「ユヌの討伐……? わたくしとリリィ様で?」
「ええ。時間がないから手短に説明するわね」
ミシャさんは簡易地図を広げながら言いました。
「最初前線とされていたのが郊外のここ。今、私たちがいる検問所がここ」
地図を指さしながら、ミシャさんが続けます。
「上がってくる諸々の情報や敵の動きを加味すると、ユヌは恐らくこの辺りにいるはず」
ミシャさんはサッサル火山を指しました。
両方の戦況を把握する必要性を考えると、選択肢はそれほど多くない、とミシャさんは言います。
「指揮官を叩くのは王道ですが、ヤツも手勢を連れているのではなくて?」
「その可能性は高いわ。だからこれを使う」
そう言って彼女が取り出したのは、畳まれた羽根のようなものでした。
「飛行の魔道具よ。ロッド様が開発したの」
「飛行の魔道具!? これ、空を飛べるんですの!?」
「ええ。扱いには慣れが必要だけれど、アレアちゃんとリリィ様ならすぐに使いこなせると思うわ」
背中に背負うようにして着るタイプの魔道具のようで、つけてみると驚くほど軽いです。
「ご存じの通り、わたくしは魔力適性がないのですけれど……」
「適性がなくても、魔力さえあれば大丈夫なのよ。要は魔力を燃料として使う感じ。背中に意識を集中してみて」
言われたとおりにすると、背中に何かが増えた感覚がありました。
「パスは通ってるわね。そのまま浮くことをイメージしてみて。細かい制御は魔道具の方でしてくれるから」
「浮く……」
浮く、というイメージはなかなか難しく、わたくしは苦戦しました。
「わ、わわわ!? 浮いています!?」
先にコツを掴んだのはリリィ様の方でした。
見ると、ふわふわと宙に浮いています。
「やるわね、リリィ様」
「アレアちゃんも、水に浮かぶのをイメージするとやりやすいかも?」
ユー様のアドバイスに従って、浮くイメージを更新すると、それはすぐに効果を現わしました。
「なるほど、こういう感じですのね」
地面から足が離れているというのは、なかなか心許ない感じがしますが、新鮮な感動がありました。
「浮くことさえできれば、あとの移動は感覚でいけるはずよ」
「ここで少し練習して、申し訳ないけどぶっつけ本番で行ってくれる?」
「分かりましたわ」
そのまま十分ほど試験飛行をしました。
ミシャさんの言うとおり、浮く感覚さえ掴めれば、あとの移動はそう難しいものではありませんでした。
「でも、これで戦えるか、となるとまだ不安ですわね」
「それはそうかもしれません……」
ユヌとやらは羽根を持っているそうです。
空中戦には慣れているでしょう。
「そうとも限らないと思うわ」
「というと?」
わたくしが問うと、ミシャさんはいい、と前置きして、
「ユヌは確かに空を飛べる。でも、これまで自分と同じく飛べる人間を相手にしたことはないんじゃないかしら?」
「……確かに」
自分が飛べることと、飛べる相手と戦うことはまた別です。
「不慣れなのは同じだと思うわ。もちろん、飛行行動への慣れはあちらに一日の長があるでしょうけれど」
「何にしても、やるしかありませんのね」
「が、頑張ります」
そうしていよいよ移動するだけ、という段になって、後ろの方が何やら騒がしくなりました。
「殺せ! いっそ殺してくれ!」
「どうして分かってくれないの! 人生なんて続いてもいいことなんかないでしょう!?」
ミシャさんに昏倒させられていた魔族信仰者たちが、引っ立てられていくようです。
倒れている間に縛り上げられ、一人、また一人と連れていかれます。
「哀れですわね。終わりを求めるのは構いませんけれど、他人を巻き込まないで欲しいですわ」
彼らの体験や記憶を見せられたことで、彼らの境遇に多少の同情はあります。
ですが、それを差し引いたとしても、終末思想に染まった彼らを肯定することは、わたくしにはできそうもありませんでした。
「リリィは……少しだけ彼らの気持ちが分かります」
「リリィ様?」
じっと彼らを見つめるリリィ様の瞳には、深い憂いがありました。
「どうにもならないほど追い詰められて、毎日がつらくてつらくて誰も助けてくれないときに、ふと差し伸べられる手があったら、それを取ってしまうのは仕方がないと思いませんか?」
それは問いかけというよりも、同意を求められているような言葉でした。
恐らく、リリィ様にも過去、そういう経験があったのだろう、ということが想像つきました。
「それでも、どの手を取るかは選ぶべきですわ。魔族に魂を売るなど、許されることだとは思いません。それは弱さですわ」
確かに彼らの境遇にはある程度、情状酌量の余地があるでしょう。
ですが、破滅に手を伸ばしたことは明確な間違いです。
そこは議論の余地がない、とわたくしは思います。
「……アレアちゃんは、強いですね」
そう言って、寂しそうに笑うリリィ様に、わたくしは何と声をかければよかったのでしょう。
「お取り込み中のところ悪いけれど、こちらにもあまり時間がないわ。時間が経てば経つほど、数に勝るユヌ側を利してしまうから」
「あ。ご、ごめんなさい、ミシャさん。大丈夫です、いつでも行けます」
「わたくしも準備はできていますわ」
本当はもう少し話を続けたかったのですが、状況がそれを許してはくれないようです。
「地図は頭に入ってるわね? 空を飛んでいけば、雑魚との戦闘は大部分回避できるはずよ」
「ユヌの戦闘力は未知数だけど、他の魔物が従っている以上、弱いってことはないと思う。気をつけて」
「ええ、心しておきます」
「行ってきますね」
そうしてリリィ様と二人で宙に舞うと、ユヌがいるとおぼしき方角へ全速力で飛び立ちました。
すぐにミシャさんやユー様の姿が見えなくなります。
だから――。
「行きましたね」
「うん。で、ミシャの見立てはどう? 飛行魔道具についてのやり取りは、これで二回目のはずだよね?」
「ええ。でも――」
だから、わたくしは二人の会話を聞くことはありませんでした。
「……でも、あのアレアも『本物』だと、私は思います」