初潮前に性交をする日本の習俗について

Next Post
no preview
DESCRIPTION

「13パッチリ、14ケゾロイ、15ホッカリ」というコトワザが、島根県の集落にはあった。13パッチリとは数え年13歳で性交をしていたことである。なおこの「性交」はイニシエーションというべきものでもあった。14ケゾロイとは、数え年14歳で陰毛が生えるということだろう。また証言当時の初潮年齢は満14.5歳(数え年15~16歳)に相当する。つまり無毛かつ初潮前で初交を行っていたわけだ。そしてこういった習俗は島根県の特定の場所だけにあったわけではない。日本人は未初潮娘と性交をしていた時期があったはずである。


若衆宿という習俗がかつてあった。村の若者が集まり宿泊し生活する「共同体」である。詳細は省く。説明は詳しいものがいくらでもある。だが、思春期の若者が集まって「ヨバイ」をする組織と極端に単純化しよう。


若衆宿は全国各地にみられるが、時代と村落によって制度は異なる。参加し始める年齢は、おおよそ数え年13-15歳のところが多い。つまり今の年齢に換算すると満11-14歳といったところか。若衆宿に参加をすることはヨバイの解禁とも言える。


満10~12歳(数え年12-14歳)の少女が性交を経験していた村落は多かったようである。

三重県の熊野市(旧井戸村)では、イニシエーションとして満年齢10~12歳(数え年12-13歳)で初交を行っていた。初夜権は若者のリーダーが握っていたとのことである。同様の儀式は福井県越前町(旧城崎村)や新潟県にもあった。


同様の年令帯の少女が村落の成人男性に破瓜をしてもらう習俗もある。島根県出雲市(旧北浜村)では50歳以上の成人男性によって、満10~12歳の娘たちは大人になるために性交を経験していたようだ。男性には報酬も払われていた。


また西石見地方では親が集落の男性に依頼して娘を大人にしてもらっていた。同じような風習は愛媛県宇和島市(旧御槙村)や大分県日田市(旧夜明村)でも見られるという。なお愛媛県の件は満12-14歳(数え年14-15歳)、大分県の件は満12-13歳である。


つまり、新潟・福井・島根・三重・愛媛・大分という広範囲で満10-14歳での初体験を、村落や親の周知の元で積極的に行っていた、と言える。再確認するが、当時の初潮の平均年齢は14-15歳である。娘らが性交を開始したのは初潮の約2年前である。その身体は、胸はふくらみかけ(タナー2期)で、陰毛は発生していない時期と推定さえれる。


初潮を期に女子を成年とするケースもあったようだが、かならずしも初潮を迎えていなくても成年としていた村落も上記のように存在している。初潮は性交が可能となった「印」であるという言説があるが、おそらくそうとも限らない。上記のようなケースは、初潮前に性交を解禁し、無毛の身体を破瓜させることで成年とみなしていたわけである。



ところで、こういった習俗は明治期には行われていたようである。その後は政府の働きかけもあって廃れていったということである(詳しくは調べないとわからないが、若衆宿は青年団へと移行した。また青年団の勃興期は明治後半である。よって明治後半ごろまでこういった習俗はあったように思える)



参考文献

瀬川清子『若者と娘をめぐる民俗』

大間知篤三『婚姻の民俗学』

藤林貞雄『性風土記』

友部謙一『近代日本における平均初潮年齢の変遷と身長増加速度の分析』

赤松啓介『夜這いの民俗学・夜這いの性愛論』







yasudayasuhiro PIXIV FANBOX 66 favs
VIEWS1
FILES1 file
POSTEDNov 3, 2024
ARCHIVEDNov 2, 2024