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ねじ巻き人形

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あー、やる気でないなあ。今日が締め切りの課題にどうしても取り組む気力が起きず、私はベッドに突っ伏した。書かないといけない。それはわかってるのに、どうしても始められない。落としたらヤバいのに。あー。

こういう時に限って何故か、他の事がすごく気になってくる。たまってる家事片づけたい。あの漫画更新してるはずだから読まないと。甘い物食べたい。逃げる口実が次から次へと頭の中に浮かんでくる。課題の中身は思い浮かばないのに。

夜風に当たればリフレッシュできるかもと、私は外にでた。これも逃げかな。近くを当てもなく歩いていると、見慣れないおばあちゃんが椅子に座っていた。前に横長の机を置いて。

「やる気が出ないのかい?」

おばあちゃんの第一声に、私はドキッとした。まさに今の状況心情を見抜かれたからだ。どうみても怪しいし不自然なのに、私は吸い寄せられるようにして彼女に近づいた。気が付くと、机の上にさっきまでなかったものが置いてある。いつの間に……。それは大きなねじ巻きだった。玩具についているようなデザインで、金色にメッキされている。30センチはあるデカさ。

「これを付けて巻けばやる気がでるよ」

「え? どういう……」

おばあちゃんが椅子から立ち上がり、ねじ巻きを手に取って私の後ろに回った。私はまるで金縛りにあったかのように動けず、背中にねじ巻きが押し当てられるのを黙って受け入れることしかできなかった。ねじ巻きはまるで誂えたかのように私の背中に断面がフィットした。背中とねじ巻きの間に隙間が生じない。まるで私とねじ巻きは元から一体だったかのよう。こんなことありえない。けど、不思議な安心感がある。おばあちゃんはねじ巻きを回し始めた。私の中で、何かがギリギリと音を立てながら回り始めた。

(な……何!? これ……)

生まれて初めての感覚だった。体内で歯車が回っているみたい。私は人間なのに。そんなものないはずなのに。

「やりたいことを思いながら回すんだよ」

おばあちゃんが私のねじをギリギリ回しながらそう言った。やりたいこと……私がやりたいのは……やらないといけなかったことは……やる気が出ずに困っていたのは……。

「課題……」

「ほいきた」

ねじが最大まで巻かれた。体内の歯車が止まる。おばあちゃんがねじから手を離した瞬間、逆方向に歯車が稼働し始めた。そして……。

「あっ、失礼します!」

私は大きな声でそういうと一目散に駆け出した。課題。課題やらないと。単位落としちゃう。あと6時間しかないのに何やってんだ私。こんなことしてる場合じゃない。頭の中で書くべき内容が次々思いうかび、文章にまとまっていく。早くこれ書かないと。急げ。

家に戻った私は猛烈な勢いでキーボードを叩き出した。脳内は課題の内容でいっぱいで、他に何も考えられなかった。

課題の提出を終えた瞬間、スッと頭の中がスッキリした。熱が急速に冷めるような、正気を取り戻すような、憑き物が落ちる気分だった。課題終わったという安心感もそこそこに、自分が不審な老婆のいうことを聞いて背中に変なものをくっつけたこと、それを今まで一切気にせず課題に集中していたことが急に恐ろしく思えてきた。いやいやいや、おかしくない? なんで私あんな見知らぬ……どう見ても怪しい人のいうことを……。背中に手を伸ばすと、ねじ巻きはしっかりとそこにあった。夢ではない。取っ手に指をかけて引っ張ると、ポンと簡単に取れた。金色のねじ巻きは見た目ほど重くはない。それが一層不気味さに拍車をかける。なに、これ? 怖いんだけど。さっきまで本当に課題のことしか頭になかった。やる気出るって言ってたけど、やる気が出るというか洗脳というか……。このねじ巻き、本当なの? 人にくっつくのもおかしいし、やる気が出るのもおかしい。なんか体内に歯車あるような感覚まであった。私はそっとお腹をさする。……大丈夫だよね? 気のせい、錯覚……。ていうかなんでねじ巻きつけられただけでやる気でるわけ? 玩具じゃあるまいし……。

あのおばあちゃんは元マジシャンか何かで、私に上手く催眠でもかけたのだろうか? さっきまで自分に起きたことを現実的に解釈するならそれしかない。私は夜遅くにも関わらず外に出て、あのおばあちゃんを探した。でも彼女がいたはずの道には誰もおらず、椅子も机も見当たらなかった。

後日、暇なときに私はねじ巻きを自分の背中につけてみた。どうしても気になった。これって効果あるのかな。だとしたら便利かもしれない。でも一人だと背中につけるのが限界で、回すことは難しかった。デカいし。しかし服越しにも隙間なく体にフィットする感触は、このねじ巻きが常識で計れない魔法の道具である疑惑を残すには十分だった。外すと平らな断面なのに、背中にピッチリ沿うようにフィットするのはありえない。やっぱり、ただ催眠導入に使われただけの玩具ではない。このねじ巻き自体が何か……変な力を持っているに違いない。私はそう感じた。

彼氏に相談してみると、割とノリが良く検証に同意してくれた。

「でかっ。これマジ?」

「あー、うん。回してみてほしいの」

「こう?」

背中にねじ巻きが装着される。背中とねじ巻きの間に隙間が一切生じない。私の背中の形状に合わせて微細に変形しているとしか思えない。でも、そんなことありえるだろうか。ねじ巻きそのものは硬くて変形するようには感じなかった。

「で、なんのやる気だすの?」

「ん? そうね……」

そこ考えてなかった。私より先に彼が

「じゃ、部屋の掃除すること」

と告げて、ねじ巻きを回し始めた。その時、体内にあの感触が蘇った。

(んっ……)

まただ。催眠でも夢でもなかった。私の中に歯車がある。歯車がお腹の中で回っている。彼のねじ巻きに合わせて。私は思わずお腹をさすった。

「待って。私のお腹……」

しかし彼のねじ巻き速度はおばあちゃんよりずっと早かった。乱暴にグイグイ回し、あっという間に限界。体内の歯車もすごい勢いで回り、ものすごく気持ち悪かった。

「おえ……」

「スタート!」

彼氏が手を離した瞬間、頭の中が片づけのことでいっぱいになった。きったないなあ。彼氏来てるのにこれは酷い。早く片付けないと。ズボラすぎる私は。

私は彼氏のこともねじ巻きのことも意識できなくなり、猛烈に部屋の掃除をどう進めるかしか考えられなくなった。

気が付くと私はシンクを丁寧に拭いていた。頭の中に掃除以外のことがゆっくりと浮かんでくる。あれ? 私は……そうだ。ねじ巻きの実験を頼んだんだっけ……。振り向くとだいぶ部屋が綺麗に整頓されている。彼氏はコタツでぬくぬくしながら動画を見ていた。

「ねえ、ちょっと……」

「ん? 終わった?」

「掃除は終わってないけど、やる気は終わったかな……」

彼氏を小突いてから、感想戦をした。ねじ巻きは本物のやる気スイッチらしい。掃除のことしか考えられなくなっていた間の記憶もないわけじゃない。ちょっと洗脳みたいでやっぱり怖い。でも便利っちゃ便利。欠点は一人だと使えないことか。

「次、あんたね」

「えー、俺も?」

「決まってるでしょ」

彼の背中にねじ巻きを当てると、くっつかなかった。手を離すとねじ巻きが落ちてしまう。

「あれ?」

「下手くそか」

「はいそこ黙るー」

しかし何度やっても上手くねじ巻きを彼の背中に装着できない。頭に刺そうとしたけどダメだった。彼に感触について尋ねたが、背中にフィットするような感触はなかったらしい。安っぽい樹脂の断面がコツコツするだけだと。おかしいな……。もう魔法の力は失われてただの玩具になっちゃったのかな。

「じゃあ、もう一回芽依やってみようぜ」

「え?」

「お前のねじ巻きだろ、これ」

私は発条玩具じゃないんだけど……まあいいか。再び背中につけてもらうと、なんとフィットしてくっついた。

「つくじゃん」

「あれ?」

「これなー、やっぱお前専用なんじゃね」

「えー、なんで?」

「お前が最初に使ったからとか? まあいいや、掃除最後までやろうぜ」

「え? いやそれは……待って。もういいって」

彼がねじを回しだす。また私の中で歯車が回る。逃げようと思ったものの、体が動かない。正確には動く気が起きない……。一度でもねじ巻きされてしまうと、逃げる気が起きなくなるらしい……。え、ヤバない?

すぐ全開まで巻かれ、私の脳内は掃除の続きのことで埋め尽くされてしまったのだった。

(ああもうっ、なんで私限定なんだか……)

検証の日以降、彼氏はよく私のねじを巻いて遊ぶようになった。どうやらやる気の選定は回す方に権限があるらしく、私がやりたくないこと、想像もしていなかったことでも彼がそれを思ってねじ巻きすると私はそれを全力で実行してしまう。やる気出させるというより、やっぱ洗脳アイテムな気がする。私は気が付けばメイド服でご奉仕していた。着替える際にねじ巻き外したにも関わらず、効果は解けなかった。一度巻いたらねじ巻き外しても継続する。これは嫌な発見だった。外で私に変なことをさせるのも可能だということだからだ。

「もーねじ巻き禁止!」

私は人形じゃない。そう叫んで私はねじ巻きを取ろうとしたが、彼にあっさり没収されてしまった。彼氏はねじ巻きを持ち帰ってしまい、私は途方に暮れた。困ったな。誰かに相談……しようにも信じてもらえないだろうし。外でねじ巻き刺されて変な命令やられたらどうしよう……。

(そうだ)

馬鹿正直に全部話す必要もないよね。私は共通の友人である落葉さんに連絡をとった。ねじ巻きを取り返してくれるよう相談。洗脳アイテムであることは明かさず、大事な思い出の品ということにした。引き受けてもらえたので、一安心。あとは彼に背中見せないようにしなくちゃ……。

三日後、大学でコーヒー飲んでいると、落葉さんが首尾よく取り返したねじ巻きを持ってきてくれた。間違いなくあのねじ巻きだ。

「わー、ありがとう。ほんと助かったー」

受け取ろうと手を伸ばすと、彼女が手を引っ込めた。その瞬間、嫌な予感がした。

「そのねじ巻き」

彼氏から何か聞いたのか問う前に、落葉さんが背中に回って私にねじ巻きをくっつけた。

「あっ、ちょ」

「ごめーん、ちょっと試させてー」

手早く一巻きされてしまい、私は抵抗できなくなった。まずい……事情を聞いてしまったらしい。一体何を……。体内で回る歯車に辟易しながら、私は人形と化していった。

正気を取り戻した時、私は魔女のコスプレをして子供たちにお菓子を配っていた。

(あれぇー……)

近くで落葉さんが子供たちと遊んでいたので見つめると、ねじが切れたことに気づいたのか近づいてきた。

「いやごめんごめーん、人手足りなくてさー」

「ねじ巻きは?」

私の背中にはない。着替えたからだろう。

「大学ー」

「返して」

「あとでねー」

ああもう。どいつもこいつも。しかし途中でほっぽり出して抜け出すわけにもいかず、私はお菓子配りを最後まで手伝った。

大学に戻ると、案の定落葉さんはねじ巻きを返してくれず、また私の背中に装着。気が付いたら私は彼女の家の掃除をしていた。しかもねじが切れたのに目ざとく気づき、私が何かする間もなく、すぐにまた体内の歯車を回されてしまい、掃除を完遂させられた。

夜中に正気を取り戻した私はようやくねじ巻きを取り返し、寝ている落葉さんを起こさないようこっそり家を出た。はぁ……疲れた。もう人を信じられなくなりそう。

このねじ巻きどうしよう。そのまま捨てる……のは怖い。壊してからでないと。でも、勿体ない気がする。この先大事なことなのにやる気でなくて失敗するようなことがあったら、きっと私はねじ巻きを破壊して捨てたことを後悔するだろう。ていうか使い方を間違えた……というか間違われただけで、単純に常識を超越したマジックアイテムであることには疑いの余地がない。もし秘密の解明とかできたらすごいことができるかも……。欲と保身が、勿体ない。あとで後悔するかも。という思考を引き寄せる。

考えあぐねた末、私は実家に送って保管してもらうことにした。これが多分一番いいかな。

二年後、就活で私はねじ巻きを引っ張り出した。中々上手くいかず、追い詰められた私はいとも簡単に封印を解いてしまった。今度は悪用の隙を生まないよう、セルフでねじを巻くための力学装置を作り上げ、自分で自分を巻いた。やる気に満ちた状態で書くもの喋る内容はどれも素面のものとは出来が違い、私の就活を成功に導いてくれた。身の丈を超えた成功に。

(疲れたぁ……)

誰もが知る大手に就職できたはいいものの、激務続きで帰宅はいつも夜遅く。家に帰っても、何もやる気がでない。いつしか私はねじ巻きに頼り切るようになった。最後に素面で過ごした日はいつだったろう。ねじを巻かなきゃやってられない。家事もできない。食事の気力すら沸いては来ない。私は背中にねじを付け、キリキリ巻いた。食事も掃除も、体内の歯車が動いてくれないとさっぱりこなせない。日中の仕事もだ。

朝起きると思うのは会社に行きたくないということだけ。それ以外は何も頭に浮かんでこない。私はもはやルーティンと化したねじ巻きを行った。会社にいくやる気。それはもう歯車回さない限り引き出せない。朝食も自分の意思で食べなくなって久しい。ねじを巻かないと。

会社にもねじ巻きと、コンパクト化した巻き装置を持っていく。切れるたびにトイレで自分のねじを巻く。体内の歯車が擦り切れるんじゃないかと思うくらい回した。一日の大半は私じゃない。やる気を強引に引き出した人形の私だ。ねじが切れた時の落差は日に日に大きくなっていく。だから余計にねじ巻きしなくちゃやってられない。

もうねじが切れないといいのに。もしくは切れるたびに自動で巻くようになってくれたら……。最近はねじを巻くやる気をねじ巻いて出したくなってきた。

人形でいる間は余計なことを考えなくていいから気が楽。切れると一気にいろんなことが噴出し全身が鉛のように重くなる。ねじが切れた状態で家に着くと、一気に動けなくなってしまう。ああ……ダメだ。ねじを巻かなきゃ。動けないよ。疲れた。

鞄からねじ巻きセットを取り出すやる気を出したい。でも出ない。糸の切れたマリオネットか、ねじの切れた発条玩具かのように、私はいつまでも床に倒れて動けなかった。

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POSTEDNov 23, 2025
ARCHIVEDNov 23, 2025