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にこまき小説「青春がきこえる。」

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はじめて書いたにこまき長編小説。











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梅雨の季節がはじまりだった。 「真姫ちゃん一緒に帰るにゃあ!」 「ま、待ってよぉー凛ちゃんっ」 練習を終えて帰り支度をしたものの、ピアノを弾きに音楽室へ向かおうとしたところで。疲れを感じさせない凛と、その勢いにつられて花陽が私を呼び止めた。きっと尻尾があれば左右に忙しなく動いているだろうな、と考えてちょっと嬉しくなる。凛と花陽は幼馴染みだから当然仲良しで、その中に私が入ることを当たり前にしてくれる。 そんな二人のお誘いを断るのは気が引けるけど、今日はどうしてもピアノに触れたい気分。家に帰れば課題に手をつけないとだし、その前に少しだけ。 「ごめんね、私はまだちょっと残るわ」 私のこたえに二人はがっかりするでもなく、じゃあ真姫ちゃんの新曲楽しみにしてる!と私を送り出した。 音楽室へ向かう途中に窓へ目をやると、雨粒が忙しなくぶつかってするすると落ちて、私の心を僅かにざわつかせる。これと言って日常的な問題があるわけではないのに、この季節は心の中が落ち着かなくなるのだ。 今日の練習が外で行えていれば、こんな感傷的になる前に体の疲労を感じただろう。それに思いっきり体を動かしていれば、自然と前向きにもなっただろう。 「、、、はやく終わらないかな」 ぽつり、と小さく呟いたけど。つい先日梅雨入りしたばっかりだから、しばらくはこのもやもやと付き合うことになる。そんなことを考えながら音楽室の扉を開けた。 すると、ピアノの椅子に誰かが座ってるのが見えた。見えたと言っても足元だけ。扉の音に気付くこともなかったので、どうやら寝てるらしい? 、、、誰かしら。 ゆっくり近づいてみると。トレードマークのツインテールと赤いリボンが見えた。 すう、すう、と小さな寝息をたてながら寝てる。さきほどまで一緒に練習をしていた部長のにこ先輩が、どうしてここにいるのだろう。椅子の側まで近付いても起きる気配がなくて、しばらく寝顔を眺めていた。 「んう」 「、、、あ」 僅かに上下する肩に、さらさらの黒髪が頬のそばを流れてくすぐったそう。すると睫毛にも髪がかかってしまう。それを見てつい、そう衝動的に、意識せずに、髪をよけてあげようと手を伸ばしたのだ。 そっと触れて、見た目通りのさらさらの髪だなと思いながら。邪魔そうだった髪をよけたあとも、つい思わずそのまま指の背で頬を撫でていたら、ぱちりと紅い瞳が私を捉えた。 「!あっいや、えっと、、っ」 「、、、にこ、寝てた?」 「え?あ、はい」 慌てて手を引っ込めたあと、変にかしこまった返答になってしまった。んーーーっ、と大きく伸びをして。ぽんぽんと椅子をたたく。先程の行動のせいで気まずい恥ずかしさもあったが、ここで過剰に反応すれば恥ずかしさは増す一方だ。私は仕切り直し、と言わんばかりに咳払いを一回。大人しく隣に腰かけた。 「ピアノ弾いてほしいなー、って思って待ってたの」 「え?」 「ま、来なかったら素直に帰るつもりだったんだけどね」 来てくれたからうれしい、と。 練習のときに見せる強気な雰囲気はどこにいったのだろう?。いつも見る笑顔とちがう、気の抜けた、ふつうの、ただの笑った顔に。思わず息を飲む。 「真姫ちゃん?」 「、、、」 「あれ?もしかしてぇ、先輩とふたりだから緊張しちゃってるー??」 ぷーくすくす、なんて大袈裟なアクション。あ、その過剰な演技は知ってる。いつもの先輩。 「そういえば先輩だったわね」 「ちょっと!なによそれ!!」 「べつに、そのままの意味よ」 自分の髪の毛をいじりながら、いつもの調子を取り戻す。生意気な後輩ね、なんて言われるのもいつも通り。 約束を交わしたわけでもないのに、待ってたなんて変なの。ましてや来てくれてうれしい、なんて。そんな不意討ちの、、とまた思い出してしまう前に鍵盤蓋を開けて指をあわせた。 「リクエストは?」 「んー明るいやつ聴きたい」 「そう」 偶然ね、わたしも。とは口に出さなかったけど。こんな天気なのだから、明るい曲が聴きたくなるのは自然なことだろう。 演奏をはじめると、先輩は小さい体を揺らす。その度に先程触れたさらさらの黒髪から、ふわりと甘い香りがして。朝から嫌でも鼻についていた雨のにおいが、先輩の甘い香りによって上書きされて。理由もなくざわついていた胸が、すぅーっと落ち着いていく。 ふ、と隣に目をやると。それに気付いた先輩はまた自然に笑うもんだから。にこ先輩のくせに、なんて心の中で悪態をついてしまう。 鍵盤をたたく指が、手が、体が、そしてきっと心もどんどん軽くなる気がした。窓の外をたたく雨の音も聞こえない、雨のにおいももうどこかへ消えて。リクエスト通りの明るい曲に、ふたり並んで同じリズムで体を揺らす。 「にっこにこにこにぃー♪」 「ちょっと、変な歌詞つけないで」 「変とはなによ!宇宙No.1アイドルのにこにーが特別に歌ってるんだから、有り難く聴きなさいよね!」 「はいはい」 「生意気!」 こんなやりとりしてるのに、お互い笑顔のまま体を揺らしてて。それがすごく居心地が良かった。 「にこ先輩はどうしてピアノを聴きたかったの?」 満足するまでピアノを弾き、満足そうにピアノを聴いていた先輩と二人並んで音楽室をあとにして、廊下を歩きながら気になったことを尋ねてみた。 約束していたわけではなかったのに、音楽室で待ち伏せてまで聴きたかった理由はなんだろう。 その問いに、先輩は足を止めて窓の外に目をやる。私もつられて窓の外に視線を移す、相変わらず雨が降り続く。でも私の憂鬱さはもうどこにもない。 「雨の日って落ち着かないのよ。いつもはなんともないことが、雨のせいで重くなるっていうかさ」 ああ、それわかる気がする。 わかる気がするけど。いつも笑顔を一番大事にしてる先輩には不似合いな台詞だと思うのは、先輩と知り合ってまだ日が浅いせいだろう。大袈裟なリアクションと、図々しいまでの媚び売りがいつもの先輩だから。 不意に見せた自然な笑顔や、素直な言葉ははじめてのことだったから。 「それにピアノが聴きたくてっていうか、もしかしたら真姫ちゃんが来るかなって」 「、、、私が?」 「そ、なんか同じにおいがして」 「なにそれ意味わかんない」 「えー?」 ふふ、と笑って。再び歩きはじめた先輩の髪がまた揺れて。それを眺めるように後ろをついて歩く。 「つまりは仕方ないから、いつでもにこにーが隣で聴いてあげるってことよ」 部長だからね?と付け足して。 その言葉を聞いて希先輩の話を思い出す。にこ先輩も1年生のときにスクールアイドルをしていたこと、だけどうまくいかなくて部長ただひとりだけの部活になってしまったこと。じゃあ私たちがスクールアイドルをはじめて部室を訪ねてくるまで、先輩はずっと、、。 ずっとどんな気持ちで、部を守り続けたのだろう。意地?執念?アイドルへの憧れ?いくら思案してもスクールアイドルに触れたばかりの私にはきっと届かない、理由や情熱があるのだろう。 先輩から言わせればアイドルとしてひよっこの私。いや、ひよっこの足元にも及ばない。そんな私のことを先輩は見てくれていた、気にかけてくれていた。そしてそんな些細な憂鬱さを晴らそうとするであろう私を、来るかもわからないのに待っていたなんて。 ついこの間後輩になったばかりの私の些細な憂鬱さを晴らすために?なんて自惚れてしまう。 アイドルは笑顔を見せる仕事じゃない、笑顔にさせる仕事なの。 その言葉を体現するひたむきな先輩は、真っ直ぐで深い優しさを惜しげもなく私にくれているのだと気付く。アイドルを志す、というには心許ない私に。 「、、、部長ならアドバイスとかしてほしいんだけど」 それが気恥ずかしくてたまらない。 毛先を指でくるくる絡めて、つっけんどんな態度にでてしまう。 でも先輩は、んーそうねと考えて。 「ピアノ弾いてるときの真姫ちゃんの笑顔、アイドルとして合格点よ」 「うええっ!?」 そんなことを言われるとは予想してなくて変な声が出てしまった。予想外の誉め言葉に狼狽えてる私に先輩はじゃあね、と小さく手を振った。その背中が遠くなる前に毛先をいじってた指をとめて、きゅっと握りなおす。 「、、と、となりで聴いてくれてありがとう」 雨の音にも負けそうなぐらい小さい声で呟いた。先輩はもう一度振り返って、たのしかったねと笑って見せた。 憂鬱な気持ちはもう消えて、まだ上手く言い表せないあたたかい感情が私の中に芽生えた。 それから雨の日はほとんど毎日、練習がはじまる前だったり練習終わりの時間に先輩を誘った。最初の方こそうまく言い出せずに、にこ先輩の前を不自然にうろうろしていたけど、、。 そんな時は決まって。 「ねえ、真姫ちゃん」 「、、な、なに?」 「ちょっと発声練習付き合ってほしいなあー?」 「べ、別にいいけど!」 「ふふっ」 こんなふうに誘ってくれた。 朝起きて雨が降っていたら、自然とあたたかい気持ちになる。それぐらい先輩と過ごす時間が心地よくて、隣で私の演奏を楽しそうに聴いてくれることがうれしかった。 憂鬱な気持ちなんて、最初の1日であっという間に晴れていたのだけれど。先輩はいやな顔ひとつせずに付き合ってくれた。 でも、雨の季節にも終わりがあるのだ。ようやく自然に誘えるようになった頃、テレビのお天気コーナーで告げられた梅雨明けの宣言。 外は清々しいぐらいの青空で、ここからは夏のはじまりだ。いつの間にか晴れの日だとちょっといじけてしまうようになっていた私には、なんというか、残念なお知らせで。  「はあ、、、、」 がっかり、というため息がもれる。これからは雨よりも晴れの方が圧倒的に多くなるのだから当たり前だ。 そういえば、にこ先輩も雨の日は気が重くなるって言ってたわ。 それなら梅雨明けしたのはにこ先輩にとっては良いニュースよね、、。 大人げないため息を飲み込んで、そう自分に言い聞かせた。 「はい、じゃあ少し休憩!」 絵里先輩の合図で体の緊張を緩めていく。今日は柔軟多めの練習メニューだ。これから夏が近付くから怪我をしないため、そして練習のレベルを上げるためらしい。真面目でストイックな絵里先輩と海未先輩が考えた練習メニュー。 柔軟だけで汗をかくなんて。運動が得意ではない私でも、体がほぐれているのがなんとなくだけどわかる。 「じゃあ次は、ペアを組んで柔軟しましょう」 絵里先輩の声かけに、私はきょろきょろと周りを見渡す。ペアを組むと言っても、、と誘い慣れない私は気まずくなってしまう。どうしよう、と相手を決めかねていると。 「にこは真姫ちゃんとやろっかな」 「、、!」 私の背後から覗きこむようにして、先輩がそう言った。私はただ、こくこくと頷くだけで精一杯。 うわあ、、どうしよう うれしい 絵里先輩と海未先輩のペアをお手本に、私と先輩も柔軟を行った。互いに背中合わせで仰け反ったり、手を繋いで肩や脇腹あたりを伸ばしたりしていく。 「あー、、コレけっこう効くわね」 「にこ先輩、お年寄りみたい」 「なぁんですってー!?まだまだピチピチの女の子よ!」 「、、、そうね、女の子ね」 「なによその間」 「別に」 「はいそこ!お喋りしない!」 絵里先輩に注意を受けながらも、ペアでの柔軟は楽しいとさえ思った。必要以上に汗をかいた気がするけど、これは柔軟が効いてる証だと誰に言うでもなく心の中で呟く。頬が少し赤みを帯びるのも、胸がどきどきするのも、そうなのだ。 それから海未先輩の指導に替わり、いつも以上にキツめの練習を終える頃には夕焼け空になっていた。 練習終わりのストレッチも忘れずに行うこと。そう絵里先輩はメンバーに念を押すように告げて、それぞれが十分と思うまでストレッチを行い部室へと向かっていく。 今日はたのしかったな、と思って。いつもたのしくないってわけじゃないけど!とまた思う。今日はなんだか言い訳を余分にしてる気がする。 ストレッチを終えて私も部室に戻ろうとした、その時。 「夕焼けきれいだね」 にこ先輩がぽつりと呟いた。 その声は私にしか届かなかったから、前を歩いていた花陽と凛は気付かずに部室へ向かっていく。だから私だけが振り返った。 にこ先輩の表情は、どこか感傷的で。 あの雨の日の、最初の日に見せた表情だと思った。あの時は先輩からはじめてきく素直な言葉に、少し驚くだけでそれ以上のことは思い浮かばなかったけど。 でも今は、あの時よりも。 にこ先輩の感情を読み取れる。 うれしそうな、さびしそうな、いろんな感情がこもった表情だ。 「うん」 私はただ頷いて。夕焼けを眺める先輩を見つめた。 「こんなふうに、立ち止まれば良かったのよね」 「、、、」 「夕焼けきれいだね、とか。今日は練習きつすぎーとか言ってさ」 「、、、」 にこ先輩の言おうとしてることが、なんとなくだけどわかって。でも私はただ、オレンジ色にあてられた先輩を見つめて。先輩の素直な言葉を聞き逃さないように耳を澄ます。 「私、前しか見てなかったのよ。隣を見る余裕もないくらいに。だから気付いたときにはひとりになってて」 「、、、」 「だから、、、」 「うん」 「だから、今度は、、」 「うん」 「みんなと並んで、 前に、、進みたい」 先輩は過去の自分に告げるように、一瞬だけかなしげに笑った。あはは、と誤魔化すようにすぐにいつもの笑顔に戻ったけれど、私の胸は締め付けられてとても苦しかった。 でも、うれしかった。 先輩の素直な言葉を聞けたことも、過去を抱きしめたまま強くあろうとする気持ちも、皆と一緒に進みたいと心から願う優しさも、どんな時でも笑顔を大事にする姿勢も、全部。 今知ってる先輩のすべてが すき、だと思った。 好き、だと自覚した。 「変かな?にこっぽくない?」 「ううん。にこ先輩は部長でしょ」 「ふふ、そうよね!部長だもん」 得意気に胸を張って、ほら戻るわよ!と私の肩をたたいた。ぱたぱたと元気に階段を下りる音が聞こえる。 私は屋上の扉を閉じる前に、もう一度この瞬間の夕焼け空を目に焼き付けた。 にこ先輩の瞳に似た紅が太陽の近くに色をつけて、夜を待つ空には私の瞳の色とよく似た紫色。 そんな夕焼け空を忘れないように。 それから私とにこ先輩は一緒に行動することが増えた。というか、雨の日限定でしか誘う口実を作れなかった私が自然と誘えるようになったというだけ。 好きだと自覚したのだから、どんな理由でも一緒に過ごす時間を手に入れたくなるのは当たり前だと思う。積極的に人と関わることをしてこなかった私にとっては、なんというかはじめて知る常識。 そして一ヶ月ほどが過ぎて。 いつもの朝練終わりに、凛と花陽が今日のお昼休みはアルパカ小屋に用があるんだけど、一緒に行く?と誘われた。私は少し考えて、 「あ、じゃあにこ先輩。今日のお昼一緒してもいい?」 「んぇ?お昼?」 「うん。部室で食べてるんでしょ?」 隣でストレッチをしていた先輩に声をかける。自分に振られるとは思ってなかったらしい先輩は少し間抜けな声を出したけど、すぐにやれやれと肩をすくめて。 「仕方ないわねえ。にこにーがさびしがり屋の真姫ちゃんの面倒見てあげるわ」 「だ、誰がさびしがり屋よ!」 「にこ先輩と一緒なら安心だにゃあ」 「うん、そうだねっ」 「ちょっと二人とも意味わかんない!」 凛と花陽はにこ先輩に頭まで下げて、真姫ちゃんをよろしくお願いします。とまで言った。二人にとって私はなんなのだろうか、、としばらく考え込んでしまったけど。先輩と過ごす時間を作れたのだから良しとしよう。 そうして午前中の授業がおわってお昼休み。部室に着くと、にこ先輩が机に突っ伏していた。私に気付いてこちらを見たあと、ぺちぺちと机を叩きながら気の抜けた様子で声をあげる。 「真姫ちゃーん、あついー」 「カーディガン脱げばいいじゃない」 「脱がない!」 「意味わかんない」 私は先輩の向かいの席に腰掛けて、お昼ご飯を広げた。今日はサンドウィッチとトマトジュース。凛と花陽のお昼ご飯と比べると量が少ないから、いつも二人に心配される。まあでも、足りなければ鞄に補給用のシリアルバーが入ってるからと理由をつけて、二人のもっと食べなさいのプレッシャーから逃れているのだ。 一口、サンドウィッチを頬張って。まだお弁当を広げようとしない先輩を不思議に思う。 「にこ先輩?」 「んー?」 「お弁当忘れたの?」 「ちゃんとあるわよ」 そう言うけれど。先輩は机に突っ伏したままで起きようとしない。あついとまた呟いて、呼吸のたびに肩が上下する。私はまさかと、いやな予感がした。 立ち上がってにこ先輩の隣につくと、すぐに額に手を当てる。 「、、熱あるじゃない」 「んーやっぱり?」 ちょっと調子悪いなあ、と思ったのよ。なんて言いながら呑気に笑う。真姫ちゃんの手つめたくて気持ちいいーとか、そんなこと言ってる場合じゃないのに。 「私がお昼一緒に食べたいって言ったから?だから無理して帰らなかったの?」 優しい先輩のことだ。私に気を遣って部室で待っててくれたのだろう。私も私でこんなこと言ってる場合じゃないのに、思わず問い詰めてしまう。 でもすぐにだめだと頭を振って、先輩の額に当てていた手を引っ込めた、 けど。 すぐにその手を掴まれた。 「ごめんね」 「それ私の台詞」 「ううん。私がね、真姫ちゃんと一緒に居たかったの。 だから帰りたくなかったの。 せっかく一緒に過ごす口実が出来たのに、帰るなんてもったいなくて」 「ばか」 「えー?」 「もう!ばか!」 熱に浮かされて自分で何を言ってるのかわかってないんじゃないか、って思った。だって先輩の手はあつくてやっぱり熱がこもってる。 「とにかく保健室行くわよ。今動ける?」 「んー」 「午後の授業が終われば、私が迎えの車呼ぶから。そしたらにこ先輩の家まで送れるわ」 「んー」 机に突っ伏して、気の抜けた返事しかかえってこない。もしかしてそんなにつらいの?それならもうすぐにでもタクシーを呼んでそのまま帰すほうがいい?それとも先生に全部任せる? 誰かの体調不良の面倒をみたことがないからなにが最善かわからない。 「にこ先輩?」 「んー、、ちょっとね」 「え?」 「、、、今、ちょっと はずかしいことを言ってしまった と、思って、、、」 ううう、と呻き声をあげる先輩。 「、、聞かなかったことにして」 「うぇええっ!?」 机に突っ伏して、私とは反対の方を向くけれど。ツインテールの黒髪から覗いた耳が、はっきりわかるぐらいに赤くなってて。熱あるときって顔が赤くなるけれど耳まで赤くなるんだっけ?とか。意味わかんないことを考えてしまう。 聞かなかったことにして、って。 無理に決まってるじゃない。 ああもう、やっぱり熱がある。握られたままの手がそう言ってるから。だからしばらく手を握ったまま、お互いに落ち着こう。 けど落ち着こうとすればするほど、握った手の熱がどんどん伝播して私の頭がのぼせてくる。 「なんか私より真姫ちゃんの手のが、あつくない?」 「だ、誰のせいよ!」 顔から火がでるって、ほんとうによく言ったもんだなと思う。今まさにその状態だ。そっぽ向いていた先輩がこっちを見て、同じように耳まで赤くした私に気付く。その瞬間ぎゅっと強く手を握られた。 「ねえ、真姫ちゃん」 机に突っ伏すのもやめて、紅い瞳でじーっと見つめながら。 「キスしたいって言ったらどうする?」 またとんでもなく恥ずかしいことを言ってきた。私を茶化すにしてはあまりにも表情が真剣過ぎて、その台詞を冗談ととれない雰囲気が出来てしまう。 キスって言った? したいって言った? さっきからもう私の頭のなかはぐるぐるオーバーヒート寸前で、まともな思考回路になっていない。それは先輩も同じだ。先輩は熱に浮かされてさっきからとんでもなく恥ずかしい台詞ばっかり吐いている。そう、熱に浮かされてるせいで。 そのせいでそんなことを聞いてる、つまり。 「、、ずるい」 どうしたってこの状況は先輩の有利だと思った。ここで私が拒否反応を示せば、熱のせいで変なこと言ったで済まされるのだ。そもそもそんな反応は出来ないし。かといって私もしたい、なんて答えるには恥ずかしすぎる。だって私は先輩と違って熱のせいで頭がまわらない、なんて言い訳を使えないのだから。 ずるい、と言われた先輩はやっぱり?とでも言うように困ったように笑った。 そして。 「じゃあ、治ったら聞くから」 そう告げた。 そして先輩はこのあと大人しく帰るわ、と続けて。握っていた手を離した。 「え、帰るってまさかひとりで歩いて帰るつもり?」 「うん大丈夫よ。なんだか真姫ちゃんが放熱してくれたから、ちょっと熱さめた」 「なにそれ意味わかんない」 こんなやりとりでまたいつも通りを取り戻して、先輩は午後の授業は受けずに帰った。 私はというと、熱に浮かされてるわけではないけど夢見心地でそのあとを過ごして。授業も練習も集中出来なかったのは言うまでもなくて。 そんな出来事のあとすぐに。μ'sではじめての合宿しようということになって、海沿いの別荘へ足を運ぶこととなった。先輩禁止!のルールも追加して臨む、夏合宿だ。 あの一件以来、にこ先輩とふたりになる機会がなくて。また聞くからと言われた手前こっちからは踏み出せずに、なんとも妙な緊張感を拭えず合宿一日目を迎えることとなった。 このタイミングで先輩呼び禁止なんて、、。にこ先輩だけ呼び掛けないなんて不自然過ぎるし、そもそも私にそんな真似出来るわけない。だって私は先輩が好きだし、先輩を避けるなんてこと無理。絶対に無理。なんなら今すぐにでも二人きりになってそれから 「真姫ちゃん、どないしたん?」 「うええっ!!?」 「なんかクールキャラらしからぬ百面相っぷりやったよ?」 「べ、べつに!なんでもないわ」 「ふーん?」 なにもかもお見通し、とでも言うように希先輩が好奇心を隠さず私を見つめる。希先輩の目に捕らえられては逃げられる気がしない。というかこの時点でなにかを察してるかもしれない、それぐらいに鋭いのだ。この先輩は。 「真姫ちゃんはうちのこと、まだ呼んでくれないん?」 「そ、そのうち呼ぶわよ」 だって用もないのに呼ぶなんて変でしょ!べつに先輩禁止のルールなんて大した問題じゃないんだから。 「そやなあ。じゃあ」 「なによ、まだあるの?」 「うちと、にこっち。どっちを先に呼び捨て出来そうなん?」 「い、意味わかんない!!」 「やっぱり真姫ちゃんはわかりやすいなあ?」 にんまり笑って。カードがなくてもお見通しや、と手をひらひらさせて部屋に入っていった。 一番厄介な人に弱味を握られた気がする。ただでさえ緊張してるのに、希先輩の冷やかしの視線まで加わることになるなんて、、。 ぶんぶんと振り払うように頭を振って、本来の目的を思い出すことにした。はじめての夏合宿、しっかりしないとみんなに置いていかれてしまう。気合いを入れ直して私も部屋に入った。 わあーいっ!と元気な声をあげて穂乃果先輩と凛が海に向かって走り出す。 「穂乃果!はしゃぎすぎですよ!」 「だって海だよ!?夏の海!はしゃいで楽しまないと損だよ!」 「そうだよ、海未ちゃん」 「損だにゃあー!」 「うわあっ凛ちゃんまってえー」 花陽を引き連れた凛が二年生に混じって海の中へ飛び込んだ。水しぶきが舞って日差しに照らされた粒がきらきら輝いている。海未先輩も観念したようで、ことり先輩に手を引かれるまま海へ足を踏み入れた。 私はその様子をパラソルの下で眺めている。念入りに日焼け止めを塗っていても、容赦ない夏の強い日差しは苦手だ。 「相変わらず元気ねえ」 背後から聞こえた声。 あ、にこ先輩。と声を出す前に。 目に飛び込んできた姿に言葉をなくす。いつも必要以上に露出しない肌は、夏の日差しに不似合いなほど白くて。その華奢な体のラインが相まって余計に、なんというか、 「、、まぶしい」 これが感想。 サングラスを思わずかけ直して一呼吸。白い肌が太陽に照らされてきらきら光って見えるのは私の思い込みではないはず。実際にまぶしい。まぶしくて直視できない。サングラス持ってきてて良かった。 「あ、真姫ちゃんのサングラスかっこいいね!」 ちょっと拝借しまーす。とにこ先輩にサングラスを奪われる。 「、、、、、、」 「ほら、真姫ちゃん!似合ってる?」 サングラスをかけて得意気にポーズを決めるにこ先輩。小首を傾げて女性らしいラインを魅せるような立ち姿。自分が一番かわいく見えるポーズをわかりきってるのだから、それはそれはもうなんというか。可愛いのはわかりきっている。ただそれを素直に口に出せるかは別なのだ。 「ちょーっと真姫ちゃん、かわいいって言うの忘れてない?」 「にこっち。真姫ちゃんは今、にこっちの水着姿を目に焼き付けるので忙しいんやから邪魔したらあかんよ?」 「ちっ、ちがうわよ」 「え、真姫ちゃん。カメラ持ってきてるなら撮ってほしいにこーっ」 いつものにこにーポーズをとってとびきりの笑顔を私に向けるもんだから、たまらなくなってしまう。にこ先輩の後ろには希先輩が私の心境を知ってか知らずか、口元に手をあててあらあら~なんて囃し立てている。 「希?なんだか楽しそうね」 「あ、えりち」 そんな希と私たちの雰囲気が楽しそう、なんて思った絵里先輩。そして希先輩は絵里先輩に、耳元でごにょごにょとなにやら吹き込んでいる。嫌な予感しかしない。 そして私とにこ先輩に目を向けて、 「ハラショー!」 「、、、意味わかんない」 そんなこんなで。 希先輩と絵里先輩の好奇の目に晒されて、今年はじめての海はなんも居心地の悪いものとなったのだった。 まあ、にこ先輩はもちろん可愛かったけど。もっとのんびり一緒に過ごせたらもっともっと楽しかっただろうな。いやべつに夏合宿なんだし、みんなと過ごせることももちろん楽しいのだけれど、、。にこ先輩とはふたりで、、、いやいやなにを言ってるのよ。今回はそんな目的で来たわけじゃないのよ! ざわついた心を落ち着かせようと、ひとり砂浜を歩く。波の音が心地よくて、風が気持ちいい。 昼間のにこ先輩を思い出すと、うれしい気持ちが溢れて自然とメロディーが出てしまう。太陽に照らされた白い肌がまぶしくて、賑やかなみんなと一緒になってはしゃぐ姿は子どものように無邪気で、私の視線に気付いて振り向いた笑顔は恥ずかしそうなうれしそうな、そんな先輩が。やっぱり好きだと思う。 すこしでいいから、 ふたりになりたいな。 そんなことを思いながら散歩を終わらせて、みんなのもとへ戻ろうとしたら。階段に腰かけた希先輩が頬杖をついて、穏やかな声で私に尋ねる。 「なあ真姫ちゃん、にこっちのこと本当はどう思ってるん?」 「、、、」 「今は冷やかしやないよ?」 「今は、ってことは昼間のあれは冷やかしてた自覚あるのね」 希先輩は鋭いのだ。きっと私の言葉を確認しなくても、大体の予想はついてるんだろう。不快な質問なら無言を貫くところだけど、希先輩はみんなの輪を取り持つような、あたたかく見守るような、そんな人だと知ってる。だから結局、そんな風に見つめられて尋ねられたら嫌な気持ちにはならないのだ。 「一緒にいたいと思うわ」 だから素直に伝えた。どういう意味にとられるかはわからないけど、答えはとても単純。 それを聞いた希先輩は、とてもうれしそうに微笑んだ。 「真姫ちゃんが一緒なら安心やね」 その短いやりとりを終えて別荘に戻ると。にこ先輩手作りの夕飯が待っていた。ことり先輩と花陽がにこ先輩の手際のよさに尊敬の眼差しを向けている。それを知ってか、にこ先輩はとてもうれしそうだ。 みんなでいただきますをして、にこ先輩特製のカレーライスに舌鼓をうつ。一口食べてみんなの表情が満足げにほころぶ、こんなに美味しいカレーライスははじめて。本当に絶品。 「ほらみんな、可愛くて料理も出来るにこにーをもっと褒め称えなさい!」 「にこっち、食事中はお静かにやで?」 「にこ、お行儀が悪いですよ」 「ぐぬう、、」 希先輩と海未先輩に称賛タイムを取り上げられた先輩は、不満そうに座りなおす。 二年生の海未先輩にまで言い負かされてるにこ先輩が少し気の毒に思えたけど。カレーライスの美味しさに顔がほころんでいるのは、海未先輩も例外じゃない。にこ、と呼び捨てた声が羨ましいぐらいに距離感を縮めてることを表していて、私は少し焦ってしまう。 気付けばみんなは先輩禁止のルールを遵守して、もう達成している。私だけがまだ、誰ひとりとして先輩たちの名前を呼んでいなかった。このままではあまりにも不自然だ。それに時間が過ぎれば過ぎるほど、こういうことは変に緊張感が増すもので、、。 そんなことを考えながら、にこ先輩特製のカレーライスを食べ終わって自分の食器を洗っていると。 「真姫ちゃん」 服を掴まれた気がして振り返る。にこ先輩はみんなに聞こえない声で、 「星、見に行かない?」 みんなの前で誘わなかったということは、つまりはそういうことで。それを私が断るなんてありえなかった。私はすぐに首を縦に振って、泡のついた手を急いで流してタオルで拭う。 にこ先輩とようやくふたりになれる。 けど、どうするの? ばたん。と閉じられた扉の音。それと同時に頭のなかで呟かれた疑問。だってあの時と違う今の状況で同じ質問をされたら? キスしたいって言ったらどうする? 私はそれにどう答えたらいい? 素直に思いを言葉にしていいの? にこ先輩が好きです。キスしたいです。 にこ先輩のぜんぶが知りたいです。 頭のなかに溢れるのは、にこ先輩への思いなのは間違いない。でもそれを晒して先輩が私をどう思うかはわからないのだ。その先のことは、なにも。 外に出たあと、すたすたと歩き出した私を追いかけるように続く先輩の足音。振り返ったら再び同じ質問をされるだろう。 「真姫ちゃん」 振り返るのがこわかった。 はやくふたりになりたいと思っていたはずなのに。 「真姫ちゃん」 「わっ!」 にこ先輩の腕がにゅっと伸びてきて目の前の正面で交差する。背中にはぴったりと感じる温もり。背後から抱き締められたのだと理解するのに数秒かかった。 「つかまえた」 いたずらな声に心臓が跳ね上がる。 私のおなかあたりに組まれたにこ先輩の腕。華奢な細い腕の拘束。心臓がうるさい。 「に、にこ先輩?」 「先輩禁止だってば」 背中に感じる温もりが、華奢な拘束が、すぐ近くで聞こえる声が、ふたりだけの静寂が。意識すればするほどに心臓の音が先輩に聞こえるぐらい鳴ってるんじゃないかと錯覚する。 先程までみんなと一緒にいたときは、そんな声色じゃなかった。こんなに、甘く、はなかった。 ぴくりとも動けない私。 先輩は拘束を一度解いて、目の前に来ると。再びぴたりと体を寄せる。いたずらな微笑み、私は動けなくてただ見つめる。 普段はあんなにも子供っぽくて、本人でさえ笑いのネタにしてるのに。目の前にいる先輩は、私より年上なんだとわからせるには十分すぎるほど色気がある。 「、、星きれいね」 絞り出すように出た言葉。 「うん、そうかもね」 星には興味ありませんって聞こえる。私を誘った理由を忘れたのだろうか。いや、ちがう。私を逃がす気がないように思える。 「キスしたいから、名前読んで?」 遠くで波の音が聞こえる。 夜なのに、目が眩むようだった。 ドキドキと高鳴る鼓動がうるさい。 からだがあつい。 どう思う?から。 したい、に変わってる。 私を逃がす気はないのだとはっきりわかった。華奢な拘束をかけた時点で気付いたのだろう。私がそれを振りほどくことも、逃げることもないということに。 あとは私は言われるがまま、先輩の名を呼べばいい。 でも私は従うより、告げたい。 「にこちゃんが好き」 仲間思いで優しくて、誰よりも熱い情熱を持っていて、それを無くさない強さも、諦めなかった健気でひたむきなところも、その紅い瞳も、さらさらな黒髪も、華奢な腕も、白い肌も。 「んっ」 柔らかい唇も。 はあ、と漏れた吐息が顔にかかった。目を開けると潤んだ紅い瞳が私を見つめていていた。薄く開いた口の隙間に、赤い舌先が見える。後輩の私には色気が強すぎる。 「真姫ちゃんのこと好きみたい」 先輩と後輩の関係だったのにね、とでも言うような。自分でも上手く整理出来てないように聞こえる。 そんな彼女の知らない部分に踏み込むように、私は赤い舌先を掴まえるような口付けをした。 どちらかわからないくぐもった声が耳に届いてはずかしい。けどやめられない。重なって、交わって、不馴れな口付けにかちりと鳴る音、でもやめられない。飲み込めないふたりの唾液がこぼれる。 「ふ、は、、んぅっ」 「にこちゃ、」 くるしくて、息ができなくて。 でも求めてしまう。熱はあがるばかりで、それでもやめたくない。合間に求めるように名前を呼んで、私の首に回された腕がうれしくて止められない。いつの間に、私はこんな欲深くなったのだろう。 「真姫ぃ、、っ」 ああ、 この色香にあてられているせいだ。 「ふあ、」 かくん、っと力が抜けたように。私の首に回された腕を頼りに、彼女のからだが傾く。夢中になりすぎた、と自覚したのはその頃だった。 「ご、ごめんなさい」 私に抱きつくようにして肩を上下させる、あつい体温が伝わってはずかしい。 ようやく顔をあげたにこちゃんは、やっぱり同じようにはずかしそうで。すぐに目をそらしてしまった。 「ずるい」 「え?」 「こんなキス、ずるい!」 「うええっ!?」 そう言いながら、ぎゅっと抱きつくから反応に困ってしまう。いやでももとはと言えば、にこちゃんの色気が悪いと思う。そんなところで年上らしさを発揮されたら、不慣れな後輩はその強い刺激に流されるがまま、となるわけで。 自覚があるのかないのか。ずるいのは、にこちゃんの方だと思うのだ。 「うわ、今一番会いたくない人がこっち見てるわ」 「はあ、、」 別荘に戻ってきた私たちは、扉の前でにこにこと笑う希先輩とご対面した。 「どこまでいったん?」 「、、、」 「、、、」 「距離の話しとるんやけどなあ?」 「「!!」」 「まあ、真姫ちゃんのはじめてはにこっちに譲るわ」 「なっなに言ってんのよ、希!!」 「そ、そうよ意味わかんない!!」 「あれ?真姫ちゃん。先輩呼びやめるん、はじめてやんなあ?」 「「!!」」 「ふたりとも、お似合いやなあ」 「キスしたいから、名前呼んで?」 紫色の綺麗な瞳を独り占めにしたい。そう思ったのはいつからだっけ?隣で過ごす時間が居心地良いと気付いたのは?今までの出来事を振り返ってみようと立ち止まったけれど、結局はいつの間にかっていう言葉がしっくりくる。 キスしたいって願望より、思いを告げることの方が先だったなあ。なんて頭の片隅で呟くけど。でもお互いに同じ気持ちなのは知ってる。だから答えのわかってる答え合わせをしてる。 「にこちゃんが好き」 そう告げてくれた声は、優しくてまっすぐで少しだけぎこちなかった。にこが思うに真姫ちゃんが誰かに好きだと告げたのははじめてのこと。ほらだって、告げたあとにきゅっと閉じられた唇が緊張してる。じっと見つめる綺麗な紫色の瞳が私の答えを待つように、視線を唇へと下りていく。 言葉にして伝えようとしたら、それは好きって言葉しかない。真姫ちゃんにそう告げられてやっぱり同じ気持ちなんだと思った。 だからキスしよう。 順番がおかしいけどね。 「んっ」 あ、ちょっと勢い付いてしまった。これじゃあにこが真姫ちゃんとキスしたくて仕方なかったみたい。柔らかくて、こんなに至近距離だからすごくいいにおいがする。 真姫ちゃんがにこを好きって言ってくれた、じゃあにこはいつから真姫ちゃんを好きになったの?いつの間にか、なんて勿体ないからきっかけとか理由とかあるなら思い出して大事に取っておきたい。だけど難しい。 ピアノの音色に引き寄せられて歌声に魅了されて、後輩の1人になんとなく近づいたらいつの間にかここまで来たような、あっという間の出来事のように思う。ついこの前まで1人の部室が当たり前で、活動日誌に書くことはアイドル研究部らしい内容で。それがいつの間にか練習メニューのことだったり、ステージ上での心構えだったり、次の曲のイメージと衣装のアイディアだったり、最初の頃書き綴っていた日誌もこんな内容だったな、なんて思いながら短い一日を振り返るようになった。 青春はきっと、あっという間の出来事。 ねえ、真姫ちゃん。 好きになった瞬間がわからないって言ったら笑うかな?それとも怒る? でも真姫ちゃんへの気持ちははっきりわかるよ。さっき真姫ちゃんが言葉にしてくれたから。 「真姫ちゃんのこと好きみたい」 ねえ、真姫ちゃん。 にこたちは先輩と後輩の関係だったよね?だけど今はそれだけの関係じゃないよね? 真姫ちゃんを好きになったきっかけがわからないの。あっという間の青春、その中からどうやってその瞬間を見つけたらいい?今のにこは、今が楽しくてたまらないんだと思う。ああ、待ち望んだ青春の中にいる、そう思ったら、あっという間だったよ。 真姫ちゃんと出会って、こうして唇を重ねるまで。本当に。こうなることがわかってたみたいに。ひとつひとつの出来事がこのキスに繋がるように。 「、、、キスしちゃったね」 にこがそう言ったら真姫ちゃんの瞳が揺れた気がする。またきゅって唇を閉じてる。 ファーストキスも一瞬で終わったなあ、なんて思いながら。残る感触を確かめるように自分の唇を指先で撫でた。波の音、ドキドキしてる胸の音、遠慮がちに添えられた手の温もり、綺麗な紫色の瞳、緊張した唇、眉を少しだけ寄せて熱を帯びた表情、全部大事に取っておきたい。そう思ってたのに。 腰にまわされた手に力を込められてまた唇を塞がれた。今度は、 「んぅ、っ!」 息さえも奪うような口付けだった。 あれ、真姫ちゃん。にこの方が年上なんだけど?こんなキスって反則じゃない?不馴れなまま絡み合うから余裕のある大人のキスとは言えないけれど、なんだか頭のなかがふわふわする。真姫ちゃんの舌がにこの舌を捕まえようと動き回ってるみたい。ファーストキスを終えたばかりでもう大人のキスしちゃうんだ?とか考えてるにこもいる。 ああ、でもやっぱり真姫ちゃんとキス出来て嬉しい。はじめてキスする人を思い浮かべたら、いつも真姫ちゃんだった。 どうして?なんてもういいや。 「ちゅ、っ、んん」 ふわふわする頭のなか、背中は不安定にぞくぞくして、ちろちろと舌が触れてなぞるように舐められて聞いたことないいやらしい音が耳に届いてくる。唾液を飲み込むタイミングも、息をするタイミングも下手くそで恥ずかしい。にこがふたつ年上なんだけどな。 だけど気持ちよくて。真姫ちゃんにしがみついてもっともっとキスしたいって思う。にこってこんな声出るの?真姫ちゃんの声もいつもと違うね。 「ふ、ぁ、、っ」 「にこちゃ、」 そんな声で呼ばないでよ。 怖いことなんてなにもないのに。ぞくぞくぞく、って背中とか頭とかが粟立つような感覚に震えた。とたんに不安定になって自分の足じゃ上手く立っていられない感覚がしたから、真姫ちゃんの首に腕をまわした。 あ、でも待って。これじゃあもっとキスをねだってるみたい。行動のあとに気付いたんだけど。 「んんっ」 にこの腰を抱く手が強張ったように力が入る。やっぱりそう思った?なんて聞けるわけなくて。お互いに余裕なんてないし。キスは目を閉じてするもんだって思ってたけど、つい目を開けてしまった。 あ、でも紫色の瞳が目の前にある。 こんな顔知らない。 まるで、にこの全部を欲しがるみたいな。 「真姫、、っ」 もしかしたら伝わったのかな。 にこも同じ顔してたかな。 ああ、結局キスのおねだりしちゃってる。 唾液が唇の端から零れて、それを真姫ちゃんの舌にすくわれて、視線を合わせたら。真姫ちゃんの喉が鳴った。にこと真姫ちゃんの混ざった唾液を飲まれた。 それを見たら。ぐん、と熱が上がって。そしたらかくん、と膝から力が抜けて。真姫ちゃんの首に腕をまわしてなかったらそのまま崩れ落ちてたと思う。 ねえ、それずるくない? 見せつけるみたいに飲むってあり? どこで覚えたの?初々しいキスで十分ドキドキするにこには、刺激が強すぎる。 力が抜けたら、ようやく離れた唇。だけどにこは真姫ちゃんにしがみついたまま。だって恥ずかしいけど自分で立っていられない。そんなのってあり?絶対ずるいって。 だけど頭の中で、ずるいずるいって呟いてるのがばれたのかな。 「ご、ごめんなさい」 いつもの聞き慣れた声。真姫ちゃんってば、もう息整ったの?にこはまだなんですけど。さっき見た欲しがりの瞳は消えてまるで小さい子が謝ってるみたい。耳まで赤いくせに。あんなキスしといてさ。だからはっきり言ってやる。 「ずるい」 「え?」 「こんなキス、ずるい!」 「うぇえっ!?」 自分で言ってて恥ずかしくなるけど知らない。だってずるいんだもん。けどやっぱり顔を合わせるのがたまらなくなって真姫ちゃんに抱きついた。にこだって耳まで赤いに決まってる。今さらだけどそれを見られたらやっぱり年上の威厳みたいなのが保てないじゃない。ふたつ年下の子にキスされて自分の足で立てないくらいに骨抜きにされました、なんて。 真姫ちゃんの胸にぐりぐりと頭を押し付けたら、うええーっ?なんて戸惑ってる声がした。そうよ、真姫ちゃんはそうしてあたふたしてるのが似合ってる。 「にこちゃん」 「うー」 もう、あたふたしててよ。 にこはまだ恥ずかしいの誤魔化してるんだから、そんな大事そうに抱きしめられたらどうしたらいいかわからなくなるんだってば。ああもう、頭のなかでは饒舌なのにな。 「真姫ちゃん」 「うん?」 「にこと今日一緒に星見たってこと忘れないでね」 「、、星見た?」 「今から見るの!」 抱きつくのをやめて、手を繋いで砂浜を歩いた。真姫ちゃんの細くて長い指に触れたのははじめてだ。所謂、恋人繋ぎってやつ。 見上げたら星がいっぱいに広がってて、その下でキスしたなんて。とってもロマンチックじゃない?にこの青春、うまくいきすぎてない?こんなに幸せでいいの?なんて学生の台詞じゃないわよね。 「にこちゃん」 「なあに?」 「にやにやしすぎ」 「真姫ちゃんだって」 そんな忘れられない合宿を終えて。 またいつもの屋上と部室、そしてたまに音楽室。夏休みの間はそんな感じで部活動らしく過ごしていた。 付き合うことになったら、ふたりきりになるタイミングが思いの外少ないってことに気付いた。というのも、今まではなんてことなかった隣同士も意識しちゃってぎこちない。不自然に誰かを間に挟んでしまう。付き合った途端に距離が物理的に離れるなんてあるの? いやでもだって。真姫ちゃんに近付くと口元が緩みそうになるんだもん。目が合うとドキドキして顔が熱くなるし。しかもそれを見られたら面倒なことになるのはもうお決まりというか。 「にこっち。練習前なのに顔赤くしちゃってどうしたん?」 「、、なんでもないわよ」 「お医者さん、もしくは医者志望の方を連れてきましょうか?」 「あんたたちうるっさい!」 本当に面倒でたまらない。せめてもの救いは、からかう時に他のメンバーがいないこと。それをわかってて冷やかしてくるあたり、有り難がるべきなのか。絵里と希を前にため息を吐くのはもうお約束。 でもせっかく付き合うことになったのだから、恥ずかしがってばかりじゃだめなの。だってにこは三年生、残された時間は僅か。おまけに青春真っ只中の今日この頃。 楽しくて楽しくてたまらないスクールアイドル活動、μ'sのみんなと過ごす時間。真姫ちゃんと一緒にいたい気持ち。時間が許す限り一緒に過ごしたいし、何度だって手を繋いで帰りたいし、もっとキスしたい。 我ながら欲張りな気がするけど、いいじゃない。それが青春でしょ?素直になれば問題解決よ。顔が赤くなったってお互い様でしょ? ねえ、真姫ちゃん。 「なぁえりち、最近のにこっち見てて飽きないと思わない?」 「真姫と一緒だと尚更ね」 「さすがえりちやね。にこっちの幸せそうな顔見てたら浄化されていくみたいやん?」 「そうね。真姫を見つけて目で追うときの顔なんて、写真でも撮って部室に飾っておきたくなるわ」 「それええね。今度カメラでばっちりおさめてμ'sのみんなにもお裾分け、とか?」 「、、ちょっとあんたたち。にこがいる前でよくそんな話出来るわね」 二人のいじりという冷やかしを聞き流そうと思ったらなに?いつの間にそんなおかしな方向に話が進んでるの?て言うか本当に、本人の前でなにをカメラにおさめるって?にこと真姫ちゃんのことを思ってみんなには内緒にしてくれてるんじゃないの? 「なんやにこっち。聞いてたん?」 「にこが真姫のこと考えるので忙しそうだったから、ついね」 「なにがついよ。意味わかんない」 「ハラショーね」 「ハラショーやん」 「い、今のは本当に意味わかんないって思ったから!」 「いいのよ。にこ」 「真姫ちゃんが恋しいんやね」 「あーっもう!」 真姫ちゃんの口癖を言ってしまった自分が恨めしい。よしよし、なんてむかつく二人にあやされるってなに?にこは二人のなんなの?こどもかなにか? 撫でまわされたせいでぼさぼさになった髪の毛を整えて、敵情視察という名の立派なアイドル活動に興じることにした。 あ、新しい動画アップされてる。 気になってたんだよね、このグループ。 にこがパソコンに釘付けになると、絵里と希はようやく違う話題へ切り替えたらしい。生徒会の話やらなにやら、忙しそうな話。最初の方はなんとなく聞こえてたけど動画に夢中になってからは、二人がなにを話しているのか耳に入らなかった。 やっぱりにこが目をつけていただけのことはあるわね! 最初のころに比べたら動きが揃って、みんなの表情が良い感じ。 うんうん。 にこも負けてらんない。 あ、A-RISEの動画も更新されてる! はあーかっこいい。 さすがA-RISE 、さすがツバサよね。 「そんなにかっこいい?」 「だってツバサよ?、、うわ!?」 にこの顔のすぐ横でパソコンを覗くようにしてる真姫ちゃん。自然に返事しちゃったけど隣を見て、間抜けな驚き方をしてしまう。 あ、ジト目かわいい。じゃなくて! 「えっと、ちがうのっ、、これは敵情視察ってやつで!アイドル研究部の部長として、、ね?」 「ふーん?」 あはは、なんて笑って見せるけど。真姫ちゃんはジト目のまま何か言いたげに唇をとがらせている。後ろの席で座っていたはずの絵里と希はどこへ行ったのやら。部室には真姫ちゃんとにこの二人だけになっていた。たぶん生徒会室にでも行ったかな。 「凛と花陽は?」 「アルパカ小屋よ」 「穂乃果たちは?」 「さあ?知らないわ。他の人たちのこと聞いてどうするの?」 にこの立て続けの質問に、眉を寄せてちょっと不機嫌そう。どうするの?って。 頬にちゅっ、とキスをした。 だって近いんだもん。 そしたらみるみるうちに顔が赤くなって、キスしたとこに手をあてて驚いてる。それがすごくかわいくて。にへら、ってふやけた笑顔になってしまう。 「も、いきなり、、っ」 「えー?いやだった?」 「そっそんなことないけど」 あーもうかわいい。 いつもクールな真姫ちゃんのあたふたする姿、にこは好きみたい。 真姫ちゃんのいろんな表情。 もっともっと知りたいな。 にこの真姫ちゃんへの気持ち、素直にたくさんあげるから。 「真姫ちゃん、好きだよ」 ほら。 だから次は真姫ちゃんからキスして。 部室の扉を開けようとしたら、力を必要とせずに開いて少しだけ驚いた。目の前には絵里がいて、向こうも少しだけ驚いた顔をしてすぐに微笑む。 そして口を開こうとした私を遮るように、自分の口元に人差し指を立ててみせた。小首を傾げる私を部室から少し追い出す。すると絵里の後ろから希が見えて、なんだか楽しそうないたずら顔。 「今、にこひとりよ」 「動画に夢中やから後ろから抱き締めて、胸キュンサプライズやん?」 「なっ」 小声で話すから大人しく聞いてしまった。なにを言い出すのかと思えば、また二人に良くも悪くも囃し立てられているようだ。 絵里と希はにこちゃんと同学年だから私達の関係はもう知られてる。あえて言うことじゃないし、かといってあからさまな態度をみんなの前でとってるわけじゃないけれど。合宿終わりに向けられた二人の笑顔は、祝福されてるのかななんて嬉しくなったのだけれど。こうして冷やかしのような後押しのような言動に、年下の私はただ顔を赤くして戸惑ってしまう。 「会って早々なにを言い出すのよっ」 「うちらはちょーっと生徒会室に用事があるからな?」 「だけどそのうちメンバーは集まってくるだろうし?」 「な、なによ」 「サプライズするなら、ね?」 「ええ。お早めにかしらね」 「もうっからかわないで!」 思わず大きい声で反発する私を気にも止めずに二人はまたあとで、なんて言い残して用事とやらをするため生徒会室へ向かった。 なにがお早めに、よ。後ろから抱き締めるなんてそんなこと、そんなこと、し、したくないわけじゃないけどっ! 実際付き合うことになったと言っても、合宿以来そういう触れ合いはしていない。というか機会がないというか。お互いにちょっと意識しちゃってふたりきりに持っていくのが気恥ずかしいというか。 部室の扉を再度開けて中を覗くと、絵里と希が言うようににこちゃんは動画に夢中のようだった。私が机に荷物を置いても気付かないし、これなら本当に後ろから、 「はあーかっこいい。さすがA-RISE 、さすがツバサよね」 にこちゃんの背後に立って手を伸ばしたあたりで、ぽつりと呟かれた独り言。画面にはA-RISEの動画が流れていた。 「そんなにかっこいい?」 にこちゃんの顔と並ぶように至近距離で近づいて、画面に映された相手を前に聞いてしまったけど。 「だってツバサよ?、、うわ!?」 間髪いれずに返されたこたえに思わず、むっとしてしまう。敵情視察よ、とか。私は部長だし!とか言って誤魔化すように笑うにこちゃん。別に良いわよ、そんなに必死になってこたえなくても。アイドル好きなにこちゃんも好きだし。にこちゃんの言うようにA-RISEがかっこいいのもわかるし。でも、ちょっと、だって。 「凛と花陽は?」 一緒じゃないの?と聞かれて。ここに来る途中までは一緒に居たけれど、アルパカ小屋に寄ってから行くと言われたのだ。私も一緒に行くけど?と言ったら、凛と花陽は部室にいるメンバーにもそう言っといて?なんてお願いされて。でも説明は省いて、アルパカ小屋よと。だけこたえる。 「穂乃果たちは?」 「さあ?知らないわ。他の人たちのこと聞いてどうするの?」 さっきからにこちゃんは他の人のことばかり。今いるのは私なのに。合わせていた視線をぷいっと逸らしてみせたら。 ちゅっ、と頬に柔らかい感触。 また視線を戻したら、いたずらに笑うにこちゃんがいた。絵里と希に唆されてサプライズするつもりだったのは私の方なのに。 「も、いきなり、、っ」 「えー?いやだった?」 「そ、そんなことないけどっ」 嫌なわけないのをわかっててからかうように尋ねてくる。唇が触れた頬に手をあてて慌てる私を見て嬉しそうなにこちゃん。 絵里も希も、もちろんにこちゃんも私が戸惑ったり慌てたりするととても嬉しそう。でもそれが嫌とかじゃない。むしろなんだか甘えてもいいって言われてるような気がして胸があたたかくなったりする。 まあ、中には悪巧みも少々含まれてたりするけれど。とくに希は。けどそれも結果的には後押しであるわけで、たった2つしか違わない年の差、なのにとても敵う気がしないのだ。 そんな考えに耽っていたら、服をくいっと引っ張られた。 赤い瞳が私を捕らえるように、そしてとても魅力的に輝いている。 「真姫ちゃん、好きだよ」 ああ、もう本当に敵わないなあ。 私が次にすることを読んだのか。それともその催促なのか、閉じられた瞼。自分の頬にあてていた手をにこちゃんの頬に移して、今度は私から唇にキスを落とした。 やわらかくて、きもちいい。 あまくて、いいにおいがする。 もっと味わいたくて。唇に自分の舌を触れさせてみるけれど、にこちゃんは短く息を吐くように離れた。 「、、にこちゃん?」 「ちがうの。その、、それされるとしばらく力入んなくなっちゃうから」 そう言われて。期待したキスが出来なくてちょっと残念、と思ったのもつかの間。力が入らなくなるの言葉に、そのキスをしたときのにこちゃんが鮮明に思い出されて一気に体が火照った。 そうよ、そうだったわね。 これから練習するってのにそんなのダメよね!それにもうメンバーが集まる頃合いだし。 その火照りを誤魔化すように、うんうんと自分に言い聞かせて。 だけど名残惜しいからもう一度キスをして、ぎゅっと抱き締めた。私の髪がにこちゃんの顔に触れているからくすぐったそうな声がする。 「練習終わったらまた、、ね?」 「うん。にこちゃん好き」 「あーもうかわいいなあ」 よしよしと頭を撫でられて、私の顔がだらしなくにやけてるのがわかる。他のメンバーが集まる前になんとかいつもの顔に戻さなくては。なんて考えながら、久しぶりの触れ合いがとても嬉しかった。 そんな夏休みも残すところあと数日。 「行くならみんなで行こうよ!」 「うんうん!ことりも賛成っ。みんなの浴衣姿見たいな」 「凛とかよちんも賛成だにゃあ!」 「うんっ」 きっかけは穂乃果の提案。どうやら近所でお祭りがあるらしく、みんなと一緒に花火を見ようと待ち合わせをすることになった。 お祭り、花火、浴衣、夏の思い出に最高のシチュエーション。私は同級生や友達とお祭りに行くのははじめてだから、少し浮かれてる。 「みんなと花火ぃ~っ!」 「楽しみにゃあ!」 「穂乃果、凛。今からはしゃいでどうするんです!」 さっきまで暑くて無理ぃーとか言っていたはずの穂乃果と凛は、もうお祭りのことで頭がいっぱいらしい。私も二人ほどじゃないけど、楽しみで胸が弾む。海未はまったく仕方ないですね、なんて言いながらもうれしそう。 それから一旦帰宅して。 待ち合わせ時間はゆっくり支度しても十分に間に合う。ことりが目を輝かせながら、みんなの浴衣姿楽しみ!と言っていたのを思い出して。私もにこちゃんの浴衣姿が待ち遠しくなった。 おかしいわね。 凛も花陽も電話に出ないし、、。 「みんなどこ、、?」 待ち合わせ時間も場所もあってるはずだけど。思った以上に人がたくさんいて、その中から見つけようにも人混みに流されながらだと上手くいかない。知らない人たちの楽しそうな表情を見ていると、私だけ仲間外れのようで不安になってくる。 はやく誰か見つけてよ、、。 そんな気持ちで人混みに流されるまま、待ち合わせ場所から離れてしまう。近くにはいるはずなのに、時間もあってるはずなのに、、。 「真姫ちゃん!」 すると人混みの中から聞きなれた声がして、その方向を見渡した。 今の声、にこちゃんよね? 聞き間違えるはずのない声。 だけど小柄な彼女をこの人混みの中から探すのは苦労する。名前を呼ばれたのに姿を見つけられない、近くにいるはずなのに。不安がまた込み上げてくる。 「どこよ、にこちゃん、、」 そんな弱々しい私の声が聞こえるはずないのに。それとも人混みの中から覗いた私の顔がよほど不安そうだったのか。 人と人の隙間からするりと腕が伸びてきて、私の手を優しく握った。 「真姫ちゃん、つかまえた」 「にこちゃん!」 「なんて顔してんのよ」 ようやく会えたにこちゃんは、困ったように笑ってた。やっぱり不安な顔を見られていたみたいで恥ずかしいけど、握ってくれた手を私も握り返す。迷子なんてこどもね。なんてからかわれたけど、言い返すよりも浴衣姿のにこちゃんに見とれてしまう。足元から頭まで、同じようににこちゃんも視線を動かしてる。 「真姫ちゃんの浴衣姿すっごく可愛い」 「にこちゃんも、か、かわいい」 合宿の時は水着姿のにこちゃんを前に照れてしまって、かわいいと言えなかったけれど。今回はなんとか素直に言えた。 褒められたにこちゃんはうれしそうに、くるりと一回転して見せる。私と手を繋いだまま回ったから、なんだかダンスしてるみたいでおかしくて。にこちゃんも同じことを思ったのか笑ってる。 「凛たちに電話してるけど出ないの」 「希たちも出ないのよねえ。きっと楽しくてはしゃいでるのよ」 ま、近くにはいるはずだし。そのうち会えるでしょ、と大して気に止めず歩きはじめた。はぐれないように手を握ったまま。人前でこんなふうに手を握って歩くのははじめてだけど。道行く人たちはお祭りを楽しむのに夢中で気に止める人は誰ひとりいない。 食べ物の屋台から香ばしい匂いがする。子どもたちのはしゃぐ声も聞こえる。たくさんの声や音は騒々しくもあるけれど、楽しい雰囲気に呑まれて気にならない。なによりにこちゃんとこうして手を繋いでお祭りに来れるなんて嬉しすぎる。 髪型もにこちゃんの動きに合わせていつも無邪気に跳ねるツインテールと違って、今は両サイドにしおらしくまとめられてる。 「真姫ちゃん、りんご飴食べよ?」 「う、うんっ」 すいませーん。と店主さんに声をかけるにこちゃん。 その時に見えた、ピンク色の浴衣から覗く白いうなじにドキッとした。いつもと違う服を着てるだけなのに、どうしようもなく昂ってしまう。 「美味しいね?」 「う、うん。美味しい」 さっきからぎこちない返事の私に、にこちゃんは不思議そうな顔で首を傾げた。そんな無意識の仕草にまた胸が高鳴る。ぺろぺろと飴を舐める舌先に見とれてしまう。 あーっもうかわいい。 今日のにこちゃんかわいいっ。 かわいいのは知ってるけどかわいい! ただ手を繋いで歩いてるだけなのに、こんなにドキドキしてる。にこちゃんの手、私よりも小さいのに安心する。 「真姫ちゃん見て?」 「ふふっ。にこちゃんの舌真っ赤!」 りんご飴で紅くなった舌を見せ合って笑ったりして。 「あーっ真姫ちゃん見つけたにゃー!」 「うぇえ!?り、凛?」 声の方向に振り向くと、凛が駆け足でやってきてそのまま抱き付かれた。見つけたって、こっちは何度も連絡したのに。、、って、あれ? 「凛も電話したのに~っ!」 「、、、本当だ。ご、ごめんなさい、気付かなくて」 「あはは、にこも気付かなかった。穂乃果からも着信入ってる」 「真姫ちゃんとにこちゃん、楽しくて気付かなかったんだね?」 花陽にそう言われて、本当にその通りだった。お祭りにはしゃいで、楽しくて。二人とも着信音に気付かなかった。 「穂乃果ちゃんたちはあっちにいるよ?」 その方向に目を向けると。射的ゲームを本気でやる海未といつもの口癖で応援する穂乃果、ことりは隣でにこにこ微笑んでる。 「わりと近くにいたのね」 「にこたち、全然気付かなかったね?」 「うん」 「にこっちたち、本当に楽しそうやったもん。ね?えりち?」 「二人とも初々しく手なんて繋いで。もう、本当に、、、ハラショーだったわ」 「あ、アンタたち!そそ、その手に持ってるビデオカメラ、、」 「えっ、、絵里?希?まさか、、」 絵里と希の指摘に慌てて繋いだ手を離すけど、嫌な汗がたらりと流れる。 「だってうちらは、にこっちのすぐ後ろにいたのに。ねえ?」 「にこったら真姫を見つけた途端に行っちゃうから。声をかけそびれたのよ」 「は、話はわかったわ。問題はその手に持ってるビデオカメラよ」 そう。希の手にあるビデオカメラ。今も尚赤く点灯してるということはなにかを撮り続けているといことで、にこちゃんが言うように何を撮っていたのかが重要なのよ。 まさか、、 本当に。まさかとは思うけど、、。 「言ったやん?えりちとふたり、にこっちの後ろにいたって」 「にこ安心して。ばっちりよ」 「なにがばっちりよ!?ちょっと希それ貸しなさい!!」 「もう本っ当に意味わかんないっ!」 慌てる私とにこちゃんを見て、凛がじぃーっと見ながら二人でいちゃついてたにゃ?なんて言うから顔が一気に赤くなった。にこちゃんは希のビデオカメラを取ろうと躍起になってるから私が手振り身ぶりで弁明する。 「ち、ちがうわよ!?」 「えー?でもさっきまで手繋いでたにゃ」 「それはっ、人がたくさんいるからはぐれないように!」 「穂乃果たちも見てたよ?二人がりんご飴ではしゃいでるところ」 「うぇえっ穂乃果!?」 ついさっきまで射的ゲームを遊んでいた穂乃果たちも加わってきた。海未は少し照れたように、ことりはやっぱり微笑みながら頷いてる。 「手を繋いで、さらには紅くなった舌を見せ合ってましたね」 「絵里ちゃんが言うようにすっごく初々しくて。すっごく可愛かったよ?」 「だ、だから、それは、、っ」 ぴゅるるー、、、どーん! 空に響いた音に。はっと顔をあげると、花火の光が散り散りに輝いて落ちていく。 「もういいっ。なによ、手なんて堂々と繋いでやるわよ!」 「うええっにこちゃん!?」 希からビデオカメラを奪うことが出来なかったらしく、半ば自棄になったにこちゃんは私の隣に戻ってきて再び手をとった。 花火がはじまったからどうせ見てないわよ、とは言うものの。にこちゃんの頬はうっすら赤くなっている。希との争奪戦のせいかもしれないし、違うかもしれない。 凛と花陽が私の赤い顔を見て、やっぱり仲良しだねなんて笑ってる。穂乃果は花火を見上げ目を輝かせて、海未とことりはこの雰囲気を楽しむように微笑んでる。絵里と希はそんなみんなをビデオカメラで撮りながら、私とにこちゃんに向かってウィンクした。 にこちゃんが言うように、もういいやって思って。私よりも小さい手をきゅっと握り返して、夏の花火を見上げた。 「ところでさ、にこちゃんと真姫ちゃんはどっちが告白して付き合うことになったの?」 屋上で練習の合間、日陰に集まってみんながそれぞれ汗を拭いたり水分補給したりするなかで。あ、そういえば。なんてノリで穂乃果は問いかけた。 なに、屋上にいるからみんな開放的だよねってこと?だから聞いちゃえって?にこと真姫ちゃんも軽いノリで答えちゃうよねって? 、、そんなわけないでしょ。 見てよ、真姫ちゃんを。水分補給に失敗してさっきから咳き込んでるじゃないの、かわいそうに。隣にいた凛と花陽が心配して背中をさすってる。 「それ、にこたちが答えると思う?」 「え?うん」 「なんでよ」 はあー、なんてため息ついても穂乃果ははやく聞かせてよ、とでも言いたげに前のめりで。幼なじみの保護者二人はなにしてんのよ、と視線を送れば。ことりはまさかの穂乃果寄りだし、海未は頬を薄く染めながらも興味を隠しきれてない。絵里と希は相変わらず、にこがどう出るかって楽しそうだし。 そりゃあさ、この間のお祭りで堂々と手を繋いだわよ。それでまあ仲間内には周知の事実となったわけで。別に隠すつもりもなかったからそうなったけど。でも、だけどさ。 「言わないわよ」 「じゃあ真姫ちゃん教えて?」 「お断りしますっ!」 真姫ちゃんは顔を真っ赤にして声をあげる。咳き込んだせいで涙目になってるし。 「ことりはにこちゃんからだと思うなあ」 「は?」 にこにこ笑顔でなに参戦してるのよ。そんな燃料追加しますみたいに話広げないでよ。今はあんたら幼なじみが穂乃果の興味を逸らさなきゃでしょ。 「うちもにこっちに一票やね。そこで年上出さなかったらもう出す機会ないやん?」 「私は真姫ね。にこは恋する乙女モードに入ってたし、真姫は何だかんだ言っても自信家でしょ?」 ほら、見なさい。 あんたら本当に真面目に生徒会やってた人たち?希は相変わらず失礼極まりないけど、生徒会長はここ最近全然かしこくないんだけど?なに自信たっぷりに腕組んで参戦してるのよ。 「わ、私も真姫からだと思います。どちらかと言うと真姫の方が情熱的なイメージがあるので」 もう頭いたくなってきた。 おずおずと挙手までしてなに言い出すのよこの子は。作曲に関わる海未だからこそ言えるのか、二人に続いて具体的な理由つきだし。 「凛もそう思うにゃー」 「うーん、、私はにこちゃんかなあ。真姫ちゃんって恥ずかしがり屋さんだし」 「ちょ、ちょっと二人までやめてよ!」 あ、真姫ちゃんの頭から湯気が出そう。 もうこの状況は収集つかないわよ。本当になんてことをしてくれたのだろうか、うちのリーダーは。 ふむふむ、なんて頷いて。 穂乃果は再度聞いてきた。 「それで、どっちなの?」 みんなの視線がにこと真姫ちゃんに向けられる。 ああ、もう逃げられない。 真姫ちゃんを見ると口をきゅっと閉じて恥ずかしさに固まってる。これ、にこが答えるまで終わらないわよね。変なところでリーダーシップ発揮すんじゃないわよ、あほのかって呼ぶわよ。なんて毒づいたところで意味なさそう。 そんな期待に満ちた顔で見つめてくるとかもう意味わかんない。普段はみんなしてにこの言葉をいつも軽んじてる気さえするのに、凛でさえじっと答えを待っている。覚えてなさいよ、あんたたち。とくにあほのか。 あーもう、本当になにしてくれてるの。 呆れたのと、観念しましたってため息ひとつ吐いて。 「、、、じゃあ真姫ちゃんってことで」 「うええ!?だってにこちゃんが、キ、キスしたいって言うから!その前に好きって言いたかったのよっ!」 「ば、ばか!」 言わなくていいことまで言ってどうするのよ!真姫ちゃんからっていう事実だけで終わりだったのに! 二人して頭から湯気が出てるんじゃないかってぐらいに真っ赤だと思う。なにが悲しくて告白と同時にキスも済んでますって仲間内に知られなきゃいけないのよ。恥ずかしくて死にそうなんだけど。 「なるほど!」 「「なるほどじゃないわよっ!」」 能天気な穂乃果のリアクションにふたりで突っ込みを入れるけど、満足そうに笑うだけでなんの効き目もない。少しはにこたちの気持ちを考えてくれない? 真姫ちゃんはもう今にも泣き出しそうな顔。にこも大して変わらないと思うけど、もう諦めに近い感情が出てきたからまだマシかも知れない。だってこのあとの展開を考えるとため息を吐いて天を仰ぐしかない。はやくおわりますようにって。 「にこっちは告白よりもキスしたかったんやね」 「うぐっ」 「真姫ちゃんもう大人だにゃあー」 「ううっ」 「にこってば以外に大胆ね?」 「う、、っ」 「ええ、少々進展しすぎな気もしますが、、。やはりというか、それに応える真姫もさすがです」 「、、、」 もう本当にやめて。 穴があったら入りたい、って本気で思うのね。やっぱりことわざってすごい。真姫ちゃんも同じこと思ってるはず。ことわざって本当に言い得て妙なのね。すごい。勉強になったわ。っていうか海未もなんで感心してる風なの?そこは破廉恥です!とか言って会話を終わらせるのがあんたの役目じゃない。今日は揃いも揃ってポンコツしかいないの? 休憩のために日陰へ来たのに逆上せそう。まったく休憩になってないし、むしろ疲労感が増したんだけど。 「そろそろ練習再開しましょうか」 「ごめん無理。本当に無理」 あれから練習再開したけれど。当然まともにこなせるわけもなく、、。練習が終わってからも主に希と絵里にからかわれる始末でもうぐったり。 みんなが早々と帰り支度をしていくなかで、真姫ちゃんは一番に帰っちゃうし。それを見た穂乃果たちはようやく申し訳なさそうに謝ってきた。いや、真姫ちゃんは怒ってるんじゃなくて恥ずかしくて死にそうってやつよ。にこみたいに図太くないし、繊細なんだから。 「真姫ちゃんはピュアやなあ?」 「あんたも少しは反省しなさいよ」 真姫ちゃんと一緒に帰る楽しみ奪ったんだからね?ついでに今までの冷やかしとからかいも反省して、今後の行いを改めてほしいんだけど? 「大丈夫よ、にこ。ふたりには私たちがついてるわ」 「、、、」 こんなに安心できない大丈夫ははじめてよ。なにがどう大丈夫なの?むしろあんたのその思考回路は大丈夫なの?生徒会はポンコツしかいないの?ジト目を使っても効き目なしなのは当たり前で今日何度目かのため息が出る。 「じゃ、お先ー」 「はいはい」 ポンコツふたりを最後に見送って、いつもの定位置に腰かけた。パソコンでお気に入りの動画でも流しながら、今日のところはさっさと活動日誌書いて帰ろう。真姫ちゃんと一緒に帰れなくなっちゃったのは残念だけど、あとで電話でもしよう。 そんなことを考えながら日誌を書いていたらまた扉の開く音がして。 誰か忘れ物でも取りに来たのかなと思って振り返ったら、一番最初に帰ったはずの真姫ちゃんがいた。 「にこちゃんと帰りたいけど恥ずかしくて、みんなが帰るの音楽室で待ってたの」 「なによそれ。かわいくない?」 あ、思わず声に出ちゃった。 真姫ちゃんは意味わかんないとか言って照れながら髪の毛を指でくるくるしてる。穂乃果たちが怒らせたかもって心配してたわよ、と伝えたら。そんなことはないけど恥ずかしくて死にそうだった、とはにかんでみせた。どうやらにこの予想は合ってたみたい。 ん、と真姫ちゃんに向かって手を広げたら。座ってるにこを立ったまま抱き締めてくれた。制汗剤のさわやかな香りが鼻を掠める。 「穂乃果には困っちゃうわ」 「しばらくは『あほのか』で十分よ。あと少しで日誌書き終わるから」 「うん」 ぎゅーっと抱きついて名残惜しく離れたら、途中だった日誌にペンをはしらせる。 真姫ちゃんはにこのツインテールの毛先を自分がいつもするみたいに指先でくるくるして遊んでる。くすぐったいけど、かわいいから我慢する。まるで猫がじゃれてるみたい。最初の頃は誰にもなつかない雰囲気でいっつも髪の毛くるくるしてたのに。 「にこちゃんのうなじ、白くて綺麗ね」 「あっ!」 不意に真姫ちゃんの指がうなじをなぞって、思わず高い声が出た。 「くすぐったいでしょ!」 「いまの声、」 「あと少しだからおとなしく、、なに?」 「なっなんでもない!ちゃんと待ってるわ」 ぶんぶんと首を横に振って、次は頷いて。真姫ちゃんはにこの後ろの席に座った。大した内容を書くわけじゃないけど、人を待たせてると思うと時間がかかってしまう。はやく終わらせて真姫ちゃんと帰りたい、手繋ぎたい、もう一回抱きつきたい、とか余計なこと考えてるせいかも。 だって先に帰っちゃったと思ったら待ってた、なんてうれしいんだもん。うれしくてほっぺた緩んじゃうわよ。かわいくてはやく構ってあげたくなるわよ。 「よし、おわり!」 パソコンの電源も落として筆記用具を鞄にしまう。立ち上がって振り返ったら、真姫ちゃんがそわそわと落ち着かない様子で視線を泳がせていた。不思議に思って首をかしげてしばらく待ってたけど、すぐにわかった。 「真姫ちゃんキスしたいんでしょ?」 「うえっ!?」 「あれ?ちがった?」 「そっ、そう、そうなんだけど」 「?」 キスで正解でしょ? なのになんだろう、今さら恥ずかしいとか? 今日みんなに散々からかわれたから? なんだろう、わかんない。わかんないけどキスで正解なんだったらキスしよう。にこもキスしたいから早々に考えるのをやめて距離を詰めた。 やわらかい唇に触れてきもちいい。 ちゅ、ちゅ、と何度か啄むと。カーディガンの袖を小さく握ってきて、窺うように真姫ちゃんの舌先がにこの唇に触れた。 あ。そっか。 キスってこっちのキスがしたかったんだね。そういえばこの間は練習前だったし、誰か来るかもしれなかったし。あとは、まあ、真姫ちゃんのキスが上手すぎてそのあとのことを考えて受け入れることが出来なかったんだけど。 「ん、」 今日はちゃんと受け入れて舌先を触れあわせたら、カーディガンの袖を握ってた手がにこの頬を添えられて。深くなったキスにぞくぞくした。 自分のじゃない舌が口内を動きまわってる。2回目のはずなのに迷うことなくにこの舌を先から裏側までなぞって、唇の内側とか歯列も舐められて、まだ慣れてない浮遊感にも似た心地よさに時折肩が跳ねてしまう。 「んん、、ちゅ、、ぁ」 息継ぎの間に小さく声が漏れた。 頬に添えられてた真姫ちゃんの手の片方が離れて、と思ったら腰にまわされて抱き寄せられた。それがきっかけでぼんやりと海未の言葉を思い出す。真姫ちゃんのことを情熱的なイメージがあるって言ってた。たしかにそうかも、こんな風に抱き寄せられたら確かに情熱的だと思う。積極的な深いキスもそれを表してる。 次第に増えてく二人分の唾液がくちゅ、くちゅ、と音をたてる。それが口の端から溢れそうになるとじゅる、と啜るように飲みまれて恥ずかしい。でも気持ちいい、ふわふわする、とけていく、とかされてく。背中から頭の先まで這うような感覚と、下腹部あたりに言い様のない何かが蓄積していく感覚。それに耐えるように真姫ちゃんの服を掴んだら、嬉しそうにふっと小さく微笑まれた。そしてまた情熱的に求められる。 「、、、ーーん、んぅ」 あ、もう、 そろそろ立ってられない。 何度も崩れそうになる体、なのに腰にまわされた真姫ちゃんの手に抱き寄せられてしまってキスをやめられない。ふわふわと曖昧だった感覚が鮮明になるように、明確に、気持ちいいと理解してしまう。これが所謂、『感じる』といことなんだと体が覚えてしまう。 「んぁ、、ーーっ」 自分が感じてるんだと理解したら体がぶるりと震えて、下腹部が切なくなる。 ーーー触れてほしい。 真姫ちゃんに触られたい。 ーーーーどこを、、? 「ーー、、にこちゃん」 やっと唇を解放されて。つぅ、と間を繋ぐように唾液が垂れ落ちた。目の前にいる真姫ちゃんはうっとりしたような、満足そうな顔なのに。にこの名前を呼ぶ声は沸き上がる感情を堪えるように少し震えてた。 どうしたの、真姫ちゃん。 そう声に出したいけど、先ほど浮かんだ欲求がちらついて恥ずかしくなる。まだ赤くなりそうな顔を見られたくないから抱きついた。制汗剤のさわやかな香りの奥に真姫ちゃんのにおいを感じる。やさしくて、安心する、大好きなにおい。 「際限がないわね」 ぽつり、と真姫ちゃんが呟いた。 「触れあったり、キスしたり。ドキドキして苦しいぐらいなのにもっと欲しくなっちゃうの。にこちゃんのこと、もっともっと欲しくなる」 困っちゃうね、なんて。 真姫ちゃんも言ってて恥ずかしくなったのか、誤魔化すようににこの肩に顔を埋める。髪の毛がくすぐったい。ふたりとも顔が火照ってるせいだと思うけどなんだか暑くなってきた。だけど抱きつくのをやめる気はまだない、それもお互いに。 本当に困っちゃうね。 「にこも同じだよ」 「本当?」 「うん、ほんと」 ぽんぽんってあやすように背中をたたいたら。子供あつかいしないでって抗議された。でも抱きついたままで離れないからやめてあげない。かわいいから。 「すき」 「私も好き」 「うん、知ってる」 目を閉じて音を探る。 音をひとつ見つける度に頭の中にある世界が動き出す、その世界をみんなと一緒に奏でる日を想像すれば、色鮮やかになっていく。 次にお披露目予定の新しい曲作り。穂乃果が新曲でいきたい!って言い出したから。でもみんなで歌う日を想像すると楽しみで仕方ないって思うあたり、私もすっかりスクールアイドルね。 「はあ、、、」 今回、海未からもらった歌詞はとても力強い言葉が並んでる。だからそれに負けないようなものにしたい。だけどあまり上手くいってなかった。イメージがまとまらなくて、上手く表現出来ないでいた。 一連の音を奏でては書き込んで、また納得いかなくて、その繰り返し。そうしてどれくらいの時間が経過していたのか。音を書き綴りながら作曲に没頭していると、不意によく知った心地良い匂いが鼻を掠めて顔をあげた。 ピアノから少し離れたところににこちゃんがいて少し驚く。 「にこちゃん。いつから居たの?」 「んー?」 「居るなら声かけてよ」 私の質問には答えずに誤魔化された。そんなふうに優しい眼差しで微笑まれたらくすぐったくて少し恥ずかしい。だから隣に座れるようにスペースをあけて手招きをした。にこちゃんは隣にくるなり、ぎゅっと抱きついてくる。 もしかして甘えてるの? にこちゃんに気付かないでピアノを弾いていたから、実は少し不貞腐れてるとか?でもそれはにこちゃんらしくない気がする。 急なスキンシップに戸惑ってると、ようやく腕から解放されて。にこちゃんは先ほどと同じく優しい眼差しをこっちに向けてにっこり微笑む。かわいい。かわいいから今度は私から抱き締めたくなる。けどさっきからその笑顔と眼差しにドキドキしてるからさすがに恥ずかしい。そこまでしたらキャパオーバーになってしまう。 「なに?どうしたの?」 「真姫ちゃんがピアノ弾いてる姿、やっぱり好きだなあって思って」 「なにそれ。意味わかんない」 「あ、照れた?」 「照れてない」 「真姫ちゃんかわいい」 「もう!からかわないでっ」 平然を装おうと思ったけど目敏いにこちゃんには通用しなくて、赤くなった頬をつつかれる。だって急にそんなこと言われるなんて思わないし、、。 「だって本当のことだもん」 それでもぐいぐいと肩にもたれ掛かって茶化してくるから顔を背けて、知らんふりを決め込んだ。そうして逸らしたついでに壁に掛けられた時計を確認すると、もうそろそろ帰らないといけない時間になっていたことに気付く。 本当はもう少し作曲を進めたかったのだけれど今日は無理ね。にこちゃんが隣にいてくれたらもっと捗る気がしたけれど、ピアノを弾いてる姿が好きだなんて言われたら変にドキドキしちゃって落ち着かない。ピアノの鍵盤蓋を閉じて帰り支度をはじめた。にこちゃんも鞄を持ってきてるってことは部室の戸締まりを終えてここに来たはずだから、そのまま一緒に帰ろう。 予備校までは時間があるから少しゆっくり歩いて。あ、公園に寄るのもいいかもしれない。にこちゃんが良ければだけど。 「帰ろっか」 「うん」 差し出された手を握って音楽室をあとにした。手を繋ぐのは本当はまだ恥ずかしいけど、にこちゃんが嬉しそうにするから二人で帰るときはこうしてる。たまに腕まで絡めてくるときもあってドキドキし過ぎることもあるけど、構ってほしい猫みたいで可愛いから。本人に言うときっとやめちゃうから私がそう思ってることは内緒。 だから今日も言わずに平気なふり。 校舎から出るともうすっかり夕暮れ時で、ほかの生徒とすれ違うこともなかった。最近はもうすっかり涼しくなってきて、練習のときは日差しに体力を削られることもなくなってきたし。 「ねえ真姫ちゃん。予備校まで時間ある?」 「ええ。にこちゃんは?」 「今日はママがいるから大丈夫。じゃあ公園で少しお喋りしよ?」 「うん」 予備校と、にこちゃんの家。その分かれ道の近くにちょうど公園があって、今日みたいに時間があるとそこに寄ってお喋りして、それからバイバイする。 本当にほんの少しの時間だけど私にとってすごく大事な時間。学校で会えるし、電話で話すこともあるし、大袈裟ねって笑われちゃうかもしれないけど。私には予備校と今日みたいな作曲に没頭する日もある。それににこちゃんは人気者だからこうして一緒に帰れる機会はそんなに多くない。はやく帰ってきてってヤキモチを妬く、かわいい妹と弟がいるから。それににこちゃんの母親が仕事で忙しいときは、美味しい料理を作ったりほかの家事をしたりで練習に来れないほど忙しくなるのだ。 いつものベンチに二人で腰かけて、何気ない会話で笑い合う。今日あったこととか、ほかのアイドルのことだとか。ころころ変わるにこちゃんの横顔を見るのが好き。 「作曲は順調?」 「まあ、そうね。海未からもらった歌詞がすごく良いから。それに負けないようにしたいなって思うんだけど」 「うん?」 首をかしげるにこちゃんに、歌詞が書かれた紙を渡す。前向きな言葉と、力強い言葉、勇気づける言葉。今回の歌詞はとても、なんというか真っ直ぐなものだった。 私は音楽は中学までって考えていたし、高校に入ったら将来のための勉強がはじまるって思っていた。これから先は音楽に興じてる暇なんてない、好きよりも現実的なものを選んで大人になっていくんだと。今となっては予想してなかった展開だ。それはとても良い意味で。だから今回の歌詞はそんな少し前までの自分をちらりと振り返っては考えてしまう。 「私はこんなふうに突き進むって選択肢はまず浮かばないから。そういう意味では新鮮で、私にはない感覚だなって思ったら難しくて」 「あー。まあうちの場合、穂乃果みたいなのが近くにいると突き進むっていう基準がずれちゃうわよね。壁なんか気にせず能天気に進んでる感じ?」 暴走気味な時もあるけどフォロー上手の幼馴染みあっての穂乃果よね、と付け足して。確かににこちゃんの言う通りかもしれない。まるでこの歌詞は今まで私が見てきた高坂穂乃果そのものだ。いつの間にか先頭にいて、壁が見えてないのか気にしてないのか、それとも壊す気満々でいるのか。頭で考えるよりも体が先に動くタイプ。私とは正反対。 「それでこっちを巻き込む気満々でしょ?」 「そうね」 にこちゃんは言葉のわりに柔らかい表情と声で。私もつられる。でもにこちゃんだって好きなものは好きって譲らない強さがあって、とても真っ直ぐだ。壁が分厚くても絶対にあきらめないようなその強さは、素直に尊敬する。 そして今回の海未の歌詞はどこか直接的で、綴られた言葉たちをより強く際立たせてる。だから曲にのせて歌ったときに、その強さを台無しにしたくないと思ってしまう。 「やっぱり難しいわ」 作曲のことで弱気になる私が珍しいのか、にこちゃんは少し驚いた表情をする。だけどまたやわらかく微笑んで指を絡めとった。 「んー。でも、この歌詞を曲に出来るのは真姫ちゃんしかいないわよ」 「それは私がピアノを弾けるからでしょ」 「ううん、そうじゃなくて。真姫ちゃんは前に進めずにいる人の背中を押すことが出来るじゃない。花陽が入部するときとか、穂乃果たちにもそうしてきたはずよ」 「え?」 なんで知ってるの? それはにこちゃんと知り合う前の出来事なのに。 「だって部長だもん。、、っていうか、本人たちが自慢げに語ってきたの。真姫ちゃんはああ見えてすっごく優しいってね」 「なにそれ」 その口振りからして、私たちが正式に部員となったころの会話なんだろう。にこちゃんにはつり目のアンタ、なんて言われたのを覚えている。その頃はお互いに素直な性格じゃないから、会話らしい会話は売り言葉に買い言葉みたいなのばっかりだった。それが別に仲が悪くてとか、嫌いでとかじゃなくて。それもお互いにわかっていたから喧嘩に発展するようなこともなく、いつしか気兼ねなく話せる相手とのコミュニケーションのひとつになっていた。 だけどそれを見ていたまわりの反応は違ったのだろう。私のいないところでそういう話をされたのは、にこちゃんと私が険悪な雰囲気になるのを避けるためだったのかもしれない。今でもそんなやりとりをするし、まわりにもそれが二人の距離感なんだなって認識されてると思うけど。 「花陽も穂乃果たちも、真姫ちゃんにすごく感謝してるって言ってたわよ」 、、そんな大袈裟な。 だってそこまで有り難がれるようなことをした覚えがない。たしかに花陽が入部するときは一緒にいたけど、幼馴染みの凛もいたし。穂乃果たちのときは煽られるまま勢いで承諾したような。それに希の言葉もあって、とりあえず一度作ってみようと思ったのだ。 だから花陽や穂乃果たちが言う『真姫ちゃんはああ見えてすごくやさしい』の意味は。 「私とにこちゃんが口喧嘩ばかりしてたから、気を遣って言ったのよ」 「あーもう、ばか」 「な、なんでそうなるのよ!」 「気をつかってなによ?言っとくけど、先輩に生意気なことばっか言うけど悪い子じゃないんです。って顔じゃなかったわよ。ばか。人の感謝はしっかり受け取りなさいよ、ほんっとばかね」 「ばかって言わないで!」 「じゃあ頭いいんだから認めなさい。やりたいことを躊躇ったり、悩んだり困ったり、そんな人のために行動できる真姫ちゃんは優しいの」 「そんなこと、」 「そんなことあるの!」 ばか、頭いいくせにばか、と続けて言われた。 意味わかんないって言おうとしたけど、握った手をぎゅっとされて黙ってしまう。 「それが出来るってことは、真姫ちゃんはそういう気持ちがわかるってことでしょ?」 「、、、気持ちは、わかるわよ」 「うん。だから、ね?真姫ちゃんだから曲に出来るの。それをステージで、μ'sのみんなで歌ったら、曲を聴いてくれた人の背中を押すことだって出来るはず」 それってすごく素敵なことだと思う、と目を細めて優しく見つめてくる。綺麗な紅い瞳が真っ直ぐ。 ばかってたくさん言われたのに。いつのまにか優しい声になってて。だから、 「大丈夫」 だからそう言われたら、全部が大丈夫って思えて。 さっきまで難しいって思ってたはずなのに。もう一度もらった歌詞を読んだら、音が頭のなかに次々溢れて色鮮やかな世界が見えた。ああ、もう大丈夫、出来る。ってわかって。 繋いだままの手を握り返したら、ほらね?とでも言うようににこちゃんは笑ってた。 言葉に負けないようにとか、へんに気負いすぎてたみたい。ただ素直に、届けたいことを曲にすればいいんだ。にこちゃんだって、海未だって、もちろんみんなだって素直な気持ちを表現して笑顔と一緒に届けてるんだから。 音楽を終わりにしよう、なんて覚悟した気持ちも本物だけど。それでも好きな音楽を続けられたら、と何度も思った。だけどもうひとつの夢を叶えるには諦めなくてはいけない、それは今でも変わらないけれど。私にとっては今が夢の中でもあるのだ。好きな音楽を、曲を作れる今が。そしてそれをみんなと一緒に届ける、届けてくれる仲間が出来た。 みんなも何かしら手放したくない好きなものとか、夢とかを抱えているのなら。今、この瞬間も夢の途中なんだって思えるような。そんな歌を。 仲間と一緒に伝えよう。 「はやくステージで歌いたい」 「ええ。楽しみに待ってて」 「うん」 無邪気に笑うにこちゃんの手を引いて歩き出す。 やっぱり、私はにこちゃんが好き。 好きって伝えてよかった。 だってこんなに真っ直ぐ私を見てくれたら、なんだって出来る気がしてくる。とっても真っ直ぐな言葉とその笑顔で、心を明るく照らしてくれるから。 「にこのこと好きすぎるって顔に書いてあるわよ?」 「い、」 「い?」 「意味わかんなくも、ない、けどっ!」 「あははっなにそれ!」 楽しそうに嬉しそうに笑うにこちゃんはこどもみたいだった。さっきまでのにこちゃんも、今のこどもっぽいにこちゃんも、猫みたいに甘えてくるにこちゃんも。やっぱり好き。だって好きなんだもん。 でも、さすがね。 「やっぱりにこちゃんが一番アイドルしてる」 振り向いたにこちゃんは眩しいぐらいの笑顔で、あたりまえでしょ。と答えた。 「宇宙ナンバーワンアイドルなんだから!」 あれは確か、部室での会話だったと思う。 二年生の幼なじみたちが、小さい頃お泊まりをしたっていう思い出話で盛り上がっていた。ホラー映画を見て泣き叫んで騒ぎすぎて親に怒られただの、川の字で寝たけど寝相が悪くて大変だっただの、ほとんど穂乃果が原因だとわかるような話で。今現在もお泊まりをするであろう幼なじみたちの会話は珍しくもなんともないものだったが。 ふ、と視線を移すと。髪の毛を指先でくるくるさせて、そわそわ落ち着かない様子の真姫ちゃんがいて。 あ、もしかして羨ましいとか? でもお泊まりっていうなら、この間は真姫ちゃんの別荘で合宿をしたわけだし。羨ましいってことはないかな。 その時は、落ち着かない理由が浮かばずにいたけど。 「にこちゃん、お泊まり、し、ない、、?」 「へ?」 語尾はごにょごにょしてたけど、お泊まりって言葉は聞こえた。そこであの時のそわそわしていた理由に気付いたのだった。どうやらお泊まりに誘う予定だったみたい。真姫ちゃんの両親が多忙であることは知っていたし、そのためにお手伝いさんがいるってこともわかっていた。でもどうやらお手伝いさんが休暇中で今週末は真姫ちゃん一人で過ごすみたい。そんなのはじめてじゃないって言うから、そうなんだって思って少し驚いたんだけど。 そのあとのお誘いに、また驚いて。 今日は金曜日だからこのあとお泊まりってこと? 「に、にこちゃんの予定が無ければだけど」 予定、と言われて考える。 母親が家にいるから問題ない。仕事が落ち着いたから週末は家にいるわって言っていたのを思い出す。 一人で過ごすのは慣れてるから平気だけど、とか言って髪の毛をくるくるする。 「真姫ちゃんって料理出来るの?」 「で、できなくもないわよ」 思わず浮かんだ疑問。失礼ね、なんて言うけれど。お手伝いさんにお願いすればちゃんと温めるだけの料理を用意してくれるし。って返ってきて。料理って、それ?とか思って。温めるだけのものを料理とは言えないわよ、と言いそうになったけど。 「だけど、もし」 「?」 「泊まりに来てくれるなら、、にこちゃんの手料理が食べられると思って」 「、、じゃあ、用意されてないの?」 「あ、専属のシェフを呼ぶことも出来るから!べつに、無理ならっ」 「わーすごい」 専属のシェフって。 電話ひとつで来てくれるの? え。なに、近くに住んでるの? 庶民の驚きをよそに。真姫ちゃんはそわそわ、ちらちら、髪の毛をくるくるさせてにこの返事待ち。手料理が食べたくてとか言われたら応えたくなるわよね。妹たちをお泊まりに送り出すことはあるけれど、合宿や修学旅行とは別に自分がお泊まりに出掛けるなんてなかったな。 「うん、お泊まりする。真姫ちゃんにとびっきりの手料理ふるまってあげる」 にこの返事を聞いた真姫ちゃんは、ぱああっと分かりやすく表情をかえて。きらっきらの瞳がかわいい。 「リクエストあれば作るけど?」 「あ、えっと、にこちゃんのカレーが食べたい」 「カレーでいいの?」 「うん。、、、合宿の、ときの、、カレーが美味しかったから、また食べたい」 ぽつり、ぽつり。と耳まで赤くしてそんなかわいいこと言うから悶え死にそう。冗談抜きで。だってカレーよ?一般家庭で一番作られてるであろうメニューじゃない。それをお嬢様の真姫ちゃんが食べたいって、にこの作ったカレーが食べたいって言うんだもん。合宿のときってどんなカレー作ったっけ?なんて思うぐらいにふつうのカレーしか作った覚えがないのだけれど。それでいいのなら。 「じゃあ一旦帰って、買い物してから真姫ちゃんの家に行くから。それでいい?」 「買い物も一緒がいいんだけど」 「入れてほしい食材があるの?」 「そうじゃなくてっ。夕飯の買い物するって、恋人みたい、だから、、、」 真姫ちゃんがかわいくてどうしよう。 言ってて恥ずかしくなったのか、お金も出すから一緒じゃないと!とか理由をつけはじめたけど。もうかわいいは確定してるので、にこはもう助からない。立ち眩みさえ起こすほどのかわいい破壊力に、ドキドキする胸を押さえて堪えようと耐えるけど。今のにこはすっごく緩んだ顔をしてると思う。 ここが廊下じゃなければ、抱きついて誤魔化せるのだけれど。まだ教室には何人か生徒が残ってるし。 「希!ハラショー現象が起きてるわ」 「あかん、えりちっ!ビデオカメラ部室に忘れてきちゃった」 「そんな、、っ」 ほらね?遠くで聞こえるポンコツ二人のはしゃぎようで、少しだけ冷静さを取り戻す。 ハラショー現象ってなに? ポンコツ同士にしか伝わらない言葉? にこたちの会話が聞こえる距離ではないと思いたい。だけどあの二人はみっともなく騒ぎ立てているからここまで丸聞こえだ。まあ、にこのリアクションのせいなんだろうけど。だって真姫ちゃんがかわいすぎるし。それはもうどうしようもないわよ。 「えーっと、、、真姫ちゃん。とりあえずあとで待ち合わせ場所と時間送るから」 「わかったわ」 幼い子がするみたいに大袈裟に頷いて、真姫ちゃんは凛と花陽のもとへ駆けていった。にこは今からポンコツ二人の冷やかしに耐えなければいけないけれど、まあ、それぐらい我慢してあげる。今もまだ緩んだ顔を直せてないって自覚するぐらいに冷静だし上機嫌だから。 「にこ、恥じらいが大事ってテレビで見たわ」 「、、は?」 「にこっち、小さくても真姫ちゃんは大丈夫や」 「なんの話よ」 「「、、、」」 「希、にこってかわいいわね」 「えりち、今更やん?」 「、、、。前から思ってたんだけど、アンタたちにとってにこは何なのよ?」 「こども同然よ。決まってるじゃない」 「そやね。決まってるやん」 「喧嘩売ってんの?」 じろり、と睨み付けてやるけど二人は悪びれる様子もなく。いつから保護者目線になったのか、なんて実際知りたくもないし放っておこう。付き合ってられないわ。 でも。 真姫ちゃんの家にお泊まりか。一緒に過ごせる時間を必死で作っているにこにとっては願ったり叶ったりだ。だってバイバイしなくて良いんだもん。一緒にご飯食べて、一緒に寝て、一緒に起きて、また一緒に過ごせるんでしょ?こんなに贅沢な週末を過ごせるなんてうれしすぎる。 まあ。補習の居残りがあることは内緒だけど。でも全然かまわない。うれしい。 ーー6時に駅前でいい? ーーわかったわ 「返信はやっ」 それから補習を終えてラインを送った。そしたら送信して大した誤差もなく返事がきて思わず突っ込んでしまった。真姫ちゃんってば、どんだけにこのカレーが食べたいのよ。かわいいわね。ほんと。 「あらあら。うれしそうね?」 出掛ける支度をしていたら。くすくす、ママに笑われて。にやついていたであろう顔を見られて恥ずかしくなった。最近よく話に出てくる子?なんて見透かすように聞いてくる。真姫ちゃんが家に来たことは何度かあって妹と弟とは面識がある、けどママが帰ってくる前にバイバイするから真姫ちゃんのことはにこの話で聞いてるだけ。 「いーなー。ここあもお泊まり行きたい!」 「お姉さまを困らせちゃダメです!」 「おとまりー?」 「うん、そうよ。こころとここあはちゃんとママのお手伝いするのよ?」 「はーい!」 「わかりました!」 ぞろぞろと玄関までにこのあとを追うように付いてきた3人の頭をぽんぽんと撫でて、家を出た。 真姫ちゃんと恋人になってからはじめてのお泊まり。一緒にいるとあっという間に時間が過ぎてしまうけど、今日は何時までとか気にしないで良いんだ。そんなことを考えると待ち合わせ場所に向かう足取りはとても軽い。約束の時間より早く着いちゃうけど、まあいいか。 って、思ってたんだけど。 「あれ?真姫ちゃん」 「にこちゃん、早かったわね」 「ごめん。待った?」 「?。 いいえ?時間より早いわよ?」 「だってもう待ってると思わなくて。なんか、あれ?」 途中で謝ってるのがなんだかおかしくなって、ふたりで首をかしげてる。もしかして真姫ちゃんも同じだったのかな?うきうきで歩いて早く着いちゃった? 「行こ。にこちゃん」 「えへへ」 「さっきからにこちゃん変よ」 「えー?」 だってそうでしょ?知ってるんだから。 ちらりと見えた真姫ちゃんの耳が赤いんだもん。 それから。 にこがよく行くスーパーで買い物をして、荷物は半分こして。真姫ちゃんの家まで手を繋いで。 リクエスト通りにごくごくふつうのカレーを作ろうと思ったんだけど。買い物のときにトマトが好きな真姫ちゃんにそれ入れる?って聞いたら。そんなこと出来るの、みたいな顔するから。じゃあ期待に応えてみせましょう、ってね。 「にこたち同棲カップルみたぁーい!」 「気持ち悪いこと言ってないで早く入って」 猫なで声で真姫ちゃんの腕に抱きついたらつれない反応が返ってきた。本当はうれしいくせに。 「えー?夕飯の買い物するって恋人みたい。って言ったのは誰かなあ?」 「そ、それはっ!」 「あ、ねえねえ真姫ちゃん。ごはんにする?お風呂にする?そーれーとーもー、」 「い、いいいみわかんないっ!今からご飯作るんでしょ!」 真っ赤な顔した真姫ちゃんは、にこを置いてきぼりにして部屋のなかに入ってく。少し浮かれてからかいすぎたみたい。だけどたのしいんだもん。二人で同じところに帰るってうれしいんだもん。 だけど来る度に思うけどやっぱり豪邸よね。立派な門、広い玄関、廊下まで広くってさ。こんな広いところに一人で平気なんて。本当かな。 「私もなにか手伝うわ」 「そ?じゃあ、お鍋出してもらえる?カレー用と、お湯を少し沸かしたいから」 キッチンもやっぱり広くて落ち着かないけど。ああ、でも素敵だなあとも思う。このキッチンならどんな料理でも出来そう。 「にこちゃん。このお湯はどうするの?」 「トマトを湯剥きするの。カレーだと、食べたとき口の中に皮が残っちゃうでしょ?こういうのは食感も大事だからね」 「へえ」 はじめて見るトマトの湯剥きに興味津々らしい。真姫ちゃんにとびっきりの手料理ふるまってあげるって約束したからには、美味しいの作りたいじゃない?この一手間が大事なのよ。食材は本当にふつうのものだけどさ。真姫ちゃんに美味しいって言わせたいわけです。 手持ち無沙汰な真姫ちゃんに大好きなトマトを切ってもらおうかと思ったんだけど、、うん。包丁の握り方から不馴れさがまるわかり。そりゃそうよね専属のシェフがいるんだもんね。少しだけトマトを切ってもらったあと、真姫ちゃんには洗い物をお願いすることにした。危なっかしくて見てられないもの。 「トマトカレーってはじめて作ったけど、なかなか上手くいったわ!」 さあ、召し上がれ。と言わんばかりに胸を張る。さっきから瞳を輝かせてるもんだからつい調子に乗ってしまう。 「どう?」 「美味しい。赤いけど辛くないのね」 「辛いほうが良かった?」 「ううん。とっても美味しい」 あーもうそんな嬉しそうに食べてくれるなら、腕をふるった甲斐があったわ。はじめて作ったにしては合格点。にこは辛いカレーが苦手だからちょうどいい。トマトをたっぷり入れたかったから具材はトマトと鶏肉だけっていうシンプルなカレーになったけど。これならすぐ出来るし材料費も抑えられて節約にもなるわね、とかついいつもの癖が出てしまう。 明日の朝もトマトカレーを食べるとして。お昼と夕食と、って考える。さすがに2日連続で泊まるのって迷惑よね?真姫ちゃんだってひとりの時間がないといやだろうし。あ、お手伝いさんに倣って温めるだけですぐ食べれるように、明日も適当に作ってあげよう。うん。それがいい。さっき冷蔵庫とかいろいろ見てみたけど食材はあるから大丈夫そうね。 「どうかした?」 にこが黙々と食べながら考え事をしていたから、真姫ちゃんは首をかしげて聞いてきた。 「明日のごはんもにこが作っていいのよね?」 「明日も作ってくれるの?」 「まあさすがに専属のシェフには負けるけど、それでもいいなら」 「ううん、すごくうれしい。にこちゃんの手料理もっと食べたい」 「ふふっ。仕方ないわねーっ」 素直な言葉に照れてしまう。 あっという間に完食してくれてうれしい。さっきはふざけて同棲カップルみたい、なんて言ったけど。一緒に住んだらこんな感じ?とかにやついてしまう。真姫ちゃんが洗い物はまかせて、と言うからお願いして。 うん。やっぱりさ。食器をさげる恋人とかよくない?後ろ姿かわいくない?とかにやにやしてる。こんな顔、真姫ちゃんに見られたら気持ち悪いって言われても仕方ない。でもうれしい。なんか、こう、洗い物をしてる真姫ちゃんがかわいい。 あ、まずい。 目があった。 「にこちゃんの顔、だらしない」 「だ、、だらしないってあんたね」 「じゃあ。にやけすぎ」 うん。自覚はあります。 ぐうの音も出ない指摘をされて。仕方ないからにこはふかふかのソファで寛ぐことにした。テレビを付けるとバラエティ番組、ドラマ、、あ、歌番組がやってる。アイドルが出てるならチェックしないと。 「にこちゃん」 「んー?」 「あの、ケーキあるんだけど」 「わ!それって美味しいって有名なとこでしょ!」 真姫ちゃんの手に持ってる箱に、巷で話題の店の名前が書かれてる。この間通りかかったけど、高そうなお店の雰囲気がしたから入らなかったのよね。おやつとしては無理だから、家族の誕生日に奮発しようかな。なんて考えながら。 「にこも食べていいの?」 「にこちゃんに、って買ってきたのよ」 「え?誕生日でもないのに?」 「この間のお礼がしたくて」 お礼?この間?そう言われても、とくに思い当たらなくて。記念日とかかなって考えたけどその口ぶりじゃ違うみたいだし。 「新曲、にこちゃんのおかげでいい曲に出来たから」 「それってにこのおかげなの?」 「うん。だから凛と花陽に付き合ってもらったの。にこちゃんが好きそうなスイーツあげたいって言ったら、じゃあ一緒に行こうって」 なるほど。 3人で仲良く帰る姿が微笑ましい、なんて思って見送ったけど。そんな目的があったとは。なんてかわいい後輩たちなんだろう。真姫ちゃんも二人の厚意がよほど嬉しかったのか、にへらって珍しいぐらいに緩んだ笑顔を見せている。 「1つに決められなくて3つ買ったの。これが私、凛、花陽」 それぞれのケーキを指差して、3人それぞれがにこの好きそうなものを選んだってことらしい。かわいい。今日はかわいい出来事が多すぎてたまらなくなるんだけど。 「ありがとう。二人にもお礼言わないとね」 「うん。次は3人でラーメン食べに行くの」 「あははっ。その提案は凛ね」 真姫ちゃんとラーメンが不似合いすぎるけど。あまりにもかわいいから頭を撫でて、そっかあ。良かったわねえ。なんてつい妹たちにするような口調で返してしまう。いつもだったらこども扱いしないで!って言われるけど気付かず受け入れるあたり、凛と花陽とした約束が楽しみで仕方ないのだろう。 あー妬けちゃうなあ。 でもかわいいが勝っちゃう。 にこの恋人、こんなにかわいいの。 いいでしょ。 誰を相手に自慢してるのかわなんないけど、心のなかでふんぞり返る。 「じゃあ一緒に食べよ。あーんしてあげる」 「うええっ?い、いいわよ別に!」 「えー?だめ?」 「だ、だっ、だって恥ずかしいから」 「誰も見てないからいいじゃん。はい、あーん」 「うええっ?!!」 かあっと一瞬にして赤くなる真姫ちゃん。あ。さすがにキャパオーバーみたい。まあ、にこも真姫ちゃんのかわいさにもう胸がいっぱいだから。固まって動かなくなった真姫ちゃんに冗談よ、と言って。美味しい美味しいケーキを一緒に食べた。 「わかってたけど。真姫ちゃんの家のお風呂ってすごいのね」 「え?」 「うん。なんでもない」 すごいってなにが?って顔されるのはわかっていたから、とにかくすごいって感想を伝えたかっただけ。だって広くてぴかぴかで天井も高くて大浴場なみの大きさで、とにかくすごかったのよ。本当に泳げる広さだし。いや、試してないけどね? 「私の部屋、あがっていいから」 「うん。パソコンも使っていい?」 「ええ。いいわよ」 真姫ちゃんの部屋には何度か遊びに来てるから、もう馴れてしまっている。だけど部屋に入ったときに真姫ちゃんのにおいがいっぱいして、本当はいつもドキドキもしている。変態みたいって睨まれそうだから内緒にしてるけど。でも仕方ないじゃない。ドキドキするんだもん。 あれ?まって。 「、、、一緒のベッドで寝るのかな」 真姫ちゃんに手料理をふるまうっていう目的は達成したけど、その他いろいろのことはあまり考えてなかった。真姫ちゃんと同じベッド?いや、大きいから二人で寝るのは余裕そうだけど。 いや。全然考えたことなかった、とかじゃないんだけど。そーいうこと。部屋に入ったらやっぱり真姫ちゃんのにおいがいっぱいでドキドキしてる。今日は眠れないかも、、。本当に。そーいう意味じゃなくて! 「うわー、、なにこのベッド」 ちょっとお試しでベッドに寝そべったら。肌に触れるものは心地いいし、ふかふかのふわふわで、うっとりするぐらいに寝心地がいい。そもそも天蓋付きのベッドなんてお姫様みたいじゃない? ああ、きもちいい。 うとうとしてきちゃった。 少しだけ、真姫ちゃんが戻ってくるまで。 きし、 ふかふかのベッドが少し沈んだ気がして。 頬にかかった髪の毛をよけるように触れられて。 そのまま頬を撫でられてきもちいい。 「、、ん」 「にこちゃん」 「、んぅ、ごめん。ちょっと寝てた」 「うん」 ぱっちり目を開けたのにも関わらず。真姫ちゃんの手がにこの頬を撫でていて。お風呂上がりだからか、頬が赤い。 「ねえ。にこちゃん」 さっきから、にこの名前を呼ぶ声がやけにしおらしく感じる。気のせい? 「キスしていい?」 「、、いいけど」 「本当に?」 あ。 気のせいじゃなかった。 念をおすように聞いてくる真姫ちゃんの瞳が潤んでる。頬を撫でていた手が止まって、じっと確かめるように見つめてくる。 そーいうこと、考えてなかったわけじゃないよ。 「私、いまキスしたら、、きっと、」 「うん」 「だから」 「うん。いいよ」 そーいう意味でしょ? わかってるよ。 だって考えなかったわけじゃないから。 聞いてきたのは真姫ちゃんなのに、にこの返事を聞くなり。ぶわっ!って湯気が出るくらい真っ赤になってるから。真姫ちゃんの服をきゅっと握って少し引き寄せた。 「、、本当にいいの?その、っていうか、あの、、仕方とかわかん、ない、けどっ?」 「にこもわかんないけど。したいことしたらいいんじゃないの?わ、わかんないけどっ!」 お互いに上ずった声で格好がつかなくて、おかしい。けどそう言うしかない。だって本音だもん。触りたいし、触ってほしい。どこを?とか、どうやって?とか、なにが正解かわかんない。 だけど、にこも同じだよ。 いま真姫ちゃんとキスしたら、さ。 そうなるの、わかるよ。 キスだけじゃ熱が内で燻るばかりで堪らなくなる、誰も知らないところがじくじく疼く。だから。 「真姫ちゃんとしたい」 強張った体を差し出すように手を広げて、素直に伝える。 「ーーにこちゃん、」 「んんぅっ」 真姫ちゃんの紫色の澄んだ瞳が妖しく光って、噛み付くようなキスで口火を切った。 いつものキスと少し違う荒々しいそれは。強い興奮を呼び寄せて一気に体が熱をもつ。吸われた舌が熱くて、口内をなぞる舌が熱くて、どちらの熱かわからなくてくらくらする。 「まきちゃ、ん、、んぅっ」 短く吐かれる息が熱くて、熱くて。 名前を呼んだら苦しそうに眉を寄せて、だけど嬉しそうに目を細めた。真姫ちゃんは深いキスをするとき、にこの頬に手を添えてくる。その手のひらの温もりが好き。 その好きな手が胸元へ下りて、遠慮がちにやんわりと触れられる。控えめな胸の感触を探られるように包み込まれて、確かめるように揉まれて恥ずかしい。もう片方の手が服の下に潜り込んで脇腹を擦る。 「ぁ、」 くすぐったくて、恥ずかしくて声が出たら。目の前にある真姫ちゃんの喉が鳴った。 「かわいい。にこちゃん」 そう言うと。またキスされた。 口と、頬と、耳と、首と、キスされて。ちゅ、と音がなるキスと。ねっとり舌が這うように。にこも同じように真姫ちゃんにキスを落としていく。赤くなってる耳を舐めたら、ふぅっと色っぽい吐息がこぼれて嬉しい。したことない場所にキスを繰り返すと、いけないことをしてるみたいな気持ちが込み上げてくる。 背中がぞくぞくして、揉まれ続ける胸に感覚が集まってくる。いつの間にか服が大きく捲れてる。脇腹を擦ってた手が背中にまわされて上に登ってきた。 あ、って思ったら。 胸の締め付けがなくなって、下の方から這うように胸を直接触られる。そのまま、指先が狙ったように爪弾く。 「ふぁ、、っ」 「ーー、にこちゃん」 「ぁ、あ、」 摘ままれて、くりくり弄られて。不安定に反応して声が出る。でも器用なその指先は、にこの声が出るように的確な強さと弄び方をすぐに理解してしまう。 「それ、やめ、てっ」 「ごめん、痛い?」 「ーーきもちい、から、やめてっ」 言ってしまった。 気持ちいい、なんて。 感じてるってことでしょ。 思わず出た言葉は失言だった。 「やめない」 お臍まで捲れてた服を一気に鎖骨まで引き上げられて。真姫ちゃんの目ににこの小さい胸が曝される。 「あっ!あ、だめっ」 真姫ちゃんの舌が突起の下から舐め上げるように動いて、次はちろちろと先端を舐められる。じりじり、ちりちりするような気持ちよさが焦点を合わせるように集まってくる。 ちゅ、ちゅ、と吸われて。優しく食むように咥えられて。だめって意味で真姫ちゃんの髪を掴んだはずなのに、弱く抱き寄せてしまうのはどうしてだろう。 「ああっ、ーー真姫ちゃ、」 もっとしてほしいって思ってる? だって気持ちいいもんね。 にこの心を見透かすように止むことのない甘い刺激。唾液に濡れたところに熱い吐息がかかるだけで、ぴくんと反応してしまう。 じくじくと疼く。 ふつふつ沸き上がる熱がそこに溜まっていく。 耐えるようにぎゅっと目を瞑る。その熱を誤魔化したくて足を擦り合わせてみるけど意味をなさない。熱くて、止めたくて、解放されたくて。だけど真姫ちゃんの口と指と、手のひらと吐息と、今与えられている刺激が気持ちよくてまた熱が籠っていく。燃えずに燻って堪らなくなる。 「にこちゃん」 「ぅ、、なに?」 呼ばれて目を開けたら、真姫ちゃんの紫色の澄んだ瞳が熱っぽく潤んでいた。片方の手がするするとにこの体を下りて、お臍のところまできた。 「もっと、見たい」 大丈夫だよ。同じだよ。 だから泣きそうな顔しないでよ。 真姫ちゃんの頬に手を伸ばしてキスを一つ落とした。抑え込むように、熱くなっていくばかりの自分に言い聞かせるように。だけどもう限界。解放されたくて、好きな温もりで触って欲しくて、もっと肌を合わせたくて。 「かわいい、にこちゃん」 「はやく真姫ちゃんも、」 「うん」 服も下着も全部、真姫ちゃんに脱がされた。にこだけ裸じゃいやだから同じように真姫ちゃんの服にも手をかける。 あ、ドキドキする。手が震える。 合宿の時に見た水着姿のときと全然ちがう。比にならない。人に服を脱がされたことなんてお互いにないから当たり前だと思うし。好きな人の体を見るってことがこんなにも、欲情するものなんだって。はじめて知った。 なにも纏ってない肩に赤い髪の毛がかかってるのが色っぽい。柔らかい胸をそっと包むように揉み込むと小さく息が漏れた。もっと聞きたくて今度は舌を這わせた。指で摘まんだ、軽く歯をあてた。 「あ、っ、はあ」 「ん、、ちゅっ、ちゅ」 だめだ、声を聞くとまた疼く。 だけど触りたくて、聞きたくて、だけどやっぱり我慢できなくて。きっといま、にこはひどい顔してる。 「ーーごめん、にこちゃん」 「わっ」 謝られたと思ったら。ぐい、っと肩を押されて。ベッドに縫い付けるみたいに真姫ちゃんが覆い被さってきた。少し勢いがあったから呆気にとられてると。 「ずるい」 「な、なにが」 「さっきのにこちゃんの顔、すごかった」 どういう意味? そんなにひどい顔してた? って聞き返す間もなく。 誰も知らないところ、さっきから疼いて仕方がなかったところに真姫ちゃんの指があてられた。 「いやだったら言って。ちゃんと、言って?」 そう聞いてくる真姫ちゃんの顔は複雑な表情だった。強気に押し倒してきたと思ったら躊躇って、不安そうに眉を寄せて、それでも聞いてくるの。このまましていいの?許してくれるの?って。 ねえ、さっきのにこはどんな顔してた?欲しくてたまらない顔してた?真姫ちゃんの体と声と全部に興奮してるって顔してた?いま、その顔してるでしょ? ねえ、そうでしょ?だから、 「真姫ちゃん」 「ーーにこちゃん、」 くちゅ、 「ーーあっ、ぅ」 「ねえ。気持ちよかったから濡れてるの?」 「あ、あ、ーー」 くち、くちゅっ 指の腹でなぞるように何度も往復して、溢れてる体液を掻き混ぜられる。 じくじくと疼いて仕方なかった場所。真姫ちゃんの細くて長い綺麗な指がそこに触れて、熱い息遣いで意地悪なことを聞いてくる。わかってるくせに、知ってるくせに。そうだよ、気持ちよかったの。ほしくてほしくて堪らなかったの。わかるでしょ?触って確かめてるんだからもう知ってるでしょ? 「かわい、にこちゃん」 「う、あっーー、あ、あ」 「にこちゃ、っ」 途切れ途切れになるぐらいに息を荒くしてる。 はっ、はっ、と短い熱い息が。 たまらなくかわいくて。 にこの顔をじっと見つめていた真姫ちゃんは、またにこの胸に愛撫をはじめる。大した膨らみのない胸に触れて、柔く揉んで、舌先で突いて吸い付いて、噛んで。掻き混ぜるようにしていた指先は、膨らんだ芽に触れて。そこに体液を塗りつけて、弱く潰されて、擦るように弾かれて、摘まむように弄られて。 気持ちいいこと全部されてる。 されること全部が気持ちいい。 どっちかわかんない。 ただ気持ちよくて、真姫ちゃんの肩を掴む。 もっとしてほしくて? 手を緩めてほしくて? どっちかわかんない。 「あっ、あっ、、は、だめっ」 「んちゅ、ちゅ、ーーだめじゃ、ない、でしょ?」 「ふ、ぁあっ」 だけど口から出ちゃうの。 だめって。気持ちいいからだめって。 でも真姫ちゃんは知ってるの。 わかってるの。だから止めないでくれる。 気持ちよくしてくれる。 「痛かったら、言って。、、ね?」 「ん、わかって、る」 「うん。ゆっくり入れる、から」 やさしいね。 知ってるけど、そう思うよ。 指先がそう言ってる。 熱い眼差しが、我慢するように吐く息が、優しい声が、全部が優しい。流れた涙はそのやさしさが、大事にしてくれるやさしさが嬉しいからだよ。 「ああっ、ん、んぅっ」 「ごめん、痛い?やめる?」 「だめ、ーーっだめ、」 熱くてたまらない。 じくじくと疼いてるところなのに、入れられたらわかる。疼いて疼いて仕方ないのはその、奥だって。掻き乱してほしいって。圧迫感しかないのに抜いてほしくない。もっと中に、真姫ちゃんの指、ぜんぶ、届くところ全部触って欲しい。 なにに興奮してるのかわかんない。 気持ちよくて?真姫ちゃんの綺麗な指がにこの中に入れられてるから?どろり、滲むように溢れる体液が止められない。入れられた真姫ちゃんの指の隙間から垂れる体液が、中に誘うように次々と流れ出る。 「中指、全部あるの、、わかる?」 ほら、と。中で曲げられる。 にこの表情を目に焼き付けるような眼差しにあてられて。また溢れてしまう。親指で芽を不器用に潰されて少し痛くて、だけど気持ちよくて腰が浮く。真姫ちゃんの肩を掴んでる指に力が入る。中に沈んだ指はやさしく肉壁を押すようになぞって、絡む体液を混ぜるように浅いところを解しながら薬指が入り込む。 くちゅ、ぐちゅ、っ 「ほら、ね?聞こえる?」 「は、ぅーーっあ、あ、あっ」 「ね、にこちゃんの音よ。ぜんぶ」 「ふ、ああっ、あ」 ぞくぞく、背中を這い上がってくる。 足の指にぎゅって力が入る。 時折吸い付かれる胸、流れた涙を舐めとられて。声を止めたくて噛み締めたら唇を割るようにキスされて。 「んん、あっ、まきちゃ、」 「ーー我慢しちゃだめ、もっと見せて。にこちゃんの声、もっと聞きたい」 「あああっ、ん、ぁ!ーーあ、あっ」 「にこちゃ、もっと、ね?」 いいでしょ?って。 浮いた腰を押さえつけられて、二本に増やされた指が掻き乱す。胸の突起は食むように弄られて唾液で濡れてる。ああ、気持ちいいよ。与えられる刺激がぜんぶ気持ちよくて感じてる。 ちりちり、じりじり、ぞくぞく這い上がる感覚が次第に、にこの思考を埋め尽くしていく。そのまま、そのまま。おねがい止めないで、もっと、もっと快感を与えて。与え続けて、そしたら。 「ふ、はっ、ーーあ!あっ、あ!」 「ちゅ、ぢゅっ、、」 「あ、っもう!、もう、だめっ!」 白く眩く視界と、跳ねるように捩れる腰と、大きくなる声に応えるように激しくなる指先と。全部が。 「ああっ!、あっ、ーーーんんッ」 真姫ちゃんの肩を掴んでる指先と、足の先がぎゅうっと強張って。熱く疼いてるところが散ってしまうような快感が、にこの体を貫いていく。 「まき、 っーーまきちゃ、」 「! 、にこちゃんっ」 「ああ、あっ! んんーッ、んああ」 弾けて散るような感覚がだんだん大きく、波が押し寄せるように追い詰めるように迫ってきて、全身を支配するみたいな快感がこわくて。真姫ちゃんの名前を必死になって呼んだら、大好きな手の温もりで頬を撫でて見つめ返してくれた。 ーーすき、すきだよ。 真姫ちゃんが好き。 声になったかわかんない。だけど真姫ちゃんはやさしく微笑んだように見えた。 びくん、びくん。体が跳ねて。 中にある指を肉壁がうねりながら締め付けて。膨らんだ濡れた芽を何度も押し潰されて。そのまま。燃え上がった熱を全部、手放した。 「あ、、ーーはあ、はあ」 「ちゅ、にこちゃん」 ぐったり力の抜けたにこの体のいろんな場所に、真姫ちゃんの唇が口付けていく。くすぐったいぐらいにやさしくて、心地よくて。上り詰めて溶けた思考がだんだん落ち着いてくるまで、たくさんキスされた。かわいい、かわいかった、にこちゃん、譫言みたいに何度も囁きながら。 中に入ったままの指には知られてる、囁かれてキスされる度に切なく締め付けてしまうことを。ぼんやりと眩かった視界がはっきりしてきたら、真姫ちゃんの表情がよく見えた。 「すごい、顔してるよ、、。真姫ちゃん」 「なに、それ」 「かわいい」 「こっちの台詞なんだけど、」 にこがかわいいのは当たり前でしょ。そんな返しはまだ出来なくて。はじめて上り詰めた快感の余韻がまだ体を怠くする。引き抜かれた指が恥ずかしい。 こんなになるの? こんなに、気持ちいいの? 思い出すと恥ずかしい。 でも知ってしまった。 「真姫ちゃん、も、、」 「うん。気持ちよかったね」 ちがうよ、次は真姫ちゃんだよ。 そう言いたいのに。そうしたいのに。 頬を撫でる温もりがやさしくて。はっきり見えてきた視界がまたゆっくり落ちるみたいに瞼が重くなる。全身に感じる真姫ちゃんの肌の温もりがうれしくて。柔らかい肌と、ふわふわの赤い髪の毛がくすぐったい。 ああ、これがそうなんだって思った。もっとそれを実感したいって思うのに、意識を繋ぎ止めることがどんどん難しくなって。とん、とん、と真姫ちゃんの手のひらが心地よく促すようにしてくるから。もう、瞼を閉じてしまった。 きっとね。 これが、そうだよ。 真姫ちゃんも同じだといいな。 「しあわせ、だね、、。まきちゃん」 「うん。幸せよ」 「まきちゃん、」 「うん」 「、、、」 すき。だいすき。 そう言ったのは夢の中か、現実か。 わかんなかったけど。 聞こえたから、返事はちゃんと聞けたから。 どっちでもいいよ。 「私も好き。大好き」 すき、って何回囁いたかわからない。 かわいい、って何度思ったかわからない。 そう思う度、囁く度にキスを繰り返した。 たくさんの場所に唇をあわせて、舌を、指を、にこちゃんの体隅々まで這わせた。 すやすやと寝息をたてて眠るにこちゃん。まだうっすら赤い頬を撫でて、さらさらの黒髪に指を通す。さっきまで激しい劣情を交わしていた相手だと思えないぐらいに幼く見えるかわいい寝顔。何度も私の名前を呼んでくれた唇につい目が行って、落ち着いていたはずの鼓動がまた騒ぎ出す。 はじめて見る表情、いつもと違う甘い声色。 にこちゃんに触れた自分の指先。 白い肌が色づく瞬間を見た。 にこちゃんと、キス以上のことをした。 思い返すと、恥ずかしいのとうれしいのがごちゃ混ぜになってしまう。だけど確かな幸福感で胸がいっぱいになる。 ーーしあわせだね、まきちゃん 瞼を閉じて。まるで寝言みたいに呟かれた言葉。心が満たされるってきっとこういうことを言うのだろう。 だけど、 「どうしよう、、」 知ってしまった表情と声が、何度も繰り返し頭に流れてしまう。当然だ。快感に悶える姿を目に焼き付けるように熱く見つめて、あまくとけた声が聞きたくてしつこく責めたのは私なんだから。だけど飽きずにまたしたい、また見たい。今度はもっと乱れさせたい。今終わったばかりなのにそんな願望が込み上げてしまって情けなくて恥ずかしい。確かに満たされているのに。目の前で無防備に眠るにこちゃんを見ていると、また堪らなくなってしまう。 このままじゃ、だめね。 ベッドの上に散らばった服を手にとってにこちゃんに着せたあと、私も着直してとなりに寝転んだ。にこちゃんの服からいつものあまいにおいがして安心する。さっきはお風呂からあがって部屋に入ったら、にこちゃんから私と同じにおいがして無性にドキドキしてしまったのだ。 そんなことを思い出しながら。寒くないようにと毛布をかけなおしていると、にこちゃんがもぞもぞと寝返りをうって。うっすら目を開けた。 「ごめんなさい、起こしちゃった?」 「んーん」 「寒くない?」 「ん」 あ。いつものにこちゃんだ。 よかった。 にこちゃんは頷きながらまたうとうとしはじめて、私の胸元にくっつくようにしてすぐに再び寝息をたてはじめた。猫みたいに丸い背中に腕をまわして抱き締める。 「おやすみ。にこちゃん」 かわいいつむじにキスをして、私も目を閉じた。 「真姫ちゃん。起きて」 呼びかける声に起こされて目を開ける。ぼんやりと見えるにこちゃんの顔。いつもは目覚まし時計の音で目を覚ますから、一番最初ににこちゃんの声が聞けてうれしい。 「おはよ、にこちゃん」 「ん。おはよう」 寝るときには下ろしていたはずの髪、今はいつもよりも下の位置で緩く結われてる。 「朝ごはん出来てるから」 どうやら先に起きて朝ごはんの準備をしてたみたい。まだ覚醒しきってない私と違って、ぱたぱた動いてカーテンを開けたり寝具を直したりしてる。私は欠伸をひとつして、にこちゃんの朝ごはんが待つ食卓に向かう。けど、その前に。 「にこちゃん」 「ーん、」 「起きてすぐキス出来るって、いいわね」 ふたりで顔を合わせてくすくす笑う。こんなに素敵な朝があるなんてはじめて知った。 「あれ?昨日のカレーじゃないのね」 「まー、朝は軽めがいいなって思って。勝手にいろいろ使わせてもらったわ」 「ええ、構わないわ。美味しそう」 お皿に盛られているのはトーストとスクランブルエッグとトマトサラダ、あとマグカップにコーンスープ。私より先に起きたとはいえ、あまりの手際の良さに感心する。日頃から料理をするのが当たり前のにこちゃんにとっては、なんてことない習慣なんだろうけど。やっぱりすごい。 ちょっと思い付いたこと試したいからカレーはお昼にとっておきましょ。と言うから素直に頷いた。料理をしない私には、その思い付いたことがなにか検討がつかなかない。でも美味しい食事がまた運ばれてくるのだろう。 「朝練のあとなにする?」  「ん?そうね、そう言えば絵里たちが課題の話してたけど。にこちゃんは終わらせたの?」 「そ、そんなのあったかなあー?ちょっとわからないにこーっ」 「にこちゃん」 「、、まだです」 「そうだと思ったわ。美味しい食事のお礼に私がみてあげるから、家から持ってきなさいよ。それかにこちゃんの家でやってもいいし」 「、、お礼はケーキがいいにこ」 「なにか言ったかしら?」 「いえ、おねがいします」 3年生なんだからしっかりしなさいよ。まったく。 いつもの朝練場所にふたりで向かうと、すでに2年生の3人組がもうストレッチをはじめていた。おはよう、と言葉を交わして。 ことりがにこにこ微笑みながら私たちのことを見ている、穏やかな表情なのはいつものことだけど今日はやけにわかりやすい。なにか良いことでもあったのかしら。そんなことを思いながら、私たちも朝練前のストレッチをはじめた。 「ほんとにお泊まりしたんだね」 こそ、っと私の耳に届く声でことりは言った。なんで知ってるの、っていう疑問はすぐに消えた。にこちゃんをお泊まりに誘ったとき、絵里と希が教室で騒いでいたから。知ったとすれば、その二人からだろう。 「にこちゃん、今日はツインテールの位置低いけど。真姫ちゃんは理由知ってるのかな?」 「え?」 そう言われて。 にこちゃんに視線を移す。 んーっと手を組んで上に伸ばしたあと、そのまま上体を前に倒したとき。低く結われた髪がはらりと落ちて、白い首もとを露にした。 うっすら赤い、キスの痕。 ちょっと汗かいたからお風呂借りたわよ。と頬を染めながら言っていたにこちゃんを思い出す。お風呂ぐらいでなにを照れているのかしら、とその時は気にも止めなかった。つまりはそのときに、にこちゃんは気付いたってことだ。 昨夜は夢中だったからどこに痕を残したか覚えていない。だけどおそらく、見える場所にある痕はその一ヶ所だ。他はいつも通り変わらないから。 「絵里ちゃんと希ちゃんには知られちゃマズイんじゃない?」 その言葉に冷や汗が背中に伝う。 マズイってもんじゃないわ。いたずらに微笑みながらひやかすだけのことりと違って、あの二人に知られれば考えられる最悪のことがきっと起きてしまう。そうなれば、この間のように穂乃果が疑問を投げ掛けてくる可能性も出てくる。 すがるような顔でことりを見つめたら、にっこり笑って。 「お礼はチーズケーキがいいな」 どこかで聞き覚えのあるフレーズをまた聞くことになるとは。 早朝の練習は大体が基礎トレーニング中心のメニューだ。ステージ本番が近づくと全体の動きを合わせる練習もやったりするけど、今日はいつもの階段を使った走り込み。各自がそれぞれストレッチを終えたら軽く周辺を走って階段ダッシュをはじめる。 最初の頃は朝からそんなに動けるわけないでしょ、と思っていた。今では習慣のひとつになってるし、体力も筋肉もついてきたからそこまで苦じゃない。それにみんなと一緒だから楽しいと思うようになった。 「真姫、にこ。ラスト一本です!」 「二人ともファイトだよ!」 階段の上から海未と穂乃果が下の方にいる私たちに声をかける。となりには私と同じように僅かに肩を上下させて息を整えるにこちゃん。汗ばんだ額を手の甲で拭って、にこちゃんは駆け上がっていく。 私も遅れてスタートしようとした、そしたら。 低く結われた髪が揺れて、キスマークが見えた。見えてしまった。練習に集中していた頭が一気に昨夜の出来事を思い返してしまう。 ちがう、ちがう! 振り払うように頭を振って、大分遅れて階段を駆け上がった。変にドキドキして息が整わなくて、なかなかきついラスト一本になってしまった。 「ケーキ美味しかったわ、ありがとう」 「良かったあ」 「凛たち次はラーメン食べに行くにゃ!」 「もーっあんたたちかわいいわねえ」 にこちゃんが凛と花陽の頭をぽんぽん撫でてる。それを私は少し離れて眺めていた。羨ましいとかは思ってないわよ、別に。ただ今はすこしドキドキしてるから距離を取ってるだけで。 「真姫ちゃんがね?ずーっと悩んでて、なかなかひとつに決められなかったの」 「にこちゃんだったらどれでも喜ぶって言ったけど、結局決められなかったにゃ」 「だから3人でひとつずつ?」 「うん」 「そうにゃ!」 「にこって愛されてるーっ」 「ふふっ」 「にこちゃんキモチワルイ」 「ちょっと凛!私の真似しないでっ!」 ちら、っとにこちゃんと目が合ったけど。話の内容が恥ずかしくてすぐに目を逸らした。だってまだ落ち着かない。きっとまた顔も赤くなってる気がする。でも本当のことだから否定も出来ないし。 「そうやよ、凛ちゃん。真姫ちゃん唯一のツンの部分をとったらあかんよ?」 「キモチワルイは好意の裏返しよね、真姫?」 「にこは当然知ってたにこー♪」 「もう意味わかんないっ!」 案の定、希と絵理にからかわれる始末。 にこちゃんまでそっち側に付くなんて。 、、まって。やっぱりだめ。 目敏い二人のそばにいたら気付かれるのは時間の問題。にこちゃんは上機嫌だからか、警戒心がまるで無い。にこちゃんだって二人にばれたら散々からかわれるってわかってるくせに! 「にこちゃん、おふざけはそれぐらいにしないと体冷えちゃうよ?」 ふわふわの雰囲気で、ことりはにこちゃんのタオルを首にかけてあげる。それがあまりにも自然で。誰もにこちゃんの首元を隠すためだなんて思わないだろう。私がそうしたらぎこちなくて絶対勘づかれてしまう。 「にこちゃん、早くしないと課題手伝ってあげないんだからね」 「あ、待って真姫ちゃん!」 ごめんごめん、なんて言いながらも嬉しそうににやにやしたまま。みんなも、っていうかとくに希と絵理が違う意味でにやにやしていたけれど。これ以上一緒にいたらバレかねないから足早になってしまう。 でも結局キスマークに気付いたのはことり一人だけで、なんとか厄介事に発展せず終えられた。ことりには感謝しないといけないわね。約束したチーズケーキはどこのお店が良いかしら。 「真姫ちゃん」 あ、そうだ。 海未と穂乃果に聞いてもいいわね。 きっとお気に入りのお店知ってるはずだし。 「真姫ちゃんってば」 「あっ。ごめんなさい、なに?」 「さすがに二日連続でお泊まりは嫌よね?」 「え?でもご飯作ってくれるんでしょ?」 「まあね。お手伝いさんにならって温めるだけの料理も作るつもりだけど。明日まで1人なんでしょ?」 「そうだけど、」 にこちゃんの手料理が食べれるのはもちろんうれしいけれど。っていうか二日連続のお泊まりってだめなの?私としてはにこちゃんとたくさん過ごしたい。 「にこちゃんが嫌じゃないなら泊まってほしい、、」 あ、 言ってる途中で恥ずかしくなった。 だってまたにこちゃんと一緒に寝るってことはつまり。いやでもさすがにそれこそ二日連続なんてないわよ!そう、ただのお泊まりよ。ふつうのお泊まり!朝起きてにこちゃんがいる、それだけですごく嬉しかったんだから。 「迷惑じゃない?にこの課題だけじゃなくて、真姫ちゃんは自分の勉強もするんでしょ?」 それはもちろん、勉強はするわよ。でもそんなのにこちゃんがパソコンで好きな動画見てる間に終わっちゃうもの。部室でだってそうしてるじゃない。にこちゃんが私のそばにいて迷惑だなんてありえないんだから。 あ、でもやっぱりにこちゃんだって家の用事したいとか?今週末は母親がいるから平気って言ってたけど、にこちゃんだって家族と過ごす方が良いとか、、。それに日曜はバイトが入ってるって言ってたし、、、。 だけど、でも。 「一緒に居たいって、わがまま?」 もしかして私ばっかり求めてる? でもこうして同じ時間を過ごせるのは、きっとにこちゃんが卒業するまでだろう。この関係がずっと続くとしても、どうしたって都合をあわせることは難しくなるに決まってるから。今でさえお互いの時間を必死に作ってるのに、にこちゃんが卒業しちゃったら、、、 「真姫ちゃんのデレって不意討ちよね」 「茶化さないでっ」 「えー?だってそんな顔されちゃったら、思いっきり甘やかしたくなるじゃない」 「べ、別に甘えてなんか、、」 「じゃあ甘えてよ。一緒にいたいって思ってるの、にこだけじゃないんでしょ?」 「、、、うん」 ずるい。 にこちゃんのそういうところ、本当にずるい。 からかってると思ったらそうやって真っ直ぐ伝えてくるから。 仕方ないわねえ、なんていつもの口癖を。いつもより大人びた表情で言うから、ずるい。 「とりあえず課題取りに戻るわね。また汗かいちゃったしお風呂入り、たい、、、、」 「?」 まるで急ブレーキをかけたみたいな。並んで歩いていたのに、にこちゃんがぴたりと足を止めて。というか、体の動きが止まったみたいな。そして思い出したみたいにみるみるうちに赤くなっていくにこちゃんの顔。 「ーーーって、ていうか真姫ちゃん痕付けすぎ!これじゃあこころ達とお風呂入れないじゃないっ!」 「うええ!??大きい声で言わないでっ」 「それに見えるところにまで付けてるし!鏡で見えたから気付いたけど、うなじとかだったら気付かないまま朝練行ってたんだからね!」 「、、それはごめんなさい」 「真姫ちゃんが起きたら言うつもりでいたけど、あまりにもうれしそうに起きてくるからすっかり忘れてたわ」 「うう、」 まさかこのタイミングで言われるとは思わなかった。やっぱり見えないところにもキスマーク付いてるのね。さっきまで大人びた表情で落ち着いた雰囲気だったのに、今はもう耳まで真っ赤になってる。にこちゃんの表情はころころよく変わる。 私だってそんな見えるところに付けた覚えがないぐらいに夢中だったんだもの。仕方ないでしょ、なんて言ったらまた怒られそうだから素直に謝るしかない。それに幸せな気分で朝起きたのは本当でも、それを言われるとまた恥ずかしい。 「まあ、とにかく一旦帰るわね?」 「うん」 「次は程々にね?」 「うん。、、、うええっ!??」 「あははっ真姫ちゃんの顔真っ赤!」 にこちゃんの表情は本当によく変わる。私の反応が予想通りでおもしろかったらしく、いたずらっ子みたいに笑って楽しそう。じゃあね、と手を振るにこちゃんとお別れして私も帰路につく。 こんなににこちゃんを独り占めにしていいのかしら?にこちゃんのこと大好きな姉弟たちに申し訳ない気持ちもあるけれど、今回はわがままを通してもらう。だから次にこちゃんの家に遊びに行くときに美味しい手土産を持っていこう。そんなことを考えながら。 「ほら、この公式を使えば良いのよ」 「んー、、、これでいいの?」 「そう。それで次はこっち」 「、、、あー。なんかわかってきたかも。さすが真姫ちゃん、わかりやすい」 「どういたしまして」 にこちゃんの課題を見ながら、私は予備校からもらったプリントを解いていく。勉強がつまらないとか思ったことはないけれど、こうして誰かに教えて有り難がられるとやっぱり嬉しいものね。たまに凛にも教えるけど、花陽がそばにいないと基本的に落ち着いて座ってくれないし。 黙々と解いているにこちゃんに目をやると、下を向いてるからきれいな長い睫毛がよく見える。こうして黙っていると本当にお人形さんみたい。肌も透き通るように白くて、体の線も華奢で。宝石みたいに赤い瞳が綺麗。 「そんなに見つめられたら照れるにこ♪」 「見てない」 「それは無理あるわよ」 ばっちり目が合ってるでしょ。と言われてお互いにくすくす笑い合う。どうやらにこちゃんの課題は終ったみたい。思ったより早く終ったわね。 それからにこちゃんはご飯の用意をしてくると言ってキッチンへ向かった。手伝おうかと立ち上がったけれど、楽しみに待っててと言われて。きっとまた美味しい料理が出来上がってくるに違いない。それまで大人しく勉強に励むとしよう。 昨日の夜、私が夕食の食器を洗っているときのことをふと思い出してしまう。にこちゃんが嬉しそうににやにやしながら私を見つめていた。食器を洗いながら一緒に暮らしてるみたい、なんて考えていたから恥ずかしくて無愛想なことを言ったけど。今だってまた同じことを考えてる。 今の私、絶対にやけてるわ。 にこちゃんと一緒ね。 「ふう。あともう少し」 気を取り直すように頬を軽く叩いて、再び勉強に集中した。 「じゃーん!昨日のトマトカレーをグラタンにしてみました!」 「にこちゃんすごい」 「でしょー?味も自信あるから早く食べましょ」 「うん」 こんがりきつね色の焼き目がついたグラタンは、見るからに美味しそう。昨日食べたときに絶対チーズと合う気がしたのよね、なんて言いながら席につくにこちゃん。トマトカレーは初めて作ったと言ってたのに、そうやってすぐ次の料理のアイデアが浮かんでいたなんて本当にすごい。味ももちろん最高の出来。 「昨日と全然ちがうのに、どっちも美味しいなんて本当にすごいわ」 「んー!やっぱりチーズと相性抜群ね。マカロニも入れたんだけど、ちょっと多かったかも」 「ううん。私、にこちゃんの料理ならいくらでも食べられるわよ」 「ふふふっ。嬉しいこと言ってくれるわねえ」 だって本当のことよ。 こんなに美味しいんだもん。 それににこちゃんと一緒にご飯を食べてることもうれしくて堪らないんだから。そこまではさすがに恥ずかしくて言えないけど。きっとにこちゃんも同じことを思ってる。だってさっきからうれしそう。 「このあとどうする?映画でも見る?」 「真姫ちゃんはいいの?作曲とか、勉強とか」 「うん。にこちゃんがこの間話してた映画観れるわよ?」 「ほんと!?」 この間って言っても夏頃の話だけど。映画館に観に行きたいけどバイトが重なって上映期間に間に合わなくて結局行けずに落ち込んでたから、実はパパに頼んでルームシアターで観れるようにお願いしたのは内緒。 「あ、それなら洗い物とか洗濯まで済ませてからがいいわね」 「いいわよ。洗濯までしなくても」 「なに言ってんのよ。お手伝いさんが帰ってくるまで、洗濯もの溜まったままにしておくつもり?」 「だって下着とかにこちゃんに見られるのも恥ずかしいし」 「今さらぁ?あ、もしかして真姫ちゃんってば洗濯機の使い方わかんないとか?」 「し、知ってるわよ!それぐらいっ」 「そうよね。じゃあそれぐらい出来るわよねぇ」 「簡単よ」 、、、ただ前に使ったときに洗剤を入れすぎて泡まみれにしちゃったことがあって、お手伝いさんの仕事を増やすことになったからそれ以来使ってないってだけで。べつに、出来るわよ。大丈夫、ようは洗剤を入れすぎなければいいのよ。 グラタンを頬張りながら、頭のなかでそう呟く。お手伝いさんの作る料理も、レストランで食べるコース料理も美味しいのは確かだけど。にこちゃんのは格別。というより、うれしくてあたたかくて幸せな気持ちに満たされる。 「本当に美味しそうに食べるわね」 「?。だって本当に美味しいもの」 「それは良かった。そんなに喜んでもらえるなら作りがいあるってもんよね」 うんうんと頷いたにこちゃんは、最後の一口を終えてごちそうさまと手を合わせた。私も同じように手を合わせて。洗い物はにこちゃんがするって言うから私はそのままランドリールームに向かった。 なんだか本当ににこちゃんと一緒に住んでるみたい。 「へえー、、すごい」 部屋を暗くしてスクリーンを準備していると、にこちゃんがぽつりと呟く。そう言えば昨日もお風呂上がりに同じリアクションをしてた気がする。 「お家の中なのに映画館みたいね」 「お菓子と飲み物も用意する?」 「ポップコーンとか?いや、まさかね」 「それはさすがに用意してないわね」 「ふふっ冗談よ。じゃあこっち座って!」 ぽんぽんと何故か指定された場所に腰掛けると、足の間ににこちゃんが腰掛けた。私を背凭れにして密着してくる。 「えっ、ちょっとにこちゃん?」 「くっつきたいんだもん。だめ?」 「だめじゃないけど、」 だめじゃないけど、ドキドキして困る。 言いたかったけど言えなかった。意識しすぎってからかわれるだろうし、離れちゃうのもさびしかったから。 だけどそう思って受け入れたのがまずかった。 映画の内容は青春の恋愛もの。夢を諦めようとする主人公と、天真爛漫でどんな困難でも立ち向かう相手役と。そのふたりが運命的に交差してお互いに惹かれ合う。そんなストーリーのはず。正直、にこちゃんが近すぎて集中できない。 私の腕を前に持ってきて必然的に抱き締めてる姿勢だし、その手は指を絡めて握ってくるし。それで映画に集中しろっていうのは無理よ。今の私の全神経はにこちゃんに集中しちゃって映画なんて頭に入ってこない。 だけどここでまた過剰に反応すれば、真姫ちゃんはピュアだもんね?なんて茶化されそう。 「あ、」 ほとんど無言でストーリーに集中していたにこちゃんが小さく声をあげた。スクリーンに映った場面を観ると、いつの間にか付き合うことになってたらしい二人がキスしてるシーンだった。 あ、にこちゃんの耳が赤い。 かわいい。 そう思ってたら、にこちゃんが振り向いた。 もしかしてキスしようって誘ってる? もしかしなくてもそうよね? かわいい。 「ん、」 触れるだけのキスに満足そうな顔をして、再びスクリーンを観るにこちゃんだけど。私は当然それで満足するわけもない。 「ふふっ、くすぐったい」 首筋に軽く唇を寄せたら、にこちゃんは警戒することなく笑ってる。それならいいわよね。にこちゃんのために用意したルームシアターだけど、もうそろそろ終わりそうだし。ここまで我慢した私を褒めてほしいぐらいよ。 絡めた指を名残惜しく離して、するするとシャツの下から中へ忍ばせる。すべすべの素肌が気持ちいい。 「あっ、なにすんのよっ」 ようやく理解したにこちゃんだったけどもう手遅れよ。そのまま薄いお腹を撫でて首筋にキスをする。そして耳元で囁く。 ーー先に誘ってきたのはにこちゃんでしょ? 「な、っ!?」 「くっついてきたのもにこちゃんだし、キスしてほしいって見つめてきたのもにこちゃんでしょ」 「そ、そんな理由じゃないわよ!っていうかまだ映画終わってない!」 「、、うん。じゃあにこちゃんは観てていいから、触らせて?」 お腹から上へ、僅かな膨らみを目指して進む。 「ぅあ、もう、ばかっ」 「にこちゃんがわるい」 下着の中へ忍ばせて、爪先で軽く引っ掻いた。 そのまま手のひらで包むように揉みながら、耳元に吐息を吹きかける。そしたら期待した反応が返ってきてにやけてしまう。 「ーー昨日した、ばっかりなの、にっ」 「これ気持ちいい?」 「んっ、ばか!、っていうか次はにこが!真姫ちゃんにする番でしょ!」 「わたし?」 「昨日はにこばっかり気持ちよくなったから、次は真姫ちゃんを気持ちよくするの!」 「へえ、、、そんなに気持ちよかった?」 「ちょ、なに、やめっ、ん、ぁ」 声を荒げるにこちゃん、もう映画は観なくていいの?観なくていいならいいわよね?律儀に交代制ってのも無視していいじゃない? 「にこちゃんの声だけで私は気持ちいいからいいのよ」 「は、はあ?!あんたいつからそんな変態になったのよ!」 「だから言ってるでしょ。にこちゃんがわるいって」 「ひぅッ、ーーんんっんう」 「かわい、もっとするね?」 ぞくぞくぞく、と這い上がる欲情に思考が支配されてく。羽交い締めにするようにして、胸に忍ばせた手と、早急に下へ伸ばした手。昨夜のキスマークが残った首筋を舐めあげたら、体をふるふる震わせて吐息の交じった声をあげる。 かわいい。 もっと見たい。 もっと声が聞きたい。 にこちゃんは真っ赤になった顔でまだ怒ってるけど、うまく力が入らずに結局私の手から逃げ出せない。逃がす気なんてそもそもないけど。 「もうっ、ほんと、ーーふ、ぅんんッ」 「ーーねえ、だめ?本当にだめ?」 だけど本当の拒否なら止まらないと。 そう思って手の動きを少し緩める。 「ーーにこが、するんだってば」 「、、そう」 すること自体の否定じゃないのね。 少し涙目になって懇願するみたいに言うもんだから、思わずドキドキしてしまう。変態、なんて心外だけど。 「わかったわ」 忍ばせた手を引っ込めてにこちゃんを解放した。 私もにこちゃんに触って欲しい気持ちはもちろんある。昨夜も少し触られただけで自分の声じゃないみたいな声が出て恥ずかしかったけど、それ以上にやっぱりうれしかったから。まさか昨日の今日でこの状況になるとは思わなかったけど。にこちゃんが無防備にくっついてくるんだもん。 そして私の方に向き直ったにこちゃんだったけど。ここでするの?と若干不満そうに訊ねてくるから、そのまま手を引いて私の部屋に向かった。 ベッドのヘッドボードに背中を預けてる体制で。ちゅ、ちゅ、と啄むようなにこちゃんのキスを受けながら細くて薄い腰に手を伸ばして抱き寄せる。にこちゃんの透き通るような白い肌がほんのり赤くなってて、表情は悩ましげに眉を寄せて少しだけ色っぽく見える。 「昨日したばっかりなのに真姫ちゃんのスケベ」 「さっきから酷い言われようね」 「もう脱がしていい?」 「にこちゃんのスケベ」 それじゃあお互い様ね、なんて笑いながら。にこちゃんの手で服を脱がされて下着だけになる。まだ日も沈んでないうちにこんなことしてるなんて。自分がする方にまわったら、もうすっかりやる気で心なしか楽しそう。 「くち、あけて?」 そう言われた通りに口を開けて受け入れる。今度は深く口付けてにこちゃんの舌が絡んできた。あまくて、やわらかくて、とろけたみたいな。私の肌の上をにこちゃんの手のひらがすべるように撫でてくすぐったい。 「ん、ちゅる、、」 「ちゅ、ーーん、んっ」 いつも身長差があるけど、今はにこちゃんか上にいるから交じった唾液が私の方に流れてくる。それをキスの合間に上手く飲みながら深く深く舌を絡ませ合う。 背中にまわった手が下着を外しにかかると、やっぱり少し恥ずかしくて。それに気付いたにこちゃんが、小さい声でかわいいと呟く。いつもの声と違う熱を含んだ静かな声。 にこちゃんの目の前に曝された胸。口付けが音を立てながらそこを目指して降りていく。そして猫みたいに赤い小さい舌先が見えた。 「んっ」 胸の先をチロチロと舐められて、くすぐったいような少し不思議な感覚が雑ざったような。だけど私の胸をにこちゃんが舐めてる、という今の状況に言い様のない興奮が沸き上がる。 「ちゅ、」 「ふ、あ、、にこちゃん」 「きもちい?」 わからない。 だけど自然となった上目遣いがかわいいくてドキドキした。 私よりも小さい手が胸を揉むように動いて、口に含まれた先端に軽く歯があてられる。ぴりっとした中に少しだけむずむずするような感覚に声が出る。ぴちゃ、ぴちゃ、と聞こえてくる音がはずかしい。だけど一生懸命舐めてるにこちゃんがかわいい。指先に摘まれたらくりくりと弄られてしまう。昨日の私がしたように、だけどいやらしく見えないのはどうしてだろう。 「ぁ、っーーふ、にこちゃん、かわいい」 「ーーは?」 「かわいい、すき」 「なにそれ。真姫ちゃんかわいすぎ」 「ぁ、んッ」 きゅぅ、と一際強く摘まれて肩が跳ねた。 するする滑るようにして太股から足先へ下着を抜かれて。撫でるように触れられたら、ぬるりと湿り気を帯びたそこが知られてしまう。 「真姫ちゃん」 「ん、言わないでいいからっ」 「すごい、とけてるみたい」 うれしそうに、興奮したように告げる。言わないでいいって言ったのに、そんな顔で言うから堪らなくなる。かわいくて色っぽくて、意地悪な小悪魔みたいに紅い瞳を輝かせてる。 指に絡ませながら固くなったそこをやさしく刺激されて、息が乱れる。 「ぅ、あっー」 「これ気持ちいい?」 「んっ、ん、ーーきもち、い」 首をかしげて上目遣い。それで確かめるように聞かれて素直に答える。だってそんなかわいく聞かれたら答えるしかないわよ。私の答えに満足そうに微笑んだにこちゃんは、脚の間に体を入れるように下りていく。そうなると必然的に足を閉じられなくなった。 だけどにこちゃんが興奮してるのがわかって、肌を撫でる指先を素直に受け入れるために少し深呼吸をする。 「気持ちよくなってね?」 「ーーえ?」 そう言うと。 さっき見た、にこちゃんの舌先がまた見えて。だけどその先はさっきと違う。 「あっ!だめ、にこちゃんっ」 逃げるように退こうとしたけど、にこちゃんの舌先がちろちろと固くなったそこを舐められて。指先とちがう刺激に体か頭かわからないけど、まるで電気が走るような感覚。 「あっあ、んっ、にこちゃ、だめッ」 ちろちろ、 ちゅっ、ちゅ、 「ぁ、んんっ、きたな、いからぁ!」 肩を震わせて、脚も震えて。 だめ、だめ、と何度も言ってるのにやめてくれない。電気みたいな刺激が舐められる度に強くなる気がして、なにかにしがみつきたくて。だけど無意識に腰が跳ねてしまう。そしたらにこちゃんの舌にそこを押し付けてるみたいになって、また電気が走る。 そして次はにこちゃんの指が、つぷりと中に入った。くちゅくちゅ、解されるように動いて奥に入っていく。にこちゃんの細い華奢な指が、確かに中にあるのがわかる。だけど執拗な唇と、その舌先が思考と呼吸を乱していく。 「にこちゃ、っ、んん、んっ」 「ちゅく、ちゅぷっ」 「あっーああんッ」 ぐちゅ、くちゅ 下を見れば紅い瞳が私を映してる。 とん、とん、舌に押される刺激。 ちゅう、と吸われて。 ちろちろ、舐められて。 にこちゃんの吐息も刺激になって、指を入れられたそこから溢れてくるものをすくうように舐めあげられて。 「ううっ、や、やあっ、やだッ」 鼻を掠めるいやらしい匂いが恥ずかしくて。 耳に届くいやらしい音も、にこちゃんの吐息も、舌も、指も、きれいな紅い瞳も。 その全部が私に、あまくてとけるような、じわじわ滲んで体の自由を奪うような。ちかちか眩しくて、ぴりぴり痺れるような、ぞくぞく全身を這い上がる気持ちよさを与える。 「にこちゃ、っにこちゃん」 「ーー真姫?」 「あっあ、や、やあっとけちゃう!」 「いいのよ、大丈夫だから」 「あああっ、にこちゃ、」 にこちゃんのやさしくて落ち着いた声。だけどそれでいて相変わらず熱を含んだ声。にこちゃんに与えられるものすべてが心地よくて気持ちいい。 「ふ、ううッーーも、やだ、だめっ」 いやだ、だめ、何回言っても止まらない。 止めてほしくない?そうでしょ? そう言うように見つめてくる。にこちゃんの片方の手が伸びてきて、ぎゅっと繋いでくれる。 「あんッ、あっ、あっんーーーっ!」 びりり、がくがく、視界が弾けるみたいに途切れて体が不規則に跳ねあがった。怖さの中に確かな快感があって、だけど羞恥と混じりあってわからなくなる。感覚を正確に捉えられないような。だけど終わりを迎えたことは理解してる。全身を満たして、頭のなかすみずみまで満たすような幸福感だけが残されて浮かび上がる。 「っーーは、はあ、はあ」 荒い息を繰り返しながら、ぼんやりとした視界が宙にさ迷う。脱力した体、肌がいつの間にか汗をかいてる。 「かわいい。真姫ちゃん」 ぎゅうっと覆い被さるように抱き締められて、にこちゃんのぬくもりに安心した。だけど猫みたいにすりすりしてくるからくすぐったい。かわいいのはどっちよ。 「疲れたでしょ?」 「ええ。でも、」 「へ?」 抱きついたままのにこちゃんの腰を抱いて、くるりと逆転した体勢。 「え?真姫ちゃん?」 「次は私ね」 「なっ、なんでよ!」 ぐったりと力尽きると思った? それはない。確かに疲労感はあるけど。 寧ろ、それ以上に。 「かわいいにこちゃんも見せて?」 「いや、昨日の今日でさすがに、、」 「大丈夫よ。昨日より上手く出来そうだから」 「それがやばいんでしょ!っていうかあんたそれ知ってて言ってるでしょ!?」 「なあに?教えて?」 「あっ、ばか!」 期待通りやばいぐらいに良くしてあげる。 かわいいにこちゃん、もっと見せてね? 「にこちゃんも気持ちよくなりたいでしょ?」 「あっだめ!脱がさないでっ」 ぐい、とにこちゃんの服を一気に捲ったら。昨夜の痕が白い肌に散っていた。薄く赤い、しるし。 ごくりと大袈裟に喉が鳴る。 「み、見ないでよ」 「どうして?私が付けたのに?」 もっと見せて?と服を剥ぎ取った。 にこちゃんは観念したようだけど、腕を顔の前で交差させて赤くなった顔を隠してるようだった。 ねえ。でもそれ、逆効果じゃない? かわいくて、とてもそそるんだけど。 勢いのまま下着も取っ払うとさすがに展開が早かったみたいで再び抗議される。だけど早くないわよ。だって、しっとり濡れてる。やっぱりにこちゃんも触って欲しいでしょ?二度目がこんなにはやくてもいいじゃない。誰に咎められるわけでもないし。ふたりだけの時間なら、もっと触れあいましょう?求め合いましょう?悪いことじゃないでしょ? 「私も舐めていい?」 「、、それ聞く?」 交差した腕の隙間から紅い瞳を覗かせて。 じゃあ良いわよね、と脚を広げようと持ち上げたら。 「や、やっぱりきたないからだめっ」 「大丈夫。そんなことないから」 「聞いた意味ないじゃないの!」 「ないわよ?したいからするの」 にこちゃんだってそうでしょ? 昨日言ってたもんね?それにさっき私が何度も抗議しても止めてくれなかったでしょ? 指を使って舐めやすいように広げたら、溢れたそれがすこし糸を引いてあまりにもいやらしかった。そんな意図があったわけじゃないのに、その光景をついまじまじと見つめてしまう。 「ちょっとなにしてんのよ!」 「、、あ。きれいだったからつい見とれちゃった」 「き、きたないって言ってるでしょ!」 「ちゅぷ、」 「ひッ、!」 昨日は触れるだけでうれしくて気持ちよくて、余裕なんてなかったから。まあ、今も余裕なんてないけれど。誰にも見られることがなかった秘密の場所をこうして私に見られて、口に含まれてる。 固く粒立ったそこを尖らせた舌先で突いて、自分がされたようにちろちろ舐めて、軽く吸い付く。 「あっや、すご、いっ」 すごい?凄い気持ちいいってこと? 抵抗のつもりで私の頭を掴んだはずなのに、くしゃくしゃに掻き抱くように震えてる。かわいい。 敏感に反応するからやさしく、やさしく舐めあげて。次々に溢れ出てくるそこにも舌を捩じ込むと。とろとろに熱くて、にこちゃんのにおいがいやらしく鼻腔をくすぐる。 「んーっ! あっああ、っやだ、ぁ」 「ぢゅぷ、ちゅぷっ」 「ふ、ぅあっ、だめっ、きもちぃ」 やだ、きもちいい、だめ。 中を舐めようと舌を這わすと、鼻先が敏感なそこを押し潰す。それが気持ちいい?ぐりぐりと軽く押し当てるようにしたら、歓喜の声か悶える声か一際高く甘い声を出す。中に触れてる舌がひくひくと反応する肉壁を感じる。そしてまたとろりと溢れてくる。それを音を立てながら啜って飲み干すと、いやいやと首を振る。 これじゃあ変態と罵られても仕方ないのかもしれない。だけどおいしく感じるのはやっぱり興奮してるせい?それともにこちゃんが感じてくれるから?こんなにも乱れてくれるから? 肩で担ぐように脚を上げさせて、それから両手を目一杯に伸ばす。やっぱり期待したように固くした胸の突起をくにくにと弄って、指先で弾く。 「ーー!、そんなっ、ぜんぶ、だめぇっ」 かわいい。 全部気持ちいい? にこちゃん敏感だもんね。 そんな反応を見せられてやめるはずもないのに。 じゅぷ、くちゅ、ぷちゅっ 「や、やあっーーまたきちゃう、!」 「ーーいいわよ、たくさんよくしてあげるから」 左手は胸の突起を弄びながら、右手は下げてそのまま溢れ出る中に中指をやさしく挿入する。舌と唇は敏感なそれをねぶるようにして愛撫する。にこちゃんがすきなこと全部してあげる。 だからもっと乱れてみせて? 「ーーッひうぅ!んあっ、あああ」 ぢゅ、くちゅっ ーーくちゅ、ぐちゅっ、じゅぷっ 「だめ、きもちぃ、っ!」 がくがくと震える脚、跳ね上がる腰。 私は荒くなった呼吸を隠さずに夢中で追い詰める。 自分が達する快感とはちがう。背中をぞくぞく這い上がるような、脳を直接揺さぶるような。あまくて、おいしくて、しびれるぐらいに扇情的で強く興奮してしまう。まさに甘美な誘惑、張り裂けるぐらいの胸の高鳴り。 「真姫、っだめ、」 だめじゃない。 そう言うように強く吸い付いて、中指の腹でぐりぐり押し付けて、胸の突起を爪先で弾いた。 泣き叫ぶような声、だけど快楽の声。 ぎゅうう、と強張る体。綺麗な紅い瞳から大粒の涙が溢れ落ちた。全部が気持ちいい。かわいくて、私の与えるすべてに乱れてくれて、求めてくれて、たまらない。 ねえ、にこちゃん。 「ひッああーっ!、ああっ!ーーーッ」 こんなに満たされる行為があったなんて知らなかったね。 くたり、力の抜けた体がベッドに深く沈む。キスしようと近付いたら、にこちゃんの意識が途切れてることに気付く。どうやらやり過ぎたみたい。反省したところで止まれた自信はないけれど。 仕方ないから額に軽くキスをして。寒くないように毛布をかける。にこちゃんの体に散った痕は薄く色付いてるだけ。それでも確かなしるしのようで、この時間を思い出すには容易い証だ。 にこちゃんが一人の時もしかしたら思い出して赤くなるのだろうか、そんなことを考えて頬が緩んだ。 「にこって、真姫にしか反応しないフェロモンを出してるんじゃないかしら?」 「、、、」 部室にいるのはにこと真姫ちゃんと、絵里と希。活動日誌を書いてるにこを先程から観察していたのは絵理だった。おそらく真面目に机に向かう姿を見るのが物珍しくて見てるんだろうと思ったのだけれど。 ぽきり、と折れてしまったシャーペンの芯を手で払ってため息ひとつ。かちかち、と再び芯を出して続きを書く。 「にこが可愛いのは認めるわ。でも真姫がにこにそこまで惹かれる理由って、フェロモンだと思うのよ」 この生徒会長はかしこさをどこに捨ててきたのか。まともに取り合う気はないけれど。というか一体どんな顔でそんな発言をしているのかと思って視線だけを移す。そしてすぐにわかった。 ああ、馬鹿だってね。 壇上に上がった時に見せる顔でそんな発言をするなんて馬鹿以外にないもの。こんなひどい演説を始めようとするなんて馬鹿よ、馬鹿なのよ。うん。かしこい生徒会長ははじめからいなかったのよ。 「そうやなかったら、真姫ちゃんがロリコンってことになるやん」 「そうなのよ」 「ちょっと待ちなさいよ!」 ばん!と机を叩いて立ち上がったのはにこじゃなかった。 ロリコンとかってあらぬ疑いをかけられた真姫ちゃんは、眉間に皺を寄せて元々鋭い視線をさらに鋭くして、絵里と希をじろりと睨み付ける。 そうよね。怒るべきよ。にこは馬鹿げた話題に食い付くのは避けたいと思っているけれど、失礼極まりない疑惑はすぐにでも捻り潰さなきゃ気が済まないわよね。うん。だって真姫ちゃんはにこが好き過ぎるってだけだもん。それはもちろんにこもだけど。 「言っとくけどにこちゃんはもう大人だからっ!」 「ん?真姫ちゃん?」 「二人には絶対教えないけど!にこちゃんはかわいいだけじゃないんだからねっ!」 「、、へえ」 「そうなんや?」 「、、、」 あー、、、 やっぱり、反応するべきじゃなかった。 そう思ってももう遅い。 「あのね真姫ちゃん。そこはロリコンを否定するだけで良かったと思うんだけど」 「当たり前でしょ。にこちゃんは私より年上なんだからロリコンじゃないわよ」 ふん、と腕を組んで言い切るけど。この流れを絶ちきるには至らないどころか、その発言はこの二人にとってネタにしかならない。だからロリコンを否定するならベストなタイミングで言って欲しかったし、出来ることなら余計なことを言わないで欲しかったし。なんなら反応したら負けだと思ってスルーするのが正解だったと今になって思うの。ごめんね、真姫ちゃん。これからとても面倒なことが起きるわ。 心のなかでそう呟いて。書き終えた日誌を閉じて顔をあげた。前にもこういう展開があったなあ、なんて思いながら。 「にこっちはもう大人なんやねえ?」 悪戯な笑顔でこっちを見てくる希。 そして自分の失言に気付いた真姫ちゃんは、そういう意味じゃなくて!とか言ってるけど。もうその発言さえも匂わせだと思うのよ。 さあ、もう来るなら来なさいよ。常日頃からあんたたちの冷やかしやからかいを受けてきたんだから、もうこっちもいい加減慣れてきたわよ。 「小さくても真姫ちゃんは大丈夫やったやろ?」 「、、知らない」 「なあ、真姫ちゃん?」 「うぇっ!?な、なんのこと?」 「ふぅーん?その反応は知ってるやろ?」 「なななにそれイミワカンナイ」 「ほら希!ピュア代表の真姫が、あの真姫がもう手を出してるってことはやっぱりフェロモンなのよ!」 「えりち、フェロモン説はもうわかったから」 まだまだからかう気満々の顔でにやついていた希だったけど、異様なテンションのかしこくない生徒会長のお陰でどうやら不発に終わりそう。神妙な顔でしばらく黙ってた理由がそれなの?ねえ、なんでそんなに馬鹿なセリフをそんな真剣な顔で言えるの? 「真姫、にこのフェロモン感じた?」 「ちょっとなに言ってるかわからないわ」 真姫ちゃんも絵理の発言に冷静さを取り戻したようだ。 「もうアンタらには付き合ってられないわよ」 「そうね。帰りましょう、にこちゃん」 「鍵かけちゃうけど良いわよね?」 「ええ。希と絵里はよくわからない説に夢中みたいだから、明日の朝まで語らうはずよ」 「嫌や!今日のえりちとは無理やもんっ」 「えーっ!?」 「さっさと出なさいよ。本当に置いて帰るわよ」 なんてやりとりがあったのはわりと最近で。 にこのフェロモンがどうだとかっていうのには全く関心はないけれど。というかそもそも初めて付き合ったのが真姫ちゃんだからなにが普通で、なにがそうじゃないのかの境がわからないし。  でも、たまに思うことがある。 「真姫ちゃんって、たまににこのこと好きすぎて暴走するのよ」 練習前の部室、にこと絵里と希。パイプ椅子に背をあずけた音だけがやけに響いた。 「にこっち。それ、惚気やんな?」 「なんていうかさ、好きって気持ちが動機だから怒るに怒れないっていうか」 「ハラショー、、。今日のにこは一味違うわね」 珍しいものを見る目で二人はにこを見てる。いつもは冷やかされるか茶化されるか、囃し立てるか。その役にまわる二人からすればにこがこうして惚気ともとれる発言をしてるのは、かなりレアだってのはまあ自覚してるんだけど。 それでも言いたい。惚気と言われようが、後々ネタにされようが。 「バイト終わりに真姫ちゃんから連絡あってさ」 「どうかした?」 『あ、いや、バイト終わったかなって』 「うん、今帰るとこ」 『お、お疲れ様っ』 「あはっ、ありがとー。なあに?それ言うため?」 上擦った声がかわいい。言い馴れてなくてかわいい。電話越しだけど、きっと顔を赤くしてるんだろうなあとか。容易に想像できてしまう。こっちも頬がだらしなく緩んでにやにやしちゃう。真姫ちゃんの声を聞くだけでもうれしいのに、そんなかわいくてどうするの。 『その、あの』 「うん?」 『今、私も外にいるんだけど。っていうか出たんだけど、』 「出た?こんな時間に出掛けるの?」 『バイト先ってこの前行ったお店の近くよね?』 「え?ああ、うん。ちょうど通り過ぎた」 電話の向こうから少し慌てたような物音がして、なにか急用?とか思って。 学校終わりに立ち寄った雑貨屋さん。最近オープンしたばかりだったから、気になって真姫ちゃんとふたりで入ったのだ。メルヘンチックな雰囲気の、華やかなお店。お揃いで買ったチャームはスクールバックに着けた。それも思い出して緩む頬。 だけど夜風が思いの外冷たくて少し身震いする。薄手の上着は失敗だったな。でも真姫ちゃんの声を聞きながら帰るなら平気かも、とか思いながら歩を進める。 『あ、いた』 「ん?なにが?」 信号を渡って路地に入る手前で真姫ちゃんの声が慌ただしくなる。いたってなにが?真姫ちゃんが外に出た用もなにかわからないままなんだけど? 『にこちゃん』 「うん?だからなにがいた、のよ、、切れた?」 そして突然。ぷつり、と途切れてしまったスマホを見つめて首をかしげる。 ちょっと、なによ。 こんな寒空のなかで急に電話切られたら切ないじゃないの。 そう思いながらとぼとぼ歩くこと、ほんの数秒。頼りない街灯の向こうから見知った人が、っていうか今話してた人がぱたぱたと駆け足で近付いてきた。 あ、真姫ちゃんだ。 え?真姫ちゃんよね? 見間違えるはずはないんだけど。こんな時間に会うとは思ってなかったから、また首をかしげてた。 「にこちゃんっ」 「真姫ちゃん?こんな時間になにしてるの?」 「一緒に帰りましょう」 「んん?え、いや、、、え?」 「ーーーっていうことがあったのよ」 「仲良くお手て繋いで帰ったんならええやん」 「いや、結構遅い時間だったからね?」 「ほなら真姫ちゃんは心配で迎えに行ったんやない?にこっちの見た目じゃ、補導されて当然やし」 「されないから!会いたくて出てきちゃったって言われたの!」 それからにこの家まで送るって言い出すもんだからなんとか説得して。っていうか真姫ちゃんの家まで送り届けましたよ。真姫ちゃんはとーっても不満そうな顔してたけど、手を繋いだら渋々頷いてくれた。いやいや嬉しかったんだけど、、うん。嬉しいに決まってるんだけど。箱入り娘が夜な夜な家を抜け出して、にこを送ったあとに一人でまた帰るなんてあぶないし。バイト帰りの度にそれが当たり前になったら心配で仕方ない。 「真姫ちゃんって意外にさびしんぼやな」 「うーん?そんなこと滅多にないんだけどね」 ほんと、いつもそういうわけじゃない。その時も無性ににこに会いたくて飛び出してきたって言ってた。そもそも真姫ちゃんって素直に甘えるタイプじゃないし。だから普段からやっぱりがまんしてるのかな、とか。でもやっぱりかわいいこと言われて緩みそうになる頬を必死に堪えて、あぶないからやめなさいってなんとか言えたけど。 「でもにこってそういうところちゃんとしてて安心するわ」 「一応、年上だし?」 絵里もどうやら私と同じ考えらしい。怒るに怒れないってのは言いすぎたけど、やっぱり心配の方が先行してしまうわけで。まあ最近は二人きりになる時間が思うようにとれなかったから真姫ちゃんもつい衝動的なことをしたんだろう。にこだって無性に会いたくてどうしようもないときがあるから、その気持ちもわかるし。次からはちゃんと甘やかそうと思ったの。年上らしく。 「でも真姫ちゃんがにこっちのこと好き過ぎるっていうのは、今に始まったことやないからなあ」 「そうね。にこと付き合う前から熱い視線を送ってたわよね。穂乃果でさえ気付くぐらいに」 「え?」 なによそれ。初耳なんですけど。 なんとなく両想いだっていうのは感じてたけど。あ、でも好きになったきっかけがないにこと違って、真姫ちゃんにはきっかけがあったのかもしれない。にこのことが気になり始めたきっかけが。 うーん、、、さすがにうぬぼれすぎ? にこが真姫ちゃんをすきな理由は挙げればいくらでも出てくるけど。きっかけは?と聞かれたら、いつの間にかって言葉が一番しっくりくる。真姫ちゃんはどうだったのだろう?ちょっと気になるかも。 「そういえば、二人が付き合う前に海未ちゃんにも聞かれたで?真姫はにこへの関心が有り余っているのですが、何故でしょうか?って」 「ぷふっ!、、にこ、何故でしょうか?」 「絵里うるさい。てか似てないし」 海未が真面目な顔で聞いてる姿が目に浮かぶ。よりにもよって希相手になんて恥ずかしい質問をしてるのよ、あの子は。っていうかそういうことに疎そうな海未でさえ気付くぐらいに、真姫ちゃんはにこのこと気にしてたってことになる。でもそれはお互い様かも。にこだって希と絵里には感付かれてたっぽいし。希に至ってはにこが自覚する前から知ってましたって顔だったし。 「それで?にこっちは困ってるん?」 「困るっていうか、、、くすぐったい」 「ハラショー」 「にこっちがこんなにデレる日が来るなんて」 「たまにはいいでしょ!」 我ながら惚気過ぎだと思う。うれしくて、少し恥ずかしくもあって。だってこんなに大事にされていいのかなって思う。にこも大事に想ってるけどさ、自分がするのとされるのとじゃくすぐったさが段違い。 みんながいるときは変わらず毒舌だったり素直じゃなかったり生意気だったりするのに、ふたりのときに見せる不意打ちのデレは破壊力ばつぐんなわけで。普段隠してる分そりゃあもう尚更ね。あれ?真姫ちゃんって計算高い子だっけ?と疑うくらいに、にこの心臓を狙い撃ちするから。 だからそうね。やっぱりたまに少し困る。大事にされるわ、不意打ちでデレるわ。どんだけにこをドキドキさせるのよ!って心の中で叫んじゃうぐらいには。 、、あ。 まだあった。困ること。 それを思い浮かべてしまったら体温がぐんっと上がった。気のせいじゃなくてほんとに上がってる。いやいやさすがにそれを口には出来ない。っていうかなに思い出してんのよ馬鹿! 「惚気といて今さら照れる?」 「にこっちぃ、なーに思い出したんかなあ?」 「べ、べつに!とにかく真姫ちゃんがかわいすぎて困るって話よ!」 「なにそれ意味わかんない」 「ーッ?!」 背後から聞こえた声に慌てて振り返る。 相変わらず、ジト目がかわいい。 、、じゃなくて! 「ま、真姫ちゃん。いつからいたの?」 「絵里が下手なものまねしてるあたりから」 「にこと真姫って私に冷たくない?」 「そうやね」 「そうやねって、希、、」 勝手に落ち込んでる絵里は放っておくとして。自分のいないところで話題にされたことが不服のご様子。髪の毛をくるくる指に絡めて、にこたちを見下ろしてる。 「じゃ、うちらはお邪魔みたいやから」 「えっちょ、ちょっと!」 そそくさと部室をあとにするふたり。このタイミングで行かないでって見つめたけれど、希はにんまり笑って絵里を連れていってしまった。真姫ちゃんは相変わらずのジト目。かわいいけど、、うーん。この状況はあまりよくない。 ツンツン度を最大限にした表情。心なしか頬が膨らんでる。こんなにわかりやすい表情を見る機会は滅多にないから、こっちはにやけそうになる口元をぐっと我慢する。 「えー、、っと。あのね、」 「私だってにこちゃんに困ってるんだけど」 「へ?」 どうやって弁明しようかと考えていたら、思いもよらぬ真姫ちゃんの言葉に間抜けな声が出た。 困ってる? 、、え、何に? ぽかんとしてるにこの反応を見るや、真姫ちゃんはため息。 「わからない?」 そう言うと。距離を詰められて紫色の瞳が至近距離、長い睫毛に縁取られたまぶたがゆっくり下りていく。あ、キスされるって思ったから同じように目を閉じた。 だけど。 一向に触れ合わない唇。 「真姫ちゃん?」 「キスしたいって言ったらどうする?」 「、、へ?」 「にこちゃんが私にそう言ったの、覚えてる?」 「お、ぼえてる、、けど」 至近距離のままで見つめ合いながら聞かれる。触れるはずだった唇、だけど触れ合わなかったせいで変にドキドキする。するなら早くしたい。いつ他のメンバーが来るかわからないし、それの緊張感も相まってしまう。なのに真姫ちゃんは続けて。 「キスしたいから名前呼んで」 「な、に」 「これもにこちゃんが言ったの」 「さっきから恥ずかしいんだけどっ」 「そう?」 「私はいつもにこちゃんに振り回されてるわ」 紫色の瞳が私を試すように見てる。すぐそこに欲しい唇があるのに、こちらからするのはなんだか躊躇われる。 「、、しないの?」 「なにを?」 「わかってるくせに」 「そうね」 「真姫、はやく」 「っ。、、やっぱりにこちゃんってずるいわ」 困ったように眉尻を下げて。ようやく真姫ちゃんはキスをしてくれた。ちゅ、と短く。そしてぎゅうっと抱き締めて離れた。赤くなった耳がかわいい。 ずるいのはお互い様よね。 「帰りに真姫ちゃんの家いってもいい?」 「、、いいけど」 「けど?」 「べ、べつに何でもない!」 「ごめん、待った?」 3年生の下駄箱前で待っていた私に声がかかる。スマホから視線を外して顔を上げると、マフラーを首に巻いて暖かそうに着込んだにこちゃんが、嬉しそうにはにかんだ笑顔で佇んでいた。ううん、と首を振って。靴を履きかえるのを待ちながら、少し冷えた手を擦りあわせる。 「行こ?真姫ちゃん」 それを見たにこちゃんは私に手を差し出した。いつもなら手を繋ぐことにもう抵抗はないけれど、冷えた手でにこちゃんの手に触れるのは躊躇われる。じ、とその手を見つめていたら。 「にこがあっためてあげる」 ほら、と今度は有無を言わさず手をとられて。にこちゃんのやさしい温もりに包まれた手が、じんわりとあたたかくなる。ありがとうと呟いたら満足そうな顔で微笑むから、きっと赤くなってる頬。マフラーを整えるふりで誤魔化して歩き始める。それを知ってか知らずか、にこちゃんは体を寄せて私の腕にぴったりくっついてきた。 「歩きづらいんだけど」 「言ったでしょ?にこがあっためてあげるって」 「もうあたたかいから平気よ」 「、、のぼせちゃう?」 首をかしげて、私の赤くなった頬を指摘するようにそんなことを言うから。 「し、知らないっ」 そう言って顔を背けた。 にこちゃんはくすくす笑うとくっつきすぎた体を離してしまった。自分がそう仕向けたくせにがっかりしてしまう。だけど代わりに、繋いだ手が私のコートのポケットに入ってきた。ぎゅっと握られてうれしくなる。私って単純。 「一緒に帰るの久しぶりだね」 「そうね」 最近はイベントが続いていたから、準備とかなにやらで忙しい日々を過ごしていたし。それに3年生は進路相談とか色々あってこうして下校時間が重なることがなかったのだ。 「真姫ちゃんの家も久しぶり」 「そうね」 あくまで平然を装って返事をする。だって浮かれてるのが知れたら恥ずかしいもの。 雪が降ってなくても今日は風が少し強くて、マフラーで隠せない顔が冷気を感じる。こんな日だから一人で帰ることにならなくて良かった。こうして温めてくれる人が隣にいるのはやっぱり嬉しい。なんて、素直には言えないけれど。 「真姫ちゃんさー、」 そんなことを考えていると、にこちゃんが。 「にこを好きになったきっかけとかある?」 視線を僅かに伏せながらそんなことを聞いてきた。どうやら恥ずかしい質問だと言うのは自覚しているらしい。にこちゃんの白く透き通る肌がほんのり色付く。それが可愛くて。なんだか素っ気なく答えるのが悪いなと思ったから、素直に答えることにする。 「そうね。、、まあ、うん」 「あるの!?」 恥ずかしそうに聞いてきたくせに。私の反応にすぐさま飛び付いて目を輝かせてる。でもそんなに驚くってことは。 「にこちゃんはないのね」 「だっていつの間にか好きになってたし」 「ふふ。にこちゃんらしいわ」 だけどそういう風に言われるのはやっぱりうれしい。いつの間にか好き、なんて。 「私もきっかけと言うか、気付いた瞬間があるってだけよ?」 「なるほどねー。ふ、とした瞬間のにこにーの可愛さに心打たれたと。うんうん、わかるわ」 「キモチワルイ」 「照れなくてもいいにこーっ♪」 冗談はここまで、と言わんばかりに。こほん、と咳払いをしたにこちゃんは私の言葉を待つように大人しくなる。どうやらそのきっかけとやらを詳しく聞きたいらしい。 「、、教えないわよ」 「えー?」 「だって調子に乗るじゃない。今みたいに」 「そんなこと言わないで教えてよぉー。希と絵理の話聞いたら知りたくなっちゃったんだもん」 絵理と希、またにこちゃんに何を言ったのよ。そういえば今日は練習前に3人が部室でなにやらお喋りをしていたわね。途中の会話しか聞こえなかったのもあるし、その時は追及しなかったけど。 「なに聞いたの?」 「真姫ちゃんは付き合う前からにこが好きすぎるって、みんな知ってたって」 「うええっ?!」 まさかの内容に声をあげる。てっきりまたいつもの冷やかしを受けたんだろうと思ってたのに。なによ、それ。にこちゃんを好きすぎるっていうのは置いといて、みんながそれを知っていたということが気にかかる。付き合う前から私の好きが溢れていて、まわりの目から見ればそれはなんとも分かりやすいものだったと?、、知りたくなかったわ。今さら、そんなこと。 だけど恥ずかしさに居たたまれない私を気にも止めず、にこちゃんは続ける。 「だからさ、気になるじゃない?真姫ちゃんっていつからにこのこと好きになってくれたのかなってさ」 それにみんながにこより先に気付いてたって、なんか悔しいし。と今度は少し不貞腐れた顔。ころころ変わる表情は本当に見てて飽きないわ。 「、、、そうね、」 「うん」 「にこちゃんが、」 「うん」 「や、やっぱり教えない!」 「えーっ真姫ちゃんのケチ!」 「ケチで結構よ。それにいいじゃない、もうお互いの気持ちは知ってるんだから」 「お互いの気持ちってー?にこわかんなあーい」 「イミワカンナイ。キモチワルイ」 白々しいリアクションをジト目で睨み付けるけど。にこちゃんはくねくね体をくねらせて、わざとらしく私の腕に抱き付いてくる。 「真姫ちゃあーん」 「今日のにこちゃん面倒くさい」 「真姫ちゃん好きっ」 「うええっ」 なんてタイミングで言うのだろうか、この人は。素っ気なくこの話を振り切ろうとしたのに、好きって言われたら照れてしまう。強気に出れないから困る。わかってて言ってるのだとしたら、、 「真姫ちゃんは?」 「、、、」 ああ、わかってて言ってるのね。 答えなんて知ってるくせに。そんな期待に満ちた顔で見ないでほしい。何度も口にしてる言葉だけどそうやって待たれるとなかなか言い出せない。今日は練習前にも言った台詞だ。それなのに今はめちゃくちゃ緊張してる。そんなふうに上目遣いとか、小首を傾げるのとか、握った手をぎゅっとするのとか、本当にずるい。 「ぅ、、あ、あとで言うわよ」 「あとで?」 「部屋についたら言う」 「真姫ちゃんってば破廉恥ぃ~」 「なんでそうなるのよ!」 「だぁって部屋についたらなにするつもり?」 「ち、ちがっ」 「、、しないの?」 「あぅ、、」 本当にずるい。 眉尻を下げて大げさに残念そうな顔。久しぶりの二人きりなのになあ、なんて。私だって期待してなかったと言えば嘘になる。だって久しぶりだし、、。こうして手を握って一緒に帰るのだってたまらなく嬉しいけれど。そんなふうに、しないの?なんて聞かれたら。だって、観念するしかないじゃないのよ。そんなの。ずるい。 「すこし、だけ、、したいかも、、」 あー恥ずかしい。 冷たい風が吹いてるはずなのにちっとも寒くない。体から湯気が出てるんじゃないかって言うぐらい暑い。マフラーを取りたいけどこれ以上赤くなった顔を見られたくないから我慢する。あー繋いだ手も汗かいてる。最悪よ、もう。 そんな私とはうって変わって満足そうな笑顔のにこちゃんが、私の赤くなった耳元で小さく囁いた。 ーーー真姫ちゃんのえっち。 ば、っとにこちゃんの方を振り向いたけど。私は口をぱくぱくさせるだけで何も言い返せなかった。小悪魔って言葉がぴったり似合う。ずるいし、すぐからかうし、どぎまぎする私を見てうれしそうに笑うし。ドキドキし過ぎて、はやく私の部屋に着いてほしいような着いてほしくないような複雑な気分だ。 だけどきっと、にこちゃんの方が期待してたに違いない。 というかそうするつもりで部屋に来たんだと思う。思い返せば私の家に来たいと言い出したのはにこちゃんだし、帰り道は終始ご機嫌でずっと手を繋いだままだったし。そうよ。絶対にこちゃんの方が破廉恥なんだから。 「ほら、言って?」 部屋に着くなり抱きついてきた。お互いコートもマフラーもまだ脱いでないのに、ドアががちゃんと閉じる音を確認してすぐのこと。はやく聞かせて?と微笑む小悪魔が私の首に腕を回して体を擦り寄せる。着いたら言うとは言ったけれど、こうも展開が早いとは。さっきから私は、あーとか、うーとかばっかり。 今日のにこちゃんはなんだか強気だ。そんなに絵理と希に言われたことが気になるのかしら。みんなが知ってたことが悔しいなんて。それを言うなら私だって。にこちゃんと同じ学年の絵理と希が羨ましくて、どうしてはやく生まれなかったのかって悔しくなるのに。 「真姫ちゃあーん」 「、、すき」 「んー?」 「にこちゃんが好き!」 そんなこともうわかってるくせに。半ばやけくそだ。こんなんじゃなくてもっと良い雰囲気で言いたいのに。いや、こうして抱き付かれてるからある意味そういうムードなんだろうけど。私の言葉に、ふにゃって笑うにこちゃんが可愛くて。もう悪態さえつけない。にこちゃんの勝ち、完全勝利よ。 一旦体を離したにこちゃんはマフラーとコートを手馴れた様子で壁にかけた。私の部屋にあるものを使うのが自然になってるなあ、なんて思いながら。私もマフラーとコートを脱いでクローゼットにしまう。 「じゃあ少しだけ。しよっか?」 「うえっ?!」 「ほら、こっち」 まるでこの部屋の主だ。私の手を引いてそのままベッドに押し倒された。展開が早いってもんじゃないわよ。あまりの早さに呆気にとられてしまう。何日か前に絵理の言っていた台詞が思い出される。フェロモンがどうだとかって言うふざけた話をされたときは、ああ、また絵理の興味がおかしな方向へ振れてるわね。と呆れたけれど。 でも、そうね。 「今日の真姫ちゃん、かわいすぎ」 その証拠を今、目の当たりにしているわ。 押し倒された体を跨ぐように、にこちゃんが膝立ちで私を見下ろす。赤い瞳がぎらりと光ってる。だけど表情は落ち着いていて余裕たっぷり。弧を描く唇をぺろりと舐める舌先。スカートから覗く白い太もも。私のリボンをほどいてボタンを外していく細い指。 確かにあるわよ、絵理。 でも絶対に教えないけどね。 「にこちゃんの方がえっちじゃない?」 「えっちなにこは嫌い?」 「、、、、、、すき」 せめてもの反論も見事に返り討ち。 ああ、今日はどうやらにこちゃんが主導権を握るらしい。私はただされるがままにドキドキしてる。色気たっぷりに微笑んでる小悪魔を見上げて、指先ひとつ動かせない。 「んっ」 露になった下着をそのままに僅かな胸の谷間に触れるにこちゃんの小さい手。ひたり、とあわせただけなのに吐息が漏れた。 「少しだけ、だから」 その少しってどこまでを指すのだろう。私の期待を弄ぶように微笑むにこちゃんは、「少しだけ」をやたら強調して触れてくる。私が言った「少しだけ」はそういう意味じゃないって解ってるくせに、その手は先へ進まない。膝立ちをやめて私を跨いだまま腰あたりにぺたりと座り込む。にこちゃんのそこが密着してるのを変に意識してドキドキする。私の上で重心を整えるように動く、その僅かな腰の揺れ。 わざとだろうなって思った。えっちでしょ?とでも言わんばかりに見つめてくるから。今、そのスカートの奥へ手を伸ばしたらどんな反応をするだろう。そんな期待が膨れ上がる。 「真姫ちゃんはにこに触れちゃダメだからね?」 ほらね。 だって今日は「少しだけ」だから。 「キスは?」 「だめ」 「見てるだけ?」 「見てるだけ」 「言うこと聞いたらご褒美くれる?」 「考えとく」 大人しく従うあたり、私も今の状況を楽しんでいるようだ。いつもの可愛らしいにこちゃんも好きだけど、年上らしく私を翻弄するように振る舞うにこちゃんも好き。 にこちゃんの手のひらがシャツの上と晒された素肌を行ったり来たりして、かと思えば下着の際を指がなぞる。 「今日の下着、えっちぃね」 「なにそれ」 「だってかわいい真姫ちゃんが大人っぽい下着つけてるのって、」 「ん、、なに」 「なんか、いいなって」 「さっきからそればっかりね」 レースの刺繍を縁取るみたいに、下着のなかの敏感なところは触れる気もないくせに思わせ振りな触れ方だ。意識を逸らそうにも、にこちゃんの言葉が私から触れることを禁じられたから見つめる以外の選択肢はない。 、、いや、まだあるわね。 「ねえ、にこちゃん」 「なに?」 「私もにこちゃんの、見たい」 言葉足らずだけど伝わるはず。んー。と少しだけ考える素振りを見せたにこちゃんは私の言おうとしてることがわかったようで、目を細めて自分のシャツのボタンに手をかけた。私に触れることを禁じた手前、自分でそうするしかない。却下されるかな、と思ったけど私の希望を叶えてくれるみたいだ。 ゆっくり、じっくり。もたついてるわけじゃないのに、ひどくゆっくりとした指先の動作。リボンをといて、ボタンをぷちり、ぷちり外していく様を眺めて。儚ささえ感じるぐらいの白い肌と、可愛らしい下着がちらりと見える。私が唾を飲み込んだ音に気付いたのか、にこちゃんは視線を絡めて微笑んだ。 「約束、守ってね?」 小首を傾げてそう言うから。約束、なんて大袈裟だけどそう言われたら守らなくちゃいけない気になる。念をおすように触れることを禁じたのは、私が今すぐにでも体制を逆転させてしまいそうだと気付いたからだろう。自分でボタンを外していく行為に、あわよくば照れた顔が見れればそれも叶ったかもしれない。だけどそんな期待は、その約束で封じられた。 禁止されたら触れたくなる。悔しいけどたのしんでる自分もいる。にこちゃんの手のひらの上で踊らされるのも悪くないと思ってるのだ。ああ、だけどさわりたい。甘い刺激に堪えきれずに溢れる吐息混じりの甘い声を聞きたい、熱に浮かされた切なげな表情、その潤んだ瞳で見つめられたい。ああ、でも約束を守らないと。 「ちゃんと守ったら、ご褒美あげる」 「、、、」 ああ、やっぱりバレてるのね。 にこちゃんの言葉に私はただ頷いた。いい子ね。頬を撫でて、私の髪を耳にかける。その耳の輪郭を指先がなぞる。息が小さく漏れる。我慢、がまん、一度だけゆっくり瞬きをして自分に言い聞かす。従順よね、本当。 「たまにね?」 「、、うん」 「真姫ちゃんの髪が揺れて耳が見えるとね、なんかドキっとするの。普段隠れてるからかな?」 「ん、、っ」 擦られて、撫でられて、ぞくぞくしてしまう。 「真姫ちゃんの耳、かわいい」 耳朶をきゅっと摘まんで、するすると落ちていく指先。首筋をつぅー、と人差し指が辿る。 「練習のときにね、汗が流れてくの見ると」 「ふ、、、ぅ」 「すごくドキドキするの、なんでかなって考えたらね?」 汗の流れを思い出すみたいに辿ってく指がくすぐったい。不意に漏れそうになる息を我慢しても、にこちゃんと目を合わすと堪えきれずに小さく漏れる。 「真姫ちゃんがにこに触ってるとき、間近で汗が流れてくの見てるからなの」 「ーーっ、、そう」 「真剣な表情もね、少し違うけどその時の真姫ちゃんと重なってドキドキする」 にこちゃんの声を聞こうとすれば、指先が気を逸らすように肌を撫でてくる。熱がこもるように、意識させるように。 「気付いたら真姫ちゃんのこと見てて、考えてて、ドキドキして」 「ん、っ」 「好きだなあ、って思うの」 ああ、もう、 そんなこと言われたら、がまんできない。 「我慢できない?」 「ーー、え?」 そう声に出たのかと思った。 じわりと額に汗が滲んでる気がする。あつい。この部屋の暖房のせいじゃないのはわかってる。 「ご褒美、どうしよっか?」 悪戯に笑うにこちゃんにドキドキして、息があがる。 「触ってほしい?それとも触りたい?」 「、、答えなきゃだめ?」 「うん。恥ずかしがってる真姫ちゃんも好きだから、ちゃんと聞きたい」 ああ、もう、ずるい。 「、、、触りたい、から」 「うん」 「、、触ってほしい」 ああ、もう、めちゃくちゃだ。 「、、あとキスしたい」 「なんかご褒美多い気がするんだけど」 「だって、ちゃんと、、守ってるし」 「あーもうかわいい」 覆い被さるように抱きついてきて、ぐりぐり押し付けるみたいにされるから髪の毛がくすぐったい。あーとか、うーとか、そんな声が聞こえる。思わず抱き締めたくて手がぴくりと動いたけど、でもその前に確認しないと。 「もういい?」 「いいってなにが?」 「もうっ、わかってるくせに!」 首元でくすくす笑うから、またくすぐったい。律儀に約束を守ろうとする私がそんなに可笑しいのか。それじゃあ不貞腐れてしまう。だけどやっぱりそんな私に気付くのがにこちゃんだ。ごめんね、と顔をあげて。ちゅ、とキス。でも足りない。知ってるくせに。 「いいよ。ご褒美あげる」 にこちゃんはそう言って深く口付けてきた。許可がおりたから今度は素直に腰に手を回して、あまい唾液を絡めとるように舌をあわせる。シャツの隙間からお互いの素肌が触れ合って気持ちいい。 「ん、ちゅ、、」 少し離れたと思ったら角度を変えてまた貪るように口内で動き回る舌。ただ舌を触れ合わせてるだけなのに、どうしてこうも気持ちいいのだろう。私の理性をあっという間に削り落として、夢中にさせてしまう。唾液を舌で潰す音がいやらしく耳をくすぐる。 「、ん、ぅ、っんん」 あつくて、ふわふわして、くらくらする。 触れ合う素肌の面積を広げたくてシャツに手をかける。それに気付いたにこちゃんは袖を抜きやすいようにしてくれた。練習でそれなりに汗をかいたはずなのにやっぱりすべすべで、あまい匂いがするのはなんでだろう。 「んっ、ーーふぁ、っ!」 「、、、にこちゃん?」 急に声をあげたにこちゃんに驚くけど、どうしてかすぐにわかった。上体を少し起こそうと膝を立てたからだ。私の太股がにこちゃんのそこに触れたから。触れたと言ってもにこちゃんがぴたりとくっつくようにしていたから、刺激というほどでもない僅かなもの、、だと思うのだけど。 「ちょっと、、びっくりしただけ」 「そう?」 にこちゃんがそう言うから、知らない振りでまたキスを催促した。心なしか唇を尖らせてるのが可愛くてにやけそうになる、けど我慢しよう。あくまでも知らない振り。だってもっとかわいいにこちゃんが見たいから。 「ん、、ーー、っ!」 唇を塞いだのと同時にまた膝を立てて。にこちゃんは慌てて腰を浮かせて逃げようとするから、添えていた手でがっちり捕まえた。 「っ、な、なにすんのよ!」 「なにが?」 私の太股にあたってるそこを刺激するように揺さぶって、さっき我慢した笑みで見つめ返す。 「ちょっと、 あっ、」 「少しだけよ。良いでしょ?」 ほら、形勢逆転。 ゆさゆさ揺するとにこちゃんのツインテールも揺れて、赤くなった耳が見える。どうやら腰を掴まれて揺すられるのは、恥ずかしくてたまらないらしい。   じゃあ、もっと恥ずかしいことを。 なんて思うのはひどいかな。 「ねえ、、、にこちゃん」 ーーー濡れてるわね? ぐいっ、と太股に押し付けたところで止めて。 真っ赤な顔と、悪態さえつけない唇と、潤んだ瞳と、少し悔しそうに歪む眉と、そんなはじめて見る表情を見つめて。ごくり、と生唾を飲み込んだ。返事を待たずに、今すぐにでも押し倒したくなる。だけど堪えてしばらく見つめあった。太股には確かに感じる高ぶりの証拠。 ねえ、どうしよっか?なんて顔で待ってる。 だって。 「少しだけ、だもんね?」 「ーー~っ」 私の言葉に。にこちゃんの肩がふるりと震えた。 シャツを脱がされたからじゃないわよね? 可愛い下着と、スカートと。こんな姿で本当に「少しだけ」を求めてるなんて。ねえ?にこちゃん。はやく。はやく、言って。 「、、、少しじゃ、足りないわよ。ばか」 かわいい、って思ってたんだけどな。 押し倒されて、見慣れてきた天井と、可愛らしいはずの恋人を見つめて。おかしいな?なんて思ってしまう。優勢だったはずの流れがいつの間にか逆転されてる。にこの体をすべる真姫ちゃんの手が熱い。脱がされたシャツが近くに見えて、このままじゃしわになるなとか今さらどうでもいいことが頭に浮かんだ。けどすぐにかき消される。 がまんできない。って顔の真姫ちゃんがすき。 にこの体に触れる優しい手がすき。 挙げたらきりがない。 全部、すきだし。 かわいい真姫ちゃんも、今の真姫ちゃんも。 「あ っ、んん」 「ねえ。制汗剤、なに使ってるの?」 「ふ、ぁ  、、なに、急にっ」 不意に、そんな質問を投げられて。だけど手の動きは緩やかにはなったものの止まりはしなくて。喋らせたいなら手を止めなさいよ。なんて言っても、おもしろがって止まりそうにないから。そのまま緩い愛撫を受け入れたまま、質問の答えを考える。使い慣れたはずのそれがなかなか言葉にできないのは真姫ちゃんのせいなのに、そんな難しいこと聞いてないけど?って顔でいるから。そういうところ、天然なのか計算なのかわかんない。 「んっ、ぁ 、は」 「なに、秘密とか言わないわよね?」 「みたこと、あ、っあるでしょ、」 「、、ある、かしら?」 集中してるんだかしてないんだか。顔をあげたと思ったらまた首筋の愛撫に戻る。あ、ちがう。すんすん、と匂いを嗅がれてる。 「ん、なにしてんのよっ」 「あまい匂いがするの」 「はあ?」 くすぐったくて身をよじるけど、こういうときの真姫ちゃんは追及して納得するまで止まらない。そんなに気になるなら鞄に入ってるし!と言ったのに。うん、とだけ答えてまた嗅がれる。そこまで何度も嗅がれたらさすがに恥ずかしい。練習のあとはしっかり汗拭きシートも使ったし、制汗剤だって使ったけど。完璧に消えるものじゃないし、もしかして汗くさいとか?って考えてしまう。 「ばか、やめなさいって!」 「好きなの。にこちゃんのにおい」 「ふ、あっ」 耳元で喋られたらぞくぞくしてしまう。 「いい加減に、してよっ」 「それにね?」 スカートの中に入り込んできた手が、指先が。 「ここ触ると、」 ーーいやらしいにおいがするの。 「ああぁっ」 小声で吹き込むみたいに囁かれて。同時に撫でられて。一体どこでそんなの覚えてくんのよ。って、そんな悪態もつけない。もうすでに濡れ始めていたのはわかっていたし、ちゃんとした愛撫を望んでいたけれど。気まぐれみたいに翻弄してくるから、こうして情けない声をあげてしまう。 「ちゃんと触ってほしかったんでしょ?」 「んあっ、 は、あっ、あ」 下着越しに固くなったそこを指の腹で擦られて、ゆるく、つよく、はやく、よわく、気まぐれに何度も刺激される。 「気持ちいい?」 「うあ、っ!」 「、、これは?」 「ーーっああ」 翻弄されるまま反応して声を上げれば、真姫ちゃんの顔がどんどん熱っぽくなっていく。恥ずかしいけど興奮していく真姫ちゃんを見るのは好き、そんな顔で触られたら余裕なんてどんどんなくなってしまう。 どこをどう触ったらどんな声をあげるか、ひとつひとつ確認されるのはもう慣れた。とは言え恥ずかしさが薄れるわけでは決してないけど。指と、手と、唇と、舌と使われて。それでもうあっという間ににこの体は知り尽くされた。 「まき、っ 真姫ちゃん、、っ」 「うん」 だけど、こうして触るのはすごく久しぶりのはずなのに。にこが名前を呼んで見つめただけで、全部わかってるって顔で手の動きを早めて絶頂へ導いていく。布越しに少し乱暴なくらいに刺激を与えられて。スカートに隠れてるけど真姫ちゃんの腕の動きが見えて、なんかとてもいやらしいことをされてるって自覚してしまう。 「あっあ あぁ、んんッ」 「にこちゃん、、」 切なげに名前を呼ばれて。 はあ、と熱い吐息。 すぐ近くに見える喉がごくり、と鳴って。 交わった視線はうっとりして。 やっぱりかわいくて、すき、ぜんぶ。 「あああ、 っ、真姫、」 「好き、にこちゃん」 「ーーんんっ、 ふッ 、」 震える体が堪えるみたいに強ばって、熱い瞳で見つめ合って、与えられる快感に確かな幸せを感じて。 真姫ちゃんのシャツを握りしめて、果てた。 「今日、お泊まりする?」 乱れた呼吸を整えていると、にこの髪の毛をくるくると指に絡めながら真姫ちゃんが聞いてきた。 「なに、寂しいの?」 「、、それもあるけど」 「へえ」 めずらしく素直に認めたから思わずにやつく。まあ確かにお泊まりコースも悪くない、というか大賛成。とか考えていたのに。 「下着、すごい濡れちゃってるけど。それ着たまま帰るつもり?」 「な、っ」 いたって真面目な顔で聞いてくるから、赤みの引いたはずの顔が再び真っ赤になる。確かに指摘された通り。そのとおりなんだけどさあ、、、、! 「それに私、、まだ足りないわ」 「、、へ?」 デリカシーのなさを説教しようと喉まで出かかった言葉は、またしても素直な真姫ちゃんの台詞のせいで間抜けな声になる。 「もっと触りたいし、触ってほしい」 だめ?、なんて言われて。今、気づいた。真姫ちゃんの視線がまだ熱っぽいことに。そしてにこの髪をくるくる指に絡めてるのは、そんな燻ったままの熱を誤魔化すためだってことに。 「、、だめなわけないでしょ」 にこの言葉を聞いて、くるくる遊んでいた指が止まる。余韻に浸ってるつもりだったけど、真姫ちゃんにとってはあくまで小休止だったみたい。 「そう。、、、覚悟してね?」 少しじゃ足りないのは、お互い様。 「真姫ちゃんも覚悟しなさいよ?」 売り言葉に買い言葉みたいな口説き文句。ふたりしてくすくす笑いあって、じゃれあうみたいにキスをして。 何度でも確かめ合うの。





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POSTEDJun 16, 2026
ARCHIVEDJun 16, 2026