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にこまき小説「これから。」

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※保存用。


不器用な真姫ちゃんの話。

μ'sのライブ映像をまだ視聴してない頃に書いた長編小説。






ーーーー








将来のために勉強をするのは当たり前だと思っていた。だから頑張るのも当たり前だし、テストで満点をとることだって当たり前。どうしてそこまで頑張るの、と自問自答すれば。将来のためよ、私が私でいるためよ。そんな答えがかえってくる。西木野総合病院の跡取りとして当然のこと。


出来て当然、頑張ることは当たり前。

そうであれと求められている。


私の夢は、













「なにしてんの」


「、、、べつに」


授業中のはずなのにどうしてあんたがいるのよ。そんな声も聞こえたけど。私はべつに、と答えたきり口を閉ざした。今は誰とも話す気になれない。日頃から真面目に勉強をしている私と違って、この先輩はこんなところで授業をさぼってる場合じゃないはずだけど。でも今は問いただすのも、いつものように張り合うのも億劫だった。


話すつもりがないことに気付いた先輩は、ひとり分のスペースを空けて同じように座り込む。気まずいとかって思わないのかしら?そんな疑問が浮かんだけどすぐに考えるのをやめた。


グラウンドから聞こえる生徒たちの声。下の階から聞こえる先生の声。耳を澄まさなくても聞こえてくる。こうして授業をサボるのははじめてだった。そのはじめての経験に、なぜかこの人が隣にいる。おなじみのイチゴ味を飲みながら、なにをするでもなくぼーっとしている。



暇なのかしら?

いや、でも授業は?

たしか赤点の常習者のはずよね?


考え込むことがくせになってる私の頭は、この先輩のようにぼんやりと時間を潰せないらしい。我ながら呆れてしまう。まともにサボることも出来ないのか、と。


はあ、と無意識についたため息。



「あんたにも悩みってあるのね」



そのため息は自分でも気付かないうちについたものだったから、先輩のその言葉に。は?と生意気な返事をしてしまう。さすがに失礼すぎる態度をとったことに僅かながら焦ったけど、この先輩はとくに気にもとめず私を見ていた。イチゴ味の飲み物をまた一口飲んで、



「飲む?」


「、、え?」



私に向ける。



ひとり分のスペースを空けて座る私に向かって。ほら、とりあえず。とでも言うように。だから、ただなんとなく受け取って私も一口。飲みなれない甘さの液体がこのよくわからない雰囲気のやりとりと混じって、お世辞にも美味しいとは思えなかった。けどもらった手前ありがとう、と返すと先輩は。ん、とだけこたえてそれを受け取った。


それからまたお互いに何を言うでもなく、微かに聞こえてくる外野の音だけになる。空を見上げたら飛行機雲が伸びていた。青空に伸びる白、心地よい風が頬を撫でて思わずあくびが出る。あ、と思って先輩の方を向いたら。同じように空を見上げて気持ち良さそうにしている。


それがなんとなく、少しだけ、本当に少しだけ嬉しくて。ようやく肩の力が抜けた。



「いつまでいるの?」




それなのに。

口を閉ざしていた先輩がそう訊ねてきた。




「、、邪魔って言いたいの?」


「ん?あー、そうじゃなくて」



むっとして返した台詞に、先輩は手をひらひらさせて。ひとり分の空いたスペースを詰めるように近づいてきた。




「まだいるなら、貸して?」



ぽんぽん、と。私の太股あたりをたたいた。


所謂、膝枕。枕がわりにそこを貸してくれ、ということらしい。



「なんで私が、」


「飲ませてあげたでしょ?」


「ちょ、ちょっと」



はい、これでチャラね。と。私の許可を待たずにごろんと横になる先輩。今度こそ正当にむかついて軽く頬をつねってみたけど枕を手放す気はないらしく、呑気にあくびをしている。



「適当に起こしてくれればいいから」


「なによ、それ、、」



戸惑ってる私を置いて、先輩は瞼を閉じてしまった。


他人に対してここまでの距離を許したことがない私には、妙な緊張感。クラスメイトの凛もスキンシップが多い方だけど、この先輩は。少なくとも私の知ってるこの先輩は、こういう距離感で人と接するタイプではなかったはず。どちらかと言えば私のように、どこか斜に構えて人と距離をとりながら接するタイプのはず。少なくともさっきまでの私はそう思っていた。



、、やっぱり変な人。



そう思いながら、はやくも寝息をたてはじめた先輩をしばらく見ていた。そして気付いたのは、長い睫毛に縁取られた瞼のその下に、うっすら隈が出来ている。きれいな肌には不釣り合いだ。それに幼く見えるこの顔にも似合わない。薄い化粧で誤魔化してはいるんだろうけど、ただ見つめていたから気付いてしまった。


この人も、なにかを当たり前に求められたりするのだろうか。それともただ、がんばること以外を知らない不器用な人なのだろうか。だからこうして今の私のように、疲れたことをまわりに見せれずここに来たのだろうか。


相変わらずよくまわる頭のなか。あまりにも都合のいい解釈に笑える。だけどそこでようやく私は、誰かにわかってほしいと思っていることに気付いたのだった。そしてこの先輩は私と似ているのかもしれない。もしかしたら誰にも打ち明けたことのない胸のうちを理解してもらえるのかもしれない、と。そんな都合のいい解釈と期待。



、、、ありえないわよ。



これ以上の思考は放棄しよう。


静かすぎる寝息と、心地よい風。今度こそ肩の力を抜いて私も瞼を閉じた。










まるで何もなかったみたいだった。


それはお互いに、あの屋上での出来事をなかったみたいに振る舞った。それに話題にするようなものでもないし、ましてや二人でサボっていたとわかれば生徒会長を含めた先輩たちにお叱りを受けるだろう。凛と花陽には体調がすぐれなかったとだけ伝えて、それ以上のことは聞かれなかった。心配してくれたことに罪悪感はあれど、凛と花陽に胸のうちを話すという選択肢はなかった。



ただ、疲れたから。

それだけの理由だから。言う必要もない。



そうしてまた目まぐるしい日々が続く。


勉強と、部活と、課題と、作曲と。手を抜けるものはなにもないから、唯一削れるのは睡眠の時間だった。勉強は出来て当たり前、テストも満点が当たり前。部活の練習も気を抜けない。最近ではイベントに呼ばれることも増えたから余計に頑張らなければ。みんなに置いていかれないように、みんなの期待に応えられるように。



「どう?詞のイメージに合ってるかしら?」


「、、ええ」



私の曲作りは海未の詞をもらってからはじまる。詞を読んでいくつかのメロディ作って、海未のイメージする世界を鮮明にする作業を繰り返して曲にする。たまに私からイメージを伝えることもあるが、大体の流れはそうだった。そして完成した曲を海未に聴かせて最終調整を行う。今頃、私と海未以外のメンバーは屋上で練習をしているはずだ。もしくはことりの衣装製作を手伝っているか、、どちらにしても絵理が的確な指示を出しているだろう。



「ダメなところははっきり言って。すぐ直すわ」


「いえ、相変わらず素敵な曲です」


「そう。じゃあこれで」


「ただ、」


「?」


「あまり根を詰めすぎないで下さい」



含みのある言葉は曲に対しての不満かと思ってはっきり言うようにお願いした。だけど返ってきた言葉は私に向けられたもので少しだけ驚いた。それと同時に今の私は、心配されるような顔でいるのか、と。焦りにも似た感情が胸をざわつかせる。



「平気よ、大丈夫」


「、、それなら良いのですが」


「私はもう帰るわ。予備校もあるし」


これ以上の気遣いや詮索を断るように、私は音楽室をあとにした。


予備校までは時間があったけど、OKをもらえた曲に今度は歌をのせてみんなに聴かせるまで完成ではない。海未に言われた言葉にざわついた胸、それを誤魔化したくて否定したくてまた没頭した。私ががんばるのは当たり前だから。じゃなきゃ結果なんて出ないし、期待に応えられるわけない。これぐらいのこといつものように平気な顔でこなして当たり前なんだから。


そうやって目まぐるしい日々に没頭し続けて、私はまた授業をサボった。


今度こそ誰もいない屋上で、天気はあまりよくないけど構わない。だって私ひとり、ただひとりだけの時間を過ごしたいだけだから。誰にも干渉されない、期待も、羨望の眼差しもここにはないから。だから曇り空でもいい。




「、、疲れた」




こんなふうに呟いたっていい。ため息だって何回でもついていい。ざわついた胸をそのまま放置していれば、いつの間にか慣れていくはずだから。




ーーこんなの、どうってことないって言えるわ。




膝を抱えるように座り込んで瞼を閉じた。


だけど、心が沈むだけだった。



















「この曲なら絶対いけるよ!」


穂乃果の元気な声が部室に響く。今日は完成した曲をみんなに聴かせる日。みんなが口々に感想を述べて、表現するのが待ち遠しいとでもいうような笑顔を私や海未に向ける。当然でしょ、と返した私は上手く表情を繕えただろうか。


机に広げられた衣装、何度もリピートされる曲。



「さすが真姫ちゃんだね」



胸がざわついて落ち着かない。


今日は曲を披露することが目的だったから練習はなし。あとはステージをどうするか、演出はどうするか、歌割りの振り分けや大まかなフォーメーションの話し合いがはじまる。今回もそういう流れなのはわかっていたけれど、どうにも落ち着かない胸のうちが今にも溢れそうだった。



「私、今日は失礼するわ」



相変わらずはしゃいでるメンバーに紛れて、絵理や希の困ったような優しい眼差しが私に向けられていた。それを私は見て見ぬふりで通りすぎて部室をあとにする。





ざわついて落ち着かない。だから自然と足が向かったのは屋上だった。前と同じ曇り空、風は少しだけ吹いている。もしかしたら雨が降るかもしれない、そんな予感のする空。まるで今の私のようだと思った。


鞄を適当に落としたら鈍い音がした。教科書やプリント、予備校で使う教材、五線譜ノートを詰め込んだ鞄は重く感じた。だから手離した、今だけでも身軽になりたかったから。









「あんた、帰ったんじゃなかったの?」



背後から聞こえた声に振り返ると、小柄な先輩がそこに立っていた。いつもの甘い飲み物を口にしながら、ただ私を見ていた。希や絵理と違ってこの人は感情が読めない。それか私に対しての興味がないのかもしれない。



「そっちこそ、話し合いに参加しなくていいわけ?自分の見せ場がなくなっても知らないわよ」



私の言葉に先輩は手をひらひらさせる。お構い無く、とでもいうように。まあこの人のことだから、いの一番に自分の見せ場は確保していることだろう。


前と同じように壁に背を預けて座り込んだその人は、なにをするでもなくぼーっとして、たまにストローを咥えて紙パックの音を鳴らしながらそれを飲んでる。なにをしに来たのかを聞けば、ここでなにをしているのか聞かれるだろう。だからお互いになにも聞かない。それか私に興味がないからこその沈黙かもしれない。


でもべつに気まずさもなくて。私も隣に、いや。ひとり分のスペースを空けて座り込んだ。この前この人がそうしたように。



だけど、この距離感を変えたのはこの人だった。



「貸してあげる」


「、、、は?」


「こっち来なさいよ」


「、、、はあ?」


「聞こえてんでしょ。ほら」


「ちょ、ちょっと」



ぽんぽん、と。前に私がしてあげた膝枕。それを今日は自分がしてあげる、と言ってきた。私はあからさまに怪訝な表情で断ったけれど、半ば強引に体を引っ張られてバランスを崩されて前のめりになる。この間のことを「貸し」だと思っているのか、私が大人しく従わないとこのよくわからない押し問答が続きそうだ。だから抵抗するのも面倒に思えて仕方なく先輩の太股に頭をのせる。



「、、、」



だけど見るからに華奢で小柄な先輩だから太股だって細くて、力を抜いて重さをのせることに躊躇ってしまう。それにこんな無防備に体を預けることに慣れていない私は、リラックスなんて出来るわけもない。前に私が膝枕をしたときは、この先輩はすぐに寝息をたてはじめたけれど。私には無理だ。そんなことを思いながらまたため息をついた。



「、、、」


「、、、」



とくになにも会話は起きない。雲の動きがはやいわね、とか考えながら。このよくわからない時間が過ぎるのを待った。ある程度の時間こうしていれば、きっとこのよくわからない先輩も満足して私を解放してくれるはず。



「、、、」



今頃、部室では賑やかな話し合いが続いているだろう。この人は本当にここに居ていいのだろうか?私が心配することではないけれど、この人のことを考えてしまうのは仕方ない。だってこの距離感なら、仕方ない。



不意に、髪を撫でられて。


視線を先輩の方へ向けたけれど、先輩はぼんやりと曇り空を見上げて呑気にあくびをしている。無関心のはずの指先に髪を撫でられて、なんだか自分が猫にでもなったみたいだ。



「、、、」


「、、、」



相変わらず必要以上の会話はない。


でもなんだろう。ざわついて落ち着かなかった胸が静かになっていた。私は知らず知らずのうちに、人との触れ合いを求めているとでも言うのだろうか?それとも詮索されないことへの安心感だろうか?


考えてもやっぱりよくわからなかった。


ただ撫でてくれる指先が心地よくて、いつの間にか肩に置かれた手が一定の間隔で触れてくるから。




「適当に起こすわよ」


「、、、うん」



本当に相変わらずよくわからないけど。少なくとも今の私は心地よさを感じている。だって小さく聞こえた先輩の声に、私は素直に瞼を閉じたから。
















それから私たちは屋上で会うようになった。


というのも何度目かに鉢合わせた時に、授業サボるのやめたら?と言われて。どの口が言うのだろうと思ったけど、ひとりで屋上に座り込んでも気持ちが沈む一方だったから。だから、また貸してくれるならいいわよ。と私は返したのだった。





ーー屋上。


ーーわかった




スマホにはそれだけのやりとり。それだけで十分だった。どちらかが誘って屋上で待ち合わせ。昼休憩の時だったり練習前だったり、無理と返されるときもあったし私がそう返すこともあったけど。それでもこうして会う時間は私には必要だった。考えずにいられて、胸のざわつきを落ち着かせる。そんな時間を自分では上手く作れなかったから。


必要以上に干渉されない、だけど誰かにいてほしい。それが誰とでも成立するのか考えたりもした。だけど結局は誰も誘えないし、口実も上手く作れる気がしない。


時間も、距離感も、この先輩となら。





「、、、」


「、、、」



相変わらず会話は無いに等しい。


膝枕をするか、されるか。ただぼんやりと空を見たり、スマホをいじったり、本を読んだり。お互いに必要なとき「貸して」とだけ言えば通じたし、お互いに肩を寄せて寝ることもあった。この先輩がどう思ってるのか実際に聞いたことはないからわからないけど。まあ部活の後輩が授業をサボらずに済むなら良し、とでも思っているのだろう。





ゴォー、と飛行機が空を通りすぎていく音がする。日陰にいると少しだけ肌寒いと感じるようになった。風が頬を撫でて髪が揺れる。隣のツインテールも風に揺れて、私のところにシャンプーの香りが微かに届く。ちらり、と隣に視線を移すと目が合った。相変わらずなにを考えているのかわからない赤い瞳が、じーっと私のことを見てるから。私も視線を外さなかった。






「、、最近、寝れてる?」


「?、ええ。にこちゃんは?」


「まあまあ、かな」


「そう」



じっと私の顔を見てどこか安心したようにも見えたけど、それっきりまた沈黙が続いた。


あれから変わったことと言えば、私が先輩のことをにこちゃんと呼ぶようになったこと。私は真姫ちゃんとか、真姫とか。あんた、とも相変わらず呼ばれるけど。


飛行機が空を通りすぎていく音が聞こえなくなって、また私のところに先輩の香りが届く。だけど風は吹いてなかった。肩に凭れかかってきた先輩、私も少しだけ凭れかかる。先輩の柔らかい髪が首元をくすぐる。ふあ、と呑気なあくびが聞こえて。私もつられてあくびをする。さっきの会話はなんだったんだろう、少し可笑しい。



「、、、」


「、、、」



他の人だとこのよくわからない関係にはならないだろう、と思う。

















夏服から冬服になり始めた頃。


私が屋上に誘っても断られ続けるようになった。ちょうどその頃部活にも顔を出さなくなって、さすがにみんなで問い詰めたところ家庭の事情で難しいということかわかったのだった。


私としてはもう屋上で過ごすのが嫌なのかな、とか。やっぱり本当は迷惑だったのかな、とかって思い始めていたから。そういう理由であったことに少なからず安堵したのも事実。



「にこちゃんって相談とかするタイプじゃないから」



そして何も話してくれなかったことにも、少しだけ不満だった。だけど凛には、真姫ちゃんと一緒にゃあ。なんて返されてしまった。まさにその通りで言い返せない。


そういえばはじめて膝枕を要求されたとき、先輩の目元に薄く隈があったことを思い出す。あの時も家の用事と重なって多忙だったということだろう。



「良かったね。真姫ちゃん」


「え?」


「にこちゃんのこと心配してたでしょ?」



不意に花陽がそう言ってきた。


心配?私が?



「べつにそんなんじゃないわよ」


「そっか。でも良かったね」


「、、うん」






その夜。


私ははじめて先輩に電話をした。やりとりはいつもラインで簡潔なものばかりだったから、電話をかけることに少し緊張する。でも声が聞きたくてスマホの画面をタップした。呼び出しのコールが鳴ると無性にドキドキしてすぐに切りたくなる。そして後悔する。


なにしてるんだろう、私。

多忙な先輩に電話して、それこそ迷惑じゃない。

これで本当にうざいって思われたら、



『もしもし?真姫?』


「うえっ、あ!に、にこちゃん?」



電話をしてきたくせに慌ててる私を、くすくすと笑ってる声がする。



「あの、えっと、、その」



話題なんて用意してない。ああ、それでどうして電話なんかしちゃったのだろう。声が聞きたくて、とは正直に言えるはずもないのに。



『なにしてたの?』


「、、勉強とか、いろいろ」



本当だけど少し違う。先輩の声が聞きたくて勉強が手につかなかったから、ノートはほとんど白紙だ。先輩は『そっかあ』と返したきり、しばらく沈黙が続いた。いつもの屋上なら沈黙でも構わないけど、自分で電話をしておいてまともに会話を続けられないのはさすがに失礼すぎる。


どうしよう、なにかふつうの、なんでもいいからなにか話さないと。そう思ってなんとか言葉を探そうとしている私よりも先に。次に喋り始めたのも先輩だった。




『ごめんね。最近行けなくて』



屋上の誘いを断ってばかりでごめん。そんな言葉が聞きたくて電話をしたわけじゃないのに、私はべつに。としか返せなかった。だって、ほんとうは。ほんとうに言いたいのは、




「どうして、、理由教えてくれなかったの?」



簡潔で素っ気ないお互いのやりとりに、不満があったわけじゃないはずなのに。口をついて出たのはそんな台詞だった。これじゃあ拗ねてるみたいではずかしいのに。



『ごめんね』



ふ、と小さく。困ったように笑う先輩がそこにいる気がした。やっぱりはずかしい。言うんじゃなかった。言うつもりなかった、絶対。



『今度、遊びに来る?』


「え?」


『まあ、場合によっては妹たちの相手もしなくちゃだけど。それでも良いなら』


「、、いいの?」


『良いよ。真姫ちゃんだから』


「、、、うん」



こんな安易な特別扱いを喜ぶ私に、きっとこの人は気づいてる。



『それに屋上じゃ、もう寒くて昼寝出来ないわよ』



そう言ってくすくす笑う先輩の声が、耳元でやさしく響いてくすぐったい。そうね。と、私はまた素っ気なく返事をした。

















「まっきー!ピアノききたい!」


「ここあ、いきなり失礼ですよ!」


「こころだってほんとはピアノききたいくせにーっ」


「こーら!二人とも、まずはちゃんと挨拶しなさい」


「真姫お姉さま、こんにちわ」


「まっきーおかえりなさい!」


「えっと、、こんにちわ。ただいま、、?」


「ふふっ」


靴を脱いだばかりなのに、私の腕を取り合うようにして迎えてくれる二人。一人っ子の私は戸惑うばかりだけど、こんな私にもこころちゃんとここあちゃんはなついてくれたようで。玄関に入るなりぐいぐいと中へ連れ込まれる。


先輩にそっくりの見た目、性格はどこか似てるようで似てない気がする。それか本当は先輩にもこういう一面があって、私がまだ知らないだけかもしれない。



「じゃあ私はこたを迎えてくるから、お留守番お願いね?」


「「 はーい 」」


「ええ、まかせて」


先輩は鞄を置いてすぐ、私たちにそう言い残してまた出ていった。


妹たちは手のかからないお利口さんよ、と私に自慢するくらいにかわいがっているけど。こんなふうに忙しなく家のことをして、お迎えやらなにやらまで引き受けていたなんて知ったときはやっぱり驚いた。寂しい思いをさせたくないから、と先輩は笑って。きっとお利口さんの妹さんたちはそんな先輩の優しさを素直に受け取ってるから、眩しいぐらいの笑顔を私にも見せてくれるのだろう。



「二人はにこちゃんのこと好き?」


「大好き!」


「はいっ。わたしも大好きです」


「そう、いいわね。私は一人っ子だから羨ましいわ」


「まっきーは?」


「うん?」


「真姫お姉さまは好きですか?」


「うぇっ?!」


自分で二人に聞いておいて慌ててしまうのはすごく滑稽だ。でも私が先輩に、その、そう言うのは意味がちょっと違うというか。ああ、でも過剰に反応するんじゃなかった。余計にはずかしい。ここは普通に、ええ好きよ。と自然に返せば良かったのに。


口ごもる私に二人は、どうしたの?と不安げな顔になってしまう。そうよ。そもそも先輩として好きなのは事実だし、今さら自分に嘘をつくようなことでもない。んん、と大袈裟に咳払いをして。



「ええ。私もにこちゃんが好きよ」


「え、ありがとう」


「、、、え?」


ぎこちなく首を回して振り向いたら、先ほど出ていったはずの先輩がいた。



「な、なんでいるのよ」


「ついでに買い物まで済ませちゃおうと思ってたのに、財布忘れちゃったから戻ってきたの」


「、、そう」


「後輩のかわいい告白が聞けてラッキーだったわ」


「ちょっと!」


「私も真姫ちゃんが好きよ」


「ここあも!」


「わたしも好きです!」


「なによこれ意味わかんない」


「はいはいかわいい~っ」



私はこころちゃんとここあちゃんに抱きつかれて、けらけら笑う先輩にはくしゃくしゃに頭を撫でられた。それを見た二人はずるい!と騒ぎはじめるから、先輩は二人の頭も撫でてあげてる。


目を細めて、優しく笑う先輩。そして嬉しそうに笑う二人に挟まれてるから、恥ずかしさに不貞腐れた私の顔まで笑顔になってしまう。これじゃあ私まで先輩の妹になったみたいだ。


やっぱりこの人には勝てる気がしない。














いつからだろう。


ざわつく胸の対処法がなんとなくわかったのは。


落ち着かない心にどうやって触れればいいのかなんとなくわかったのは。


肩の力を抜くのが前に比べて上手くなったのは。





「真姫ちゃん」



茶化すように笑いながら私を呼ぶ声。




「真姫」



寄り添うように呼ぶ声。



人との距離感を変えてくれた先輩、教えてくれた先輩。この人がとなりにいてくれるようになってから、私は子どもじみた虚栄心にとり憑かれなくなった。西木野総合病院の娘として当たり前を求められてきた私、きっとこれからもまわりからそうであれと求められるのだろう。


だけど今は。

それでも頑張ってきたのは私自身なんだって胸を張れる。




「にこちゃん」



だけど、もうすぐ。


先輩は卒業してしまう。














送辞代わりの歌は、私の曲だった。


最初、穂乃果に提案されたときは迷ったけど。先輩たちを送り出したい気持ちを言葉にして伝えるのは、穂乃果と同じで私も苦手だから。それに私の歌で送り出せるならそれが気持ちを伝えられる最善な気がしたから。


壇上にあがってピアノの前に座る。ここからはみんなのことがよく見える。絵里、希、そしてにこちゃんの顔が見えた。溢れそうな感情を落ち着かせるように一度深呼吸して、鍵盤に指をそろえた。


私の気持ちが伝わるように。


歌にのせて。












「なあに?、その顔。あんたのこと助けてくれる人は他にもいるんだから笑いなさいよ」


式が終わって、メンバーが集まるなか。唇にぐっと力を込めて、今にも溢れそうな涙を我慢した情けない顔。困ったように笑いながら。たくさん仲間がいるんだから、大丈夫。そう言って私から離れていく先輩。



「、、、にこちゃんがいいって言ったら?」



私の言葉に少しだけ驚いた顔をして振り向く。


一度涙の粒を落としたら止まらなくなる。わがままを口にしたらいろんな感情が込み上げてきて止まらなくなる。行かないで、私を置いていかないで。そんな言葉が喉を詰まらせる。笑って送り出したいのに、感謝を伝えたいのに。こうして先輩を目の前にしたら、情けない私を晒してしまう。



「おいで」



先輩はそう言って、私に向かって手を広げた。


私は言われるがまま近づいて、私よりも小さい体を抱き締めた。他の人の視線なんか気にならない。今日はみんながみんな抱き合って涙を流してるから。大袈裟ね、なんて思われたっていい。子どもね、なんて言われたって構わない。


もっと、この人と一緒にいたい。

どうしてこの人は卒業してしまうの。

どうして一緒に卒業出来ないの。




「私は、、にこちゃんがいい」



ぐずぐずの声で言う私の頭を撫でて。



「その時は呼んでいいよ。いつでも、真姫のためなら意地でも時間作ってあげる」


「、、本当に?」



不安げな声の情けない私の声に笑って、当たり前でしょ。と髪の毛をくしゃくしゃにされたけど。私は抱き締めた手を緩めることはしなかった。いつものシャンプーの香りを胸いっぱいに吸い込んだら、いつもの屋上で過ごした時間を思い出してまた涙が溢れた。


髪を撫でてくれた指、見つめてくれた赤い瞳、枕がわりの温もり。一緒にいてくれたのは私をひとりにさせないためだったのかもしれない。ひとりきりだと沈むばかりの不器用な私を、放っておけなかったのかもしれない。都合の良い自惚れでもいい。だってこの人はそばにいてくれたから。


ぽんぽん、とあやすみたいに背中に触れる優しい手。私の名前を呼ぶ声が小さくて耳を澄ました。



  

「でも真姫のこと大事に思ってるのは、にこだけじゃないってこと忘れちゃだめ。わかった?」


「、、、っ」



私はぐずぐずの情けない声でこたえるかわりに、もう一度強く抱き締めた。


本当は知ってたから。絵理や希が私や他のみんなをやさしく見守ってくれてること。海未の遠慮がちにもやさしい言葉、ことりの然り気無い気遣い、穂乃果がくれる素直な言葉。そして、私の手を引いてくれる凛と花陽。


私はそれを受け入れる勇気がなくて、上手に受け取れなくて気付かないふりを続けていた。


この人は、私のことをどこまで知っているのだろう。私はどれだけこの人のことを知っているのだろう。もっと同じ時間を過ごせたら、私たちは、、、。



抱き締めた温もりから離れたくなかった。だけど鼻をすすって情けない顔のまま向き合う。相変わらず綺麗な赤い瞳で見つめてくれる。やさしい指先が涙を拭ってくれる。離れたくなかったけど、今日卒業するこの人にちゃんと言わなきゃいけないことがある。



背筋を伸ばして、今度こそ笑顔で言いたい。




「卒業おめでとう。にこちゃん」




限られた時間だからこその出会いだった。思い出だった。これで最後じゃないってわかってる。だけどこの人がいない学校は、屋上は、時間は寂しい。みんなをまとめる絵理の声が、みんなを導く希の声が、そして私の名前を呼ぶこの人の声がもうこの場所で聞けなくなるのは寂しい。




「ありがとう」





そう返してくれた声も少しだけ震えていたけど、眩しいぐらいの笑顔だった。
















そして。


先輩が卒業してからも、私たちはスクールアイドルを続けた。


私が本格的に試験勉強をするようになってからは、私は息抜き程度に顔を出すだけの部員だったけど。それでも凛と花陽は私を笑顔で迎え入れてくれた。副部長、なんて肩書きをもらったけれど。穂乃果たちが卒業して、私たちが3年生になる頃。みんなを引っ張っていたのは部長の花陽と、リーダーの凛。それが音乃木坂のアイドル研究部だった。



医学部に入ってからはこれまでの比じゃないほど勉強に明け暮れた。西木野総合病院の一人娘、そんなレッテルは消えなかったけど。医学部に通う人たちにとってはなにも珍しくなかった。


体力と精神力を日々削られて、辛くて泣いてしまうこともあった。だけど振り落とされそうになる度にあの日のことを思い出す。あの人とした約束、忘れちゃいけないこと。そして仲間に胸を張れる私でいたいから、どんなに辛くても歯を喰いしばってがむしゃらに夢を追いかけた。




テレビから聞こえる、胸に響く声。




『にっこにっこにぃー♪』




その人は、アイドルとして眩しいぐらいに輝いていた。



テレビから聞こえるお決まりの台詞は、もう何も珍しくないはずなのに。この声を聞いて自然と笑顔になってしまうのは、スクールアイドル時代に染み付いた習慣を思い出してるせいだろうか。今では有名人となったその人もまた、多忙な日々の中でがむしゃらに頑張っている。それだけで私を強く励ましてくれた。









「それじゃあ、医者になった真姫ちゃんに乾杯!」


「穂乃果、医者じゃなくてまだ研修医よ」


「えへへーとにかくおめでとぉーっ」



医学部卒業と研修医として働き始めることになった私のために、みんなが久しぶりに集まった。みんなと言っても一人だけ、欠けている。




「さすが真姫ちゃん!」


「さっすがだにゃあー」


「もう。さっきからそればっかりじゃない」


すでにほろ酔いの穂乃果と凛に絡まれてうんざりしながらも、こうして揉みくちゃにされるのが懐かしくてうれしい。



「穂乃果!凛!いい加減にしないとまわりに迷惑です」


「海未ちゃんの声も大きいよっ」


「な、」


「まあまあ、海未ちゃん。こうなることはわかってたから、ちゃんと貸し切りにしたやん?」


「そうよ。少しは大目に見てあげましょう」



絵理と希の言葉に私だけが驚いていた。



「貸し切りなの?」


「んー?どこぞのスーパーアイドルが可愛い可愛い真姫ちゃんのために、このお店を貸し切ったんよ」


「すごいよねえ。さすが国民的アイドル」


「そうだったの、、」


知らなかったのは私だけのようだ。ああ、でも参加出来ない代わりにそうしてくれたのだろう。それだけでもうれしい。ことりが言うように今や誰もが知る国民的アイドルとなったあの人が、こうして集まりに顔を出すのは難しいはず。


そう思っていた矢先。



「ごめーん、遅くなった!」


「、、、え?」


テレビから聞こえる声じゃない、胸に響く声に振り向くとその人が立っていた。きっと仕事終わりに直接ここへ向かって来たのだろう。だってテレビに映ってるときのまま、きらきら輝いてるから。まさか会えると思ってなかったから呆然としていると「久しぶりね」と声をかけられた。しばらく固まって動けない私をみんなが面白がってる。



「にこっちの席は確保しておいたで?」


「はいはい。ありがと」


「え、あ、」


当たり前のように隣に座るその人からは、相変わらず良い香りがした。こうして会うのはいつぶりだろう。きっとまだ私が高校生だった頃、本格的に試験勉強をする前に会ったきり?ああ、ちがう。医学部に合格したお祝いに遊んだのが最後?少し混乱して記憶がごちゃごちゃする。とにかく何年かぶりだ。


テレビで何度も見てるけど、目の前にいるその人を固まったまま見つめてしまう。小柄で華奢な見た目はそのまま、顔だって思い出のなかそのままなのに、表情は大人びている。



「なあに?真姫ちゃん、顔赤いわよ?」


「こ、これは酔ってるからよ」


「そう?」


グラスに入ってるお酒を一気に飲み干して誤魔化すけど、くすくす笑う声がくすぐったかった。今でも鮮明に思い出せるほどにこの人との思い出は特別なものだったから、こうしてまた隣に座って話せていることが恥ずかしくなるぐらいにうれしい。火照った顔を治めるのはきっと無理だ。だから注がれたお酒をハイペースで飲んでいると、向かいに座る絵里がからかうように絡んできた。



「真姫ったら、高校の頃はにこにずっとくっついてたくせに今さら照れちゃって」


「べつに照れてないし」


「にこっちにべったりだったことは否定せえへんの?」


「そんなことないわよ!べつに!」


「確かにべったりでしたね」


「うんうん。にこちゃんが卒業してから暫くはすっごくしょんぼりしてたよね?」


「あ。そういえば部室でにこちゃんの指定席に座って、ぼーっとしてる真姫ちゃん見たことあるよ!」


「そんなの知らないっ!やめてよもうっ」


「ちょっとあんたたち?にこの可愛い真姫ちゃんをいじめるんじゃないわよ」


「にこちゃんが今日の主役を独り占めしちゃったね」


「あーっ真姫ちゃん、耳まで真っ赤にゃあ」


「もうみんな意味わかんないっ!」


みんなにからかわれて、普段出すことのない大きい声のせいで頭がくらくらする。それに続けてみんなが私を取り合うみたいに茶化してくるから、にこちゃんは私の腕に抱きついてきた。凛に言われた通り耳まで真っ赤なのは間違いない。だってあんなにお酒を飲み干したのに、頭のなかはこの人のことでいっぱいだった。相変わらず髪は良い香りだし、私を見つめる瞳も、温もりも。まるであの頃に戻ったみたい。




「真姫ちゃん、卒業おめでとう」


「、、ありがとう」


グラスを向けて、私に言いそびれた言葉。キン、とグラス同士が触れる音。また何杯目かのアルコールを飲み干して、火照る顔を手で扇いだ。みんなは思い出話に花を咲かせて、笑い声を店内に響かせている。


この集まりを提案してみんなに連絡をしてたのは花陽と凛らしい。私はこの日のスケジュールは絶対に空けておくように!と二人に何度も念を押されて、この席に座っている。店内に入ったらみんながいて驚いたけど。この人がいないことをすぐに認識して、そりゃそうよね。なんて納得したのに。まさか、こうしてとなりに座ってるなんて。



「、、来てくれると思わなかったわ」


「なんでよ。来るに決まってるでしょ」


「だって忙しそうだし、私なんかのためにスケジュール空けてくれるなんて思わないもの」


「ばかね。真姫のためなら意地でも時間作るって言ったでしょ?忘れた?」



そう言ってくすくす笑う声が心地いい。照れくさくてしょうがなかったけど、ありがとうとなんとか返せた。


カラン、と氷が鳴る。

グラスを傾けてる姿につい見とれる。

見とれてた自分に気付いて顔が熱くなる。


アルコールが効きはじめて、もしかしたら夢かも?とか思う。けど肩に触れる温もりが現実だと教えてくれる。さっきからそれを繰り返してる気がする。



「でも真姫ちゃんってば全然連絡くれないし。少しぐらい甘えてほしかったなあ、なんてね」


「な、なによそれ。私はにこちゃんが忙しいだろうと思って。それに、、甘えてばかりじゃだめだって思ったから」


ごにょごにょと声が小さくなるけど。にこちゃんは私の言葉を聞いて、そっかあ。と納得したように笑った。


卒業式の日に言ってくれたことを忘れるはずない。にこちゃんがいい。と言った私に、いいよ。と笑ってくれたこと。さっきの台詞そのまま。全部覚えてる。そのやさしさを振り払ったわけじゃない。ただこの人に甘えてばかりの自分じゃいられなかった。みんなに胸を張れる自分に、なによりこの人のとなりにちゃんと立ちたいと思ったから。



「がんばったね。すごいよ、ほんとに」


「にこちゃんだって」


「まあね」


「なにそれ、台無し」


こうやってじゃれるみたいに笑い合う時間が、いつまでも続いてほしいと思う。






「えー!にこちゃん、あの俳優に誘われたことあるの!?」



だけど別の話題で盛り上がっていた穂乃果たちが騒がしく話を振ってきた。どうやら希あたりから聞いた情報に食い付いたらしい。


私も名前は知ってる俳優。まあ、アイドルだし。そういう業界にいるわけだし。にこちゃんかわいいし。べつに驚くことじゃないし。そう思いながらも、にこちゃんがどう応じたのか気になる。もしかして付き合ってるとか?それか他にもういるとか?いや、でもアイドルは恋愛禁止だし。



「それでどうしたの?!」


「はあ?ったく、アイドルがそんな誘いにほいほい付いていくわけないでしょ。スーパーアイドル舐めんじゃないわよ」


にこちゃんの答えに何故か胸を撫で下ろした自分がいる。いや、そんなスキャンダルでアイドルのにこちゃんが人気失墜なんてことになったらショックだもの。



「対応が面倒くさいって愚痴るぐらいにはモテモテやんな。にこっち?」


「希、余計なこと言わないでいいのよ!」


「、、にこちゃんモテるのね」


「そ、そりゃあね。ていうか真姫ちゃんもそういう誘いが多いって花陽と凛から聞くけど?」


「うえっ?わたし?」


「言ってたにゃあー」


「私は、、それどころじゃないもの」


「ふーん?」


確かにそういう飲み会とか、お付き合いの話とかに何度かあてられるけど。そういう飲み会に参加して余計に疲れてしまうのは目に見えているからお断りしてる。お試しで付き合ってみたら?なんて言われたこともある。それでもそんなことにうつつを抜かしてる暇なんてなかった。


不意に肩にかかる重さ。お酒に気を良くしたにこちゃんが私に凭れかかってくる。



「飲み過ぎた?」


「んーん」



本当だろうか?にこちゃんは色白だから、頬が色付いてるのがよくわかる。みんなが茶化してくるのを手をひらひらさせてお構い無く、とするのは高校の頃から変わらない。ツインテールじゃないけど相変わらず髪はさらさらだ。気まぐれみたいな態度も懐かしい。




「ここね、2階はテラス席になってるのよ」


「そう」



よく知ってるわね、と言おうとしたけど。そういえばここを貸しきったのはこの人だったことを思い出す。




「、、行かない?」


「みんなと?それとも、ふたりで?」



うれしい誘いを気付かないふりで返すけど、にこちゃんは決まってるでしょ。と笑って私の腕をとった。







夜風がお酒で熱くなった頬を撫でて気持ちいい。下の階から聞こえてくるみんなの声。まるであの頃の屋上みたいだ。ゆったりとした椅子に腰かけると、同じ椅子に割り込むように座るにこちゃん。ゆとりがある一人用ではあるけど、、まあいいか。うれしいから。どうやら私も酔いがまわってるらしい。




「ねえ。研修医ってどれくらいの期間なの?」


「二年間よ。終わったらまた自分の進みたいところで勉強させてもらうけど」


「、、二年か。ちょうどいいかもね」


「、、、なにが?」


私の疑問をはぐらかすように、手にしたグラスをぐいっと飲み干す。もう割りと酔ってるはずなのにペースが早いな、とか思う。そういう私もさっきからハイペースで飲んでいたから頭がふわふわしてきた。こうしてとなりにいる人を見つめられてることがうれしくて、なんだか夢見心地だ。



「真姫ちゃんはそのうちお見合いとかもするの?」


「そうね。たぶん、、」


ふあ、とあくびが出る。こんなにゆるい時間を過ごしたのはいつ以来だろう。やっぱりこの人のとなりは安心する。けどにこちゃんはちょっとだけ不機嫌そうに。今、わりと真面目な話してんだけど?と私の肩にぐりぐりと頭を押し付けてくる。そんな態度じゃ全然そんなふうには見えないけれど。


お見合い、ね。直接的に言われたことはないけど。私がいつまでも独り身だったら、さすがにそういう話になるだろう。西木野総合病院の跡取り、それは私の人生についてくるものだし。必然的に結婚して、子どもを生んで。あたたかい家庭を、、。




、、、そうね。でも。





「私、ずっとにこちゃんのとなりがいいわ」


「ーー!?」


「ああ、でもにこちゃんだっていつかは結婚しちゃうのよね。ずっとなんて無理か」


「、、、あ、あんた」


「なに?」


驚いた顔でわなわな震えてるにこちゃん。ああ。やっぱり変なこと言ったわね、ごめん。と謝るけど、今度は目をぱちぱちさせてる。なんだろう、その表情は。



「、、私が結婚したら、真姫ちゃんはどう思う?」


「どうって、なに?」


「うれしい?それとも、、」


「それとも?」


それとも、なんだろう。


そもそもにこちゃんが結婚したらとなりに立つ人は誰なんだろう。どんな人なんだろう。素敵な人をちゃんと見つけるなら私は。


、、、、ちゃんと、ってなんだろう?


にこちゃんが決めた人ならそれは仕方ないのに。



「、、、」


「、、、」




、、仕方ない、ってなに?


にこちゃんが結婚したら、私はどう思う?



「、、、難題ね」



こんなふわふわした頭じゃ到底答えに辿り着ける気がしない。にこちゃんも同じように難しそうな顔をしてる。空になった自分のグラスをテーブルに置いて、私の手にあるグラスを奪ってそれもぐいっと飲み干した。それもテーブルに置くと、意を決したように再び私を見つめてくる。




「私にこうされたら、どう思う?」



そう言って私の手をとると、指を絡めるようにして手を繋ぐ。学生の頃はそんなスキンシップもあったように思うから驚きはしないけど。私も確かめるみたいにぎゅっとした。私より小さい手、綺麗な指、爪の形までかわいい。さすがアイドルね。


じーっと繋がれた手を見ながら考える。

暫くの沈黙のあと、口を開いた。




「うれしいわよ」




自分の答えに納得するみたいに頷いて、もう一度呟いた。にこちゃんと手を繋ぐのはうれしい、と。



「じゃあ、、これは?」


「なに。まだ続くの?」


「いいから答えて」



今度は上体だけを私に被せるみたいにして抱きついてきた。卒業式のときに抱きついたのは私だけど、今度はにこちゃんに抱きつかれてる。



「、、、」


「、、、」



首もとをくすぐるさらさらの髪から良い香りがする。私も抱き締め返していいのだろうか?まあ、べつに悪くはないだろうな。と思って、にこちゃんの背中に手をまわした。やっぱり私よりも小さくて華奢なままだ。だけどやっぱり安心する。心が落ち着いて、時間が許す限りずっと続いてほしいとさえ思う。




「うれしい。ずっとこうしていたい」




さっきから自分の言葉が素直すぎるのはお酒のせいだ。それに、にこちゃんと会うのがすごく久しぶりだから。離れたくないな、と思ってしまう。卒業式のときと同じだ。まるでタイムスリップしたみたいに、同じことを思ってる気がする。


今では私の方が抱きついてる。このぬくもりを離したくない、だけど華奢な体が壊れそうで強く抱き締めるのがこわい。ちゃんとご飯食べてるのかしら。高校の頃より華奢な気がする。それとも私の体が成長したせい?


ふわふわする頭が思考を脱線させてる。

だけどまたにこちゃんの言葉で引き戻された。







「結婚したら、他の人とこうするの」








抱き合ったまま、ぽつりと呟くみたいに。




だけどその台詞は。


がつん、と頭の中を貫くみたいだった。


ぐさり、と胸を突き刺すみたいだった。







「、、、にこちゃん結婚するの?」


「だから仮定の話よ!、、って、なに泣いてんの」




がばっ、と顔を見合わせたにこちゃんは、また目を見開いて驚いている。


涙がぽろぽろ落ちるのを止められない。だって考えたら苦しくなった。胸が締め付けられて切なくなった。ああ、もうアルコールのせいで気持ちを制御出来ない。こんなことになるんだったらあんなペースで飲むんじゃなかった。ほんとうに、絶対に、こんな情けない姿をまた晒すなんて。いや、でもにこちゃんがわるい気がする。少しは、わるい。あとはお酒がわるい。



「にこちゃんが、、だって、」


「え、ちょっと、泣き上戸なの?どっち?!」


「どっちとか意味わかんない」


「あーもう、、ごめんってば」



宥めるように頭を撫でて、溢れる涙を拭ってくれる。そしてまた抱きついてきたから、また抱き締めた。胸いっぱいににこちゃんの香りを吸い込んで、隙間をなくすみたいに抱き締める。


この人のとなりも私がいい。

ずっといつまでも一緒にいれたらいいのに。


よしよし、と子どもをあやすみたいにされても私は抱き締める力を緩めなかった。卒業式以来ね、とくすくす笑われて。やっぱりこの人といるのは心地良い。声が、ぬくもりが、ぜんぶが心地よくて。さっきの台詞で傷んだ胸がようやく落ち着いてきた。



「もう私、お酒は飲まないわ」


「そんな拗ねないでよ」


「飲まない。断酒する」


「大げさなんだから。私と真姫ちゃんの仲でしょ?」


「知らない」


「はいはいかわいい」



髪の毛がくしゃくしゃになるぐらい撫でられる。にこちゃんも高校の頃に戻ったみたいにけらけら笑ってる。どうやら私はにこちゃんが結婚することになったら、心からの祝福は出来なそうだ。こんな仮定の話にさえ泣いてしまうのだから。お酒のせいにしたって情けない。


でも仮定の話といい、まるでヒントみたいな触れあいといい、まるでにこちゃんが私の答えをすでに知ってるみたいで納得いかない。


そろそろ戻ろっか。と席を立つにこちゃんに、今度は私が尋ねた。同じ質問。にこちゃんはどう思うの?って。そしたら。




「二年後に教えてあげる」



私の手を引いて、表情のわからないままそう言われた。なにそれ意味わかんない。って返したけど、さらさらの髪が揺れて色付いた頬がちらりと見えた気がした。足が少しふらつくのを理由にお互いの腕を絡めたまま、階段をゆっくり降りていく。聞こえてくるみんなの声が大きくなって、みんなが私たちに気付く寸前。にこちゃんが笑顔で私に言った。







「となり、空けときなさいよ!」








私はお酒のせいで赤くなった顔のまま頷いた。















妹たちの面倒を見ているからかな。素直じゃない言葉や態度、ほんとにわずかな機微にも気付けるのはやっぱり私が長女だからかな。2つしか変わんない年の差だけど、なんでかついつい目で追ってしまう。構ってほしいと口に出せない妹たちの姿がどうしても重なってしまう。素直じゃない言葉と態度、隠してる本音。



、、、あ、この後輩は無理してる。


そう気付いたのは偶然?


それとも、













うれしいことにアイドル研究部が本格的に動き出した。諦めないで良かった、好きなものを好きでいれて良かった。残された時間なんて関係ない、思いっきり輝いてみせる。そんな思いを胸に、慌ただしくなった日常。


アイドルとしては後輩たちになにもかも負けたくない、って思うけど。どうしたって体はついてこなかった。朝練から始まり昼休憩も自主練習をして、部活と、家の用事と、たまにバイトも入れて。そりゃあ体はついてこないわ。意地でなんとかなるほど、私の細っちょろい体は丈夫には出来ていないらしい。


どうせ居眠りして立たされるなら、最初からサボってしまえ。そう声に出したらどこぞの生徒会長らに叱られそうだ。こうしてサボるのははじめてじゃない。授業を抜け出していつもなら部室にでも籠るけど、なんとなく外の空気を吸いたくて屋上に向かった。今日は天気も良いしなかなかの昼寝日和じゃない?



とか思ってドアを開けたら。


仏頂面の後輩がいた。




「なにしてんの」


「、、、べつに」


「今は授業中のはずでしょ、なんであんたがここにいるのよ?」


「、、、」


「、、あっそ」



赤髪の後輩は質問に答える気はないらしい。まあ、べつに私も詮索するつもりはないし。優等生にもサボりたくなる日はあるわよね、なんて納得して。サボってるくせに姿勢の良い後輩の少しとなりに座り込むと。ちらり、と少しだけ私を見て気まずそうな雰囲気を出したけど、私は気にせず手にした紙パックの飲み物にストローを差した。



先輩のくせにサボり?とか。

先輩ならサボってる後輩を注意しなさいよ、とか。


そんな台詞。いつもの口調で言われれば、いつもの調子で返せたんだけど。どうやらいつもの生意気な憎まれ口も叩けないらしい。



「、、、」


「、、、」




ここは気持ちいい風が吹くからお気に入りの場所だ。お昼を過ぎればこの場所にも日差しが強くかかるけど、この時間は陰になってるから涼しい。ドアを開けて、座って、風を感じて、頭を空っぽにする。


最近は遅くまで家の用事と、寝る間を惜しんでアイドル研究に勤しんでいたからどうにも寝不足だ。研究といっても次に披露する曲を聴いて、他のアイドル動画を流しながら魅せ方を考えて、自分なりにノートにまとめる。お肌のゴールデンタイムはなんとか守ってはいるものの、朝早く起きて妹たちのご飯も用意しなくちゃだから。一日の限られた時間ではどうしても体がもたない。だからってサボりが正当化されるわけじゃないけれど、好きなことに没頭してしまうのはしょうがない。


この子が作った音源を何度も聴いて、耳に残る旋律を生み出せる才能と、それをまた昇華させてしまう綺麗な歌声に私はすっかり魅入られてしまった。海未の詞が素晴らしいのはもちろんだけど。そんな後輩の羨ましいまでの才能を目の当たりにして、何もせずにはいられないのだ。



「、、、」


「、、、」



だけど、この子を見てて思うのは。


そんな羨ましいまでの才能とは不似合いの表情。



西木野、と聞いて。ああ、この子が今年入学したっていう病院のお嬢様か。と噂や情報に疎い私でさえわかるぐらいに、この子は気品を纏っていた。それと同時に感じたのは、まわりに求められてる自分を演じてるような雰囲気だった。それはまるで小さい子が無理して笑う表情にも似てる、妹たちの本音を隠してるときに見せる不器用な表情と重なる。


この子は、無理してる。


そう思うのは私がお姉ちゃんだから?




「、、、はあ」




ため息は、となりの後輩からだった。




「あんたにも悩みってあるのね」


「、、、は?」



相変わらず姿勢の良いサボり方じゃあ、そんなため息も出るでしょうね。この子は肩の力を抜くってことが出来ないんだ。まわりの期待した通りに演じてるんだからそりゃそうか。ってことは、私がとなりにいるからまだ演じてるの?じゃあやっぱりひとりにするべき?と、この不器用な後輩について思案する。




やっぱり私がお姉ちゃんだから、なのかな?



ひとりにするのはどうにも躊躇う。この子は自分自身の本音さえ誤魔化して、人と距離をとろうとしてる気がする。ひとりじゃ抱えきれてないくせに、ひとりになろうとしてる。これは直感だろうか?それともこの子が見せる機微に現れているのだろうか?


ああ、だめだ。妹たちと重ねてしまったばかりに世話焼きのお節介が出てしまう。それにここへ来たのはサボるためなのに、この不器用な後輩にあてられて私も上手にサボれないでいる。もう考えるのはやめよう。それこそ私らしくない。




「飲む?」


「、、、え?」



お気に入りの味を一口飲んで、試しに後輩に差し出してみた。じーっとそれを見つめてるから、ほら。ともう一度。そしたらようやく受け取って困惑した表情のまま、それを口にした。



「、、、ありがとう」



「ん」




律儀にお礼を言うあたり、真面目なんだろうなと思う。


気持ちいい風が吹いたら柔らかそうな赤い髪がゆらゆら揺れてた。飛行機雲が伸びた空を見上げてる横顔はつり目のわりに幼く可愛らしい。同じように空を見上げてたらすぐに睡魔がやってきた。とりあえず休息だ。考えるのも、頑張るのもそれから。


ふあ、と一度あくびをして再び後輩に尋ねた。




「いつまでいるの?」


「、、邪魔って言いたいの?」


「ん?あー、そうじゃなくて、」



どうやら質問の意味を勘違いされたらしい。違う違う、と訂正の意味で手をひらひらさせて。まだいるなら貸して、と。後輩の脚をぽんぽんとたたいた。減るもんじゃないしいいでしょ?と詰め寄ると、あきらかに納得いかないって顔だけど気にせず横になる。


あ、めっちゃふかふか。寝心地良さそう。とか思ってたら頬を軽くつねられた。なんだか焦った顔が可愛くて得した気分。っていうか私は得しかしてないけど。




「適当に起こしてくれればいいから」



それだけ伝えて目を閉じた。

まだ困惑してる様子の後輩。


だけど私が横になったら気遣うように脚を一切動かさないでいるから、やっぱりなんだかんだ優しい。だから少し休もうよ、お互いに。そう口にはしなかったけど。少しでも伝われば良いなと思う。サボりなれた先輩のわがまま、これは上手にサボる手解きなんだから。



















「だから今のステップが合わないんだってば」


「なによ、間違えてないでしょ?」


「間違えてなくてもあんたと私とじゃ、歩幅が合わないって言ってんのよ!」


「、、ああ。ごめんなさい、脚の長さが違うってことね」


「な、ん、で、す、っ、てぇー?!!」


「だからちゃんと謝ってるじゃない。先輩と違って脚が長くてごめんなさいって」


「はあああっ!??」



ふん、と悪びれる様子もなく言ってのける後輩。


私とこの生意気な後輩はペアを組むことが多い。だけど合わせる度にこのような言い合いがはじまる。わざわざ私が過剰に反応する言葉を的確に選んでくるのだから、その頭の回転のはやさにも腹が立つ。





「ふたりは身長差があるから、真姫ちゃんの方がにこちゃんに合わせてあげてほしいな」





このままじゃ練習にならない。見かねたことりがお手て合わせて首をかしげるお願いポーズ、あざといまでのその仕草は狙ってやってるんだろうな。やっぱりこの子は隅に置けないわ。さすが伝説のメイドと言われるだけはある。


それでこの生意気な後輩は素直に頷いて、練習を止めてごめんなさい、なんて返すのだから全くもってかわいくない。




「なんでことりには従うのよ」


「だって先輩だもの」


「私も先輩よ。少しは敬いなさい」


「とてもそうは見えないわ。ごめんなさい」


「こんな腹立つごめんなさいってある?」



あーもういちいち腹を立ててたら練習が進まない。どうにも憎まれ口を叩く相手は私って決まってるらしい。


まわりからすればこんなやりとりは慣れたもので、またやってるって感じでこの場の雰囲気が険悪になるわけでもない。腹が立つには立つけど、無理して繕った表情でいるよりは今みたいに生意気ながらツンツンしてる表情の方がいい。そんなこと言うつもりは毛頭ないけど。それこそ気持ち悪いって言われそうだ。


それに、







「、、、こんな感じでいい?」






素直じゃないんだけど。まあ、わかりやすい。


ちらちら、と私の顔を伺うみたいに確認してくる。ツンツンするくせに、ちょっと言い過ぎたかもって途端に気にする。



「大丈夫。ありがと」


「、、、うん」


「じゃあもう一回、いくわよ?」


「わかったわ」



不器用すぎるというかなんというか。こういうところがかわいくもあるから、ついついちょっかいを出したくなる。私もなかなか面倒な先輩だろうな。


でもこの子は放っておくと人を寄せ付けないで壁を作ってしまう。無理してる心も隠して頑張ってしまう。そりゃあ私とちがってお嬢様なわけで。まわりから余計な期待をされてるってのはわかる。だけどひとりで平気って言えるほどの強い子にはどうしても見えなかった。











その予感は、たぶん合ってるのかも。










みんなが帰ったあと、部室で日誌を書きながらアイドル動画を見ていたら。



「にこ、少しよろしいですか?」



海未がめずらしく話しかけてきた。


他の二年生は見えない。一人で、しかも私に用があるなんてほんとにめずらしい。だって練習の相談とかは絵理の方が適任だし。もしかして私がなにかやらかした?え、後輩に叱られるのってわりとへこむんだけど、、。とか内心焦っていると。





「真姫のことなんですが、、」




用件は意外なものだった。


なんで私?って顔してたんだと思う。海未は、真姫とにこは仲がよろしいようなので。と言った。そうだろうか?あーだこーだ売り言葉に買い言葉みたいなやりとりを見てそう言ってるのなら、みんなもそういうふうに私たちを見ているのだろうか。まあ、それはそれで悪い気はしないからいいけど。





「それで?もしかして作曲で揉めてるとか?」


「いえ、そうではなく」


「?」


「どうにも無理をしてるように思えてしまって、、。だから真姫にあまり根を詰めすぎないで下さい、と伝えたのですが」


「、、逆効果だった?」


「やはりにこもそう思いますか?」



私は気遣いが足りない方なので、、。と、後輩を気にかける先輩がここにもいたようだ。


作曲については基本的に真姫ちゃんと海未に任せっきりなところがあるから、なんだかんだ私よりも一緒にいる時間が長いんじゃないかって思う。だからそーいう表現についてのことだったら私の出る幕じゃないんだけど。


うーん、、そういう相談なら希の方が良くない?とか考えてしまうのは、私もあの子について少なからず思うところがあるというわけで。




「なにか個人的な問題であるとか、、。それならやはり放っておく方が良かったのか、と」


「それはダメ」




海未の言葉に、自然とそれはすぐ言えた。





「、、ですが」


「大きなお世話って顔されてもいいじゃない。真姫ちゃんの本音は私にもわからないけど、先輩が後輩の心配して何が悪いって開き直りなさいよ。じゃなきゃ、、、」





あの子は誰にも弱音を吐けずにがんばっちゃうでしょ。


そう言いかけてやめた。


出過ぎた真似をしたと思ってる海未に私から言えることは、先輩なんだからお節介しますってことぐらい?それに放っておく方が良かったのか、なんてさびしいじゃない?せっかくこうして同じ場所で出会ったんだし。仲間としてやっていくなら、みんな一緒に笑顔がいい。


言葉の途切れた私を海未が少し不安そうに見ていた。海未も真面目な性格だから真姫ちゃんと似てるところがある。



「とにかく!心配してくれる人がいるってのは良いもんでしょ?」


「そう、、ですね。そう思います」


「ね?難しく考えるから難しいのよ」




あれこれ考えるなんて私らしくない。自分にも言い聞かせるみたいに、うんうんと頷きながらそう言った。




「ふふっ、さすがにこです」




















そんな出来事のあと、私たちにとっては待ちに待ったと言うべき日が来た。


新曲のお披露目はいつも部室に集まってみんなで一緒に聴くのが恒例だ。はやくはやく!と急かす穂乃果と凛。そんな二人に落ち着きなさいなんて言いながらも、みんな同じく楽しみにしてるのだから。音源に集まって心なしか前のめりだ。




「、、、」



だけど、ふとあの子に目をやると。いつにもまして無理してる気がするな、なんて。海未の話を聞いたあとだからだろうか。


うーん、、、。





あの子が録ったテスト音源をみんなで聴いてる間、腕を組んで少し唇を噛みながらなにかを堪えてるみたいな顔をしてる。私以外は海未の歌詞に目を通しながら聴いてるから、その表情に気付かれてないって思ってるんだろう。


あー、、この曲に相応しくないな。


曲はこんなに明るいのに、せっかくの綺麗な歌声はどこか苦しそうに聴こえる。きっとその表情を見てしまったからだ。それとこの間、海未の話を聞いたから。





「この曲なら絶対行けるよ!」



穂乃果の声をきっかけにして、みんなが頷きながら感想を伝えていく。この曲にぴったりなかわいい衣装作るね!とか、ここのパートは盛り上がりそう、とか。すばらしい、すごい、さすが、そんな言葉で作曲組のふたりを褒め続けた。みんなが顔を上げたときには、あの子はぎこちなく笑って「当然でしょ」と虚勢で胸を張った。


曲が決まったら次は歌うパートや全体的な振り付けだったりを話し合うんだけど、、、。





「私、今日は失礼するわ」





あの子はそう言って部室から出て行った。


みんなはきっと作曲で疲れてるんだろう、って思ったはず。だからお疲れ様とだけ返した。でも私はそれも言わずに去っていく背中を見てた。


、、、だけどやっぱり、放っておくのはいやだった。







「にこ、お願いね」



少しだけ間を置いて何も言わずにこの場から離れようとしたら、絵理にそう言われた。どうやら私がどこへ向かうか察しがついたらしい。私はその言葉に返事はしなかった。だって私の予想が外れるかもしれないし。っていうか外れてほしいとさえ思う。だけどちらり、と視界の端で花陽が心配そうにしていたから。ああ、やっぱりそうかってなる。



それにお願い、って言われてもね。

私だって器用じゃないの知ってるでしょ。









向かう途中に自販機で飲み物を買って、予想が外れたらしばらく屋上で過ごそうとか考えながら階段をのぼる。



あの子は不器用なくせになんでも出来るんじゃないかってぐらいに優秀だと思う。もともとが優秀なのか、期待に応えるためになんでも出来るようになったのか。それか両方?それなら自分を労ることも上手になりなさいよって思う。だけど自分を労る時間さえも惜しんで努力しているならどうしようか?サボり魔の先輩じゃ説得力ないかもだけど。



うーん。


頑張りすぎよ、なんて叱るのはなんか違う気がする。理由を聞く?それもしっくりこない。詮索するみたいな真似もかえってあの子の警戒心が強まりそうだ。じゃあ甘やかす?素直に甘える姿は今のところ想像できない。そもそもあの子は優しさから逃げてる気さえする。海未の一件もそうだ。そりゃあ私だって無遠慮な優しさを受けとるのは苦手だけどさ。みんなのはそうじゃないと思うんだけどね、、、。



とりあえず、私に出来ることをしてみよう。

あの子が拒絶したら、それはその時だ。




そう思いながら屋上の扉を開けた。









「、、、」



こんなに心地よい風が吹いてるのに、空がどんよりと重く感じるのはどうしてだろう。ぽつん、と立ってるあの子の表情は見えなかった。こっちに背を向けてるから私にはまだ気づいてない。





あの子が手離した鞄が鈍い音をたてて地面に落ちた。





、、あ。




それを見て、なんとなくわかった。


私がこの子に出来ることはきっと難しいことじゃない。その頼りない体に乗しかかってるもの全部、とりあえず下ろしてみよう。だってその鞄に詰め込んだものは、あんたにとって手離したくないものでしょう?





ふう、と肩の力を抜いて。

あの子に向かって、私は一歩踏み出した。












「あんた、帰ったんじゃなかったの?」


「ーー、」



私の声に振り向いた後輩。


ああ、もう、、。

なんて顔してんのよ。


一瞬だけ見れた表情。だけどすぐにいつもの生意気な後輩にかわって、自分の見せ場がなくなっても知らないわよ。と憎まれ口を叩く。


考えてみれば私も人に弱さを見せるのは苦手だ。まあ、得意な人なんているのかわかんないけど。私も少し前までは他人の生暖かい視線とか、思わせ振りな心配とか。それって私を下に見て安心したいからなんでしょ、なんて思ってた。我ながらひねくれた考えだ。


でも気付いたの。

いや、本当はなんとなくわかってたの。


部員が次々に辞めてひとりになった私の近くに、あのエセ関西弁のお節介がいて。悩みを打ち明けるでもなく同じ時間を過ごしてくれたから言えた「強がり」だって。本当に私を心配してるかどうかなんて実際にわかるのは、だいぶ先のことかもしれない。


それかただ単純な話、受け入れるかどうか?


海未にはああ言っといて、実のところ私もこの子と同じで受け入れるのはまだ苦手らしい。





「、、、」


「、、、」





私がこの前と同じように座り込んだら、その子も落とした鞄をそのままにして近くに腰を下ろした。


きっと私たちは似た者同士だ。


だから顔を合わせれば憎まれ口ばかりの売り言葉に買い言葉。それも悪くないってきっとお互いに思ってるんでしょ?心配してますって顔されたらどうしていいかわかんなくて、結局ひねくれて考えちゃってさ。上手に受け取ることも出来ないから結局お構い無くって顔をするの。今のこの子みたいに。


でもきっと私から踏み出した今日の一歩が、この子に伝わる日が来るんじゃないかって思える。だって今の私がそうなんだから。あのエセ関西弁のお節介には絶対言ってあげないけどね。







「ちょっとこっち来なさいよ」


「、、、は?」



ぽんぽん、と自分の太ももをたたく。生意気な後輩はあからさまに怪訝な顔で私を見る。聞こえてんでしょ、と腕を掴んで半ば強引に引き寄せたら。面倒くさそうな顔をしながらも観念して私の要求に応えてくれた。この前とは逆、私がする方でこの子がされる方?所謂、ひざまくらというやつだ。


ふわふわの赤い髪にはじめて触った。自分の髪質とは全然違う、細くて柔らかくて見た通りふわふわしてる。大した抵抗をしないから好き勝手撫でさせてもらおう、なんて。まるで猫みたいな扱いだ。




「、、、」


「、、、」





この子は、ちゃんと知ってるんだ。


まわりの気遣いとか、温かい視線とか、みんなの優しさを本当はわかってる。だって、先輩のよくわからないお節介にこうして大人しく付き合ってるんだから。強引にでも踏み込んでみて良かった。私と違ってそこまでひねくれてないのかも、なんてね。




「、、、」


「、、、」




少しでも肩の力が抜けますように。そう思いながら触れたら、途端にうとうとし始めた。目の下に隈が出来てるのを見つけて。ああ、やっぱりそうかって思う。




、、、ねえ。


一度でもまわりの優しさを受け入れたら頑張ってる自分が崩れそうになる。弱音を吐けばもう頑張れなくなる、甘えたら弱くなる。


そう思ってるんでしょ?


なんとなくわかるよ。

私たち、似た者同士だから。


ひとりでがんばって、がんばってがんばって。優秀であることをまわりに求められてるのは知ってるよ。すごいねって、さすがだねって。そう言われたら優秀な自分だけを認められてる気がするんでしょ?がんばらないと優秀にはなれないから、がんばらない自分をどこへ置けばいいのかわからなくなる。だから屋上に来たんでしょ?


こんなの当たり前、って顔でいてもどこか疲れちゃうんだよね。



優秀さを求められたことは、生憎私には無いけれど。まわりの声をひねくれて受け取っちゃうからなんとなくわかるよ。余裕がないときは誰にだってある。そんなときにどうすれば良いのかわからないなら、、、。




少しずつ、私から歩み寄ってみるから。

ひとりでいるよりずっといいよ。きっとね。





「、、、」


「ふふ、おやすみ」




いつの間にか寝息をたてはじめた後輩の顔を見ながら、そんなことを思った。













それから。もともとサボり癖のある私は相変わらずだけど、慣れ親しんだ部室ではなく屋上に足を運ぶようになった。


じつはこっそり花陽から連絡をもらうときもあって、そんな日はやっぱりあの子がそこにいる。向こうは偶然鉢合わせてるって思ってるんだろうけど。海未に続いて花陽からもこの子の話をされたときは、この子ってモテるのね。なんて少し羨ましく思った。意味わかんない、って言われそうだけど。





「、、、」


「、、、」





花陽たちが心配してるわよ、なんて言ったところで解決するわけないし。なんてあれこれ考えてたら陽気に誘われて眠くなってくるわけで。ちょい、と後輩の袖を引っ張ったら立てていた膝を下ろしてくれた。ふかふかの枕を使わせてもらってなんだけど、この子はやっぱり私と似て不器用だ。


会話らしい会話もないのがその証拠。


んーでも、このまま私のサボり癖がうつったらどうしようかとも思うわけで。ずっとこのままじゃあこの後輩も、心配してるであろう他のみんなも浮かばれないんじゃないだろうか?なんて余計なお世話?


悩みを打ち明ける、とかっていう類いじゃないのはもうなんとなくわかってる。このなんともいえないだらだらした時間が、この子の役にたってるならそれで良いって思ってるんだけど。


ひとつ、やっぱり気がかりがあるとすれば、、。




「ねえ、、、授業サボるのやめたら?」


「、、、」



うあ。この子絶対今、どの口が言うの?って思ってる。顔に出過ぎでしょ?自分で言ってて思ったけどさ。いやでもだってさすがにこうも頻繁にサボってたら、賢い生徒会長がそんなこと認められないわ!なんてそろそろ出てきそうなんだもん。私ひとりなら別にいいけど、、いや嘘。全然よくないけど。



「、、、」


「、、、」




どうやらなにか考えてるらしい。


風に揺れた赤い髪が目元にかかってるからはらってあげた。隈は薄くなってる気がするけどどうだろう。ちゃんと寝れてるならこのサボりも役に立ったということで、なにかあれば生徒会長にはそれで許してもらおう。




「、、、」


「、、、真姫?」


「、、っ」



そんなことを考えてたら、急にそわそわしだして何か言いたげに見つめて。かと思ったらふいっと逸らされる。こういうときは大人しく言葉を待とう。


ふかふかの膝枕を使わせてもらってるからいくらでも待てるし、なんてね。






「、、、たまに、貸してくれるなら」


「え?」



ぽつり、聞こえたのはそんな要求だった。


私たちのこの関係で「貸す」ってのは、つまり今使わせてもらっている膝枕のことだ。貸してくれるならいいって?貸してくれるなら授業はサボらないってこと?


、、それっていつ貸すの?私はこの子の膝枕要員にされるってこと?連絡ひとつで貸しますよって?


なかなか予想外の要求に、思わずにやける。


だって私の方が使ってるし。なんならこの子から貸して?なんて言われたことは一度もない。というかこの子のふわふわな髪を撫でたいときとか明らかに寝不足そうなときに、私が強引に寝かしつけてるってのが正しい。だからやっぱりかわいくて、にやけが抑えられそうにない。




「、、、嫌ならべつにいい」


「いやとか言ってないけど」


「にこちゃんにも貸してあげてるでしょ、だから私もたまに使うってこと!」



おかしなこと言ってないでしょ!なんて不貞腐れてる。あーもう可愛いところあるじゃない。いや、まあ知ってたけど?こんなにわかりやすいツンデレもなかなか珍しいんじゃない?だってそれ、私とだらだら過ごすための口実じゃないの?とか自惚れちゃう。それか本当は髪を撫でられるのがすきとか?真姫ちゃんかわいいー。




「もういい、取り消す」


「だめ、交渉成立!」


「ちょ、ちょっとやめなさいよっ」


「真姫ちゃんかわいい~」



手を伸ばして頭をくしゃくしゃに撫でまわしたら、子どもみたいにほっぺを膨らましてる。この子の髪の色とおんなじように赤くなったほっぺ、摘まみたくなるけどいよいよ怒らせてしまいそうだからやめといた。















そうしてはじまった待ち合わせ。


ラインのやりとりは簡潔すぎて可愛げなんてないけど。



「お待たせ」



そう言って私が遅れて屋上へ来たら、ツンとした顔で別に待ってないって顔をする。だけど心なしか肩の力を抜いてくれてるように思えて嬉しくなる。またからかいすぎて拗ねちゃったら大変だから言わないけど。














「真姫ちゃんと仲良くなったやん?」


「なに、羨ましいの?」


「んー。さすがにこっちやなあって」


「はあ?」



にやにやだらしない顔でなにを言い出すのやら。さすが、なんて褒められる覚えないんだけど。絵理まで続けて。そうね、さすがにこよね。なんて言うもんだから変に警戒してしまう。




「真姫ちゃんの表情が柔らかくなったから嬉しいんよ」


「それなら本人に言いなさいよ」


「だってにこのおかげでしょ?」


「そうそう。にこっちのおかげやもん」


「はあ?、、ちょっと!やめて!」



何を考えてんだかわかんないこのコンビは、こっちが怪訝な顔してるってのにお構いなしに頭をくしゃくしゃに撫でまわしてくる。これじゃあ私がからかってるときのあの子みたいじゃない。生憎、私はあの子みたいに照れたりしないんだけど!っていうか本当に本人に言いなさいよ! 



「にこっちは可愛げないなあ?」


「お生憎様!それに私はなにもしてないんだからそんな感謝される覚えないの!」


「ふふふ」


「ちょっと絵理!何とかしなさいよっ」


「だってえー、、ねえ?」



私も嬉しいから。なんてなにデレてんのよ。


髪はもうぼさぼさ、最悪。希の撫でまわしからなんとか逃れて、仕方なくリボンをほどいて手櫛で整える。こっちは未だに不機嫌丸出しでいるっていうのに、二人は相変わらずにこにこにやにや見てくるし。


あの子がモテるなんて冗談でも思ったけど。これは本当にそうらしい。だってあの子の一喜一憂でこんなになる輩が次々現れるんだから。




「ったく。心配しなくても独り占めになんかしないわよ」




あの子だって私にばっかり構われてもね、、。それに花陽と凛がそばにいるんだし、私じゃなくて寧ろあの二人のおかげだろう。




「でも真姫ちゃんはにこっちになついてるやん」


「なついてるって言われてもね。っていうか実際、あんたの方が本当は上手くやれたんじゃないの?」



そうよ。他のみんながあの子を心配する前に察してたんじゃない?いつもみたいに裏であれこれ立ち回ったりなんかして。知らぬ間に解決って感じで。





「うーん。うちやったら、たぶん真姫ちゃんは逃げてたと思うで?そういう気遣いはお断りします、って」


「、、、ふぅん」




、、たしかに言いそう。


いや、でも希ならそれをわかったうえでなんだかんだ上手くやれるはず。そう思うのはだって、私にお節介してたわけだし。


、、、だからってべつに、今のあの子との関係がいやとかじゃなくて。というか今の関係が居心地いいってのは認める。しっくりくるというかなんというか。だけど私とあの子は不器用だし、お互いに素直じゃないし。





「ふたりは似た者同士やから、お互いの距離感も似てるんやない?」


「、、そうなのかな」


「にこって人から心配されるの好きじゃないでしょ?だから心配してるって表情が顔に出ないのよ。真姫もそういうの敏感だし、私たちだと余計に警戒されちゃうから」


「ふーん、、警戒ねえ」



みんなからはそういうふうに見えていたのか。心配されるのが好きじゃないっていうのはまあ、大体はあたってるかもだけど。今は私もあの子も人の厚意を受け取れるようにはなってるはず。


それにあの子には、私じゃなくてもこうして気にかけてくれる人がいる。だから私一人だけになついてるって思われたら、それは、、、。


あの子にとってきっとよくないんじゃないかって。



そう思った。

















そんなこともあったあと、また私の日常が忙しくなった。


まあ、私にとっては当たり前のひとつなんだけど。






「にこ、悪いけど仕事が忙しくなりそうなの」




ママはいつも申し訳なさそうな顔でそう言う。私が代わりに家のことをするのはもう当たり前なのに、いつもごめんねって言うの。下の子の面倒を見るのだって姉として当然なのに、お願いねって。



「気にしなくても家のことは私がするわ」



だから私はいつも通り、笑って返すの。


負担なんて思ってない。だって当たり前だから。





でも時間はどうしたって、やっぱり有限だ。1日の限られた時間で家のことや下の子の面倒をみて、さらに予定に入ってるバイトをこなしてってなると部活に参加する時間がどうしても取れなくなる。みんなにはしっかり練習しときなさいよ、なんて言っておきながら私は帰ろうとするんだから、、、。


それが何日も続けば。そりゃあまあ、理由を問い詰められるのは当然よね。





「それならそうと言ってくれれば良いのに」



絵理は少しだけ怒ってそう言った。




「にこっちは人気者やねえ」



希は茶化すように言いながらも、表情からは私の心配をしてるのがわかった。絵理も一緒だ、みんなだってそうかも。っていうかわざわざ後をつけてまで理由を探ろうとするなんて思わなかったから。人気者、なんて少しおかしいけど。少しだけ、なんとなくへんにくすぐったくて。どんな顔で返せば良いのかわからなくなる。前だったら構わないでって言えたはずなのに。


だけど一人だけ違う表情で、みんなから少し離れたところで私を見てる子がいた。最近は疲れて教室でそのまま寝ちゃったりとか、、、まあ少し、思うところがあって屋上に誘われても行かないことが多かった。だから機嫌を損ねてるのかもしれないな、なんて思ってたんだけど。





その日の夜、その相手から着信があって。



電話をとったら相手の方が慌ててる様子で少しおかしかった。勢いにまかせて私に電話したんだろうな、って。


だってあの子からこんなふうに踏み込んできたのははじめてだから。








『どうして、、理由教えてくれなかったの?』




ぽつり、ぽつり。


弱気な声だった。不安そうな声だった。


私はごめんね、としか返せなくて。だけどなんだかうれしくて。



「今度、遊びに来る?」


『え?』


「まあ、場合によっては妹たちの相手もしなくちゃだけど。それでも良いなら」



『、、いいの?』


「良いよ。真姫ちゃんだから」


『、、、、うん』



きっとこの子も私と同じ顔してる。


私だけになついてるのはこの子によくない、なんて勝手に考えてさ。それこそ余計なお世話よね。



「それに屋上じゃ、もう寒くて昼寝出来ないわよ」


『、、そうね』


「ふふ」




お互いが許してくれた距離は、やっぱり居心地がいいって思ったよ。


















卒業式で私たちを送るための歌は、あの子が作った曲だった。μ'sに入る前に作曲して詞もあの子がつけたもの。いつだったか、穂乃果が歌って!としつこくせがんで、みんなの前で照れくさそうに弾き語りしてくれたっけ。


こんな演出聞いてないわよ、なんて絵里が戸惑ってる。希は不意討ちはずるいやん、なんて目を潤ませてる。




背筋をしゃんと伸ばしてピアノを弾いてるあの子を見るのは、もうこれで最後なんだ、、、。




「、、、っ」




そう思ったら感情が零れ落ちそうになった。仲間たちと出会えた喜び、遅れてやってきた青春を精一杯駆け抜けた日々、きらきらに光る宝石みたいな思い出が胸のうちで輝いた。なんて素敵なんだろう。なんて眩しいんだろう。喉がからからに渇いて、視界が熱くてじわりと歪む。


だけど。


ぐ、っと拳を握りしめて堪える。








ーーーまだゴールじゃない。







卒業したくないな、なんて思うぐらいにみんなと離れるのがさびしかった。μ'sでいられる時間が日に日に減っていくのが、たまらなく切なかった。だけど私には夢があるから立ち止まるわけにはいかない。私の夢は変わらず、大好きなアイドルだから。


ひとりでいる不安なんてとっくに捨てた。

だって素敵な仲間に巡り会えたから。









ーーーほら、前向いて。








これからも続くそれぞれの夢を、背中をやさしく押してくれる詞は。私の心のずっとずっと奥に響いて、温かく掬い上げてくれた。






















それから私は何度めかのオーディションを経て、ようやく芸能事務所に所属することが出来た。世間を騒がせたスクールアイドルグループのその内のひとりでしかない私、だけどやっぱりそのおかげで事務所に入れたから最初は複雑だった。



アマチュアながらも名の知れた存在だから、当然というかありきたりでつまらないというか。まわりはあからさまな嫌がらせや妬みを私に向けた。でも笑っちゃうぐらいに平気だった。だってそんなことで、私の夢が変わることはなかったから。一度だって揺るがなかったから。





「にっこにっこにぃー!」




とびっきりの笑顔ではねのけて、目指す場所は昔も今も変わらない。



そうして駆け上がって。再びドーム満員のなか、私はステージに立った。あの頃、みんなを照らしたスポットライトは私だけを照らした。サイリウムの色は一色で、ちょっぴりさびしくなったけど。それ以上に胸が熱くなった。














「この間のライブ!すごいかっこよかったよぉ、にこちゃんっ」


「あんたねぇ、来るなら関係者席とるっていつも言ってるでしょ?なんでわざわざ一般でチケット取るのよ」


「推しのアイドルのライブチケットは自分の力で取ってこそなんですっ、まさに感無量!」


「凛は関係者席に座ってみたいのに、かよちんが絶対譲らないからあー、、」


「あんたは他の芸能人見たいだけでしょ」


「へへ、ばれたにゃー」



ライブツアーを終えて久しぶりに休暇をもらった私は、いつも応援に来てくれる花陽となんだかんだ一緒に参戦してる凛と食事に来ていた。


相変わらずのアイドル好きね。あの頃は一緒にアイドルの追っかけやってたのに、今じゃあ私がその対象になってるんだから、なんて。でもそう言ったら花陽は、昔から私はにこちゃんの大ファンだよ!だって。うれしいこと言ってくれるわ。




「真姫ちゃんも行こうっていつも誘ってるんだけど、、」


「今はそれどころじゃないって」


「、、ふぅーん?」





それどころじゃない、か。





あの子と最後に会ったのはいつだろう。卒業してからはわりと頻繁に連絡をしてる方だったはず、たまに遊んだりもしたし。妹たちが会いたいって騒ぐから家に呼ぶこともあった。


、、なつかしい。


気付けばもう何年も会ってないし、連絡もとってない。こっちはいつだって無理矢理にでもスケジュールの合間を縫って会いに行けるのに。





いつだったか、夕陽のなかで私に言ってくれた言葉を思い出した。






ーーにこちゃんならなれるわよ。



『適当なこと言っちゃって』



ーーそうかしら。だって私、にこちゃん以上のアイドル知らないもの。



『、、、へ?』



ーーNo.1アイドルなんでしょ?





オーディションに落ち続けて柄にもなく落ち込んでいたとき、あの子はきょとんとした顔で言ったの。然も当然のように。





それがどんなにうれしかったか。


そして、不意に心細いと思ってしまう私の心を何度救ってくれたか。





卒業式に歌ってくれたあの曲もそうだ。いつだって私の心を簡単に掬い上げてしまう。あの子の歌声、不器用な言葉や態度。かわいくて頭をくしゃくしゃに撫でたら、拗ねた顔で頬を赤くしてさ。私を見つめてくる綺麗な瞳を、こっちはいつだって思い出せるのに、、。







「私のことなんてもう忘れちゃってるのね」





からん、とアイスティーの入ったグラスが音を鳴らす。


花陽たちや他のメンバーとはなんだかんだで会う機会があるのに。あの子にだけはずっと会えてない。そりゃあ、医大に通ってるんだからそれどころじゃないって言われればそうなんだろうけど。




「真姫ちゃんに限ってそれはない!」



けらけら笑う凛と、うんうんと何度も頷く花陽。




「真姫ちゃんね?にこちゃんの隣にちゃんと立ちたいから頑張るって言ってたんだよ」


「、、なによそれ」


「凛が思うに、真姫ちゃんはずっとにこちゃんの隣にいたいって思ってるよ」


「、、ずっと?」


「「 うん 」」


「それって大袈裟じゃない?」



それにあの子は後々病院を継ぐんだから、いい人が見つかったらそれこそ私じゃなくて、、。




「、、にこちゃん?」


「、、、」



そう考えたら言葉が出なかった。私以外の人があの子のとなりにいるのを想像したのははじめてだったし、それに、、なぜだか胸が締め付けられて苦しい。大事なものを奪われるみたいな、そんな身勝手な感情が胸をざわつかせる。







「かよちん、やっぱりにこちゃんも鈍いにゃ」


「ううーん、、。にこちゃんは真姫ちゃんと違ってわかってると思ってたんだけど」


「、、、は?なにが?」



無意識にじろりと睨み付けてしまった私に、凛がアイドルらしくなあーい。なんて笑ってる。


だってなによ、それ。

私のなにが鈍いって?



まるでお酒でも煽るかのように、グラスに残ったアイスティーを飲み干した。胸のざわつきを誤魔化したい。このよくわからない感情を、上手く処理出来なくてもやもやする。




だけどそんな私に、花陽が言った。












「にこちゃんは、いつかずっととなりにいてくれる人のこと考えたことある?」


























「、、、ぁ、」







それは、ひとりしかいなかった。


それを私は知った。


思い出した?気がついた?









「、、、なによ、それ」






私は熱くなった頬を誤魔化せずに呟いた。















今日はずっとテレビや新聞やらが同じ話題を取り上げてる。昨夜行われたライブで本人の口から告げられたらしい。その映像が朝から何度も使い回されているのに、私は飽きもせず釘付けになってしまう。



アイドルは笑顔を見せる仕事じゃないの、笑顔にさせる仕事なの!、と力強い眼差しで後輩の私たちへ向けられた言葉を思い出す。


アイドルとして輝くあの人に、何度励まされたかわからない。今の自分がこうしてがむしゃらに夢への道を歩めているのは、きらきらと輝くあの人の存在があるからだ。大げさね、なんて笑われそうだけど。私にとってのアイドルはあの日の台詞をそのまま体現しているから、紛れもなくNo.1アイドルなのだ。


引退の二文字が大きく刷られた新聞をコンビニで買って、車に乗り込むと同時にそれを広げる。


ああ、やっぱり嘘じゃないんだ。いつかこんな日が来るんじゃないかって思っていたけど、こうして目の前にするとやっぱりどこか、、、なんだろう。かなしい、のかもしれない。さびしい、のかもしれない。


だけどそれと同時に。あの人らしいな、とも思う。アイドルがアイドルとしてあるべき姿、あの人なりの理想をどこか感じてしまう。




スマホをとって、連絡先からあの人を探す。




「、、でも今は繋がらないわよね」




発信をタップしようとして、そう思いとどまる。



私の医学部卒業を祝う席で再会して、再び連絡先を交換した。なんでも仕事用とプライベート用があるからとかなんとか。だけど花陽と凛から連絡先は教えてもらってたから、べつに知らなかったわけじゃない。


ただ、、、やっぱりまだ早いって思う気持ちがあったから連絡出来なかったのだ。ちゃんととなりに立ちたい、そう願ってる自分が軽々しく連絡をとることをやめてしまったから。我ながら不器用だな、と呆れてしまう。だけどあの人はどこか納得したように微笑んでくれた。


あれからもう一年半、、いや。もうすぐ二年が経とうとしている。










ーーー♪



「、、、うぇっ!??」




新聞とスマホを助手席へ置く寸前で着信音が鳴り響く。仕事で急に呼び出されることには慣れていたからそれには驚かなかったけど、スマホ画面に映し出された相手に大きく驚いてしまった。





ーーな、なんでにこちゃんが?





きっと対応に追われているだろうと思って遠慮したのに、まさか本人から電話がかかってくるとは。慌てながらもなんとか通話ボタンをタップして耳にあてる。







「も、もしもし?」


『にっこにっこにぃー♪あなたのハートに愛情たっぷりのモーニングコールをお届けニコっ♪』


「、、キモチワルイ」


『ちょっと!!』




朝から、、というかもうお昼前なのになにがモーニングコールよ。高いテンションに思わず学生の頃みたく反応してしまった。いや、でもおかげで緊張が和らいだから良しとしよう。




「、、引退するの?」


『うん。次のバースデーライブで終わり』


「そう」




やけに落ち着いた声、きっと急に決まったことじゃないんだろう。きっとあの日から決まっていたこと。




「引退したら、どうするの?」




だから答えはわかってた。


だけど確認するみたいに聞いてしまう。電話の向こうでそれを察した相手がくすくす嬉しそうに笑ってる。決まってるでしょ、なんて。耳がくすぐったくて私も口元が緩む。





『最後のライブくらい観に来てよ』


「、、そうね。行くわよ、絶対」


『関係者席とる?』


「花陽が言ってたわ。推しのアイドルのライブチケットは自力で取るものだって」


『ふふ。言っとくけど、倍率とんでもないことになるから覚悟しなさいよ?』


「、、、花陽とがんばって取るし」


『あははっ』




格好がつかなくて笑われてしまうけど仕方ない。確かに国民的アイドルのラストライブチケット、そう簡単に取れるわけない。早くも内心焦り始めたけど。


真姫、と再び落ち着いた声で呼ばれて耳を澄ました。






『終わったら会いに行くから』





いつか、きっと。


こんな日が来ることをずっと願っていた気がする。胸が高鳴るよりも、どこか安心する。同じ気持ちだってわかるから。




「ええ。となりは空けておくわ」















それからまた、研修医としての目まぐるしい日々を過ごして。ようやくそれも修了した。そして春からの勤め先は西木野総合病院。ここまで長かったようにも思う、でもあっという間だったとも感じる。



一人前、、とは、まだ言えないわね。







それに医者として踏み出す前に、やることがあった。


花陽と凛と一緒にライブチケット争奪戦。あんなに目の血走った花陽を見たのははじめてだったから少し怖じ気付いてしまったりもしたけど、、。凛曰く、過去一番の気合いが入った顔らしい。


そりゃあそうよね。実はずっと登録していたファンクラブ。その特権を満を持して行使したっていうのに先行予約に落選してしまったのだから、、、。




「ちょっと!電話繋がらないじゃない!」


「それが普通にゃー」


「意味わかんないっ!」


「かよちんみたいにとにかく黙ってかけ続けるしかないにゃー」




無言でただひたすら電話をかけ続ける花陽。


凛も一緒になってなんとかチケットを取ろうとした。だけど現実はそう甘くはない。


結局三人とも電話は繋がらず、チケットは完売しました。の文字に魂が抜けたように天を仰いだ。花陽はまたしても見たことない表情で静かに涙を流してる。




「嘘でしょ、、」




頭が真っ白になる。


こんなことなら関係者席をお願いするんだった。もしくは今から泣きついてでも、、、そう思いはじめた情けない私のスマホが鳴る。



よろよろと力の抜けた手で再びスマホを掴み、なんとか通話をタップした。





「、、なによ、希」


「その声から察するにチケット取れなかったんやね」


「うぅ、、ッ」



改めて事実を言われて胸を押さえる。


そんなことを言うためにわざわざ電話をしてきたとでも言うのだろうか。力なく体がよろめいてソファの背もたれに突っ伏した。




「あんなぁ、真姫ちゃん」


「、、、」


「こういうのって日頃の行いやと思うんよ」


「、、、悪いことした覚えないわよ。毎日がんばったもの、わたし、、ずっと、」




ああ、ついには涙が零れそうだ。


いや、もういっそ泣き崩れてしまう方が楽になれるのではないだろうか?現実逃避に走りそうな私に、希は続けて。




「うん。だからウチがチケット取ったよ」


「、、そう、おめでとう」


「真姫ちゃんにあげるから行っておいで」


「、、、」














「ーーーっえ?!!」


「にこっちのラストライブやもん。μ'sのみんなチケット取りにいくに決まってるやん。だけど結局ウチしか取れなかったみたいやね」




だから花陽たちと行っておいで。


希は私にそう言った。




「あ、心配しなくてもウチらは関係者席お願いしてあるから遠慮は要らんよ。それになかなか良い席みたいやし、どうする?」



「ありがとう希っ!」


「言ったやろ、日頃の行いやって。みんな真姫ちゃんたちが取れなかった時のために今も電話かけてたと思うよ?」




不器用も大概にな?そう笑って。





あとから聞いた話だけど。希と絵里はにこちゃんから関係者席用意してるからって、随分前に言われてたらしい。そして穂乃果と海未は、にこちゃんの衣装担当であることり経由で席を確保してた。だからつまり、にこちゃんのラストライブをみんな観に行く。


私は花陽と凛と、はじめてのライブ。そして最後のライブを。




















きらきら光るピンクのサイリウム。スポットライトに照らされてるにこちゃんは、今までで一番きらきらに輝いて見えた。熱狂と言うに相応しいほどのファンの声援を、あの小さい体で受けている。ステージの端から端まで本当に、笑顔が届いてる。眩しくて、かわいくて、かっこよくて。まさしくアイドルだ。No.1のアイドル。


大画面に映るにこちゃんと、小さいながらもなんとかステージ上に見えるにこちゃんの両方を目で追いながら。




「、、あ」




途中、視線がこちらへ向けられたような気がして体が跳ねた。いやいや、まさか。向こうからこちらを認識するなんて真似、出来るわけない。これだけの盛り上がりをみせる会場でたったひとりを見つけるなんて。




『みんなーっ!今日は来てくれてありがとう!』




小さい体がぴょんぴょんと跳ねるたびにツインテールが元気に揺れる。大きく見えるように両腕をあげて手を振ってる。かわいくてにやついてる自分に気付いて堪えようとするけど、またいつの間にか緩んでしまう。年上のくせにかわいい。かと思えば、魅せる演出の曲がはじまった途端に格好よく見えてしまう。もう何度も何度も感情が振り回されてる。




ーー?、、あれって、もしかして。




不意に、どこかで見たことあるジェスチャーに気付いて。思わずとなりにいた花陽と凛に訊ねる。




「ねえ、今のポーズって、、」


「海未ちゃんのラブアローシュートにゃ!」


「さっきは希ちゃんと凛ちゃんのだったよ!」


「えっ」




さすが何度も参戦してる強者は違うわね。そういえばさっきのMCでは、誰か助けてえ!なんて言ってた。聞いたことのあるフレーズに思わず笑っちゃったけど、もしかしてわざとってこと?観に来てる私たちに向けて?それとも矢澤にこのライブではこれが普通とか?


そう思ったけど、ふたりの反応を見るとどうやらはじめてのことらしい。花陽はもうはやくも号泣に近いし、凛は嬉しそうに跳び跳ねて騒いでる。



なにやってんのよ、もう。自分のライブに私たちを登場させるなんてほんと、意味わかんない、、、。



そう思った矢先。


ツインテールの毛先をくるくると指先で絡めてるにこちゃんが大画面に映って、示し合わせたみたいに顔がクローズアップされる。



『ーーーーー』



いつもの私の口癖を辿るように、唇が動いた。









「、、ほんと、ばか」





頬が、顔が体が。かあっと熱くなった。


そんな演出要らないわよ!なんて心の中で悪態をついたって、きっとあの人には見透かされてるに違いない。












それから。


ライブの余韻に浸りながら、同じように汗や涙でめちゃくちゃな状態の花陽と凛と会場をあとにした。


最後までやっぱりあの人はアイドルだった。紛れもなく宇宙No.1。大銀河宇宙No.1のアイドルだった。





「にこちゃんがかわいくてぇえっ、、かっこよかったよぉおお、、っ」


「うんっ、、うん!」




うわあーん、と二人は声をあげて泣いてる。さっきもたくさん泣いたはずなのに、私もまた涙が頬を伝ってる。



この目で確かに見届けた。


最後の瞬間を、仲間たちと。













































やりきった。


私は最後まで、最後の一瞬まで。


私が憧れたアイドルを精一杯やりきった。


割れんばかりの大歓声をこの体全部で受けながら、最後の景色を目に焼き付けた。名残惜しさはない、胸にあるのは確かな達成感。


スタッフたちに迎えられて、アイドルの矢澤にこは笑顔で感謝した。どれだけたくさんの人に支えられてここまで来ただろう。私を信じて付いてきてくれた人たち、一人では見れなかった景色を何度も見せてくれた。ファンのみんなが叶えてくれた。


だから涙じゃない、笑顔で感謝した。


胸の中にきらきら輝く宝石、いつの間にかたくさん増えてうれしかった。


きれいな宝石たちが、ずっと私のなかを照らしてくれてたよ。だからここまでがんばれたよ。伝わったかな。












打ち上げは遅くまで続いたけど、今日が終わるまでにどうしても会いたいからなんとか抜け出して。



スマホから連絡先へ、そしてその相手へ電話をかける。小走り気味に人気のいない場所を目指す。疲労が溜まってるはずの体、なのに。




『にこちゃん』



声を聞いたら体が羽のように軽くなる。今すぐにでも飛んでいけそうだ。




「、、真姫ちゃん。見てくれた?」


『ええ、見てたわよ。ずっと見てた』




真姫ちゃんの、落ち着いた声が好き。


からかったら頬を赤くして不貞腐れてしまう顔がかわいくて好き。


音楽室のピアノの前に座る姿を、今でも鮮明に思い出せる。歌声を、指先を、表情を。


不器用で、だけど優しくて。


ねえ。

気付いたら好きが溢れて大変だったよ。


だから。






「、、今すぐ会いたい」











「うん。、、私も」






「ーー、え?」





夢かと思った。


振り返ったら、真姫ちゃんがいた。


手を広げて立ってた。


優しい顔で私を見つめて、手を広げて待ってる。






「おいで、にこちゃん」


「ーーっ」





だから走り出して飛び付くように抱きついた。抱き締めた。おいで、なんて。私の真似しないでよ。なんでここに居るのよ。あれこれ言いたいのにどれも言葉にはならなかった。だから隙間をなくすみたいに抱き締めた。


ふかふかで、いい匂いがする。ふわふわの髪の毛がくすぐったい。抱き締める力もあの時みたい。全部、全部思い出せるよ。だってずっと胸の中にあったから。


一際強く抱き締められたあと、肩を掴まれて顔を見合わせた。




「にこちゃん、私ね」


「、、うん」


「やっぱりにこちゃんがいい」




ああ。真姫ちゃんも同じだ。


あの時と変わらない。


変わったことは、私たちがこの気持ちに気付いたってことだ。




「私も、真姫ちゃんがいい」





答えを知ってしまえば簡単で驚いてしまう。


笑ってしまう。




ちゅ、と触れ合った唇。これでもファーストキスのはずなんだけどな。心はやっぱり落ち着いたままで拍子抜けしてしまう。まるで目の前にいる相手と何度もしてきたみたいだ。はじめてなのに、おかしい。




「ドキドキしないのって、変?」


「そうね。私もそう思ってたところよ」



ここまでしっくりくるものなのだろうか。こんなにも当たり前に感じてしまっては、、、。


不意に添えられた手。

視線をあわせて、微笑みあう。






「ドキドキするやつ、、しよっか?」


「ええ。でもその前に」


「、、なに?」


「これからもよろしくね。にこちゃん」


「ふふ。こちらこそ」











胸が高鳴って、たくさんの宝石がきらりと輝いた。






































ーー海未 side.


ふたりはおもしろい関係性だと思います。時間を重ねて作り上げた関係性で得る信頼とは少し違う。どこか距離があって、だけど気付けばそばにいる。きっとお互いが必要としているタイミングをわかっているかのように寄り添い合っている。


私たちが認識する前。もしかすると当人たちでさえ無意識に、付かず離れずの距離でお互いを見ているのかもしれません。



「海未は、真姫ちゃんのことまだ心配?」



練習の合間に訊ねられた。


にこはボトルに口をつけて、離れたところにいる真姫に視線を向ける。私も同じように視線を向けて、最近の様子を思い出していた。


前と比べて表情に滲むほどの疲労や緊張感のようなものは感じなくなった。寧ろ時折、年下らしい表情を見る機会が増えたように思う。あの時、にこに相談して正解だった。真姫のこともそうですが、私の気持ちさえも晴らしてくれたから。




ーー先輩が後輩の心配して何が悪いのって開き直りなさいよ。じゃなきゃ、、、




あの時に続くはずだった言葉。それをなんとなくわかってきたところです。



「真姫にはにこが付いてますから」


「それを言うならみんなでしょ」



間髪いれずにそう返されて、あの時と同じく胸が和らいだ。気取らずにそう言ってのけるにこは本当にすごいと思います。



「ふふ」


「は?なによ?」


「いえ」



小馬鹿にされたと感じたのか、少し不服そうに私を見てくるから。



「さすが部長です」


「、、なによそれ」



ふん、と少し照れくさそうにして当たり前でしょ!と胸を張った。私よりも小さい体で、だけど誰よりも熱い情熱を秘めた彼女は本当に頼りになる。


本当に、さすが部長ですね。








ーー絵理 side.



「真姫ちゃんと仲良くなったやん?」



希がにっこり笑ってそう言ったら、にこは何言い出すんだかって顔で羨ましいの?なんて茶化してくる。私はそんな様子を見て照れ隠しだろうか、と思った。だから私も希にのっかることにして、さすがにこよね。と追い討ちをかけた。そしたらわかりやすいぐらいに警戒してますって顔で私たちと距離をとろうとする。



ふふ、まるで猫みたい。



なんて思う私と。そんな反応は予想してたのか、希は続けて。真姫ちゃんの表情が柔らかくなったからうれしい、とまたにっこり笑った。うんうん、と隣で頷いて。だけどにこは素っ気なく、それなら本人に言いなさいよ。とまるで意味がわからないとでもいうような態度。



「だってにこのおかげでしょ?」


「そうそう。にこっちのおかげやもん」


「はあ?」



机の両側からにこを囲むようにして、私と希で逃げ道を塞ぐ。だって今にも逃げ出しそうだから。



「にこっちぃー」


「ちょ、ちょっと、、やめて!」



いつもみたいにわしわしされると思ったのか、にこはぎゅっと自分の胸を隠すみたいに屈んだ。だからちょうど撫でやすい位置にある頭を、希と一緒になって撫でてみる。


こんなふうにスキンシップをしたのははじめてだった。だけどなんだか楽しい。ぎゃーぎゃー騒いでるにこが私の隙をついて突破する。本当に猫みたいな動きでかわいい。真姫もそうだけど、にこも前に比べて雰囲気が柔らかくなった。それを言ったらあんたもでしょ、なんて言われる気がする。


、、、あ。


私も少しだけにこに近付けたかも。なんて考えて口元が緩んだ。だってにこのことをなんとなくわかってきた気がする。それがうれしい。希と違って私はまだ付き合いが浅いから。こんなふうにスキンシップをとるようになれたこととか、にこがどんな表情でどう言うかとかわかってきたことがうれしい。



「私はなにもしてないんだから、そんな感謝される覚えはないの!」


「ふふふ」


「ちょっと絵理!何とかしなさいよっ」


「だってぇー、、ねえ?」



そしてそう言い切るにこがやっぱり格好良くて、希と目を合わせて笑ってしまう。



ーー真姫ちゃんには、にこっちがええよ。



前に希がぽつりと言ったのを覚えてる。私もその言葉を疑うことなく、妙に納得して。きっと私にとっての希みたいな存在なのかなって、今になって思うの。











ーーことり side.



ふたりを見てたら、かわいいなって思う。


私と穂乃果ちゃんと海未ちゃんは小さい頃からの幼なじみだから、お互いになにを考えてるか何となくわかったりする。でも、ふたりは幼なじみじゃないのに。ましてや知り合って数ヶ月のはずなのにお互いのことをわかってるから。



ほら、今だって。




「ちょっと待ちなさいよ」


「、、なによ」


「その足、痛めてるでしょ」


「べつに何でもない。練習を中断するほどじゃないわ」


「べつにじゃないわよ」


「良いのよ!べつにっ」


「、、ふーん。あっそ」



にこちゃんは手をぱんぱんと叩いて、離れたところにいる私たちに向かって言い放った。



「ちょっと私と真姫ちゃん抜けるわね」


「なっ、、勝手なこと言わないで!」


「部長なんだから勝手するわよ」


「はあ?意味わかんないっ」



納得いってない様子の真姫ちゃんだったけど、にこちゃんに腕をぐいぐいと引っ張られるようにして連れて行かれた。


海未ちゃんと絵理ちゃんは、真姫ちゃんの今日の動きにほんの少しキレがないと感じていたみたい。だから二人が抜けることに何も言わなかった。みんなから気付けなくてごめんなさい、と言われたときの真姫ちゃんの表情は。なんとも形容しがたいとさえ思う。


それぐらいに、真姫ちゃんは感情を隠してるから。まだ私たちのこと信用出来ないのかな?そんなふうに感じて、さびしくなってた。






「ねえ、にこちゃんはどうして真姫ちゃんのことすぐわかっちゃうの?」


「、、、はあ?」



だから聞いてみたの。


唯一、真姫ちゃんが気兼ねなく話せるのは間違いなくにこちゃんだから。


だけどにこちゃんは、何よ?と質問の意味がわからないって顔をした。



「足を痛めてるのを真姫ちゃんは隠してたでしょ?にこちゃんがすぐ気付いてくれたから良かったけど、、、」



正直に言って私たちは気付けなかったから。わずかに違和感を覚えても、それがなにかを感付くには至らなかった。だからどうしてすぐわかっちゃうのかなって。


そしたらにこちゃんは。



「気付くもなにも、顔にかいてあるんじゃないかってぐらいにわかりやすいわよ?」



あの子、不器用だし。


と言った。





その時はまだ、にこちゃんの理由に納得いかなくて。本当かなあ?なんて思って、真姫ちゃんのことしばらく目で追ったりしてたっけ。それから一緒に過ごす時間をみんなと重ねていって、心が近くなったと思うことが増えて。


真姫ちゃんが照れ屋さんなところとか、負けず嫌いなところとか、仲間想いのところとかわかっていって。にこちゃんほどじゃないけどなんとなくわかるようになってうれしかった。



ーー顔にかいてあるぐらいにわかりやすい。


その言葉もね、ようやく納得したよ。にこちゃんたち三年生が卒業してからだけどね。



「、、、穂乃果ちゃん?部室に入らないでどうしたの?」


「ことりちゃんっ。しーっだよ」


「??」



穂乃果ちゃんは私を見ると人差し指を唇にあてて、おいでおいでと手招きした。なんだろう?と言われるがまま、部室ののぞき窓から中の様子を伺うと。


パソコン前の椅子はにこちゃんの指定席。だけどそこに座ってるのは真姫ちゃんだった。真姫ちゃんがひとりだけ、その指定席に座ってなにをするでもなく、、、。



「、、、ふふふっ」


「ね?」


「すっごくしょんぼりしてる、わかりやすい」


「今度にこちゃんたちに練習見に来てってお願いしてみよっか?」


「うんっ」



穂乃果ちゃんの提案にすぐ頷いて。だけどまたすぐ思ったの。


きっとね。真姫ちゃんがさびしがってるから練習見に来てよ!なんて穂乃果ちゃんが言ったら、にこちゃんは変に照れちゃって来てくれないんじゃないかって。だってにこちゃんも真姫ちゃんと同じで不器用だし、照れ屋さんだもん。


ふたりともそんなところがよく似てて、かわいいなって思うの。








ーー凛 side.



最初、真姫ちゃんを見たとき凛は思った。人の背中は押せるのに自分の夢には押し潰されそうになって、どこか苦しそうだなって。きっと凛たちには見せられない部分があるんだろうなって。それはきっと誰にでもあることだと思うし、、、自分でさえも自信を持てないでいる、だから凛から踏み込んでいくことは出来なかった。


踏み込む勇気がないことに、また自信をなくしていくくせに、、、。


だけど、にこちゃんは違った。放っておけるわけないでしょ、とでも言うように。気付けば真姫ちゃんのとなりにいた。凛たちだって一緒にいるけど、真姫ちゃんが素の表情を見せてくれるようになったのは絶対ににこちゃんのおかげ。



「私、にこちゃんに甘えてばかりなのはもうやめる」



なのに真姫ちゃんは、にこちゃんと距離を置くようになった。、、、ううん、違う。きっと一生懸命にがむしゃらに前へ進まなきゃ、にこちゃんに追い付けないって思ったんだ。


また最初の頃みたいに、夢に押し潰されそうになってるんじゃないかって心配になる。いつだって真姫ちゃんは夢を大事に抱き締めて、ひとつの欠片さえも落とないようにしてるから。どうしようもなく不器用で、真面目で、がんばり屋さんだから。



「、、、勉強に疲れたら、部活来てもいい?」


「真姫ちゃんっ」


「退部された覚えないにゃー!」



だけど、もうあの頃とは違うんだね。


ふたりを見てたら、たくさん勇気をもらえるよ。










ーー花陽 side.



卒業してからもにこちゃんたちは練習を見に来てくれる。


大会前だったり、海未ちゃんが練習のアドバイスを絵理ちゃんから貰いたいときとか。みんななにかと理由をつけては卒業した3人を練習に呼ぶの。そして時間を作って来てくれるの。それがうれしくてうれしくて。


部長に選ばれたとき、にこちゃんが私に言ってくれた言葉。ずっと大事にしてるの。いつだってみんながいる、そう思ったらどんなときも大丈夫になるから。



「あんたたち、大会前なんだからしっかりしなさいよ!」


「にこちゃんに言われなくてもわかってるにゃ」


「生意気ぃーっ」



だけど今日はめずらしくにこちゃんだけが連絡もなしに現れて、みんなと同じ練習メニューをこなしたり。いつもの笑顔の練習を指導してくれたり、次の曲を通しで見てもらったりした。真姫ちゃんもはじめこそ嬉しそうにしてたけど、なんとなく違和感を覚えたみたいで途中からじっと見つめてる。


練習が終わって、もうすっかり夕陽が屋上に射してた。汗を拭いてるにこちゃんの横顔はやっぱりどこか、、。



「にこちゃん、何かあったの?」



そう訊ねたのは真姫ちゃんだった。

にこちゃんは小さく、うっ、、と声を出して。



「実は、、オーディション落ちちゃって」


「にこちゃんも弱気になることってあったんだにゃー」


「あ、あるわよ!悪いっ?」



穂乃果ちゃんたちもにこちゃんの様子に驚いてるみたいだった。だってあのにこちゃんだもん。だからどう声をかければ良いのかなって、みんな次の言葉を探してたと思う。


真姫ちゃんをのぞいて。



「にこちゃんなら、ちゃんとなれるわよ」


「なによ、、適当なこと言っちゃって」


「そうかしら。だって私、にこちゃん以上のアイドル知らないもの」


「、、、、へ?」


「No.1アイドルなんでしょ?」



真姫ちゃんの言葉は、すごく真っ直ぐだった。


そして、その言葉に私たちは頷いた。


だってね?


きらきらした夕陽に照らされたにこちゃんは、まるでスポットライトを浴びてるみたいだったから。それに真姫ちゃんの言う通り。きっと私も含めてみんなね?ずっとにこちゃんのファンなんだよ。



「あ、当たり前でしょ!」



見てなさいよ、あんたたち。と告げたにこちゃんの笑顔を見てたら、こっちまで笑顔になっちゃうの。やっぱりにこちゃんはずっとずっと、誰よりもアイドルなんだよ。













ーー希 side.



「あ!希ちゃん発見!」



遠くからでもわかるぐらいに手を目一杯広げてぶんぶん振り回してる穂乃果ちゃん。どうやら彼女を目印にして集まれば一番効率が良い。だってもう隣には真姫ちゃんたちがすでに合流してる。



「にこちゃんがかっこよくてぇ、かわいかったよぉ!」


「それさっきも聞いたからいい加減落ち着きなさいよ」


「にこちゃああああんっ」


「今のかよちんも凛はだいすきにゃ!」


「ありがとぉお、凛ちゃんっ」


「真姫ちゃんもだいすき!」


「うええっ、、だからこのやりとりも何度めだと思ってるのよ!意味わかんないっ」



まさに感極まる、っていう様子の花陽ちゃんを凛ちゃんと一緒になって宥めてる、、んかなあ、、?うーん。なんて思ってたら。横にいるえりちがうちの手をとってみんなのところへ駆け出した。


わあ、と間抜けな声が出るのは仕方ないやん。だってうちはえりちと違ってもうあの頃みたいには動けないから。


ああ、だけど。みんなも同じく年を重ねたはずなのに顔を合わせると、あの頃に戻っちゃう。不思議やね。



「にこっち、可愛かったなあ?」


「そうね」



真姫ちゃんはいつもみたいに素っ気なかったけど、表情は今まで見た中で一番穏やかな顔だ。にこっちのことをどう思ってるのか一目でわかる。その顔は好きな人にする顔やもん。



ふたりはようやく気付いたんやね。


うちらからしたら長かったようにも思うけど、ふたりにとってはあっという間やったかもね。


夢に向かって一生懸命だったから。





とりあえず近くの飲み屋で余韻に浸ろうということになって、今日の主役であるはずのにこっちを除いたうちら8人がぞろぞろと歩き始めた。本当は今すぐにでも真姫ちゃんとにこっちを会わせてあげたい。だけど向こうも打ち上げをしている頃だろうし、難しそう、、、。



でもなあ。にこっちのことやから、なんとしてでも会いたいって思うんやない?とか考えてしまう。飲み始めたみんなをよそに、こっそりラインをしてみる。なんとなく、相手に繋がる気がする。



「、、さすがにこっち」



小さく呟いたひとりごと。


好きな人と結ばれるって、とてもすごいことなんだろうなって思う。奇跡とか運命とかって言葉に頼ると途端に難易度が上がるように思えるけど、にこっちと真姫ちゃんを見ていたらなるべくしてなったというか、互いが互いを呼び寄せたんじゃないかって思えるんよ。


必要として、必要とされて。そんな関係がはじめから決まっていたんじゃないかって。そう思ったらやっぱり出会いは偶然じゃなくて必然なんだって。





「真姫ちゃん。にこっちに会いたい?」


「決まってるでしょ」



照れくさそうにしながらも、素直に答えてくれる真姫ちゃん。そんな真姫ちゃんにとっておきの情報、と耳打ちする。




「、、、会えるかしら」


「ふふっ。どうやろうなあ?」



カード引いてみる?と聞いたら、真姫ちゃんは少し笑って。



「不思議ね。なんとなく会える気がするわ」




そう言った。















ーー穂乃果 side.



みんなきっと、ふたりがこうなるってなんとなくわかってたと思う。運命とか、腐れ縁とか。二人を見てるとお互いに必要な相手なんだなってわかるから。どこか胸の深いところで繋がってるみたいな。そんな感じ。




「よかったね、にこちゃん」


「、、なによ穂乃果。もう酔ってるの?」


「全然っ。だって引退しても真姫ちゃんのとこに嫁ぐわけだから、よかったなあって思って」


「ばっ、ばか!だれが嫁ぐって言ったのよ!?」


「そうよ穂乃果っ!意味わかんないこと言わないで!」


「えー?でも真姫ちゃんは、にこちゃんの手料理毎日食べたくないの?」


「それはっ、、た、、たべたいけど」


「にこちゃんは、美味しい手料理を真姫ちゃんに毎日作ってあげたいとか思わないの?」


「う、、、、、それは思うけど」


「いい大人なんだから素直にならなきゃ」


「あんたは素直過ぎるのよ!」


「そ、そうよっ!」


「えー?そうかなあー、、、あ!」


「、、なによ」


「にこちゃん、聞かない方がいいんじゃない?」


「これからふたりの結婚式をはじめます!」


「ちょっと誰かこの酔っぱらい止めなさいよ!」


「まあまあ、にこっち」


「にこ。たまには穂乃果の暴走に付き合ってみるのも悪くないですよ?」


「そうだよっ。ねえ、真姫ちゃん?」


「うえっ?!!」


「あら?真姫、今さら素直になるのがこわいなんて言わないわよね?」


「ごめんね、真姫ちゃん。私たちのわがままかもしれないけど、、」


「凛もかよちんと同じ!だってふたりのことずっと見てきたんだもん」


「花陽、、凛、、」


「え、なに?!まさか本当に結婚式はじめるとか言うつもり?!ちょっと、真姫!?」


「にこっちは黙って左手を出せばええんよ」


「おおっ!真姫ちゃん準備良いっ!」


「う、うるさいっ」


「、、え、うそ、ほんとに?」


「研修医でもちゃんと給料もらえるのよ。だから、、、本当はふたりの時に渡すつもりだったんだけど、緊張して、、」


「真姫、、」






「、、、、、にこちゃん。これからずっと、私のとなりにいてくれる?」


「ふふっ、あたりまえでしょ!ずっと前から真姫のとなりは私って決まってるんだから」












みんなに囲まれて、笑顔と泣き顔が混ざったふたりの表情を見て私は思ったよ。



ふたりはこうなる運命だったんだな、って。














「、、、もう無理だから」


「あと少しだけ、ね?」


「あんたさっきもそう言って、 あっ、ぁ!」



もう中に入りっぱなしの真姫ちゃんの指。薄く笑う口元、でも眼光は鋭いままだ。もうきっと日付が変わってるのに未だ体を放してくれない。汗ばんだ肌がぴたりとくっついてはいたるところに愛撫を施される。


真姫ちゃんによって見つけられた場所、私のと違ってすらりと長い指、ピアノをやってたからなのか。それとも今は仕事柄なのか繊細によく動く。


対して今の私は指先ひとつ動かすのも不自由だ。なのに与えられる刺激に体は何度も跳ねて制御出来ない。まるで飢えた獣みたいに綺麗な瞳をぎらつかせて、ただひたすらに飽きることなく私だけを求めてくる。これで何度目?もう数えられないほど果てたのに。紫色の瞳が、指先が、私を捕らえては再び絶頂へ導こうとしてくる。


息を切らして無理だと言ってもまるで聞く耳を持たない、この恋人は、、、こんな恋人ではなかったはず。少なくともこうして同棲する前は違った。もっと、こう、、いじらしいというか。奥手なのか、鈍感なのか、はたまた天然なのかって思うような。とにかく、こんなに、、ああ、もう。




「すぐ終わるから。もう一回したら終わる、から」


「も、うーーっああァ」



首に熱い息をあてられて、小さく痛みがはしる。思考を溶かされるなかでも僅かに残った理性がそれに気付いて、なんとか真姫ちゃんの胸に手をつくけどそれきり。押し退けようにも力なんて入らない。そんなところに付けられたら面倒だっていつも言ってるのに。




ーーああ、もう、だめだ。




頭がまた蕩けて思考をぐちゃぐちゃにする。


指がぐりぐりと執拗に責めてくる。そこはもうだめ、そうされたらもうほんと、だめなのに。何度も体を仰け反らせて与えられる快感から逃れようとしても、それを許すはずもなく抱き寄せられて揺さぶられる。はあはあと熱い吐息が交じり合って、塞がれて。ああ、もう、ほんと。



「ん、っにこちゃ、ここ好きでしょ?もっとあげるから、、、ほら、ね?」


「やぁあ、、ーーあぁっ!あ、あ、!!」


「あ、、っ にこちゃん」


「だめ、だめ ぇ、、っ」


「ーーーッ」



ぎり、、っ。噛み締めた音が聞こえた。恍惚の表情、熱を帯びた声、指の輪郭、吐息、眼差し、汗、音。


逃げたいほどの快感。ひゅう、ひゅう、引きつった喉が悲鳴をあげてる。息さえまともに取り込めない。涙が流れれば舐めとられて、喘ぎのせいで開きっぱなしの口からは涎が垂れて、それもまた舐めとられては塞がれる。


そして力なく落ちてる手を拾われて、同じくらいに熱くなって蕩けてる場所へ導かれた。



「ゆび、欲しい 、にこちゃんの、」


「は、、は、っ、、するから、手止め、てよ」


「やだやだ、、一緒がいい」


「、、ばかっ」



もう、ほんと、どうしてくれようか。


泣いてるみたいな声やめてよ。こーいうときに全力で甘えるのほんっとやめてよ。


今に至るまでに何度も追い詰めていた真姫ちゃんは、本当の最後にこうして求めてくる。それが一番最初じゃだめなのか、どうしてこうも好き勝手にめちゃくちゃにされたあとなのか。



「力入んないって、、。だから、自分で入れて」



そう言われた真姫ちゃんの顔はやっぱり今にも泣いちゃいそうだ。欲しいものを貰えないでいる子どもみたい、それぐらい幼い表情。


それなのに。




「にこちゃ、すき」




ぐちゅ、と。中へ沈んでいく私の指。どろどろに蕩けて熱い、ひくひくと震えて卑猥にさらに奥へ誘う。


私の指と重ねられた真姫ちゃんの指。これ今、何本入ってる?今日はじめて触る場所なのに、どんだけ欲しいのよ。どんだけ興奮してんのよ、とか。最後の最後にそーいうことするから、ほんっとに堪んなくなるのよ。ほんと、ほんとに、ああ、もう。



「ひ あァッ! すき、すきぃっ」


「ーーーッ」



ぎり、、と。また音が鳴る。

今度は自分のだ。


さっきまでの爛々とぎらついていた瞳は見る影もない。自分で腰を振って、強引に私の指を使う。私だってかわいい真姫ちゃんをめちゃくちゃにしたいのに、同じく私の中にある指が許してくれない。苦しいぐらいに責められてるのは体だけじゃないのがわかる。思考回路もめちゃくちゃだ。どっちが追い詰めてるのかわからない。ぐちゃぐちゃでわけがわからなくなる。



「あ、あっ にこちゃ、っにこちゃん」


「んぁあっ、も、もう ーーくるし、ぃっ」



がくがく震えてる体、ひきつる喉が苦しい。心臓が悲鳴をあげてる。なのに脳は快感を優先してしまう。導かれるままに昇りつめようとする。だからもうなにもかもが追い付かないのだ。苦しくて、だけど逃げられなくて。



「ごめ、 なさい、っにこちゃ、ごめんね?」



それに、泣きそうな真姫ちゃんがいるからもうだめ。なにもかもが追い付かない。くらくら、ぐらぐら、おかしくなる。謝るぐらいならここまで追い詰めないでよ。責めるか責められるか、どっちかにしてよ。そんなことを思いながら、でも愛しさが込み上げて胸が締め付けられる。



「すきっ、、好きよ、真姫ちゃん」


「ぅあ、あ、~ーーっ!」


「ほんっと、あんたって、、っ」



僅かに動いた私の指がそんなに嬉しいのか。それとも私に好きと言われたからなのか。どちらにしてもそんな反応されたら堪らないのよ、ほんと。


ぐちゅぐちゅっと粘着性のある音が次第に水が弾けるような音に変わって、飛沫をあげては太股やその手を何度も汚してる。それもどちらのかわからないほどにお互いが溶けてるのだ。容赦ないまでの愛撫に体がびくん、びくんと跳ねるのが恥ずかしい。全身で感じてることがバレてしまうから。でも自分の意志ではもう止められない。それは真姫ちゃんも同じだった。

















同棲生活がはじまってそろそろ一年になる。



最初の頃こそ、お互いに初な雰囲気だったはず。それがこんなにも濃厚になったのは何故だろう。うんざりする、とは違うが。こんなことをこの先ずっとされ続けたら体がいくつあっても足りない。それは真姫ちゃんにも言えることだ。お医者さんになって毎日のようにくたくたで帰ってくるくせに、つかの間の休日でさえベッドから出られなくなるまでなんて。


でも真姫ちゃんの性格的に、なにかを我慢している反動なのかもしれない。そう思って出来るだけ受け入れようとしてるのだけれど、、。



「いったぁ、、」



体のあちこちが痛くて目覚めが悪い。力任せに噛まれた所も、何度も追い詰められたせいで苦しい呼吸を繰り返した肺も、喘ぎ疲れた喉も、そして腰とその場所までも鈍く痛い。


だけどなんとか体を起こして、朝食の準備へ向かうつもりだったのに。


もぞもぞと布団がうごめいてる。手探りで私を探してる。そして見つかったら布団の中へと引きずり込まれる。あたたかい腕のなかへ逆戻り。 



「、、、真姫ちゃん」


「なに」


「最近なにかあった?それともなにか我慢してることある?」


「、、、ない」



嘘が下手なのは学生の頃から変わらないらしい。



「私が原因?」


「、、、」



ほらね?やっぱり理由があるんじゃない。


こういうときは待つことにしてる。あれこれ聞くよりもこうして黙って待ってれば、ぽつりぽつりと話してくれるから。



「、、、するの嫌?」


「真姫ちゃんとするのは好きよ。不満があるとすれば朝食を作るのに支障が出るから抑えてほしいかな」


「、、、ごめんなさい」


「でもでもぉ、真姫ちゃんってばにこを好きすぎるからあ?無理なのもわかるにこっ♪」


「急にそのキャラ出すのやめて」


「本気でうんざりすんじゃないわよ」


「だって、」


「、、、だって?」


「にこちゃんはもうアイドル引退したのに、、みんなまだにこちゃんのこと話してるから」


「、、、ふぅん?」


「今はもう、、私のにこちゃんなのに、」




あー、そういうことね。




「でも、、アイドルのにこちゃんだって好きだし、だけど、、」




不器用は健在だ。




「仕方ないわねえ」


「わ、っ」


「真姫ちゃんかわいい」



体を反転させて今度は私が真姫ちゃんを抱き締めた。ふわふわの髪を抱くみたいに胸元で優しく。



「それでどうしようもなくなって、私のこと求めてくれてるってことよね?」


「、、、そのうち落ち着くと思う」


「そう?」


「、、、うん」



返事から察するに大分かかりそうだ。


それに。



「ねえ、今の私がそうなんだけど」


「なにが?」


「欲しくて堪んないって気持ち」


「ーー!」



ふわふわの髪に隠れたうなじを撫でて、返事を待てずに旋毛へキスを落とした。そして覆い被さるみたいにして再び熱をあげる。昨夜の続き、だって二人とも裸のままだし。



「嫌とは言わせないわよ」


「うぁ、、っ」



耳元で囁いたら、か細い声が聞けてぞくぞくする。


私よりも随分と成長した胸に手をかける。いつだって優しく触れたいけれど、こうなってしまったら難しいのがよくわかる。



「にこちゃ、 」



舌っ足らずで呼ばれると本当に堪らない。蕩けるの早すぎるんじゃないの、とか。私に触られるのほんっと好きよね、とか。どんどん熱が加速する。


胸のかわいい場所に吸い付いて、早急に舌でねぶる。はふはふ、と馬鹿みたいに息が荒い。思春期の性欲真っ盛りみたいなことしてる。でも仕方ないか。そんな欲に溺れはじめたのは最近のことだし。自分にそれなりの性欲があったことにも驚くぐらいにはまだ不慣れなんだし。



「ぁ 、んっーー んっ」


「、、ばか、声我慢しないの」


「だ、だって」


「だってじゃない」



口元を塞いでいた手を取り上げて押さえつける。


赤く火照った顔、大人の顔立ちのはずが幼く見えてさらに興奮する。痛んでたはずの体なのに早くも垂れ落ちてる。重かった腰が疼く。


ぴん、と固くなってるそこに軽く歯を立てたら体が跳ねた。続けて舌先で穿るみたいに中心をいじめる。針しか通んないような小さい入り口に舌が入るわけもないのに執拗に責める。



「あっ、あ、ん」



だってこうされるの好きみたいだし。私の頭を掻き抱いて悦ぶから。


足をもじもじさせてるのに気付いてそれを止めさせるみたいに体を割り込ませた。意地悪したいわけじゃないのに。私だけが与える刺激で蕩けてほしいからそうしてしまう。きっと真姫ちゃんよりも私の方が重症なんじゃないの?


胸を柔く揉んで、唾液で濡れたそれを爪先で弾く。少し強めに摘まんで擂り潰すみたいに刺激を与える。どれも好きらしく、どれにも良い反応を見せてかわいい声をあげる。



「や、あ ーーにこちゃ、欲し、いっ」


「わかってる」



腰を私の体に押し付けるみたいにされて、早く早くと次を求められる。擦り付けられた場所は濡れてるのがわかる。熱いのがわかる。


だけどまだまだ焦らさないと。どうしたって満足するまでしてあげられる体力は残ってないから。


太股をゆっくり撫でて、内股をさらに弱く撫でる。自分の荒い息づかいも堪えながらゆっくりじっくりその動きを繰り返す。もどかしいだけの刺激が、甘い愛撫になるまで。



「ふ、ぁあっ、も、それ、、やだっ」


「まだよ。、、まだ」


「んぅッ、、ぁ、はあ、、 っ」



いつの間にか惜しげもなく開ききった脚。徐々にそこへ近づきながらもまた太股へ下りてしまう手。ゆらゆらと誘うように腰が揺れる。何度も待てを繰り返されておかしくなるのは私も同じだ。


健気なのはどちらか。


責めてるのはどちらか。


焦らされてるのはどちらか。


我慢出来ずにいるのはどちらか。





ーーぐちゅ、っ




「あっ、あぁ~っ!」



どうやら焦らした甲斐があったようだ。早くも震えて絶頂を迎えて指を締め付ける。



「ーーにこ、ちゃ」


「ああ、もうほんと、かわいいんだからっ」



私に向かって手を広げて、ぎゅって抱き締めてとお願いしてくるのはいつものことだけど。おとなしくしてなさいよ!とかワケわかんないことを思う。だってそんな表情で求められたら悪態だってつきたくなる。そうじゃなきゃ熱が暴れてどうにもならなくなるから。体力なんてもうないから、熱にすべてを任せたらだめに決まってる。


それなのに。


ぎゅう、って抱きついて。体の全部で私が好きだって伝えてくるの。舌っ足らずに何度も名前を呼んで、好きだって伝えてくるから。私も何度も奥歯を噛み締めて、堪えて、なんとか応える。私も好きだって。指で、体で、言葉で。







「好きよ、、っ真姫」


「あぁっ 、すき、ぃ」


「うん、 はあ、、っ、」





責めてるのに気持ちいいのは何故だろう。また昨夜の混乱へ逆戻りだ。



きっとまだまだ時間がかかる。


熱が落ち着くにはまだ足りないから。


何度も抱き締めて囁き合う言葉や、何度も求め合って確かめる時間とか。だって同棲期間と交際期間が似たようなものだし。落ち着いた愛なんてまだまだ遠いわよ。





だから、仕方ないの。


わかるでしょ?





まだまだ、これからなんだから。
























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POSTEDJun 18, 2026
ARCHIVEDJun 18, 2026