フットカフェ3
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こんにちは。
今回はフットカフェの続きになります。
体調崩してしまって、少し短めです。申し訳ありません。。
次回で完結予定になります。
よろしくお願いします。
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あれから数日が経ち。
3回目のバイトの日がやってきた。
春樹は起床後も天井を見上げたまま、茶色の天井の木目の模様を、ぼんやりと見つめる。
今日で、三回目。
(……これで、終わるんだよな……)
心の中で何度も何度も繰り返す。
あれから、改めて契約書の写しも確認した。
———三回の勤務を完了した以降は、契約を解除することが可能
(法的なことはあまり詳しくないが、これで、終わりのはずだ......)
巨大な足になすすべもなく、従わされる。
あの踏みつけられたときの、何も出来ずに、ただ足裏の空気を吸うだけの存在にさせられる状況が、またやってくるのだ。
(…………あと一度耐えれば……)
意を決して身体を起こし、重い足取りで洗面台へ向かった。
鏡の中の自分と目が合う。
思わず息を飲んだ。
(……これ、俺の顔か……)
目の下の隈が、以前よりも濃い。
頬もこけている気がする。
(終わったら、全部忘れよう)
⸻
バイトの時間になり、カフェのドアを開けた瞬間、消毒液の香りが鼻をくすぐる。
清潔な香りのはずなのに、何故か、視界に巨大な足が見えた気がした。
(……落ち着け。大丈夫。もうすぐ終わる。今日で終わるんだ)
胸に手を当てて深呼吸し、足を進める。
カウンターの奥に立っていたのは、いつもの白衣の女性だった。
「こんにちは、春樹さん」
「……こんにちは」
「本日も、凛様の予約となっております」
(……また、あいつか)
血の気が引いていく。
あの少女の顔と声、白ソックスの裏側が、思わず脳裏に浮かんだ。
「……あの....今日で……最後、ですよね?」
「はい、本日の業務が終われば、後はバイトの参加は任意になります」
「……分かりました……」
「では、こちらをどうぞ」
いつもの錠剤が差し出された。
(……これを飲んだら、またあの何もかもが巨大な世界が......)
喉がごくりと鳴り、指先に、冷たい汗が滲む。
(…………飲むしかない)
一瞬だけ目を閉じて、呼吸を整える。
そして、一緒に差し出された水と共に、春樹は錠剤をごくり、と、喉の奥へ流し込んだ。
その瞬間、全身が熱を持ち始め、視界が歪む。
三度目の、地獄の始まりだった。
⸻
縮小の感覚には、もう驚きはなかった。
身体の芯が熱を帯び、骨が軋むような感覚とともに視界がゆがんでいく。
世界が引き延ばされ、自分だけがどんどん小さくなっていく。
そして、意識がはっきりしてくる頃には、春樹はすでに冷たい床の上に横たわっていた。
辺りを見渡すと、見慣れた巨大な家具たち。
天井は遥か頭上に、まるで空のように遠い。
すると目の前に、塔のようにそびえ立つ2つの黒いブーツが現れ、春樹は思わず腰が抜けて、尻餅をついた。
「……うわぁっ!!」
ゆっくりと顔を上げると、巨大な彼女の顔が、こちらを見下ろしていた。
「……あ、やっと起きた?遅いぞー?……蹴ろうかと思った。」
茶化すような声で、しかしその言葉にほんの少しの本気を感じて、春樹は反射的に身をすくめる。
凛はそんな様子を見て、にやりと口元を歪める。
「久しぶり〜。私の足に会えなくて、寂しかったでしょ? ふふっ」
からかい混じりの問いかけと同時に、右のブーツがゆっくりと持ち上がる。
「……ひっ!!」
頭上いっぱいに広がる、ブーツの靴底。
底面を見上げると、そこには、外を歩いたであろう痕跡、黒ずんだガムの欠片、土埃、砂利や糸屑などがこびりついていた。
その圧倒的な存在感と汚れに、春樹は思わず一歩、後ずさる。
「……ん? なーに、その顔」
凛の目が細められる。
口元には意地の悪い笑みが浮かんでいる。
「この前、あれだけ遊んだじゃん♪今さら怖いとかないでしょ?」
右足のブーツの踵が床にトン、と下ろされ、つま先が左右に軽やかに揺れる。
ぶんぶんと、まるで巨大なペットが尻尾を振っているかのようだった。
「ほら、久しぶり〜って言ってるよ♪」
嬉しそうに、楽しげに話す。
「………….」
「……挨拶。返さないの?」
なんの反応もしない春樹に、凛の瞳が細くなる。
春樹はじっと見つめるその目に、背筋が凍るような圧を感じた。
「……っ、ひ……」
声が、喉の奥で詰まる。
喋ろうとしても、震えるばかりで音にならない。
その様子に、凛は肩をすくめ、くすりと笑う。
「ま、いいや」
靴底が床を叩く音とともに、動きが止まった。
「今日はね、今後のためにいくつかテストするから」
「……テスト……?」
春樹の胸がざわつく。目の前の少女の言葉が、しっかり理解できない。
「……きょ、今日で、終わりじゃないのか?」
震える声で尋ねると、凛はわざとらしく首を傾けた。
「んー?それは、今日のテスト次第、かな?」
悪びれもせず、にやにやと笑う。
「……なんだよ、それ……」
「じゃあ早速、まずは、食事のテストだよ」
(食事の、テスト?)
意図が理解できない。
「……この……大きさで、何かを食べるってことか……?」
春樹はよくわからず、聞き返す。
しかし凛は、迷うことなくコクリと頷いた。
「うん、そう。ちなみに……」
一拍置いて、にっこり笑う。
「もう料理はできてるから♪」
春樹の中で、いやな予感が急速に膨らむ。
「……え?どこに……?」
問い終えるより先に、凛はゆっくりと片足を持ち上げた。
ブーツに覆われた足。そのブーツを——
——ゴトっ
何のためらいもなく、床に脱ぎ捨てた。
凛の裸足が顕になる。
もわぁ……
「……っ!」
空気が、変わった。
生ぬるくて湿った、鼻の奥を刺激する酸っぱい臭い。
さっきまで密閉されていたブーツの中から、蒸れと共に解き放たれた悪臭が、辺りを一気に包んだ。
(……こいつ……裸足で、ずっとブーツ履いてたのか……?くっっっさ……)
春樹は本能的に鼻をつまみたくなったが、それすら躊躇って、代わりに浅く呼吸を止めた。
そして、その凛の左足が、ゆっくりとこちらへ向けられる。
むき出しの、湿気を帯びた素足が、まるで何かを見せつけるように高く持ち上げられ、春樹の真上へと差し出された。
「え……?」
春樹は思わず、じっと見上げた。
足裏には……点々と、黒ずんだ塊。
土踏まず、指の付け根、踵の側面に、潰れた小さな粒が、いくつもこびりついている。
ところどころ潰れて広がって、皮膚にしっかりと貼りついていた。
(……あれ……なんだ……?垢……?)
見た瞬間、思考が固まった。
言葉が、脳から逃げていく。
凛は、春樹の顔を覗き込むようにして、くすっと笑った。
「……分かんない?」
そして、まるで秘密を打ち明けるかのような声で、楽しげに続ける。
「今日の朝ね。何粒か、ブーツの中に米粒入れておいたの」
「…………は?」
「ほら♪」
凛はさらに足を近づける。
黒く変色した粒が、すぐ目の前に現れた。
「汗も染みて、中敷と潰れて、皮脂と混ざって……いい感じに、味ついてると思うよ?」
春樹は、思わず信じられないものを見るように、凛の顔を見た。
彼女は無邪気に微笑んでいた。
(……こいつ……正気か……?)
「さ、召し上がれ♪」
春樹は、じっと遥か頭上の凛を睨みつける。
まさか、こんなことをさせられるとは、春樹も想像していなかったのだ。
「……なに、その顔」
凛は、春樹の反抗的な態度に、若干不機嫌そうに声を荒げる。
「……こ、これを……食えって……?」
春樹の声が震える。
怒りと屈辱と、そしてわずかな恐怖が混じっていた。
「そう。別に、今さらでしょ?前に足指にキスしてたじゃん?」
凛はわざとらしく首を傾げ、つま先を軽く揺らした。
「ほら、契約なんだからさ、ちゃんと従わなきゃ。ね?」
その瞬間、足がぐっと前へと差し出される。
むわぁぁぁぁ……
鼻の奥を突く、強烈な酸味と汗の混じった臭い。
黒ずんだ塊が、春樹の目の前、ほんの数センチの距離に迫る。
「……うっ……おえっ……!」
胃の奥が跳ねる。
思わず吐き気を催し、春樹はその場にしゃがみ込んだ。
しかし——頭上を覆う足は、動かない。
逃げ場は、ない。
「ほら。食べなさい♪」
朗らかなその一言に、春樹の全身がピクリと震える。
「……無理、だ……」
声は、かすれた。
いや、否定するのがやっとだった。
(何が……食事だよ……こんなもん、食べ物じゃねぇ……)
喉の奥がヒクつき、体が拒絶する。
——その瞬間。
空気が、変わった。
部屋の温度がすっと下がったような、そんな錯覚。
「……はぁ〜」
凛は、わざとらしく大きなため息をついた。
「……もう、いい加減にしなさい」
ズッ……
足裏が、春樹を包むように、覆い被さっていく。
そして、床に押し付けるように圧が加わった。
「ぐっ……!?」
一気に息が詰まり、体が押し潰される。
肺が押しつぶされ、ろくに息も吸えなくなる。
「おら、食えよ」
低い声の、短い命令。
ズ……ズズ……と、足裏が、さらに押し込まれる。
床と凛の足裏、その間に挟まれた春樹の身体は、紙のように潰されていく。
「……っ、つ、潰れる……し、死ぬ……!!」
「ほらほら〜……潰れるのが先か、食べるのが先か。ま、私はどっちでもいいけど?」
凛の声は、まるで本当にどうでもいいことのように淡々としていた。
(殺す気か……こいつ……)
春樹は、震えながら、なんとか顔を動かし、足裏にこびりついた黒い塊に、視線を向ける。
(こんなもん……食えるかよ……)
けれど、選択肢はない。
潰れるか、食べるか。
春樹は、恐怖と苦しさの中で、震える唇を黒い塊に近づける。
そして、意を決して——
——そっと、唇でそれを剥がし取り、口の中へと運んだ。
(……!!???)
瞬間、腐った酸味と、汗の塩気が混じったような、舌を突き刺す味が、舌に広がった。
遅れて、強烈な苦味が押し寄せる。
(……おえっ……!!!)
全身が痙攣するように跳ねる。
「……っ、う……!」
胃が暴れ出す。喉が逆流しそうになる。
だが——
「吐くな」
凛の声が、静かに頭上から降ってきた。
「ちゃんと飲み込みなさい。見てるから」
なんとか顔をあげ見上げると、足は横にずれ、凛が春樹の顔をまっすぐに見つめていた。
逃げられない。見られている。
(……やめろ……見んな……)
春樹は震えながら、吐き出したい気持ちを必死に抑え、口の中の異物を、どうにか飲み込もうとする。
——ゴクリ。
喉がひくつく。
数度えずきながらも、ようやく塊が胃へと落ちていった。
「……っ、はぁ……はぁ」
膝から崩れ落ち、肩で息をする。
冷や汗が背中を伝い、全身が震えて止まらない。
凛はそんな春樹の様子をじっと見つめていた。
しばらくして、満足そうに、軽く頷く。
「うん。まぁ……慣れればいけそうね」
「……は……?」
(慣れる……? あんなもんに……?)
春樹の中にあった理性が、崩れていく。
「じゃ、次のテストしよっか♪」
そう言って、凛は立ち上がる。
春樹の頭の中が、ぐらりと揺れる。
(……まだあるのか……? こんなのがテスト? ……これはいったい……何なんだよ……)
そう思いながらも、春樹は逃げることもできず、
ただ黙って、凛の課す次のテストを受けるのだった。