「かわいいですねー」
「そうだな」
目的地最寄りの町。そこに出ていた露天で、私たちは愛くるしい小人のパフォーマンスを眺めていた。最近流行りの魔導人形。リアルな等身にデフォルメされた顔で、子供に人気を博しているらしい。魔法によって予め様々な動きをインプットしておくことで、色々な動作を可能とする。この店に並んでいる魔導人形たちは、自動ポージングという触れ込みだった。人の視線を感知して、見られるたびにポーズを買えるという文句だ。実際、顔を逸らしてからもう一度見ると、さっきとは違うかわいいポーズをとっていた。人形を見ていた子供は動く瞬間をとらえてやろうと、目まぐるしく首を振っている。
まあ、こういうのは定住する地のある堅気の人のものだ。私たちのような冒険者には用がない。私とマホは必要なものを揃えると、商店街を離れた。依頼通りなら目的地はすぐそこだ。
「うーん、これは……」
「困りましたね……」
目的地の町にたどり着いた私たちは、入ることができず足止めを食らった。金持ちが多く住むこの町は城壁に囲まれ、入り口は全て検問所となっている。誰の紹介もないよそ者は入れないのだ。それは事前に知っていたが、まあ潜入くらい何とかなるだろうと高をくくっていた。甘かった。思った以上に厳重な警備で、魔法による防御も貼られている。壁をよじ登ることすらできそうにない。
マホとしばらく打開策を話し合ったが、いい案は浮かばなかった。わかったのは二人だけでは不可能だろうということだけ。住民である証の偽造や住民への変装は、私とマホだけでは無理だ。腕利きで、かつ口の堅い人間に依頼しなければ。しかし都合よくこの辺にそんな知り合いもいない。あとは商人に金を掴ませて手招きしてもらうか……。しかし、しばらく検問所を観察した結果、この町に出入りしてる業者はどれも立派なところばかりで、引き受けてくれそうな雰囲気はなかった。
私たちは一旦金持ちの町を離れ、最寄りの町へ移動した。依頼内容は、あの城壁の中にいる金持ちから、奪われた家宝を取り戻してほしいというもの。屋敷への潜入は色々事前に考え準備していたのだが、まさか町へ入ることができないとは。
私たちは薄汚い路地の酒場で、侵入を助けてくれそうな人間を探した。多くはやめとけと忠告するだけ。一か所に集まった金持ちを狙う連中は後を絶たない。過去にも何人もが侵入を試みては捕まったり死んだりしているらしい。上手くいった例もあるが、そのたびに対策がなされてしまう。そのいたちごっこの末、今やあれほどの強固な守りに至っているらしい。
「しかし……」
一度依頼を引き受けたからには何とかしたい。ギルドに帰って無理でしたと報告すれば、いい笑い者だ。冒険者としての評判がガクッと落ちる。だが、信頼できそうな協力者は見つからなかった。
失望の中、酒場を出ると、見知らぬ男が話しかけてきた。
「聞いたぜ。あの町に入るんだって?」
「何者だ?」
「いやいや、そう警戒すんなって。手伝えるかもしれねえと思ってよ」
微妙に髭の整っていない男は、ニヤリと笑った。
「そんなことができるんですか?」
「おう! あたぼうよ!」
男は魔導人形の職人だった。彼の作る人形は非常に精緻で、金持ちどもにも人気らしい。工房に置いてある人形たちは確かに露天で見たものより遥かに素晴らしかった。まるで生きた人間をそのまま縮めたかのようなリアルな造形。彼曰く、実際の人間と大体同じ数の関節が仕込んであるそうだ。すさまじいな。顔のデフォルメ具合も不気味にならないラインをうまくついている。さらに、ちゃんと人形らしい一点の染みもない均質な肌色で統一されているから、とても可愛らしく見える。埋め込める魔法の容量もかなりすごいらしい。高級品というやつか。こいつが富裕層御用達というのは嘘じゃなさそうだ。しかし、彼の提示した潜入方法がかなり不安な代物だったし、にわかには信じがたいものだった。それは……私たちを魔導人形の中に封じ込めるというのだ。
「じゃ、いっちょ試してみるか?」
男は、背丈の低い人形を用意した。マホに体型が似ている。これからマホをこの魔導人形の中に封じてみせると。だ、大丈夫かそれ。まあ私が残っていれば、仮にこの男が邪なことを考えていたとして、対処は可能だが……。
マホが断るかと思ったが、見知らぬ魔法に興味津々で、了承してしまった。
「おい、大丈夫か?」
この男が敵だったらどうするんだ。
「だって、面白そうなんだもん……」
魔法使いのマホにとっては、見過ごせない機会なのかもしれない。仕方ない。私が警戒していればいいだろう……。多分。
隣り合った二つの魔法陣の上に、マホと人形がそれぞれ横たわった。男が古びた魔導書を開き魔法を唱えると、マホの身体が光り出す。そのまま全身が真っ白に発光し、徐々に輪郭がぼやけていった。
「お、おい……」
思わず中止を進言しようとしたその時、マホだった光の球が、隣の魔法陣に勢いよく吸い込まれ、その上に横たわった人形の中へ入り込んでいった。
全ての光が入ってしまうと、今度は魔導人形の身体が淡く光り、数秒で収まった。
「成功だぜ」
男がそういって私を見た。マホが消えた……。いや、人形の中に入った……のか?
あっけにとられて人形を見つめていると、魔導人形が静かに動き出した。ピクッと腕が動き、目を開く。ゆっくりと上半身を起こす。その動きはあまりにもリアルだった。露天で見た人形たちのポージングとは明らかに違う。意思を持った、生きた人間の動き……。
「マホ……?」
「お……? おぉー」
マホは私と男を見上げ、周囲をキョロキョロしたあと、硬そうな手で自分の顔をペタペタ触った。マホだ。間違いない。作られた動きではない。
「すっごい……」
マホが立ち上がり、足踏みしたり、腰をひねったりして新しい体をテストし始めた。私はまだ不安半分だった。こんな小さな人形にされて、それで本当に大丈夫なのだろうか……。踏みつぶされたりしたらどうなるんだ?
男は得意気に微笑むと、色々説明してくれた。この魔法は知られていないから絶対バレないと。また、うちの人形は値の張る高級品だから壊されるようなこともないと。
「ま、壊せないがな。がはは」
彼は自分の人形がいかに頑丈かを長く話した後、人形が壊れても解放されるだけだから絶対安全だと請け負った。
「本当か?」
「おっ、試してみるか」
男がハンマーを握ってマホに向けたので、私はあわてて止めに入った。
マホと話し合った結果、私たちはこの男の作戦にのることに決めた。残念ながら、これ以外に侵入方法がなさそうだったからだ。しかしなぜ、見ず知らずの冒険者などにリスクを負って手を貸すのか。彼によると、あの町の連中がムカつくからだそうだ。自分たちを見下していると。あと、自分の人形に魂を込めたいらしい。私たちは人形の部品じゃないぞ。
しかし、人形化したマホがその体を絶賛したのと、見た目がとてもかわいくて警戒心が薄れていったこともあり、私は観念した。なってやろうじゃないか。人形に。
私とよく似た体型の魔導人形が、隣の魔法陣に置かれた。あの中に入るのか……今になって不安になってきた。この男が詐欺師で、私たちを騙しているだけだったら?
陣が発行し、私の全身も光り出す。うう、ダメだ。始まってしまった。徐々に全身の感覚がなくなっていき、視界も真っ白に染まり、私の意識は飛んでしまった。
(ん……)
目を覚ますと、少し全身に違和感があった。煤けた天井がとても高く見える。ゆっくり起き上がると、巨大な足が見えた。私は自分が人形になったことを理解した。
「良かったー! 上手くいきましたねー!」
マホが駆け寄ってきた。いや、マホっぽい人形……いやマホか。テカテカした肌のお人形が、まるで人間みたいに生き生きと動いていること、自分がそれと同じ目線になっていることが次々と私の本能に衝撃を与えてくる。デカい巨人が私を見下ろしていることも。
新しい体に慣れるまで、少し訓練を行った。人間と関節数がほぼ同じと豪語するだけあり、概ね違和感なく動ける。表情も実に決め細やかに変えられる。まったくすごい。人形職人の男を疑う気持ちは、あっさりと消え去った。これほどの腕前の男は、信頼すべきだ。そんな感情がふつふつと湧き上がってくる。
その後、潜入前の最後の調整として、私は髪をピンク色に染められ、マホは鮮やかな金髪に染められてしまった。おまけに、子供っぽいフリフリのドレスまで着せられて。かなり恥ずかしい。もう二十を過ぎた、それも誇り高き剣士である自分にはあまりにも不釣り合いとしか思えなかった。
「すっごい可愛いですよー!」
うう……あまり声にしないでくれ。マホは元から子供っぽい体型と顔つきだったからイメージ的にもそれほど違和感ないが……私はどうも、こういうのは……。
ただ、鏡の前に映る私は、率直に……かわいいと感じてしまった。私じゃないからだ。私によく似た人形……。ピンク髪の人形なら別にこういう格好してても、別に……。ただ、人間の自分が同じ格好をしているところを想像してしまうと、吐きそうだ。
「よし、準備は整ったな」
男の声で、いよいよ私たちは出荷されることになった。ちょうどターゲットの屋敷から魔導人形の注文が入っていたので、私たちがそこに送られることになったのだ。
(しかし……不安だな)
人形に化けて潜入する以上、何も持ち込むことはできない。愛剣も、鎧も……。マホも杖を持っていけない。しかもこの小さな、無力すぎる体。本当にうまくやれるだろうか……。
「まあ、入っちゃえばあとは何とかなりますよ」
まあ、そうだな。ちなみに封印を解くにはこの男の魔導書か、もしくは器が壊れるかの二つしかないらしい。幸い、取り返すべき依頼人の家宝は小さなブローチなので、この体でも運ぶことはできるが……。流石に町から町まではきつい。隙を見て自らこの体を破壊し、元に戻る必要があるだろう。
私たちは布が敷かれた桐の箱に詰められ、蓋をされた。これから本当に、人形として……売られる。そう思うと、やはり不安が募る。大丈夫だろうか。騙されてはいないか。もしもの場合はどうする……。
(大丈夫ですよ。私もいますから)
(ああ……そうだな)
ギルドで登録したパーティーメンバー同士は声に出さずに意思疎通することができる。狭い箱の中、一人でジッとしているのは辛いが、これで幾分気持ちが楽になる。
「おおう、これは……いつにも増して、すごい出来ですなあ。まるで生きているかのようだ」
業者の手に渡った私たちは、箱を開けられ品定めされた。髪を染めてフリフリのドレスを着て、無力な人形になっているこの状況そのものがどうにも耐えがたい屈辱で、表情を変えず静かにしていることが難しかった。
(我慢です……我慢)
(ああ……わかっている)
人間のままだったら冷や汗を流していたかもしれない。しかし人形の身体からは一滴の汗も流れない。
人間が化けていると気づかれてはならない。なのに、こいつらが全員疑いの余地なくただの人形だと思っていることが、少し腹立たしくもあった。そのうち箱が閉じられ、またガタガタ世界が振動し出した。いよいよだ。金持ちどもの町に入る。ターゲットの屋敷まで勝手に運んでくれる。ここからが本番だ……。
「きゃーっ、かわいいー!」
私たちは、貴族の令嬢へのプレゼントだったらしい。高級な服を着た幼い女の子が私たちを開封し、顔を輝かせて喜んだ。
(お……おいっ)
幼児とはいえ、巨大な手。それに掴まれて持ち上げられると、何も反応しないでいることは流石に無理だった。咄嗟に構えようとしてしまった。
「動いたわ!」
「最近は、そういう魔法を組み込んでいるそうですよ」
メイドがそう言った。ば、ばれなかった……のか。露天で見た、自動ポージングの魔導人形を思い出す。ああいうののことか……。じゃ、じゃあ私たちは……そういう風に振舞った方がいい、のか? つまり……かわいいポーズを……。
(いやっ無理! 無理だ!)
いろんな意味で、それはできない。ずっと冒険者として剣士として生きてきた身。可愛こぶるなど……絶対できない。
(無理しないで、動かないでいればいいですよ)
(そ……そうだな)
私たちはカーペットの上に立たされた。たじろがず、表情も変えず……。しかし意識するとかえって変になってしまう。眉がぴくっと動く。
「わぁ、すごいわ」
しかし、子供は特に気にしないようだった。よ、よかった……。
その後、私たちは着せ替え遊びに使われた。最初に来ていたドレスを脱がされ、素っ裸に。
(~っ!)
人形じゃなければ顔が赤くなっていただろう。これは人形の身体であって私じゃない。私の裸が見られているわけじゃない……。そう言い聞かせて耐えたが、感覚としては自分の裸に相違ない。子供に子ども扱いされながら、かわいい服を着せられるのも恥辱だった。顔の筋肉……筋肉じゃないが……こわばる。
(耐えて! 耐えて!)
マホの呼びかけで、私は何とか動かないお人形を演じ続けることができた。一人だったら……無理だったな。
夜。私たちは棚の中に座らされていた。屋敷が寝静まるのを待ち、行動を開始。棚から降りる。奪われたブローチを探さなければ。
しかし、ドアを開けるのに難儀した。今の私たちでは取っ手に手が届かない。マホも魔法が使えない。困ったな。
(どうします?)
(むむ……)
私たちはあの手この手で令嬢の部屋を脱しようと試みたが、初日はとうとうドアを開けることができず、夜が明け始めてしまった。
(くそう……仕方がない。棚に戻るぞ)
まあ、必ずしも今日成功しないといけないということもない。私たちは、自分たちに与えられた棚に戻った。
(しかし、どうする……)
正直、今の自分たちでは開けようがない。体を壊し人間に戻るか。いや、まだブローチの在処もわかっていない。屋敷の構造も。リスクが大きすぎる。昼に誰かが開けたところをこっそり抜けるか……。見られたら生きているとバレるのでは? 見つからずにすり抜けられるか?
色々考えている間に、私たちはウトウトし始めた。無理もない、徹夜だったのだから。人形の中に封じられているのに睡眠欲だけは消えないというのも不思議な話だが……。
私たちは睡魔に勝てず、横になって寝てしまった。
(ここは……)
目が覚めると、見知らぬ天井が高くにあった。ここは……棚じゃない。カーペットの上でも。ドレスも着てない。裸だ。一体……? 私は不用意に起き上がってしまった。
「ああ、やっぱり」
若い声が響いた。思わず発生源の方を向くと、魔法使いのローブを着た若い男性が立っていた。ここは令嬢の部屋じゃない。黒い壁と天井。不気味な溶液が収められたフラスコたち。魔法陣。積み重なった多数の魔導書。マホの部屋によく似ている。魔法使いのラボだ。
(これは一体……いや……なんだ……バレたのか!?)
ほんの数秒の間に、いろんなことが頭の中を駆け巡った。動くところを見られた。そういう人形では誤魔化せそうにない、生きた挙動を。今こうやってショックを受けた表情をしてしまっているのもまずい。戦うか。いやまだバレたと確定したわけでは。というかこの体じゃ戦えない。マホは?
マホはまだ横で寝ていた。目を閉じてスヤスヤしている。私同様、ドレスを脱がされ裸だった。
(ああ……)
うっかりしていた。人形が寝るのはおかしい……な。私は魔法使いの方を振り向き、構えた。剣がないので素手でやることになるが……いやそれ以前に
「ああっ!?」
巨大な手が私を掴み、空中へ持ち上げる。体感だとかなりの高さだ。手をほどけない。動けない。ダメだ。人形の身体じゃ、かないっこない……。
「まあ、そう慌てないで」
魔法使いの男は私をテーブルの上に押し付けると、テープで固定した。
「くうっ……」
動けない。こんなテープなんかで拘束されてしまうなんて。あまりにも情けない。続けてマホが起こされ、混乱のうちにあっけなく私と同じように拘束されてしまった。
「わ……私たちをどうするつもりだ」
「んん……どうしようかな」
魔法使いは椅子に座り、腕を組みながら答えた。くそう。こんなあっさりバレるなら、さっさと人間に戻るべきだった。それならまだ抵抗のしようもあったはず。
彼は私たちに何者なのか尋ねた。当然、私たちは口をつぐんだ。拷問されるかと思ったが、彼は何もしなかった。傷つけるとお嬢様が悲しむからと。
(ど……どういう意味だそれは)
人形だから? 私たちは人形じゃないぞ。お前もそれはすでにわかっているくせに。
黙秘していると、逆に魔法使いが語り出した。どうやら、この男はターゲットの貴族お付きの魔法使いらしい。買ってもらったばかりの人形が「壊れた」からと、お嬢様から預かったとのこと。あー、寝てしまっていたから……。全く不用意だった。
「暗殺者か何か知らないけど、何もできなくさせてもらうよ」
彼は椅子から立ち上がり、紙に何か書き始めた。どういうことだ? 拘束したままどっかにずっと閉じ込めておくということか? 私は叫んだ。
「ふん……だったら殺せばいいだろう」
「"殺す"と人間に戻るんだろう? ……多分ね」
あっ、見抜かれている。まずい。
男は黙って紙に何か綴るのを続けた。
(マホ、あいつ何してるんだ?)
(何か、魔法を作っているみたいです)
(魔法?)
(まずいです! 早く逃げましょう!)
(何がまずいんだ!?)
(思い出してください、今の私たち、魔導人形になってるんですよ!)
(それがどうし――)
露天で見た人形が、脳裏をよぎる。そうだ。魔導人形は魔法を埋め込むことで決まった動きをさせることができる。つまり……。
(くっ……)
私は全身に力を込め、暴れた。テープを剥がそうと。このままだと取返しのつかないことに……。
だが、テープが剥がれかけたと思った瞬間、上から重ね貼りされてしまった。そりゃそうだ。すぐ横にいるのだから……。で、でも。何もしないわけにはいかない。懸命に身をよじり、腰を上下させ、私たちは逃れようともがいた。しかし人形の身ではあまり大きな力を出すことができず、私たちは魔法の完成を許してしまった。
若い魔法使いが、ビッシリと文字が描かれた紙に手をかざす。すると文字が光り出し、光の文字が紙から剥がれだした。
「待って! お願い話を――!」
マホが叫んだ。しかし、光る文字は一列になって彼女の身体の中に飛び込んでいった。
「ああっ……!」
「マホっ……!?」
一分ほどで、大量の文字列がマホの中に全て吸い込まれてしまった。マホは口を開いたまま動かなくなってしまった。まるで本物の人形のように。
「貴様っ……」
男をにらみつけると、彼は表情を変えないまま、また紙に手をかざした。再び文字が光る。
「やめっ――」
文字列が、私に襲い掛かった。よけることもできず、私は文字の滝に打たれた。
「ああ……」
全身がバチバチと痺れる。次第に動けなくなっていく。私はマホと同じように、物言わぬ人形と化してしまったのだった。
(か……体が)
謎の魔法が埋め込まれ、私は身動きできなくなってしまった。声も出せない。そんな……。
男はマホからテープを剥がした。自由になった瞬間、マホがすっくと立ちあがり、私は一瞬あらぬ希望を抱いてしまった。だが、希望はすぐに困惑に塗り替えられた。マホは立ち上がった次の瞬間、両手を斜め下に伸ばし、軽く首を傾けたかと思うと、にっこり笑って再び動かなくなったのだ。
(マホっ……!?)
どうしたんだ!? なんでそんなポーズを……!? 答えはすぐに、身をもって教えられた。私のテープが剥がされると、私は同じように立ち上がった。だが、それは私の意思ではなかった。
(なっ……!? これは……)
身体が勝手に動いた。としか言いようがない。そして、次の瞬間、私は両脚を前後させ、祈るように両手を重ねると、口角を上げてニッコリ微笑んだのだ。
(うっ……!?)
勿論、私の意思じゃない。若い魔法使いはふうと息を吐くと、
「あ、大丈夫そうだね」
と一言喋り、私を手に取った。雑な手つきでドレスを強引に着せると、再びテーブルに置かれた。私はその間、ポーズを一切崩すことができないまま、一切の抵抗ができなかった。
(な、なんてことだ……)
絶望だった。私は一生このまま、人形の中に閉じ込められるのか!? こんなポーズをとらされたまま……。しかし、彼が私から離れてマホを手に取った瞬間、固定が解かれた。
(……?)
身体が動く。もしかして、魔法が欠陥だったのか? なんにせよチャンスだ。私はマホを助けるべく、男に飛びかかろうとした。が、彼が私に目を向けた瞬間、
(あっ……)
突然、両手がドレスの裾をつまんだ。そのまま軽く持ち上げて、私は再び微笑まされた。
(またっ……!?)
動けない。カーテシーしたまま、全身が固まってしまった。私はマホがドレスを無理やり着せられるのを黙って見ているしかなかった。
「直りましたよ、お嬢様」
「わーい! ありがとう!」
私とマホはかわいくポージングさせられたまま、娘の手に戻された。今度こそ、本物の人形として。仕事を終えた魔法使いは一礼ののち、私たちから離れていった。
(ま……待てっ、元に……元に戻せぇっ)
苦情の声を上げることもできず、私は彼を微笑んで見送った。
その後、再び私たちは遊びに使われた。今度はおままごとのお人形に。悔しかった。これから長い間、こうして貴族の娘の玩具にされるのかと思うと。
しかし、娘が私たちから離れると、私たちは急に自由になった。
(また……?)
マホもだった。お互い困惑しながら顔を見合わせる。体は動くが、声は出せなかった。
(とにかく、逃げ……)
娘が戻ってきた瞬間、私の身体が再び奪われた。勝手に両手を横に伸ばし、快活な笑みを浮かべる。そしてそのまま動けなくなってしまった。マホもかわいいポーズをとらされ、ただの人形と化した。
(どうなってるんだ……動けたり動けなかったり……!)
全く身動きできないよりずっとマシ……なのだろうが、ハッキリしない状況に苛々させられた。ずっと固定の方がわかりやす……いやそれはまずい。でも一体どうなっているんだ……。わからない。
夜になると、ようやくマホとチャットが繋がった。
(ふう……良かった。これで話せるな)
(ええ……でも、とんでもないことになっちゃいましたね……)
ああ。お付きの魔法使いに正体がバレて、動けないようにされるとは。でも……。
(今、動けてる……よな?)
(あ、それなんですが……)
マホは、自動ポージングの魔法を埋め込まれたのではないかと推測した。見るたびにポーズが変わる、露天で見たアレだ。なるほどそれなら合点がいく。
(でも、だったらあの男も爪が甘いな)
(そうですね)
確かに大きく行動を制限される……が、誰も部屋にいなければ実質自由じゃないか。私たちは一旦ブローチを諦め、屋敷を脱出することにした。
(窓からいくぞ)
(はい!)
棚から飛び降り、窓に向かって走った……はずだった。私たちの足は途中で突然、進路を変えた。
(ん?)
(え?)
棚の別のスペースに向かっていく。足を止められない。なんだこれは!? どうなってる!? 誰かに見られ……いや、それではポーズして動かなくなるはず……。
棚の中に、人形たちの服や装飾が収まっている一角がある。私たちはそこに入っていった。こんなところに来ている場合じゃない。早く逃げないといけないのに。しかし焦れば焦るほど、身体は勝手に動き続けた。私とマホはドレスを脱ぎ捨てた。
(ちょっ……なんなんですかこれ!?)
(私に聞くなっ)
そして、可愛らしい妖精の衣装を手に取り、着始めたのだ。
(おいっ、こんな……なんなんだっ)
あっという間に、私たちは可憐な妖精の人形となった。するとお互い見合された。マホは金髪と、幼い容姿と相まってとても可愛らしかった。そのマホが、にっこり笑って、可愛くポージングしたのだ。
(きゃっ!?)
マホが悲鳴を上げる。表情と全く合っていない。状況が状況でなければ吹き出していたかもしれない滑稽さだった。
(何を――!?)
だが、それは私も同じだった。両手を握りこぶしにして顔にあてる、信じられないような媚びたポーズをして、マホに向かって顔を傾けながらあざとい笑みを浮かべたのだ。
(わああーっ!?)
お互いの醜態をしっかりと見せつけあう、地獄のショーの始まりだった。私たちは何度もポーズや表情を変え、互いを見せつけあった。止められない。
(み……見るなーっ!)
(私……も……あああっ)
そして、しばらくすると体が妖精の衣装を脱いだ。ケーキを模したフリフリのドレスに着替え、またポージング合戦。いい歳した女二人が、一刻も早く逃げ出さなければならない状況下でやるべき行為では、とてもなかった。
(止まって! 止まってー!)
(ううう……くそぉっ)
痴態合戦は、諦めるまで続いた。そう、諦めるまでだった。
(ん……?)
(あれ……?)
もうだめだ。脱出はできない。一生ここに囚われるのだ――そう心の底から観念した瞬間、お互い動きが止まり、身体の支配権が帰ってきた。お互い困惑しながら、死ぬほど気まずい沈黙があった。それから、恐る恐る、もう一度脱出を試みようと歩み出した。するとまたポーズ合戦が再開された。
(あああっ、何なんだーっ!?)
(やめてください~っ)
私たちの惨めな遊びは誰にも知られぬまま、夜が過ぎていった。
翌朝。目が覚めると、私たちはかわいいポージングをして立っていた。昨日、最後に着ていたドレスのままだ。
(ああ……)
変な敗北感があった。私たちは、ここから……いや、人形という立場に、完全に封じ込まれてしまったのだと。寝ていてもポージングしているのは、私の意思より人形としての動きが優先されていることの証のように感じられたからだ。
それから数日。私たちは脱出の糸口を掴めないままだったが、自分たちに埋め込まれた魔法は大体わかってきた。まずは自動ポージングだが……。もう一つ、致命的かつ死ぬほど屈辱的な指令をいただいていたのだ。私たちが何か「行動」を起こそうとすると、それは……可愛さの研究に置換されてしまう、ということ。体が勝手に可愛い服に次々着替えては、可愛いポーズや表情を試していくのだ。夜な夜な私たちが「より可愛くなる練習」をしていることに気づいた貴族の令嬢は、私たちを置いているスペースに服や装飾を移動し、さらに、ご丁寧に鏡までおいてくれた。
「頑張って、可愛くなってね」
(違う!)
(そんなことしません!)
私たちは心の中で否定したが、服はフリフリで、大きなリボンを髪につけ、ニッコリ笑っていては、まるで説得力がなかった。
その日の夜から、私たちは棚を出ることが不可能になった。出ようとすると、勝手に着替えて、鏡の前で可愛さの研究を始めてしまうのだ。
(ま、待て……やめろ……)
鏡の前で、次々と可愛いポーズをしては、表情や手つきを少しずつ変えたり、鏡の中の自分に笑いかけたり……。自分の痴態と、無力さを目の前でまざまざと見せつけられるのは、私の気力を削ぐのに十分な破壊力だった。この拷問を止める方法は一つで、何もしないことだった。心の底から、本当に何もしようとしなければ自由でいられる……仮初の。
(……)
(……)
私たちは、次第に無気力になっていった。当然だ。何かしようとすると、可愛くなろうとしてしまうのだから。今や自分たちが埋められた魔法通りに動くだけの人形であることを身をもってつきつけられるだけなのだから。
(私たち……ずっと、このまま……なんでしょうか)
(わからん……)
逃亡を試みることすらしなくなってから十日以上。言いようのない絶望と、沈痛な空気が私たちを蝕んでいた。これじゃあ、本当に屈服したみたいだ。完全に体を支配されるならまだ心の言い訳が立った。しかし、一応動けるのに何もしようとせずボーっとしていると、人形でいることを受け入れたかのような気になってきて、それがますます私たちの精神から抵抗の気力を削いでいく。
たまに、言い訳のようにここから出ようとしては、着替えて新たなポーズの練習を始める日もある。上手くできたポーズや表情や、さっそく明日から取り入れられていく。私たちが日中にとらされるポージングは、だいぶレパートリーが増えてきた。私たちが人として抵抗しようとすればするほど、人形として完成度が上がっていく。それが死ぬほど悔しい。
かといって、自分の意思で動かずジッとしているままの日々を過ごすのならば、それこそ人形ではないか。そう自問するが、負のスパイラルを抜け出す方法は……ない。
こうして、私たちは日々、無抵抗な精神を育みつつ、時たま、より可愛い人形になる自分磨きを重ねていくのだった。