「ねえ芽依……ちょっと話があるの」
お母さんが真剣な空気で切り出す。察しはつくので、掛布団を握りしめて身構えた。内容は予想通り、私を社会復帰させようという話。それも、そういうのをやっているNPOだかNGOだかに私を引き渡し、面倒を見てもらうという、今までで一番の強硬策だった。
「いやだ……」
長く出番を与えていない私の喉は、すぐ近くのお母さんにも届く声量を発することができず、私は布団の中により一層深く潜るだけだった。
「では、娘さんをお預かりします」
一週間後、知らないおじさんとおばさんが私を連れ出しに来た。逃げる気力も抵抗する気力もない。せいぜい、布団にしがみつくくらい。あっさり引き出されたけど。ここで暴れられるようならそもそも引きこもってなんかいなかったろうな、きっと。ボーっとそんなことを思いながら、私は古いパジャマ姿のまま、車の後部座席に乗せられた。
嫌だな……なんか色々無理やりやらされるのかな……絶対無理……どうしよ……どうもなんない……。
おじさんたちが家に来て説明している間、私は部屋で布団を被っていたので説明聞いてなかった。社会復帰率百パーとかは聞こえてきたけど、怖すぎるよ。何されるんだろう。逃げたいよ……。
私は町中にある図書館みたいに大きな施設に連れてこられた。今更だけどパジャマのまま連れ出されるのおかしくない? 車から施設に入るまでが恥ずかしかった。入った後も自分だけヨレヨレの古いパジャマで、両脇を社会人らしい格好してる二人に固められているのが惨めだった。
更衣室に通された私は、一緒に入ったおばさんに白いレオタードを手渡され、これに着替えるよう指示された。何これ……なんでこんな変な格好しないといけないの? セクハラじゃないの?
でも抗議する気力も逃げる体力もない。私は黙ってパジャマを脱いた。
「あ、下着も全部脱いで」
「ぁ、ぁぃ……」
人前で全裸になるのすごいやだ。おばさんが終始ニコニコしてるのも不気味。仕方なく裸に直接レオタードを着る。でもこれ、変。服っていうよりソフビ人形の胴体みたい。ゴムと樹脂のあいの子みたいな質感で、ずっと形を保っている。どうやって着ればいいの?
「大丈夫よ、よく伸びるから」
「……」
おばさんの言う通り、伸縮性が高く柔軟だったため、強引に首と手足を通すことができた。着ると急にレオタードが縮こまり、私のだらしない胴体にぴちっと張り付いてきた。
「ひぇ」
なんか怖い。これなんなの? 皮膚とレオタードの間に、一ミリの隙間も生まれない。体を捻っても、ずっと張り付いたままだ。新しい皮膚みたい……。
それから白い簡素なワンピースを渡され、私は見た目はレオタード姿ではなくなった。その後個室を与えられ、更生プログラムは三日後に始まると告げられた。その間、レオタードを脱がないように、とも。怖い。トイレは? お風呂は?
このレオタードなんなんですか。と聞きたかったけど、長い引きこもり生活のせいで上手く声が出ない。納得して了承したと思われたのか、おじさんたちは部屋から出ていった。
(はぁ……)
私はベッドに転がった。疲れた……。着替えただけだけど。部屋は病院の病室みたいだけど、なんだかひどく無機質に感じる。理由はわからない。
ガチャリ。鍵のかかる音がした。私は起き上がってドアの取っ手を掴んだ。開かない。外から鍵かけられてる。……え、これ監禁じゃないの?
しかも、どうも中からは鍵を開けられないらしい。ええー……。酷いよ。なんでこんなとこに私を預けたの……お母さんもお父さんも。
またベッドに横になる。そして、部屋にトイレもバスもないことに気づく。職員を呼び出すためのブザーとか、パソコンとかも見当たらない。……こ、ここ本当に大丈夫? 私は薄いタオルケットを被って、一人震えた。
不思議な三日間が過ぎた。ドアが開くのは食事の時だけで、それ以外はずっと閉じ込められる日々。元々引きこもりだから別に外出てやりたいこともないんだけど、監禁されているという状況が怖くて私は怯えていた。特にやることもないまま、無為な時間が過ぎていく。
ただ奇妙なことに、トイレに行く気が一度も起こらなかった。お風呂にも入ってないけど気持ち悪く感じない。変なにおいもしない……どころか体がいつになく清潔で調子がいい気する。なんでだろう……。このレオタードが何か関係あるのかな。
三日経ち、別室で更生プログラムの説明を受けた時に、全ての謎は解かれた。このレオタードはメイドロボなどの生体ロボットに使われているものらしい。組み込まれている自己修復機能の力で、私はメイドロボに近い体にいつの間にか改造されていたというのだ。
(そ、そんなの聞いてない……)
了承もとらずにそんなことしていいの? お母さんお父さんにはしてたんだろうか。……もし連れ出される前にそんな説明受けてたら流石に抵抗したろうな。だから?
担当の職員曰く、私はもうトイレに行く必要ないし、お風呂入らなくても常に清潔でいられるらしい。ただ、代償にこのレオタードが体と一体化して脱げなくなる、と。引っ張ると確かに脱げなかった。皮膚事引っ張られる。皮膚とレオタードが一分の隙もなく癒着している。
(このための三日だったんだ……)
今更逃げても、これはもう脱げない……。酷いや。私一生、こんな姿と身体のままなの? これじゃ逆に社会復帰遠のくじゃん。引きこもるしかないよ……。
という私の疑念に、職員が不気味な笑顔で答えを返す。これから私はいつの間にかナノマシンで体にインストールされた生体ロボ用AIによって動くというのだ。それで社会生活に必要な経験を学んでもらうと……。ど、どういうこと? いやだ。体をAIに乗っ取られるなんて。だって、それって私……ロボットにされちゃうってことでしょ!?
「ぁ、あの、私……」
頑張って振り絞った声を無視して、職員が目の前でタブレットを叩いた瞬間、座っていた私は勢いよく立ち上がった。
(ひゃっ……?)
身体が、勝手に。……動けない。
冗談じゃなかった。私、本当にロボットにされちゃってたんだ。
職員が部屋のドアを開けると、何の指示も受けていないのに私の身体はひとりでに動いて部屋から出ていく。立ち止まることなくスムーズに廊下を歩いていく。これから何をすべきか、全て知っているようだった。私は何も知らないのに。この体の……持ち主なのに。
そうして、更生プログラムとやらが始まった。私はフリフリのミニスカメイド服を着せられ……いや、身体が勝手に着ちゃう。白タイツと長い手袋、ヘッドドレスもおまけに。死ぬほど恥ずかしい。私みたいなのがこんな格好……。最悪。しかもその姿で外に働きにだされてしまうのだから、比喩じゃなく顔から火が出そうだった。私みたいな終わってる女がこんな格好で表を歩かされ、しかも……。
「更生館の派遣メイドロボですっ、よろしくお願いしますっ」
(なに、なに言わせるのぉ!)
とても明るくハキハキした喋りで、とんでもない自己紹介をさせられた。私の喉からこんな声出ることあるんだと思わず感心する気持ちと、今すぐ自害したいほどの耐えがたい羞恥心が私を襲う。
(や、やめて……死ぬ……)
しかもメイドロボを名乗らされているのが悔しい。そりゃ、人間をこんな扱いしてるのバレたら大変なことになるだろうけどさ。人権侵害だよ、こんなのひどすぎる……何が更生プログラムなの。
ただ、その後派遣先の家でいそいそと家事を始めた自分の動きに、思わず納得してしまった。熟練の家政婦のように迷わない、よどみのないスムーズな家事のこなし方。それを直接、身体で体験させられている。これを憶えろってことなんだろうな、きっと。私はそう感じた。
でも、自分が知らない仕事とノウハウをこなされていくのは、自分が自分じゃないみたいで恐ろしくもある。こんなの、私じゃない。ただのメイドロボだよ……。
「おかえりなさいませ」
派遣先の家の人が帰宅すると、私は短いスカートの裾を持ち上げて頭を下げる。うぅ、やだぁ……。やめてぇ。私、こんなのキャラじゃない……。
「本日はご利用ありがとうございました。次回のご利用お待ちしております。では失礼いたします」
入れ替わりで家を出て、ようやく業務が終わる。滅茶苦茶疲れた。「私」は何もやってないけど、身体は私だもん。疲れは全部AIじゃなく私持ちだ。理不尽すぎない?
その後、メイド姿で施設まで帰る羽目に。誰か知り合いに見られたらどうしよう。いないけど。
道行く人たちは誰も私に格別の注意を払わず、バカにすることも助けてくれることもない。ただのメイドロボだと思われているのかな。そう思うとひたすらに悲しくて、悔しかった。
翌日、全身が筋肉痛に。ずっと引きこもっていたのに働かされたから……。使ったことない筋肉が悲鳴を上げている。そんなところに筋肉あったんだって感じ。私はその苦痛を誰にも訴えることができず、再びメイドロボという設定で別の家に派遣された。
「更生館の派遣メイドロボですっ、よろしくお願いしますっ」
痛いよ。苦しいよ。きついよ。恥ずかしいよ……。
知らない家なのに、どこに何があるのか、何をすべきなのか身体が熟知している。しかも私とかけ離れた明るい、あざとくもある喋りを強要されるせいで、今私は現実を生きているのか不安になってきた。これ、夢なんじゃないの?
洗濯を終えると、メイド姿で買い出しに出かける。これがまた羞恥心を煽り立てる。知らない町なのに迷わない。堂々と歩くのをやめて。ほんとに無理。私の身体なのに、一切権限が戻らない。視線を動かすことはおろか、頬を染めることすらできないなんて。
そうしてメイドロボとしての日々が続く。施設に帰っても私のAIは解かれず、私は自室で静かにベッドに横たわるだけだった。それすら、私の意思ではやらせてもらえない。……この部屋が妙に無機質で生活感を感じない理由がわかった。ロボットの待機場所だったんだね。
(……これ、本当に更生できるの?)
強制的に閉じられた瞼の裏で、私は逡巡した。給料なしで働かされてるだけなんじゃ……。
半月ほど、休みなくメイドロボとしてあちこちで働かされた。そろそろAI切って家事覚えたかテストみたいなのやるのかなと思ったけど、一向にそんな気配もない。私は説明の日を最後に、職員から声をかけられたことさえない。それなのに毎朝起きるとどこ行くべきなのか体が知っているのが恐ろしい。なんか設定とかで管理されてるんだろうな。扱いが本当にロボットだよ。
そんなだから、ある日突然施設の更衣室に体が入っていったときは、期待しちゃった。メイドロボ終わりなのかな、と。正直、目の奥からぼーっと眺めてるだけの生活だったから、多分家事覚えてないけど……。
メイド服一式を脱ぎ去ると、別のロッカーからひと際派手な衣装を取り出した。嫌な予感がする。
私の身体は例によって、知っていたかのようによどみなく身に着けていく。……ピンクを基調とした、派手な魔法少女衣装を。
(何これえぇーっ!? やめてよぉーっ!?)
最後にウィッグ……というより、樹脂の被り物みたいな物体を頭に装着し、私はアニメみたいに長いピンクのポニーテールを翻した、魔法少女に変身してしまった。
施設から出てトラックへ向かう。そこには同じ質感の水色の髪をした魔法少女の等身大フィギュアと、同じく金髪の黄色い魔法少女フィギュアが並んでいた。私もその列に加わる。
(ちょっとやめてよ、私フィギュアじゃ……)
そう思った瞬間、開いた荷台に金髪のフィギュアと水色のフィギュアが歩いて乗り込んでいく。
(えっ……待って、この人たち……)
フィギュアじゃないの!? 私も後に続き、荷台へ乗り込まされる。ショックだった。普通にフィギュアだと思っちゃった。顔の肌があまりにも綺麗で、テカテカしていたし。でもさっき動いたのを見ると、きっと私と同じようにここで「更生プログラム」を受けている女性に違いない。
(てことは、私も……)
フィギュアみたいになっちゃってるの!? 更なる衝撃が私を襲った。けど、静かに発車するトラックの荷台の中で、私は本当のフィギュアのように凍り付いた笑みを浮かべて静かに立っていることしかできなかった。
「みんなーっ、こんにちはーっ! プリティー☆ピンクだよーっ!」
(いやーっ! 見ないで―! いやだーっ!)
私と見知らぬ同僚二人は、ショッピングモールのステージで女児向けアニメの魔法少女を演じさせられた。アクターロボットの派遣として。も、死にたい。ただでさえ引きこもりの二十代後半が魔法少女て……。着ぐるみならまだしも、普通に私のコスプレみたいな状態だからもう恥ずかしいなんてもんじゃない。末代までの恥。末代だけど。しかもこんな甘ったるい、甲高い声を絞り出されて。喉が死んじゃう。大勢の人、それも子供がいっぱい見てるまえでこんな恥辱、あんまりだよ。ちびっこたちも可哀相。プリティーピンクが私みたいな終わってる引きこもりだなんてね。
しかも今回はアクションを演じるため、メイドロボの時とはまるで違う筋肉を酷使させられる。関節もAIによって強引に動かされるので痛いなんてもんじゃない。本来の私なら開かない角度まで遠慮なく大開帳。
(痛い痛い死ぬ、外れるってー!)
痛みも絶叫も、一切表に出されることがない。私はあざとい言動を笑顔で繰り出すだけ。AIが憎い。体を動かす権利だけ持っていって、痛みはこっちに払わせるんだから。
(ていうか……これ……引きこもりやめるのと……何の……関係が……あるの……)
ひっそりと息を切らせながら、私はさっぱり意図がつかめない職員たちを呪った。
その後、しばらく私たち三人は同じショーの巡業をやらされた。ありとあらゆる場所でこれだけ恥をかかされたら、もう表歩けないよぉ。引きこもるしかないってぇ。
ていうか、犯罪じゃないの。プログラム始まってから私、一度も自分の身体を自分の元に返してもらってない。酷いよ。せめて休日くらい……。
しかし休日はいつまで経っても訪れず、各地で全力で魔法少女ごっこを行う痛いお姉さんの実績を積み上げられるだけ。
最終的に二週間で、私はようやく魔法少女コスプレを止めることができた。しかし再びメイドロボに戻され派遣、家事代行。そして今度は遊園地で露出の激しい衣装を着せられステージへ。私の意思に誰も気づかない。派遣先の人は全員私をロボットだと思ってるし、施設の人も話しかけてこないから、私はなんだか自分が本当にロボットな気さえしてきてしまった。ただただ、いつの間にか打ち込まれた命令や仕事をこなすだけの存在。私は一体なんなんだろう。それを瞳の奥から眺めて、痛みや疲れだけを引き受ける、惨めな存在だった。
誰か、誰でもいい。私を、人間として扱ってほしい。私を元に戻して。もうこんなプログラムやめたい。ちょっとだけでいいから。きっと、ちゃんと喋るから。私の意思を……出させて。
肉体を派遣ロボット業に奪われてから二か月。お母さんとお父さんが面会に来てくれた。
(よかった……)
相変わらず職員からの連絡等は無しで、身体が面会室行ったらそうだった、ていう展開だから不意打ちでビックリしたけど、私は心の底から安堵した。これでやっと、人間に戻れる。ここが酷いところだって、やめたいと言わないと。
「どう? 元気にやってる?」
「うん、大丈夫! お母さんは? 元気?」
(えっ?)
だが、面会が始まった瞬間、私は想像以上の闇を突きつけられた。AIが解かれない。AIが勝手に、お母さんたちに応対してる。
「ああ……良かった。そんなに明るくなって……。心配したのよ。上手くやれてるか不安で不安で」
「もー、心配性だなあ」
(違う! 気づいて! 「私」じゃない!)
口が勝手に言葉を紡ぐ。引きこもりから脱した、理想的な娘を演じさせられている。ゾッとした。嘘でしょ。これって、そういうこと……? 私を解放する気は、もうないの!?
(お母さん! これAIなの! 私、ロボットに改造されちゃったの!)
「ここの人たちみんな親切で、よくしてくれてるよ」
「まあ……」
(やめて!)
止まらない。勝手な喋りが止まらない。体も動かせない。私の身体は、頑なに私の言うことをきかない。まるで……体ももう私よりAIの方がいいと言っているみたい……。
その後も面会はしばらく続いたけど、遂に私が私じゃないことに二人とも気づかなかった。
「じゃあね。残りの期間も、頑張ってね。母さんたち、応援してるから」
「うん、ありがとう。頑張るね」
(待って! いかないで! 気づいて! 助けてえぇー!)
面会が終了した時、私は茫然自失だった。体は動き続けて更衣室に向かう。けど心はついていかない。何が……何がおきたの? 私、このままロボットのままなの? 嘘でしょ……?
メイド服を身に着け出勤しながら、私はあまりの成り行きにまだ事態を飲み込めなかった。いや、飲み込みたくなかった。お母さんもお父さんも、気づかなかった。私が偽物だったことに。嘘でしょ。親なのに。娘なのに……。
(ああ……そうか)
短いスカートの裾をつまみ、派遣先で挨拶をした時悟った。相手の人の笑顔を見た時。受け入れてくれた、その時に。
(「私」なんか、要らないんだ)
引きこもりの娘より、元気で明るく更生した娘の方がいいんだ。そりゃ……そうだ。家事ができていろんなショーをこなせる私を、みんな求めてる。何もできない引きこもりである私が、ただ本物であるというつまらない理由で顕現するより、AIが新しい私をやった方が、そっちの方がみんな……幸せなんだ。
私は笑顔の瞳の奥で、静かに元に戻りたいという望みを絶っていった。「私」はもう、消えたほうがいいのかな。いや、消えることはできない。だって、もうこの身体は私の物じゃないから、どうにもできない。
私は自分の部屋よりももっと狭い場所に引きこもった。自分の肉体という牢獄に。
「お母さん、お父さん。話があるの」
更生プログラムを終えた私が帰宅した。しかしそれでもAIは解かれない。私がドンドン、勝手に喋っていく。話を進めていく。
「それでね私、思ったの。私と同じような悩みを抱えている人たちの力になってあげたいって……」
立派になった私のご立派な夢に、二人は感動していた。わからないもんなんだなあ、実の娘なのに。別人になったって。……わかりたくないのかな。わかっちゃったら、また引きこもり娘が戻ってくるだけだもんね。
そうして私は、更生館の職員という肩書になって施設に戻ってきた。親に語ったように、私はこれからは私と同じような悩みを抱えている人たちの力になる。更なる深奥へ引きこもらせる力に。
「はい。私共の提供する更生プログラムによる社会復帰率は百パーセントとなります」
私は引きこもり息子に悩む老夫婦の宅で、熱弁をふるった。私は自分が人を破滅させようとしているさまを、瞳の奥から静かに鑑賞していた。まるで映画でも観ているかのように。
「実は私も、昔引きこもりだったんです」
私は自分をアピールに使い、巧みに老夫婦を惑わした。上手くやるもんだなあ、と感心しちゃう。自分の舌がこんなに回る日が来るなんて思ってもみなかった。
私の時とは違い、この家の息子さんは部屋から出てきた。偉いなあ。でも出てこない方がいいよ。
「健一くんは、マスクライダーが好きなんだよね」
「……」
息子くんは不機嫌さをわかってほしそうにムスッとしている。
「私たちのところでは、マスクライダーのショーのお手伝いなんかもやっているんだよ」
お手伝い、ねえ。嘘ではないけれど。
最終的に、息子くんは私の勧誘に次第に乗り気になってしまった。あらら。
翌週。私はもう一人の職員と共に老夫婦の家を訪れた。新たな派遣ロボットの素体を得るために。
「……しく」
息子くんは聞き取れない声量で私に挨拶した。ごめんねー。「私」は聞いてるけど、私は聞いてないんだ。
「それでは、息子さんをお預かりいたします」
私は彼を車の後部座席に案内した。
「……さ、行こうか健一くん」
ごめんね本当に。私は助けてあげられないの。でもマスクライダーになれるのは本当だから、そこは安心してね。
私は新しい同僚に心の中で挨拶した。更生館にようこそ。