no preview
DESCRIPTION
A株式会社。この会社主に健康食品の販売をメインとしている。
その会社に営業部があり、その営業部で働いている葛城誠が今回の物語の主人公である。
葛城誠。今年で30歳になるまだまだ若い男性社員である。新卒でこの会社に入社し、大学まで続けていたラグビーにより鍛え上げられたその肉体が、毎日縦横無尽に走り回る営業部への配属を決めさせた。
新しい環境へのチャレンジを臆さない葛城にとって、その配属は自分にとってのチャンスだと捉えた。なんとも前向きな男である。
葛城は毎日営業に走り回る。雨の日も風の日も、毎日一生懸命に走り続けた。
そして社会人7年目を迎えた去年。仕事の成績も伸ばしながら、周りからの評価も得ていった葛城は、異例の若さで部長に抜擢される。まあ、おわかりかと思うが葛城は臆さない。
「ありがとうございます!」と会社全体に響き渡るんじゃないかと思うくらいに大きな声でお礼を良い深々と頭を下げ、その辞令を受け取った。
月日は流れる。
「ふうー……」営業部の自分の机の前で葛城はため息を吐く。眼の前にしているモニターには横ばいの棒グラフが写っている。
なかなか営業成績が伸びない。数ヶ月前に仕掛けた、新規開拓もうまくいかなかった。そのことが葛城の次の一手を悩ませていた。
「どうしたもんかね…」大きく腕を上げて伸びをする。休まず続けてきた筋トレの賜であるその胸筋が、窮屈そうにワイシャツを押し上げる。
皮肉なことに今最も成果が出ているのは、最近重点的にやっているベンチプレスくらいだった。
ある日。葛城の姿は同じ部署の後輩とともに居酒屋の個室にあった。
「お疲れ様です」「お疲れ」久しぶりの営業成績改善。それを祝して飲みに来ていた。
葛城が連れてきた後輩は、永山直人という。葛城は永山をとても可愛がっていた。
何でもひたむきに頑張る姿や、くじけずに食らいついてくる姿、そして誰にでも感謝を忘れない姿であったりと…少し自惚れもあるかもしれないが、過去の自分に似ていると感じたのだ。
「永山は良い頑張りをしてくれたよ」
「そんな…あはは…。でも嬉しいです」
「この数ヶ月はなかなか成果が出なくてな…。いろいろとプレッシャーに感じる部分も多くて」
「偉そうな口を聞くつもりはありませんが、葛城部長がとても悩まれているなって…感じていました」
「ん…そうか。悪いな…気を使わせてしまっていたか」
「いえ!そういうつもりでは…」
湿っぽい話からスタートしてしまったが、永山の持ち前の明るさが話題を明るい方向へと変えていく。
その話の中で葛城は永山のいろいろなことを知っていく。
小中高とサッカー部に所属しており、今も友達と集まってフットサルをやっていること。
今の引き締まった体系は、フットサルとあわせてジムに通って筋トレをしていること。
実家は定食屋をやっていて、自炊は結構得意だということ。
いろいろなことを楽しそうに話す永山を見て葛城はグラスを傾けながら笑顔でその話を聞いていた。
「永山はいろんなことを積極的に取り組んで偉いなあ。それに楽しそうだし」
「へへ、そうすかね。まあ最近通ってるカウンセリングのおかげかも知れないです」
カウンセリング…今までの話しからは全く脈略のない話題が出てきたことに驚いた。
「カウンセリング?」「ええ、実は友人から教えてもらったカウンセリングに通ってるんですよ」
「へえ」「その気持の病とかではなくて、単純にもっと自分をスキルアップしたいっていうか、何かもう一皮剥けたいなって思ってて」
話によると数ヶ月前、偶然大学時代の友達と再会した際にそのカウンセリングを紹介されたらしい。そのカウンセラーはとても優しくてどんな話でも親身になって聞いてくれるらしい。
そのおかげかなんだか自分のやる気に燃料が投下されたかのように、俄然やる気が湧いてきたのだという。
「で、今回こうやって葛城部長と小さいながらお祝いができたのも、そのおかげなのかなって」
「へえ…」あまりこういう胡散臭そうな話は信じては来なかったが、永山の変わりようを見れば、なんとなく頼ってみたくなる自分もいた。
正直俺だっていろんな悩みを抱えている。あまりそれを部下に見せないようにはしてきたが、永山に見抜かれてしまうくらいにじみ出ていたんだな。
「そうだ。カウンセラーの先生からもぜひ紹介してほしいって言われてたんですよ。もっと色んな人に来てほしいって」
そう言って永山は財布から一枚の名刺を取り出して葛城に渡した。
数日後。
葛城は永山からもらった名刺を手に雑居ビルの前に立っていた。ずいぶんと古めかしいそのビルの外観に少しの不安を覚える。
そのビルの7階、辻村クリニックが葛城の目指す場所である。どこか薄暗いビルのエレベータはゴトゴトと今にも壊れそうな音を出して葛城を目的地へ運ぶ。
「…今なら引き返してもいいか」と彼は小さく弱音を吐いた。運悪く誰も利用していなかったエレベータは一度も止まらず7階でドアを開く。
ドアが開き葛城は一瞬驚く。このビルの外観からは想像ができないほどきれいなフロアだったのだ。エレベータを降りたら異世界に転生していたと言っても何人かは信じてしまうんじゃないかというくらい、きれいなフロアだった。
廊下を歩き、少し奥まったところに「辻村クリニック」の看板はあった。すりガラスのドアを開けると、誰もいない受付が現れる。
特に何をしろとは書かれていないが受付の机の上にベルがある。それを叩くとチーンと耳に残るようなベルの音がなる。
誰かが来るまでの数分、葛城はあたりを見回す。特に目立ったものはないが、うっすらとヒーリングミュージックがかかっているのがわかった。そのおかげか少しだけ緊張がほぐれたような感じがした。
それからなにもない受付の部屋を見渡し、再度視線が前に戻ったところで扉が開いてひとりの男性が現れた。
「すみませんお待たせしてしまいまして」中肉中背、短髪にメガネ。それ以外特に目立った印象なし。名札につじむらとひらがなで書かれている。
多分彼がここの院長なのだろう。
「いえいえ、こちらこそ急にお邪魔させていただいて。予約とかしてなかったんですが…」
「大丈夫です!大丈夫です!うちは全然飛び込みでもオッケーなんで。さ、こちらどうぞ」
特に何をされるのかもわからない、何をしてほしいのかも言ってないまま葛城は奥へと案内される。
「なるほど。永山さんのご紹介で」
「そうなんですよ。永山もよくここに来ているんですか?」
「ええ、とても気に入っていただけたらしく。先生と話すのが楽しみなんですよ~なんて言ってもらっちゃって。ははは」
辻村は葛城が書いた問診票を見ながら楽しそうに笑う。嫌味ではなく本当に嬉しいんだろうなという笑い方だった。
しかし葛城はどこか落ち着けないでいた。なにせこういったカウンセリングというモノが初めてだったからである。どういったことを聞かれるのか、自分はなんと答えればいいのか…まるで入社時の面接試験を待っている就活生のような気持ちに似ていた。
「そんな緊張されなくても大丈夫ですよ~。…さてさて、ではある程度葛城さんのこともわかりましたので、本題に入りましょうか」
辻村は問診票を机に置き姿勢を正しジッと葛城を見つめる。いきなり始まる本番の空気に葛城も姿勢を正す。
「プラシーボ効果ってご存知ですか?」
「プラシーボ効果」
「そうです。名前くらいは聞いたことありますよね?」
「ええ、そうですね。…なんでしたっけ…偽薬?全く有効成分のない薬を飲ませて…効果や副作用が出るみたいなやつでしたっけ?」
あまりに的確な回答に辻村は笑顔で頷く。
「素敵な回答有り難うございます。その通りです。で、こういった効果っていうのは人間の心理にも十分に使えるのではないかと思っているんです」
「なるほど…」葛城もなんとなく頭でイメージが付いていた。
「たぶんですが葛城さんは、良くも悪くも思い込みが強く働いてしまうのではないかなと思うんです」
「はあ…」
「例えばですね」辻村は机においてあったペットボトルを手に取る。それはさっきから机の上に置かれていたラベルのないペットボトル。中身は多分水であろう。彼は葛城と話しながら何度かそれを口にしていた。
「これ。手に持ってみてください」「…え、あ…はい」
手渡されたペットボトル。それを両手で無意識に握り込む。中の水はすでにぬるくなってはいるようだが、ペットボトル表面の僅かな冷たさが手に感じられた。
「葛城さん」
「はい」
「それ、水じゃないですよ。中身お湯です」
「は?」
そんな訳はない。だって手は全く熱くない。さっきも言ったように、わずかに冷たさを感じるくらいだ。
「なにを言って…」
「お湯ですよ。そのまま持っていると手をやけどしますよ?」
「…だからなにを」
しかしどうしたことだろう。ペットボトルに触れている部分がじんわりとあったかくなってきた。水からぬるま湯。ぬるま湯からお湯。お湯から熱湯。
「うわっちゃあ!!」
葛城は慌ててペットボトルから手を離す。放られたペットボトルは数回跳ねて辻村の足元に転がる。彼はそれをひょいと拾い上げて笑う。
「ははは。やっぱり葛城さんは思い込みが激しいですね。これはお湯になんてなりません。水です。水のままですよ」
「…いや、だって熱くなって…ほら手が…。手…あれ?」
見せるように広げた手のひらはきれいな肌色を保っている。全くやけどをしたようなあとはない。確かめるように葛城は自分の手を重ねてみる。全く熱くもない。むしろ緊張の名残を示すように少し冷えているほどだった。
「そういうことです。だからですね、悪い方向に思わないことですね」
「はあ…そうです…かね?」
「ええ。それに永山さんもいつも言ってますよ。葛城さんがいつも的確な指示をしてくれるおかげで課がとてもいい感じに回っているって」
「永山が?そんなこと言ってたんですか?」
「はい、言ってましたよ。だから、今はとにかく悪いように考えすぎないこと。無理やりにとは言いません。少しでもいい風が自分に吹いてきているなと感じたらそれに身を任せるような感じで。それくらい気楽に考えるのが良いんです」
クリニック近くの駅。葛城はスマホのカレンダーに次の来院予定を入力してポケットにしまう。
「思い込みか…まあたしかにそういうところあるかもな…」
自分の手を見てみる。誰かに言っても信じてもらえないかもしれないが、たしかにあのとき手に持っていたペットボトルは熱くなっていた。だから手を離した。
でも自分の手には火傷の跡はない。もう片方の手で手のひらを擦ってみる。痛くもない、ひりひりともしない。指に伝わるのは、筋トレでできたマメのごつごつとした感触だけだった。
「とりあえず…先生の言ったことを信じてやってみるか」
*
数週間後。葛城は経過を伝えるために辻村クリニックを訪れていた。
「いやあ自分でも驚くくらいにとても調子がいいんですよ!」
辻村と向かい合うように座る葛城。大きな手がガシッと膝頭を掴み、ぐいと身を乗り出している。
腕まくりをしたワイシャツからは、前回からより鍛え上げられた腕が覗いている。
葛城の姿勢、そして体型から、今の調子の良さが伺い知れる。
「みたいですね。ははは」さすがの辻村も少し苦笑いをしている。
「いやあ本当に。先生に出会えてよかったですよ」
「そう言っていただけて嬉しいですね。永山さんのほうはどうですか?」
「永山ですか?あいつも良い働きしてくれてますよ」
「うんうん、それは良かったです。…それでは、ちょっとひとつステップアップしてみましょうか」
ステップアップ。その言葉に葛城は少し不思議そうな顔をして首を傾げる。辻村は立ち上がり、隅っこにある冷蔵庫から何かを取り出し持ってきた。
「わ…」葛城はそれを見てつい顔をしかめる。辻村が持ってきたのは彼が大嫌いなトマトだったからだ。しかも大きなトマトをまるまる一個。
「これを食べてみましょう」
「いや…!先生、それは流石に無理です!てか…なんで俺が苦手なもの知って…おえ…」
トマトを見ただけで吐き気を催す葛城。大きな手が口元を覆い隠す。それくらい彼にとっては苦手なものなのだ。
「問診票にしっかりと書かれていましたよね?だから知ってるんです。まあとりあえず、葛城さんにとってトマトは大の苦手なんだということはわかりました」
辻村は一旦トマトに布をかぶせ見えないようにしてくれた。葛城はもう一回だけえずいて、口元にあった手を外した。
「…まさかそれも思い込みでどうにかなるとか言わないですよね?」
「そのとおりです」
「いや…!ですから…さすがにそれは…」
辻村は葛城の手を握った。突然のことに葛城は驚く。
「深呼吸して」
「え…あ…は、はい。…すうー…はあー…すうー…はあー…」
「そのままゆっくり頭の中で『トマトは嫌いじゃない』と繰り返してみて」
「…すうー……っうえ…」トマトという単語を考えるだけでもえずいてしまうようだ。
「繰り返す。ただひたすら繰り返して」
「…はい…」葛城は苦しみながらも教えられた言葉を繰り返していく。しだいにえずきも少なくなり、最終的にはゆっくりおちついて深呼吸だけを繰り返していた。
「…すうー…はあー…すうー…はあー…」
「はい。もう大丈夫でしょう」辻村は布を外し、再び葛城の視界にトマトを映す。
「……」葛城はトマトをじっと見つめている。さっきまでのようなえずきもない。むしろトマトから目を離せないでいるようだ。
「トマトは嫌いですか?」辻村は彼に問う。
「いや…嫌いじゃない」少し眠たそうに彼は答える。
「両手を出して」差し出された葛城の両手。辻村はそこにトマトを置く。彼はじっとトマトを見つめている。
そこから数分、辻村は何も指示を出さず様子を眺めていた。その間、葛城も何も言わずトマトを見つめていた。
辻村は机の引き出しから、一枚の用紙が留められたバインダーを取り出し、何かを記載していく。書き終えるとまた引き出しの中に戻した。
「食べてみてください」
「はい」短い返事のあと、葛城はトマトにかぶりつく。ぶじゅぅっ…と潰れる音がして少し果肉が飛び散る。あれほど苦手だったトマトはあっという間に食われてしまった。
「どうです?美味しかったでしょ?」
「え…あ…。え?…あれ、俺トマト食べてました?」まるで記憶にないかのような素振りを見せる葛城。
「ええ。美味しそうに食べていましたよ。覚えてませんか?」
「覚えてない…っていうか…なんだろう。言葉を繰り返していたら、なんかその言葉が頭に染み込むっていうか、それしか考えられなくなって…」
「うんうん」
「でー…申し訳ないですけど…ちょっとそこからあまり記憶がないんです。でも…トマトは多分もう食えますね。口に残っている後味も全然嫌じゃないし」
「ほら、葛城さんは思い込み一つでここまでできてしまうんですよ」
「そう…ですかね?」
正直この効果はすごいと感じた葛城だったが、同時に少しの不安も感じた。できるようになったというよりは…できるようにさせられた…そう感じていたからだ。
「先生、これってある種のさいみ…」「それでは次の診療日ですが、いつ頃が良いですかね」
「…あ」彼の質問は辻村の食い気味な会話に消され、話しかけようと持ち上げた手は虚しく空気を掴んでいた。
*
葛城は、これよりも大きなプロジェクトを任せられることも多くなり、その度いろいろと頭の中に苦手意識が溜まっていく。
はじめは、辻村に言われたように『苦手と考えず、それが得意なものだと思うように意識してみる』ことで乗り切れていた。しかし、段々とそれでは捌ききれない量の苦手が頭の中に入ってくる。
そんなときは仕事が終わればすぐクリニックに駆けつけて、辻村にカウンセリングを行ってもらう。辻村も飛び込みでやってくる葛城を快く迎えてくれる。
そしてそれは次第に依存へと変わり、葛城はもっと強い効果を求めるようになる。
「なるほど…きれいに不安が払拭できないと」
「そ…そうなんですよ…。これまではクリニックを出る頃には、頭から苦手なものとか不安なことがきれいになくなっていて、とてもスッキリしていたんですけど…。ここ最近は…なんかまだ頭になにか残っているような気がしてスッキリしなくて…」
葛城は前のめりになり無意識に辻村の手を両手で握りしめていた。まさに藁にも縋るとはこのことか。
「じゃあもう少し強めにしてみますか?」
「強めというのは…」
「軽く催眠のような形で、葛城さんのベースとなる意識自体を変えてしまうんですよ」
「…意識自体を」
一瞬その言葉の強さに怯みそうになったが、この先のこと…プロジェクトの納期、会社からの期待、部下への示し…そんなことを考えると葛城に迷っている暇はなかった。
「お願いします!」
葛城は施術室へ連れて行かれる。間接照明だけがつけられた薄暗い部屋。
「そこにお座りください」
「は、はい…」葛城は指示されたとおり椅子に座る。そした辻村も向かい合うように座る。
「…何をするのでしょうか」今更になって怖気付いたのか、薄暗い部屋が醸し出すこの雰囲気に葛城は子どものように怯え始めた。
辻村は葛城の問には答えない。むしろ優しく微笑んでいた。
「…先生……?」
「ようやくこの時が来たなという感じです。私は心待ちにしていましたよ。葛城さん」
ドックン…。心臓が嫌な音を鳴らす。嫌な汗がじわりとワイシャツを湿らせる。
「自分が丹精込めて作り上げてきた作品が…今ここで…あとひとつで完成するところまで来ているんですから」
辻村は舞台に立つ俳優のように、声高らかに宣言をする。それは葛城にとって、今の葛城でいられることへの最終宣告でもあった。
「……お…俺を…騙してたんですか?」
「騙していた?」
「俺は先生を信頼して…今まで頼ってきたんですよ!先生も親身になって…俺のことを」
その信頼していた先生とやらは、冷たい目で葛城を睨みつけている。
「それは勝手にあなたが私に信頼をおいていただけであって、私にとってはいい迷惑でしかないですね。正直、あなたの頼みに応えていたのは、ただ作品が仕上がるまでの我慢だと思ってやっていたことですから」
「……ぁ…あ…」葛城の中にあった信頼というものはがらがらと音を立てて崩れる。
「まだあなたがあなたでいられている間に、このあとどうなるか見せてあげましょう。入ってきてください」辻村がドアの方を見て声を掛ける。自分たちが入ってきたドアがガチャリと開く。
「…。……!?」入ってきた人物を見て葛城は驚きの表情を見せる。
「こちらへ」「はい」その人物は葛城と同じようにワイシャツを着て、スラックスを履き、革靴をコツコツと鳴らし近くまでやってくる。
「……永山…!?」葛城の部下であった永山は、辻村のとなりに来ると足を止め、そしてその足を揃え気をつけをする。
「彼には一足先に私の作品となっていただきました。あなたも彼と同じように…」「ふざけるな!」葛城は立ち上がり、辻村の胸ぐらをつかむ。
「永山をもとに戻せ!」「…もとに?何を言っているんですか?今のこの状態こそが、本来の彼なのですよ」
「ふざけるな!そんなわけあるか!お前が催眠をかけたんだろ!ふざ…っ…!?」顔になにか重たい鉄の玉のようなものがぶつかった感触を受ける。そして一瞬意識が飛んだ感覚のあと、床に倒れ込んでいたことに気がつく。頬が痛む。じんじんと痛む。
「…ご主人様に触れるな」その声はしっかりと耳に届いた。永山の冷たく感情のない声がそう告げたのだ。
痛みに耐えながら顔を上げる。顔に受けたあの衝撃は、永山が固く握った拳だった。これまで慕っていた永山の姿はそこにはなかった。ただ俺を敵として、排除するために躊躇なく拳をふるったのだ。
「永山さん、そんな乱暴をしてはダメですよ。これから作品になる彼を傷つけては」「申し訳ございません。ただ、あの汚い手が御主人様に触れるのが許せなくて」
「なが…やま…」その声はもう二度と彼の耳には届かなかった。彼の耳に届いているのは、ご主人様である辻村の声だけであった。
何かを命令された永山は、こくりとうなずき葛城の髪を掴み乱暴に立たせる。そして投げるように椅子に座らせた。
「暴れられても困りますからね…と言ってももうこの現状を見て暴れることはないでしょうけど」
辻村は葛城の手を握る。その手はまるで氷のような冷たさだった。その冷たさは手から腕、腕から体、そしていつか全身をあっという間に侵食していった。
「大丈夫ですよ。彼と同様にあなたも私の作品の一つして大切にかわいがってあげますから」葛城の目をじっと見て、3…2…1…とゆっくりカウントダウンをする。そしてゼロと言った瞬間、くんっと腕を引っ張る。同時に葛城の頭はかくんと落ちた。
葛城が堕ちて数分後、辻村は時計を見て「そろそろか」とつぶやく。
うなだれていた頭がゆっくりと起きあがり、再び光が当たる彼の顔は感情がすべて抜け落ちていた。
「立て」葛城に命じる。「はい」感情のかけらもない無機質な返事は辻村を満足させる。そしてふたりを並ばせる。
辻村は改めてふたりのプロフィールを眺める。
葛城誠。30歳。身長190cm。体重98kg。A株式会社営業部の部長。学生時代はラグビー部に所属しており、大学生時代は日本代表の候補にまで選ばれた。鍛え上げられた体はたるむことなく、今も週4で通っているジムで鍛え、維持されている。
永山直人。22歳。身長177cm。体重65kg。A株式会社の社員で営業部に所属している。学生時代はサッカー部に所属しており、今も趣味でフットサルをやっている。葛城ほどではないが、ジムに通って筋トレをしている。
辻村は満足そうに微笑んでプロフィールを机に置く。そして新しく出来上がった葛城のもとへ行く。脂の乗り切った30代、そしてたくましい胸板。これほどまでに素晴らしい逸材が手に入るとは思わなかった。辻村の手は迷うことなくその胸をもんでいく。
「…んっ」葛城が小さく喘ぎ声を漏らす。しかしその手を払うような反抗的な態度は示さない。
「どうした?さっきみたいに私の胸ぐらをつかんだりはしないのか?」挑発的な質問をぶつける辻村。
「先程のご無礼お許しください。…んっ…私っ…は…御主人様であるっ…辻村様の行為を…すべてっ…受け入れます。」揉まれるその快感に耐えながら葛城は忠誠の言葉を口にする。
「ほう。少しくらい私の施術に抗うかと思っていたが…意外とあっさり飲み込まれてくれたようだな…」
辻村はワイシャツを両手で掴み乱暴に前面を破ってしまう。むわっとした粘っこい熱気と、葛城の厚い胸板が現れる。今度は直に胸に触れ揉んでいく。
ビクッ…ビクッと小さく体を震わせながら、ご主人様の行為を受け入れていく葛城。
「キスしろ」「はい」葛城はご主人様の背中に手を回し優しく抱きしめる。そしてゆっくりと唇を重ねていく。舌の絡まる感触と、胸を揉まれることで溜まっていくその快感は、ゆっくりと葛城の股間にテントを張っていく。
「ぷはっ…なんだ、ずいぶんと興奮しているんだな」「はい、ご主人様との行為で興奮してしまいました」
「許可なく興奮するとは…。まあいい、永山」「はい」呼ばれた永山は辻山の方へと向き直る。
「こいつに奉仕してやれ」「はい、かしこまりました」かつての上司と部下の行為に興味を持った辻村はふたりに交わるよう指示を出す。
口の周りを唾液で光らせ、乱暴に開かれたワイシャツの隙間からは厚い胸板をだしたまま。そのまま立ち尽くす葛城は、前に回り込んだ永山にされるがままに下を脱がされる。
葛城の下半身は、上半身と同じように見事に鍛え上げられていた。丸太のような太ももは濃ゆい毛に覆われている。そしてその体に沿うようにぴっちりとしたボクサーパンツは、勃起した性器により押し上げられている。
永山は躊躇せずそれもおろしていく。ゴム部分に引っかかった性器は、ぶるんっと勢いよく跳ね上がる。先走り汁も跳ねて永山の顔を汚すが、そんなこと一切気にせず永山は葛城の性器を舐め始める。
「んっ…ん……んふ…んっ……」どこかおぼつかないフェラチオは、それでも葛城を興奮させているようだ。
「気持ちいいか?葛城」「はっ…はいっ…きもちっ…いいですっ」
「お前を慕っていた後輩に舐めてもらうのがそんなに気持ちいいか?」その言葉に葛城の視線が僅かに下に動く。
「…んっ…ふっ…あ…きも…きもち…いい…ですっ…!」視界に永山を捉え、奉仕をさせている事実が背徳感としてより興奮を促していく。
「こいつはお前のオナホだ。口にたっぷりとザーメンを出してやれ」「はいっ…かしこまりま…っ…したっ!」葛城は永山の頭を掴み乱暴に性器を押し込んでいく。何度目かの激しいストロークで永山は白目を剥き始める。
「…でっ…る…でるっ!イグッ!」葛城は根本まで一気に押し込み大きく体を震わせて射精した。
「んぶっ…ふ…おぶっ…っ…んぐぅっ!?」どれだけ大量に出しているのか。飲み込めないザーメンは口の隙間から漏れている。さらには鼻からも溢れ出す始末である。
もうそこには上司と部下という関係だったふたりの姿はない。そこにあるのは、辻山の作品として命令に従うだけのふたりであった。
*
数週間後。葛城と永山、二人の姿は葛城の自宅にあった。
「お疲れ様」「お疲れ様です」チンとグラスの当たる音。今日は、小さなプロジェクト完遂のお疲れ様会として、葛城の部屋で宅飲みをしている。
小さなテーブルの上に買ってきたおつまみを広げ、これまでの成果をねぎらう。
「無事に終えてよかったな」「そうですねー。これからまた軌道に乗ってくれると嬉しいんですけど」
仕事の会話や、趣味の話、いろんな話をしながら時間は過ぎていく。そして時計の針が22時を指したころ、本棚の上に置かれた時計が鳴り始める。
「あ…」「…ぁ」楽しそうに話していたふたりは小さな声を漏らして動きを止める。笑顔が消えて無表情となり葛城は手に持っていたグラスを床に落とし、永山は橋を床に落とす。
そのことなど一切気に留めないふたりはスッと立ち上がり、着ているワイシャツを脱いでいく。そしてそのまま下も脱ぎあっという間に全裸になってしまった。
「ご主人様の命令」「ご主人様の命令」「葛城誠は永山とセックスをします」「永山直人は葛城とセックスをします」
お互いに無機質な声で宣誓を終えると、葛城はベッドに仰向けになり足を広げる。永山はその広げた足の間に入り込む。すでに勃起していた性器をこすり合わせ先走りを出す。それをローションのように何度かこすり合わせたあと、永山は葛城のアナルに性器を差し込んでいく。葛城はとくに痛がる様子もなくそれを素直に受けと入れていく。
奥まで差し込まれると、永山は腰を振り始める。葛城も永山もときより短くあえぐ以外、特に性行為に対する興奮も感じず、ただの行為のようにこなしていく。
「…興奮が限界値に到達。…葛城のアナルに射精しっ…ますっ…!」機械的な宣言のあと、少し震え精液を出していく。
「…永山の射精を確認」同じように機械的なセリフを吐いたあと、ふたりはゆっくり離れる。そして葛城はまたセリフを言う。
「永山の性器を清掃します」さっきまで自分のアナルに出し入れされていた性器を見つめ、それから大きく口を開け咥える。奥まで入れ口を窄め尿道に溜まっている精液までも吸い上げていく。
「清掃を完了。行為終了後はご主人様の命令通り、この記憶を消し服を着て通常の生活に戻ります」「はい」ふたりはテキパキと服を着てもと居た位置に戻る。
「…。…わ!やっべ…ビールこぼしちゃってる」「何やってるんですか、もー…」「そういうお前だって床に箸落としてるぞ」まるであのアラームがなったところからやり直しているかのようにふたりはまた会話を始めていく。
次に場面は辻村クリニックのある一室に移る。そこでは辻村がモニターを見つめていた。そこにはさっきまでふたりが性行為を行っていた葛城の部屋が映っている。
辻村は葛城と永山に暗示を施した。互いの部屋でアラームを聞いたとき、性行為を行え…と。この暗示は気分次第で変えられるようだが、今回は性行為となったようである。
「ふふ…本当に二人はなかなかいい作品になってくれましたね。…ははは!ははははは!」
辻村の高笑いのあと、遠くからベルの音がなる。モニターを受付に切り替えると、そこにはスーツを着た男性がひとり立っていた。
「これはまたいいタイミングでいい素材が来てくれたみたいですね。…さて、今度はどんな作品に仕上げようか…」
おわり