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【重要なお知らせ】活動を一か月間休止します

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いつもご閲覧、ご支援ありがとうございます。不燃ごみ太郎です。

誠に勝手ながら今月分の更新(鬼怒川カスミのアニメーション)を以て一か月ほど、すべての活動を休止いたします。4月は更新が一切ございませんので、お手数ですがその間に過去作品を閲覧する予定のない方はプランの退会をお願いいたします。

平素よりたくさんの応援をいただいている身でありながら、突然このような決断をしてしまい申し訳ございません。以下、ここまで至った経緯やこれからの展望を述べていきたいと思います。(長文になります。興味のない方はもちろん読む必要はございません)

なぜ休止するか、結論から申し上げますと「創作の意義を見失った」からです。

皆様もきっとご存知でしょうが、昨今の「生成AIによる創作への浸食」は大きな社会問題になっています。その浸食はイラストのみならず漫画、小説、音楽、声優、映画にまで及び、私の作っているアニメーションもその例に漏れません。私はこの問題に対して今までは「人間の善性」を信じて中立でいましたが、最早それも許されない程に問題は大きくなり続けています。

生成AIに関する世論が如何様に対立し、議論が激化しているかは存じております。その上での私の見解としては、「AIは道具である」ということです。よく例に出されるように、生成AIの登場は手描きしかなかった時代における「カメラ」の登場に近い現象です。

そして、以上の主張をさらに端的に言いますと私は生成AI使用については「限りなく賛成に近い中立」です。つまりは「生成AIとカメラは本質的に同じであり、必要とあらば使用も辞さない」ということです。

(著作権法における是非については私からは触れません。作者、あるいはクリエイティブ業界の恩情によって成立している二次創作を生業としている以上、私は何か言える立場ではないということ。現在世界中でAIについての法整備がなされている最中であるため、今ここで私個人がどうこう騒ぎ立てることではないこと。現状の著作権法自体が極めて感情的で曖昧な法律であること。法律における問題は私の今回の迷いの本質ではないこと。以上の理由で、著作権の問題については一旦置いておきます)

画面内の全てを手描きアニメーションで描く、というのが私のスタイルです。私の技術不足もありますが、たった一枚の基本フレームを描くために平気で15時間や20時間も必要とされるような極めて非効率なスタイルです。そして現在、私の作業速度が足りていないことも明白です。月次アニメーションの更新サイクルは各月に追いつけず、ゲーム制作もいつ終わるか見当もつかない体たらくです。ゲーム制作を行う傍らに毎月アニメーションを描くというハードワークをこなすには人間一人の力では限界があります。そしていつも思うのです「もし生成AIを活用してもっと多く速く、みんなに作品を届けられたらな」と。

(生成AIの活用は自分の作品を読み込ませて使うといった範疇です。特定の他作者様個人をプロンプトに使うような明らかに悪意があり、現行の著作権法にも触れかねない行為は決して行いません)

しかし、生成AIを皆様に黙って使うことは決して許されることではありません。それは到底許されない裏切り行為であることは重々承知しております。さて、それに際して大きな問題があります。それは「どこからがAIの生成した作品なのか」という問題です。ラフ画を修正してもらったら?構図を改善してもらったら?色彩を整えてもらったら?中割りの下書きを出力してもらったら?果たしでどこからが「生成AI」で、どこまでが「私」でしょうか。どこからが機械によって創られた「AIの出力」で、どこまでが私の描いた「私の作品」なのでしょうか。そして仮にもし、私たちが心から愛していた作品に、実はAIが一部でも使われていたと知ったとしたら。私たちの作品への愛は消え失せてしまうのでしょうか。それは最早、「魂がこもっていない」、「温もりを感じられない」などの漠然とした感情論では解決のできない極めて難解な問題です。

私の当初の創作の意義は「この世界に存在しないような作品を皆様に届ける」ことでした。そしてその目的を遂行するにあたって、より多く、より速く作品を届けるためにはいつまでも全てを自力で行うことにこだわらず、生成AIの部分的な使用も必要であると感じています。憶測ですが、私のアニメーションに対して「アイデアから原画、塗りや中割り、その全てを手描きで描いた」ことに最大限の価値を見出している方はこのご時世少ないと思っております。「見た目のクオリティがある程度担保されたアニメーション」という点が最大の評価点であると推察します。しかし、AI技術の発展は留まることを知らず、いつかは私は担保されたクオリティにおいても追い抜かれることでしょう。

何より私がAIを補助的に使い、違和感の無いように今まで通りに作品を作ることはやろうと思えばいつでも可能です。それに皆様が気付くこともきっとないでしょう。しかし、先にも述べたように黙って生成AIを一部でも使うことは皆様に顔向けできる誠実な行いであるとは到底思えません。だからこうして心の内を吐露し、自身における「創作の意義」を見つめ直すと同時に、皆様にも届くような問いかけとしてもこうして文章を書き連ねているのです。

「創作」は人間という聖域によって守られてきた領域でした。しかしその地位は今、確実に揺らいでいます。創作とは、延いては芸術活動とは、本質的には作る者と見る者の「魂の対話」であると私は考えています。作品のどこに魂が宿り、作品を見る者はどこに魂を感じるのか。「魂の対話」において「手作り」であることに人はどこまで価値を見出すのか。そして、私にとって「手作り」の価値がどこまであるのか。

気にしないようにと自分を誤魔化して線を引く日々の中でも、これらの禅問答は苦悩として延々と頭の中で渦巻いていました。そして、これらの問いへの答えなくして、もうこれ以上創作はできそうにありません。本当に申し訳ございません。創作とは何たるか。私が皆様に真に見せたいものは何なのか。人間の倫理、創作の正義、それらが揺れ動き、混迷極まるこの時代に、明確な指針を持たずしての活動はこれ以上は限界です。

しかし、今も多くの方が応援してくれていることも事実です。創作という世界に身を投じた以上、「創りたい」という気持ちが完全に擦り切れてしまうまでは皆様の期待に応え続ける、という覚悟は変わりません。「これからどうやって皆様の期待に誠実に応えていくか」、その答えを探し、自身と向き合うために一か月程のお時間を頂きます。使うなら使う、使わないなら使わない、一部使うならどこに使うか明記する。そうはっきりと皆様に宣言することが創作者としての通すべき筋であり、そしてそれは私の魂にとっても重要なことであると感じています。一か月後、どのような答えであれそれを皆様に提示し、志を新たにまた創作を続けられたらなと思います。

お見苦しい長文に駄文、失礼いたしました。

今回は以上です。

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POSTEDMar 24, 2026
ARCHIVEDJul 13, 2026