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弟である侑李の部屋に、借りてた漫画を返しに来た。
その夜、彼、西川群司(24)を襲った悲劇のきっかけは、たったそれだけのごくありふれた日常の一コマだった。
返すついでに他に何か目新しい作品は無いかと物色してると、本棚の上に置いてあった貯金箱に目がいった。
その陶器製貯金箱は、大手ゲーム会社が世界に誇るヒゲ親父キャラを模したものになっていて、ついつい手に取ってみる。
どこにでもありそうで見かけない、陶器特有の醸し出す味とサブカルのギャップに感心していると、次の瞬間。
陶器特有の滑りやすさと片手に取るには多少無理のあるサイズであったせいか、重力に引っ張られた貯金箱は、耳を突く破砕音と共にあっけない最期を迎えてしまった。
群司が動揺したのは当然の事、破砕音で一歩遅れて事態を察した侑李も思わず振り向いて、そこに散らばった貯金箱の欠片と飛び出た硬貨達が床の上で踊っている光景に、形の良い大きなつり目を見開いた。
「ええーーーっ!?なんで触るの~っ!?ひとのもの勝手に~~~!!!」
「あっ……いや、悪ぃっ……ついっ!!」
まだ声変わりも来ていない年齢の弟の甲高い声に、大の大人である兄は思わず青ざめて後ずさる。
突っ立っている兄を脇に追い払い、侑李が嘆きの声と共に破片をかき集めようとしていると、今度は物音を聞きつけてやってきた彼らの母親が、子供には危ないからとそんな次男を抑えて慣れた手つきで割れた破片を片付けていった。
長兄はその間何の役にも立ちはせず、自分がこの家で最も犯してはいけない罪の1つを犯した事実に慄いているばかりであった。
その「罪」とは簡単に言えば、そのものずばり「侑李の財産を毀損する事」である。
西川群司の一回りほど年の離れた弟である侑李は、兄にこそ似ていないが、ちょっと生意気そうな愛くるしい猫顔が大人受けが良く、その立ち居ぶるまいから利発という言葉の似合う男児だ。
が、それはあくまで彼の一面を軽くなぞった表現に過ぎず、確かに利発ではあるが、裏を返すと小賢しいと評せる面も多々あって、実の兄である群司は特にそんな弟の裏側を目撃する機会が何度もあった。
1年ほど前の事だっただろうか。
よく通っているホビーショップで、侑李がクラスメートの女子と口論になり、侑李に言い負かされた女児が腹いせに彼の大事にしていたレアカードを目の前で破り捨てるという暴挙に出たことがある。
おそらく女児からすれば、それで侑李の泣きっ面の1つでも見られればそれで良かったのだろうが。
しかし、それを受けた侑李の怒りは女児の想定を遥かに超えて凄まじく、その怒りを冷徹な算段に転じた侑李は一連の事件の証拠や証言を揃えられるだけ揃えて話を町中に拡げ、ネットの情報を元に最大限高額に釣り上げた慰謝料と謝罪を、女児本人ではなく保護者に要求するという強硬策に出た。
話し合いの席でも侑李は相手の女児がいかに愚劣か、その両親の子育てがいかに失敗かを子供とは思えない弁舌で嘲り、あまりの無双ぶりに当時の担任もなんとか収めようとしたが、そんな事で止められる侑李ではない。
結果として、存外良識人であった彼女の両親の方が素直に折れ、娘の暴挙を認めて娘と同じ年齢の男児に丁寧な謝罪をし、言われたとおりの金額を支払う事で円満に決着したのだった。
この一件で恐ろしいのは侑李の本当の目的が賠償金などではなく、あくまで「女児の目の前で彼女の両親に自分に対して頭を下げさせる事」であったことだ。
いくらレアカードとはいえ、それほど極端に稀少というほどでもない半端なレアカードの賠償金などたかが知れている。
そんな事より侑李がやりたかったのは、女児に考えうる最大限の苦痛と屈辱を味あわせる事で自分の怒りを思い知らせることだった。
彼女の家族を執拗に侮辱して挑発したのも、それで激高した誰かに暴力でも振るわせればより話が大きくなり、女児を不幸に突き落とせると考えたからだ。
そんな内容の話を子供の言葉で悪びれずに語っていた当時10歳の弟を前に、群司は絶対にこの弟の財産だけは、毀損しないと心に決めていた。
決めていたはずだったのだが、ほんのちょっとの油断と気の緩みが今回の一件を引き起こした。
とはいえ、動揺していたのはほんの僅かの事だ。
貯金箱の中身を見やれば、何の事は無い、ゲームセンターのメダルゲームで使うメダルが数枚入っていただけで中身はほぼ無事。
貯金箱自体も、同じようなものを見繕って返せばいくら侑李でも血の繋がった兄にそこまでの乱行には出ないだろう。
群司はそう考えて胸を撫で下ろした。
そして、そんな自分の見通しがハチミツ並の甘さであったことを、ものの1時間も経たずに思い知ることになった。
───
その日の夕食は次男の好物である照り焼きのハンバーグ。
にも拘わらず、そんな大好物のはずのハンバーグを憮然とした表情で咀嚼している次男と、そんな弟を前に気まずそうに消沈した長男の姿は、一家の大黒柱の眉を顰めさせるのに十分な違和感があった。
「なんだ、どうしたんだお前ら?ケンカでもしたのか?」
首を傾げる父の隣で、兄に向かってそっぽを向いたまま侑李は唇を尖らせた。
「兄ちゃんが、おれの大事な貯金箱壊したんだ。」
事態を端的に表したそんな次男の言葉に、父は思わず半笑いで肩を竦める。
「なんだなんだ、それぐらいで。弁償してもらえばいいじゃないか。」
ほら、こっちにおいで、と父はまだ食べている最中の侑李を自分の膝に乗せると、でれでれと目尻を下げながら抱きすくめる。
もう小学五年生である侑李に対するものとしてはやや幼すぎる愛情表現ではあるが、やや遅くに出来た愛妻似のこの次男に父はメロメロだった。
自分の分のハンバーグも食べさせながら、次男の頭を上機嫌で撫でつけている姿からもそうと察する事は出来た。
「大体、貯金箱なんてそのうちいつか壊れるものだろ?誰にでも過ちはあるんだから、侑李はちょっと人を許すっていう事を覚えた方がいいな。」
いつかのカード事件の事も仄めかしつつ、父が鷹揚に節度を説くと、母もそれに便乗するように続けた。
「そうよ~、侑李。たった二人の兄弟なんだから、仲良くしてくれなきゃお母さん悲しいわ。」
決して厳しくはないものの、とうとうと説かれる両親からの言葉にも、侑李の表情は決して晴れる事は無かった。
この弟がそんな一言や二言で流されるような性格ではない事は群司が誰より知っている。
「今回はお父さんの顔に免じて、兄ちゃんを許してやってくれないか?な?いい子だからな?」
この期に及んで、侑李をそんな「いい子」だと信じて疑わない父に、侑李は初めて眉間の皺を解く。
「じゃあ、お父さんが兄ちゃんの代わりに弁償してよ~。そんだったら、おれも許すよ~。」
「まったく、しょうがないなぁ。分かったよ、群司も今回はお父さんが払ってやるから、これからは気を付けるんだぞ?」
父のその言葉に兄弟は揃って初めて表情を明るくした。
そして、父の膝から飛び降りた侑李は、自室に向かうと、紙片を一枚掴んで戻ってきた。
それは、群司が破損した某キャラクターの貯金箱の現在のネットオークション画面を、侑李がハードコピーしたものであった。
73200円。
あの貯金箱はとある児童向け雑誌の懸賞で侑李が引き当てた限定のプレミア品であり、さらに既に当時の工場が閉鎖し再生産不可のあの貯金箱は、キャラ自体の世界的な人気もあってネット上でうなぎのぼりに価格が上昇しているという代物であった。
その値段を知った時、群司はハンマーで思いっきり後頭部を殴られたような衝撃を受けた。
年齢の割には良い給料を貰っている群司ではあるが、さすがにそんな大金を右から左に放るように差し出せるほど懐豊かではない。
差し出すだけなら不可能ではないが、自分にだって金を使う予定はいくらでもある。自分の人生にとって重要な出費も。
けれど、今この場でそれが出来なければこの金に汚い弟に対して大きな負債を背負う事になってしまう。しかもその負債は時と共に跳ね上がっていく。
困り果てていた自分の前に、降って湧いた父からの願っても無い申し出に、群司が色めき立つのは当然だった。
流石と言わざるを得ない。
いくつになっても父親というのは偉大な存在であるという事を群司はこんな形で久々に知ることが出来た。
感謝のあまり、思わずその目尻には涙が滲みそうになったのだった。
「すごくちょろいお兄さんが好きです」 END
───
「自分の過ちはちゃんと自分の努力で償うんだ。それが男というものだぞ。」
結局、その夜の食卓での家族会議は父親のそんな長男への訓示で締められて終了した。
何の解決にもならなかった、と言い換えても間違いではない。
「チクショウ、あのクソ親父。エラそうに口だけ出して逃げやがって………。」
昔の学園ドラマの教頭先生かと見紛うばかりの実父による保身も保身の手のひら返しに舌を巻くも、結局自力でどうにかするしかないと踏ん切りを付ける機会にはなった。
あの執念深い弟を怒らせたままにしておくというのも祟りがありそうで不安だ。
「おい侑李。」
廊下に出ると、ちょうどトイレから自室へ戻ろうとしていた弟の背中をに声をかけると、振り返った弟の手にほれ、とそれなりの厚みのある封筒を渡す。
侑李が中身を検分すると、そこには1万円札が10枚入っていた。
「これ…………。」
流石に驚いた侑李が何か言いかけたところで、群司は咳払いし。
「そんだけありゃ賠償には充分だろ。おつりは慰謝料として取っとけや。」
大事なもん壊して悪かったな。
一言そう添えると、群司は精いっぱい兄の威厳を背中で示しながら自分も部屋に戻っていった。
侑李には見せないようにしていたが、路頭に迷いたての新米浮浪者もかくやというやつれ切った表情からは威厳のいの字も見られなかった。
見栄を切ったはいいものの、今後の予定はこれでおそらくズタズタだろう。
今月は特に、付き合い始めて数か月経つ彼女の初めての誕生日デートを控えていたというのに。
「あ~~~莉々ちゃんに何て言おう………。」
都内の大学に通っているだけあって見た目は垢抜けた女子大生の現彼女だが、見た目に反して身持ちは硬くて、ピンクな雰囲気には中々持っていけない事を群司は悩んでいた。
そこで俺の方から大人の男らしく、リッチなバースデーを演出して、勢いでそのまま一気に…なんて思っていたのに。
やっぱり今から1、2万円くらい返してもらおうか、と威厳もへったくれも無い事を思い直していると、自室のドアが開いた。
見れば、侑李の方から呼ばずとも、自分の部屋にやってきていた。
「おう?どうした?まさかっ………まだ足りねえとかいうんじゃ………。」
群司が青ざめていると、珍しくしおらしい顔をした侑李の方から無言でさっき渡したばかりの封筒を差し出してきたのでなんだなんだと首を傾げる。
ほっぺたを小さく揺らして、侑李は頷く。そして言った。
「これ、返す。だって、こんなにいっぺんにおれに渡したら、兄ちゃん困るだろ?毎月くれてるお小遣いをこれから倍にしてくれれば、それでいいよ。」
「侑李………。」
思いもよらなかった弟からの譲歩の言葉に、今度は物の例えではなく目頭が熱くなっていた。
封筒を受け取った上、弟の小さな手を取って感謝を示す兄。
「侑李……侑李………お前っ………性悪なクソガキだとばっかり思ってたお前に、そんな人らしい気遣いが出来るなんて初めて知ったぞ……!」
「大げさだな、それほどでもないって~~~。」
暖かい空気の中で兄弟の情を確かめ合いながら、うんうんと頷き合う二人。
それはそれとして、と侑李はまだ泣いている兄をあやすように小首をかしげて続けた。
「でも、それだけじゃ兄ちゃんの気が済まないと思うからさ。今週の土曜日さぁ、その日だけ、兄ちゃんがおれの家来になって、なんでもいう事聞くっていうのはどう?それでチャラってことで。」
にっこりとそんな申し出をしてくる弟の笑顔に対し、目を瞬かせる群司。
そういう風に言われたら、逆に辞退しづらい。そのくらいの事で済むならまあ、と二つ返事で了承した。
「日曜は予定があるからダメだけど、土曜ならいいぜ。でも、あんま金使うような命令はナシにしてくれよな。」
「分かってるって。ちゃんと体で返してもらうだけだからさ。」
雰囲気に流されるまま、弟の申し出を受け入れる群司の顔は弟の侑李から見てもひどく無邪気なものだった。
少なくともその頭からは、旨い話には裏があるとか、タダより高い物は無いとか、そういう言葉は出てこない様子だ。
そんな兄の部屋から戻ってきた侑李は、父におねだりして買ってもらったiPadの画面を開くと、早速今週の土曜日の予定について計画を練ることにした。
───
数日経って、約束の土曜日が来た。
その日は父が他県に出張の仕事が入っており、母は昼から明日の朝までの夜勤が入っている。
その母も、銀行やら何やらの用事があって早朝のうちに家を出ており、まるで図ったように兄弟水入らずで過ごせる一日となっていた。
群司は何か用でもない限り休日は昼まで寝ているようなタイプであったが、対して弟は休日にもきっちり早くに起きて作業をしているような働き者だ。
だが今日に限っては群司もお子様時計に合わせて折角の休日の朝にベッドから立ち上がらなければならなかった。
「群司~~~~~!!お茶飲みたーーーい!!!」
リビングのソファで寝そべってゴロゴロコミックを読んでいた侑李が一声上げると、群司はすかさずやってきて今はご主人様である弟の為にストローと氷入りのお茶を用意する。
「はいはい、どうぞ、侑李様。」
「へへーーーありがと。」
こちらを一瞥すらせず雑誌片手にストローを咥える弟に、いい気なもんだと肩を竦めた。
何かこう人を使うのに慣れていると言おうか、そういう振る舞いが似合う事にある意味感心もした。
今日という日が始まってすぐに実の兄を名前呼びし、「侑李様」呼びを指定してきたところからも素質が感じられる。
ただ、本当にこの程度の戯れで済むのだったら安いものだ。
弟からの呼び捨てにも慣れ、大分陽が高くなって、よそに出向くのにも常識的な時間になってから、外出する侑李への同行を命じられた。
「なんだ、どこ行くんだ?コンビニ?」
そう遠出するつもりも無いらしく、徒歩で町中を闊歩する侑李に用件を尋ねる。
「違うよ、色々用事。にいちゃ………群司にも手伝ってもらおうと思って。」
なんとも曖昧な返事に首を傾げるも、手伝えというからには何かしらの面倒なのだろう、と覚悟を固めていると近所のお屋敷に着いた。
「橘さーーん、こんにちは~~~~。」
インターホンを慣らした侑李がカメラに手を振ると、程なくして返事が返ってきた。
群司も特別親しくしているわけではないが、この橘という見るからに裕福な家の存在は知っていた。
弟の様子からして、彼はどういう伝手かこの家と交流を持っているらしい。
門を通されて程なく、お屋敷の玄関からこの家の主婦と思われる妙齢のマダムが姿を見せた。
「いらっしゃい、侑李ちゃん。あら、そちらの方は?」
「おれの兄ちゃん。今日の仕事手伝ってもらおうと思って。」
侑李の方が先に応えると、未だ勝手の分からない群司は「どうも」と軽く頭を下げた。
「そお~~……こんなかっこいいお兄さんがいたのね~~~。」
「いやいや~~、そんなことないよ~~。」
なんでお前がそう答えるんだよ、といつもなら突っ込んだところだろうが、今日のところは身分を弁えて黙っていた。
車庫には一目で分かる高級車がずらりと並び、そのわきにいくつか置いてある子供用自転車からこの家の家族構成が何となく伺い知れる。
「侑李ちゃんにはいつも助けられてるんですよ~。ウチの子達の遊び相手とか、おばあちゃんの話し相手になってくれたり、家事もやってくれたり…。」
働き者であることは知っていたが、侑李の意外な一面に群司も舌を巻く。
この弟のことだ、勿論無償ではないだろうが。
ぐるっとお屋敷を回ると、広い広い庭に出た。
子供なら余裕で鬼ごっこをして遊べそうなちょっとした公園ぐらいのスペースがある。
「それじゃ大変だと思うけど、12時まで出来るだけでいいから、草むしり、よろしくね。」
そう言って踵を返すマダムの言葉に、群司は小さく固まった。
今日に限って草むしり?家事とか、子供やおばあちゃんの相手ではなくて?
「はーーい、がんばりまーす。」
そんな群司の心境などまるで意に介さず、侑李は軽くそう言ってのけると、群司の袖を引っ張る。
マダムの背中が見えなくなるや、群司は弟を見下ろして声を荒げる。
「おまっ………この場所見ろよ!これを全部草むしれって?」
今二人のいる橘家の庭は単に子供達の遊び場所としては十分魅力的なスペースだ。
だが目的が草むしりなってくると全く意味が違ってくる。
到底マメな手入れなどされているとは思えない、あちこちでボーボーと生え茂った何の草だかも分からない緑の集合体。まだ午前中だというのにカンカンと照った高い太陽。
「おばちゃんも言ってたけど、12時まで出来る範囲でいいんだよ。じゃあ頑張ってね。」
「お、おいっ……頑張ってね!!ってお前、どこ行くんだよ!?」
自分で連れてきておきながらなぜだか一人だけ立ち去ろうとする侑李の腕を取る。
「まだ他にも仕事いっぱいあるから、ここは群司に任せる。じゃあ頑張ってね~。」
とんでもない命令を言い渡すと、侑李はそのまま気温とは裏腹に真っ青な顔をした兄を残して次の仕事場へと向かってしまった。
ほんの僅か呆然としていた群司だったが、そうしている間にも12時に向かって時は進んでいる。
この家の庭の草がどうなろうと知ったことじゃないが、任された以上はやるしかない。
今日一日は弟の命令に背くわけにはいかないし、侑李とこの家との関係を悪くしてしまうのも巡り廻って自分への災難を招きそうだ。
意を決した群司は傍に置いてあった軍手を取ると、命じられた作業を開始した。
とにかく目についた緑の傍に屈み、引っ掴んでは抜き、引っ掴んでは抜き、を繰り返す。
背中に刺さる日光や、ねっとりと纏わりつくような熱気と戦いながら。
自分がこうして働いてる間、侑李はともかくさっきのマダムは何をして過ごしているのだろう。
旦那も子供も仕事や学校でいない間、他人に雑務をさせて自分は紅茶でも飲みながら寛いでいるのだろうか。いい気なもんだ。
同じ日本人だというのになんだか格差というものを感じる。
ただまあこんな作業は確かにあんな身分の女性がする事ではないだろう。
マダムの肌の白さや手入れされたネイルを思い出しながら変に納得もしていた。
次第に数の減っていく緑に妙な達成感を覚え始めてから、草むしりハイとでもいうような状態に移行し、さらに小一時間。
概ね地面がキレイに見えるようになった庭の真ん中で、すっかり汗だくになった群司は周囲を見渡して自分の仕事に満足そうに頷いた。
着てきたTシャツはすっかり自身の汗でぐしょ濡れの状態で、脱いで搾ると自分でも引くほどの量の水分が地面を打っていく。
これもまた雑草が吸って栄養にするのか、なんて思っていたところで背中に声がかかった。
「あら、まぁ。すっかりキレイ。」
振り向くと、マダムの視線が自分の上身にぶつかるのを感じて思わず会釈した。
「あ、すいません。人んちでこんな格好で………。」
群司が頭を掻くと、マダムは目を細めて笑み、それでいて群司の体を鑑賞するのはやめなかった。
「まあぁ~、お兄さん意外と逞しいのね~。」
かなり年上とはいえ、女性に体を褒められると悪い気はしない。
これでも、割とスポーツは齧っている方だった。
サッカー、テニス、スノボ、サーフィン。
殆どが女子受けの良さそうなものばかりだが。
割と着痩せするタイプではあるが、マダムの言う通り無駄な脂肪が無く鍛えられた筋肉の形の分かりやすい体をしている。
「目の保養だわ~~。私があと20年若かったらなぁ……。」
「いえいえ、奥さんも素敵じゃないですか。」
口ではそう言いつつ、群司本人は年下の背の低めの可愛い子が好みであった。おっぱいが大きめだとなおいい。
何より、人妻は好みの範疇外だった。
群司は適当にお世辞を返しつつ、すっかりしわくちゃになったシャツを着る。
「今度はお兄さんだけでもいいから、また来ない?頼みたい仕事があるし。」
「いや、今日来たのは本当にたまたまなだけで……。」
「ただいま~。」
マダムの進撃に少し困っていたところで帰ってきた侑李に安堵する。
「うわ、兄ちゃん焼けたね~~。」
「………おかげさまで。」
この2時間の激務のおかげで顔も腕も足も、すっかり赤黒く灼けていた。
対して、侑李の方は来る前と変わらない色白で滑らかな肌のままだ。
それもそのはず、兄が必死に雑草と戦っていた間、侑李のお仕事はと言えば、違う家の縁側でおじいちゃんの将棋を相手をする事だった。おばあちゃんの出すカルピスやらスイカやらを堪能しながら。
マダムから分厚い封筒を受け取って上機嫌の侑李の手を掴むと、群司は足早に橘家を後にした。
ショッピングモールのフードコートで軽く昼食を済ませ、スーパーで夕飯の材料を買って帰る。
今日の夕飯は侑李のリクエストで兄特製の和牛ステーキとフライドポテトを予定していた。
「すごくちょろいお兄さんが好きです 後編」へ続く…