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† † †
(前略)
秋くらいから、あたしは学校を休みがちになった。
三月までの元気だけが取り柄みたいな『佐藤一夫』のままだったら、もちろん先生にも『親』にもさぞ心配されただろう。お前みたいなバカが学校休んでどうすると、『父ちゃん』にぶん殴られたかもしれない。
でも四月に一夫ちゃんと入れ替わってからのあたしは、そんな『一夫』を演じきれなかった。仕草が男っぽくもガキっぽくもなくなって、代わりに成績は良くなって。
それが大人たちには、思春期を迎えて成長した、と見えたようで。最近のあたしは悩める少年みたいな扱いを受けている。
そこには、来年の春に『一夫』に負担をかけてしまうという『親』の多少の後ろめたさもあるのだろう。
あたしが学校を休むようになったのは、いくつかの理由があった。
一つ目は、来年の春に『一夫』一家が『父ちゃん』の仕事の都合で東京へ引っ越すことになって、つまりあたしがまた転校する(厳密には、ここの小学校を卒業して東京の中学に入学するのだから転校ではないけれど)と知ったから。
一夫ちゃんといっしょにいれば、そのうち元に戻れるんじゃないかと思ってた。でも春から秋までそうしていてもあたしたちが元に戻れる気配は全然なくて、そこへこの転校の話を知らされた。
残り半年を元に戻るためがんばろうと思えたなら、休むなんてとんでもない話だ。でもあたしは、これまでの半年が無駄だったように、これからの半年では無理じゃないかと感じてしまった。
元に戻れないまま、一夫ちゃんと――『一美』と――離れ離れになってしまう姿が想像できた。
あたしは一生そのまま元に戻れないとイメージして、心がへし折れてしまった。学校でのんびり授業を受ける気になんてなかなかなれなかった。
二つ目は、この身体が第二次性徴を迎えていること。
背が伸びてきて、声が低くなってきて、喉仏ができてきた。あたしは女の子のはずなのに、この身体で男の子としての変化をどんどん経験していった。
学校に行くと、周囲からその変化を声高に指摘される。先生は悪気なく、クラスメートはからかい気味に。それがつらかった。
そして三つ目は、同じ教室に一夫ちゃんがいること。
「一美、大丈夫か?」
あたしの、『一夫』の、つまりは元の自分の部屋にやってきた一夫ちゃんは、あたしと向かい合って腰を下ろすとあぐらをかいた。相変わらず女の子っぽくない。
入れ替わって半年になるのに、一夫ちゃんは全然変わってないように見える。毎日スカートをはいて、生理も経験して、あたしが着けたことのないブラジャーを着けるようになったのに。
一夫ちゃんの心は何も変わってない。
「今日は学校でさ、……」
あたしが何日か学校を休むと、一夫ちゃんはこうしてお見舞いに来てくれる。そして学校での出来事を教えてくれる。それが、あたしが知っておくべき重要な情報であるかのように。
転校しなかったのなら、あるいは元に戻れるのなら、クラスメートのあれこれを教えてもらえるのはありがたい話だ。この田舎町には私立中学なんてなくて、中学でもみんな同じ学校に進むのだから。
でも、たぶんあたしは元に戻れないまま転校してしまうのに。
一夫ちゃんだってあたしの転校についてはもう知っている。けどそれについての話は一度もしていない。
来年春までにどうにかなると楽観的なのか。それとも、もうこのままでも構わないとすでに思っているのか。
一夫ちゃんの心は変わっていない。でも『一美』の身体は少しずつ変わっているように見える。
入れ替わる前の『あたし』は、それなりに可愛いという自覚はあったけど、まだまだこどもだった。小学生だな、という第一印象を誰もが抱いていたと思う。
でも今の『一美』は、美少女と言っていいくらいになっている。中身は一夫ちゃんなのに、見た目はすらりとしてきて、プロポーションにも女性らしい膨らみが出てきて、顔立ちもしゅっとしてきた。
ひょっとして、中身が変わったから外見にも良い変化が出てきたのだろうか。
……それとも、あたしの物の見方が変わったから『一美』に今まで思わなかったようなことを思ってしまうのだろうか。
「どうした? 一美」
おかしなことをあれこれ考えているところに声を掛けられ、あたしは動転した。
何でもない、と流してしまえばよかったのに、何か言わなくちゃいけないような気持ちになる。そして自分でもぼんやりしたことしか考えていないことを口にした。
「その……一夫ちゃん、『あたし』の身体、見せて」
家には今、あたしたち二人しかいない。入れ替わり直後の騒ぎが尾を引き続けていて、あたしは『あたし』の両親に、一夫ちゃんは『一夫』の両親に、かなり警戒されている。だから今日も、一夫ちゃんは『母ちゃん』が買い物に出かけたのを見計らって家に上がっていて、まだまだ時間に余裕はありそうだった。
一夫ちゃんが、セーターを脱ぐ。あたしは着たことのない、たぶんこの秋に買ってもらったきれいなセーター。
その下のブラウスのボタンを外していく。男物とはボタンの位置が反対なそれを、今の『彼女』は慣れた手つきで外していた。
あたしも立ち上がっていて、向かい合ってそれらの様子を見ている。
あたしたちの身長は、入れ替わった時はほとんど同じだったのに、今はあたしの方が明らかに高くなっていた。
例えば、早く大人になりたい子や、背の低さがコンプレックスな子なら、あたしの立場をうらやむかもしれない。でもあたしは、なぜか自分の方が置き去りにされているような気になっていた。『あたし』の身体という変化の少ない港で、揺るぎなくそのままを保っている一夫ちゃん。一方のあたしは、男の身体という動かし方もよくわからない舟に載せられて、時の流れに流されるまま視点ばかりが高くなっていく……。
ブラウスも脱いで、『彼女』の上半身はブラジャーだけになった。
「ブラジャー、前に見たものより大きい?」
「あ、ああ。サイズが合わなくなって、買い替えたんだ」
「そう……」
一夫ちゃんは少し顔を赤らめている。でも、少し。
あたしに下着姿を見せるのなんて、そんなに恥ずかしくないんだろうなと思った。一夫ちゃんの身体は『一美』で、だからあたしはあたしの身体を見ているようなもので、その認識は同じなんだろう。
だからあたしはもっと踏み込む。
「ブラジャー、外して」
ただの膨らみのはずなのに、どうしてあたしは目を離せないんだろう。
さっきより、一夫ちゃんの顔は赤い。でも、裸を見せている女の子なら、本当はもっと真っ赤になっているはず。
なので、あたしは気にしないことにする。
一夫ちゃんが恥ずかしがっていないと思うと、裸をじっくり眺められてうれしいと思いつつも、同時に苛立ちもする。
一夫ちゃんはちゃんと毎日学校へ行っている。『一美』として普通に過ごしている。『あたし』を抵抗なく演じていて、女の身体にも影響を受けてなくて、こんなことをされても平然としていて。
あたしは男になったことにこんなに悩んでいるのに。
募る苛立ちが、さらに行動を進めさせる。
「触るわよ」
「え……う、うん」
不意を突かれたような声。でも了承と受け取っていいはず。
あたしは一夫ちゃんのおっぱいに触った。あたしのものだった時より大きくなったおっぱいは、その分柔らかくなっていた。
「あ……!」
困惑したような顔は、まだ乱れない。
あたしは、彼女の顔に顔を近づけると、キスをした。
「……!」
目の前で、彼女の大きな瞳が見開かれる。
ショックを受けた女の子の顔をしていた。
嫌がっている、とわかった次の瞬間、突き飛ばされていた。
今まであたしに向けたことのない目であたしを見ると、一夫ちゃんは逃げるように家から出て行った。
あたしが男に染まりつつあるように、一夫ちゃんも女に染まりつつあった。だからこそ、限界があって、それを超えてしまったら拒絶された。
考えればわかるはずのことをわざわざやって、嫌がられて、逃げられた。
もう、一夫ちゃんがあたしをこれまでのように受け入れてくれるかわからない。これで一生相手にされないくらい嫌われてしまったのかもしれない。
とんでもないことをしてしまったと、今になって後悔する。
バカな男子になってしまったから、こうして実際に痛い目を見ないとわからなかったんだろうか。
違う。性別や身体に関係なく、これはあたしが、あたしの心が犯してしまった過ちだった。
「あたし、最低だ……」
(後略)
† † †