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ポロポロ、ポロン、と普段通っている高校のものよりはいささか安いチャイム音が流れて講義時間の終了を告げると、生徒達の全身から気迫が抜けていくのが誰の目にも見て取れた。
学校帰りに通う数学塾の教室。
誰の目にも、それはいつもの光景だった。
水無瀬が帰り支度をしていると、隣に座っていた友人の土居が肩を叩いてきた。
「なー、シゲ、腹減らねぇ?マック寄ろうぜ、おごっちゃるからさー。」
「うん、いいよ。別におごってくんなくっても、行くし。」
水無瀬の名前は滋(しげる)という。
談笑しながら肩を組んでくる友人のむさくるしいスキンシップに水無瀬が苦笑していると、他の友人達もぞろぞろと名乗りを上げて、総勢7人で近所のハンバーガーショップでだべって過ごすことになった。
母親に遅れて帰る旨をメールで伝え、てりやきバーガーのジャンクな味を堪能し、シェイクを飲んでいるところに周囲からもあれを食えこれも飲めと勧められた。
「いや、嬉しいけど、こんな食いきれねえって。」
彼らからの好意はありがたかったが、とても全てを腹に収めることは出来ず、授業の話や漫画の話で適当に腹ごなしを済ませてあっさりと解散になった。
時刻はとっくに21時を過ぎ、深夜に差し掛かっていた。
「あれ、シゲどこ行くん?」
自分と同じ電車通学の友人が、改札とは違う方向に足を向けた水無瀬にすぐさま眉を上げると、水無瀬は小さく首を振り。
「いや、俺ちょっと便所寄るから、先帰ってて。」
「何いってんだよ、それくらい待つって。」
「ちょっとでっかい方するから、恥ずかしんだよ、察してくれよ~」
そう言って腹を抑えておどける水無瀬に友人らは笑って、「じゃあな」と手を振ってくれたので、水無瀬も手を振り返して彼らとは逆方向に歩みを進めた。
友人らの姿が見えなくなると、その足は便所ではなく駅の外へと向かっていた。
嘘をついてしまった事は少々申し訳なかったが、今日のところはちょっと一人静かに、夜風に当たって帰りたかった。
すっかり宵闇に落ちた空の下、夜道を歩いていると、思った通り初秋の風の冷たさが心地よい。
少々センチになっている最近の自分の心境と、このシチュエーションならなんだか詩人にもなれそうな気もした。
なんて思っていたところにすかさずポケットから携帯のバイブする気配を感じて、画面を起動すると「シンゴ」の名前が飛び込んできた。土居のことだ。
『さっき言い忘れたんだけど明日か明後日のどっちかで町行かね?ピザうまいとこあるんだよ!』
さっきあれだけ食欲を満たしたばかりなのに、と土居の愉快なサル顔を思い浮かべながら水無瀬は一人笑い、少し考えて返事を返す。
『いいよ。じゃあ日曜にしよっか。他の奴も誘っていい?』
『なんだよー、俺と二人っきりのデートはいやなの?』
『大勢の方が楽しいじゃん。シンゴがどうしても俺と二人っきりがいいならそれでもいいよ。』
男同士でハートマークを送りあいながらシンゴの半笑いを思い浮かべて、自分も同じような顔になる。
元々明日からの土日は、どちらかを勉強、息抜きにそれぞれに費やそうと決めていた。
他の友人達から続々とOKメッセージを受け取っていると、もう少し歩けば次の駅に自力で着きそうなところまで差し掛かっていた。
時間も時間だし、その駅から電車に乗りかえて、さっさと帰ろう。
そう思ったところで、今度は本当に軽い尿意に襲われた。
おあつらえ向きに通りがかったのは小さな公園。
その辺りの草むらで済ませるよりマナーがいいだろうと人気の無い広場を抜けて、煌々と明かりの照った便所の入り口へ早足で向かう。
すると、深夜だというのに便所の中には人がいた。
そして、個室の前で佇んでいたその先客と出くわすなり、あれだけ急いていたはずの水無瀬の足は、男子トイレの入り口の前でぴたりと止まった。
水無瀬の見開かれた目の中心で、チャームポイントと自負する色素の薄い丸い瞳が剥き出しになり、その瞳は映し出された男の姿をしっかりと捉えていた
それは、隅から隅までとても白い肌をした、若い男だった。
男は、その身に何も纏ってはおらず、その白い肌を来訪者である水無瀬に対して余すことなく存分に見せつけてくれていた。
邂逅の瞬間、水無瀬の時も止まってしまったが、相手の顔も、眉間に衝撃を走らせたまま固まっていて、今のこの邂逅が相手にとっても、決して想定内ではなかったことを水無瀬に如実に伝えていた。
男が股間で聳え立てたものを握りしめたまま、そこだけ濃く色づいた太い先端を、もう片方の手でさっと覆い隠すと、ほぼ同時に水無瀬の時も動き出した。
「す、すいません!!!!!」
後から思えば、謝るべきは相手であって、水無瀬には何の落ち度も無かったはずだが。
とりあえず謝って、水無瀬は自分が次に何をすべきか一瞬思考を巡らせた。
流石にこんな状況で相手に見守られながら淡々と用を足せるほど肝は太くない。
というより、相手がやっていることは犯罪行為なのではないか。こういう犯罪の事を世間ではなんというんだったか。
裸体を晒している相手よりも混乱している水無瀬の前で、男の方からハスキーな低い声が出た。
「………みなせ?」
大事なところを隠した格好で男は初対面のはずの水無瀬の名前を小声ではあったが、しっかりと口にした。
ほとんど、それが引き金になったようなものだった。
名前を呼ばれた水無瀬はその場から全速力での撤退を余儀なくされた。
見知らぬ変質者に名前を知られていた衝撃にはそれだけの威力があった。
駅にたどり着き、切符を買うために財布を出し、電車に飛び乗る。
確かにそうして自宅に辿り着いたはずだったが、一連の記憶は殆ど残っていなかった。
帰宅した頃には既に両親は就寝しており、居間で深夜テレビを見ていた大学生の姉が一人、声をかけてくれた。
「お疲れさん。遅かったじゃん。なんかあったの?」
「いや、別に………。」
本当は何かあったどころの話ではなかったが、とても姉の前で口にすることは出来なかった。
トイレで変質者に出くわしたというだけなら後々笑い話にもなったかもしれないが、その変質者に名を呼ばれたとなるとちょっとしたホラーである。
「もう俺、寝るわ。おやすみ。」
未だ残る衝撃とは裏腹に、体は疲れ切っていた。放課後に塾まで行って、軽く走って帰ってきたのだから当然だった。
部屋に戻って服を着替えていると、友人達からまた着信が来ていたことに気が付いた。
内容に特に具体的なものはなく、ちょっとしたおやすみメールばかりだった。
優しい友人ばかりで、ありがたいことだと自室という落ち着ける場所で水無瀬はようやく和んだ表情を浮かべた。
確かに友人は多い水無瀬だが、先刻からといい、彼らとは常にこんなにベタベタと熱い友情を交わし合っているわけではない。
このところ彼らが水無瀬に特に優しいのには理由があった。
先日、水無瀬は半年ほど付き合った彼女とさよならをしていた。
クラスの友人達には水無瀬の破局は知れ渡っている。
同じクラスの女子と付き合うというのはこういう事なのだ、とその時は水無瀬も妙な勉強をした。
「別にもうそんなに気にしてないし、こんなに気使ってくれなくてもいいのになあ、みんな。」
水無瀬としてはその独り言に嘘はないつもりだった。
いつも通りに一緒に楽しく過ごしてくれたらいいのに、と友人達に対して感謝しているのは本当だ。
ただ、もう気にしてないというほど気にしていなくもなかった。
なにせ高2に上がって、生まれて初めて出来た彼女だった。
付き合ったきっかけはもう朧げなほど曖昧なものだったが、別れの瞬間だけは鮮明に覚えている。
フラれたのは水無瀬の方だった。
自分に至らないところがあれば、落ち込みはしてもフラてもしょうがないと諦めがついただろう。
けれど彼女から宣告された理由は「いい旦那さんになりそう」という理不尽極まりないものだった。
褒め言葉とすら取れるそのフレーズを彼女の言い草から意訳すると、要するに優しすぎる、とか普通すぎる、とかそういったこと、らしい。
明らかな欠点ならば直しようもあるが、そんな理不尽な人格否定をされたあげくにフラれたのでは、ただ落ち込むだけだし怒りすら湧く。
そして、そんな彼女に怒りをぶつけるでもなくしょうがない、と笑ってお別れした自分のしょうもないプライドに、正に彼女の言う「普通」を感じて嫌にもなった。
普通じゃなけりゃいいのか。
さっき出くわした、例の変質者みたいに。
苛立ちと共に改めて思い返すと、やはりあの変質者が自分の名前を知っていた事がやはり引っかかる。
あの一瞬で自分が誰であるかを察するということは、それなりに面識のある相手のはずだ。
となると自分の方に心当たりが無いのはおかしい。一方的に相手の方にだけ知られているということになる。
同級生だろうか。
背は自分より高かった。
変質者のくせに顔立ちは割と端正で、体つきも細いが引き締まっていたような気がする。
肌は若く、頭髪や、控えめに生え茂った体毛の鴉色が彼の白い体に特徴的なコントラストを作っていた。
行為そのものはともかく、外見は醜悪ではなかった。
もしあれが汚いおっさんだったら、もっとひどい災難として水無瀬の記憶に刻み込まれてしまっただろう。
しまいに名前まで呼ばれてしまった日にはトラウマ必至だ。
そう思えば不幸中の幸いかもしれない。
「あいつ、なんであんなことしてたんだろう。」
自分と出くわすことを想定していたようには見えなかった。
むしろ自分と同じく、はち合わせた瞬間は向こうも驚愕していた。
しばらく考えてもなかなか該当する人物が頭から出てこない。
本当にこちらは知らない相手なのかもしれないが、なにせ相手の格好が格好だ。個人を特定する情報が少なすぎる。
強いて言うなら、あの白い肌は特徴といえば特徴かもしれない。
女子でもあんなに白い肌の子はそうはいない。
自分の周囲で色の白い男子といえば誰がいただろう。
記憶を辿りつつ寝着に着替え、ベッドに入ると数分と経たないうちに寝息を立て始めた。
あまり良い夢を見られそうにない精神状態ではあったが、疲労のおかげか、翌日の朝に目を覚ますまで、夢など見ることすらなかった。
───
予定通りに土曜日は一日中参考書と向かい合って過ごし、日曜は仲間達とショップ巡りをし、レストランでピザを堪能した。どちらもそれぞれの意味で充実した一日であった。
元カノや変質者の記憶が消えたわけではなかったが、授業の予習はやりごたえがあり、ピザは美味かった。
つらいことがあろうとなかろうと日常は自分で回していくしかない。
空いた時間で変質者の正体について時折考えていた。
2日も猶予があったおかげか、連休明けにはとうとう見当がついてしまった。
「よう、昨日は楽しかったなー。」
教室に入ると、土居達友人と挨拶を交わし合い、机に鞄を置く。
そのまま視線で教室の前の方を見やると、一人、席についている男子の後ろ頭が見えた。勉強中か、読書中か、何をしているかまではわからないが。
かすかに見える白い項からだけでも、水無瀬は確信を深めていた。
クラスの秀才メガネ君。
先日までの水無瀬にとって、彼───宗方の人物認識はその程度のものだった。下の名前は確か、敦朗。「むなかたあつろう」だったか。
確かにそれほど交流のある相手ではないが、いくらなんでもクラスメイトならそう悩まずとも顔ぐらいすぐにわかるはずだ。
それが、宗方の名前がすぐに出てこなかったのは、公衆トイレにいた時の彼が裸眼だったからだ。
今もそうだが、学校で一緒に過ごしているときの彼はいつも分厚い黒フレームの眼鏡をかけている。
白い肌よりもそちらの印象の方が強すぎて、思い当たるのに時間がかかった。
じっと見てても、宗方はこちらの方を振り向くことすらしない。
声で、自分が今ここにいることは多分分かっているはずだが。
一体どんな心境でいるのだろう。
内心は自分のヒミツをバラされないか、恐々としているのだろうか。
変質者の正体が判明したところで、水無瀬側の態勢に影響は無かった。
ただ、正体がわからないままでいるよりは落ち着いたというだけだ。
宗方が変態だったとして、深刻な被害を受けたわけでもないし、進んでチクったり通報して、あえて宗方の人生に傷を付けるつもりもない。
一番良いのは自分の中のあの時の記憶を完全に抹消することだが、それが出来ない以上、無かったことにするというのが次善の策だった。
ああいう変態の事ってなんて言うんだったっけ。
そうか、露出狂だ。
露出狂といえば、夜道を歩く女性の前でコートの前をばぁと開くテンプレートなイメージしか無かったけど、あんなタイプの露出狂もいるんだ。
女子トイレじゃなくて男子トイレであんなことをしているってことは、女よりも男に見られる方がいいのか。宗方ってやっぱりホモなんだろうか。
でも、俺に見られたとき、あいつビックリしてたな。
無かったことにするといいながら、担任がやってきて、授業が始まっても水無瀬は宗方の事を考えていた。
そして、自分さえ無かったことにすればこれまでの日常となんら変わる事はないはず、そんな水無瀬の幻想はその日のうちに早くも打ち崩されることとなった。
───
それは昼休みの後、奇しくもまたトイレでの邂逅だった。
一人、用を足して出てきたトイレの前ではち合わせた相手の顔に水無瀬はぎょっとした。
「水無瀬。ごめん、ちょっといい?」
「………いい、けど………。」
はち合わせたというより出てくるのを待っていたのだろう、宗方の誘いから今度は逃げ出すことは出来なかった。
人気のない場所に辿り着くまで、どちらも終始無言だった。
もはや9割方あの時の変態は宗方で間違いないだろう。
ちらちらと宗方の容貌を時折覗きながら、水無瀬の記憶の中にあった変態の外見イメージが急速に補完されていった。
目が合うと、宗方はうすらと赤らんだ顔で俯いてしまった。
こいつ、こんな顔も出来るんだ。
変態の正体にすぐに思い当たらなかったのも無理はなかった。
そう感じられるほど、宗方の表情を他に知らなかった。
開放禁止の屋上の扉の前、階段の踊り場で宗方の方から核心に切り込んできた。
「こないだは驚かせてごめん。」
まずは謝罪から入ってきた宗方に水無瀬は首を横に振った。
「いや、別にいいけど………用事ってそんだけ?」
今度は宗方が首を振る。
「それで、こないだ俺がしてたことなんだけど………。」
やはり、きたか、と水無瀬は内心で頷いていた。
宗方の方から水無瀬に話があるとしたら、口留め以外に思い当たるものはなかった。
宗方から言われなくとも、例の件を他言するつもりはなかった。忘れるつもりだ。
だが、宗方からすればそんな水無瀬の本意を知らないまま過ごすのは苦痛だろう。
宗方の方からコンタクトを取ってくるようなら、ちゃんと答えてやる心づもりでいた。
本心通り、こないだの事は誰にも言うつもりはないし、自分も忘れるつもりだ。そう言ってやろうと決めていた。
ただ、あまり感心できない行為であることは確かだ。
クラスメートとして言わせてもらえば控えた方がいいと思う。
その程度の忠告はしてもいいだろう。
「あの時、すごく、気持ちよかったんだ。今までにないぐらい。」
けれど、そこまで考えていた水無瀬の思考を、宗方は一刀両断ぶったぎってきた。
「はい?」
いい人を演じる気満々だった水無瀬から、間抜けな声も出るというものだ。
「驚いたけど、水無瀬に見られて、俺のこと知ってる奴に露出見られてるって思うだけで、すごく興奮したんだ、と思う。」
表情こそ大きくは変わらないものの、目尻を赤くし、擦れ混じりの声で独白する宗方のその様子に水無瀬は二の句が継げなかった。
こんなに生気の漲った宗方を見るのは初めてだった。
困惑した水無瀬があうあうとまごついている間にも、宗方の独走は止まらない。
「水無瀬が走っていって、あの後、俺、あそこで三回射精したんだ。」
タダでも要らない情報をくれながら、一人恥ずかしさに目を伏せて告白する宗方に、引き攣った顔を取り繕うこともできなかった。
「そ、そーなんだ……。よかったね。じゃあ、俺、これで………。」
やべーよコイツ。
こんなアンタッチャブルな奴だったんだ。
タダの優等生メガネだと思っていたら本気で火傷してしまう。
一刻も早く安全な日常に戻りたかったが、そんな水無瀬を宗方は見逃してはくれなかった。
「待って!それで、頼みがあるんだ。」
嫌な予感しかしなかったが、青い顔の水無瀬に対して赤い顔の宗方は少し言い淀みつつも続けた。
「時々でいいんだ………今度もし時間が取れる時、また俺のこと見に来てほしい……。」
予想通りの「頼み」に水無瀬はそのまま叫んでこの場を去りたかった。
それが出来ない程度には今のこの場でしっかり理性がある自分が悩ましい。
「いやだよ、俺、そんな趣味ねーし…。フツーに女の子の方が好きだし。」
「だ、大丈夫!俺も、別にホモじゃなくて、見られたいだけだから…っ…。」
水無瀬からすれば、見に行くだけでも十分重荷だ。
見るのが苦痛というほど醜悪ではないが、進んで見たいものでもない。
「こないだから、どうしてもまた見られたくておかしくなりそうなんだ…だからって他の知り合いにそんなこと頼めないし…。」
語尾を小さくしながら項垂れる相手に水無瀬は大きなため息をついた。
こちらとしては二度とあんな目には遭いたくない。
どうして自分がこんな目に合わなければいけないんだろう。
女の子にはフラれ、男にはこんな妙な告白をされ。
「俺に出来ることがあったら、なんでもお礼するから…っ……。」
それでも、こうして自分に対して懇願してくる相手をどうしても無碍にすることが出来ないところに水無瀬の性格が表れていた。
「…………たまに、行ける時だけでいいなら……………。」
ついそう言ってしまうと、顔を上げた宗方の瞳はあからさまに光を宿していた。
「本当に!?いつならいける?やっぱり、金曜?」
現金と言ってもいいほどにテンションを上げる宗方に「やっぱりやめた」とはもう言えそうにない。
「俺、水曜に英語、金曜に数学の塾なんだよ。だから、どっちかでいいなら。」
大きく頷く宗方。
そんな宗方を見ながら、残念なイケメンってこういうのを言うんだろうな、と他人事のように思っていた。
メガネをかけていても、シャープな頬の形やその目鼻立ちの端正さは誰もが認めるところだろう。
イケメンというよりはやや古風に男前と言うべきかもしれない。
愛嬌があるなどとは言われつつ、かっこいいとはあまり言われない水無瀬からすれば羨ましい限りだった。
そして、そんな大正ロマン小説から抜け出してきたような伊達男が、どうして自分からあんなみっともない姿を晒すのか。
水無瀬からすれば理解できなかった。
もし自分が同じことをしてそれを知り合いにでも見られたら自殺してしまうかもしれない。
「お礼は、一回3000円くらいで、いいかな…?」
最後にされたそんな質問に、水無瀬は一転、思わず色めき立ちそうになっていた。
───
大人にとってもそうかもしれないが、高校生にとっての3000円は大きい。
それも一回他人のオナニーをただ見ているだけで手に入るとなると男同士だろうと喜んで見に行くという者はいるだろう。
宗方の提案を受けた時、水無瀬も思わず同意しかけたが、後々の事まで想像すると辞退せざるを得なかった。
そんなことで手に入れた金で物を買いたくはなかった。
お礼は金以外のもので、そのうち。
それで互いに同意を得てその場は別れていた。
こんな展開になった以上は宗方に対して聞きたいことはいくつかあったが、宗方とゆっくり二人で話す機会はあまり持てなかった。
水無瀬が校内で一人でいると、決まって誰かしら友人が寄ってきてしまう。
とてもじゃないが宗方と密談をする時間は持てなかった。
仕方なく、その日は帰宅してから夜間に、交換したばかりのSNSのIDを使ってゆっくりとネット越しに会話を試みた。
『こんばんー 今、家?』
他の友人に対するのと変わらない調子でメッセージを送ると、ほどなくして『うん』と彼らしいシンプルな返事が返ってきた。
いくつか何気ないやりとりを繰り返した後、水無瀬は聞きたいことの1つを宗方にぶつけてみた。率直に聞くけど、と前置きをして。
『お前、ああいうことっていつから、なんでしてんの?』
ベッドの上で仰向けになりつつ、他のサイトを見て返信を待っていると、返答が箇条書きになって戻ってきた。
『半年くらい前から』
『ネットで人がしてるの見て、それから自分でもやりたくなった。』
『恥ずかしいことをしてると興奮する。最初はチンポ出してるだけだったのに、今は裸じゃないと興奮しない。』
内容は完全に猥談にも拘らず、文章であるせいか淡々とした語り口にどういう感想を持てばいいのかわからなかった。
『へー、てか、宗方ってチンポっていうんだ。なんか意外。』
冗談交じりに、最初に抱いた感想をそのまま送信した。
『ネットで、チンポって言った方がエロいよって言われたから。』
『ネットで?誰に?』
『フォロワーの人。』
フォロワーという言葉から、宗方がツイッターをやっていることに辿り着くと、早速アカウントを教えてもらった。流石にフォローは出来なかったが、アカウント名はatsuro2003。名前の敦朗に恐らくは生年を付け足しただけのシンプルなものだった。
「露出してます。よろしく。」
そう書かれただけの素っ気ない自己紹介のそのアカウントには、露出中と思われる宗方自身の局部や、鏡越しに映った自身の首から下の裸身が画像や動画で投稿されていた。
フォロワー100人足らずの決して賑わっているとは言えないそのアカウントでは、画像に対する感想とそれに対する宗方からのお礼が淡々と応酬されるのみ。
何が楽しいのか、水無瀬には理解できなかった。宗方本人すら楽しそうに見えないのは彼の性格のせいかもしれないが。
『次の塾は、水曜?』
『今週の水曜は塾は休み』
『じゃあ、最短で金曜日だね。出来たら来てほしい。』
直球で繰り出された一手に、水無瀬も同意せざるを得なかった。
やり取りを終えた後、水無瀬は携帯を脇に置くと小さく伸びをした。
悪い奴ではなさそうだが。
いや、露出狂であるという点では悪い奴ではあるが。
本人に他害の意思は無いようだし、単純にただ自分の欲望に正直なだけなのだろう。
適当に付き合って、相手が飽きるのを待つことにするか。
気持ちに一区切りをつけ、宿題でもやろうかと机につく。
明日の数学は指名され、板書させられる予定になっていた。
宗方の事ばかり考えてはいられない。
今日一日のおかげで、別れた元カノの事を思い出す時間が大きく削られていたことは水無瀬自身気付かなかったメリットではあった。
───
「よぉ、おはよ。」
翌日の朝、教室に入ってきた宗方に、水無瀬は思わず声をかけていた。
出会い方はどうあれ、個人的なやり取りをするようになった時点で相手は友達、というのが水無瀬の感覚だった。
勿論好意の度合いには個人差があるが、少なくとも変態行為の無い学校での宗方に対して挨拶程度の事を惜しむ気持ちはなかった。
だが、そんな水無瀬の笑顔にも、宗方は小さくうんと頷くのみで表情一つ変える事もなく、さっさと自分の席に向かってしまった。
そんないつもの宗方しか知らない人間には、昨日のあのテンションなど想像することもできなかっただろう。
「なんだぁ、アイツ。」
宗方の素っ気ない態度に気分を害したのはむしろ水無瀬の友人達だった。
まあまあ、と彼らを制しながらさっさと話を戻そうとしたが、周囲の方が宗方についてを語り始める。
「アイツゆーとーせーだからなー。ツラもそこそこいいし、俺らのことなんかザコだと思ってんだろ。メガネでけーけど。」
「そういやアイツんち医者なんだよな。アイツもどうせ、親の跡継いで医者とかになんだろーなー。」
宗方の家が医者、というのは初耳の事だった。
なるほど、道理で秀才なはずだ。元々の地頭も良いだろうし、親からの期待も高かろう。
もしかしたら、その辺りのストレスが宗方をあんな奇行に走らせているのかもしれない。
それにしても、友人らの言う通り、素っ気ないのは確かだった。
昨日SNSで会話をした時には、内容はともかくコミュニケーションは取れそうだったのに。
俺と例の件以外のことで関わりたくはないのかな。
ぼんやりとそんな事を思い、友人らほどは宗方の事を悪しざまに思うことは無かった。
かと思えば、四時限目の数学。
折角前日に用意していたはずのノートを机の上に忘れたことに気が付いた水無瀬は、大いに取り乱して頭を抱えた。
「おいおい、そんなこと言ってやってなかったんじゃねーの?」
「んなことないって!!うーわ、やべえ今から解きなおすのかよーー…」
揶揄する友人達に歯を剥きながら渋い顔をしていると、そこにすたすたとやってきたのが宗方その人だった。
水無瀬の元までやってくると、宗方は手に持ったノートを差し出す。
「今日の分、俺も予習してるから、必要なところ写していいよ。」
「ちょっ………マジで!?いいの!?」
宗方の言葉に、水無瀬は思わず目を輝かせて縋るように宗方のノートに手を伸ばしていた。
その光景はまるで昨日と立場が逆転したかのようだった。
とはいえ、悠長にお礼を言っている時間的余裕は無く、せっせとシャーペンを走らせていく。
宗方の問題の解き方は自分より遥かに効率がよく、流石と言わざるを得なかった。
「サンキュ、この辺だけ解けときゃ多分大丈夫だ!!マジ助かった。ありがとう!」
とりあえず当座必要なところだけを書き写すと、ノートを返却しながら水無瀬は満面の笑みで見上げる。
宗方はそんな水無瀬に対して、朝のようにうん、と頷くだけでそのまま踵を返す。
去っていく宗方を見やりながら、周りの友人達も「悪い奴ではないんだろうけどなぁ。」と水無瀬が何度も思ったのと同じフレーズを口にしていた。
そう、決して悪い奴ではないのだ。
水無瀬もそう思う。
何かきっかけさえあったら、例の件さえなければ、もしかしたら普通にいい友達になれた未来があったかもしれないのに。
───
学校で会う宗方は、あの告白の日を除けば、以前の彼と何も変わることは無かった。
校内で露出の話などすることもないのだから当然といえば当然だが、宗方と二人きりでコミュニケーションをとることもなかった。
弁当に誘っても、一人で食べるのが好きだからと余裕で袖にされてしまい、おかげで一度は持ち直した友人らの宗方への評価も再び下がることとなった。
宗方と込み入った話が出来るのは家で携帯をいじっている時くらいだった。
これでは、なんだか自分の方が宗方とお近づきになりたいみたいだ。どちらかといえば用事があるのは宗方の方だというのに。
そして、とうとうやってきた金曜の夜。
分かってはいたものの、数学塾でも水無瀬は落ち着かない心地でいた。
またあの公園に行って、アイツのアレを見なくてはいけない。
こないだ助けて貰った義理もある手前、バックレるわけにもいかない。
バックレてもしょうがないような業務内容ではあるが。
学校で宗方を見ている水無瀬には、あの時の事は夢か幻だったのかと思いそうになる事があった。
勿論夢でも幻でもないことは頭では分かっているが、それぐらい、校内での宗方の怜悧聡明な顔と、あの時の不様な変態男が頭の中で結びつかない。
とうとう授業が終わってしまい、寄るところがあるから、と適当な理由をつけて友人達とは駅で別れ、例の公園へと向かった。
あの時とはえらく心境が違った。
今の水無瀬は、初秋の風の心地よさに浸っていられるような気分ではない。
『塾、終わった?』
『終わったよ。今向かってる。そっちはどう?もう公園にいる?』
携帯に着信があり、宗方が答えると、数秒と経たずに返信が届いた。
『もう脱いでる。』
宗方の返答に、水無瀬はいきなりの不意打ちに不覚にも吹き出してしまった。
どんだけ楽しみにしてるんだよ、お前。
そう返信したら、いったいどんな返事が返ってくるだろう。
まだ、そんな軽口を叩けるような間柄でもない。
すると、公園まであと少しというところで再び着信があった。
『人が来た。』
その言葉に水無瀬は思わず目を剥く。
まさか、あの全裸姿を自分以外の人間に目撃されたのかと水無瀬がそう認知するのも無理は無かった。
『コーヒーを零したとか独り言いって、水使ってる。』
次の宗方の言葉に水無瀬は状況を把握して胸を撫でおろした。
どうやら宗方は自分が来るまで、個室で待機している様子だ。
よく考えれば、人に目撃されている状況で呑気にメッセージなど打てないだろう。
見覚えのある公園に辿り着き、入り口の傍から伺うと、確かにトイレの入り口付近に人影を見つけた。
宗方ではない。着衣の、体型からして中年男だろうか。
もう少し目を凝らしてみると、服装から、おそらくタクシードライバーか何かだと分かる。そう思って付近を見やれば、停車したタクシーを一台見つけた。
男はトイレの前でしばらくハンカチを使っていたかと思うと、そのまま水無瀬のいる方へ戻ってきた。
それを、物陰に隠れてやり過ごす。別に水無瀬が隠れる必要はないのだが、むやみに目撃されたくもなかった。
『おっさん、行ったから今から行く』
簡潔にメッセージを送ると、そのまま砂を蹴る音を立てつつトイレへ向かう。
今日はこないだとは違って、しっかり覚悟した上での敢行だった。
宵闇を潜ってきた目には便所の照明は少々キツく、眼が慣れるのに少し時間を要する。
それでも、宗方が既に個室から飛び出していた事はすぐに視認出来た。
個室と小便器がそれぞれ3据の、さして広くもない空間。
只でさえ白味を帯びた彼の体は、乱反射する蛍光に照らされて眩いくらいだった。
「はぁ……はぁ…………っ…みなせ…っ……みなせ……っ………。」
情念たっぷりに自分を呼ぶ目の前の全裸男が、はち切れそうに反り返った自身の性器を、それを扱きたてている様を息も荒げて見せつけてくる。
白と黒が殆どを占める宗方の体色の中で、血色良く膨張した亀頭の赤が文字通り異彩を放っている。
濡れた音がすると思ったら、そこから既にとろりと溢れ出した先走りが今にも床に垂れ落ちそうに糸を引いて、竿や亀頭にそれをちゅくちゅくと擦り付けていく宗方の手指の動きは、水無瀬から見てもひどく卑猥なものだった。
今日の宗方は確かに全裸ではあったが、前とは違って眼鏡だけはしっかりと装備していた。
おかげで目の前の「それ」が確かに宗方であることを水無瀬が確信するのは前回よりも容易であった。
「よ、よぉ………。」
作った笑顔で声をかけると、宗方は返事だけは昼間の時のように小さくうんと唸るだけだった。
「今日はメガネ、外さないんだな…。」
何気ない調子で突っ込みを入れると、宗方はそれにも頷いてレンズの奥の双眸でねっとりと見つめてくる。
「その方が、水無瀬の顔がよく見えるから………。」
「そ、か………。」
そうか、としか言いようのない宗方の、まるで口説き文句のような言葉。
実際には言葉通り、自分の痴態を視姦する水無瀬の顔をよく見ていたいという意味なのだろうが。
「はぁ………ぁう………っ……きもちいい…っ………見られながら、するの……………。」
水無瀬の前で、宗方は逞しくなったモノを自分で慰めながら時にはにかんで目を伏せたり、宗方と目を合わせて、まるで誘うような切ない表情を浮かべたりと羞恥と快感の狭間で揺れ動いている今の自分の有様を堪能していた。
「………よく、こんなこと出来るよな…ホント……。」
改めて思うが、よくこんなことが出来るものだ。
そう心に浮かんだ素直な気持ちを水無瀬が口にしてしまうや、宗方の肩はビクッと痙攣を起こし、勃起を扱く手は一層激しくなっていった。
水無瀬に他意は無かったが、彼の素直な感想は宗方の興奮をひどく煽ってしまったらしい。
「ごめ…ん…………っ……変態で…ごめん……っ………。」
謝罪の言葉とは裏腹に、もはや白く泡立った先端は今にも絶頂に達してしまいそうに見える。
酷く息の上がった体は、今や夕陽が差しているかのように鮮やかに染まっていた。
綺麗な稜線を描いた腹筋が艶めかしく波打って、緩慢に形の変わるへその口はまるで呼吸をしているかのようだ。
予想を超えた宗方の非日常な痴態に水無瀬は立ち尽くしていた。
まともに意思疎通を始めたのはここ数日だが、昼間の宗方という同級生に対して水無瀬は微かに好意のようなものを持っていた。
普段の淡々とした立ち振る舞いはクールということが出来たし、実際に見た目通りに優れた学力を持っているところは以前からもかっこいいと思っていた。
そのかっこよさに好意があるからこそ、こっちの宗方の有り様は正直見るに堪えない。
けれど、見ないわけにはいかなかった。そういう約束だ。
自分から脚を開き逆手に掴み上げた竿を扱いていくひどくはしたない姿を自分から晒してくる。
固く収縮した宗方の陰嚢が、それにつれて上下に揺れるさまも、水無瀬の目に嫌でも届いてしまう。
「みなせ…っ…………俺の…変態なとこ………たくさんみて……………。」
「見てるよ…っ……み、見てるって………っ…」
熱で曇った瞳を細め、感極まった声で哀願する宗方の姿を、昼間の彼しか知らない誰が想像できるだろう。
前回とは積極性が違う。
突発的事態だった初回の経験から今日まで、きっと、何度も何度もこの機会を妄想し、知らないうちにイメージトレーニングを重ねていたのだろう。
思わず後ずさりそうになりつつ、気合を入れて水無瀬は今の宗方の全てを視界に入れ続けた。
快楽に夢中になった、だらしなく緩められた表情筋。
対して、そこから下った肉体を形作っている筋肉の殆どは快感に堪えるためか、固く張り詰めている。
最近の自宅での会話で、宗方が帰宅部と聞いて驚いた。
これだけ無駄なく絞られた体が帰宅部の日常で自然に出来上がるわけはない。
宗方は中学まではサッカー部に所属していたが、親の意向を受け、勉強に集中するために高校からは部をやめている。
それから露出に目覚めるまでのブランクの後、自宅での筋トレで現在の体を維持しているという。
理由はたった一つ。その方がネットで褒めてもらえるから。それだけのようだった。
その話を聞いた時も、水無瀬は宗方に対して不健康なものを感じた。
見事な鍛錬に反して不自然に白い、象牙のような体の色も含めて。
「はぁ…っ…はぁ…っ…はぁ…っ……出る……もぉ、出る…出るっ…!!!!!」
いよいよ手の動きが執拗になってきたかと思えば、もはや絶頂が目前のようだった。
「えっ……マジ?……」
いろんな意味の込められたマジ?だった。
本当にこんなところで射精するのか。
本当に俺の前で、俺に見られながら射精してしまうのか。
聞くまでもなく答えは明らかだった。
「みなせ…っ…!!俺…っ……みなせの前で射精するから…っ…!…おれがしゃせーするとこ…っ…見てっ…!!!」
気圧された水無瀬が何も言えないでいると、宗方の腹筋がひときわ強く収縮し、尻肉は強張り、陰嚢は大きく収斂する。
えげつなく腫れあがった鈴口から、宗方自身の体と似た色をした粘ついた体液が幾筋もこちらに向かって吹き上がった。
水無瀬が気付いた時にはもう遅かった。
力強く放たれた宗方の白濁が、ぼた、ぼたぼた、と便所の床を叩いて鳴らしていく。
同じような音楽が2度3度と続いたかと思うと、快感のあまり固く閉じられた宗方の瞳の遥か下で、彼の「チンポ」の先端から白い水飴がにゅるると漏れ出して溜まりを作り、ひときわ大きな雫と化したそれが落下していくのを水無瀬の目も捉えていた。
「はーー…はーーーー…はーーーー…っ……。」
まだ全身に赤みを残したまま、最後の一滴まで絞り出そうとするかのように宗方の手は竿を緩慢な動きで扱き続けていた。
幸い、宗方の飛沫は水無瀬を濡らすことこそなかったものの、とっくに手遅れにも関わらず思わず後退ってしまったのは水無瀬の心理上、無理もない事だったろう。
手を止めた後もすぐには興奮が冷めやらない宗方は、しゅうしゅうと白く熱い呼吸の音を立てながら一人陶酔していた。
「あ、お……お疲れ………気持ちよかった…?………」
水無瀬のさして意味もない問いに、宗方は律儀に何度か頷く。
あえて聞かずとも宗方の反応や今の射精の勢いから同じ男として彼が強い快感と興奮を味わえた事は見て取れていた。
にも拘らず、そんな宗方の腹の下で彼の雄の勢いにまるで萎えた様子がない事に気づき、水無瀬は言葉が出なかった。
自身が放った白濁で滑りと光沢を帯びたまま、天井を衝くように力強く反り返っている。
「あ、まだ………続けんの…?………。」
一度で済むと思い込んでいた自分の認識の甘さを水無瀬がひしひしと感じていると、宗方はゆっくりと首を横に振ったので思わず内心で安堵する。
「だよな。あんまり長くここにいたら、またいつ誰が来るかわかんないし。」
気の緩んだ水無瀬がそう言うと、宗方も頷く。
「……うん。それに、あんまり初めから飛ばしてたら、後々の楽しみが薄れるし………。」
「うん。楽しみ、楽しみ、な………。」
無理な笑顔の張り付いている水無瀬を背に、宗方は個室の中へと戻っていき、着替えを始めた。
体に残った精液の残滓を適当に拭うと、便器の上に放置されていたボクサーを履き直し、着衣に袖を通していく。
自分と同様、てっきり制服で来ていると思い込んでいたが、宗方が着替えたのはグレーのジャージだった。
着替えを終え、個室から出てきた宗方の表情は、まだ微かに上気はしていながらも、学校で会う時の冷静なものに戻っていた。
「ありがとう……。思ってた通り、すごくよかった……。」
そろってトイレを抜けながらお礼を言われると、水無瀬は苦笑いを浮かべて頭を掻く。
こんな事でお礼を言われても困る以外にない。
「別にいいけど………ほんとに満足した?なんか、まだやりたそうな雰囲気だったけど。」
「大丈夫だよ。もう時間も遅いし、さっきも言ったけど、いっぺんに飛ばしたら後の楽しみがなくなるし。」
言った後、余計な一言だったかもしれないと水無瀬も思ったが、宗方の方は至って平然としたものだった。
「それに、家に帰って今の事思い出しながら一人でゆっくりシたい。」
目を輝かせながらそう言って悪びれない宗方に、水無瀬は今度こそ本当に呆れた。
そして、どこまでも自分の快感と性的興奮を求めてやまない宗方のあり方に脱帽した。
「お前って、マジで、あれだよな………むっつりスケベってやつだよな……。」
これまでは余計な刺激をしないようにと気を使っていたつもりだったが、とうとう堪えきれずに面と向かって言ってしまった。
言われた当の宗方の方は気を悪くした様子はなく、ただきょとんとした顔をしていたが。
「『むっつりスケベ』って、どういう意味?」
「え?いや、だからさ………エロそうに見えないのに、ほんとはエロい、みたいな………」
「……………そうかな……?俺、普通にエロい奴だと思ってたけど………。」
気を悪くするどころか、エロそうに見えないのところを誉め言葉と受け取ったのか、目尻をうっすら赤くして照れ始める始末。
水無瀬としてはそんなつもりで言ったわけでは当然無かったが、特に気分を害したわけではなさそうなので何も言わないことにした。
そして、興奮ではなく照れてはにかんでいる宗方の事を、不覚にもほんの少しだけ、可愛いと思った。
「ところで、なんでジャージ?いつもその格好で過ごしてんの?」
「………いっつも、ここでする時は、ジョギングするって言って出てきてるから………。」
「家、こっから近いん?」
「走って10分くらい。」
だから、ちょっとくらい走って帰らないと不自然だから、と公園の入り口で早々に別れることになった。
また来週、学校で。
水無瀬がそう言って手を振ると、宗方も頷いて即座に走り去っていく。
流石の体力で宗方の背中はあっという間に夜の闇へと消えていった。
「はあぁ………。」
一人になると思わず盛大に溜息が漏れた。
先週と同じく、ひどく疲れた。体力だけなら宗方の方がよほど使っているはずだが。
けれど、電車が無くなってしまう前に、自分も駅へ向かわなくてはいけない。
自販機で買ったジュースをぐびぐびと飲みながら、今は姿を消した宗方の事を考えていた。
疲れはしたが、宗方に付き合ってやることに対しては最初程嫌悪のようなものは感じていなかった。
宗方の人格が分かってきたせいもあるが、自分がこうして付き合ってやることで、宗方が本気で感じている事が分かるからだ。
あんなに喜ばれてしまうと、週に一度くらいなら付き合ってもいいかなとさえ思う。
それに、宗方の体や行為に対して性的な欲情を覚えることこそ無いが、性的興味などを度外視して単純な現象として見てみると、あれはあれで面白いと言うことは出来た。
知人の自慰や射精、変態行為を間近で見る機会なんてそうあるものでは無い。
見たい見たくないに関わらず、滅多に見られないとなるとなんだかつい見たくなってしまう下世話な好奇心を刺激される。
「すっげえ、飛んでたな……。アイツの精液。」
自分の射精でさえそんなにまじまじと注視したことがないというのに、間近で見た宗方の射精の勢いに同じ男として迫力を感じた。
今日のところはまだ「自分は男だからチンポなんか見たくない」という自身の先入観からつい目を逸らしがちだったが、今度見る時はもっと宗方が喜ぶように見ることが出来るのではないだろうか。
まだ一度目の協力で、水無瀬は早くも見学者としてのやりがいのようなものを感じ始めていた。
電車に乗り、家に帰ると待ち構えていた母親に帰りが遅いと叱られてしまった。
宗方の事ばかり考えていて、遅れて帰る旨を伝えておくのを終日忘れていた。
「宗方くんは露出狂 後編」へ続く…