピピさんは音にちなんだ魔法を使う、と。
「セレナーデ!」
ピピさんが弓を弾くと、彼女を中心に凄まじい数の魔物が昏倒していきます。
殺傷能力こそ高くはなさそうですが、この局面では圧倒的です。
効果範囲の広さがこの盤面では効き過ぎるほどに効いていました。
「放て!」
動きの鈍った魔物の群れに、今度はロレッタさんの指揮する軍の兵士たちが、魔法の雨を降らせます。
倒れ込んだ仲間の魔物たちが足止めになったところに、これは効果てきめんでした。
「なんとか……なったのかしら」
「あ、アレアちゃん!」
声のする方を見ると、リリィ様が駆け寄ってきました。
「リリィ様……。シモーヌは?」
「検問所の人に任せてきました。加勢します」
「リリィ様がいれば百人力ですわ。戦況は五分……いえ、四対六くらいに戻りましたが、ここが分水嶺です。畳みかけましょう」
「はい!」
リリィ様の魔法でブーストをかけてもらいます。
傷はレレが癒やしてくれました。
先ほどまで手がかかっていたあの感覚は、既にどこかへ遠のいてしまいましたが、これでもう一暴れできそうです。
「行きますわよ、リリィ様!」
「はい!」
わたくしは今一度、強襲剣舞を仕掛けます。
リリィ様のブーストもあって、先ほどまでとは威力が違います。
加えて、今回はロレッタさんたちの援護や、リリィ様も一緒にいます。
わたくしは魔物を狩りつくす勢いで剣を振るいました。
が――。
「!?」
不意に目に入ったその光景に、咄嗟に剣を止めました。
気づけば、魔物の中に、人の姿がありました。
「危ないですわ! 早く避難を――」
「――は救い」
「?」
逃げ遅れかと思ったその女性は、両手を組んで何度も同じ言葉を繰り返していました。
「――は救い……滅びは救い……」
「あなた……何を言っていますの……?」
よく見れば、人影はその女性だけではなく、魔物の群れを守るように列をなしていました。
「アレアちゃん、構うな! 斬れ!」
「で、でも!」
躊躇うわたくしにロレッタさんが叫ぶように言いました。
「そいつらは異端――魔族信仰者だ……!」