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2. T市商店街の怪異
──退魔編──
(F/F)
分かりやすいところだなぁ。
"山岡沙夜"は商店街を見渡し、まず最初にそう思った。
アーケード商店街は、若者の姿はほとんどないもののそこそこ賑わっている。
だが商店街の奥に目をやれば、ちらほらとシャッターが目立ち、さらに商店街の外の通りにはほとんどひと気がない。
ここには分かりやすく、"こちらとあちら"の境界線が引いてある。
正確には、商店街の奥から"あちらに迷い込む可能性の高い空気が流れている"──ということなのだけれど。
「この辺りですよ。"例の場所"は」
タバコを買いに行っていた"六原 華"が戻ってきた。
銀の長い髪に長身で少しコワモテの華はよく目立つから、商店街を行き来する人々が視線をちらちらと向けている。
かく言う沙夜も、和装でいるからかかなり目立ってはいるのだが、華が目立ち過ぎているからか、あまり周囲から視線を感じない。
沙夜と六原はここ"真福駅前商店街"に怪奇事件の捜査のため訪れていた。
ここ真福での怪奇事件は、母である月夜の遺した資料には記されていなかったが、先日起こったものも含めて既に五件の不可解な失踪事件が起こっている。
失踪なんてほとんど毎日起こっているから珍しいことでもないが、この真福の通りで最後に目撃されている人物ばかりが失踪するというのは不可解である。
──十中八九、怪異絡みだろうなぁ。
ここに来る道中、六原はそう言っていた。
沙夜もそう思う。
人攫いが同じポイントで犯罪を繰り返すとは思えないし、そもそも失踪者以外に誰も目撃されていない。
──お嬢。数年前にこの通りで母子が失踪してるってよ。まずは息子。それからそのあと母親だ。
六原が近隣住民からの聞き込みでそのような情報を得ている。
数年前の母子失踪事件と、そしてここ最近で増えている失踪事件は分けて考えるべきだろう。
数年前の真福母子失踪事件が、今回の失踪事件の引き金になっている──。
「現れるのは子供の姿をした怪異──だったか」
六原がタバコを咥え、商店街奥の呉服屋を見つめる。
「だね。そして…その子は遭遇者に質問をしてくる」
沙夜は足音を立てず、軽快な足取りで呉服屋の前を横切る。
「痛い方か、痛くない方か…どっちが良いか」
ひと気のない呉服屋の暗い窓に映る自分の姿を見て、沙夜は呟いた。
「まぁ大抵は痛くない方を選ぶわな」
「そう。そして──質問に答えた遭遇者は消えている」
呉服屋の角を曲がる。
赤みの滲む黄色い空の下。車がすれ違うには少し狭いくらいの通りが広がっていた。
通りには、焼肉屋とかうどん屋とか、飲み屋が並んでいる。
時刻は18時過ぎ。飲み始めるには多分、良いくらいの時間だ。
店には客も入っているように見えるが、やはりこの通り全体からは、活気や人の気配を感じない。
「妙な通りだな。いかにも出そうって感じじゃあないくせに、空気は"いかにも"って具合だ」
六原は煙をゆっくりと吐いた。
「やっぱり、この通りでいきなり人が消えるなんて無理があるよね」
人通りは少ないが、店があるからそこそこ人の目はある。
失踪者が"何か"に襲われ連れ去られたとして、その騒ぎに何度も周囲の人々が気づかないなんてことはないだろう。
「いけないところに迷い込んだのかな」
沙夜が目を細め、周囲を見渡し呟く。
「ああ。そっちか…。それなら誰も気付かなくても無理はない…な」
六原はぽかんと口を開けて感心したように言った。
「"神隠し"の類じゃないことを祈るしかないな。神が絡むと厄介だ」
六原は周囲に祠やらが無いかを確認している。
「おいお嬢。これ…」
六原が商店街の最奥にある呉服屋と、この通りの境目──ちょうど曲がり角のところにある石を見る。
沙夜も石を見た。
いけず石のようなものに見える。
その裏面に、何かが刻まれていた。
逆さまにした五芒星を、矢のようなものが貫いた紋章──。
「"結界"…か」
六原の顔が曇る。
「そうみたいだね」
「なるほど…"そういうこと"か…。誰かがここに結界を張って──」
「──失踪者はそこに迷い込んだ」
沙夜は人差し指でいけず石にちょんと触れる。
人差し指に僅かに、実際の温度とは違う冷たさと、石から感じるものとは思えない何かの気配──"霊気"を感じた。
「問題は失踪者がどうやって結界に入り込めたのか…だけどそれは後回しかなぁ」
結界というのは本来、入るための手順──儀式が必要だ。
「どうする?」
石に刻まれた紋章をメモ帳に書き写しながら六原が問う。
「無理やり──入ろっか」
失踪者が相次いでいる以上、結界に入る正式な儀式を調べている暇はない。
結界には、"力"でこじ開けて押し入ることも可能だ。
ただし、結界術の力をこちら側が上回っていることと結界の入り口──紋章の意味が分かっていることが最低条件である。
また、無理やりに結界に入り込むと、結界は乱れ、結界は、結界を張った者や結界をナワバリにしている存在でさえ意図せぬ状態となる。
無論、結界の中に潜む者は、無理やりに結界に入って来た者の存在に必ず気づく。
いずれ、日本でほとんど敵なしの退魔師である沙夜には心配する必要のないことだった。
沙夜は袖から竹水筒を取り出し、神に捧げた御神水を紋章の刻まれた石に掛ける。
それから御神水で唇を濡らし、濡れた唇を人差し指で拭うと、その人差し指で紋章にぴとりと触れた。
「いくよ。華さん」
沙夜が言うと、六原が沙夜の真後ろに立ち、沙夜の背中に手を当てた。
脳に思い描く御神の姿から感じる力を人差し指に全て注ぐ。
燃えるように熱い人差し指を動かし、刻まれた紋章の上に空女の紋章を上書きする。
商店街から聞こえる喧騒が消えた。
鈴の音がして、白檀の香りが鼻腔をくすぐる。
耳の奥。否、脳の奥底からきんと甲高い耳鳴りが響く。
それが止んだ時、沙夜は夕陽の差し込む部屋の中にいた。
八畳ほどの広さの和室である。トイレと風呂らしきもの以外に別室はない。
見たところ、安アパートの一室だ。
「ここは…」
六原は薄汚れた窓から外を見る。
妙に赤の濃い夕焼け空が広がっていた。
「たぶん結界の主の棲家ってところかな。ふふ…いいところ見つけちゃった」
ここは恐らく、本来のこの結界の玄関口にある場所ではない。
沙夜が無理やりに侵入したことで結界が乱れた結果、たまたま流れ着いた場所である。
「随分と現実的な棲家だな」
六原が長身を曲げ、座卓の上に散らかっている食器を見る。
「この部屋も、部屋にあるものも…"遺恨"だろうね」
遺恨とは、怪異が撒き散らすことのある怨みの断片であり、それは怪異の記憶の断片でもある。
遺恨は放置しておくと新たな怪奇現象の火種となることがあり、また、このように怪異の記憶にまつわる一つの空間を形成することもある。
「なるほど…つまりこの部屋は…例の子供の怪異の記憶に関連する場所ってことか」
「そう考えるのが自然かなぁ」
沙夜はぐるりと部屋を見渡す。薄っぺらい玄関ドア。その隣の台所。ゴミ袋の積み上がった部屋の隅。テレビ。ハンガーラック。箪笥(たんす)。ベランダ。風呂とトイレ。
必要最低限のものが揃った部屋だ。
ただ──。
「これは…」
壁に首輪が引っ掛けられていた。
犬なんかにつけるような首輪である。
ここは、どう見てもペットを飼えるようなアパートには思えない。
沙夜は首輪を手に取り、内側を覗き込む。
かなり使い込まれているのか、首輪の内側には擦れ傷が散見された。
しかし、犬の毛のようなものは付着していない。
「お嬢…」
いつの間にか後ろにいた六原が、沙夜の持っている首輪を嫌そうな目で見つめていた。
「これ。風呂場にあった。どういうことだと思う?」
六原の手には、鎖付きの手錠がぶら下げられていた。
「あっちのゴミ袋の山の中身は、ほとんど空のベビーオイルの容器だった。なんだってあんなに大量に…」
六原の視線が、部屋の隅に積み上げられたゴミ袋の山に向く。
「その答えは──絶対にここにある」
沙夜は座卓に放置してある食器に目を向ける。
食器は大人のものと恐らく子供のものだ。流し台にも同様のものが放置されている。
それ以外に食器は見当たらない。
座卓の下につくねてある洗濯物も、大人の女のものと子供のものだけ。
「これは…、いや、ここは、失踪した母子の遺恨の集合体か」
六原は座卓の下から男児用と思しきTシャツを引っ張り出した。
「そうだと思うよ。母子がこの結界の主人なのかどうかはまだ…分からないけどー」
沙夜は箪笥の引き出しを開けた。
布製の袋が二つ、入っている。
布にはそれぞれ黒のマジックで文字が記されていた。
一方には"痛いお仕置き用"。そしてもう一方には"痛くないお仕置き用"とやたらと大きな字で記されている。
「痛いのと痛くないの…か」
沙夜は痛い方のお仕置き用袋を開けた。
中には、ハエ叩き、縄跳び、黒い警棒、針がごちゃごちゃと詰め込まれている。
痛くないお仕置き用袋には、ベビーオイル、ベビーパウダー、羽箒、ローション、ブラシが同じようにごっちゃりと詰め込まれていた。
「これは失踪した母親の方か?」
六原が箪笥の上に伏せてあった写真立てを拾い上げた。
写真には、たいそうなトロフィーを手にした長身の三十代くらいの女が写っている。
トロフィーのペナントには、"祝!ピアノコンクール金賞!切山妙子(きりやまたえこ)殿"と記されていた。
「"きりやまたえこ"…ねぇ」
六原が眉根を寄せて写真を見つめていると。
かん。かん。かん。
外から足音が聞こえてきた。
軽快な足取りだ。
かん。かん。かん。
足音は、アパートの外階段を上がってきている。
誰かが、否、何かが──近づいてくる。
沙夜は立ち上がり、帯に手を忍ばせる。
かん。かん。かん。
足音がドアの前で止まる。
沙夜は玄関ドアの前に立った。
郵便受けが、きいと小さくか細い音を立てて、開く。
郵便受けからにゅるりと
軟体類のように何かが垂れた。
人間の手だ。
子供にしては、大きな手である。
手はもぞもぞと動き、長い指を震わせてカタカタと爪の先でドアを叩く。
「おでましか…」
六原が懐から"銃"を抜こうとするのを沙夜は手をかざして制止した。
「華さん。やめてよ。ここからが楽しいんだからさ」
沙夜が六原の方を見て笑むと、六原はため息をついて銃をしまう。
郵便受けから顔を出していた両手が沙夜の首目掛けて伸びてきた。
大きな手は指を開いたかと思うと、沙夜の細い首を鷲掴みにしようとギュッと指を閉じる。
だが、その指は空を切った。
ドアが勢いよく開く。
眩く赤い夕陽に照らされ、真っ黒い影が佇んでいた。
「噂通り…いや、ちょっと違うかな」
沙夜は影を見つめて少しだけ首を捻った。
ドアの向こうに佇むそれは、男の子のようにも女の子のようにも見える。
一見すると子供──のように見えるが、子供にしては妙に腕が長い。
手の大きさ、腕の長さが小さな背丈に明らかに不釣り合いだ。
「なるほどね…そういうこと…」
子供のその大きな手を見て、沙夜は思わず笑みをこぼした。
「ねぇ。お姉さん──痛い方と痛くない方…どっちが良い?」
そいつは、薄い唇を動かして独り言のように言った。
「どっちでも良いよ。両方でも──」
沙夜は帯に忍ばせていた手を抜く。
「じゃあそうする」
子供の、不釣り合いに大きな手が前に突き出される。
瞬間。
井草を突き破って現れた無数の細くて長い指が沙夜を飲み込んだ。
指は檻のように沙夜を閉じ込めてから、沙夜の首や腹部、腕に巻きつき、締め付けた。
ぱんぱんと乾いた破裂音を響かせ、沙夜の四肢や首がへし折られていく。
「へぇ…私を"じっくりしゃぶれる"とは思ってないあたり…見かけより頭が良いね。いや──中身は大人だから当たり前か…」
沙夜は、指によって貪られている"自分"を見つめながら呟いた。
ドアの向こうのそいつは、仕留めたはずの沙夜を見つめてゆっくりと首を捻る。
指によって折り畳まれた沙夜の肉体はやがて一枚の御札となり──ぼろぼろと消えた。
「相変わらず見事な身代わりだな」
六原が後ろで苦笑した。
「お姉さん…痛いのと──」
「君の番は終わり。今度はこっちが──」
──お仕置きする番だよ。
沙夜はニヤリと笑う。
六原が素早く御札を投げた。
宙を舞う御札から召喚されし"神の手"が、そいつをがっちりと捕らえる。
「その子から離れて」
沙夜はそいつの胸を手のひらでぽんと打った。
そいつの目が大きく開き、背面を突き破るように何かが転がり落ちた。
それは死にかけの蟲のようにジタバタと畳の上でもがき、やがて糸に吊り上げられた人形のように起き上がった。
「悠太ぁ」
細くて長い手脚。大きな手。長い指。長身の女は瞬き一つせずに真っ赤に充血した目を囚われし我が子に向ける。
「執着し過ぎるのは良くないよ。"妙子"さん」
沙夜は帯から抜いた御札を妙子の額に貼り付けた。
妙子の身体が石のように固まる。
「言ったはずだよ。ここからはこっちの番だって」
沙夜は人差し指をくいっと折り曲げ、妙子をふわりと浮遊させる。
「華さん」
六原が呪符を放り投げる。
呪符より伸びる式神の腕が、宙に浮かぶ妙子の四肢を掴んで大の字に広げた。
「死者に効く薬は、絶望や苦しみ。それらこそが
…生きていた頃を思い出させるからね」
沙夜は、宙に縛り付けられた妙子の周りを歩く。
「よくも。こんなに酷いことをっ」
妙子は長い指を伸ばして沙夜を捕まえようとする。
「酷いのはどっちかな。まぁいいや。ここで行方不明になった女子高生たちはどこにやったのかな」
沙夜の問いかけに、妙子は首を捻った。
「答えないと…お仕置きだよ」
沙夜の言葉にぴくりと反応したのは、抜け殻となった少年の方だった。
少年がわっと泣き出し、暴れた。
「私以外が…悠太のいる場で"その言葉"を吐くな」
妙子は、血走った目で息子を見る。
「質問に答えてもらおうかな。でないと…あの子…消しちゃうよ」
沙夜は人差し指で少年を指差す。ここからでもいつでも、あの程度の存在なら消滅させられる。
沙夜の脅しに妙子は目を剥いた。
それから、ぎこちなく口角を吊り上げ言った。
"くすぐり様"の元へ──送った。
「その──"くすぐり様"って誰なのかな。随分と大層な名前じゃない」
「死者の王──お前たち魂ある者では手出しもできない…」
「そうかな」
「こんなことされてもまだ──」
──そう思う?
沙夜がガッシリと妙子の足首を掴む。
妙子の目がぎょろりと剥かれて足元の方を見た。
「試してみようか」
沙夜は、妙子の足の裏に人差し指の爪を触れさせる。
「んぅっ!?」
沙夜はそのまま、細くて長い人差し指をくにょくにょとくねらせて、爪の先でこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょっと土踏まずを引っ掻いた。
「んん"っ!?んふふっ!?ふはっ!?んぁはははははははははははははははははっ!?」
妙子の血の一切通っていない顔がくしゃりと歪む。
細い腹の筋肉がビクビクと痙攣を繰り返す。
「笑ったのなんていつぶり?よく噛み締めてね──」
沙夜は人差し指をしならせるようにこちょこちょこちょこちょと動かし、爪の先でこちょっ!こちょっ!こちょっ!と土踏まずの神経を掻き下ろしていく。
「くふふふっ!!?ぬぅぅ"っ!!ぅはっ!?ぅははははははははははははははははは!!?っっはははははははははははははは!!?」
笑い方など知らないような妙子の悍ましき顔も、沙夜の爪の先が土踏まずに触れるだけで口角が吊り上がる。
沙夜は手指爪の全てを"他者をくすぐるため"に備えてある。
爪の長さも、光沢も、厚みも、指先や手のひらの艶も──。
故に、相手は触れられるだけで悶絶する。
くすぐられれば尚のこと──そのくすぐりに耐えうる者はそうはいない。
「同じくすぐり方だと…そう…だんだん刺激に慣れてくるよね?だけど──」
沙夜は突然、ガッと五本全ての指の先──爪の先を足裏に突き立て…
ガリガリッ!!
こちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょっ!!っと引っ掻き下ろした。
「ぎゃぁぁあああああああああああああああ"っ!!?ああああああああああああっ!!?あぇははははははははははははは!!!」
妙子の口から黒い煙がどろどろ溢れ出し、黄昏の空へ昇っていく。
妙子はそれを必死に吸い戻そうとするが──。
「させないよ」
沙夜は指をさらに素早くこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょ!!!っと暴れさせた。
「ぐわぁぁぁぁああああああああああ!!?っっははははははははは!!はははははははははははは!!?このっ小娘っっ…!!っっぁぁぁあははははははは!?」
妙子は悔しさの滲む笑顔を浮かべながら、生き物らしく筋肉にスジを浮かべてもがく。
「どうかな"くすぐり様"について何か…話す気になった?」
こちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょ!!!
「うわぁはははははははははははははははははははははははははは!!?お前っっなどにっっ!!っっははははははははははははははは!!?うわぁぁぁあははははは!!」
妙子はすっかり血色の良くなった顔に満面の笑みを貼り付け、叫ぶ。
「仕方ないね…じゃあ…ちょっと本気でやろうか」
沙夜は両手を交差させ、御神に向かってぶつぶつと祝詞を唱えた。
沙夜の爪がにゅうっと少し伸びる。
ちょうど、足裏をこしょばし倒すのにとってもくすぐったい長さの爪だ。
沙夜は両手全ての爪の先を片方の足に密集させ、モジョモジョモジョモジョモジョモジョモジョモジョッ!!
こちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょっ!!っと掻きむしった。
「っっ!!?ふぎゃぁぁあああああああああ"っ!!?あっ!!?っっははははは!?ははは!?ははははははははははははははははははーっ!!?」
伸びた爪の先は神経をよりダイレクトにくすぐる。
そのくすぐったさは、妙子に己が命ある生き物であったことを思い出させるのに十分な威力を誇っていた。
「もうちょっと染み込ませておこうね」
沙夜は親指の爪で土踏まずを下から上にガリガリと削りながら、他の爪の先で足裏全面を隈なくこしょぐり回す。
ガリガリガリガリッ!
モジョモジョモジョモジョ!!
こちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょ!!
「きはっ!!?ぐはっっ!!?っっははははははははははははははははははははははははっ!?ぁぁぁぁあああああはははははははははは!!?」
妙子の口から唾液らしきものが溢れ出す。
艶の戻ってきた黒い髪がぐしゃぐしゃに乱れる。
「ほぉらもう少しだよ」
ガリガリガリガリガリガリッ!!
モジョモジョモジョモジョモジョモジョモジョモジョッ!!
こちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょッ!!
「ぎぃあはははははははははははははっ!!?っっはは!?ははははははははははははははは!!!かはっ!!っっははははははははははははは!!?」
爪が表皮を引っ掻く音がするくらいにくすぐってやる。
沙夜は自分の爪が足の裏をカリッとこちょっと引っ掻くたび、妙子の身体がびくんと震え、腹の底から笑い声が漏れる一連の動きが堪らなく好きだった。
沙夜は、くすぐる指のリズムを崩さないまま、その足の裏にびたんと御札を貼り付けた。
「んぅっ!!?」
沙夜の手は既に妙子の足裏から離れている。
それなのに──
「ぎひひっ!!?ひっっ!?ひっははははははははははははははははははははははははは!!?これはっっ!!?っっははははははは!?ぁぁあははははははは!?」
妙子は懸命に長い足指をくねらせ、足裏に皺を寄せて悶えている。
「その御札はね…くすぐったさを保存して、永久的にループさせ味わせ続けるシロモノだよ」
御札によって閉じ込められた沙夜の爪と指先によるくすぐりが延々と妙子の足裏をくすぐり嬲り続けている。
「あ"ははははははははははははははははは!!?けほっ!?っっはは!?はははははははは!!くそっ!?あはっ!?っははは!?ぎぃぁぁぁあはははははははははははははは!!?そのっっ穢れた札をっっ!!離せぇぇっ!!」
妙子はぐしゃぐしゃになった顔のまま、足裏に貼り付けられた御札に手を伸ばそうとするが、当然届くことはない。
「剥がさないよ。っていうか…もっと増えるから。これ」
沙夜は指に挟んだ御札をぴらぴらと見せつける。
妙子は笑い続けながら、その顔を引き攣らせた。
「ふふ。人間っぽい顔…出来るんじゃん」
「ひひひひはははははははははははははは!!?なにをっっ…私はっ…ぎゃうっ!!?」
沙夜が腋の下に指先をぴとりと添えると、妙子はまた顔を歪めた。
妙子は固まったまま、口をぱくぱくとさせている。
「頭良いじゃん。恐ろしいことになると分かってるんだね。っていうかそれって…本能ってやつか」
沙夜は指関節を折り曲げ、爪の先を脇に突き立てる。
「ぎはははははははははははは!!?ぬぅっっ!!?」
「ねぇ…私さぁ、腋の下ってあんまり手加減できないんだよね。だから多分…最初から本気でやっちゃうと思うけど良い?」
沙夜は妙子の顔を覗き込み、首を傾げて見せた。
「ぐぁはははははははははははははははは!!?
お、脅しを…!!」
「脅しじゃなくってさぁ…こういうの…ことわりっていうの?ごめんね?間違って…瞬殺しちゃったら…」
沙夜の指に僅かに力がこもる。
「なっ!?」
沙夜の細長い指がバラバラと柔らかく素早い、高速と称するに値する動きで腋の下をこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょぉー!!っと引っ掻いた。
「ぶはっっっ!!!?なっ!?これはっっ!!?っっはははははははははははははははははははははははははははははは!!?こっっ!!?小娘ぇっっ!!?げほっ!?っっは!?っっははははははははは!!?」
妙子の口からまた黒い煙がどくどくと勢いよく溢れ出す。
細くて長い四肢にビキビキと筋肉のスジが浮いている。
「ほら…言ったでしょ。私…ワキは手加減できないんだよ。だからこういうヤバいやり方もすぐにやっちゃう…ぜんぶの爪の先で腋の下の窪んでるところをモジョモジョモジョモジョモジョモジョモジョモジョモジョモジョモジョモジョモジョモジョーってやるやつね」
「ぎゃっっははははははははははははははははははははははははは!!?やめっっ!!?だぁぁぁぁあははははははははははははははははは!?げほっ!!がはぁっ!!?」
爪の先の味をしっかりと味わわせることができる爪の先密集モジョモジョ責めをお見舞いすると、妙子は、その整った顔を福笑いみたいにぐちゃぐちゃに歪めた。
脇を閉じたそうにガタガタと腕を震わせている。
「ほぉら。そろそろ"これ"の出番だぞぉ」
沙夜は口で咥えた御札を見せつける。
「お約束の"刻み込み"…いっちゃいますか」
沙夜は指先をぺろりと舐め、指先にぬるぬるのコーティングを施す。
「いくよ」
「ぎひひひはははは!!?待てっっ!!?このっ──」
こちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょーっ!!!
沙夜はコーティングしたヌルヌルの指先で腋の下を掻き回した。
「ぎゃーははははははははははははははははははははははははは!!?っっは!?ははははははははははははは!?これはっっ!!?これっ!?これっっ!!?っっはははははははははははーっ!!?」
唾液によるコーティングはまるでヌルヌルの油のように滑りが良くなってこしょばし易い。
「あなたの脇が…私のこちょばゆい爪と指の味を覚えるまで…くすぐるからね」
こちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょ!!!
「ぐはは!?あはは!?はははは!!!ははははははははは!?やめっっ!!?あへっ!!?っっははははははははははははははははははははははははははははは!!?」
こいつが滅しても、自分の指と爪とくすぐったさだけは覚えているように…沙夜は妙子の腋の下の神経に…さらに奥の遺伝子にくすぐりを刻み込む。
「これで仕上げっ腋の下のぉ…ミゾ!」
沙夜は腋のウィークポイントであるミゾに爪を密集させ、コショコショコショコショコショコショコショコショコショコショコショコショコショコショコショコショーっとくすぐり刻む。
「っっ!!?ぬぅぁぁぁぁああああああああははははははははははははははははははは!!?っっはは!?はははは!!?ははははははははははーっ!!?」
最凶のウィークポイントをぬるぬるの爪でこしょぐり倒し、妙子は一瞬、驚いたような顔をしたのちにふにゃふにゃの笑顔を浮かべて絶叫した。
その隙に、沙夜は御札を妙子の両脇に貼り付けた。
両脇に保存されたくすぐったさに、妙子は狂ったように首を振り回して悶える。
「どうなると思う?このままずっとずっとくすぐったさを貼り付けていかれたら…その前に…全部、洗いざらい白状してくれた方が嬉しいんだけどねー妙子さん?」
沙夜は、保存された足の裏と脇の下へのこちょばゆさに"死にそうに"なっている妙子を見た。
「だひゃひゃひゃひゃっっ!!?なにもっ!!何も知らないっ!あの人は
悠太とっっ私をっ一つにしてくれただけっ!!いひひひひはははははははははは!!?」
妙子は涙を流し、哀しげにしかし笑顔で叫んだ。
自慢の細くて長い指はわなわなと痙攣している。
「そいつはどんな人?」
「ぐぁはははは!?はははははははははははは!!?あれはっっ!!!あれはっ──"て"」
「なに?」
「それしか分からないっ!!」
喉を震わせ、妙子はそう声を吐き出した。
「そっか。そう…じゃあもういいや」
沙夜は帯から取り出した御札を妙子の口に捩じ込む。
「んぉ"っ!?」
「それ──飲み込んだら消えちゃうからね、あなた。飲み込まないようにさぁ…せいぜい頑張ってね」
沙夜は細くて長い指をワキワキと蠢かせる。
「ただしこっちは手加減しないよ。本気で…こしょぐってくすぐってこちょばして──その穢れた魂を消してあげる」
沙夜の広げられた指の間からまた別の指が生える。
「どう?これ…超くすぐったそうでしょ」
「はぁはぁっ!!んんっ!?」
沙夜の二十の指を見た妙子は身震いをし、舌で御札を押し出そうとする。
「それ──反則だよ」
沙夜は二十本の指をお腹に吸い付かせ、ゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョ!!っとこちょぐり回す。
沙夜の二十本の爪の先が妙子の腹部を貪るようにくすぐる。
「お"ぉぁぁぁああああああああああああああああああああああああ"っ!!?ああああああああああああっ!!?くはっ!!?くるじっ!?ああああああははははははは!!?」
既にへろへろだったはずの妙子の細い身体が激しく、千切れんばかりに暴れまくる。
楽しい。
沙夜は二十の指を蟲のように腹で這い回らせ、ゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョ!!
ワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャ!!っと爪を活かしてくすぐり嬲る。
「ぐぇへへへへへへっ!!?やめっ!!?あぅっ!!?くはっ!?っっっ!!?っっはははははははははは!?息がっっ!!?っっははははははははははははははははははは!!?」
妙子は溺れている。沙夜の作ったこちょこちょの海で溺れている。
口をぱくぱくとさせ、海面を目指し必死に手足をばたつかせている。
だが、妙子の手が海面に届くことはない。
「息苦しいね?この感覚も…懐かしいでしょ。生きてる時ぶりじゃない?息苦しいなんて…さ。遠慮なくもっと味わってよ?」
爪を立てて腹部をくすぐると、大抵の相手は大量の息を吐き出してしまう。
死者に生者の苦しみを味わわせるのにはもってこいの方法だ。
ワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャ!!
ゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョ!!
「ぎはっ!!?っっは!?はっっ!!?っっっ!!?くっ!?くかっっ!!?っっははははははははははははははははははははははははは!!?あっっ!?んぇっ!!?」
御札が妙子の喉の奥へ奥へと沈んでいく。
「あーあ。飲んじゃったね」
沙夜はわざとらしく驚いた顔をする。
「それ…特別な御札でね。私が一晩かけて相手をくすぐり漬けにした時のヤバいくすぐったさがそのまま封じられているんだ」
妙子の顔をじっと見つめて沙夜は言った。
妙子の顔は、完全に絶望している。
「それを飲み込んだら…そのヤバいくすぐったさが体内で──爆発する」
妙子の目がギョッと開き、そしてぐにゃりと歪む。
口端がぐいんと吊り上がり、歯が剥き出しになる。
そして。
「ぎぃぁぁああああああああああああああああ"っ!!?あっっはっ!?はっっ!!?はっっぎゃぁぁぁあああああははははははははははははははははは!?」
妙子の身体で死のくすぐったさが爆散し、その長い手脚と身体が破裂せんばかりに暴れた。
「あなたが死霊になった理由が運命に導かれた結果なのなら…。それは…生前の罪をこうして償うため…かもね」
喉をねじ上げているような悲痛な叫びを上げながら、妙子は、塵となった。
「お還り──ゆくべき場所へ」
沙夜は塵となった妙子のいた場所に素早くつま先でぐるりと結界を描き、御札を指の間に挟むとすぅと息を吐いた。
妙子の歪な愛が結界から消えていく。
「お嬢。こいつ…抜け殻だ」
六原が拘束していた息子の悠太はぴくりとも動いていない。
まさに、糸の切れた人形である。
「その肉体も"遺恨"の一つだったのかな。それとも──」
沙夜は消えゆくこの切山妙子の世界を見渡した。
ゴミ袋の山が、首輪が、写真が、お仕置き用袋が──消えていく。
偽りの世界の全てが消え去った時、あたりはすっかり日が沈んでいた。
「あの結界は他の誰かが作ったもの…みたいだな。さっきの女が言ってた"なんとか様"がそうなのか?」
六原が、煙の上がっているいけず石を足で踏みつける。
「くすぐり様…だったね」
妙子の言っていたくすぐり様とは何者か。
行方不明者を見つけるためには、その正体を突き止めねばならない。
───
一日経つたびに大きくなってゆく悠太を見ているのが辛い。
ずっと今のままでいて欲しい。
雄は大きくなると醜くなる。
父がとても醜かったように。
悠太もいずれ父のようになってしまうのだろうか。
それだけは耐えられない。絶対に。避けられない運命ならば、そうなる前に──。
〜〜〜
悠太がいなくなった。
私のもとから突然、いなくなった。
私が少し目を離した隙に。
悠太がいなくなったのだと理解した時、死にたいほどに悲しかったのだが、今はこのまま死んでいてくれても良いという気持ちも芽生えている。
その方が、悠太は今のままで私の中に生き続けることができるから。
〜〜〜
女が現れた。
彼女は、必ず私と悠太を一緒にしてくれると言った。
信じられない。悠太のことはもう諦めていたからどっちでもよかったのだけれど、もう一度あの子の肌を愛でることが出来るのであれば、それはとても幸せなことなのかもしれない。
女は言った。自分は、私の思う通りに悠太と私を一緒にしてやれると。
随分と手の、綺麗な女だった。