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「栗原君、どうしてこんな...」
薬学研究者、田沢一(たざわ はじめ)の質問に栗原千華が答えることはない。しばらくオハコ・2000Sでの連行の後、たどり着いたのは栗原家の邸宅だった。
「...ここに健一がいるんだな?」
「それを理解してもらうために連れてきたのです。」
千華は淡々とそう告げる。
「ではこちらをご覧ください。」
彼女は田沢を椅子に座らせ、手錠をかけモニターの電源を付けた。
「健一!」「パパ!」
モニターはかおりに連れられた健一を映した。
「今すぐ助け出してやるからな!」
「そのためにも取引を。」
千華は一台のVR装置を取り出した。
「あなたにはこれを使用した実験を体験してもらいます。それにこちらを。」
「見たことのない薬だな。」
「魔法で生成したものですから。」
「魔法?君らしくもない。そもそも私は非科学的なものが嫌いでね。」
「嘘ではないですよ。見せてあげましょうか?」
そう言うと千華は手錠を見つめる。一瞬目が光り、腕がずしりと重くなった。振り返ると鉄の手錠は金色に変わっている。この重さは純金に違いない。
「...君はどうやら未知の科学技術をもっているようだね。残念だよ、その力を持っていながら何故こんな真似を?」
「...僕も好きで手に入れた訳ではないのですが。今にわかりますよ、「歪ませられる」感覚というものが。こうしている間にも健一君がお待ちです。」
そうだった、今は健一の身も安全ではない。田沢は息子を助ける一心で実験を了承した。
「では始めます。」
千華は田沢に薬を注射し、VR装置を装着・起動させた。
「パパ!」
その様子をモニターから不安そうに見つめる健一。
「大丈夫だよ、私の装置だからすぐ終わるって。」
かおりがそう声をかけた時、既に変化は始まっていた。
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「懐かしいな...」
ここはどうやら私の幼い頃を投影した世界のようだ。あの時の家もそのままである。
「おっ、対・激獣戦線が始まるぞ。」
対・激獣戦線は特撮番組だ。「激獣」という怪物を化学兵器で撃退する内容で、彼の薬学研究の礎でもあった。今回の激獣はとりわけ強く、部隊は壊滅の危機にあった。
「あきらめてはなりません!我々には彼女たちがいます。」
そのセリフと共に女性隊員だけの戦闘機部隊、レッドパンサーが現れた。彼女たちはスーツの「胸の揺れ」と共に空を舞い、特殊薬剤入りのミサイルを発射。あっけなく怪獣を倒した。
番組は終わっても田沢少年の心臓は収まらない。普通の男子ならお色気シーンに興奮しているところだろうが、そうではなかった。
「かっこいい...」
田沢少年にレッドパンサーへの憧れと「女性=かっこいい」という構図が刷り込まれたのだ。
~~~
現実世界では田沢の服が汗で濡れ始め、ズボンのあたりが膨らみ始めた。
~~~
田沢少年は小学校入学が近づいていた。今日はデパートにランドセルを買いに来たのである。
「わーい、レッドパンサーと同じだ!」
田沢少年は赤いランドセルに手を伸ばす。しかし、両親によって止められた。
「男の子が赤いランドセルなんて変でしょ。はっちゃんはこっち。」
そう言って持ってきたのは黒いランドセル。駄々をこねたが結局そのまま両親が勝手に買ってしまった。
「わーい、お母さんありがとう!」
横では赤いランドセルを買ってもらった女の子が笑顔で店を出ていく。
「何で男の子というだけでこんな...僕も女の子だったら...」
性別の理不尽が、田沢少年に心の影を落とした。
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田沢の服が汗によって溶け始め、髪も少しずつ伸び始めた。
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「仰げば~尊し~わが師の~恩~」
田沢少年は小学校の卒業式を迎えていたのだが...
「声が...出ない...」
数か月前から声がしわがれ、高音が出なくなった。先生は「大人の声」になる準備だという。
「そんな声嫌だよ...」
周りの女子はレッドパンサーのような「かっこいい声」で歌っている。
「僕も女の子だったら、ずっとこの声のままなのになあ...」
女の子だったら...女の子...
~~~
田沢の服は完全に溶解し、肌の一部が見えるようになる。それは明らかに白く、また胸のあたりも緩やかに膨らみ始めていた。
「パパ、あっあっ...」
モニター越しにそれを見つめる健一が声を上げる。顔は赤面し、股間を抑えてもじもじしていた。
「ふふっ、健一君も「目覚め」始めているね。お父さんと同じ。」
そう呟くかおりの前で健一の服はパステルカラーに溶けていき、髪も伸び始める。
~~~
「どう?似合っているかな?」
「うん、とても似合っているよ。とても...」
「ありがとう。田沢君は優しいね。いつも褒めてくれるもん。」
中学生になった田沢少年は初めての彼女に恵まれた。女の子への憧れを捨て去ろうと考えた行動だったが、結果は全くの逆効果だった。
(かっこいい...)
彼女のファッションを見るたび、成熟していく体を見るたび、憧れは止まらなくなる。それに比べて男のファッションときたら...
(僕も女の子だったら、かっこよく着こなせたのに。)
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田沢の周りの溶けた繊維はブラジャーやショーツ、タイトスカートやタイツに変わっていき、母性を感じるFカップの胸、健一を産んだであろう安産型のヒップ、むっちりとした白い生足を包み込む。ただスカートの前の膨らみだけが場違いに残り続けていた。
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「男ってどうしてこう...」
高校生になった田沢少年はそう呟きながら髭をそっていた。最近生え始めた毛深いすね毛も彼を悩ませる問題である。
「女の子はいいなあ。」
彼が思い浮かべていたのはブルマ姿の彼女。しかしその姿に劣情を抱くのではない。紺色の布から惜しみなく見せつけられる「かっこいい」白い足に憧れるのだ。それに比べ自分の足は...田沢少年はまた落胆した。
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現実では、服の上から白衣をかけられ変化が止まった。そこに座っているのはスカートを不自然に膨ませた女性研究員であった。
「凄い。」
変化の一部始終を見ていた千華はただそう呟く。
「人間は誰でも「違う自分になりたい」という想いを内包するもの。それを歪ませて女性化願望に変えるプログラム、これほど効果抜群とは。魔法もあるとはいえ、天才プログラマーに間違いはないね。」
千華はボブカットになった田沢の髪に触れる。
「薬の効果も完璧。女性になりたいと思えば思うほど脳内で女性化物質が分泌され、汗を通じて服まで及ぶ。これなら健一ちゃんも...」
感心する彼女の前で、変化は最終段階に突入していく。
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田沢少年は元の自分の体を見つめていた。先程までは慣れ親しんでいた男の体、今となっては違和感しかない。地獄から響くような低い声、もじゃもじゃの醜い髭とすね毛、浅黒い肌...こんな体は嫌だ。いっそ私を、私を...
「いやダメだ!」
突然田沢はそう叫ぶ。
「私は死んだ妻の想いもこめて健一を育てているんだ。健一をおいて身勝手なことはできない!」
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「驚いた。子供への愛で女性化の誘惑を跳ねのけるなんて。」
現実世界の千華の瞳には少し涙がたまっている。
「僕もこんな親が欲しかった。大丈夫です、田沢さん。その想いを無駄にはさせない。」
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「ママ?」
ふと背後から声が聞こえる。
「健一?そこにいるのか?」
「ママ~ご飯まだ~?」
振り返るとリビングの椅子に座っている健一がいた。
「ああ、今日はオムライスだよ。」
「やった~!ママのオムライス大好き!」
ママ。その言葉を聞いた私の心は揺れる。オムライスをおいしそうに食べる健一に、どんどん揺れは大きくなっていき...ついにその言葉で決壊した。
「ママ、大好きだよ。」
「あぁぁぁぁぁぁ!!!!」
そうだ、ママだ。健一は物心ついた時から母親がいない。
「パパがいれば大丈夫だよ。」
そう言ってくれてはいるが、やせ我慢だろう。本当の健一の姿はこれなんだ。私はそれに応えなければならない。
「ママに!!私をママにしてくれ!!!」
もう男でいる理由はない。最後の一押しを受けて、私は心からそう叫んだ。
~~~
現実世界では田沢のスカートが濡れていく。それは女に生まれ変わる瞬間に歓喜する涙のようだ。スカートの染みが広がるにつれて膨らみは小さくなり...なくなった。
ピーッ、ピーッ...
VR装置が発した音を聞いた千華は、ゆっくりと装置を外した。そこには母親「一菜(かずな)」の穏やかな顔があった。
「お疲れさまでした。これで実験は終了です。」
「...これで健一を返してくれるのですね?」
「...はい。」
千華はもう涙を止めることが出来ない。
「お姉ちゃん!何泣いてるの?」
そんな声と共に、かおりが部屋に入ってきた。しかし、一菜の目はその横にくぎ付けになる。
「ママ!」
そこにいたのは可愛らしい女児服に身を包んだ女の子だった。顔つきは変わってしまっているが、間違いない。その面影は健一だ。
「ああ...」
一菜はうなだれて膝をつく。あんなに守りたかった健一が...健一が...懺悔の心と絶望感に打ちひしがれる。その時、誰かが髪に触れた。
「ママ似合ってるよ!」
一菜の髪には水色のリボンが結ばれていた。目の前には満面の笑顔の娘。
「ありがとう、ありがとう...」
一菜は娘を抱きしめるしかなかった。不甲斐ない母親を許す娘の優しさをかみしめる。部屋には2人の女性の嗚咽がいつまでも鳴り響いていた。
「今日はありがとうございました。」
「また遊ぼうね!」
田沢親子は夕焼けに染まる栗原家を後にした。
「実験は大成功ね。」
姉妹二人だけになった家の中ではしゃぐクリスティーナ。
「いや、今回はまだ概念実証の段階。かおりには魔法なしでプログラムを動かしてもらうし、薬も魔法なしで作れるようにしないと。そのために田沢さんを狙ったんだから。」
いつの間に調子を取り戻したのか、千華は淡々とそう語る。
「何でそんなことをする必要があるわけ?魔法で全部できるじゃない。」
「魔法はその場にいる人間にしか効果がない。だから不特定多数を狙うにはインターネットを使いたい。でもパソコンに魔法を使っても、装置そのものが変化するだけ。それに~」
千華は窓から赤い空を見上げる。
「いつか魔法に対して、科学が有効打になる時が来る。」
そう宣言する千華をクリスティーナは不思議そうな顔で見つめていた。