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俺の人生において重要なのは、自分が価値の高い仕事をこなせているという優越感だった。
裕福な家庭に生まれ、良い大学に入って、そのまま大手商社に就職した。商社マンとしてのキャリアは過酷で、負荷の高い仕事に音を上げそうになったことも何度かあった。しかしレッドカーペットが引かれた道を自ら外れる選択はできなかった。自分のプライドが許さなかったからだ。高い給料をもらい、国の中心で働き続けること、それがなにより自分の心に充実感を与えてくれた。
昇進はトントン拍子だった。同期の中でもかなり高水準な仕事成績を出していた俺は、早い年齢から人の管理も任されるようになった。
…入社してから、今年で10年。30歳を超えた俺は、独身のままバリバリ働き続けていた。一人で都内の高級マンションを借りて、悠々自適に暮らしていた。
「佐藤くん、この書類出しといてくれた?」
「あ、すみません…この部分だけチェックしていただきたくて」
「ちょっと待って。今電話が来たから…もしもし、〇△商社の戸崎です…」
部下の書類のチェックに、ひっきりなしにかかり続ける電話の対応。こんなことを日々行っていたら、結婚して子どもを作っている暇もない。…もちろん、相手がいないわけではなかった。大手商社の高給取りというハイスペックを引っ提げて、今まで色々な女と付き合ってきた。結婚寸前まで関係が進んだこともある。…しかしいつもブレーキになるのは、結局自分の能力と釣り合う女ではない、と感じてしまうからだった。
自分でも、膨れ上がったプライドには気づいていた。しかしどうしても、付き合った女を自分と対等な人間として見ることができなかった。自分よりも力も能力も低いのに、一生のパートナーとして心を許せる気がしなかった。自分より優秀な女なんてそうそういないだろうし。力が強い女がいたらちょっと興味あるかもしれないが…いや、ダメだ。頭が空っぽでは腹が立つだけだろう。
「戸崎さん、今日の会議出られそうですか?」
「うーん、今日は難しいかな。昨日認識合わせた資料、お客さんに説明しといてくれる?」
「分かりました。………戸崎さん、大丈夫ですか?顔色悪いですが」
「ん?…ああ、いや……」
最近チームに入ってきた女の子の部下と話していたとき。軽くめまいがして、廊下の壁に手をついて自分の身体を支えた。慢性的に寝不足なので、こういうことはよくある。後で栄養ドリンクでも買ってくるか…。
「…きゃっ……と、戸崎さん……」
「……?………え……なんだ……?」
軽いめまいだったのが、急激に巨大な渦となる。視界がぐるぐると回り、部下の姿が良く見えなくなっていた。思ったよりも症状がひどい気がする。今日はもう早退するか、それとも…。
「…これって…もしかして…」
部下の声が遠く聞こえるような、逆に大きく聞こえるような。俺より身長が低いはずの部下の姿が、おぼろげながら見上げる形になっている。立っていたつもりだったのに、俺は知らない間に倒れてしまったのか…?
そのまま。俺はゆっくりと意識を失っていった。
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「縮小病ですね。ご存じかと思いますが、この病気には特効薬はありません。進行を遅らせるための治療を続けていく必要があります」
病院のベッドで医者の話を聞いていた俺は、頭が真っ白になっていた。
縮小病。未だ原因が分かっていない病気の一つ。人間の身体全体が、病気の進行と共に縮小していくのだ。身体が縮むだけで、健康といえば健康。しかしこの社会において縮小するというのは、思っているよりも残酷なことだった。
「85cm…1/2くらいか……」
医者に渡された診断表に書かれた自分の身長を見て、歯を噛みしめる。…身長が半分になったくらいなら、日常生活にそこまで大きな支障はない。自分一人で生きていける範疇だし、仕事も問題なくこなせるだろう。
でも。
俺は、縮小病になった患者の症状の進行が止まった例を、知らなかった。
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「…………」
俺は、何をしているのだろうか。
縮小病を始めて診断されてから、半年が経った。
「……くそ………」
自分の身長よりも大きな診断表が、目の前に絨毯のように広がっている。そこに書かれていたのは、「15cm」というあまりに残酷な数字だった。
わずか半年で縮小がどんどん進行し、あっという間に正常な身長の1/10のサイズになってしまった。一般的な患者よりも速いスピードで縮小してしまった俺は、もはやスマホやPCを一人で扱えない体格になってしまった。
商社マンとして、これは致命的だった。
俺は今までの職種を離れざるを得なくなった。電話対応をしたり、資料を作ったり、部下に指示を出したり、そういった一つ一つのタスクが満足にこなせないのだ。能力はあるはずなのに、体格が小さいというだけでここまで仕事ができなくなるものかと、絶望した。
俺は、小さな体格でも可能な職種に転向となった。しかしこれは、会社が縮小患者用に保障として何とか作り出した職種で。その給料は、今までの水準に比べて激減してしまった。
何故、こんなことになってしまったのか。これまで人生全てが順調だったのに、いきなりどん底につき落とされた。高給取りのエリートだったのに、今や大学卒の初任給レベルの給料にも届かない。普通に1か月バイトしてた方がマシな金額だった。
それでも最後のプライドで、今の大手商社を辞めたくはなくて。縮小患者用のスマホとノートだけで、リモートワークで何とか仕事を続けていた。
…普通、このレベルの縮小病患者は、自分が住んでいた家を出て入院することになる。1/10の身体では、健常者が使う家でまともに生活なんて出来るはずがないからだ。
だが、広く快適な高級マンションを手放すというのが、どうしてもプライドが許さなかった。バイトレベルの給料しかもらえない今の状態で住み続けるのは、どう考えても適切な選択とは言えないが。貯金を切り崩してでも、生活水準をどうしても下げたくなかった。
とはいえ、独身の俺は頼れる人もいない。
そこで、縮小患者用のデイサービスを依頼することにした。
「毎日サービスのプランで、月額30万円か…」
それは、毎日介護士が家に訪れて、小さな身体ではできない掃除だったり、身の回りのお世話全般をしてくれる、というサービスだった。正直、料金はかなり割高。いくら貯金がそこそこあるとは言え、今の給料だったら入院してしまう方が経済的に明らかに有利だ。でも、俺は高級マンションでバリバリ働き続けるという見栄を捨てられず、デイサービスを頼むことにした。
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(確か、今日の8時に来るんだったか…)
デイサービスのプランを申込み、入金まで完了して。今日が初めて介護士が家にやってくる日だった。平日なので、9時から俺は机の上で仕事を始めなければいけない。その間、部屋の掃除や買い物、その他もろもろの世話を頼む予定だった。
「…………」
少し緊張していた。というのも、1/10サイズになってからは、直接人と会ってないのだ。1/5サイズから一気に1/10まで縮んだ後、病院にも行かず、家に籠って暮らしていた。自分の机には元々梯子を取り付けていたので、上り下りは行うことができた。食料もある程度は机の上に置いてあったので、多少食い繋ぐこともできた。トイレはどうしても使えなかったので、ティッシュの上で済ませていた。…そんな風に無理やり生活するのにも限界が来て、デイサービスを頼んだわけだが。なんにせよ、俺は自分の10倍サイズの健常者を目の当たりにしたことがまだなかったのだ。
一応、玄関から出るための小さな扉はあらかじめつけてもらっていたので、部屋の外に出ることは不可能ではなかった。が、あまりに危険だと感じたので出られなかったし、そもそもよく考えればマンションの高層階から自力で降りることもかなり難しい。
そんなことを考えていると、
ピンポーン……
(…!来た……)
部屋中に鳴り響いたチャイムにドキリとする。デイサービスの介護士には、マンションの管理人からあらかじめカギを渡してもらっていた。チャイムを鳴らされても、俺は自力でドアを開けられないからだ。
ガチャガチャッ……
ガチャンッ……
「「こんにちは~デイサービスで来ました、倉見です~」」
遠くの方から、しかし部屋中に響き渡る声で、やや間延びした台詞が投げかけられる。自分の部屋に他人が入ってくるのは初めてで、外から世界が侵食されるような感覚に少し不快感を覚えた。
「「入りますね~」」
ズンッ、ズンッ……
「う……」
女が玄関で靴を脱ぎ、部屋の中に入ってくる音。廊下を一歩一歩踏みしめるたびに重苦しい足音が響き渡る。だだっ広い机の上に置いていた縮小患者用のノートが、小刻みに上下に揺れた。そこそこ大きな地震でも、ここまでは揺れない。一人の人間の歩行が生み出す振動が、ここまで大きく感じるなんて。
ガチャンッ!!
ドンッ!!ドンッ!!
「うわぁっ…!」
「「こんにちは~」」
リビングのドアが開け放たれた瞬間。そこに現れた人間のサイズに声が出なくなった。俺がいるデスクから見えたその姿は、奈良の仏像などよりも遥かに大きな人の形をしていた。俺からすれば崖のような高さのデスクは、彼女の腰の高さでしかなく。介護士らしい白い襟シャツと黒いパンツを見に纏った巨人の上半身は、圧倒的に見上げるほど大きかった。
「「戸崎さん、いますか~?」」
倉見という介護士の女が、空っぽのリビングに向かって話しかける。そういえば、小さな俺が部屋のどこにいるかはちゃんと伝えていなかった。…それにしても、とんでもなく声が大きい。いや、普通の呼びかけくらいの発声なのだろうが、その一つ一つが耳に響いて頭が痛い。もう少し気を遣って声を出せないものかと、イライラしてしまった。
「「……あ、机の上ですね」」
と、その巨人の視線が、突然俺の方を捕えたのだった。
ぞわり。
自分の背中に少しだけ悪寒が走った。…自由の女神のような巨大な物体に自分という存在を認識されたことで、本能的に恐怖を感じたのだ。夢でも見ているかのような巨人の姿が、急に現実世界に入り込んできたような感覚。
ドンッ、ドンッ……!!
俺の姿を捕えた介護士が、デスクの方に向かって歩いてくる。ものすごい迫力だった。至近距離で歩行されることでデスクの上がビリビリッ…!!と何度も振動し、かなり意識して立っていないとすぐバランスを崩しそうになってしまう。揺れの大きい電車の中で必死で耐えているくらいのレベルだった。
視界の中で、介護士の女の上半身が占める割合がどんどん大きくなっていき。
ドンッ…!!
「「初めまして、今日からデイサービスを担当します、倉見と申します」」
デスクの目の前に立った巨人が、こちらを見下ろしながら挨拶をしたのだった。
「「よろしくお願いします」」
ぶわあっ…!!
大きな上半身がこちらに向かって折れ曲がり、お辞儀をする。そのままデスクの上に倒れ込んでくるのではないかと錯覚し、手で体を覆ってしまった。それが勘違いだったと気づき、気づかれないようにすぐ平然を装う。
「あ、ああ、よろしく」
見たところ、かなり若めの女に見える。20歳前半くらいだろうか。ポニーテールに縛り上げた黒髪とナチュラルなメイクは清潔感がある。少し気の抜けた顔で、若者らしい雰囲気を感じるが、しかし介護士らしい風貌は保っていた。
「今日からしばらく君が担当なのか?よろし「「それでは、初めにサービスの内容を説明してしまいますね」」
10メートルほども上空にある女の顔に話しかけ、それを思い切り無視される。数秒経ってから、自分の声が女に全く届いていなかったことを悟り、静かに赤面した。女は俺が喋っていたことに気づかず、デイサービスの初回説明を話し始めていた。
「「依頼いただいたプランでは、平日の月曜から金曜まで、朝の8時から夜の20時までサービスを受けることができます。主には…」」
明らかに体格差があるのだから、気を遣ってこちらに耳を近づけるくらいできないのか。恥をかかされた、というか自分で恥ずかしくなったことが女への怒りに変わり、心の中で毒づく。若い見た目から、介護士の経験も割と浅いのではないかと推測した。…高い金を払っているのに、この女で大丈夫なのか。
「「食事やトイレなどもサポートしていきます。また、サービス時間中は介護士側も、必要最低限なレベルで部屋の設備を使わせていただくことがあるので、ご了承ください」」
手に持った資料を熟読する形で、倉見という介護士は説明を続ける。普通に立った状態で話されては、こちらからの声を届けることができない。一方的に下から見上げながら話を聞くほかなかった。
「「…と、ここまでの内容で気になる点はございますか?」」
ずいっ…!!
「っっ……!!…ああ、ええと……」
いきなり巨体がしゃがみ込まれ、上空に位置していた顔が、デスクの高さと同じ位置まで下ろされる。俺の身長よりも大きな女の顔が、ちょうどデスク板の上にひょっこりと出る形となった。俺はデスクの比較的端の方に立っていたため、3メートルほどの距離までいきなり巨大な顔が接近してきたのだった。
「「………」」
視界いっぱいに広がる介護士の顔に、すぐに言葉が出てこなくなる。まず、顔の巨大さに圧倒されていた。圧倒的な体格差があることは分かっていたが、人の顔だけで自分の身長が越されてしまう現実を目の当たりにさせられると、声も出なくなってしまう。なんて自分は小さいのだと、改めて感じさせられる。この女の顔の一つ一つのパーツが、俺の身体の半分以上を埋め尽くしてしまえるほど大きいのだ。
そして、顔を近づけられたことで、この倉見という介護士の存在感を思い知らされる。顔が遠い状態では、ただただ"デカい"という圧倒感のみ感じていたが、言葉を交わす人間としてこうやって向き合われると、とても気後れしてしまう。年下で人生経験の浅いはずの女なのに。一言文句でも言ってやろうと思っていたのに、いざ巨大な顔を近づけられると、何故か喉が詰まったように言葉が出なかった。
「…いや、特にない……続けてくれ」
「「はい、分かりました」」
介護士が笑みを浮かべながら返答する。無意識に口から放たれた吐息がふわぁっ…と俺の周囲の空気を包み込み、甘ったるい匂いが肺の中に入ってくる。
「「では、説明を続けますね」」
介護士は再び立ち上がると、手に持った資料の続きを読み始める。巨人の顔が上空に離れていくと、息が詰まっていたのが少しだけ解消される。ただの若い女に顔を近づけられていただけなのに、全身が硬直していたことに今気づいた。
(……それにしても…)
自分の家に他人がいることに、やはり慣れない。一番慣れないのは、この女が部屋に入ってきてから、部屋の空気がいつもと変わってしまったことだった。分かりやすく言えば、この介護士の匂いが空気中に充満しているのだ。…これは、俺が正常なサイズだったらここまで感じないだろう。しかしデスクの上に1/10サイズで立っている俺は、傍に立っている介護士の匂いの影響をもろに受けてしまう。周囲の空気が完全に知らない女の甘ったるい匂いに置き換わり、まるで自分の部屋全体が一瞬で侵略されてしまったような不快感があった。いつも掃除を欠かさず、清潔にしてきた高級マンションの一室が、こんなマンションに住めないであろう若い女に浸食される感覚。
…これは慣れだ。こんなことを気にしていたら、デイサービスなんて受けられない。慣れるしかないだろう。
「「…では、そろそろ9時になりますね。戸崎さんは9時からテレワークだと思いますので、ひとまず私の方で部屋の掃除をしておきます。縮小されてからちゃんと掃除出来ていないですよね?」」
一通り説明し終わった介護士が、立ったままこちらを見下ろして確認してくる。…掃除をしてくれるのはありがたい。この体格になってから、広いマンションの一室を満足に掃除することができていなかった。今では部屋の棚や電灯など、ほとんどの家具の上が手が届かない場所にある。一人で暮らし続けていたら、埃が溜まりつづけていく一方だった。
「………」コクリ
介護士がこちらに耳を近づけてくれなければ、俺はジェスチャーで反応するしかない。一方的にコミュニケーションを取られることに少しばかりの屈辱感を覚えながらも、俺は首を縦に振って反応した。
「「では、お掃除始めますねー。気にせずお仕事していてください」」
介護士はそう言って、自分で持ってきていた掃除道具を手に取ると、広いマンションの部屋の掃除を始めた。雑巾を濡らして、高い位置にある家具の埃を丁寧に拭いていく。
カタカタカタッ……
俺はそれを背にしながら、縮小患者用PCでテレワークを始めていた。…縮小病の人間に出来る仕事は少ない。生のコミュニケーションが取れなくなってから、直属の部下もいなくなってしまった。今俺は、人とコミュニケーションが取れなくてもできるような資料の整理とか、議事録を取るとか、そういう仕事を主に行っていた。…普通の人間にはできない高度な仕事をこれまでやってきた自負があるのに、今や普通の人間ができる仕事すらできず、レベルの低い仕事ばかり任されている。でも、この会社にしがみつくにはこうするしかなかった。俺は、一流企業で働くというプライドを捨てきれなかったのだから。
ドンッ!!ドンッ!!
ガタガタガタッ………
(うっ……!!……なんだよ……)
仕事の最中。部屋の中で掃除をしている介護士の歩行が、俺が座っているデスクの天板をガタガタと揺らしてくる。あの巨体が家の床を一歩踏みしめるたび、下から突き上げるような振動が襲いかかる。PCのキーボードを叩いている最中にその振動が来れば、タイプミスを余儀なくされる。
ガタンッ……ズンッ、ズンッ…!!
(っ……)
仕事に集中していても、定期的かつ不規則な振動により集中力を阻害される。たまらず後ろを振り返れば、部屋の逆側の本棚の埃を介護士が拭き取っている姿が目に入った。歩行の振動を抑えるように言いたくとも、こちらから話しかけることができない。介護士は無意識な歩行だけで俺を意識させられるのに、俺はこの場所から大声を出したところで介護士に声を届けることができないのだ。
それにしても、若い女が部屋の中にいるのがやはり落ち着かない。…別に、あの倉見という介護士が多少整った顔をしているからといって、性的な目で見ようとしているわけではない。ただ、あまりに巨大なその姿は、ちょっと俺が部屋を見渡すだけで視界の大部分を強制的に占めてくるのだ。意識しなくたって、黒いパンツに包まれた巨大な脚とお尻が、掃除中に圧倒的に揺れている様子が目に入ってくるのだ。
(…誰が、あんなそこら辺の介護士のことを気にしてたまるか)
俺はできるだけ部屋の方を振り向かないようにして。重く鳴り響く介護士の歩行に耐えながら、テレワークを続けていた。
すると。
「「ちょっと失礼しますね」」
「うわあっ…!!」
いきなり、自分の身体が巨大な影に包まれた。…デスクに近づいてきていた介護士が、巨大な上半身をデスクに覆いかぶせるような姿勢となったのだ。
「「デスクの上の棚、拭いておきますね」」
そう言って、デスクの奥に位置している小さな棚を雑巾で拭き始める。一応仕事中の俺に気を遣っているのか、小声で音を立てないように拭き掃除を行う介護士。
だが、俺のいる場所からすれば。
(…う…………)
上空が全て女の上半身で埋め尽くされ、その身体が作り出す影にすっぽりと包まれて。パソコンの画面を見ようとしても、視界の上の方で白いシャツに包まれた巨大な物体がふらふらと動いているのが目に入ってしまう。
何より意識を持っていかれる、倉見という介護士の胸の部分。清潔な白いシャツがその部分だけふっくらと張り出していて、介護士が拭き掃除をして身体を揺らすたびに、巨大な胸がぷるんっ、ぷるんっ…♡と激しく揺れる。今にもこちらに向かって落ちてきそうなほど豊満な胸が、仕事への集中力を思い切り阻害する。
「「んっ……」」
力を入れて汚れを落とすたびに、介護士から漏れる声がいちいち響く。これだけデスクに接近されたら、俺の仕事環境は全て介護士の上半身が放出する甘いアロマに支配されて。初対面の若い女の匂いに包まれながらでは、いくら頭を振っても仕事モードに上手く切り替わらない。…仕事中にこんなに女に接近されることなんて無いのだから。いや、俺の体格からすれば十数メートルくらいは離れているのだが、そういうことではなかった。
ぷるんっ、ぷるんっ…♡
気づけば豊満な巨人の胸を見上げてしまっていた。…さっき遠巻きに見たときは、ここまで大きく見えなかったはずだ。俺の身体が小さいから、相対的に巨大に見え過ぎてしまっているだけで、恐らく一般的なサイズなんだろう。…それが、ここまで圧倒的に巨大に見えるなんて。もし今、介護士の上半身がデスクの上に投げ出されたら。俺はあの巨大すぎるおっぱいで、全身余すところなく潰されてしまうだろう。
(…っ……くそ、腹が立つ……!!)
なにが腹が立つかって。少しだけ自分の股間が勃ってしまっている事実だ。…こんな新人の介護士に少し接近されただけで…。いや、でも、この距離感が異常なのだ。正常な体格同士であれば、恋人以外にここまでの距離で接近するタイミングなんてない。ここまで直接的に身体の匂いを嗅がされることだって無いのだから。
この倉見という介護士に、そういう意識は無いのか。自分の上半身を初対面の男に覆いかぶせるような体勢でいることに、違和感は無いのか。
無いのだとすれば。俺は、1/10になったことで。、何か、大切なものを既に失っているのではないか。
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「「お疲れ様です、お昼休憩ですか?」」
「あ、ああ」
12時になったタイミングで、介護士がデスクの方に屈みこんで話しかけてくる。ちょうど仕事が終わった俺は、再び接近した巨大な女の顔にしどろもどろになりながら返答する。どうやら、介護士の方は部屋の掃除が終わったようだった。
「「戸崎さん、トイレに行かれますか?」」
「ああ……いや、ティッシュにするからいいよ」
…デイサービスの内容には含まれていたが、トイレの世話をされることだけは勘弁だった。そんな老人介護みたいなこと、死んでもされたくない。なんで年下の女に下の世話をされなければならないんだ。
「「いえ、良くないですよ。不衛生ですし、きちんとトイレで行いましょう。そのためにデイサービスがあるので」」
「いや、いいって。それより、部屋の掃除はちゃんとできたんだろうな…うわあっ…!!?」
俺がいら立って文句を言っている最中に。介護士の巨大な手が、俺の身体に向かって近づけられる。肌色の巨大な物体が猛スピードで近づけられる景色は恐ろしく、反射的に悲鳴を上げてしまった。
ぎゅうっ……
むっちり生暖かい手のひらと指が、俺の全身に巻き付いた瞬間。その圧倒的な巨大さと強さに、声が出なくなってしまった。これが、一人の女の手?俺の身体を簡単に握りつぶせてしまいそうな、これが?
「「恥ずかしがるお客さんは結構いらっしゃるんですけど…ティッシュで済ますのは衛生的に良くないですし、このままトイレに移動させていただきますね?」」
かなり優しく握られているのかもしれないが、俺にとっては少し息苦しいくらいの握力の強さで。…その状態で顔を近づけられて話されれば、自然と抵抗する勇気が無くなってしまった。
そして、
ドンッ!!ドンッ!!
俺は介護士の手に握られたまま、トイレの方へ向かわされるのだった。
---続く---