「ねえ聞いてアリス。明日学校でね……」
授業が終わるやいなや、私は飛ぶように帰宅した。学校は嫌い。ぼっちの私には何も楽しいことがない。友達いる人らが横で楽しそうにしているのに、同じ空間で一人だけそうじゃない自分が惨めでいやになる。
でも、今は大丈夫。私にはアリスがいるから。
「わあ。それは大変ねえ」
明日学校である歌のテストのことで愚痴ると、アリスは手を口にあてて心配してくれた。アリスはいつも、私の悩みに寄り添ってくれる。何でも聞いてくれるし、私を裏切らない。私の親友。アリスと一緒に学校行ければよかったのに。でも、中学生にもなって学校に人形は持っていけない。取り上げられても大変だし。小学生でも大概だけど。
アリスと出会ったのは二か月前。ゴミ出しに行くと、ゴミステーションに打ち捨てられた、綺麗なお人形を見つけたの。腰まで伸びる長く艶やかな金髪、フリルたっぷりな、水色と白のエプロンドレス、真っ白なタイツで覆われた両脚。大きさは25センチほど。とても綺麗だったから、何だか可哀相で勿体なくって、持ち帰っちゃった。綺麗に洗ってあげてから部屋に置いといたら、夜に突然動き出して、私に挨拶してきた。あの時はビックリしたなあ。
それ以来、アリスと一緒に遊んだり、親にも言えないようなことを相談したり、親友になったの。とてもいい子で可愛くて、私だけしか知らないアリス。なんで人形が生きているのかはわからないけど、もうそんなのどうでもいい。
「絵里香。ただいまぐらい言いなさい。宿題は?」
お母さんが部屋に入ってきた。うるさいなあ。ぐちぐちぐちぐち……。
「言ったよ。宿題はこれから」
「ならいいけど……」
お母さんが部屋から出ていくと、固まっていたアリスが動き出す。アリスの偉いところは、私以外の人が見ている時、普通のお人形のフリをしてくれるところ。だからアリスが生きていることは、誰も知らない私だけの秘密。大人にバレたら捨てられたりどっか変なところに連れていかれたりしそうだし。
渋々宿題をやりながら、机上にチョコンと座るアリスとお話した。
「ねえ、お歌のテスト、そんなに嫌?」
「嫌だよ。私音痴だし、声小さいし、みんなの前で一人だけとか、さらし者じゃん」
明日の音楽が憂鬱すぎる。一人一人、前に出て歌わないといけないなんて、そんなのアリ? もう休んじゃいたいけど、お母さんは許してくれないだろうな。
出来上がった宿題を雑に鞄に突っ込むと、アリスが微笑んだ。
「私が代わってあげよっか?」
「え?」
「私が、絵里香の代わりに歌ってあげる」
「ええ~、無理だよ。バレるって」
アリスは結構大きいから、流石に持ち込めない。バレたら死ぬほど恥ずかしい……それ以前に、アリスのことがみんなにバレちゃう。
「そうじゃなくて、ね」
アリスが妖しい笑みを浮かべた。目と目が合った瞬間、何だか体の芯がブルっと震えるような気がした。
「それじゃ、いってきまーす」
「い、いって……らっしゃい……」
私は、私を見送った。ベッドほど広い、学習机の上から。
(夢じゃない……よね……?)
信じられない。なんだか感覚がふわふわしていて、現実じゃないみたい。ほっぺをつねってみようとつまむと、つまめなかった。コツ、と指先が顔に触れて硬い音が響く。ああ、そうか。この体に皮膚はないから、つまめないんだ。
(……本当なの?)
私、アリスと入れ替わっちゃったんだ……。
昨日、アリスが提案した時は冗談だと思った。アリスが私と心を入れ替えて、代わりに学校に行って歌のテストをやってくれる、と言い出した時は。だって、そんなのできっこないもん。
「あら、お人形が生きているんだから、それぐらいできてもいいんじゃない?」
確かに人形が生きてるのは魔法みたいな事実だけど、だからといって……。その場では流したものの、それからアリスの提案は私の頭の隅っこに、ずっと残り続けた。もしも本当にそんなことができたら……歌のテストをやらなくていい。それどころか、学校を休める。お母さんにも……誰にもバレずに。
朝起きて、学校の準備を進めると、どんどん心が重くなっていくのを感じた。ああ、いよいよ今日だ。歌わないといけない。一人で。みんなの前で。昨日のアリスの提案が蘇り、私は訊いた。
「アリス……昨日の話だけど」
その後、アリスの言うことに従い、互いの額を軽くこっつんこした。すると驚き、本当に身体と心が入れ替わっちゃった!
アリスは私の身体の中に、私はアリスの身体に。アリスin私は、鏡で見たことないような笑顔で出かけていった。私の顔ってあんな顔できたんだ、と私は感心した。
本当なら学校で一限目が始まる時間。私は家にいた。すごい罪悪感と、高揚感が同時に沸いてくる。休んじゃった。休めちゃった。ずる休みだ。……すごい。
私はゆっくり立ち上がった。アリスの人形の身体は、特に違和感もなく動かせる。アリスには元々関節がなくて、ポーズ固定のフィギュアみたいな身体をしてるんだけど、いつも人間のように滑らかな動きを見せている。私も動けた。同じように。人形というより、人をそのまま小さくしちゃったみたい。肌はカチカチで、樹脂みたいな質感だけど。
(休みだ~!)
万歳してピョンピョンしてから、私は思いもかけない休日を堪能しようとした。けど、スマホはアリスが持っていっちゃったから、意外と困った。どうしよう。漫画でも読もうかな。
でも、床が遠くに見える。私の机ってこんなに高かったの? 私……アリスが小さいのか。見慣れた私の部屋が、見渡すとなんだか異世界のように感じる。新鮮。
椅子を中継にして、私は床に飛び降りた。でも本棚の漫画は、この体じゃ取り出せそうにない。仕方ない、ベッドでゴロゴロしよう。
ベッドに上るのも一苦労だった。両手でベッドの脇を掴み、全身を持ち上げる。まるで懸垂みたい。体育苦手なのに。しかし苦労した甲斐あり、ベッドの上はとてもフカフカで、テンションが上がった。小さいせいか、いつもより柔らかく感じる。何より、広い。こんな広い布団初めて。
(……あらら)
その後、アリスのエプロンドレスがクシャクシャになったのに気づいて、ゴロゴロするのはやめた。
ぼーっと天井を眺めていると、部屋のドアが開く音が聞こえ、反射的に起き上がった。見つかる。隠れなきゃ。でもお母さんが入ってくるのが早く、私は隠れる暇がなかった。部屋ほど広いベッドのど真ん中だし。
(あっ……!?)
お母さんの視界に私が映ったであろう瞬間、今まで体験したことのない現象が起きた。たちまちのうちに全身がカチコチに固まって、指一本動かせなくなった。
(体が……!?)
動けない。ピクリともできない。さっきまで普通に動けていたのが嘘みたい。私の手足には動かすための仕組みが最初から存在していなくて、芯まで均質な樹脂でできた、ただのフィギュアだったみたいに。
お母さんは軽く掃除をしてから部屋を出ていった。ドアが閉まると、私は急に動けるようになり、その場にヘナヘナと崩れ落ちた。び、びっくりした……急に体が固まっちゃうんだもん。
アリスも、いつもそうだったな。お母さんが来るとカチンコチンになって、喋らなくなっちゃったけど、あれって人形のフリをしてたんじゃないんだ。動きたくても動けなかったの……?
何でだろう。この体の特性なのかな。……まあいいや。これなら、私がアリスと入れ替わってズル休みしてるの、バレっこないし。私は再び寝ころんだ。
「ただいまー」
「アリス!」
夕方。私……アリスが帰ってきた。見た目私だから、すごい奇妙。自分で自分を外から眺めるのって、すごく変な感じする。
「ど……どうだった?」
「楽しかったわ」
「え?」
予想外の返答に、私は窮した。学校が、楽しい? 私、友達もいないのに……。アリスは人形だったから、全部新鮮だったのかな……?
そして、にこやかに笑う私の顔に、何だかえもしれぬ圧を感じた。私の顔なのに、私に見えない。
アリスは椅子に座り、宿題をやり始めた。しばらく見てても元に戻ろうと言い出さないので、私から切り出した。
「アリス、そろそろ戻ろうよ」
「まあ、そう急がないで。宿題やってあげるわ。その方がいいでしょう?」
「えっ? う、うん……」
宿題、できるの? と聞きたかったけど、何となくそれ以上何も言えず、私は私が真面目に机に向かうのを後ろから眺めていた。
またおでこをこっつんして元に戻ると、アリスが腕の中でにこやかに微笑んだ。「私」だ。さっきの私の顔……。少し怖くなっちゃって、私はアリスをいつもより遠くに置いた。
「今日はありがとう」
「いいのよ。またいつでも代わってあげるから。ね?」
「う、うん……」
アリスって、何者なんだろう……。ただの人形じゃないよね。魔法使い? 妖怪? それとも……。いいや。考えると怖くなってきた。
翌日。足がいつもより重かった。昨日サボったせいかな。またサボりたいなあ。いつもより憂鬱な思いで登校し、教室に着くと、話したことのないクラスメイトたちが挨拶してきた。
「あ、粕森さんおはよー」
「えっ? ……お、はよ……」
不意打ちにうまく答えられず、私は小声で切れの悪い返事しかできなかった。その後も何故か妙に話しかけられる。
「今日カラオケ行くよね?」
「……っ!?」
な、なに!? なんでカラオケ!? 絶対ヤダ。何なの急に。
「な、なんで……」
「昨日言ったじゃん、明日なら大丈夫って」
「ええ!?」
聞いてない。なにそれ。知らない。……アリス? アリスが勝手にそんな約束したの?
「ご、ごめん……無理」
私はそれだけ言って、あと黙ってしまった。意味わかんない意味わかんない。勝手なことしないでよアリス。
その後も、何故かよく話しかけられては上手く返せず、みんなを不機嫌にさせてしまった。いつもよりみんなの視線が痛くて、怖い。誰にも話しかけられない方が良かった。最悪。
「アリス!」
「おかえり。どうしたの?」
「勝手にみんなと仲良くなったでしょ!」
「あら、いけない?」
「やめてよ! 勝手にそういうことするの!」
帰宅後、私は開口一番アリスに文句を言った。歌のテストだけ無難にやってくれれば、それでよかったのに。余計な事しないで。
「私から話しかけたわけじゃないのよ。歌が終わったら、みんなから……」
「もー! 私、歌が上手いと思われちゃってるじゃない!」
私、音痴なのに。
「平気よ」
「何が」
「歌わないといけない日は、また私と入れ替わればいいじゃない」
「ええっ!?」
やめてよ。そしたらまた目立っちゃう。
「もう、とにかく! 勝手なことしないで!」
「一人で何騒いでるの!」
お母さんが部屋に入ってきた。アリスは当然、ピクリともしない本物のお人形になった。さっきまで口論していたのが嘘みたいに静かで、動かない。
「ええと……」
「静かにしなさい! ご近所迷惑でしょ!」
だって、アリスが……。
軽く怒られてる間、背後で一切気配がしなかった。私がアリスになってる間も、お母さんが部屋にいる時そうだったな。動こうとしても動けなかったっけ。
お母さんが部屋から出ていったあと、後ろから声が聞こえた。
「大丈夫? 絵里香。ひどいお母さんね」
「別に……」
アリスを抱きかかえてベッドに座り、気になっていたことを訊いた。
「アリスって、人に見られてる間は動けないの?」
「そうよ」
「どうして?」
「お人形だから」
「なんで?」
「そういうものなのよ。人がご飯を食べるのと同じ」
「ふうん……?」
そういうものなの? お人形の生態なの?
今まではアリスが人形のフリしてるんだと思ってたけど、やっぱ強制なんだ。ちょっと可哀そう。本当は生きているのに、誰にもそれを気づいてもらえないなんて。
「なんで私の前だと動けるの?」
「ふふっ、決まってるじゃない」
「?」
「親友だから、でしょ?」
「も~、アリスったら」
最初の怒りはどこへやら、私とアリスはいつも通りになった。
翌日。また学校へ行かないといけない……けど。怖い。何も期待されず無視されるより、一度なんかあってからの無視は、キツさが違う。
「平気? 絵里香」
「……」
クラスメイトたちと話したくない。というか、関わりたくない。どうしよう。でも学校は休めない……いや。
「アリス……」
「なあに?」
「代わって」
「うまくやってよ」
「任せて。いってきまーす」
クラスメイトたちとの関係を、私の代わりに白紙に戻してほしい……そうアリスにお願いした。元々はアリスが始めたことなんだから、アリスに責任とってもらわなくちゃ。
私はアリスの身体で、また大きくなった自分の部屋で晩までゴロゴロ。アリスって、私が学校に行っている間、普段何してたんだろう。部屋から出てみようかな。この視線だときっと色々新鮮だろうな。と思ったけど、お母さんがいるからダメだ。動けなくなっちゃう。踏まれても大変だしね。
またベッドに上がった時、私はエプロンドレスを脱いだ。またクシャクシャにしちゃうと悪いし。ヘッドドレスと白タイツだけという珍妙な格好で、私は布団の上を転がった。恥ずかしい格好だけど、家の中だし。私の身体でもないし。
昼寝から覚めると、まだ昼過ぎだった。エプロンドレスを着て、何となく鏡の前に立った。当然ながら、そこに映っていたのはアリスで、私じゃない……はずなのに、アリスに見えない。表情? 姿勢? わからないけど、普段のアリスじゃない……。私の中に入ったアリスが、私に見えない笑顔をしていたのを思い出す。
鏡の前で、ちょっとかわいいポーズをとってみた。おえ……私がこんなポーズするなんて。抵抗はあったけど、流石に体がアリスだったので思ったほど悲惨な絵面にはならない。いいなあ、アリス。こんなに可愛かったら、私も友達できて、毎日楽しかったかもしれないのに。フリフリのエプロンドレスなんて、私の身体じゃ絶対着れないよ。
「ただいまー」
「アリス! どうだった!?」
アリスが帰ってくると、私は絶望の報告を聞かされた。みんなともっと仲良くなってしまったというのだ。目の前に提示されたスマホには、みんなと一緒に映った写真が。写真の中で、私が笑っている。左右の子と距離がない。
「な……なにやってるのよ! 明日私が行ったら、また変になるじゃん!」
ピョンピョン跳ねて怒ったけど、可愛いアリスの身体じゃいまいち迫力がでない。
「こーら! また騒いで!」
お母さんが部屋に入ってきた。すると私は瞬時に全身が硬直して、動くことも喋ることもできなくなってしまった。
「ごめんお母さん。友達できたから、つい嬉しくて」
(え!? ちょっと!?)
私が喋れなくなっているのをよそに、アリスが勝手に変な言い訳をでっちあげる。
「ほら、これ」
さっきの写真をお母さんに見せている。やめて! 誤解されるでしょ! なかったことにしてほしいのに!
お母さんは、私が私じゃないことに気づかず、とても嬉しそうだった。
(ちょっと、お母さん! 私はこっち! それはアリス!)
そう叫びたかったけど、私は部屋の背景と同化し、一切口出しすることができない。もどかしい。
お母さんは「私」を叱ることなく、部屋を出ていった。すると私にようやく発言が許されたけど、怒鳴る気力がなかった。
「ごめんね絵里香。で、なんだっけ?」
「勝手に変なことしないでよ。私が困るから」
「ごめん、本当に。明日こそ何とかするから」
「明日? 明日って、アリス……」
明日もあなたが学校いくつもり? と思ったけど、私が行ってもな……ますますおかしくなっちゃう、かな……。
アリスはその日、私と入れ替わろうとしなかった。まあ、明日もアリスが行くんだし……と勝手に納得し、私も何も言わなかった。けど、何だか胸の奥がザワザワする。
翌日も、アリスは失敗した。いつもより帰ってくるのが遅いなと思ったら、遊びに行っていたというのだ。
「もう、いい加減にしてよ!」
「ごめん、本当に……来週はちゃんとやるから!」
最悪。勝手に人の身体で知らない友達作るなんて。……でも、なんで友達作れるの? 同じ「私」のはずなのに。無視されないの……? 上手く話せるの?
「とにかく、身体返して」
おでこくっつけて元に戻る。が、宿題がわからない。週末なので量も多い。
「あ、それ、昨日と今日でやったところなのよ」
横で見ていたアリスが言った。……私がアリスになってズル休みしてる間に授業も進んだらしい。マジ最悪。
「……アリス、やっといて」
「わかったわ」
私はアリスにまた体を貸して、クッションの上に寝ころんだ。
土曜の朝。いや、昼。アリスのまま寝た私は、起きると「私」がいなくなっていたのでパニクった。机の上に書置きがあり、クラスメイトと遊ぶ約束をしてしまったので行ってくる、という内容のメモがあった。
「あ、アリス~!」
何やってるの、人の身体で。……なんで、私よりうまくやってるの! 酷いよ。これじゃ私が……私が私にいらないみたい……。
人形の身体からは、涙が出なかった。
アリスは、私より私をうまくやった。関係を白紙に戻すどころか日に日にみんなと仲良くなっていき、もうリセットなど到底望めそうもなかった。私は自分の身体にほとんど戻ることなく、ずっと人形の身体で過ごした。今更私が学校行っても、知らない友達と上手く話すの不可能だし、授業も先に進んじゃってるし……。そうやって僻んでいるうちに、ますます戻りづらくなっていく。
アリスは、私の身体を勝手に改造した。ファッションが垢ぬけ、メイクを覚えた。私ってそんなイイ感じになれたんだ、と心の底から驚いた。そんなに可愛くなれるって知ってたら私も……。
いよいよ二度と戻れないと思ってしまったのは、アリスが友達を家に招いた日。
「ここ私の部屋ー」
扉が開いた瞬間、
(あっ)
奥のクッションに鎮座していた私は、一撃で封印されてしまった。動けない。
「あー、この子!? マジ可愛いー」
クラスメイトの女子。「私」は話したことがない……が突撃してきて、私を抱き上げた。
(ちょ、ちょっと!?)
「ちょっとやめなよ。その子、高そうだよ」
続いて入ってきた子が注意する。カラオケ誘ってきて、「私」が上手く話せなかった人……。
「わっ、ごめーん」
私はクッションにおろされた。アリス……いや、「絵里香」が笑う。
「大丈夫だよ。触っても。丈夫だから」
「そう?」
(ううう……)
惨めだった。私が私よりうまくやっているのを伝聞ではなく目の前で実際に見せつけられるのが。しかも、それをやっているのは本当はこの身体の持ち主だったアリス。そして私はと言えば、動くことも喋ることもできない人形の身体に押し込められて、玩具にされている始末……。
「この子なんていうの?」
「アリスだよ」
「まんまかーい」
(アリスはあなたでしょ!)
そう心の中で叫んでも、私は表情一つ変えることができない。ただ黙って話のタネにされるだけ。
誰も私が私じゃないことに気づかない。そりゃそうだ。みんなにとっては、アリスこそが私なんだから。今更元に戻っても……偽物になってしまう。
(本物なのにな。私が……)
なりたかった自分を目の前で見せつけられながら、私は辛い辛い時間を過ごした。さっさと過ぎ去ることを祈りながら。
「ごめーん、絵里香」
「もう……家には呼ばないでよ」
終わってから、アリスの謝罪を受けた。惨めすぎて、怒る気も出てこない。
「でね、お詫びに……じゃーん」
「?」
アリスは、フリフリのピンクのドレスを広げた。人形サイズ。え、それもしかして……。
「アリスに合うと思って、買っちゃったんだー」
やっぱり私にか。……待って、今私をアリスって呼んだ?
「さ、さ」
「じ、自分で着れるから!」
お着換えされそうになり、思わずそう言ってしまった。仕方なくエプロンドレスを脱ぎ、お姫様みたいなピンクのドレスに袖を通す。鏡の前に立つと、本当にお姫様みたいだった。これが私……!? いや、私じゃないのか。あれ、だとしたら私はどこなんだろう。
「きゃー、可愛いー」
アリスが私をスマホで撮る。可愛いポーズを注文されたが、恥ずかしいので拒否した。
「うーん、しょうがないなあ」
アリスが私を持ち上げ、額をこっつんこ。久しぶりに入れ替わ……元に戻った。
「ほら、撮って撮って」
アリスは輝かしい笑顔で、私を見上げる。さっき鏡に映っていた「私」と雲泥の差だ。何が違うんだろう。服も体も同じなのにな。
満面の笑みで可愛いポーズ、お姫様みたいなおしとやかなポーズをとるアリスを撮りまくった。可愛い、うん。確かに。アリスの可愛さに、私もテンションが上がる。
満足のいく写真が撮れて撮影会が終わると、アリスが言った。
「ありがと。じゃ、そろそろ戻ろっか」
「あ……うん」
言われるがまま、私はアリスを持ち上げ、おでこをくっつけた。目を開くと、私はお姫様のお人形になって私に抱かれていた。
「絵里香も、もっと自分に自信をもって」
私はクッションに下ろされ、アリスは机に向かい勉強を始めた。ぼーっとその様子を眺めながら、私は思った。自分に自信って言われてもなあ……。どの何が自分なのか、もうよくわかんないよ。鏡の前でドレスの裾をつまみながら、私はぎこちない笑顔の練習を始めた。