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俺は跳ねそうになる心臓と震える唇を必死で落ち着けながらでかいちょうに嘆願した。
「かいちょうにお願いがあるんだけど…」
「ん、なになに?」
「スパーリングして欲しいんだ」
かいちょうは目を丸くして言葉を選ぶためか少し考えるように俯いた
「えーと…もちろんいいんだけど、急にどうしたの?」
「ちょっと、本気でボクシングしたくなったんだ」
緊張してうまく言葉が出なかったが、本心だけは伝わったみたいだ。
「わかった、じゃあリングに上がろっか♪」
先ほどのなんとなく顔に影がある表情とは打って変わっていつものように明るく対応してくれるかいちょう。
そしてついに、俺は人生で初めてのリングに上がることになった。
スパーリングの注意事項や、ルールを教えてもらいながらスパーリングに備える。
俺は心臓が張り裂けそうだったが、かいちょうは淡々と準備を進めていた。
すべての準備を終え、リングに上がる俺。
ボクシンググローブに初めてのマウスピースとヘッドギア。
新鮮な感覚のおかげか、緊張の中に楽しさや嬉しさが生まれる。
目の前の対角コーナーに対峙する女の子。
いつも見ているかいちょうが異質に見えた。
指示の通り、立ち上がり、そして始まりの鐘がなる。
カーンッ!!
いつもは端から聞いていたゴング……。
それが今自分に向かって鳴ったのだ。
「よろしくね❤」
かいちょうがグローブをゆったりと突き出す。
グローブタッチだ。
真似をして同じようにグローブを突き出す。
トンッ…
ここからは闘いだ。
頭が真っ白になりそうになるが、テンションに身を任せ構える。
「行くよ!」
かいちょうがグッと踏み込み前に出てくる。
俺はビクッと後ずさりしそうになるが、ビビりを必死に抑え、左腕を素早く突き出した。
だが、未熟者のジャブは当然のようにかいちょうに当たることはなかった。
少し体をひねるようにして俺のパンチを避けるかいちょう。
仕返しのようにかいちょうもジャブを打ってきた。
全く反応できなかったわけでもなかったので腕でガードする。
バチンッ!
かいちょうのグローブが俺の腕で爆ぜる。
ビリビリと慣れないしびれが腕に残る。
これが、実力者のパンチか…!
一発パンチを入れたかいちょうは左足を戻し、ステップに切り替える。
「いいね、いいね!いい感じ!」
会長が思わず嬉しそうに話しかけてくる。
俺は戸惑ったが、初心者なりに本気で応えようとさらに打って出る。
ビュッビュッ!ブンッ!!
何発かパンチを打つがかいちょうには全く届かない。
当然なのだが、悔しいうえに自分の実力のなさに腹が立つ。
体力も鍛え足りないので早くも息切れを起こしていた。
「くそッ!」
「焦っちゃだめだよ!」
バチィッ!!!
かいちょうの完璧なタイミングのジャブがもろに顔面に入った。
「あがっ…!」
ヘッドギアの上からでも衝撃が頭の中に響く。
殴られるってこんな感覚なんだ……。
完全に体制を崩した俺にかいちょうはさらにジャブを打ってくる。
バチッ!ビシッビシッ!パキィ!
腕を振り回すだけになってしまっていた俺に何発もクリーンヒットするかいちょうの拳。
ズダンッ!
ダメージが蓄積したのか、俺は急に平衡感覚を失い仰向けに倒れた。
なすすべもなくかいちょうにダウンさせられた。
「はぁ…はぁ…」
半ば何が起こったかもわからずに息を切らし、茫然としたまま倒れる俺。
そんな俺の顔をかいちょうがのぞき込んでくる。
「あ、大丈夫…?」
やってしまった、と言わんばかりに心配して俺に声をかけるかいちょう。
その声は憂いの声色だったが…………。
俺は見たような気がした。
かいちょうが戸惑い混じりに少し笑っているのを。
何の感情なのか、抑えられずに思わず漏れたような表情に感じた。
こうして、俺の人生初のスパーリングは女の子に数発のジャブによって完全敗北するという形で幕を閉じた。