ナボコフの『ロリータ』の研究を少しずつ読み始めている。
ロリータはファザコンのビッチだ。アメリカに住むバカ娘だ。ということも、実はそんなに知られていない。ロリータこと本名ドロシーはヨーロピアンで、耽美で、可憐で、処女な少女ではない。アメリカのメスガキである。小説『ロリータ』の主人公ハンバートは、このバカビッチ娘を好きになってしまう。ハンバートの提唱する「ニンフェット」という概念は確かに「ビッチ」みたいなニュアンスを含むものだから、ハンバートがロリータを手籠めにしたのはわかる。しかし「ニンフェット」概念の対象年齢は9-14歳である。これってつまり当時の白人の発達からすると思春期前~初経ぐらいの間のことなんだが、作中でロリータは14yo以上の年齢にもなるし、初経も迎える。初経を迎えた時には陰毛も生えているし、発達段階もタナー4期にはなっている。おいおいハンバートどうすんの、この娘を。と。そもそもロリータってハンバートの思い出だったヨーロッパの少女にホンマに似ているんか???
さて、ここでまとめると
・ロリータはビッチ。非処女。
・ロリータには陰毛が生えている。
という感じでしょうか。
「ロリコン」は処女感のある清楚で可憐な少女が好き、という雰囲気はあるが、ハンバートが好きなロリータは処女感もないバカビッチを「ニンフェット」として賞賛している。ここで『ロリータ』という作品と「ロリコン」とはすれ違いを起こしている。で、「ロリコン」は無毛が好き!とか無乳が好き!とか股から血を流すのは嫌!みたいな勢力でもあるんだが、少女ロリータは無毛でもなく無乳でもない。初経も来る。「ロリコン」自体が雑多な広がりを持ってしまっている概念だが、『ロリータ』と少女ロリータは、そこからも少し外れている。なぜなんだろうか。
『ロリータ』という作品と、「ロリータ」という少女と、「ニンフェット」と、ロリータファッションにおける「ロリィタ」と、「ロリコン」とは、やはり峻別していかなければならない。という話で行けばいいんだろうが、ちょっとまってほしい。なぜ全てがロリータと呼ばれ続けるのだろうか。なぜ別の名前で呼ばれないのか。もしかして、そのロリータは「アリスコンプレックス」とか「フリフリの服」とか「未成年フェチ」とか「思春期フェチ」とか「前思春期フェチ」で良くないかと思う。しかし混同がされ続けている。もしかしてこれって違うようで繋がっているものではないか。つまりすべてはロリータなのだ。少女幻想の複合体文化の全体を示すものとしてのロリータ、ロリコン。巨大な、コンプレックス。
アリス研究もだらだら読み始めている。
アリスの作者もロリコンだったのは定説で、知り合いの娘の写真を撮りまくり、その思春期前の幼女に語ったストーリーが『不思議な国のアリス』なのはよく聞く話だ。で、そのモデルになった少女は黒髪なんですね。不思議の国のアリスの原作挿絵にはルイスキャロルも口を出していたわけですが、こっちのアリスは金髪。どっちがルイスキャロルのお気に入りなのか。ルイスキャロルは黒髪のアリスに恋をしていたのだが、ルイスの本に出てくるアリスは金髪。なぜ、ロリータと同じように、ズレが生じるのか。
ハンバートがみているドロシーとロリータとニンフェットと世間が思うロリータは違う。ルイスキャロルの撮影モデルになったアリスと、不思議の国のアリスは違う。そしてアリスとロリータは違う。そしてこれらは全て同一のように混同される。
この辺がたぶん次回作の糸口になります。