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「「ちょっと持ち上げさせてもらいますね」」
そう言った宮下は、俺から見て9メートルにも及ぶ巨体をこちらがわに折り曲げ、両手をこちらに向かって差し出してきた。伸びてくる手は、普通の人間の手のサイズを遥かに凌駕していて。
「やっ……」
本能的に、手を前に出して顔を背けてしまった。
「「あっ、ごめんなさい…ちょっと怖いですか?」」
自分の顔がみるみる火照っていくのを感じる。後輩に手を近づけられただけで、子どもみたいに声を出して反応してしまった。接近する手は間違いなく、小柄な宮下のあの小さな手のはずだった。しかし、俺の上半身を軽々と覆ってしまえるほど大きなその手は、宮下がちょっと本気を出せば簡単に俺の身体を捻り上げ、圧倒的に拘束してしまえるほどのたくましさに見えたのだ。
なにせ、指一本だけでこちらの腕一本に匹敵する大きさ。それが両手合わせて10本も用意された巨大な手のひらが近づけられるのだから、生物的な回避本能が働いてしまうのも無理はない…と、自分に言い聞かせる。
「「そっと持ち上げるだけなので、我慢してくださいね」」
優しい口調で後輩になだめられ、余計に情けなく恥ずかしい。まるで子どもをあやすかのような抑揚と表情でこちらに語り掛けた宮下は、そのままおっきな手のひらを、俺の腋の下にそっと差し込んだ。
(あ……おおきい……あったかい……)
腋の下に差し込んだと言っても、もはや俺の上半身全てが宮下の手のひらに包まれているような体格差。宮下の手のひらの体温がじわあっ…と伝わり、あの可愛らしい後輩の体温に浸っているという事実に少なからずドキドキする。しかしそれと同時に、この巨大な質量を持った手のひらが宮下の意のままに動かせるという事実が、少しだけ恐ろしくて。絶対に無いと分かっていても、この手が思い切り握りしめられたら、自分の身体はどうなってしまうのだろう、と。
それを考えずにいることは、不可能なことのように思われた。
「「よっ……と」」
「ひあっ……!!」
突然離れる床と、一瞬フワッと無重力状態にさせられ、今度はもっと大きな声を出してしまう。がっしり強靭な力で俺の身体を持ち上げた宮下の手と腕は、先輩男子一人分を持ち上げているはずなのに、まるでびくともしない。
「「うん、ちゃんと縮んでますね。…先輩、とっても軽くなりましたね」」
先輩を"たかいたかい"しながら、強制的に自分の顔の目の前まで持ってきて喋りかける宮下。上半身を完全に固定された俺は、自分の身長ほどもある宮下の顔の前で、ぶらりぶらりと無抵抗で垂れ下がることしかできない。
…それよりも。
「「1/5まで小さくなると、結構景色が変わってくるんじゃないですか?」」
(ちかいっ、ちかいっ…!!)
2メートルほど近くまで接近する、宮下の巨大な顔。こんなにも大きな人の顔を見るのは、当たり前だが始めてだ。1/2のときは、まだそれを人の身体の一部として認識できていた。しかし今は、目の前で見せつけられる可憐な表情が身体の一部でしかない頭部であるということが信じられない。なにせ、自分とのサイズ感がほとんど同じなのだから。
それは、宮下の顔に自分が"負ける"可能性がある、という超常的な不安感を俺の精神に与えていた。
もしこのまま、宮下に顔を近づけられて。俺の身体の幅くらいある唇が接近してきたら。俺は逃げられない。何を強引にされたって、宮下の顔の動きだけで俺は動けなくなってしまうだろう。
「「私の大きさは、どう見えてます?」」
「…え、えっと……」
真正面から質問されて、うろたえる。
…こんな距離感で女の子の顔を見るなんて、恋人同士でないと普通ありえない。キスをするときくらいしか、異性同士がこんなにも接近することはそうそうない。でも今、宮下は何の迷いも無く俺の身体に顔を近づけて喋っている。喋る度に唇の形が柔らかく変わり、その奥でゆらめく舌や歯が見え隠れし。手入れの行き届いている綺麗な肌からは、宮下本人が発するふわっと甘い香りが発せられる。そんな女性特有の部位の綺麗さや香りを無意識にぶつけられ、気が気ではなかった。
でも、そんな感情を赤裸々に言えるわけもなく。
「ここまで大きさが違うと、少しは怖さがあるかも…しれない」
「「ほんとですか?どういう風に怖いですか?」」
「そ、それは……」
怖い、と言えば、宮下の大きな身体の一部一部が全て怖い。この高さだって怖い。後輩に"たかいたかい"されているだけなのに、軽く3階建てくらいの高度まで連れてこられているのだ。しかも俺の身体は宮下の手のひらだけに支えられており、足は空中に投げ出されている状態。宮下が気まぐれで手を放すだけで、ひょっとしたら骨でも折れるんじゃないかという高度から放り出されることになるのだ。
でも、その一方で。小柄なはずの宮下の大きな身体の迫力や支配感に、異性として精神を惑わされていることも事実だった。こんなの、男だったら仕方ないはずだ。普段よりも宮下のパーソナルスペースにより近い所まで接近し、明らかに俺よりも強い身体の部位を見せつけられる度、それが自分を襲ってくる想像をしてしまい、勝手に心の中でドキドキしてしまう。
怖いだけなら、逃げ出したくなる。ドキドキするだけなら、それはただの興奮か恋心。
でも、その両方なのだ。怖いのに、ドキドキして、心の全てを乱暴に鷲掴みされているような感覚。何もかも、支配され始めているような感覚。あまりにも、目の前に立つ宮下の存在感が大きすぎる。
「た、高いのが怖い…かも……」
本当はそれだけではないのだが。つい、微妙に嘘をついてしまう。
「「あ、やっぱり怖いんですね。その小ささだと、健常者の身長の高さだけで怖くなってしまうんですね」」
なるほど、と知見を得たように頷く宮下の言葉は、無意識に俺のプライドをやや傷つける。
「「じゃあ一旦降ろしますね」」
宮下のタイミングで、俺は上空での束縛から解放される。宮下がしゃがみ込むことでみるみる高度が下がり、俺の身体をがっしりと掴んでいた手のひらは、俺を優しくカーペットの上に着地させる。足に感じる地面の感覚がやけに安心し、俺は内心ほっと胸を撫でおろした。
「「では、今日も質問しますが…」」
そう言いながら、宮下は再び立ち上がる。しゃがんだ体勢でも俺の身長の2倍ほど大きかった宮下の身体が、ぐんと上空まで伸びあがっていく。その異常な身長差を見せつけるかのように、俺と宮下の住む世界は違うと言わんばかりに、圧倒的な立ち姿を目の前で見せつけられる。唐突に伸ばされた太ももの肉が少しだけぷるん、と揺れ、グレーのスカートの裾がふりふりとゆらめく。やはりきわどいアングルながらも、ぎりぎり下着が見えない位置。本人が分かっているのかいないのか、その位置取りは絶妙なものだった。
しかし見えないとは言っても、あまりに気まずいアングルで。俺は赤面して、顔を俯いて視線を逸らすしかない。逸らすことを強要される。
「「今着ている服を、全部脱いでください」」
そして、いつも通り繰り返される指示。上空に位置する宮下の顔から発せられたその声は、この距離なのに大音量で容易に響いてくる。今までは人間と人間が相対した状態で指示を出されていた感覚だったが、今はもう、天から声が響いてくるみたいだった。一人の人間から指示されている気がしない。
…そんな感覚の違いはあったが、それでも、今目の前にいるのは後輩の宮下でしかない。特別、指示を受けざるをえないとか、そんな精神状態にはなっていない。そう、自分で思う。
「いや、今日も…」
ずむっ……!!
「ひぃっ……!!」
何気なく、宮下が足をカーペットに踏み直しただけだった。ただ、それだけ。なのに、あまりに過剰反応してしまった。"指示"されている最中という、ややピリッとした空気の中、宮下の一挙手一投足を気にしすぎている自分がいた。ただ単に、後輩がそっと足を踏み直しただけなのに。
でも、これが縮むということなのかもしれなかった。サイズが違うだけで、力の差があるだけで、たとえ健常者にはそのつもりが無くとも、縮小者には脅迫に感じてしまうこともあるだろう。…そんな一つの知見を、被験者である俺はひしひしと感じ始めていた。
「今日も……従わない、よ」
自分の断り方が、日に日に歯切れ悪くなっているのを自覚していた。
「「…分かりました。それでは、今日の面会はここまでですね」」
宮下は一瞬にしてふわっとした笑顔に戻り、腕にはめていた時計を見ながら言う。
「「今日の食事と、1/5縮小者用の簡易ベッドと簡易トイレをそこに置いておきましたので、使ってくださいね」」
宮下が見下ろした先の床には、やや大きめのハンカチの上に、量の少ない食事と小さなベッド。そして、犬や猫が使うような砂のトイレが置かれていた。
支給される必需品をもって、人間性を否定されているような心地がした。
ドンッ…!!ドンッ…!!
「うっ……!!」
巨大な脚がダイナミックに動き、太ももを揺らしながら出口に向かって歩行する宮下。女の子の強い香りを残しながら、圧倒的な振動を俺に与え続ける。
ガチャッ……
ズンッ……ズンッ……
そして、宮下が出口の扉を閉めて出ていった後も。しばらくは、腹の底まで響く重い振動は部屋の中に伝わり続けていた。
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1/5になってからの5日間は、自分が正常な身長だった頃の記憶を塗りつぶすのに十分だった。巨大な研究室のカーペットの上でしか生活できない毎日。元々部屋にあった椅子も机もベッドも、トイレもシャワーも使えず。簡易的に用意されたベッドやトイレで生活する日々は、自分がひどく矮小な立場になったことを実感させられた。
そして、毎日のように重低音を響かせながらやってくる、巨大で可憐な後輩。
「「こんにちは~。先輩、元気ですか?」」
普段と全く変わらない態度で俺に接してくる宮下と、その5倍に膨れ上がった巨体とのギャップはあまりに強烈で。俺は次第に、自分より背が低かった宮下の姿を忘れ、巨大な建造物のような宮下の姿が本来の物であると、何となく頭に刻み込まれ始めていた。
「「ベッドやトイレの使い心地はどうですか~?」」
ズンッ……!!
にっこり笑って、黒いタイツとスカートに包まれた脚を躊躇なく折りたたみながら、こちらにしゃがみ込む宮下。しゃがみながら腕を膝に置き、まるで子どもやペットに話しかけるかのように、慈愛的な笑みを浮かべる。
「う、うん…。使いやすい、よ」
そんな目線を向けられると、以前のような先輩としての態度をだんだん取りづらくなってくるのだ。いや、というよりも、こんな体格で先輩のような態度を取るのが、自分で恥ずかしくなってくるのだ。自分よりも明らかに強くて、生物として上位である巨大な後輩に対して、自分が出来ることなんて何もない。…そんな理由で、俺は歯切れ悪く宮下に返答することしかできなかった。
「「なら良かったです!縮小者用のベッドは結構高かったんですよ~。経費で買ったんですけどね」」
そんな俺の微妙な感情に気づくことも無く、従来通り後輩として真正面から接してくる宮下。そんな態度が、俺の心を逆に苦しめるのだ。俺は、こんな巨大な女の子に敬語を使われるような存在ではない、と。本当にそう思っているわけではないのだが、違和感を覚える関係性に歪んでいることは確かだった。
それでも、しゃがみ込む宮下と世間話をすること、10分。
「「それにしても、この研究室暑いですね…。暖房、効きすぎてないですか?」」
「いや、俺は大丈夫だけど…」
強烈な体格差は、お互いが感じる空調の適正温度に乖離を生んでいて。筋肉量が圧倒的に多いと思われる宮下にとって、俺に合わせた空調はいささか暑すぎるようだった。
「「…ちょっと、タイツだけ脱ぎますね」」
「え……」
ズッ……!!
やおら立ち上がった宮下は、何のためらいも無く、スカートの裾ギリギリに位置していたタイツの端を指で摘まむ。
そして、
するするするっ……
むちっ…♡♡
(ちょ……え……)
突如披露される脱衣に、俺は激しく動揺する。黒いタイツに包まれていたむちむちの脚が、宮下の手によって一気に開放され、ぷるんっ…♡♡とその柔らかな肉をバウンドさせる。そのままタイツは降ろされ、大きくて固そうな膝小僧や、筋肉がぴちっ…♡と張り出した健康的なふくらはぎまでもが露わになっていく。
一瞬にして目の前の景色が肌色一色に塗り替えられる。刺激の強すぎる光景に俺は目を白黒させ、慌ててうつむくしかない。
するっ……
ズンッ!!ズンッ!!
宮下は俺の存在おかまいなしに、脚からタイツを丁寧に抜き取り、解放された素足をカーペットに激しく着地させる。
むわあっ……♡♡
暑い部屋の中でタイツに密着し、程よく蒸された脚がむき出しになったのだ。熟成されていたアロマがぶわぁっ…♡♡と広がり、後輩の脚の汗の酸っぱくも甘い匂いが熱波のように襲ってくる。自分の濃い匂いを先輩に嗅がせてしまっているなんて、宮下は思ってもいないだろう。だって、宮下はただ、タイツを脱いだだけなのだから。
(あ……あ………)
後輩の無意識なストリップショーに、強引に興奮させられる一面もあった。しかし、俺の精神上に現れたもう一つの感情は、今までの関係性からは考えられないものだった。
むき出しになった、宮下の脚の素肌が、怖いのだ。
むちぃっ…♡♡と張り出した太ももやふくらはぎの質感はあまりに生々しくて、その脚の中に内包されている筋肉や脂肪の力強さを物語っているようで。タイツに隠されていたときは脚のシルエットしか認知できなかったのに、それが取り払われることで、5倍サイズの後輩の強靭な脚の生々しさを見せつけられ、それが…なにか、生物としてのスケールの違いをまざまざと見せつけられたように感じてしまったのだ。
少しのしぐさで揺れる太もも、対してびくともしないふくらはぎ。2階建てほどのおっきなタワーである2本の脚が、一人の女の子の意思によって自由に制御されているという事実が、あまりに恐ろしかった。俺は、この後輩の脚に、いつでもどうとでもされてしまうのだ、と。
「「あ、ごめんなさい…気を遣わせてしまって」」
俯きながら小さく震えていた俺に、上空からはにかんで話しかける宮下。その口ぶりからは、自分の脱衣がまさか先輩を怖がらせているだなんて思ってもいないことが伺える。無防備にさらけ出された生脚と、ふわりと揺れるスカートが、小さい先輩なんて何も気にならないよ、と暗に言っているような気がした。
俺と言う存在がどこか、ないがしろにされていくような感覚。
「「せっかくだし研究室の中、掃除しといてあげますね~」」
そのまま生脚を闊歩させながら、ズンッ!!ズンッ!!と歩き回って研究室の掃除を始める後輩。俺はそんな宮下の下半身に見下ろされながら、掃除を手伝うこともできず、ただ立っていることしかできなかった。
…一日一時間しかない巨大な宮下の来訪は、宮下がいない時間帯も含め、俺の精神状態に大きな影響をもたらしていた。
基本的に研究室の中での生活はひどく退屈で、娯楽的な要素は何一つとしてない。当然自分のスマホは使えないし、テレビが置いてあるわけでもない。…置いてあってもリモコンを操作できないのだが。
そんな退屈な生活を打ち破るかのように、午後になると宮下が起こす地響きが近づいてきて、静まり返っていた研究室に華々しくも巨大な女の子が「「こんにちは~♪」」と笑顔で入ってくるのだ。…時が止まっていたかのような空間に、巨大な女の子が、可愛らしい声と、フローラルな匂いと、なにより目を奪われてしまう圧倒的な身体の存在感、そびえ立つ2本の脚が、強引に入り込んでくる。
そんな刺激の強い後輩の来訪が終わった後は、ただただ静かな研究室の空間が残るだけ。…そうなってしまうともう、俺の心の中には宮下の姿の残像しか残らない。目に焼き付いたえっちな生脚の揺れ、未だカーペットに残る宮下の足裏の匂い、耳に残る大音量の発声。何の刺激も無い空間の中で、宮下が残したものだけが悶々と俺の中で渦巻き、早く明日の午後にならないかなという待望的な気持ちが湧き上がってくる。しかしそれと共に、宮下に会うことへの少しばかりの恐怖も入り混じっており。自分の心の状態の変化を認識してしまっている今、後輩と会って会話をすることがどこか不安で。明日も同じ関係性でいられるだろうか、という懸念が常に頭の中にあった。
どちらにしても、頭の中は後輩のことでいっぱいいっぱい。身体の縮小という現象は、僅か1週間足らずで、健常者から受ける被支配感を増幅させていく。
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「………」
昨日宮下からまとめて受け取った食事のうちの一食を目の前にして、俺は躊躇していた。
今日は実験が始まってから10日目。身体を1/20に縮小させる日だ。今から食べる昼食の後に、小さな錠剤をまた飲まなければいけない。
「………」
既に、動悸が早くなりはじめていた。今の大きさからさらに1/4も縮むなんて、想像がつかない。現時点でも、宮下は3階建てくらいの建物に匹敵する高さに見えているのに。それが4倍の高さになったとしたら…。それはもう、巨大な生物としてすら見えないかもしれない。巨大な建造物、マンション、…少なくとも、まともにコミュニケーションが取れるビジョンが見えない。いや、それどころか、そんな大きさの人間と同じ空間にいることの危険性を、どうしても危惧してしまう。
もちろん、宮下は実験者として安全をしっかり考慮しているだろうし、心配することなんて何もないのだが。それでも、本能的に不安になってしまう。
しかし、ここで引き下がる選択肢はない。ここまできて実験を中止して謝礼を貰えないなんて、この10日間が完全に無駄になってしまう。
「……よし」
昼食後、俺は意を決して、1/5サイズの縮小者用の小さな錠剤を、一気に飲み込んだのだった。
一瞬気を失ってから、そして、覚醒。
さらに拡大した研究室内の光景は、異常なまでの不安を俺の精神に及ぼした。
8.5cmサイズの身体から見る景色は、今までの視点よりもずっとずっと低い。まず、カーペットの毛束に足首まで浸かってしまっている。そもそも普通サイズの人間、宮下にとってはこんな毛束など認識すらしていないだろう。巨大な足裏で毛束ごと踏みつぶして終わりだ。でも今の俺にとって、この毛量は無視できない。気を付けて歩かないと、足を取られて転んでしまいそうだった。
そして、研究室そのものの広さはもう、まともに認識することが出来なくなっていた。運動場くらいの広さだった所から、さらに16倍に膨れ上がっている。こんな広さの空間は、現実世界にほとんど存在しないと言って良いのではないか。ましてや、室内に関しては。部屋の端っこまでどれくらい移動すれば到着するのか想像もできず、このだだっ広い空間に幽閉されてしまったような気がしてくる。自分がどうすればここから脱出できるのか、イメージできないのだ。
そんな異常な広さの部屋の中に、巨大建造物と化した椅子や机、ベッドたち。1/5の大きさだった時に比べ、今では椅子やベッドの最下層にある部位ですら、自分の身長よりも上の高さにある。椅子の一番下の骨組みだったり、ベッドの裏側だったり。普通の人間からは見えないような位置にあるものすら、今の俺よりも大きくて高い位置にある。大きすぎて使えないとか、そんな次元を通り越しているのだ。都会に立ち並ぶビルを見上げるような、そんな心持ちで家具たちを見上げるしかなかった。
自分の矮小さをみるみる自覚し、不安が募る。…この空間に宮下が来たら、いったいどうなってしまうのだろう?そもそも、こんな小ささの自分にすぐ気づいてもらえるのだろうか?気づかれずに、大きな足で踏みつぶされたりしないだろうか?近づかれても、危険じゃないだろうか?
そんな感情に振り回されながら、ぐるぐると頭の中で考え続け。
………
……
ドスンッ…!!ドスンッ…!!
「っっ!!???」
今までよりも増した強烈な地響きが、俺の小さな身体を思い切り突き上げ始めた。
ドスンッ…!!ドスンッ…!!
「あっ……ひっ……」
今までの比じゃない。地面が揺れるたびに俺はバランスを崩し、とてもじゃないが立っていられなかった。カーペットの上に手をついてへたり込むが、そこに追撃のように突き上げる地面の揺れが、俺の身体を一瞬空中に浮かせ、すぐに落とされる。
漠然とした不安が、確信した恐怖に切り替わる。
(やばい、やばい……)
こんなの、危険すぎる。ただ歩いているだけで、こんな…。
ガチャンッ!!!
「「こんにちは~♪」」
ドスンッ!!!ドスンッ!!!
研究室に響き渡る爆音と、カーペットの上に踏みしめられる重機のような足。人間が起こしたものとは思えないそれらが、遥か向こうの方から圧倒的に響いてくる。ものすごく遠いはずなのに、部屋に入ってきた宮下の姿があまりにもはっきりと大きく見える。遠近感が狂ったような光景に頭が追い付かず、今自分がどういう状況に置かれているか一瞬分からなくなる。
ドスンッ!!!ドスンッ!!!
そんな果てしなく巨大な宮下の身体が、一歩一歩地面を大きく揺らし、こちらに近づいてくるのだ。もう、完全に怪獣映画の世界だった。マンションほどの大きさの人間が、当然のように巨大な脚を縦横無尽に動かし、もの凄いスピードでこちらに移動してくる。小さな人間は、その圧倒的な歩行から逃げることができない。地響きの激しさでカーペットに固定され、一瞬たりとも逃げる隙を与えない。
ドスンッ!!!ドスンッ!!!
ただでさえ大きかった宮下の姿が、どんどん、どんどん近づいてくる。
ドスンッ!!!ドスンッ!!!
全身見えていた宮下の姿が、顔が見えづらくなり、上半身が見えづらくなり、肌色の脚が視界を埋め尽くし、それでもさらに持ち上げられた足の裏が見えて。
本気で、踏みつぶされると感じた。
「いやあああっっっ!!!???」
ドンッ……!!!!!
頭を抱え、身体を丸めて、絶叫した。と同時に、強烈な爆裂音が近くで鳴り響き、ものすごい音圧と風圧がこちらを襲ってくる。身体がギリギリ煽られないながらも、強風で髪がばさばさとなびき、耳の奥はツーンとして一瞬音がはっきり聞こえなくなる。
その天変地異を起こしたのが、宮下がカーペットに踏み下ろした靴下付きの足でしかないことに、すぐには気づかなかった。
「「あっ、ごめんなさい…そんなに怖かったですか?」」
戸惑っているような、若干引いているような、そんな声が上空から響いてくる。空間全体に響くようなその声は、あまりに人間のそれとは思えない。まるで天から降り注いでくるようで、しかしその声質は明らかによく知った後輩のものなのだ。
宮下の発声に対し、何か返答を返すという発想が浮かばなかった。
「「ちょっと近づいただけなのに…。…へえ……。」」
何か興味深いことを見つけたような口調が鳴り響く。俺が異常なほど怖がっている様子は見えているのに、二言目には心配する言葉は消えていた。いや、俺が小さすぎて、怖がっている程度があまり見えていないのか。
「…う……」
踏みつぶされると思った巨大な靴下おみ足は、よく見れば10メートルほど離れた場所に置かれていた。その足は2トントラックのような大きさで、軽々と俺の身体の大きさを凌駕している。潰されるという恐怖は何ら想像上のものではなく、こんなにも巨大な足で普通に踏み出されただけで、俺の身体は簡単に砕けてしまうだろう。
…10メートル離れているとはいえ。恐る恐る上空を見上げれば、強烈なローアングルで宮下の下半身だけが見えている。ほとんど、宮下の足元すぐ近くに俺がいるような状態なのだ。宮下がほんの少し、気まぐれで足を動かすだけで、その影の下に簡単に俺をしまうことができる。
宮下の下半身は、足首までを包む巨大な紺色の靴下と、その上はずっと肌色の生脚が惜しげもなくそびえ立っており。その先に、デニム生地のショートパンツが、想像もできない程巨大そうな宮下の股とお尻をぴっちりと包んでいる。そびえ立つ2本の脚は、街のシンボルになり得る巨大なタワーのようで。1/5のサイズだった頃は、披露された太ももと相対し、女性的なものとしてドキドキさせられた。今はもう、自分とは別格の存在をただただ見せつけられているようで、ドキドキする感情よりも先に畏怖の念を抱いてしまう。女神様の脚とも思えてしまうようなスケール感。絶対に手が届かないと分かっている状況では、違う意味で鼓動が早くなってしまう。
ドキドキしている場合じゃない。巨人の脚元に置かれた状況は、拳銃を突き付けられているのと同義なのだから。
もし目の前に立つこの巨人が、宮下ではない知らない人間だったら、俺は既に発狂していたかもしれない。
「「会話したいので、持ち上げますね」」
ズズズッ……!!!!
「っっっ!!??ぎゃああっっ!!??」
突然目の前の高層ビルが音を立てて、倒壊してきた。しっかり見えてもいなかった上半身がこちら側に倒され、そのままものすごい勢いで落下してくる。1/5サイズのときにも見たはずの光景は、あまりにその時とスケール感が違いすぎた。しゃがみ込む巨人が起こす風圧で1メートルほどカーペットの上を転がり、止まる。一気に周囲が大きな影で包み込まれ、巨人のテリトリーに軽々と包囲されたことを思い知る。
何とか上を見上げれば、しゃがんでいるにも関わらず遥か上空に宮下の巨大な顔が見えていた。しゃがんだ状態の巨人の身体は、ビルのように大きいにも関わらず、たった2本の脚で支えられていて。前傾する上半身は今にもこちら側に倒れてきそうで、しかししっかりと支えられているというギャップ。
宮下の部位の一つ一つが、しゃがんだことでこちら側に近くなる。それが、余計に怖かった。
「「……ん」」
ずいっ……!!!
「っっ……」ビクビクっ!!!
また叫ばされるのが嫌で、何となく次にされることも分かっていて、必死で声を抑えていたのに。宮下が大きな大きな手のひらをこちらに差し出した瞬間、意識せずとも全身がビクビクと震えてしまう。…これは本能的な反応なのだ。自分にはどうしようもないことは理解していた。容易に自分を叩き潰せる手のひらが、一人の人間の意思だけで軽々と近づけられては、恐怖を感じざるを得ない。
「「乗って下さい」」
横付けされた手のひらの大きさに、声も出なかった。ワンルームほどの大きさもある手のひらは、俺一人が乗ってしまうのに十分すぎる広さだった。1/5サイズだったときは、宮下の両手で持ち上げられていたのに。今や片方の手のひらだけで、持ち上げる必要すらなく、差し出された手のひらに乗せればいいだけ。
この手のひらに、乗っても大丈夫なのか。既にむわっとした熱と匂いを放出するその手は、外見だけ見れば肌が綺麗で柔らかそうな、可愛い後輩女子のそれでしかない。しかし、指一本ですら俺の胴周りに匹敵する太さを持つこんなスケール感では、玩具のように手のひらに乗せられることは危険でしかない。
(大丈夫、絶対に大丈夫……宮下の手、だから……)
これは、良く知っている後輩の手。宮下が俺に危害を加えるわけがない。そんなことをしても何の意味もないのだから。大丈夫。危険なことなんてない…。
必死に言い聞かせ、震える身体を抑えながら、俺はカーペットに置かれた手のひらの側面に手をかける。ふにぃっ…と沈み込む肌は柔らかくも強靭な固さで、俺の全体重を乗せた所でびくともしない。そのまま体重をかけて上に上がれば、ふにっ、ふにっ、と沈み込む肌が柔らかくてあったかく、この途方もない大きさの手のひらが生きた人間の手であることを実感する。
「「じゃあ、立ちますね~」」
ズズズッ…!!!
「やっ…まってっ……っっ!!!??」
襲い来る強烈な重力に対し、俺は手のひらの表面に這いつくばることしかできなかった。一人の人間が立ち上がっただけで発生する重力変化が、これだなんて。内臓にかかる重力変化が激しすぎて、俺は後輩の手に身体をへばりつかせながら目を回してしまう。移り変わる周囲の景色を認識する余裕も無く、気づけば俺は、重力から解放されていた。
「ぐぅ……う……」
ヘロヘロになりながら、へたり込んだ状態から何とか立ち上がろうとした。しかしその瞬間に、手のひらから下の方の景色が一瞬見えてしまった。
「っっ……!!??」
息を呑んで、後ずさる。再び手のひらの肌にへたり込んだ俺は、這いつくばって中央の方まで移動しようとする。…一瞬見えた景色は、ビルの屋上から地面を覗き込んだような異常な高さだった。一発で命を落としかねない高さで、命綱も無く、柵すら整備されていない手のひらの上にいるという恐怖。
中央の方まで這って移動した俺は、ようやくそこで、目の前に広がる巨人の大きな大きな顔を、視認した。
「「あははっ♪」」
「ひ………あ……」
身体が硬直する。自分の身長の3倍ほどもある人の顔が、そびえ立っていた。それは間違いなく宮下の顔で、瞳も、鼻も、唇も、一般的に見て可愛いと言われる部類であろう宮下のものに間違いなかった。そんな宮下の顔が、まるで手のひらの上の虫を覗き込むかのような視線と表情で、こちらを見つめているのだ。いや、瞳が大きすぎて、見つめられているかすら分からない。何か、とてつもなく大きな意識をぶつけられているような、心臓がキュッと締め付けられるような、そんな感覚。巨人に目を付けられた小人は、手のひらの上でどうすることもできない。ただただ、自分の頭部よりも大きな瞳が、抱きつくことも難しそうな鼻が、…そして自分の身体を容易にその中に閉じ込めてしまえそうな唇が、ただただ、怖い。
むわあっ……♡♡
無意識に唇の端から漏れた吐息が、手のひらの上の俺の全身にふりかかる。濃厚な匂いと強烈な湿度を持った空気が、ねばっこく纏わりついてくる。宮下の口内の匂いやリップクリームの爽やかな香りが、胸の奥まで入り込んできて。…こんな匂いを嗅がされるのは、同じサイズの人間であればちょっと嬉しいのかもしれない。まして、綺麗な顔立ちの宮下のものであれば。…でも。巨大な顔の前で釘付けにされた俺からすれば、この匂いの発生源である巨大な口元が気になって仕方がない。まるで捕食される前に吐息を浴びせかけられているかのような、そんな被害妄想が心の中を渦巻くのだ。宮下が、そんなことをするわけがないのに。
「「こんなに小さくなった人を始めてみたんですけど…ちょっと可愛いですね」」
ビリビリッ…!!
宮下にとっては普通の音量でも、唇の真ん前でそれを浴びせられる俺からすれば、耳を破壊するほどの轟音。空気が震えるのが分かり、鼓膜がビリビリと揺れている。声が大きすぎることで、逆に内容が聞き取りづらい。まだ何とか聞き取れるレベルだが、音量に対する恐怖ですぐにはその意味を噛み砕けない。
「「昔遊んでいた、お人形さん遊びの玩具みたいですね~」」
ビリビリッ!!!
「いやっ……うぅっ……!!」
ものすごい音量で喋りかけられることが、ここまで怖いとは思わなかった。何をされているわけでもないのに、それだけで怖いのだ。開かれた唇が、どれだけの音量を浴びせてくるかも分からない。いつ喋り始めるかも分からない。突然唇が開かれ、可愛らしくも可愛くない音量の爆音が鳴り響き、全身を本能的に震えさせる。何も気にせずに話しかけてくる宮下に対して、途中から声を出されることが怖くて仕方なく、それでも巨人は気づかずに小人を無意識に怯えさせ続ける。
そんな中、一瞬間を置き。
「「では、」」
再び、にちっ…♡と音を立てて唇が開かれ。
「「服、脱いでもらえますか?」」
神様の命令が、小人に下されるのだった。
「え……あ………」
爆音で指示された内容は、今までと同じものでしかないのに。それなのに、同じ内容とは思えない。
実験として指示されているだけなのに、自分の意思で断ってもいいはずなのに、圧倒的な力で"命令"されているようにしか思えない。
「「早く、脱いでください」」
脅迫されているわけでもなく、強い口調でもなく、淡々と指示されているだけ。しかしその音量は、それだけで俺の身体をビクビクと震えさせる。
従わなかったら、どうなってしまうのだろう。手のひらに乗せられたこんな状態で、あまりにも大きな顔を近づけられたこの状態で、この巨人に逆らってしまったら。そもそも、生死を掌握されているような状況で、圧倒的に上位の存在の命令に対して逆らうという選択肢があるのだろうか。
精神が崩れ、目の前の巨人が誰なのかという記憶が曖昧になり、ただ爆音で巨人に命令されているという恐怖だけが感情を支配し始めて。
「「あ……」」
俺は、服を脱ぎ始めていた。
「「…すごい……20分の1でこうなるんだ……」」
宮下が感嘆する声など耳に入らず、俺はひたすら震えながら、着ていた服を脱ぎ始める。急かされてもいないのに、早く脱がないと、と焦りながらセーターを脱ぎ、Tシャツを脱ぎ、ベルトを外し、ジーンズを脱ぎ捨てる。
一瞬でパンツだけの姿になった俺は、いまだに震える身体を抑えながら、巨人に許してもらおうと手のひらの上で立っていた。
「「へえ……」」
そんな俺の姿に対し、
「「パンツも、脱いでもらえますか?」」
巨人はさらに命令する。
「え……いや……」
さすがに、自分の心にストッパーがかかる。これまで脱いでしまうということは、別の意味を持ってしまう。裸を見られてしまったら、今までの関係性すら崩れてしまうような気がする。いや、でも、もし逆らったら、そんな、怖いこと……。
「「………」」
うろたえ、恐怖し、しかしギリギリのところで迷いを見せている小人を、じっと観察する巨人の瞳。小人の精神状態を見極めるかのように、すっと細められた瞳の視線が小さな身体を射抜く。
「「ふふっ…」」
にちっ…♡
宮下の巨大な唇の端が愉快そうに上がり、音を立てて開かれる。
そして。
「「脱げ♡」」
「ひっ………あっ………」
突然、強い口調で下された命令は。
小人の心を折るのに十分だった。
---続く---