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俺はあのスパーリングからかいちょうを見る目が少し変わってしまったようだった。
今までかいちょうはみんなの憧れの的、俺もみんなの中の一人。
でも今は憧れよりも畏怖とか目標とか今までと変わった感情を抱くようになった。
変化はそれだけではない。
俺自身の行動にも表れていた。
明らかに練習への打ち込み方が違う。
いつもサンドバッグを前にしたとき、目の前にいるのはかいちょうの幻影。
その幻影を倒すために、自分の体を限界を迎えるまで突き動かす。どんなに疲れても拳を前に突き出す。
もはや、限界すら超えていたかもしれない。
「絶対にリベンジしてやる……!」
俺は生きて生きた人生の中で燃えたぎり焦げるようなプライドに燃えていた。
かいちょうとは今でも普通に話をするが、心の中だけは違っていた。
そして数か月……
「かいちょう、またスパーリングしてくれないか?」
『え?』
夜も更け後片付けを手伝っている中、俺はかいちょうの後ろ姿に声をかける。
ジムにはもうかいちょうと俺以外はいない……。
いまだに手が震える。おびえているのだろうか?
「この前はさ、まだまだ鍛え足りなくてかいちょうの足元にも及ばなかったけど、俺必死で鍛えたんだ!」
「かいちょうに負けないように!!」
『〇〇くん……』
「今度は俺本気だ!だから、かいちょうも本気でやってくれ!!」
『…………本気で…』
かいちょうが俺の目をじっと見つめる。
流れる沈黙…。
一息ついた後、かいちょうが静かに言葉を続けた。
『いいよ……何も文句言わないなら、本気の私、見せてあげる…』
「わかった」
声色の変わったかいちょうとの間にピリッとした空気が流れた。
かいちょうの目つきが変わった気がした。
『本当に文句言わないでね』
刺すような声で確認するとかいちょうは自分の来ていたスポブラに手をかけた。
そしてそのまま上にめくりあげる。
「え、なにを!?」
かいちょうの奇行に思わず声が出る俺。
『文句言わないって約束したでしょ』
『これが本気の私……本気でボクシングするときは正装じゃないと』
プルンッ
最期まで引っ掛かっていた乳首がブラから解放され、弾みながらかいちょうの大きな胸が露になる。
ブラを脱ぎ捨て、身軽になったような表情で
『ふう、さ。準備しましょう。』
「あ、ああ…………」
あまりの急な出来事に困惑したが、かいちょうの雰囲気は今までに感じたことがない程に威圧的だった。
リングに上がり、持ってきたマウスピースとグローブを装着する。
思えばあんなに不慣れだったリングの上も今では特別な場所でありながらも自分の慣れ親しんだ場所に感じる。
かいちょうも準備ができたようだった。
ついに始まる。
走る緊張の中に、自分の闘志が燃え上がっているのを感じる。
今、俺はボクシングをするのにこの上ないベストな状態だ。
必ず、勝ってやる……!
『じゃあ、お互い本気で』
最期に確認をするように対角のコーナーにいる会長が声をかけてくる。
俺は声を出さずにゆっくりとコクリとうなずいた。
カーンッ!
自動でセットしておいたタイマー式のゴングが鳴る。
グッと自分の中の闘志をさらに最高潮に高める。
お互い、鋭い目つきでリング中央に歩み寄る。
歩を進めるたびにかいちょうの胸が淫靡に揺れるが今の俺は欲情するなどの性欲的な感情に揺らぐことはなかった。
不思議な感覚だった。
グローブタッチ。
かいちょうが何かをしたげに少し距離をとる。
すぐさま、かいちょうは微笑みながらグローブをクイクイと煽るように手招きする。
その行動に一瞬カッとなりそうだったが、すぐに冷静さを取り戻す。
冷静さを失っては勝てる試合もダメにしてしまう…。
だが、かいちょうの意外な一面を見たようだった。
先手必勝と俺はジャブを放つ。
数か月前のヘロヘロなパンチを一線を画すはずだ。
これなら届くはず、と願いを込めた左拳。
一発目のジャブはかいちょうの構えた固めたグローブにバチンと弾けた。
拳に衝撃を感じる。手応えありだ。
だが、2発目はかいちょうの腕に鋭いパアリングに弾かれた。
ここで手を緩めてはいけない。
かいちょうが手を出してくる前に追撃を…!
またしても左ジャブ。
だが、そのジャブはかいちょうに届かなかった。
その原因は突如右頬に走った衝撃。
頬から全身に走った衝撃は体制を崩し、重心を後ろに持っていかれた体は一歩後退せざるを得なかった。
目の前のかいちょうを見据えながらもビリビリと右頬の痛みを理解する。
「(撃たれたのか…ジャブか…?)」
距離をとってしまった俺に対し、かいちょうはステップを始める。
胸がブルンブルンとかいちょうのステップのリズムに一拍遅れて激し目に動いている。
『ふふ、この短い期間で本当に強くなったね…❤』
かいちょうはこの機会を逃すことはなく、距離を詰めて再びパンチを放ってくる。
「ぐっ…!」
おそらくジャブ…!
顔を守るようにグローブを寄せて固める。
バゴォッ!!
俺の腕にかいちょうのグローブが弾ける。
またもジャブ。
なんとか防いだようだ。
だが、必要以上に防いでしまったのか視界も狭く一瞬かいちょうの手が見えなくなっていた。
そして腕に残る熱い感触。
前回のジャブよりもはるかに強く、重い。
覚悟はしていたが、予想を大きく上回るパワーに余裕がなくなる。
まずは守りを……!そう思った瞬間
かいちょうの左拳がまたも迫っていた。
右脇腹付近が爆発したような衝撃。
かいちょうのレバーブローだった。
メギョォ……
「お、ご……!」
目を疑った。
自分の脇腹に一瞬視線をやるとかいちょうの赤いグローブが深々と刺さっていた。
刹那のできごと、しかししっかりと現実だった。
その証拠に今、とてつもない吐き気と腹部の激痛が来ている。
思わずグローブと顔が下がり、前のめりになってしまう。
目の前に映るかいちょうのスパッツ。
しかしすぐに真っ赤になり、いつの間にか天井を仰いでいた。
バッキャアアアアアア!!!!
かいちょうのストレートが俺の顔面を寸分狂いなくとらえていた。
むりやり背骨を伸ばされ、さらに体制を大きく後ろに、頭と首が大きくはじける。
ギチィっとトップロープに首を預けてしまう。
ボタボタっと何かが垂れる音がした。
口の周りにも何か温かい液体を感じる。
俺の花が潰れ、鼻血が勢いよく滴っていた。
ロープのおかげでダウンを免れた俺はすぐ追撃を避けまいとかいちょうの方に向き直る。
以前の俺ならここで泣きむせびギブアップしていただろう。
鼻と脇腹の激痛に耐えられず動けなかっただろう。
今まで鍛えた意地とプライドがそれを拒んでいた。
だが、
『こっちよ』
やや下方から声がする。
かいちょうは少し身を屈め、自分の顎下に潜り込んでいた。
上目遣いにこちらを見るかいちょう。
その目は睨むようでありながらかわいらしく凛々しかった。
ほぼ0距離の二人。
かいちょうの括ったポニーテールが目の前を通過し、微かにシャンプーと汗の混じった匂いがする。その瞬間、
ガゴォン!!
またも天井を見ていた。
鼻からあふれていた血がピシャッと遠心力で前方にまき散らされる。
かいちょう渾身のアッパー。
身を屈めた体勢から膝と体幹のバネを存分に活かした芸術的な一撃だった。
もはや意識の90%は持っていかれていた。
だが伸びた首を追ってきた、かいちょうの左拳。
上を向いた俺の顔、その頬を右側から急襲する。
かいちょうの驚くべきスピードの左フック。
ボギィ!!!バゴォ!!!
右からとてつもない衝撃が来たかと思えば、さらに右フックによって左頬をつぶされた。
何発もの重すぎるパンチ。
何が起こったか理解する間もなく、あまりのダメージに全身の力が抜けてしまう。
気づけばコーナーにもたれかかりへたり込んでダウンしていた。
「ぶぶぅぅ……」
情けない嗚咽を漏らしながら殴られて腫れた目の隙間から狭い視界に映るかいちょうの足元。
『はぁ…はぁ…こんなに…なっちゃって……❤』
たった数発のパンチでボコボコに腫れた俺の顔をかいちょうがじっくり見つめる。
俺はその時にかいちょうの狂気を感じた。
『ほら、あーんってして…❤』
何を言ってるかわからないが、鼻血で防がれた鼻の代わりに呼吸をするために口が開く。
うっすらと視界の端に血まみれのマウスピースが落ちているのを見つけた。
どうやら俺のマウスピースのようだ。
かいちょうの右フックによって吹き飛ばされていたのだ。
目の前に迫ったかいちょうの顔。
その口からクチュクチュと音がする。
かいちょうが自分のマウスピースを外し、咥える。
そして………
『ん……』
まるで俺にキスをするようにかいちょうはマウスピースを口移ししてきた。
クチャッ…ピチャ…
「はぁ……ぁが…!?」
突然のあり得ないようなできごとに朦朧だった頭が蘇り、うろたえる。
『ほら、マウスピース咥えてないと歯が折れちゃうよ?』
かいちょうの行動に思わずダウンから立ってしまう。
「はぁ…はぁ………ふぅ……はぁ……」
『よくできました❤じゃあ、まだまだ、行くね!』
立つやいなや、かいちょうは俺にその赤いボクシンググローブを鋭く突き出してきた……