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先生はメイドロボ?

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「固目大の花咲クルミです。よろしくね」

中学の時、彼女が家庭教師として初めて俺の家に来たとき。なんか顔がへんだな、と感じた。不細工とかそういう意味ではなく、なんか違和感がある。普通と違うような……。メイクが濃いのかな。テカテカしているというか硬そうというか。気のせいか?

その後勉強を教わっている時、近い距離で彼女の手を見た瞬間、疑念は確信に変わった。めっちゃ綺麗だった。いやそういう意味じゃなくて、作り物みたいってこと。なんかマネキンみたいにも思えた。ツルツルしていて一点の汚れもなく、また部屋の光を照り返しテカテカした光沢まである。普通の人間の手じゃない。改めて先生の顔を見ると、手と同じだった。これは……メイクとかじゃないよな。

でも変な意味に勘違いされるのも癪なので肌の不自然な綺麗さには触れなかった。先生が帰った後、俺は勉強のことなど頭に残っておらず、あのへんな肌について悶々と考えていた。でも、初めて見る肌じゃない。どこかで見たことある気がするんだよな。割とその辺で。うーむ……。

友達の家に遊びに行ったとき、謎の答えを見つけた。そいつん家のメイドロボがお茶を運んできた時、俺はガン見してしまった。花咲先生の肌だ。あのテカテカした皮膚と同じ。そっかそういうことか。どっかで見てた気がしたんだよな。メイドロボたちはメイドロボという枠だから肌がマネキンっぽくても一切何とも思ったことがない。そういうもんだから。先生がやたら引っ掛かったのは人間としてあの肌で現れたからだ。納得。しかし大きな問題が一つ残る……いや浮かび上がる。

なぜ、人間であるはずの先生がメイドロボみたいな肌をしてるんだ?

それから、家庭教師の日になると俺は花咲先生をよく観察するようになった。大学ではメイドロボ風メイクでも流行ってるのかと思ったけど、ネットや雑誌を見る限りそんな流行は存在しない。なのになぜ……単に独特な感性の人なんかな。あまりに注視するので、先生にはよくからかわれるようになった。そういう興味で見てるんじゃないっつーの。腹が立った俺は、ある日とうとう直球に尋ねた。

「先生って、なんでそんなロボットみたいな肌してるんですか?」

先生はその瞬間ピタッと止まり、露骨に視線が泳いだ。そして自らの手をジッと見下ろしてから言った。

「ん~、ちょっと何言ってるかわかんないかも……」

その声は明らかに震え、動揺が見て取れた。先生ってもしかしてロボットだったりする……? でもメイドロボってもっとぶっきらぼうに話すよな。服もメイド服のはずだし……。俺は大学の開発した家庭教師ロボットのテスターにでもされてるんだろうか。

花咲先生は露骨に話題を変えて課題の不出来を戒めてきた。くそ、こうなったら絶対に秘密を掴んでやる。

ある日、部活が長引き日が落ちてから帰宅していた時だった。ちょっと足取りのおぼつかない女性が道を歩いていた。酔っている。危なっかしいなと思いながら追い越し、ふと振り返って顔を見てやると、知っている顔だった。

「先生……?」

「あらぁ~っ、伊藤くんじゃな~ぃ」

ロボットにこんな演技できないなと確信できる出来上がり方で、ほうって帰るのも気が引けたのでしばらく付き添った。やっぱり人間なのか……でもじゃあなんでこんな見た目してんだ?

メイドロボットもとい生体ロボットについてネットで少し調べてみたところによると、あの肌はコーティングによるものらしい。容姿の老化防止とか皮脂などの汚れの分解機能があるらしい。……美容目的か? と思ったけど、当然ながら人間にそんな施術をすることはないっぽい。マジでわからん。

(そうだ。メイドロボといえば……)

人とメイドロボの最大の違い。それは太ももにあるアレだ。人かロボットかはそれで判別できるはず。

(でも太もも見せてくださいなんて言えねえよなあ……)

絶対に変態だと思われてしまう。ただでさえ好かれてると勘違いされて腹立たしいってのに。

ちらりと先生の太ももに視線を落とす。膝が見えないくらいの丈のスカートで、当然ながらお目当ての箇所は見えない。

「じゃ、俺はここで……」

バス停のベンチに座った先生に別れを告げて今度こそ帰ろうとした時、先生の意識がだいぶ朦朧としているのがわかった。寝る。こいつ寝るぞ。そして周囲に人影はない。

俺は足を止め、何かを待った。良心がそんなことをするなと咎めるが、ここを逃してチャンスはない気がする……。

「先生?」

返事しなくなった。寝ている。不用心すぎるだろ。呆れつつも俺は興奮していた。いやそういう興奮じゃない。断じて。

俺は周囲に誰もいないことを何度も、何度も念入りに確認してから、そっと先生の前で屈んだ。最後にもう一度左右後ろを見渡し、先生に意識がないことを確かめ、俺は……そのスカートの裾をそっとつかんだ。何やってる俺。人間だったらマジでヤバいぞ。と頭の中で響く声があるが、俺は我慢できなかった。心臓をバクバクさせながら、俺は静かにスカートをめくりあげ、秘密のベールにつつまれた先生の太ももを覗き込んだ。

(うっ……そ……)

見えた。ハッキリ見えてしまった。夜のスカートの中という暗黒空間の中で、それは淡い光を放ちながら、その身を輝かせている。六桁の製造番号が刻まれている。先生の左脚の太ももに、ロボットである証明が刻印されていた。

(643671)

緑色に光るその数字の光景が、俺の頭の中に製造番号のごとく刻まれた。メイドロボだ……。ネットで見たメイドロボの製造番号と全く同じ種類の刻印。先生はメイドロボだった。

スカートから手を放し、俺は瞬時に距離を取った。大丈夫か!? 誰にも見られなかったか!? ……とりあえず人の気配はないが。

バスが来たので先生を起こし、今度こそ別れ帰路に就いた。さっきのスカートの中がずっと脳裏を離れない。先生はロボットなのは確定だ。人間に製造番号が刻まれるはずがない。でも、じゃあなんで先生はメイドロボじゃないんだ? 普通の服を着て大学に通い、酔いつぶれる……そんなメイドロボ見たことも聞いたこともない。……やっぱ人間か? いやいや、人間の体に光る製造番号はないし、肌もあんなテカテカしてない。……わからん。どっちでもおかしいぞ?

俺はメイドロボについてもっと詳しく調べた。俺ん家にはないからな。友達の家か、家電量販店に並んでるのしか見たことない。俺は花咲先生が店先に静止して並んでいるところを想像してちょっと笑った。しかし本当に一体何者なんだろう?

製造番号はやはり、人間に刻まれることは絶対ありえないらしい。製造番号はナノマシンの焼き印であり、一度刻むと二度と取れない。またメイドロボは白いレオタードを着ていて、それもやはり体と一体化していて脱がせられないとか。……花咲先生を脱がしてみようか。いや流石にセクハラじゃすまなくなってくるな。

他に考えられる可能性としては……製造番号タトゥーということはないか? ないな。頭おかしいし、あれは……明らかに本物だった。思い出すたびにドキドキする、暗中に浮かび上がる緑の番号は、確かに皮膚を刻んで埋め込まれたものだった。

ただ、製造番号があることを知ったからと言って、本人には聞けない。酔いつぶれている時にスカートの中見ましたなんて言ったら問題になるし。悶々としながら、俺は花咲先生の授業を受け続けた。人だかロボットだかわからない先生の。

体育祭の練習中、俺はメイドロボ持ちの友人に、もしもメイドロボがおかしな挙動をするようになったらどうするか尋ねた。再起動するらしい。

「生体ロボットってスイッチとかないけどどう再起動するんだ?」

「コントローラーあるだろ。ま、おまえん家ないからわからねーか」

「ちっ……」

毎週来てるぞ。人間かロボットかわからんやつが。

それをヒントに、俺はメイドロボのコントローラーを中古で購入した。当然だが操作は所有権のあるメイドロボしかできない。もしくは……誰も所有者がいない、買ったばかりのメイドロボか。

「先生って、やっぱ本当はロボットなんじゃないですか?」

「だ~か~ら~、違うって。この肌はそう……メイクなの」

勉強の合間の雑談で、再び俺は切り出した。そして切り札を取り出す。中古のコントローラー。

「あっそうだ、これ友達からもらったんですけど」

先生は一瞬硬直してから、メチャクチャ動揺を見せた。その反応を見て俺はいけると確信。正体を知りたいという気持ちと日頃からかわれてる恨みを合わせ、俺は挑むことにした。

「だったらこれ先生に使ってみても……」

「いやいやいやいや、それメイドロボのじゃん? 人に向けても意味ないって」

声の芯が通っていない。そして数歩後退した。

「あーやっぱそうなんすねー、じゃあこうしても」

「あっ待って!」

先生の太ももに向けて、俺は再起動の指示を送った。その瞬間、起きてはいけないことが起こった。先生が瞬時に気を付けし、抑揚のない喋り方で

「所有者登録を行いますか?」

と発言したのだ。

「えっ……」

俺は衝撃のあまり固まった。お互い動かない時間が過ぎていく。いや、いける気はしてた。先生には製造番号があるしそんな肌してるんだから多分ロボットだろうと想像もしていた。でも、本当に目の前に突き付けられるとショックだった。三か月くらい付き合いがあって、それなりに仲も良かった人が……感情のない笑顔を凍らせ棒立ちで「所有者登録を行いますか?」を繰り返す光景はおぞましかった。

(えっと……どうすりゃいいんだこれ)

元に戻す方法ってある? いや……登録しないとモード変更とかできないのか。でも登録するってそれはつまり……先生が、俺の……所有物に?

勝手にやっていいのかな。先生がロボット……だとしてすでに誰かいるんじゃないのか? でも登録しろってセリフが出るということは、初期状態ということだ。

親に見つかってもまずいので、仕方なく俺は登録することにした。

「と、登録。伊藤修介」

「所有者登録を完了いたしました。続けて当機の名前を設定いたしますか?」

淡々と先生が喋る。怖い。

「名前……名前ね。ええと……花咲先生、じゃなかった、花咲クルミ。で」

「かしこまりました。登録完了いたしました。以後、花咲クルミとお呼びください。なお『花咲』『クルミ』にも反応いたします。ご了承ください」

しばしの間をおいて、先生の瞳に何かが宿り、見る間に顔が真っ赤に染まり、プルプル震え出した。

「なっ……にっ、してんの……よぉ~っ!」

「えっ……いや、だって……」

マジで聞くとは思っ……思ったけど、いや……ええと……。

「今すぐ解除しなさい!」

先生がすごい形相で迫ってきたので、思わず

「ちょっと待って!」

と叫ぶと、先生はピタッと動きを止めた。時間を止められたかのように動かない。マネキンのように立ち尽くす先生に、俺は

「ええっと、所有者登録について何かいうの禁止!」

と告げた。すると先生は穏やかに背筋を正し、

「かしこまりました」

と返事し、少したってからまた顔を赤く染め、唇をギュッと結んで恨みがましい目で俺をにらんだ。

「いやあの、ご、ごめんなさい。まさかその……こうなるとは……」

親が何事かと部屋に入ってくると、先生はあわてて取り繕った。追い返してから俺に近づき、憤怒の形相で囁いた。誰にも言うな、変なことするな、できるだけ早く解除しろ、と。最も最後の要求はさっきの命令のせいかモゴモゴしてハッキリとは口にできなかった。まあ雰囲気で伝わるが。

俺は解除と引き換えに、先生の正体を明かしてほしいと言った。人間なのかロボットなのか。この状況で人間の可能性残ってるか謎だが……。でも人間として生活してたのは確か。

「に、人間よ。決まってるじゃない」

「ええ……」

マジかよ。じゃあなんでメイドロボ用のコントローラーで再起動されたんだあんた。しかも所有者登録できて、俺の命令聞くようになっちゃったし。どういう人間だ。

「製造番号見せて」

「かしこまりました……ああっ」

先生は自らのスカートを迷うことなくサッとたくし上げ、いつか見た643671の番号を露わにした。ついでに下着も。

花咲先生が泣きそうなので、俺はすぐスカートを下ろさせた。

「人間ならさ、なんでこんなことになってんの?」

「それはっ……」

そこで口ごもり、急に無機質な答えが返ってきた。

「その質問にはお答えできません」

「ええ? なんでだよ。命令だ。教えろって」

「その質問にはお答えできません」

どういうことなんだ。今俺が一応所有者のはずだろ。なぜ……?

そうこうしているうちに時間になったので、俺は先生を解放することにした。登録は解かないが。改めて今回の騒動を誰にも言わないよう厳命し、それ以外は普通にするよう指示。先生は納得できないような表情で帰りたくなさそうだったが、帰らせた。

「ふう……」

どうしよう。ロボットだったよ。マジで。でもなんで人間として振舞ってたんだ? ……ていうかこれ窃盗にならないよな? 大丈夫だよな?

急に不安になって調べた。相手の所有者が出てきたらなりそう。でも……登録もせず初期状態でその辺をうろつかせてた方が悪いだろ。相手の落ち度だって。

その後も家庭教師の日にちゃんと先生はやってきた。まあ、登録されちゃった以上逃げるわけにもいかないか。すごい怒ってる。けど登録については何も言ってこない。ジェスチャーでコントローラーと自分を交互に指さしてから指でバッテンを作り、解除してほしいと願ってはきたものの、なんかその様子が可愛くて笑ってしまった。

「もう! 笑い事じゃないから! 犯罪だから!」

「あ、やっぱ窃盗になりますかね……」

「はぁ!? なんで窃盗……」

そこで先生はまた顔を紅潮させた。

「わ・た・し・は! 人間です!」

「気をつけー」

先生はあらがう様子も見せず瞬時にマネキンと化した。

「お、お願い……マスター……ああああ」

先生が俺をマスターと呼んだ瞬間、また笑ってしまった。ますます顔を赤く熟させる先生。結構可愛いじゃん。でも誰かに聞かれたらとんでもない誤解を招くので、伊藤くんと呼ぶよう指示した。

ただ、俺が知りたいことはどうしても教えてくれない。本当に人間ならどうして今メイドロボとして振舞っているのか。製造番号があるのはなぜか。前の持ち主がそういうキャラクターとして設定したのか? でも初期状態だったんだよな……。

「その質問にはお答えできません」

強情だな。くそ。

「本当に人間なんですよね?」

「……だからそう言ってるじゃない……」

すっかり勢いが弱弱しくなった。そりゃそうか。

「じゃあ、本当に人間なら……」

「バカバカバカっ、何考えてんのっ、やめて!」

ちょうど体育祭前日の夜だったので、俺は先生を連れて中学校に入り込んだ。人間なら拷問が効くよな?

先生がどうしても口を割らないので、俺は大恥をかかせてみることにした。周囲にはバレないように。明日の体育祭では、学校のメイドロボたちがチアリーダーになるのだ。俺はメイドロボたちが充電台の上で固まっている倉庫に侵入し、先生を余っているチア衣装に着替えさせた。白いラインが入ったピンクのチア衣装。その過程で、先生が純白のレオタードを下に着ているのがわかった。少し厚みがあり、ゴムっぽくもあり、樹脂のようでもある質感だ。チア衣装はワンピースだからレオタードは隠せる。着替え終わった花咲先生は真っ赤っかだ。ただ、知り合いがいてバレるとまずいので、棚にあったメイドロボ用の染色剤を借りて、先生の髪をピンク色に変えた。アニメみたいに鮮やかなピンクで、ガラッと印象が変わった。マネキンのような肌の露出が増えたのも相まって、まるでアニメキャラの等身大フィギュアみたいに見える。先生に明日、他のメイドロボたちと一緒に働くよう命令してから、今夜は倉庫で待機するよう指示。

「嘘ウソうそ、バカバカ、ほんとにやめて、お願いだから」

「じゃあ教えてくださいよ。なんでロボットやってんですか」

「だからっ……その質問にはお答えできません……答えられないのっ、そう決められて……」

ちょっと答えが変わったぞ。俺は立ち尽くしながらわめく先生を置いて、人目に気を付けながら帰宅した。明日は見物だな。

翌日。体育祭が始まると、中学所属のメイドロボたちがチア姿で一列になって姿を現した。俺は思わず吹き出し、周囲から心配された。いる。いるよ。マジで。どうやら逃げ出すことはできなかったらしく、髪をピンクに染めた花咲先生がメイドロボたちに混じって、全く同じ笑顔を浮かべ、隊列を乱すことなく自然に混じって行進している。

競技が始まると、チア姿のメイドロボたちは一糸乱れず同じ動きで応援を開始。先生も他のロボたちと全く同じ動きをして、知らん中学の生徒たちを応援し始めた。両手にポンポンを持ち、全力で手足を挙げている。……あの中に自称人間が混じっているなど、誰一人気づかないに違いない。俺は笑いを我慢できず、中々体育祭に集中できなかった。

昼休みに近づき、小声で「午後も頑張って」と声をかけると一瞬動きを止め、笑顔が不自然になったものの、すぐ元通りになった。ここでバレるよりはバレずにやり切った方がマシと本人も判断したらしい。恥ずかしすぎるよな。……でもそれってやっぱ人間ってことなのか?

また夜に先生を回収に行くと、ぶん殴られた。メイドロボは人間に危害を加えられないはずなのに……。

「ごめんって」

「信じられない! なんてことするの!?」

「だってどうしても話してくれないから……」

「~わかった! 話す! 話すから二度とこんなことしないで! いい!?」

「……はい」

「でもねごめん、私話せないの」

どっちだよ。

「だから……勝手に繋げて」

先生は断片的に過去の自分の経験を話し始めた。メイドロボの製造工場に立ち入ったことがある。工場はほぼ無人で動いている。生体ロボットたちはライン全体に流れる電気信号で操作されている。生体ロボットたちは概ね人間と同じ構造をしている。製造番号は消せない。

「はぁ……」

「つまり……そういうこと」

どういうこと? しばらく無い頭で考えてもよくわからなかった。ただ何となく冗談めかして

「まさか工場でメイドロボに改造されたなんてことは……」

というと、先生はビクッと震えた。

「え、マジ……?」

「……その質問にはお答えできません」

と言いつつ、先生はわずかに首を縦に揺らしたような気がした。

ウソだろ。そんなことありえる!? 大問題じゃね? そんなんあったら即ニュースに……あ!

「元に戻す代わりに無かったことに……話せないようにした……されたと」

「その質問にはお答えできません……」

先生は俯いた。おおぅ……マジか。マジかよ。そんな闇の深い案件だとは思ってもみなかった。変な趣味の人が人間っぽく過ごさせてたとかじゃなく、本当に先生は……人間だったんだ。悪い事したな。ものすごく。

俺は先生に謝り倒して、次家に来た時に所有者登録を解除することを約束した。

「所有者登録を行いますか?」

(ダメだー!)

所有者不在になると初期状態になってしまう。人間モードに戻せない。何度やって色々試してもダメだったので、仕方なくまた再登録して先生を人間状態に戻した。メーカーに設定してもらうしかないんだろうな。でもそしたら俺も巻き込まれるな……ヤバい事件に。

先生もメーカーにはできれば頼りたくないようだったので、俺はこのままでもいいんじゃないですかと提案した。所有者がいない状態だと無防備だ。また誰かが先生を所有物にしてしまうかもしれない。そしてそれが悪意のない人間だとも限らない……。

「伊藤くんみたいに?」

衆目の前でメイドロボに混じってチアをやらされたことをかなり根に持っているらしい。その節は誠にすみませんでした……。

二度と先生に命令をしない、変なことをさせないという条件で、俺は登録したままにしておくことを何とか合意してもらった。だってどうしようもないし。先生は不服そうだったけど。

花咲先生の家庭教師はそれからも続き、結局一年ほど教えてもらった。命令しないと約束はしたものの、後半はじゃれあいみたいな空気の中で、俺が試験でいい結果出した時に可愛く褒めさせたりとかはやった。先生が家庭教師をやめた時も結局所有者の設定はそのままで別れたが、一年でそれなりに信頼を勝ち取れたのか、特に何か文句を言われることもなかった。俺も別れた後はたまにメッセージのやり取りするぐらいで、何か悪戯を仕掛ける気もなかった。月日が経つにつれ完全に繋がりも切れて、先生のことは単なる中学時代の家庭教師でしかなくなっていった。

だから、驚いた。大学生になった時、家に突然先生が送られてきた時には。警察から届けられた大きな箱からは、フリフリのピンク色のメイド服に身を包んだ花咲先生が収められていた。ピクリとも動かず、まるでマネキンのようだ。髪も懐かしいピンク色に染まり、かなり伸びている。

「あの……これは」

話によると、事故に巻き込まれたらしい。ニュースを騒がしている大型の自動車事故だ。

(ああー……)

合点がいった。太ももに製造番号を持ち、艶々した肌を持つ先生は救助から人間だとみなされなかったのだ。そして……どうやら事故を引き起こした車の運転手がメイドロボを「修復」して「持ち主」に届けてくれたというわけだった。

警察が帰った後、俺はポカーンとしながら箱の中でお人形のように固まっている先生を見下ろした。こんな再開するとは思わなかったな。先生を「所有」してたこともすっかり忘れていた。しっかしこれは……なんだよこの格好は。全身ピンク色だ。

「えっと……起きれます?」

花咲先生が立ち上がった。短くもボリューミーなスカートの裾をつまみ、恭しく頭を下げた。スカートの前に両手を重ねて背筋を伸ばすと、俺を可愛らしい笑顔でジッと見つめた。何も言わない。

「先生?」

「先生を呼び名に登録しましょうか?」

先生の声こんなだっけ。なんか高いな。少し待っても自発的に動き出さないので、

「……自己紹介できる?」

と要求すると、

「メイドロボ643671号、花咲クルミです」

と答えた。気のせいだろうか、彼女の頬が赤くなっている。

「番号見せて」

「かしこまりました」

ふわふわスカートと白ニーソの間に刻まれた緑色の番号に違いはない。脳裏に焼き付いた青春の光景の一つと同じ。間違いなく先生だ。……でも先生って自分で動いてたよな?

「自分で動けないの?」

「何か御用の際はお申し付けください」

先生はニッコリとほほ笑んだ。微かにその微笑みに硬さを感じる。やれやれ……自分で動くのは無理みたいだな。

とりあえずキッチンの掃除を命令した。

「かしこまりました、伊藤くん」

最後の呼び方にちょっとドキッとした。そういえばそう呼ぶようにしてたかな……。先生は腰の後ろにくっついた大きな白いリボンを揺らしながら、いそいそと掃除を始めた。先生の意思は多分まだ生きている。わずかな所作から感じ取れる。表に出せないだけだろう。どうしてこうなったかは……「修復」のせいだろうな。

正直こうなってしまうと、もうお手上げだ。こうして全身をピンクに染めたメイドロボ・花咲クルミは名実ともに俺のメイドロボとなったのだった。

あとで確認をとったところ、この服装と可愛らしい所作は、修復した人のサービスらしい。サービスねえ……。気に入らなければ普通にすると言われたが、俺はこのままにしておくことにした。修復した人も先生が人間だったことには気づいていないようだった。事故で意識を失った後、目覚めるまでに終わってしまっていたのだろう。可哀相に。

「キッチンのお掃除が終わりました」

先生は長い白手袋で覆われた白い手をスカートの上で重ねる基本姿勢で待機していた。先生ってこんなに小さかったかな……まあ中学生だったしな、俺。俺が成長したのと、あと先生は老化防止コーティングをしていたせいもあるだろう、ずいぶん子供っぽく見える。服装のせいかもだけど。

「ごめん先生。多分どうしようもないと思うし、このままウチでメイドロボやってもらっていい?」

「はい。かしこまりました」

記憶より高い声で頭を下げる先生。気のせいか、どこかから「なんでよーっ、もっとちゃんと調べてーっ」という声が聞こえた気がした。

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POSTEDNov 8, 2025
ARCHIVEDNov 8, 2025