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『都市の中に身体ごと入って、郊外の土地を指でならしてあげる、ってやつだよー。小人のみんな、私のおっきな身体が入ってきたらもっとびっくりしちゃうかなあ?』
「は……?」
愉快そうに微笑む紺野を画面越しに見ながら、俺は、耳を疑った。
都市の中に管理人が直接入って、街の修繕や治安管理を行う。そういった作業が存在すること自体は、昨日人工都市の住人の小人に聞いて知っていた。…しかし、それを体験中の生徒にやらせるわけがないと思っていた。
だって…あんな巨大な存在が、都市の中に入ってくるなんて、そんなの。ありえない。恐ろしい。いや、怖いという単純な話じゃなくて、ちょっとバランスを崩して違う場所に足を降ろしてしまったら、建物も人も、信じられないほどの質量で地面に圧し潰される。そうならなくたって、昨日みたいに髪の毛が落ちてしまったりとか、本人が気づけないレベルの落下物が発生する可能性は十分ある。
「そ、そんな危険なことをやるのか」
『危険かなー?まあ、失敗しちゃったらごめんねって感じだねえ』
「お前、そんな呑気な考え方…」
『んー?』
「………」
目を細めて画面越しにこちらを見つめてくる紺野の表情に、何も言えなくなる。言いくるめられたとかではない。…こいつがどれだけ極小小人たちを軽視していて、俺がそれを間違っていると思っていても、実際にあの人工都市の命運を握っているのは紺野なのだ。何を言い合ったって、1000倍もの絶望的な巨体に誰も勝てないし、誰も逃げられない。小人たちは、上空からニヤニヤ見つめてくる女子高生の気の赴くままに、危険にさらされることに甘んじるしかないのだ。
これを管理人体験でやらせるということは。国としても、不慮の事故で極小小人が犠牲になったとしても仕方ないと思っていることは明白だった。戸籍がない極小小人が何人かいなくなったところで、気づける人間は誰もいない。元々個体認知していない存在が消えても気づけるわけがないのだから。…こんな残酷なことがあるだろうか。みんな人間と同じ姿で、同じレベルの思考を持ち、同じ言葉を喋っているのに。身体のサイズが違うというだけなのに。何故、ここまで命が軽視されなくてはならないのか。
いずれにしても。その作業が行われる前に、絶対に別の都市に転送してもらわなくてはならない。
『滝野くんの方は、何されるか聞いてないのー?』
「聞いて、ないよ…」
『…ほんとに、元気ない?都市の中、怖くて疲れちゃった?』
ほんの少しだけ、紺野の声に心配の色が混ざり、俺はにわかに恥ずかしくなる。
「っ…い、いや、寮のベッドであんまり寝れてないんだよ。管理人の大きさは確かにびっくりするけど…全然大丈夫だよ」
『ふーん?』
取り繕う俺に、画面越しにじっと観察するような目線を送る紺野。
『まあ、体験期間が終わったら、お疲れ様のよしよしでもしてあげようかな』
「いや、いらないって…!」
『あはは』
明朗に笑う紺野を見て、どこか勝手に安心する自分がいた。
…でも、今の俺は、画面の向こうの紺野からすれば1, 2ミリの極小小人と同じなのだ。
個体認知できない、ペットのような極小小人たちの中の一人。
「そ、そうだ…こんなこと言ってる場合じゃなくて……」
『……?』
「先生に伝えなきゃいけないことがあって…」
『んー?この後共通のミーティングルームに戻るんじゃない?』
「そ、そうだよな。そこで」
『何かまずいことでもあ""ブチッ……""
……ん?
突然、ミーティング中の画面が暗くなり、ロード中の画面に切り替わってしまった。…しばらく待ってみたり、何回か更新をかけようとしても、接続は復旧しない。全体的にアクセス障害が起こっているのか、緊急の回線だけでなく、授業のミーティングツールすら繋がりづらくなっているのだろうか。それは困る。一刻も早く今の状況を伝えて転送してもらわないと、命の危険すらあり得る。
しかし、30分ほど再接続を試みても、一向に接続は回復しない。
そしてさらに15分ほど経ったとき、パソコンに一件の通知が送られてきて。
『通信障害により、オンラインの授業等も行えない状態になっています。こちらから通知を送ることはできますが、人工都市の中から発信されたものをこちらで受け取る箇所で障害が起きているようです。復旧するまでは授業も不可能なので、都市の中で自由に生活していて下さい。今の所、復旧のめどは経っていません』
「な……」
いや、これ…すごくまずい状況なんじゃ。俺が紺野の管理都市の中に間違って転送されていることを、外部に伝える手段が無くなっているのだ。こんな数ミリの身体では、紺野に伝えることなんて絶対に不可能。都市から逃げ出すこともできない。
嫌な冷や汗が流れ出す。紺野の話では、今日の夜に都市に直接入る作業の体験を行うらしい。それまでに接続が復旧するような通知の文面にも見えなかった。お、俺は…紺野がこの都市に足を踏み入れるときに、ここにいなきゃいけないのか…?
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とにかく俺は、この寮の部屋から一歩も出ないことに決めた。
建物の中と外、どちらがより危ないのかは正直分からなかったが、少なくとも屋内なら落下物の危険はないはずだ。…紺野の髪の毛の下敷きになるなんて、そんな惨めな死に方は絶対に嫌だ。…あと、不幸中の幸いというか、この寮が都市の中心部から離れていることはまだよかった。紺野が少し足を踏み違えたとしても、このエリアに被害が及ぶことは基本的にはないはずだ。
そんなことをぐるぐる考えながら部屋に籠り、時計が夜の19時30分を指したころ。
ガコンッッッ!!!
「っ、う……」
カプセルのドームが開き始める物騒な音が、窓ガラスを貫通して聞こえてきた。
ゴゴゴゴッッッ…!!!
重たい音と共に、カプセルが昨日と同じようにゆっくりと開いていく。窓ガラスにへばりつきながらその様子を見上げていた俺は、カプセルの隙間から少しずつ紺野の不敵な表情が現れ始めたのを見て、心臓がキュッ…と締め上げられた。
「「「こんばんわ、小人のみんなー。元気にしてたかな?」」」
1/4くらいの角度だけ解放されたカプセルの隙間から巨大な顔を覗き込ませ、紺野は掴みどころのない声色で一方的な挨拶をする。俺は屋内にいるはずなのに、まるで耳元で直接話されているかのようにクリアに聞こえる。窓ガラスはガタガタッ…と音圧で震え、一音一音が小人の建物にじわじわとダメージを与えていく様子を目の当たりにした。
「「「今日はみんなの街におじゃまするんだけど…心の準備はいいかな?怖かったら言ってねー♪」」」
極小小人が人間にコンタクトを取る術は無いことを分かった上で、意地の悪い要求をする紺野。
…本当に、Sっ気の強いやつなのだ。それでも、いつもは人を傷つけることはせず、あくまで"イジり"の範囲でからかってくるに留める性格ではあった。単純に今は、極小小人が感じている恐怖、危険の重大さを分かっていないのだ。極小小人がいかに人間と同じ存在なのか、分かっていないのだ。それだから、人間の形をした新しいペットが部屋に来た、くらいにしか思っていないのだろう。
「「「…とりあえず、カプセル全部開けちゃうね?」」」
ガコンッッッ!!!
ゴゴゴゴッッッ…!!!
再び重たい音を奏でながら、1/4だけ開けられていたカプセルがさらに解放されていく。半透明だった景色の向こうに、想像を絶するほどの超巨大な空間が広がっている様子が見えてくる。…極小小人たちはそれを何だと思っているのだろうか。一人の女子高生のプライべートルームに過ぎない空間は、しかしこの広大な都市が何個も入ってしまうほどの大きさで。遥か天高くに白い天井と、白いLEDのライトが見える。そびえ立つ壁にはカレンダーがかかっている。以外にもたくさん本が収納された本棚も見えてくる。
見ているだけだと実感できないが、景色に現れる家具や小物の一つ一つは、この都市の建物と比べ物にならないスケール感のはず。本棚のうちの一段に配置されたぬいぐるみやミニ時計、化粧品ポーチは、もしそれが都市の中に落とされでもしたら、数十区画は纏めて消え去ってしまうだろう。…そこに住んでいた極小小人も含めて。そんな災害を引き起こすレベルの巨大オブジェクトを軽々手に持って日用品として使ってしまう紺野を崇めてしまう小人がいるというのは、仕方のないことに思えた。
ゴウンッッ……!!
激しい振動と共に、カプセルの動きが止まる。
人工都市は、紺野の部屋の中で、壁を隔てず完全に晒された状態となった。
(なんか…空気が変わったような…)
寮の部屋の中にいるにもかかわらず、カプセルが完全に開かれたことでどこか空気が変わったように感じる。…有り体に言えば、紺野の部屋の匂いが都市中に流れ込んできていた。1000倍巨人の女子高生が住むことによってたっぷり醸成された匂いは、極小小人たちの都市の空気など一瞬で支配してしまう。
嫌な匂いという訳ではない。むしろ…世間一般的には、現役の女子高生のプライベートな部屋の匂いというのは良い匂いとされるもので。アロマが焚かれているのか、ほんのりジャスミンの香りがただよってきて、その中に紺野本人のアロマが混ざり合う。…俺は、同級生女子の、しかも紺野の部屋の匂いをかがされていることが、すごく恥ずかしかった。
「「「それじゃあ…」」」
ズッ…!!
ズンッ…!!!
激しい地響きを起こしながら、紺野が人工都市のすぐ傍で立ち上がる。昨日見た光景のように、太い2本の脚という神柱がそびえ立つ。今日は紺色のハイソックスを履いているようで、ふくらはぎまでぴっちりと靴下の生地に覆われて、その上から柔らかさを主張する肌色の表面が続いていく。
(え…制服…?)
そこで気づいた。紺野は、学校の制服を着ていた。今日は学校がある日だったので、家に帰ってきてから着替えていないのだろうか。指定の紺色スカートが太ももの周りでふわりとなびき、今の俺が見ている角度では本当にギリギリ、下着が見えないくらいの長さで。昨日の私服よりもほんの少しスカート丈が長いことで差が生まれていた。上半身には半そでのセーラー服を着ているが、このアングルではふわりと揺れたセーラー服の下側が見えてしまい、その下の生のお腹が都市中の小人たちに曝け出されていた。
「「「お邪魔しまーす♪」」」
ゴゴゴゴッッ…!!!
紺野は躊躇なく、自分の右脚を轟音と共にゆっくりと持ち上げ始めた。
い、いや。ちょっと待て。スカートのまま、都市の中に入ってこようとしているのか…!?
昨日みたいに、アングル的にちょっと見えてしまう、みたいなレベルじゃない。今回は都市の中心部に足を踏み下ろそうとしているのだ。紺野は、何を考えているのか。
「「「…ふふ」」」
遥か高みで、紺野が自分の頬に手を当てながら、ちょっぴり恍惚そうに笑っているのが見えた。
…スカートを履いていることでどうなるか、気づいているに決まっている。わざとだ。極小小人たちをからかうために、わざとスカートを履いたまま入ってこようとしているのだ。
(しょ、正気なのか…何万人が見ていると思ってるんだ…)
都市中に羞恥を押し付けようとしている紺野の異常な大胆さにうろたえつつも、しかし心の片隅で思春期男子としての欲が芽生えてしまい。
(別に見たい訳じゃないけど…そう、体験学習として、ちゃんと見ておかないと…)
ガラガラッ…
心の中で言い訳を唱えながら、窓を開けてベランダに出て上空を見上げた瞬間。
ズズズズッッ……!!
「う……あ………」
上空に展開された、紺色のソックスに包まれた巨大な足の裏を見て、俺は緊張と恐怖で指一本動かせなくなってしまった。
「「「…なんかこの体勢、踏みつぶそうとしてるみたいでドキドキするねえ」」」
物騒な言葉を発する紺野。既に都市中心部のビル群のほぼ真上に掲げられた巨人の右足は、まるで神様からの天罰が実体となって降りてきたような、そんな重苦しさ、神々しさがあった。…冷静に見ようとすれば、女子校生の下半身とミニチュアのような都市という、特撮のような、作り物のような組み合わせの光景。しかし紛れもなくこれは現実で、200メートルを超える女神のハイソックス巨足の下に位置する建物には、本物の極小小人たちが生きて住んでいるのだ。ただ一人の女子高生に大量の人の命が握られているという絶望的な状況を象徴化したような光景だった。なんて残酷で、惨めな光景なんだろう。紺野の小さいはずの足に散々踏みしだかれたハイソックスの裏の生地よりも、この都市の方が格下なのだ。どれだけ屈辱的だとしても、紺野が自分の足の裏をこの都市に押し付ければ、誰も抵抗できずに終わっていく。
「「「ふふ、ほーれ♪」」」
ずいっ……!!!
ぶわあぁっっ……!!!
「ひぃっ…!!」
ビル群の上に掲げられた200メートル級の足裏が、紺野の気まぐれで左右に振られる。その動きだけでぶわあぁっ……!!と大気がかき混ぜられる音が響き渡り、紺野がただ足を動かしているだけで、1キロメートルに及ぶ範囲が足裏の脅威にさらされる。まるで自分の射程圏の広さを誇示するように、軽々とその凶器を都市中にかざしていく。
(あいつ、なにやってんだっ…!!)
その射程圏に入っていない郊外にいる俺でも、その様子を見せつけられるだけで怖くて頭を抱えてしまう。無邪気な怪獣が、勢い余ってどこかのビルを壊してしまうのではないかと、見ていて気が気ではない。…そのうち、都市中の空気がまた異なる匂いに晒されていく。少しだけ甘酸っぱいような、女子高生の靴下の濃い匂い。あまり汗をかかないタイプだった記憶がある紺野でも、この9月の残暑でじっとりと足裏に汗はかいていたようで。ローファーの底と靴下の生地、そして素足の間で蒸された濃厚な汗の匂いは、帰宅したその時からはかなり薄まっているはずではあるが、残り香はしっかりと都市中に振り撒かれていった。
現役の女子高生にとって、自分の汗の匂いを誰かに嗅がれるなんて、最も恥ずかしいことの一つなはず。それを、何万人もの人に、自分から足裏を押し付けて嗅がせているようなものなのだ。…もはや紺野がどこまで分かってどこまで意図的にやっているのか分からなくなっているが、多分、自分の匂いが極小小人たちに嗅がれたとしても、これっぽっちも恥ずかしいとは思っていないんだろう。それどころか、ペットたちに自分の靴下の匂いを嗅がせて遊んでいるような、それくらいの軽々しさに思える。
「「「ほんとちっちゃい街だねえ、私の足の指の方がビルよりおっきくない?」」」
ぐにゃぁっ…
巨大な足指が折り曲げられる生々しい音。靴下の生地が擦れ、その真下にいるであろう小人たちを威圧する。…中心部にいる小人たちはどんな感情でいるのだろうか。生きた心地がしないはずだ。そもそも、建物の中への避難はできているのか。今回の体験作業はいつもの管理人が定期的に行っているものではないはず。さっきサイレンも鳴っていなかったから、普通に街中を歩いている最中だった小人もいるはず。
もし道端を歩いているときに、上空を紺色の少し汚れたソックス裏で埋め尽くされたら。考えるだけでゾッとする。
「「「じゃあ右足、置いちゃうね?揺れるよ~」」」
そして天女様は、100万トンを超えるであろう絶望的な質量の右脚を踏み下ろすことを、のんびりした口調で宣告したのだった。
(やばい、耳、塞がないと、というか部屋の中にっ…!)
ズドォォォォォンッッッ………!!!!!!
紺野の右足が都市内の広大な空き地に着地した瞬間、大地を揺るがすような轟音が世界に響き渡る。
その、2秒後だった。
ぐらぐらぐらぁぁっっ……!!
メキメキッ……バリンッ……!!
びょぉぉぉっっ……!!
「うぐぅっ……うっ………ぐ………!!!」
体験したことのない揺れが辺りを襲い、世界が絶叫する。ベランダの床にへばりついてもなお、振動でバランスを崩して頭を打ちそうになる。この寮の建物が激しく軋む音が聞こえて、今にも天井や壁が崩れ落ちるのではないかと本気で思わされる。開けた状態の窓はガタガタと音を立て、近くの建物の窓ガラスが割れて道路に散乱した音が聞こえる。巨大な足が起こした風圧が、中心部から1キロも離れたこの場所にも吹き荒れて、街路樹が台風の時みたいに左右へしなりながら揺れている。人一人が起こしたとは到底思えないような振動が10数秒も続き、俺はこの揺れだけで建物の倒壊に巻き込まれて死ぬのではないかと、一瞬覚悟にも似た感情を抱かされた。
ぐらっ……ぐらっ………
…………。
「っっ……はあっ、はあっ……ぜえっ……」
やがて振動が止んだ瞬間、俺は無意識に止めていた呼吸を再開して、息も絶え絶えになりながら震源地の方を見やる。…そこには、人工都市のど真ん中に圧倒的にそびえ立つ、紺色のハイソックスとふくらはぎ、そして太ももからなる、天女様の美脚が君臨していた。
ガクガクッ……
足の震えが止まらない。昨日の比じゃない。1000倍の巨人の"指"が入ってくるのと、"脚"が入ってくるのでは、迫力も規模感も恐ろしさもまるで違う。こんなの、精神が絶対に持たない。決して逃れられない災害に遭う恐怖。経験したことのない大地震をもう1回、もう脚1本分耐えないといけないなんて、もう無理だ。だいいち、この寮は次の振動に耐えられるのか。紺野の左脚の着地に耐えられるのか。ベランダにいたら危ないんじゃないのか。
「「「みんな大丈夫かなあ?ずしーんってなったけど、怖がってないー?」」」
不特定多数の小人をおちょくるような紺野の声は、的を射すぎていて既にからかいに聞こえない。こちらをたっぷり怖がらせて、命の危険まで感じさせて、もはや脅迫や凌辱の言葉にしか聞こえなかった。要するに、冗談の域を超えていた。
「「「左足も置くから、我慢してねー」」」
ゴゴゴゴッッ…!!!
天女様は、下界の小人たちの恐怖を知りつつも、容赦はしてくれない。もう一本の、100万トン超えの恐ろしい左脚を軽々と持ち上げて、都市の中へと持ち込んでいく。そうすることで天女様の巨体は人工都市の領空の範囲に入る形となり、その下半身は都市中のどこからでも見えるようになる。逆に上半身や顔は、圧倒的な大きさの下半身に隠れてよく見えなくなってしまう。俺がいる郊外からであっても、ギリギリ顔が見えるくらいの強烈なローアングル。
そして、再び鉄槌が振り下ろされれば。
ズドォォォォォンッッッ………!!!!!!
(も、もういやだっ…!!)
いくらベランダの床にへなへな座って震えても、直後に襲い掛かる災害からは逃げられない。
ぐらぐらっ、ぐらっっ……!!
バリバリバリッ!!!
メシメシッ……ズドォンッ…!!
キャアアァァッッ……!!
体を丸めて、強烈な振動で頭をどこかにぶつけないように必死に庇う。さっきよりも激しく、どこかの建物の窓ガラスが割れる音が聞こえる。右脚が置かれた際に激しく痛んでいたのか、街路樹が根元から折れて道路に倒れ込む音も聞こえてきた。
そしてさっきは聞こえてこなかった小人の悲鳴が耳に入ってきて、身体を丸めていた俺の動悸は一気に加速する。外に出ていた人がいたんだ。こんな激しい地震を2回も起こされたら、運が悪ければ犠牲になる人だって出かねない。俺は、自分のクラスメートが小人の犠牲者を出してしまう、という現実だけは絶対に起きてほしくなかった。そのサイズ以外は人間と同じにしか見えない小人という存在を知ってしまった以上、もしその小人の命を紺野が奪ってしまうようなことがあったら、元に戻った時に顔を合わせて喋る自信が無かった。どうか、今悲鳴を上げた人が無事でいますようにと、俺は心の中で願った。
ぐらっ………
そして、ようやく2回目の地震もおさまって。
「「「んふふ、都市の中に立っちゃった♪」」」
中心部を見れば、2本のとてつもなく大きな巨足が、天に向かって伸びている光景が広がっていた。
首が痛くなるほど見上げれば、半そでのセーラー服に身を包んだ紺野の上半身を何とか視界に収めることができた。
「「「みんなが頑張って作った街の上に立ってるって、何だかドキドキするなあ」」」
(これ…こんなにも…近いなんて……)
管理人の踏み場がある都市中心部から寮までは1キロメートルは離れているから、なんだかんだ言っても、ほんの少しだけ、対岸の火事的な捉え方をしてしまっている自分がいた。
でも、そびえ立った紺野の巨体を見上げれば、それが幻想だったことに気づかされる。…だって、遥か天高くまでそびえ立つ姿と対比したら、都市のどこにいるかなんて、あまりにも誤差。どこにいたって、紺野の足元から巨体を見上げる圧倒的なローアングルに違いはない。右脚か左脚が一歩踏み出されるだけで、都市中のどこであっても巨足の裏に敷き潰される可能性があるのだ。一人の女子高生に巨体という拳銃を突き付けられている現状は、この人工都市にいる人全員が共有しているのだ。
正直、スカートの奥に見えてしまっている薄いピンク色の下着を、目に焼き付ける余裕なんて無かった。都市中にあられもなく曝け出された女子高生の生パンツを、そういう目で見る余裕のある小人なんて存在するのだろうか。仮に欲情してしまったとして、自分が絶対に手が届かない存在なのだ。手に負えない存在なのだ。あのふんわり柔らかそうな女の子らしい太ももは、この都市のビルを何十個束ねたって叶わない強烈なぶっとさで。太ももが都市の中に降ろされるだけで、その犠牲者は計り知れない。触れることなんて絶対に出来ない。
強烈な死の危険をつきつけられると同時に、むっちりと健康的な女子高生の美脚と可愛らしい下着を見せつけられ、生と性の両面から精神をかき回されるなんて。
こんな状況が極小小人たちの日常だなんて、あまりにも悲惨だ。
「「「ちょっと見えづらいから、しゃがむね?」」」
(え…うそ……)
ズズズズズッッ……!!!
紺野の宣言と共に、膝が折り曲げられ、巨大な脚がゆっくりと折り畳まれていく。上空にあった腰の位置がどんどん低くなっていき、すなわちスカートと下着に包まれた紺野の下腹部が、都市の建物群に向かってみるみる近づいていく。ローアングルで見上げる巨人のしゃがみ込みは、極小小人たちと同じ目線でそれを見上げる俺にとって衝撃的な光景だった。女子高生の巨大な下腹部が、自分に向かって振り下ろされるような感覚。距離が離れていても、このまま自分があの下着に包まれた柔らかそうなお尻に擦り潰されるのではないかと錯覚してしまう程の迫力で。途方もない大きさのはずの太ももの肉が、ふくらはぎに当たってむにゅぅぅっ…♡とダイナミックに変形し、肌と肌がぎゅぎゅっっ…♡と擦れる音すら響き渡る。ちんちくりんの紺野の脚とは思えない豊満で性的な光景は、極小小人たちにおかしな気を起こさせるのに十分なものだった。
そして同時に、
ぶわぁぁぁっっっ……♡♡
「っっ……!!」
紺野の下半身の落下が起こした突風が、再度都市中に吹き荒れる。それは脚1本が起こす風圧よりも凄まじく、さらに紺野のスカートの中に滞留していた空気がいっぺんに都市全体に送り込まれたものであり。
「っ………う……」
俺はその生々しい女子の匂いを、紺野と結びつけたくなかった。…少なくとも、気のない女子が男子に嗅がせてよい匂いではない。今まで紺野から感じたことの無かった"性"の匂いを、こんなにもあからさまに嗅がされるなんて。変な言い方をするならば、妹だと思っていた女子から急に"性"を感じさせられたときの気まずさというか、罪悪感というか、名状しがたい気持ち悪さを感じてしまう。
何よりたちが悪いのは、何も考えなければ興奮に繋がってしまいかねない匂いと光景であるということだった。
俺は"反応"してしまわないように、努めて冷静に呼吸を続けようとする。…しかし世界を埋め尽くすえっちな匂いと豊満な下半身の光景が、俺を逃がしてくれない。
「「「おお…こうすると建物の一つ一つが見えるねえ」」」
むっちぃ……♡♡
ぎゅぎゅっ…♡
(こ…こんな、の……)
はっきり言って。
男子高校生にとって、性を搔き立てられないはずがない光景だった。
大胆にも人工都市の上でしゃがみこんだ紺野は、たまたま俺がいる寮の方を向く形になっていて。スカートでしゃがみこんだことで正面からは股ぐらのピンク色の下着が完全に披露され、俺はその無防備なしゃがみ姿を足元の虫として見上げているような状態だった。折り曲げられた脚がむちぃっ…♡と本当に音を立てながら圧迫し合い、いつも教室で見ていた細身の脚と同じボリュームとは思えない。純白でマシュマロのような太ももは、その裏もも、下着回りの内ももに至るまですべすべで美しく、常識外れの巨大さにも関わらず肌のきめ細かさがしっかり主張されている。
…そしてピンク色の下着は、しゃがんでいる体勢のために強く股間部に食い込んでいて、その奥にあるものの形を浮かび上がらせている。こんなの、他人に見せてよい体勢じゃない。クラスメートの俺が見てよい光景じゃない。あまりに直接的なその光景は、しゃがんだ紺野がほんの少し身じろぎするたびに、ぐいっ…ぐにぃ…♡と下着のゴムが肌に食い込む音を響かせながら変化していく。小動物のようなちっこい同級生女子の1000倍しゃがみ開脚は、頭の中で葛藤を繰り返していた男子に決定打を与えてしまうほどに、えっちだった。いつも顔を突き合わせている女子のいけない所を見てしまっている、という背徳感に似た気持ちも、良くなかった。下腹部の領域から上の方を見上げれば、いつものセーラー服に身を包んだ紺野の余裕たっぷりの顔が嫌でも目に入ってくる。このえっちな光景とあのからかい女子を結び付けたくないのに、しゃがみ込んだことで顔が近くなったその存在感が、許してくれないのだ。
「「「おおっ」」」
「っ…!?」ビクッ
しゃがみながら都市の様子を観察していた紺野が少し大きな声を出して、俺は全身でびくっと驚いて跳ねる。
「「「小人、動いてるの見えた…すご……こんなにちっちゃいんだ…」」」
自分の足元を見てそう呟く紺野は、自分の発言が都市中の何万人もの極小小人の尊厳を傷つけているとは思っていないかもしれない。でも、見るからにただの女子高生に、スカートで無遠慮にしゃがみ込まれ、足元で避難している様子を観察されて「ちっちゃい」なんて言われたら、それは屈辱でしかないはずだ。ずっと長い人生を生きていても、色んな経験をしていても、ただ極小小人に生まれてしまったというだけで、まだまだ青い女子校生がしゃがんだそのお尻にすら届かないのだ。
…分かっていたけど、それが衝撃的なのだ。しゃがみ込むことで巨大なお尻が都市の表面に近づけられているのに、人工都市の中で一番背の高い電波塔ですら、そのお尻に届かない。立った状態の紺野に届かないのはまだしも、しゃがんだ状態の紺野の顔に届かないのはまだしも、しゃがんだ"お尻"にすら届かないなんて。しゃがむことで垂れ下がった紺色のスカートの裾にだって、届きやしない。せいぜい、背の高い電波塔や高層ビルが、何とか足の厚みを超えてくるぶしあたりに届くか、というレベル。
「「「顔も見えないけど、普通に喋ったりするんだよね?一生懸命生きてるんだねえ」」」
そりゃ、自分の下着を見られてもどうとも思わないはずだった。
自分のくるぶしまでしか到達しない都市と、そこに住む豆粒のような生命体。
住む世界が違いすぎるのだ。
(ま、窓ガラスが曇ってる……)
もわぁぁ……♡♡
さっきから気温が急に高くなったと感じていたが、全く気のせいではなかった。紺野の股ぐらが都市に急接近することで、濃厚な匂いと共に蒸された空気が充満していき。そこら中の建物のガラスが白く曇り、細かい水滴が大量に付着する。凝固した水滴がいったいどんな成分で出来ているのか、これが紺野の身体のどの部位から分泌された成分なのか、考えたくなかった。
「「「さて、郊外の荒れ地を綺麗にならしてあげなきゃいけないんだけど…」」」
しゃがんだまま、紺野は品定めするように都市中を見渡して笑みを浮かべる。その目線がこちらに向けられるたび、自然と背筋に緊張が走り、呼吸が荒くなる。クラスメートだったはずの女子の視線が、今や危険な兵器の銃口のように緊張を与えてくる。
「「「…あ、あのあたりかな?」」」
わざとらしくおでこのあたりに手をやって、発見した、というジェスチャーを見せつける紺野。
その顔は、どう見ても俺がいるあたりのエリアを見つめていた。
「…え……いや、うそだろ……」
「「「んじゃあ~」」」
紺野はこちらの方を向いて、声を投げかける。
「「「ちょいとお邪魔するね?」」」
ゴゴゴゴッ……!!!
しゃがんでいた紺野の身体が、少しずつ浮き上がっていく。完全に折りたたまれていた膝が伸ばされ始め、また立ち上がるのかと錯覚する。しかしその身体は真上に伸びていかず、伸ばされた両手は空を切りながら、どんどん、どんどん、俺がいるエリアに向かって近づいていく。
「あ、え、…う、うそだっ…!!?」
巨人の身体が、落ちてくる。両足を都市の中心部に降ろしたまま、上半身だけがこちらに倒れ込んでくる。セーラー服に包まれた紺野の上半身と巨大な顔が一気に空を埋め尽くし、辺り一帯を大きな影ですっぽりと隠してしまう。どう考えてもバランスを保てない角度まで上半身が傾いて、下手すれば1kmに到達する長さの上半身が、住宅だらけのこのエリアに叩き込まれる未来しか見えない。なんで。うそだ、こんなの…。
ゴゴゴゴッッ……!!!!!
上空からセーラー服の前部分がぶらんと垂れ下がり、見知ったはずの女子高生の顔がニヤニヤといつも通り見下ろして。上空全てを埋め尽くすふわふわ女子高生の身体がゆっくりと落ちてくる様を見て、俺は一切の冗談抜きで、自分の人生がここで終わるのだと悟った。異常に遅く見える巨人の落下は、自分が走馬灯のようなものを見始めていることを気づかせた。死というのは、こうやって訪れるのか。気づいたときには手遅れで、逃げることができない。あの天変地異のような存在と知り合いであるはずなのに、俺は存在を気づかれず、対等だと思っていたクラスメートの上半身で知らずのうちに潰される運命なのだ。自分の人生がエンドロールのように脳裏に流れ、楽しかった思い出や辛かった思い出が高速回転する。親に育てられ、友達と出会い、この高校でもたくさんの出来事があった。
その全てが、今。
紺野という一人の女子高生に、紺野だけに、虫のように潰されて無にされる。
ズドォォォォォンッッッ………!!!
グラグラグラグラッッ………!!
バリンッ…!!メリメリメリッ…!!
…………。
………。
……。
「「「あはは、死ぬかと思ったあ?」」」
「っっ……!!??」ビクッ…!!
死後の世界だと思っていた空間で、しかし紛れもない現実世界からの爆音が、紺野の肉声が、そこら中に響き渡った。
ベランダの上で半分意識を失っていた俺は、これまでにない大爆音で降り注ぐクラスメートの声に跳ね起き、体中に冷や汗をかきながら慌てて上空を見上げる。
「あ………ひ…………」
「「「んふ、みんなの街、よーく見えるよ♪」」」
初めて、本当の意味で腰を抜かした。空を埋め尽くす同級生の巨大な顔を認知した瞬間、立っていられなかった。何の誇張も無く、空の景色が一面全て、紺野の顔で埋め尽くされている。これまでの距離感とは比べ物にならない超、超至近距離で、200メートルを超えるであろう巨大な顔が近づけられていた。多分、地表から100メートルは離れているのかもしれない。が、こんな距離感、もし紺野と、キ、キスをしようとしても、これほどの距離感で相手の顔を見つめることなんて絶対にありえない。虫の大きさで見上げないと、人間の顔がここまで至近距離で観察できるタイミングなんて存在しない。
…紺野は、この人工都市の外側の、自分の部屋のフローリングの部分に、両手を着地させていた。すなわち、手はフローリング、両足は人工都市の中の空き地に置き、四つん這いのような体勢になっていた。神様のような大きさの上半身が倒れ込んできたのだから、その下にいた小人からは、世界が潰されるようにしか見えなかったのだ。
でも、もしその手がフローリングの上を滑って、都市の上に本当に倒れ込んでしまっていたら。犠牲者は何百人じゃ済まなかっただろう。
考えるだけで恐ろしいが、紺野はそのレベルの人数の命を危険にさらす行為をやすやすと行っているのだ。
「「「家がつぶつぶ建ってるねえ、よくこんな細かいもの作れるなあ…」」」
ビリビリビリッ…!!バリンッ…!!!
ブワアァァッッ…!!!
100メートル上空から放たれる音響兵器は、郊外の住宅街に向かって一切情け容赦のない衝撃破を与える。家の屋根の瓦はあちこち吹き飛び、折れかけていた街路樹がのきなみトドメを刺されて倒木し、発声の数秒後までハウリングのような現象が町中を反響して小人たちの耳を痛めつける。
俺は耳を塞ぎながら空を見上げ続けるも、もはや視界の中に紺野の顔全体を収めることができない。せいぜい顔の部位の一部を視界いっぱいを使って認識するのが精いっぱいだ。…しかし、その巨大な瞳を見上げれば、とてつもない巨大さから生まれる視線の力強さに心を折られ、すぐに目を背けたくなる。何故かは分からないが、天女様の圧倒的な瞳を勝手に見上げることで、何か天罰が下るのではないかと、強烈な畏怖の精神が心を支配し始めるのだ。
そう思って、爆音の発生源である口元を見上げれば、こちらは一方的に見つめることがあまりに憚られて目を背けたくなってしまう。滑らかなリップクリームの成分に覆われたぷるぷる女子高生リップは、横幅数十メートルにも及ぶちょっとした山脈のようで。ピンク色の表面になだらかなシワがいくつも見られ、ぷっくら膨れた下唇の上からむにぃっ…♡と形の美しい上唇が重たくのしかかっている。公平な目で見れば可愛い方なのであろう紺野の顔の中でも、俺に向けられる表情としてはいつも口元がニヤニヤしていたので、あまり唇の造形の綺麗さには気づいていなかった。しっとりと適度な湿度を保った唇は、見上げているだけでこちらを変な気分に落とし込み、何故かいけないものを見ているような気にさせていた。その気になれば何百もの住居を同時に圧し潰すことができる巨大な女子高生の唇がこの世に存在しているという事実が、既にどこかいやらしいことのように思えた。
「「「じゃあそこの荒れ地に指立てるから…びっくりしないでよー?」」」
ズズズズズッ…!!!
地響きと重たい音と共に、紺野の右手が恐らくフローリングの床から離れ、上空へと掲げられる。巨大な顔の近くまで上昇した手の形が、人差し指を突き立てた状態となり。その人差し指の腹をこちら側に向けて、ゆっくりと落下させていく。この倒錯的なサイズ差では、その指先がまさに自分目がけて振り下ろされているようにしか見えないのだ。
「や、やめてくれっ!!やめろっ…!!!」
意味もないのに、女神様と化した同級生の顔に向かって叫ぶ。当然、ミリ単位の虫の叫びなど聞こえていない紺野は、指紋の模様まではっきりと小人たちに見せつけながら、マンション級の大きさの指を降ろしていく。指紋一つ一つの細かい模様まで見える距離感になっても、延々と近づき続ける超巨大な指先。やがて空の半分ほどが指先だけで覆われたとき、俺は再び、自分の死を覚悟した。
ドゴォォォンッッッ!!!
キィィィンッッ……
「がごぉっ!??」ばたんっ、どんっ…!!
地響きはそのまま俺の身体をベランダの中で転がし、俺はコンクリートの壁で思い切り背中を打ち付けた。両手が着地したときの衝撃とはまた違う、とてつもなく近い距離を震源とした直下型地震のような振動。
…痛む身体で見た、ベランダの外の景色には。
「……でか、すぎだろ……」
新しいマンションが1棟、建設されているようにしか見えなかったのだ。
「「「みんなの建物は、私の指に勝てないんだねえ」」」
濃密なからかいの声を直接住宅地に浴びせながら、人差し指をその荒れ地に突き刺した紺野。俺の寮から100メートルくらいしか離れていない場所だったようで、寮のベランダからは住宅地だらけの風景の中に突然肌色の巨塔が建立されたような状態だった。指先という身体のほんの一部、ほんの末端の部位でありながら、この辺り一帯に存在するどんな巨大オブジェクトよりも遥かに巨大で。女の子の指先の造形の細かさがこんなにも怖いと思ったのは人生で初めてだった。細っこいはずの紺野の指先が、異常にたくましいもののように感じてしまうのだ。
「「「ほれ、ぽんぽんして土地ならしちゃうよー」」」
ドンッ!!ドンッ!!ドンッ!!
ズドドドッッッ…!!!
「ぎゃんっ!!やっ、やっ、やめっ……ぎゃうっ……!!」
推定50メートルもの巨大な指先が、10万トンもの途方もない質量を持つ指先が、天女様の気まぐれに近い動きによって何度も何度も地表に叩きつけられる。ここまでで一番激しい地震が数秒間隔で襲ってくるような地獄に、辺り一帯が貶められる。景色が振動して何が起こっているのかすらよく分からなくなるも、巨大すぎる肌色の巨塔が浮き上がっては振り落とされる最悪の光景だけはギリギリ認識することができた。俺はベランダの中で体を丸めながら何度も転がり、窓や壁にドンッ、ドンッ!と打撲傷を与えられ続ける。同級生による間接的な暴力は、ついに俺の身体に激しく生傷を刻み始めた。
一体、何人の。何百人、何千人の極小小人たちが、紺野の行為によって傷つけられているのか。
この振動では、打ち所が悪く犠牲になった人もいるんじゃないのか。
お願い、お願いします。やめて…やめてくださいっ…!!
ドンッ!!ドンッ!!ドンッ!!
ドンッ!!ドンッ!…
………。
「「「まあ、こんなもんかな」」」
ベランダの中を転がり続け、上も下も感覚が分からなくなったとき。気づけば、地獄のような振動は止んでいた。
「ぐ…う……」
呻きながら、俺は窓を背にして座り込み、虚ろな目で空を見上げる。あまりに自分とは対照的に、余裕たっぷりな表情を崩さないまま指先を上空に向かって引き上げさせていく紺野の姿が見えていた。
住む世界が、違いすぎる。生物としての格が違いすぎる。悔しいとか、許せないとか、そんな感情すら全く湧いてこない。
ただただ、畏怖の念。逆らってはいけない神聖な存在に、たまたま目を付けられたのだ。人は災害から逃げることは出来ないのだ。耐えるしか、無いのだ。
「「「ん~……」」」
このエリアの極小小人たちがどれだけ危険な目に遭ったか、そんなことを気にしてもいなさそうな紺野の表情。くちを「ω」の形に曲げて、どこか楽しげに思案する様子の紺野を見て、俺はもう心の中で祈ることしかできなかった。
神様、お願いします。もう許してください。
…決して紺野のことを"神様"と思っているのではない。どちらかというと、外でお腹が痛くなったときにうわ言のように祈り続ける、あれに近かった。
しかし、気づいてしまう。この状況で"神頼み"をするというのなら、その対象はどう考えたって、上空で女神様のように君臨するあの女子校生になってしまうのだと。
「「「…いいよね、別に誰も見てないし」」」
神様になった同級生は、都市全体に聞こえる音量で独り言を呟き。
「「「君たち、こわ~い指の振動を我慢してくれたから、"ごほうび"あげるよ♪」」」
ねっとりとした口調で、そう告げたのだった。
そして、次の瞬間。
「「「………♡」」」
ズズズズッ……!!!
「っっ…!!??やめ、お願いっ、紺野……!!」
にんまりと口角が上がった唇が、どんどん近づいてくる。紺野の顔で埋め尽くされていた上空が、今度は桃色の美しい唇だけで埋め尽くされていく。シワの一つ一つまで見えていた唇の表面がさらに細かく、顕微鏡レベルの光景を見せつけられる。
まるで食べ物の目線で唇を見ているような光景だと気づいたとき、感じたのは、捕食される恐怖だった。
「「「……んあっ…♡」」」
にちちちっっ…!!♡♡
ぐちゃぁっ…♡♡
むわあぁぁぁぁっっ♡♡
「いやあぁぁっっ!!!???ああああっっ…!!!」
女の子の唾液の音に心の底から恐怖したのは初めてだった。形の良い上唇と下唇がぷるんっ…♡と弾みながら離れた瞬間、その奥からあまりにも生々しい唾液の破裂音が鳴り響いてくる。紺野が意識しなくても、口内の巨大な舌が少し蠢くだけで、何十リットルものねっとりとした大量の唾液が連動して持ち上げられ、糸を引き、それが弾けて大音量を奏でるのだ。口内から流れ出てくる無数の唾液のシンフォニーは、住宅地に住んでいた極小小人たちを執拗に威嚇し続ける。いやらしさとグロテスクさの狭間で、しかし数秒おきに大気を揺るがす無意識な吐息が住宅地中を甘苦しい匂いで埋め尽くし、この恐ろしい唇が年頃の女子高生のものであることを全員に気づかせるのだ。
紺野が何をしようとしているのか、気が気ではなかった。いくら何でも、極小小人に直接危害を与えることをするはずがない。先生から当然禁止されているし、禁止されていることを破っていたずらをするような性格ではないはずだ。どちらかというと、ルールの範囲内で人をからかうことを楽しむようなやつのはずなんだ。
もし、この唇がこのまま住宅地に着地し、建物も極小小人も全て等しく唇の柔らかさの下に敷き潰されたら。もしあの中から絶望的に巨大な舌が出現し、情け容赦なく住宅地の上に圧し掛かってきたら。
最悪の光景を想像して、緊張感による冷や汗が止まらない。
なのに。同級生女子の唇を死ぬほど近づけられているという倒錯的な状況を考えないようにすればするほど、
あのいつもからかってくるちんちくりんの紺野の唇が意外なほど美しくて、魅力的な甘い匂いを発しているという状況を考えないようにすればするほど、
(俺はっ……なんてバカなんだ……)
頭とは裏腹に膨張し続ける自分の股間部に、腹立たしさすら感じるのだ。
そして。
「「「すうぅぅぅっ……」」」
一瞬、上空に向かって大量の空気が吸い上げられる音が聞こえた直後に。
大災害が引き起こされた。
「「「…んはぁぁぁぁ~~っっ……♡♡」」」
ぶわあぁぁぁぁっっっ…!!♡♡
ズドドドドドッッ……!!!
ガラガラッ…バリバリッ…
メリメリメリッ、ズドォォンンッ…!!
今までに外で感じたことのない大熱波が、災害レベルの突風と共に住宅地一帯を駆け巡って蹂躙する。体感温度40度を軽く超える強烈な熱波は、それが建物や地面に触れた瞬間に凝固し、粘性の強い液体となってみるみる液状化していく。小人たちが苦労して作り上げた結晶である住宅建造物は、その屋根も、壁も、窓も、一瞬にしてねっとりとした液体の巨大な水滴たちに包まれてしまう。道路上には大雨の後のような巨大な水たまりがいくつも浮かび上がり、表面張力によって丸みを帯びた水たまりにさらに熱波が吹きかけられて体積が膨れ上がっていく。街路樹の葉っぱに大量の液体が凝固し、雨より重たい液体に耐えきれず次々に葉っぱが落ちていく。枝という枝からとろぉー…♡と液体が垂れさがり、その小さな滝にどんどん源泉が追加されて止まることがない。
「がっ、ごほっ、がぼぼぉぉぉっ…!!???」
未曽有の湿度を誇る熱波は、街に住む小人たちにも甚大な被害を及ぼす。俺が着ていた服はコンマ数秒の間に、洗濯機から出したてのような水浸し状態に様変わりして。気づけば服の表面全てがとろとろの液体に沈み、肌にぴっちりと張り付いてしまう。髪も根元までしとしとたっぷりの液体に浸食され、あらゆる毛先からとろーっ…♡と滝が流れ落ちていく。…そしてなにより。殺人的な湿度の空気を吸いこんだ瞬間、大気中の液体が喉のあたりで凝固し、どろどろの状態で俺の気道を塞ぐのだ。その瞬間に「がほっ!!ごごぼぉっ!!??」と、地上で窒息するという衝撃的な体験に涙を流してむせるしかない。
これが全て、
紺野の口内から放たれた吐息と唾液が引き起こしたものだなんて、信じられなかった。
「「「はぁぁ~~っっ……んあぁぁっっ…♡♡」」」
一瞬で地獄に落とされた住宅街に、全くの容赦なしに巨大吐息の追撃を行う天女様。わざとらしく「「「んあぁっ…♡♡」」」と声を出しながら息を吐きかける天女様の唇と口内空間は、それを見せつけられ続ける極小小人たちに一生もののトラウマを与え始めていた。息を吸うだけでJK唾液に窒息させられ、涙を流して道に倒れ込めば全身が濃厚あまあまなよだれまみれに様変わりする。体感温度は50度くらいまで上昇しており、体中から危険なレベルで大量の汗が噴出するも、その全てがさらに大量の女の子唾液に浸食されて無効化される。まるで自分の体液ごと犯されているような感覚に、鳥肌が立ちそうになる。
びしゃっ、ばしゃっ…!!
(に、逃げな…きゃ……)
びしょびしょに浸水したベランダから、窓を開けて家の中に逃げ込もうとする。しかし唾液まみれとなった窓の取っ手に手をかけても「にゅるんっ…♡」と滑って掴めない。ベランダの方の手すりに手をかけて飛び降りようとしても、手をかけることすら叶わない。無理やり身体を投げ出せば、階下の塀に頭をぶつけて命を失う危険性すらあり、決断できない。そのうち、身体を起こすことが出来ないレベルまで大量の唾液に全身犯され、のしかかられ、俺は息も絶え絶えになりながらベランダの床に突っ伏して、遂に動けなくなった。
ウゥゥーーー……
ピーポーピーポー……
暑さと酸素不足で朦朧とする意識の中、遠くの方からサイレンが聞こえてくる。
(…ああ、本当に災害レベルのことが起こってしまったんだ)
まるで他人事のような感想が脳に浮かび上がり、しかし自分もそのサイレンの対象となりかねない状態まで追いつめられていることに気づいた。
こんなこと、今までプロの管理人は当然やらなかっただろう。1000倍の巨人と言えど、今までは丁寧に管理されて危険もそこまでなかったはずだ。
そんな長年の均衡が、新しい天女様によってたった2日で破壊されて。
「「「…あは♡」」」
口角を上げた唇の動きだけを見せつけて、紺野が大勢の極小小人たちをからかうように嘲笑う。
「「「私のよだれでびしょびしょになっちゃったねえ」」」
地獄を引き起こした天女様は、少しだけ顔を起こして、住宅地で被害を受けた小人たちに顔全体を見せつける。
「「「みんなの家とか公園に、私の匂い染み込んじゃったかな?…これからは私が管理人なんだから、ちゃんと私の匂いを嗅ぎながら生活するんだよ♪」」」
上空から嘲り笑うクラスメートに対して、俺はただただぼーっと消えゆく意識の中で、うわ言のように。
「ごめんなさい…ごめんなさい……」
「うう……」
神様へ祈るように、延々と、出所の無い贖罪の言葉を並べ続けた。
「「「よし、今日は帰ってあげようかなあ」」」
ズドォォォンッ…!!!
いつのまにか天女様の顔は遥か上空まで上昇し。再び激しい振動を都市中に与えながら、神柱のような美脚を抜き取り、都市の外側まで移動する。
そして、
「「「また明日ねー♡」」」
膝に手をつきながら、まるで年下の子どもに別れを告げるかのように、ひらひらと都市の中へ向かって手を振るのだった。
ゴゴゴゴゴッ……!!
ガゴンッ…!!!
カプセルによって外界との空気のつながりが絶たれた後も。
俺は、今の自分が体験中の身であることを、本当な紺野と同じサイズの人間であることを、
しばし忘れ、
未だ残る恐怖で涙を流し続けた。
---続く---