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アリスのことが気になって(メイキングオブ『アリスとロリータ』)

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アリスのことが気になって(メイキングオブ『アリスとロリータ』)
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アリスのことが気になって

(メイキングオブ『アリスとロリータ』)


イギリスといえば森薫の『エマ』だ。『シャーリー』だ。あと宮崎駿の『ホームズ』だ。坂田靖子の『バジル氏』も外せない。メイド服、メイド喫茶、ロリータ服なんかもこういうのとシンクロしている。まあ正しくないんだけどさ。


なぜ、人はヴィクトリア朝にあんなにひかれるのか。同時にあんなにヴィクトリア朝を左翼は憎むのか。それは目の前の風景をつくったのがこの時代であり、そして今現代を否定するものがこの時代にあるからだろう。


私は引っ越しをした。私は空気とか雰囲気とか感じられないから、旅をするときは、取り合えず土地の歴史を調べる。引っ越した先は歴史なんか無いことがわかった。古代から稲作を行い、古墳を作り、惣村が発達した土地に私は生まれた。数多くの古典作品に引用され、古事記の人物や高僧が旅をし、武将たちが暴れまわった故郷と比べて、なんて人工的な街なんだろうか。赤い土の上に、なんらの古層を掘り起こしたら、そりゃあトトロみたいな作品ができるよなと。


職場の雰囲気には全くなじめない。職場は階級的で男尊女卑的だ。下っ端を見下し、男たちが仕事をしている。私が馴染んでいた、車座になって話し合い、パートのおばちゃんが現場指揮官となって前線で奮闘し、上司はおばちゃんの調整役に徹する。そんな世界ではなかった。「ヴィクトリア朝において家庭と職場が分化し、主婦が生まれた。主婦は家庭の天使になった」的な言説は知っていたが、まったくその意味がわからなかった。けども、それがなんとなく引っ越しをして腑に落ちる感じがした。禁欲な武家の土地に、禁欲で紳士的なヴィクトリア朝の流儀と血流が共鳴し、たぶん日本の近代が生まれたのだ。たぶん。


だからこの土地を見るときに、ヴィクトリア朝が這い出てくる。戦前に建てられた新古典主義のグロテスクな建築の巨大さを讃え、呪うときに、ルイスキャロルのことを思う。


産業革命が起きる。都市に人口が集積する。禁欲なプロテスタントたちが資本主義と社会風潮を作る。と同時に、反資本主義的ロマン主義的なものが流行る。「都市は不衛生。不健康。田舎で本来の暮らしをすべき」的な言説が生まれ、『ハイジ』なんかは「アルプスで本源的な暮らしをしたら病気が治る」って作品だし、宮崎駿という都市民はまんまその通りの作品を作っているように思う。ヴィクトリア朝的な資本主義を解体するには田舎と少女だ!

なおこの反ヴィクトリア的な運動は、本邦においては宮崎のロリ作品になり、また学校では半裸乾布摩擦健康運動として結実し、ドイツではナチズムと合流する。(みんなが大好きやつですね。)


キャロルの少女愛伝説は、史料には否定されているらしい。キャロルはアリスのモデルになった少女にプロポーズなんかしてないし、別に大人の女性だってOKという人だったと。少女のヌード写真を撮っているのは確かだけど、枚数は少ないし大人しいものだと。しかし「大人の女性だってOK」というロリコンは多い。そして不思議の国のアリスはまるで吾妻ひでおのマンガのようであり、キャロルの写真は清岡純子のようだ。もちろん、その関係は「逆」なのだが、ロリコン文化に毒された私はそのようにしか読めない。ゆえにそのように読んだ。と思う。ネオヴィクトリア朝の雰囲気の中では、キャロルは少女愛者としては読んではいけないのだとも思う。


「本物のメイドとは何か」「本物のロリータ服とは何か」「少女とは何か」という本質を問う議論が私の世代にはあったはずだ。アリスとその資料を読む中で、なんとなくその問いへの応じ方がわかった気がした。ヴィクトリア朝も、そして反ヴィクトリア朝も、わがうちにある。路上を今も生きている。


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POSTEDJul 28, 2022
ARCHIVEDJul 28, 2022